アヴェンジャーのサーヴァント、真名をアンリマユ。
世界を憎む復讐者の役割を与えられた彼は、自他ともに認める最弱の英霊だ。
とにかく弱い。
すこぶる弱い。
風が吹いただけで倒れるんじゃないかってくらい弱い……とまでは言わないが、英霊同士による戦いでは、彼がいることで負けることはあっても勝利することはないと言い切れるくらいに雑魚である。
英霊──英雄とは、本人が望むのではなく周囲に祭り上げられて発生するものだ。人々が尊敬し、畏怖し、あるいは嫌悪したものがその対象となる。多くを救った聖人であろうが、多くを屠った邪悪であろうが関係ない。要は、それが人々の〝益〟となる存在であるならば『そのように』扱われる。
もちろん祭り上げられるだけの功績や偉業、ないし悪事を成した者たちばかりなので、何かしらの能力、才覚を持っているのが通例である。
邪竜を退治した者には比類なき戦闘力が。
新たな叡智を生み出した者なら高い知性が。
大航海を成し遂げたならば開拓者としての強運とカリスマ性が、当然備わっている。
しかるにアヴェンジャーにそんな背景は存在しない。英雄として扱われる前はどこにでもいる青年だった。国を興した経験もなければ、国を滅ぼした記憶もない。血筋も才能も持っていない。何の因果であったのか、たまたま英雄に指名された村人Aにすぎず、それ以上の力など持ち合わせていないのである。例えるなら各国の代表となる一流アスリートの中に、ひとりポツンと一般人が紛れ込んでいるようなものだ。
まだ日常の中に魔術の名残が息づいていた時代の生まれ、かつ呪術に長けた村の出身ではあるものの、生粋の戦士でもなかった彼は魔術への抵抗力だって高くない。魔法学院のメイジたちを相手取ったとして、アヴェンジャーでは上位成績の生徒に簡単に負けることだろう。いや、ともすれば下位成績者にも敗北する可能性だってあるのだ。英霊のくせに。
ないない尽くしで役に立たない存在。それがこの男、
そんな彼が、アサシンとライダーも戻ってきたことでマスターに必要とされなくなったのは仕方のないことだったろう。
サーヴァントとして彼がやれることは特になかった。優秀なる同輩たちが全て行っている。戦闘に適した者が主の護衛や斥候の役を負い、知識持つ者が見知らぬ土地の分析を担う。各々のアビリティに合った役目をこなしていた。彼一人であったならば話は違ったろう。今使える特技のないアヴェンジャーに回ってくる仕事など雑事ばかりだった。
だが、それも昨夜までのこと。アサシンとライダーが学院に戻ってきたことで、今では雑用係の地位すらも危ぶまれつつあった。
朝の仕事であるマスターの着替えの手伝いも、女同士のほうがいいでしょと悪意なきアサシンに取られてしまった。ルイズも駄犬のごとき少年なぞよりは落ち着いた女性のほうが好ましかったらしく、あっさりとこの申し出を受けてアヴェンジャーは解任されてしまった。有り体に言ってお払い箱。解雇宣告されなかっただけマシなのだろう。無職はいかん存在意義に関わる、と常々考える彼にとっては、サボれる機会は大歓迎だがクビだけは御免こうむることだ。
兎にも角にも基本的にひねくれ者のアヴェンジャー。どうせ自分の有用性など証明できない。サーヴァントの本分が戦闘にあるとは言え、それだって役に立てるか怪しいのだ。ならばと開き直り、統率役のセイバーに頼み込むこと三時間。大声で泣いてやるぞと脅しをかけたあたりで、ようやく溜め息交じりに「好きにしても構わない」との許可をもらい、トリステイン学院内の探索をすることにした。
まあ、ようはただ部屋で待機しているのも退屈だったので、駄々をこねまくって散歩する権利を勝ち取ったのである。
「しっかしさあ、マスターはオレになにを期待してたんだかねー。せいぜい食い散らかすしかできないってのに。ま、それに関しちゃ負ける気しませんけど」
キヒヒ、と笑うアヴェンジャー。
