もしもあの時…… 作:匿名作者Mr.ハチマソ
ゴールデンウィークも過ぎ、臨海部特有の心地良い風に吹かれながら、今日も今日とて優雅にぼっち飯を楽しむ俺。
購買で買ったウインナーロールとツナおにぎり、ナポリタンロールをむぐむぐ咀嚼しながら口に含む練乳ドリンク・弱コーヒー風味(通称マッ缶)の美味さは異常。
「……あー、ねみぃ」
パンと米と麺とコーヒーを同時に味わいつつ、俺はそんな優雅さとは相反する苦々しげな独り言をぽしょりと呟く。
クッソ……、せっかく学校生活における唯一の安らぎと癒しの時間だってのに、頭の中は昨夜ほぼ徹夜で読まされたゴミみたいなラノベがグルグルしてやがる。グルグルしすぎて危うくキタキタ踊りをダンシングしちゃいそうなレベル。
これは、ゴールデンウィーク前に体育で嫌々相方をやっている厨二デブのラノベ批評をしてしまった事がそもそもの原因。
そのデブ──ざい、ざい……財テク屋? の、あまりにもつまらなすぎて読むのに苦痛を伴うほどのチラシの裏の落書きを、なんの気まぐれか読んで批評(Q.フハハハハ! どうであった八幡、我の魂の詩はッ(ドヤァ) A.で、あれって何のパクリ?)してやったら、あの野郎なんか俺に懐いちゃいやがって、それ以来ちょくちょく俺の所にラノベを持ってくるようになってしまったのだ。
まぁこの学校で唯一俺と会話するのは材木座くらいなものなので、奴との低レベルで下らない会話も、そんなに不快ってほど悪い物ではないのだけれど。
そう、体育の授業中なんかに取り留めのない会話をする分には意外にも楽しんでしまっているのだ。とても悔しいし、調子に乗ると死ぬほどウザイから絶対に言わんけど。
しかしつまらなすぎるラノベ批評だけは本気でキツい。
だってマジでつまらないからね、アレ。つまらない作品を読まされる事のつらさは、読書家ならいくらでも察しはつくだろう。しかもお願いを聞いてやってる以上、男として途中で投げ出すわけにもいかないしね。
そんなこんなで、俺は昨夜読んだナイトメアスラッシャーの悪夢に胸焼けしつつ、少しでも癒しを下さい! とばかりに、ぱこんぱこんと一生懸命自主練に励むテニス部の可愛い女の子を視姦しています。
※
ここベストプレイスは、俺が一年生の頃から愛用しているベストなプレイス。
特別棟の一階。保健室横、購買斜め後ろに位置するこの場所は、往来する生徒達の目からいい具合に死角になっていて、昼飯を一人で食べるのに持ってこいの素敵な場所なのである。
その上ここ最近は近くにあるテニスコートで可愛い女テニの子が一人額に汗して練習するようになり、お腹と心、ダブルで癒してくれるという最高のプレイスなのだ。
惜しむらくはあの練習着がジャージではなくスコートとアンスコだったらなぁ……と、癒しどころか欲望まみれなどうも俺です。
いやぁ、しかしあの子も毎日毎日真面目だよね。
あんなに可愛いのに化粧っ気ひとつなく、ああしていつも黙々と壁打ちをこなしている。
たまに飛んでっちゃったボールをとててっと必死に追い掛けていく姿なんかがなんとも庇護欲をそそりまくり、思わず拾いにいってあげたくなってしまう。実際に拾いに行ったらキモがられて逃げられるの必至だから行かないけどね。
言っちゃなんだがあんまり上手くないから、青春を謳歌しちゃってます軍団がうぇいうぇいと無駄に時間を浪費しているであろうこの昼休みという時間を有効活用して、こうして一人一生懸命練習しているのだろう。
今どきの女子高生にしてはなんていい子なのだろうか。あの輝く汗と真剣な瞳はまるで天使。いくらぼっち大好き捻くれ者の俺とはいえ、ああいう子であればさすがに好感を持たざるを得ないし、ちょっと仲良くしてみたいかも♪なんて思わないこともない。
『いくよー! はいっ!』
『なんのっ』
『わっ、すごいリターン! えへへ! 八幡ってテニス上手くて格好良いよねっ』
『……そ、そんなことねぇよ。ただお前にいいとこ見せたかったから、ちょっと頑張っただけだっつーの』
『も、もう、八幡はいつもそうやってからかうんだから……!』
