その頃、ここはドイツの街の奥にある森の中にある教会兼孤児院。今の時間帯は夜の十二時半近くであるが、施設のある場所だけは灯りが点いていた。
そこは孤児達にとっては嬉しくも安らぎや幸せを与えてくれる場所でもあった。が、少し離れた場所の通路では白い寝間着を着た一人の少女がそっと、その場所へと近づく様に忍び足で歩いている。
「今日こそは……私のあれを取り返す……!」
その少女は険しくもある決意の炎を滾らせていた。少女にとっては、あれは自分の伴侶でもあり、大事な物。あれが無ければ帰還する事は出来ない――同時に、それはある人物に奪われ、基、没収されてしまった。
どうしてもあの者から取り返さなければならない。同時に、超えなければならない存在であった。そして、少女はラウラである――その者とは玖牧の事であり、取り返したい物とは自分のISでもあった。
ラウラは玖牧を捜すべく、施設内を歩いていた。本当なら昼間取り返したかったが玖牧の周りには子供達が集まり、一緒に遊んだりしている為、取り返す事が出来なく、逆に又自分も子供達の遊び相手にされてしまい、取り返す事が出来なかった。
彼は大抵、勉強を教えたり、料理したりしている。襲うと言う考えもあったが玖牧は何故か強く、簡単に捻り潰されてしまった。ならば夜襲と言う考えもあったが玖牧もそれを察知しているのか、警戒もしていた。
玖牧が何故強いかは判らない――だが、自分のISを取り返したいと言う思いだけは変わらなかった。ラウラは通路を静かに歩く――目的は自分のISの奪還である。
「それにしても……うん?」
刹那、ラウラは鼻をクンクンと動かす。ある匂いが漂っていたからだ。それはとても良い匂いであり、食欲をそそる。ラウラはその匂いを嗅ぐや否や頬を紅くして目を輝かせる。
軍人でありながらも少女らしく、食欲が旺盛にも思える。ラウラは匂いの元を辿る様にある場所へと辿り着く。其処は厨房であり、灯りの正体は厨房室でもあった。
ラウラは厨房を覗く様にそっと顔を出して窺う。厨房は広くもなく狭くもない。キッチンや冷蔵庫は愚か、中央には大きめのテーブルが置かれており、上には切られた人参や馬鈴薯等の野菜があり、包丁やまな板等の料理器具が置かれていた。
そして、ガスコンロの所には一人の男性が立っていた。
牧師服を着ているが白いエプロンを着ている。ラウラはその人物を見て目を見開く。間違いない――あの後ろ姿は玖牧だ。一度後ろから襲った事があるが彼は反射的に返り討ちにしたからだ。
ラウラは後ろ姿で玖牧だと言う事に気付いたが彼が何をしているのかは判らなかった。同時に、この良い匂いは彼の元から漂っている。
「何だこのいい匂いは……気になるな」
ラウラは匂いが厨房からだと気付いたが玖牧が何をしているのかは判らなかった。彼女は軍人気質なのか気になると共に身を出すと、そっと近づこうとした。
「何をしているのですか?」
刹那、玖牧の声が聞こえ、ラウラは肩を震わすが玖牧は振り返る。彼は少し警戒していたが厨房に来たのがラウラだと気付くと頬を緩ませる。
「ボーデヴィッヒさんでしたか……どうかしましたか?」
「否……良い匂いがしたからつい」
ラウラは縮こまるが玖牧に何をされるのかは判らなかった。ISを取り返しに来た――そう言える筈も無い。ラウラはそう言いたかったが玖牧はフッと笑う。
「そんなに動揺しなくても良いのですよ? ISを取り返しにきた、と言えば良いでしょう?」
玖牧の言葉にラウラは肩を震わせる。気付かれた――と言うよりも、彼に行動範囲を判れてしまう。ISを取り返す以外、自分の行動範囲は無い。
どんなに考えても彼の行動は難しく、ISを取り返す事が困難に等しい。ラウラはどう言い訳するか迷う中、玖牧は微笑む。
「それよりもどうかしましたか? まさか、お腹空いたのですか?」
「あっ……ち、違う。わ、私は……」
ラウラは少し戸惑うが玖牧は笑みを零さず肩を竦めると、彼女に言う。
「それよりも貴女にお願いがあります」
「……お願い?」
ラウラの言葉に玖牧は頷くと、軽く身体を動かす。彼の近くには大きな縦長い鍋が置かれていた。鍋からは煙が出ているがコンロに火は点いていない――いい匂いが厨房内に漂う。
これが匂いの元であり、正体であった。ラウラはそれに気付くがそれが何かは判らなかった――料理と言う事は判ったがそれが何かまでは判らなかった。