自虐的な嘲笑が向けられる先は、彼がただの平民程度の存在に過ぎないと知って落胆を隠そうともしなかったルイズに対してだ。
自己紹介をしたときに、目を輝かせていたマスター殿が露骨に残念がっていたのは記憶に新しい。なまじ他のサーヴァントたちが気品や一芸を有する存在だっただけに、全身文様の少年にも期待しすぎてしまったがゆえの反動だ。ただでさえ見た目が貴族には受け入れがたい姿だというのに「最弱がウリ」だなどと告げられてはそうもなる。失礼だとも思わない。むしろそのおかげで自由な時間を得たんだと前向きに考え、有効活用させていただきますかーと背伸びをする。セイバーに「ただし決してルイズの迷惑になることをするな」と口酸っぱく注意されたことなど忘却のかなたである。
さて、今彼がいるのは生徒御用達の食事場、アルヴィーズの食堂裏の通路──厨房と食堂をつなぐ業務用の廊下である。
ちょうど食事時であるので小腹が空いた。あわよくば何か盗み食いしようと考えてここに来たのだった。
「およ。あれは……」
そこで見知ったメイドを発見する。
「シエスタじゃーん。おつかれー」
「あ、アヴェンジャーさん……」
名前を呼ばれてこちらにやって来るメイド。
少女はシエスタ。召喚以降アヴェンジャーが世話になりっぱなしのメイドだった。
「昨日はあんがとさん。おかげで助かったわ。いや、上等な下着の洗い方なんて知らねーっつーの」
まだ雑用の一切が彼の仕事だった時の礼をする。ただの村人以上の経験を有してはいないアヴェンジャーは、どこぞのバトラーと違って貴族サマを満足させる知識や技術は持ち合わせて等いなかった。洗い場で腕を組んで悩んでいたところ、たまたま通りがかったシエスタに救援を頼んだという経緯である。
「いえ。お役に立てたのならよかったです」
最初は蛮族丸出しの格好に怯えていたシエスタも、すっかり馴染んで普通に対応するようになっていた。そこは少年の人柄に警戒心を解いたと言うよりシエスタの人懐っこさだ。
「んで、何を運んでんだ?」
「貴族様にお出しするケーキですよ。もうすぐデザートの時間なので」
「へえ。うまそーじゃん、一個ちょーだい」
「だ、駄目ですよ! 言ったじゃないですか貴族様にお出しするものだって!」
「えー。でもさぁいっぱいあるじゃん? これだけあるなら絶対に余るっしょ? じゃ、いいじゃん」
「駄目です! たとえ余るにしてもまず皆さんにお配りしてからです!」
何度もケーキに手を伸ばす少年とそれを必死に阻む少女。ケチーと口を尖らせて不満たらたらなアヴェンジャーを置いてメイドは食堂の方へと歩いていく。
「だったら貴族サマの食事が終わったら余った分くれよ。それまで食堂の外で待ってるからよ」
良いこと思いついたとばかりに提案する。時間を持て余す彼もさすがに給仕を手伝おうとは言わない。こんな全身刺青(風)の男が平民禁制の食堂に入ろうものなら、お上品な貴族にどんな難癖つけられるかわかったものではないと、一応彼なりにシエスタを気遣ってのことだった。
「もう、しょうがないですね。それじゃあ厨房で待っていてください。どこかに行っちゃったりしたらこの約束はなしですから」
「あいよー。さっすがシエスタちゃん。はなしわかるぅ」
了承を勝ち取ったアヴェンジャーは困ったようにはにかむシエスタの後姿を見送った後、通路の壁に寄りかかった。厨房で待っていろと言われたからと言って厨房に行くほど素直な性格はしていない。終わったらすぐに食べられるよう、入り口前で待つことにする。
「さいっ、しょは、グー。じゃーんけーん死ねぇー」
右手がパー。左手がグー。
待っている間、少年は物騒な掛け声と共にひとりジャンケンを始めた。
ひとりジャンケンを侮るなかれ。左右の手で違うカタチを作り出す。時にはフェイントであいこも入れる。これを何度も繰り返すのだから脳トレにならないはずがない……! たぶん。きっと。楽しいか否か問われたなら「別に?」と答えるところではある。
暇つぶしに励むこと数分。
──パァンッ!
