その頃、此所はメルヘンの国とも言われている国、ドイツ――今の時間帯は深夜の二時を回っており、街は静けさを保っている。が、少し前までは男達の暴動が街の至る所に発生し、騒がしかった。
なのに今はそれが嘘の様に、過去と言う形で、忘れ去られる形で片付ける様になっている程、静寂に包まれていた。が、完全と言う訳ではない――少なからず騒がしい所は幾つもあった。
大抵は夜にしか開かない店か夜の生活の方が好きな者達くらいしかいないだろう。そして街の惨状は酷い物であり、何時もの日常に戻る事も何時来るかも判らない。
ベルリンの壁破壊よりも、更にタチが悪いとしか言えないだろう。そんな中、此所は森の中にある、とある施設。そこは白を基準とした西洋の建物であり、奥には教会らしき物が建てられていた。
そこは行き場の無い子供達や遺児達を教養している養護施設であり、教会側が経営していると言い換えれば良いのか知れない。その建物も街同様、静寂に包まれており、電気は点いてない。
「…………」
そんな施設内の通路には一人の二十代くらいの青年が居た。彼は牧師服を纏っているが手には、火の点いたろうそくがある手持ち型のランプを持っている。理由は勿論、青年は今、施設内を巡回していたからである。
彼の仕事は子供達に不安を与えない為であるのと、子供達が就寝しているかどうかを確認する為でもあった――そして、その牧師とは、玖牧である。
彼は今、IL『懺悔』を扱う専用機持ちでありながらも今は副業である牧師としての仕事をしている。彼はふと、ある扉を静かに開け、室内を窺う。
辺りは暗いが広くもなく狭くもない部屋であり、奥には窓があり、左右には二段ベッドが縦に並ぶ様に二つずつ置かれているがそこには子供達が寝ていた。
子供達は寝顔を浮かべているが何処かあどけない。玖牧は子供達の寝顔を見て哀しそうに微笑むと、静かに扉を閉め、それを事何度も繰り返す意味で、施設内にある全ての子供部屋を含め、厨房や勉強部屋、図書部屋を調べた。
「ふぅ……」
数分後、彼は自分の部屋へと戻ってきた。彼は疲れたのか溜め息を吐くが子供達の事を思うと、どうって事ないと思い直ぐに微笑むと自分の部屋を出入り出来る扉を開けると、近くにある、電気を点ける為のスイッチを押した。
――っ!? ――。刹那、電気が点くや否や、玖牧は声とも言えない様な惚けた声を上げそうになる。玖牧の部屋はあまり広くはないが清潔感があり、本棚やデスク等の仕事用の物と、私服が納められている簞笥や、替えの牧師服が入っている簞笥が置かれていた。
玖牧の仕事ぶりと、彼の性格を表し、牧師としての自覚がある様にも思える。が、部屋の右側に置かれている唯一の就寝用でもあるベッドの上には、ある少女が自分を見ながら正座していたからである。
見ている――否、睨んでいると言い換えれば良いのかも知れないが幽霊ではない。腰まであろう銀髪に眼帯をしている少女、ラウラであった。
ラウラは玖牧を睨んでいるが彼女は何故か、少女らしく白いドレスを身に纏っていた。それはラウラくらいの背丈の女の子から借りた物である。
「はぁ〜〜ボーデヴィッヒさん、何故私の部屋に居るのですか?」
玖牧はそう言いながら扉を閉めると、デスクの方へと歩み寄ると、手に持っていたランプを置くと、彼女の方を見る。ラウラは怒っているがそれを言う。
「それは勿論……!」
――シ〜〜! ――刹那、玖牧は人差し指を口元に当てながら少し怒る。これにはラウラも「どうした?」と首を傾げるが、玖牧は理由を述べ始める。
此所には子供達がいるのと、今は夢の中です、と。無論、玖牧は此所では牧師として活動している為、彼本来の姿であった。子供達を気遣うのも、施設の一員として、牧師としてでも彼の優しさが伺える。
玖牧を見て思わず口を両手で塞ぐが彼女もまた、子供達が寝ている事を忘れていた。理由は昨日、玖牧にある事を迫る意味で夜中に叫んでしまい、そして子供達を起こしてしまい、そして施設の施設長でもあり、大牧師に説教されたのである。
「す、済まぬ……否、それよりもあれを返せ」
ラウラは小声で玖牧にあるお願いを言う。それを聞いた玖牧は溜め息を吐きながらも、もう片方の手を服の首元の方へと入れると、ある物を首にぶら下げながら手を出し、それをラウラに見せた。
首元には十字架――それはIL『懺悔』の待機状態の物と、一つの黒のレッグバンドがあった。
――そ、それだ、私のISの奴だ! ――。ラウラはそれを指差しながら玖牧に言った。一見難の変哲も無いレッグバンドだろう。しかしそれは、ラウラのISシュヴァルツェア・レーゲンの待機状態の物であった。