……おっと、やべぇやべぇ、眠気が深刻過ぎて、頭が本格的にギップリャーしてきちゃったぜ。何お寒い妄想しちゃってんだよ、マジでキモいわ俺。
「……ハッ、馬鹿馬鹿しい」
マジでなんという馬鹿馬鹿しさだろうか。俺とあのテニス女子の人生が交わる事なんて、一生あるはずないだろうが。
あの子は日向で生きる存在。俺は日陰者。そもそも生きる場所が違うのだ。分不相応も甚だしい。こうして遠くから眺めるくらいが俺にはちょうどいいのだ。
『違う……よ。あたし、同情とか、気を遣うとか、……そんな風に思ってたわけじゃ……』
なにがちょっと仲良くしてみたいかも♪なんて思わないこともない、だ。一体どの口がそんな事を言えるんだか。
好きでぼっちやってるんじゃねぇのかよ。そう言って由比ヶ浜の優しさを足蹴にしたんじゃないのかよ、俺は。
「……チッ、あーアホらし。寝るか」
誰が聞いているわけでもないのに、誰かに語り掛けるようにそう独りごちると、俺は横になってゆっくりと目を閉じた。
──誰が聞いているわけでもない、か。アホか、一人だけ確実に聞いてんじゃねーか。……そう、俺は自分自身に言い聞かせたのだろう。こんな下らない妄想にふけるのはもうやめろ、と。
だってあの時由比ヶ浜の優しさを拒絶した時点で、俺にはこんなことを思う資格すらないのだから。
※
なんて思っていたのがほんの一週間そこら前。
そんなことを思っていたはずなのに、現在俺は絶賛そいつを……いや、そいつらを毎日のように眺める日々を送っています。
なんとあの女テニの子、どうやら俺の因縁の相手でもあるガハマさんと友達かなんかだったらしく、あのふて寝をした何日か後から一緒に練習を始めてしまったのだ。てかガハマさんてテニス部だったの?
ボールを追い掛けてコートを縦横無尽に走り回っている様は、さぞや壮観なのだろう。ぼよんぼよん。
俺はもうガハマさんとは関わりたくはないし、なんならあの日の事は忘れたいとまで思っている。
なぜそうまでして関わりたくないのか。忘れたいと思っているのか。それは多分、あの日を後悔したくないからなんだろうな。あの時素直に受け入れていれば良かったかも、なんて。
そして、もしかしたらまたああやって俺に声を掛けてくるかもしれないなどと、気色の悪い期待をしてしまいたくないからなんだと思う。……そんな事を少しでも考えてしまっている時点で、それはもしかしたらすでに後悔……、いや、やめておけ比企谷八幡。それ以上は考えるな。
だから女テニの子がガハマさんを連れてきた時点で、俺はこのベストプレイスを放棄するつもりでいた。だって眺めてるところを見つかっちゃったら気まずいじゃん? 多分あいつも気まずいだろうし、なんなら変な誤解をされちゃうかもしれない。八幡が仲間になりたそうな目でこちらを見ている……なんて思われちゃったら一大事!
だから翌日からは別の場所で昼を過ごすつもりでいたのだが、神はそれを許してはくれなかった。なぜなら女テニの子が連れてきた友達は、ガハマさん一人ではなかったのだから。
……まさか女テニの子がガハマさんと、さらにはあの雪ノ下雪乃と友達だったとは。
いくら見たくない、関わりたくない、忘れたいとは言ってはみても、さすがにそこに雪ノ下雪乃が絡んでくるとなると、人間観察が趣味の俺にはどうしても目が離せなくなってしまう。
なにせあの雪ノ下雪乃だ。ぼっちの俺でさえ知っている雪ノ下雪乃の情報の内のひとつ、それは孤高。
あまりにも優秀すぎてあまりにも美しすぎて、故にあまりにも異端である彼女は常に一人で居るとか居ないとか。
そんな彼女がテニス部に所属しているなんて聞いた事もないし、ましてやあんな風に進んで人と関わるなんて、しかも相手があの明るくて騒がしくてリア充の由比ヶ浜だなんて、なんとも不可思議な光景ではないか。
だから俺はつい魅入ってしまった。この場所から離れる事なくあれから数日間、ただただその不可思議な光景を眺め続けている。
単に美少女三人がキャッキャウフフしている姿に見惚れているわけじゃないよ? ホントだよ?