「おうっ!?」
右手が五十連勝してそろそろ飽きがきたところで、食堂の方から乾いた音が響き渡る。驚きの声を上げたアヴェンジャーはついつい食堂内をのぞき込んだ。
見渡せば周囲の注目を集める男女があった。アレが原因かと推察して、視線の集まる先に意識を向ける。
「君が軽率に香水の瓶なんて拾い上げたせいで二人のレディが傷つくことになってしまったのだが、どうしてくれるんだね?」
「も、申し訳ございませんっ!!」
頬に紅葉を作った見るからに坊ちゃんな貴族少年に対して、さっき別れたばかりの少女が頭を下げていた。
(おいおいマジでもめごとでも起こしたってのかシエスタ)
別れてから五分も経っていないはずだが。いくら何でもやらかすスピード早くね? などと悪態をついて、抜き足差し足で傍に忍び寄り聞き耳を立てるスニーキングミッション。しかし坊ちゃんが平謝りのシエスタに文句を言うばかりで何があったかさっぱりわからない。しょうがないので近くの太った少年に後ろから尋ねてみる。
「なーなー、何があったんだ?」
「うん? いや、ギーシュがね。ミス・モンモランシからプレゼントされた香水を落としたんだけど、浮気相手の下級生がいたんで関係ないフリをしていたのさ。それを事情を知らないメイドが拾った結果、女性陣に手ひどくフラれてあの始末ってわけ」
こちらを見ずに答えるふとっちょ君。これが蛮族風の使い魔からの問いだと知っていれば、彼はアヴェンジャーを追い出していたかもしれない。皆がこの一幕に集中していたためそんな事態は起こらなかった。
「へー……んん? じゃあなんでメイドのが怒られてんのよ。一応確認するんだが、平民如きが汚らしい手で自慢の香水触ったから女たちはキレて去っていった、とかじゃないよな?」
「まさか。その程度のことで怒る貴族は……まあ、いるとこにはいるだろうけれど。彼女らが怒ったのはそれでギーシュの二股が確定したからだよ。けれどレディたちが傷つく原因を作ったのはあのメイドだってギーシュは注意してるのさ」
これにはアヴェンジャー、目が点である。言葉の意味を呑み込めたところでゲラゲラと笑いだした。
「ギャハハハハハ!! なんだそりゃ、そんじゃあギーシュクンは二股でフラれてんのに、ボクちゃんの落ち度でバレたんじゃないからって八つ当たりしてんのかよ! プレゼント落としといて!! すげーわ、その根性マネできねー!!」
その下品な笑いは先ほどの平手打ちとは比べものにならないほど食堂内に響く。メイドと貴族のイザコザに向けられていた皆の視線は、当然のごとく乱入者に集まった。
「なんだこいつ……?」
「下民か? なんでこんな奴が食堂にいるんだ?」
「オイ、こいつヴァリエールの使い魔だぞ。遠目に見たことある」
コトの成り行きを静かに見届けようとしていた見物人たちが今度はざわめき始める。シエスタも「アヴェンジャーさん……!?」と驚きの声をあげた。
……それどころではないのはギーシュ・ド・グラモン少年である。大っぴらに馬鹿にされた彼は顔を真っ赤にして、人の波をかき分けてアヴェンジャーの前に立った。
「そこの平民くん……いや、下民かな? まあどちらでもいい。なぜ君が今ここにいるのかはあえて聞くまい。だが、今の発言はこのグラモン家のギーシュを侮辱するものだとは理解しているのだろうね?」
「侮辱ぅ? おいおい、いつオレがアンタを辱めたよ。全部ほんとのことだろ。アンタは自尊心を守るために、自分で女ども傷つけといてシエスタのせいだと丸投げし挙句糾弾した。ここまで道化芝居やっといてお前、笑われて憤るのはそりゃ逆切れってもんだろ。え? 皆を笑かすためにやってたんじゃなかったの?」
最後の方はあえてキョトンとした顔で問い、再び笑い出すアヴェンジャー。ここまで面と向かって堂々と批判されたことなどないのか、煽り返す余裕もないらしいギーシュは、怒りから拳に力を入れる。手の中でトレードマークでもあるトゲ抜きされた薔薇がへし折れた。
ギーシュがなにか口を開く前に、アヴェンジャーは特大の爆弾を投下する。
「しかしさっすが貴族サマ。上に立つ者は責任転嫁が得意だねえ」
ざわ、と周囲が色めき立つ。
ギーシュを罵るだけならよかった。それだけなら、身の程知らずな平民がこの国の元帥であるグラモン家の子息を馬鹿にしているのを脇で傍観していられた。ギーシュが無礼な相手にどんな沙汰を下すか楽しみにもしていられた。この黒肌の使い魔の無礼はそんなところを通り越し、貴族全体を指して看過できない発言をしたのだ。
「……聞き違いかな? 平民くん。僕には君が『貴族は卑怯者の集まりだ』と言っているように聞こえたのだが?」
「だってよ、アンタに限った話じゃないだろ?
