転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 三人、沈んだ。


犠牲

 

 

 

 

 

 「それは浮気なのでは?」

 

 「いや、違うだろう。前提として、私は誰か特定の女性と関係を持っている訳では無い」

 

 「えぇ~ほんとにござるですか~?」

 

 「何なんだ……、いや、何なんだ本当に……?」

 

 クロエ・クロニクル、義父と闘う。誰も触れる事の無かった、ある意味タブー的な部分を右ストレートで殴りにいった。完全に色々拗らせている義父にキテいたのである。地雷を積極的に踏み抜きにいくスタイル。それなりに多くの者が気になっていた真実を本気で暴きに掛かっていた。

 

 「大体です、お父様。お父様は教師なのですよね?それなのに、生徒(金髪女)とデートするのは如何な物でしょうか?」

 

 「個人の付き合いだし、教員は副業だから。それに私は君の父……いや、待て。何で、知っている?」

 

 「お父様には束様という伴侶がありながら……」

 

 「待て待て待て!!何でそうなる!?すまないが、展開に着いていけない!!色々おかしい所がありすぎる!!」

 

 「では、違うと?」

 

 「あぁ、別に束とはそういう関係では無い」

 

 「じゃあ、童貞?」

 

 「何なん?どうしたんだ、本当に……?」

 

 非童貞の石井は頭を抱えた。拾った子供が実はエキセントリックな性格をしていた事実が発覚し、仕事疲れが溜まった頭をキリキリと締め付ける。目が据わっている子供に経験の有無を問われたり、ありもしない浮気を糾弾されたり、預けている保護者の如く著しくプライバシーを侵害したり、想定外も良い所である。

 

 そもそも、石井と名乗る男の認識として、彼は特定の女性と交際関係を築いているという訳では無い。彼の周囲の女性に対する認識はこうだ。篠ノ之束に関しては飼い主兼護衛対象、織斑千冬に関しては仲の良い同僚、セシリア・オルコットに関しては──不本意かつ意図せずにフラグを立てちゃった──教え子、といった関係性であると捉えている。本人にしてみれば、自分に気があるとかおかしいだろう、幾ら何でも見る目が無い、火遊びは直ぐに飽きるからオルコットさんもその内良い人が見つかる筈、等という自己評価のやたら低い所感を抱いている訳だが、これには女性側と余りにも大きな──マリアナ海溝ほど深い認識の差が生じている。

 

 俗に言う石井さんガチ勢女性武門──誤字に非ず──の三強たる彼女らは一辺の迷い無く彼に好意を向けている。何処ぞのハーレム系ラノベ主人公のような状況である。火遊び上等でそのまま燃え尽きても構わないお嬢様と、最近何だかんだと絡みが無いが一番多く飲みに行っていて弟と石井と三人で暮らす夢を見て鼻血を出したブラコン戦乙女。そして、ここ最近で一番倒錯的な雰囲気になった説明不要の依存度ナンバーワンのやべー奴。ただただ女難の硝煙の薫りしか感じられない、この布陣に整備科所属の山田先生と幸せいっぱいな某大内氏はこう語る。

 

 『死ぬわ、アイツ』

 

 そう、つまり、石井と名乗る男は教え子のナチュラルボーン破綻者系女難爆弾に匹敵する女難要員であったのだ!!でーん!!どうか、何を今さらという言葉は控えて頂きたい。

 

 さて、とんでもない女難の神に愛されたであろう石井。以前に、これ迄修羅場になんて遭遇したことも無いと宣っていたが、そんなことは無い。前世か今生か、それなりに危ない橋を渡って来たのだ。忘却の彼方に追いやったか、磨耗したのか、はたまた天然なのかはさておき、現在進行形で爆発寸前の爆弾を三つ抱えながら地雷原を全力疾走している。教え子のウルトラ求道破綻者のことを笑えず、自分に何時かのブーメランが突き刺さった。

 

 クロエの言葉がどんどん心に突き刺さる。やれ浮気、やれ手が早い、やれ生徒と教師と倫理。やたらめったら某御令嬢をディスるクロエ。そして過剰に束を持ち上げる。

 

 「つまり束様こそ、最高の選択肢。証明終了。これにはお父様もニッコリ」

 

 「なんでさ……」

 

 おっと心は硝子だぞ、と言いそうな表情を浮かべ、ドヤ顔を浮かべるクロエを見る石井。不毛な闘いが開戦してから五分、未だに状況に着いていけない石井年齢不詳独身は天を仰いだ。謂れの無い罪で糾弾される。これが冤罪か。違います、と空耳が聞こえた。何処かで胡散臭い影絵のような男が笑っている気もする。

 

 「兎に角、お父様が色んな意味で有罪なのは確定的に明らかです」

 

 「確定的に明らか……さっぱり分からん」

 

 考えるな、感じるんだ。弁護人ゼロ、検事と裁判官を兼ねた配役の酷い裁判である。法も人権もありゃしない。

 

