もしもあの時……   作:匿名作者Mr.ハチマソ

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初めまして。
こちらは、巷でよく耳にする『八幡って奉仕部に入んない(入れられない)方が幸せな高校生活送れたよね』を実際にやってみたら本当に幸せなのかどうかという、いわゆる八幡に救いの手を差し伸べるSSとなります。
よろしくお願いします。




第1話

 

「なぁ、比企谷。私が授業で出した課題はなんだったかな?」

 

 しん、と静まり返った職員室に、静かながらも怒気を孕んだ女教師の声が響き渡る。どうやら授業で言い渡された課題の出来がこの女教師の共感を得られなかったようだ。

 そんなわけで晴れて放課後に呼び出しを食らっている目の腐ったこの男子生徒の名は比企谷八幡……つまり俺である。

 

 やれやれ……と、目の前で頭を抱える推定三十路な美人教師平塚の目尻の皺をこっそり数えていると、殺気の籠もった目でギロリと睨まれてハッとする。

 や、やべぇ、目尻を注視していた事がバレたのかな?

 

「……はぁ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文でしたが」

 

 バレてませんようにとビクビクしながらも、彼女からの問いに対しこう答える以外に選択肢を見いだせなかった俺は、嘘偽りなく正直に返事をお返しした。

 

「そうだな。それでなぜ君は犯行声明を書き上げてるんだ? テロリストなのか? それともバカなのか?」

 

 しかし返ってきた言葉はこれである。解せん。

 おかしいな。素直に答えただけなのに犯行声明とな? あまつさえバカとは失礼な。

 

 まぁそりゃ確かに高校生活を振り返る作文の文末の締めが『爆発しろ』では乱暴だよね。せめて謙譲語で記入すれば呼び出されずにすんだかな?

 わたくしのような下賤の者と違い青春を謳歌していらっしゃるリア充の皆々様方、どうか爆発なさって下さいませ。……うん。無理だな。むしろ余計青筋立てて呼び出されるまである。

 

「まぁ……国語学年三位なんでバカではないかと。それに爆発すればいいとは思ってますが、実際に奴らに対して爆破テロを執り行う気など毛頭ないのでテロリストでもないかと。ま、野党がやれテロ準備罪だ共謀罪だとあることないこと騒いでる組織犯罪処罰法改正案が適用されればなにかの間違いで連行される可能性はなきにしもあらずではありますが、そもそも計画を話し合う仲間(笑)が皆無ですのでその可能性も限りなくゼロに近いかと」

 

 アホか、そんな可能性ねーよ、バカ野党と市民団体(笑)とマスゴミが! などと内心鼻で嗤いつつも、今まさに目の前で三十路女教師に問題提起されている事柄と駄々っ子政治問題は特に関係はないので、必要事項のみをそう真摯に述べると──

 

「はぁぁ……。よく分かった。つまりやはり君はバカなのだな」

 

 やはり解せん。

 

「それともうひとつ分かった。君は友達が居ないという事がな。まぁわざわざ言われなくとも、そうなんだろうなぁとは薄々気付いてはいたがね」

 

 ですよねー。

 

「……なぁ、比企谷」

 

 呆れ果てた表情と弛緩した空気から一転、平塚先生は暖かさを帯びたとても真剣な表情で俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「な、なんでしゅか」

 

 ちょ、いくら推定三十路とはいえ、そんな綺麗な顔で見つめないでいただけないでしょうか……? 女慣れしてないんで、すげぇ緊張しちゃいますってば。

 女どころか人に慣れてませんけど☆

 

「部活に入れ」

「……は?」

 

 この人、急になに言うてるん? まだアルツハイマーには早すぎませんかね。

 

「この歳でこんなふざけた作文を書いてそんなふざけた受け答えをしているようでは、君はこの先ろくな人生を歩めないだろう。君には更正が必要だ。私が受け持っている部活ならば、君のその荒んだ思考回路を良い方向へと成長させてくれるかもしれん。悪いようにはしないぞ、どうだ?」

 

 そう謎の台詞を吐いて、俺の目の前にすっと手を差し出す独神教師。

 

「……」

 

 寝耳に水とはこの事だろう。まさか現国の授業で作文を書いて、そこからの流れで部活に勧誘されるとは夢にも思わなかった。

 つーか余計なお世話だ。俺のこの思考回路は俺だけのもんだ。それを『この先ろくな人生を歩めない』だの『更正が必要』だのと勝手に決めんなよ。

 成長? アホか、マジで余計なお世話だ。成長ってのは他人から言われてするもんじゃねぇだろ。

 