「か、返せ! それがなければ私は基地に帰還出来ぬ!」
「……何を言ってるのですか? 今基地は大混乱に陥ってるし、貴女が帰還しても更に立場を悪くしますよ?」
玖牧は心配そうにラウラに言いながら十字架とレッグバンドを服の中に隠す様に仕舞う。ラウラのISは今、彼が没収しているがラウラから見れば玖牧は自分を倒した敵としか認識していなく、逆にまた彼を倒すべき存在としか思っていなかった。
それどころか、ラウラは腕を組むと、ある事を指摘した。
「それよりも貴様は何故ILを持ってる? それに何故私を助けた?」
ラウラは視線を玖牧に向けるが玖牧は哀しそうに目を伏せると、直ぐに目を逸らす。疾しい事ではないが彼はラウラの問いに答える事は出来なかった。
出来るのは出来るのだが彼は何故か答えなかった。そんな玖牧にラウラは更に指摘する。
「それに何故だ? 何故それを教会にいる者達に言わない? 言えば良かろう」
「……それは言えませんよ」
少しの沈黙の後、玖牧は辛そうに答えた。ラウラは「何だと?」と首を傾げるが玖牧は彼女を見ると理由を話し始めた。
「それは言えませんよ、言えばどうなりますか? 子供達は私に怯え、私は此所を出て行かなければなりません」
「だったら基地に来れば良いではないか? 私は軍人だから少し判るが貴様は強いと見受けられる様に感じる」
ラウラの言葉に玖牧は哀しそうに微笑む。
「そうですか……それはお褒めの言葉として受け止めておきますが私はそう言った度胸はありませんし、何より、私は」
玖牧は自分の胸に手を当てる。
「私は牧師です――それに私は懺悔を私利私欲の為に使いたくはありません――使えば人としての心を失ってしまいます」
玖牧はそう言いながら哀しそうに俯く。彼はILの専用気持ちでありながら強大な力に呑み込まれる危険をも恐れていた。力は有れば有る程、強大で有れば有る程、人を失う。
彼は危惧すると共にILを持っているのは誰かを守りたいと言う思いがあるが為に持っていた。その誰かとは勿論、この施設に居る子供達の事である。
彼はILを恐れながらもそれを守る意味での力としても善用しようとしていた。間違いであっても彼はそれを受け入れる形で、三上から『懺悔』を与えられたのである。
「ふん――では何故、力が有るのにそれを誇ろうとはしない? それにさっきも言ったが、言えば良いだろうが?」
「言えば良いのですが……それでは、いえ――私はそれを隠します――隠し通せる訳ではないのですが、判る時が来るまで私は隠します――それにボーデヴィッヒさんにお願いと約束があります」
玖牧の言葉にラウラは「約束と願い事?」と言いながら首を傾げると、玖牧は深く頷くと、それを言った。
「お願いは、この施設に居る子供達に『懺悔』の事を言わない事、そして約束はボーデヴィッヒさん」
玖牧は話すのを止める意味で哀しい表情で再び口を開いた。
「ボーデヴィッヒさん、貴女は力を誇らしいと言いますがそれは違います――ボーデヴィッヒさん、力は人を破滅させます、力に呑み込まれず溺れないで下さい――それだけでなく、貴女を心配する人達が居る事も忘れないで下さい」
玖牧はそう言うと、ラウラは瞠目した。彼の言葉に心を突かれた様に身体を震わせてしまった。反論が出来ない――と言うよりも、彼の言葉は正論に近いからであった。
これにはラウラは何も言えない訳ではないが慌てて別の話題を切り出す。
「で、では何故私を助けた!? それにあの時、私を倒せた筈なのに何故だ!?」
ラウラは玖牧の行動に疑問を浮かべながら指差す。ラウラが此所に居るのも、彼が少し離れた場所で懺悔を解除した後にこの施設に連れて来たからである。
ラウラの言葉に玖牧はラウラを哀しそうに見ていたがそれに答える様に口を開いた。
「何故かって? それは――」
玖牧はそう言った後、不意に口を閉じると瞑目した。刹那、玖牧は目を開くと同時に微笑みながら言った。
「無用な殺生は嫌いだからで、困っている人を見捨ててはいけない――故に貴女を見捨てる事は出来なかった、それだけですから」
玖牧の言葉にラウラは瞠目した。が、玖牧は不意に部屋にある窓の外を見るが、何処か哀愁漂う。しかし、彼の表情は何処か哀しく、何処か哀しそうであった。
そして、デスクの上においてあるランプの火が不意に消えた――ろうそくが限界を迎えていたからであった。
次回、悲観。伍、壱夏の帰還を願う。