家族
「成る程な……お前と伍はさっき、お前と同い年ぐらいの女の子と逢ったって訳か?」
少し経った後、ここはアレクサンドロフスキー公園。今の時間帯は昼前だが人はそれなりに居り、老人や子連れの親が何人も見受けられた。
大抵は暇潰しか軽い休息と言う意味でも来たのかも知れない。そんな中、壱夏、肆狼、伍の三人もいた。壱夏と肆狼は公園にあるベンチに隣同士に腰掛けており、伍は二人の近くで遊んでいた。
「はい――ですが軽く挨拶した程度なので、その後は直ぐに別れました」
「そうか……でも残念だな〜〜」
肆狼の言葉に壱夏は「えっ?」と不思議そうな表情を浮かべながら肆狼を見る。肆狼は少し残念そうな表情を浮かべると直ぐにニヤニヤと笑う。
「その女の子とお前が運命的な出逢いを果たしたと思ったじゃねえか〜〜?」
肆狼の言葉に壱夏は瞠目した。一方、肆狼は壱夏を見てニヤニヤが止まらなかった。肆狼は壱夏とその女の子を恋人を前提にする悪戯を思い浮かべていた。
理由は壱夏が誰かを好きになると言う事――壱夏から見れば、肆狼は自分を揶揄しているとしか思わないだろう。しかし、肆狼から見れば、彼なりの気遣いでもあった。
何故なら肆狼は、壱夏と伍――此所には居らず、日本にいる拓陸を思っての事であった。彼は、肆狼は、ドイツにいる玖牧と一緒に彼等を戦場には赴かせたくなかった。
彼等は未だ幼く青春を謳歌しても良い年頃――若くして命を散らすのは惜しく、そして儚い。出来る事なら彼等には武器を持たすよりも知識を学んで欲しい。
彼等には様々な経験をしながら成長し、多くの友人を得て、素敵な人と出逢い、その者と夫婦になり、子供を授かり、その子に人生に遭った事を教え、それを子供達――次の世代に教えて欲しい。
肆狼の、肆の壱、伍、陸への思いだった。さっきの揶揄も彼なりの気遣いと、純粋な願いでもあった。
「何を言ってるのですか肆狼さん? ――それに俺は恋人を作る気はありませんよ」
肆狼のからかいに壱夏は我に返ると、そっぽを向いてそう言った。これには肆狼もやれやれと呆れているが壱夏は眉間に皺を寄せて肆狼に訊ねる。
「それよりも肆狼さん――何故俺達を呼んだのですか?」
壱夏は肆狼に本題に入るよう促す。何故なら肆狼に呼ばれたのは携帯電話で連絡されたからである。連絡と言っても朝食を準備する前であるが壱夏は敢えて本題に入る。
肆狼は壱夏の言葉を聞くや否や眉間に皺を寄せると、不意に俯くと答えた。
「三上からの命だ――」
刹那、壱夏は目を見開き、肆狼を見る。が、肆狼は言葉を続けた。
「三上の奴、昨晩、俺や玖牧に連絡して来た――拓陸にIS学園を責めるよう命令した、と」
肆狼の言葉に壱夏は驚きを隠せない。否、彼が驚いているのは、三上が肆狼や玖牧に拓陸に連絡した事に驚きを隠せないでいた。
「な、何故、三上さんが貴方達に? それに何故俺には連絡しなかったのですか?」
壱夏は内心と惑いながらも冷静に肆狼に訊ねる。
「何でもお前と伍はロシアに居るのと、今の時間帯は寝てるから起こすのは可哀想だから、俺達に言ったんだ――まあ、俺と玖牧はバーに居たからあれだったけど、拓陸は日本に居るけど、向こうは朝だから連絡しても問題ないと思ったらしいぜ?」
肆狼は訳を述べ始める。何故ならIS学園を責めるのは日本時間で言うと一週間後であり、それを拓陸一人でやらせる物であった。勿論、それは計画の始まりを告げると共に、一部に過ぎない事をも意味していた。
しかし、肆狼が最も気になっているのは、三上が壱夏と伍を気遣っている事にも疑問を抱いていた。あの三上が人を気遣う様な者とは思えないのと、そのような発言は皆無に等しい。
二人は三上の発言に疑問を抱く中、肆狼は一夏に訊く――何処か辛そうで気遣う様にも思えるが彼は意を決して訊ねる。
「壱夏……お前は辛くないのか?」
「何がです――否、大丈夫です」
壱夏は肆狼を見るが直ぐに気付き、眉間に皺を寄せる。
「だけどよ……あそこにはお前の家族が――」
「アイツ等は家族じゃない……!」
肆狼は再び聞くが壱夏は静かに怒って遮る。怒っている――と言うよりも壱夏から憎悪を感じる。何故ならIS学園には彼の家族がいた。一人は生徒であり、一人は教師である。