そもそもキャッキャウフフな甘い空間というより、どっちかっていうとギャーギャーヒェェな阿鼻叫喚の図だしね。
なにあれ、女テニの子は虎の穴の門の門でも叩いちゃったのん? あとよくよく見たらやっぱり雪ノ下雪乃とガハマさんはテニス部ではないっぽい。どんな経緯かは知らんけど、どっちかというと女テニの子の練習に付き合ってあげてるだけみたいだ。だって女テニの子が一方的にしごかれてるだけだし。
にしても……おいおい、いくらなんでも女テニの子が心配になっちゃうよ。まさかあの雪ノ下雪乃が鬼教官だったとは……
あ、もちろん向こうからは発見されないくらいの場所からこっそり見てるのでご安心を。猫に飛び付かれるフリスキーさんもびっくりなほどストーカーまっしぐらじゃねぇか。
そして、そんなストーキングな日々がしばらく続いた日の事だった。
何日間か掛けて基礎練から壁打ちへ移行した練習は、さらに次なるフェーズへと移行していた。
雪ノ下雪乃の指示のもとガハマさんが不規則にポンポンと球出しをして、それを女テニが走り回ってなんとか食らい付くという、下手したら姑が嫁をいびっているようにも見える恐ろしい特訓。
そんな嫁いびりの最中に事件は起きた。特訓中のテニスコートに思わぬ珍客が現われたのだ。
その珍客とはうちのクラスのカーストトップ、金髪のあーしさんこと……三浦……、だっけか。まぁ優美子ね。そしていつも優美子と一緒にキラキラしてるイケメン葉山とその取り巻き。
ここからではどのような会話が成されているのか全く聞こえないが、フッ、人間観察が趣味の俺を舐めるなよ? お前らのような単純思考生物の行動パターンなどお見通しだ、バカめ。
あの横柄な態度と嗜虐的な表情から察するに、昼休みにテニスをして遊んでいる侍女を見て、羨ましくなっちゃった女王様が「ねー隼人ぉ、あーしもテニスやりたーい」とでもぬかしてるってとこだろう。
そしてガハマさんはあの女王様の忠実なるイエスマンだという事は、先刻の昼休みに露呈している。誠に残念ではあるが、どうやら天使な女テニ部員の特訓は、この招かれざる客のおかげで終了ってとこ──
「なん……だと?」
しかし、これで終わりかと思われた地獄の特訓は、ここからまさかの展開に見舞われる。
なんとあのキョロ充で周りの空気ばかり読んでいるような由比ヶ浜が、グループの目を気にして目が泳いでいるものの、真っ向から女王様に拒否を示しているのだ。
これにはさすがの俺も驚いた。だってあの日は優美子に言いたい事も言えず、ただ俯いていただけではないか。
グループの……いやさクラスの女王に逆らうという事は、それはつまりクラスでの立ち位置をも捨てる覚悟があるという事。下手すりゃクラスで村八分になんだろ、あれ。
……すげぇな、あいつってあんな奴だったのかよ。
──そして隣でそれを見ていた雪ノ下雪乃は、とても温かく優しい微笑みを浮かべる。それは、とても先ほどまでの鬼軍曹と同じ人物とは思えぬ優しい笑顔。
そこからは、怒涛の勢いで事態の終息を迎えた。
ここまで声は届かないから何を言ったか分からんが、ものの数分で我がクラスの女王様が泣き出してしまったのだ。あの雪ノ下雪乃との言い合いに惨敗して。
ちなみになんとか抵抗を試みつつ三浦を庇おうとしていた葉山は、そんな雪ノ下雪乃の一言と一睨みに瞬殺余裕でした。爽やかな苦笑いを浮かべ、「は、ははっ……」と黙りこくるイケメンのなんと憐れな事よ。
メシウマだぜ、ふひっ!