「それは?」
「……シチューです。勿論、ある人達の教えで作った物です」
「ある者達だと?」
「ええ――そして、あの者からもね……」
ラウラの言葉に玖牧は静かに頷くと静かに語った。ある者達――それは玖牧が良く知る三人の者達であった。壱夏、肆狼――この二人は名を伏せているが後一人は大牧師の事であった。
壱夏と肆狼は二人は元から料理が得意のか普通に教えて貰い、大牧師からは人としての大切さや間違った道を教えてくれた。自分が牧師になれたのも、それを目指したのも大牧師の存在が大きいからであった。
玖牧は静かに語る中、ラウラはある事を切り出す。
「では……私を助けたのも、その大牧師……の教えを請われたからか?」
「……ええ、貴女を助けたのも私がそうしたのも、大牧師様の教えです……どんな理由であれ、人を見捨ててはいけない、と」
玖牧はそう言いながら哀しそう俯く――。今の自分が居いるのも大牧師のお陰であった。彼に出会わなかったら自分はのたれ死んでいただろう。
同時にILを与えられたにも関わらず、力に溺れる危険が無かったのも大牧師の教えがあり、子供達の存在が大きいからであった。
玖牧は施設にいる者達に感謝すると共に、同時に力に溺れ、それを施設に居る者達に危害を加えてしまうのでは無いかと危惧していた。
ILを与えられなければ良かったのかも知れない――が、施設を助けたい思いはあった為に力を欲してしまった――結果、多くの者達を傷付ける事になり、後悔した。
玖牧は自身の愚かさに気付き、怯える。そんな玖牧の様子にラウラは不思議そうに首を傾げるが、同時にある疑問をも浮かべる。
(この男……何故、力を欲しないのだろうか? ――誇れれば良い物を、何故、守るとか、そう言う事をほざくのだ?)
ラウラは未だ判らないでいた。彼は何故力を欲しないのだろうか? 力があれば何でも出来るのに、彼は誰かの為に力を持っている。
なのに何故か力を守りたい者達の為に使っている――否、それ以前にILを持っている事で既に力を手にしているのと、それが彼自身が力に溺れる危険もあった筈。
もう一つ、彼は大牧師の教えを護り、子供達の為にも自分に隠事をしてまでも力の事を話さない。知られたら別にまずい訳でもない――では、一体何故、玖牧はIL『懺悔』を手にしたのだろう?
何故力に溺れないのだろうか? ラウラは玖牧に疑問がある中、玖牧はある事を思い出し、顔を上げるとラウラに微笑む。
「あっ、それよりもボーデヴィッヒさん、少し味見しますか?」
「味見? シチューをか?」
ラウラの言葉に玖牧は頷く。
「ええ――味見したい人がいなかったのですが……丁度、貴女がいましたからね」
「ふん! 毒等入ってないだろうな?」
玖牧は苦笑いする。
「ハハハ、そんな事しませんよ――それにこれは明日……いえ、今日の子供達の朝食ですからね」
「朝食だと? ――確かに今日の朝だな」
ラウラは考える――が、ラウラは不意にシチューが入ってるであろう鍋を見る。鍋からは良い匂いが漂っている。その匂いは厨房に充満して居るがラウラの鼻に突く。
同時に何かを欲したくなった――食欲だ。ラウラはシチューの匂いに負け、同時に涎を垂らす。欲しい、どうしても食べたいと思った。良い匂いと食欲がラウラを食べたいと言う欲へと走らせる。
そんなラウラに玖牧は微笑むと、心の中で思った。
「可愛い子ですね――幾ら軍人といえども、女の子ですからね?」
玖牧はラウラに対して、心の中で感想を述べた。ラウラは軍人であるが女の子である事を改めて思った。出来る事なら軍人を止めて欲しいと思うのと、力に溺れない事を切に願った。
しかし、それは彼女自身が打ち勝つ事だ。彼女が己自身で力の意味を知り、乗り越えなければならないだろう。玖牧はそう感じていたが多少の助言はしたつもりであった。
が今は、ラウラに止めの一言を言う。
「皆さんには内緒にしますから、味見しますか?」
玖牧はそう言うと、ラウラは何度も頷く。欲しい――と言う欲が出てきたのだ。これには玖牧も微笑むが、ラウラの少女らしさに嬉しく思いつつも、ラウラの為にシチューを掬う為の器具や、注ぐ為の皿やスプーンを用意する。
一方のラウラはシチューを早く食べたいのを我慢しているが、まるで何かを求めているかの様に子犬の様に可愛らしかった。
次回、三人。壱夏、楯無、伍の三人での散歩。