 「という訳で私がお父様の頼みを聞く義理はありません!!ふん!!」

 

 勝利を確信して二度目のドヤ顔を惜し気もなく披露するクロエ。胸を張り、腰に手を当てて鼻から息を吹き出している。

 

 石井は嘆息する。さっさと自室に戻るつもりがおかしなスイッチを押してしまったらしく、長引いてしまっている。別段、無理難題を言った覚えは無いのだが、何故彼女がこうも腹を立てているか理解出来ない。自分が留守にすることが多くなる故の、頼みとまではいかずとも心得ておいて欲しい事項であるだけ。

 

 「あぁ、そうか。ならば、良い。他を当たるとしよう」

 

 誰彼構わず反抗したくなる年頃が誰しもある。俗に反抗期と呼ばれる物だ。これまで教師として接した生徒の中にも大勢いた。彼女にも反抗期が来たのだろう、そう石井は解釈した。年頃だし、仕方ないねというノリで先程の言葉を撤回した。そもそも自分がこのような事を頼める立場に無いことを失念していた、と猛省している。これからは、これまで以上に極力関わる事を避けた方が良いらしい、とも。やはり、この男、拗らせている。

 

 最近頭に靄が掛かったようにボーッとすることが多いからゆっくり休もう等と考えながら石井はクロエの部屋から出ていった。

 

 ドアの閉まる音と共に訪れる静寂。胸を張ったまま不動のクロエは漸く動き出し、ベッドに倒れ込んだ。

 

 「何やってんの私ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?これはマズイ!!アウトだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 自らの言動を振り返る。女性経験の有無、矢鱈と義父を女にルーズな風に誘導する、確定的に明らか。見るに耐えず、聞くに耐えない。

 

 「これは……嫌われた……嫌われましたね……ハハ……」

 

 項垂れ、微動だにせず沈み込んだクロエ。父が拗らせているならば娘も拗らせていた。

 

 その後、ラウラが白目を剥いて泡を吹くクロエを発見して大騒ぎになったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「麻婆豆腐、辛さ『愉悦』だ。心して食すが良い」

 

 「ねぇ、セシリア……本当に食べるの?」

 

 「勿論ですわ!!私もあの人と同じ境地に行くのです!!私も一夏さんみたいに一緒に食事したいでーすーわー!!」

 

 「麻婆豆腐、辛さ『愉悦』だ。心して食すが良い」

 

 「え……?ボクが頼んだのって青椒肉絲だった気が……」

 

 「ほう、貴様が俗に言うクレーマーという輩か。私は確かに麻婆豆腐辛さ『愉悦』を二つと注文受けたのだがな?」

 

 「えぇ……」

 

 紅洲宴歳館・泰山IS学園支店に二人の少女が遅めの夕食を取りに来ていた。美しい金髪の美少女たち、セシリア・オルコットとシャル・有澤は無謀にも彼の悪名高き殺人麻婆に挑もうとしていた。尚、片方は理不尽な悪意によって愉悦の道連れにされた模様。店主の口元が歪む。

 

 「喜べ少女。君の望みはようやく叶う」

 

 「お礼申し上げますわ、店主。これで私もあの人と同じ領域を知る事が出来るのですわね!!」

 

 「君に祝福があらんことを……」

 

 何処からか取り出した十字架にキスをして不敵に微笑む店主。一目見て黒幕だと分かりそうな雰囲気を醸し出すこの男が飲食店の店長として適格であるかどうか、シャルは考えるのを止めた。

 

 「では行きますわよ、シャルさん!!」

 

 「ボク、死ぬの?」

 

 燃えたぎる──沸騰する麻婆を見てシャルの眼から光が消える。これが本物、これが頂点、これが地獄。赭、赭、赭、ただひたすらに赭いこの世ならざる食物。いや、食物と定義しても良いのだろうか。遠ざけても視覚情報として脳に伝わる辛さ。そこに旨みなど無く、殺意の片鱗すら見える。

 

 「では、いただきます!!」

 

 「コイツ、もう駄目だろ。やべぇだろ」

 

 蓮華を麻婆へと突っ込むセシリアを見てシャルがとうとうおかしくなった。宇宙的恐怖ならぬ麻婆的恐怖により多少おかしくなることは、泰山IS学園支店ではよくあることだ。しかし、それも一つの経験であり、誰もが通る道だ。店主もはじめての愉悦麻婆を優しく見守っている。その証拠に口元には何かを堪えきれないような笑みが浮かんでいる。以前は神父だったらしい。

 

 蓮華に掬われた赭は口内へと運ばれる。薄紅色の女性らしさを感じさせる唇と殺意の辛味を具現した赭。それらが交わり、唇は閉ざされ、何も掬われていない蓮華のみが手にある。

 

 さて、ここで突然ではあるが、この星の話をしよう。この星が生まれた時、地球は現在とはまるで似付かない姿であったという。曰く、溶岩とガス、灼熱と極寒が入り乱れる地獄。美しく青い姿は何処にも無く、赭い生を許さない極限環境が広がっていた。

 

 

 

 

 

 どうだろう?麻婆と似てないだろうか?