しっかし本当に凄いんだな、雪ノ下雪乃って女は。
いや、凄いってか恐い。もう恐さを通り越して寒気さえ憶えちゃうレベル。あの獄炎の女王様をあんなに容易く泣かせちゃうのん?
そしてあのザ・ゾーンの使い手葉山は相手にもならず。これはもうヤバ過ぎる。何がヤバイってマジヤバイ。
どんな関係かは知らないが、そんなヤバすぎる雪ノ下雪乃と関わる事によって、あのキョロ充な由比ヶ浜にもなにかしらの変化があったのだろうか。
人間なんてそう簡単には変われない。そんなに簡単に変わってしまうようならば、そんなのは元々大した自分ではないのだろう。
そう信じていた俺でさえ、さっきの由比ヶ浜の抵抗には、なにか眩しいものを感じてしまった。
そんな由比ヶ浜に、申し訳なさそうでもあり、でも嬉しそうな微笑みを向ける女テニの子の笑顔も俺にとってはまた眩しくて。
そして何よりも、本当は女王に楯突く事が不安で仕方なかったのであろう由比ヶ浜に抱き付かれ、鬱陶しそうに顔を歪めながらもどこか嬉しそうな雪ノ下雪乃のもどかしそうな表情も、俺にはとてもとても眩しかった。
「……ごっそさん」
菓子パンとおにぎりの包みをくしゃっと丸めた俺は、そんな眩しい光景に背を向けてゆっくりと席を立つ。
──もし由比ヶ浜の優しさを受け入れていたら、あの眩しい光景の中に自分が居た未来もあったのだろうか……?
そんな馬鹿丸出しの妄想を振り払うよう、丸めた紙屑と一緒に、その妄想もゴミ箱に投げ捨てよう。俺には俺の人生があるし、俺はそれを心から楽しんでいるのだから。
さしあたっては……そうだな。ラノベ批評のお礼に、今日の帰りに材木座にラーメンでも奢らせるとしようか。
俺は、他人の金で食べるラーメンの美味さに心躍らせつつ、数少ないスマホの情報から材木座のアドレスを引っ張り上げるのだった。
ありがとうございました。
今回はテニス編となりましたが、大方の予想通り八幡と戸塚が仲良くなる事は無かったです。というよりはクラスメイトだと認識出来る事もないでしょう。
一年生の一年間で存在さえ認識しようとしなかった戸塚が、二年生になったからといって都合よく話し掛けてきてくれるはず無いですからね。
戸塚とファーストコンタクトが取れたのは、あくまでも結衣が友達の戸塚を呼んでくれたから、そして戸塚が緊張しながらも八幡と話せたのも、あくまでも友達の結衣が居たからでしょう。
あと原作との相違点として、雪乃が居た時に三浦達が乗り込んで来た…という事にしました。
それは、ちょうど雪乃が居ない時にタイミングよく三浦達が来るというシチュエーション自体がある意味主人公補正ですし、仮にこの作品で同じタイミングで三浦が来たとしても、結衣が「部長が居ないから勝手に判断出来ない」と雪乃を呼びに行けば結局は同じ結果にしかならず、意味もなく字数がかさんでしまうだけなので、まぁいいかな、と。
そしてテニス対決が起きなかったのは、まぁ当然でしょう。なにせテニス対決をしても戸塚側になんらメリットがなく、対決を持ち掛けられても「こちらになんのメリットがあるのか提示しなさい」とあっさり論破されて三浦が泣いて終わりですので。
仮に「負けるのが恐いんだぁ?」との挑発に乗ったとしても八幡が居ないので男女混合ダブルスにはなり得ず、葉山と三浦のダブルスだったからこそシングルスの雪乃となんとか勝負になったものの、雪乃と三浦のサシでは相手にもならずやっぱり泣かされて終了でしょうから、こちらもカットしました。