 俺はその手を冷め切った目で一瞥し、無いモノとして無視するかのように口を開く。

 

「……その言い方だとまるで強制のように聞こえるんですけど」

「ああ。私はそのつもりだが?」

 

 俺からの返答に差し出した手を引っ込めると、拳をバキボキ鳴らせて世紀末覇者の如く凄む三十路。

 マジかよ……生徒に部活動を強要するとかどういう理屈だよ。

 

「……お断わりします」

 

 だが残念だったな。今はハート様やヒャッハー群が野生にごろごろ生息しているカオスな世紀末ではないのだ。

 

「だから言ったろう、これは強制だと。異論反論抗議質問口応えは一切認めんぞ」

「ならば先生にではなくもっと上に異論をとなえます。教頭でも校長でも教育委員会でもどこにだって抗議しますよ」

「……」

「教師が生徒に部活動を強要するのなんて認められるはずがないですからね。これ、完全に責任問題になりますよ? それで構いませんか?」

 

 どうよこの見事な正論。完全に論破したった。

 フッ、たかだか社会の戌に過ぎない一教師が、こうも責任問題を表沙汰にされては言葉もあるまいて!

 

 俺からのぐうの音も出せない反撃に遭った平塚先生は、途端に青ざめ……る事など一切なく────ただ、とても哀しそうな顔をしていた。

 そう。とてもとても哀しそうな顔を。

 

「……そう、か」

 

 右手で頭を押さえて軽くかぶりを振り、もう一度俺の顔を見た先生の瞳は、なんというか、先程までの暖かみなどとうに消え失せた、ただつまらないものを見るかのような冷え冷えとした彩の無い瞳。

 

「……残念だ。……ある程度の屁理屈をぬかすくらいであれば、首根っこを押さえ付けてでも無理矢理連れていくつもりだったが……まさかそんな下らない弁を述べる程にどうしようもない奴だったとは……。残念だが、もう手遅れなのかもしれんな……。……せめて、せめて私だけでも匙を投げずにいようとは思っていたのだが、本当に残念だ……」

「……」

 

 

 ──匙を投げずに、か。

 これはあれだ。諦められたというやつだろう。

 

 俺は確かに成績は悪くない。むしろいい方だ。理数系以外は。

 しかし授業態度はすこぶる悪く(ほぼ睡眠時間)遅刻もとても多い。

 そんな俺を教師達がどういう目で見ているのかくらいは理解しているつもりだ。

 

 要はこの県内有数の進学校においてのお荷物。これといった問題は起こさなくとも、だからといって学校にとってなんら利にもならない、どうでもいい、関心の無い生徒。

 

 教師達だって教師である前に一人の人間である。

 いくら頭では生徒には平等にと考えていたって、やる気皆無の生徒、学校生活などどうでもいいと思っている生徒に対して関心が無くなるというのは仕方の無い事だろう。

 こちらから見限っているのに、教師ならばそんな生徒でも平等に扱えよ、なんてのは、あまりにも身勝手なガキの戯言だ。

 

 そんな中にあって、この先生は今まで何度も俺を気にしてくれていた。

 こんな舐めた課題を提出しても、他の教師ならばそのまま流していただろう。でもこの人はこうしてわざわざ呼び出して注意を促した。

 そりゃ生徒指導の任を全うしているだけなのかもしれないが、でもやはりそういった責務とは違う何かもこの人からは感じていた。

 

 

 そんな平塚先生にも、今の発言と態度でついに諦められたって事だ。これはあれだ。よく言う『怒られている内が華だ』ってやつか。

 

「……比企谷。後悔しても、もう取り戻す事は出来ないからな。……いや、哀しいことだが後悔した事にも気付かんのだろうな。……もう、行っていい」

 

 

 ──後悔、か。

 ま、俺は今まで散々後悔する人生を送ってきた。山のような黒歴史をこさえてな。

 だったらま、その新入荷予定の後悔とやらも、気付かないままでいられるっつーんならまだいい方なんじゃねーの? 知らんけど。

 

「……はい。失礼します」

 

 退出を促された以上、もう本当に後戻りは出来ない。

 俺は平塚先生に背を向け、その場から逃げるように立ち去るのだった。

 

 

 ……頭にこびりついてしまったあの顔。先生の哀しそうな表情という鋭い嘴に、胸の中を乱暴についばまれるような感覚に襲われながら。

 

 




ほんの暇潰しに書いてみた作品なので不定期更新となりますが三話くらいで終わると思います。
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