 

 

 

 

 ──それは、麻婆豆腐というにはあまりにも冒涜的すぎた。

 

 非常識極まりなく

 

 辛く

 

 痛く

 

 そして痛すぎた。

 

 それはまさに地獄だった。──

 

 

 シャルはこの星の創世を幻視した。宇宙の混沌、果ての無い大海、黄金の獣、そしてワイン片手に邪悪に笑う古代の王。

 

 辛味を感じない?否、認識出来ないのだ。理由は二つ。一つは脳の処理能力(キャパシティ)を大幅に超過するほどの情報ゆえに、味覚として感知出来ないのだ。それがIS操縦者の中でもエリートとされる専用機持ちの脳でも。そして二つ目。()()()()()()()()()()()()()

 

 『フハハハハハハハハハハハハッ!!綺礼よ、見ておるか?』

 

 幻聴まで聴こえてきたシャルはもう一口蓮華を運ぶ。食べ物は粗末にしてはいけない。本能に従い蓮華を動かす。

 

 「あぁ、ハンターハンター読みたい……から、うま……」

 

 麻婆が美味い。全然辛く無い。味が薄めな気がするが、これを何故みんなは怖がるのだろう?シャルは疑問を浮かべながら更に蓮華を動かす。

 

 汗は不思議と出ない。辛さが無いせいだろうか。店主も彼女たちの食事を微笑みと共に見ている。虚仮威しだったということだろう。

 

 そして視界がぐるん、と回る。

 

 「う、あ───ぁ?」

 

 呂律が回らなくなる。視界がチカチカ瞬いて、頭の中でパチパチ何かが弾けて、プチプチ潰れる。

 

 「えぅ……あぇ──」

 

 そうして漸く脳の処理が追い付く。

 

 「ひっ─────────」

 

 真っ白に塗り潰された視界と高い耳鳴りと、詰まる息。吹き出る嫌な汗。その後に

 

 「────────────」

 

 来た。それは、それは、それは!!それは辛味では無い。味覚は既に麻痺している。辛うじて生きている感触は痛覚。痛み、それは痛みと形容するには適さないだろう。未知の痛覚が舌を、口内を、気道を、食道を、脳を蹂躙し、害し、焼く。

 

 声を出す事ことが出来ない。声帯を震わせることが上手く出来ないのだ。痙攣しているのか、喉奥がひくひくしている。痛み、痛み、痛み、痛み、痛み。

 

 ちらりと横を見るとセシリアは既に絶えていた。麻婆か血か判別出来ぬ液体を口から溢して、伏している。

 

 「ほう、思ったより長く持ったな。これは予想していなかった。賞賛に値するだろう」

 

 店主の声が聞こえる。喜悦に満ちた声色だった。

 

 「だが、食べ残しは頂けんな。最後まで食して貰わねば困る──」

 

 声は途中で途切れた。意識が落ちる最中、シャルが最後に見たのは自分たちを見下ろす店主と見知った教師の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やり過ぎじゃないか?」

 

 「それがこの少女らの限界だったという事だろう。注文は?」

 

 「麻婆豆腐、辛さ『天地開闢(エア)』。ラー油マシマシ、唐辛子三倍。それと赤ワイン」

 

 「承った」

 

 何処かでまた邪悪な高笑いが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 夜か昼かは分からない。何処にでもあるような町の何処か。一軒の喫茶店がある。閑散とした店内は薄暗く、静かな赴きの店内には微かにベートーヴェンの月光が流れていた。

 一つのテーブルと向かい合う椅子に二人の男女。胡散臭い笑みを浮かべる影法師のような男と、橙色のコートを着た女が向かい合っていた。

 「という訳で我が友人の身体を再び用立てて欲しい。そろそろ、限界が来たようでね。ここ最近は酷使していた故、急速に負荷が掛かったのだろう」

 「ほう……。まぁ、私としては構わない。だが、お前ほどの存在がこうして私に態々頼む事も無いだろう?お前には借りがあるから協力はしよう。それでも、自分で造った方が楽ではある筈だが?」

 「ふむ、確かに君の言う事にも一理はある。成る程、確かに、私も我が友人の身体を用立てることは出来るが、こと()()という点に於いては君は他の追随を許さない。君の技量を見込んで、私は依頼しているのだよ」

 「そうか。引き受けよう。私もその男とは面識は無いが、接点はある。同好の士が随分と入れ込んでいてね。五日で仕上げよう」

 「感謝するよ、人形師」

 「その笑みを止めろ、詐欺師」

 女は御世辞にも美味いとは言えない煙草に火を付けた。男は既に何処にもいなかった。





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