自分の失敗は他人の横やりによるものだ、計画の破綻は部下が邪魔をしたせいだ。そうやって認めたくない失態を下位の相手に押し付けて知らんぷりなんざ、無能みーんながやってることじゃねえかよ」
静まり返るアルヴィーズの食堂。
給仕の者たちはとっくの昔に退散していた。とばっちりなど食らいたくない。既に忘れ去られたシエスタは、せめて成り行きを見守らなければと部屋の隅で震えていた。
「ああ、勘違いすんな。それが悪いなんて言ってないから。ただ生まれの運がいいだけだろうと、それは上位者の特権だ。システムの否定なんてする気はさらさらない。けどよ、平民には羨ましいかって聞き返すくらい開き直る度量は持てよ兄弟。図星つかれて青筋立てるなんてかっこわりいぜ?」
頭に血が上りすぎてかえって冷静になったギーシュは、今にも飛び出さんとした同級生たちを抑えて冷ややかに告げる。
「よくわかった……君は平民でありながら貴族に意見しようと言うのだね」
「意見じゃねえよ感想だ。人間なんてのは一部を見て全体を判断する生きモンだろ。オレが見た
「よろしい。学生とはいえメイジたる我らが、決して家名に頼るだけの存在ではないことを君に教えてあげよう。……ついでに、君の主人に代わって無礼な使い魔の教育もね」
ヴェストリの広場に来い。そう言って、ギーシュは肩をいからせながら去って行った。他の生徒たちもそれについて行く。
馬鹿なやつだ、と嘲る目。絶対に許さないものを見る目。憐れみはするが止める気のない上から目線。様々な目線がアヴェンジャーを射貫く。本人は大して気にした様子もなく、飄々としたもので、それが立ち去る生徒たちを余計に苛立たせた。
「アヴェンジャーさん!」
貴族に喧嘩を売った平民が逃げ出さないよう監視する役の少年以外に誰も人がいなくなって、ようやく動けるようになったシエスタが駆け寄ってくる。
さすがに、だいぶ本音が混じっていたさきほどまでのやり取りが、粗相をしたメイドから注意を逸らすためのものであるとバレていたらしい。
「そんな……私なんかのためにこんなこと……」
「いんや? 別にシエスタのためにやったってわけじゃねーよ。全部オレのため」
「嘘です! 貴族様に楯突くなんて、アヴェンジャーさんにいったい何の得があるって言うんですか!」
「だってオレがケーキ食べれなくなっちまうじゃねえか」
あっけらかんと告げられる言葉に、ポカンと口を開けるシエスタ。
たしかにシエスタには色々と手助けしてもらった恩もある。美少女のピンチをスルーするのも寝覚めが悪い。だから義理人情のため、と考えれば助け船を出すのもあるいはやむを得ないことであるのだろう。
そんなものはついでだった。一番大切なのはケーキの確保である。あのままではシエスタが仕置きなりされて、約束が流れてしまいかねなかった。それは嫌なのだ。せっかく甘味の快楽に浸れるチャンスが訪れたのに、余計なトラブルで反故にされるなどあってはならない。
「で、でも、もうケーキを食べるどころじゃなくなったじゃないですか! こんなことになって……」
「先延ばしってレベルじゃなくなっちまったな。だがまあ、やりすぎちまったのはオレのヘマだ。アンタが気にするこっちゃないさ」
「ですが……!!」
そう。アヴェンジャーが下手を打っただけでしかない。メイドに目が行かないよう大げさに立ち回ったのだが、どうやら少々入れ込みすぎてしまったようだ。
いや、少々どころではないか。ここまで来るとちょっとまずいかもしれない。遠からずこの一件はルイズの耳にも入る。入るだけならまだいい。監督不行き届きとしてルイズに責任が行きかねない。そうなったら……その時はセイバーたちが上手くやるだろうが、アヴェンジャーはきっと切り捨てられる。ギーシュの言うことに従う義理なぞないが、マスターのことを想えばケジメをつけないわけにもいかない。ケーキや人情では釣りあわない事態。予想できたハズなのに、なぜこんな余計なマネをしてしまったのか。
──とある山頂からの風景がフラッシュバックする。
……それは心の奥底にしまっておくべき感傷だろう。
ただ目についたというだけで勝手な責任を負わせられ糾弾されるという憎しみには、よく覚えがあったから無視できなかったという事実が、いくら言葉の飾りを並べても誤魔化せないものなのだとしても。
「ま、いーや。なるようになれだ。おいそこのアンタ。案内役ならさっさと連れてってくれよ」
監視の少年は今この場でどついたろかと怒気を放ちながらも「こっちだ平民」と顎をしゃくって先導する。
アヴェンジャーは自分の名を呼びなお止めようとするシエスタに手を振りながらついていった。
その、広場に行く廊下の途中で。
「ゲッ……」
目を吊り上げたルイズと呆れた様子のセイバーに出会い、顔をしかめるのだった。
ちょっと飛ばすか悩んだMr.チュートリアル戦。