が、壱夏は家族に逢いたい気持ちは無かった――それどころか、怒りを感じている。憎しみを抱いている。当然だろう――彼は怨んでいるのだ――教師でもある姉に。
もう一人には憎悪は無いが許す気にはなれない――彼は否、彼は二人の家族でもあり、家族でもあった――彼は壱夏――否、一夏であった者だった。
一夏は、否、壱夏は二人を思い出して憎しみが増してくるのを感じた。出来る事なら逢いたくない、顔も見たくもない。壱夏は怒りを感じているのか歯を食い縛りながら握り拳を作っている。
そんな壱夏に肆狼は何も言わずに俯くと、彼の肩に手を置く。彼なりの気遣いとも取れる行動だが無言であった。
「俺は奴を許さない――それに俺はもう……十春には悪いが彼奴らの元には戻りません――それに、俺には家族がいないと言う訳ではありません」
壱夏の言葉に肆狼は顔を上げて「何だって?」と言いながら壱夏を見る。壱夏は肆狼を見ると、不意に哀しそうに目の前を見る。肆狼は一夏が見ている方を見ると、そこには、蝶を追い回している様にも思われる伍がいた。
伍は蝶と遊んでいるのか、それとも触れ合っている事に嬉しいのか破顔している。が、一夏と肆狼は彼を見て嬉しそうと言うよりも、何処か哀しそうであった。
伍が可哀想と言う訳ではない――彼との出逢いを思い出してしまったのだ。それを知ってるのは壱夏であった。三年前――あの日は嘘の様にも思え、今でも昨日の様にも覚えていた。
彼と最初に逢ったのは、壱夏が三上と共に行動した時であった。あの時は偶然と言うよりも、奇遇でもあった。あの時――壱夏と三上はとある国にある、スラム街を歩いていた。
スラム街と言うだけであって貧民で溢れ返り、物価も高く、空気も汚い――悪臭も漂い、鼻に突き、ハエもそこら中にいた。壱夏から見れば一刻も早く離れたいと思ってしまった。が、不意に目が合う――二歳くらいの男の子に。
ボロボロの服に、風呂に入ってないのか肌が汚く、ハエも集っている。目には生気はなく、酷くやせ衰えていた。そう――彼こそが伍であった。
伍は自分と目が合ったが彼からは動く気配はなく、口さえも動かさない。壱夏は彼を最初は気にもしなかった――しかし、帰路に付く途中、再び目が合うが気にもしなかった。三上がある事を言いだすまでは……。
「あの時、三上さんは俺に言った――『壱夏、あの小僧を拾ってこい』と」
壱夏はそう言うと、肆狼は「そうか……」と微かに呟く。壱夏は肆狼の言葉を聞いたかどうかは彼自身にしか判らないが壱夏は伍を見る。
三上が何故その事を言い出したのかは判らないが今は彼は、壱夏は伍を見る。伍は元気よく遊んでいた――駆け回ってはいないが見ていると自然に頬が緩んでしまう。
ああ、何て元気で、何て活発な子なんだろう――三年前とは違い、立派に成長した。当初は酷く怯えていたのが嘘の様にも思える。
唐突的な保護者になってしまったとは言え、血は繋がってはいないが彼を弟の様に慕い、可愛がっている。壱夏は内心そう呟く様に感想を述べる。
出来る事なら、彼が成人になるまで見守ってやりたい――出来る事ならば守ってやりたいが独り立ちするまで見守ってやりたい――彼はそう思うのと同時に叫んだ。
――伍――。彼の名を呼ぶ。大きくもなく小さくもない――怒っている訳でもなく、優しく呼んだ訳でもない――ただ、ただ、彼を呼んだだけである。
壱夏の言葉に伍は反応すると、伍は壱夏と肆狼を見て破顔しながら手を振る。彼自身の返事と言う名の行動だろう。伍の笑顔と行動に二人は微笑むと、壱夏は立ち上がり、伍に言った。
「伍、一緒に遊ぶか!?」
「えっ、本当!? うん!」
壱夏の言葉に伍は嬉しそうであった。血は繋がってないとはいえ兄の様にも慕っている壱夏と遊べる事が何よりも嬉しかったのだ。
壱夏は伍の元に駆け寄ると、伍も壱夏に駆け寄る――刹那、伍は壱夏に抱き着いた。伍は嬉しかったのだ――それを行動で表したのだ。
伍の行動に壱夏は戸惑うどころか微笑むと、自分よりも小さな子供を優しく抱き締める。
家族の様にも思えるが家族ではない――彼等は既に家族を超えた絆を持っていたからだ。そんな二人に肆狼は温かい目で見ていたが玖牧が居たらなんて言うのだろうと思い、フッと笑うと空を見た。
空は青かった――が、肆狼は二人の子供を見て心が温かくなっていくのをしみじみと感じていたのだった。
次回、練習