第1話「白き巨人」
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全天周囲モニターの正面に広がるは、宇宙世紀時代の技術の遺産、いや、その前時代からの遺産である月面都市「フォン・ブラウン」の廃墟。幾度にも渡る大戦争で、フォン・ブラウンは都市としての機能を失い、徐々に崩れ落ちていった。それが、現在のフォン・ブラウンだ。まるで幽霊でも出そうな薄暗さ。中途半端に生きている人工重力発生装置で宙に浮かんでいる瓦礫や、人間が住んでいた証の物。そして、ここで戦争に巻き込まれて命を落とした人間の死体。それを今はじっくりと見ることは出来ない。そもそも、見る気も起きないものだから、別に構わない。
とにかく今は、追手から逃げ切らなければならない。少年――リヒター・如月――は、現在の議会軍の主力NMS(ノーマルモビルスーツ)「バーストブラスター」のバーニアを全力で吹かし続けた。
アラート。高エネルギー物体の急速接近警報。しかし、ビームの熱量ではない。バーストブラスターにビームライフルは標準装備されていない。実弾でもない。だとすると、というよりも考えるまでもなく、答えは導き出せる。ヴァーヴォルライフルだ。
バーストブラスターはヴァーヴォルライフルという、言語は物質であり、改良すれば兵器にもなる音波波動兵装「ヴァーヴォルウェポン(V兵器)」という物を装備している。どういう原理かは不明だが、真空でも使用可能な兵器である。但し、ビーム兵器と違って、物質を半固形化もしくは完全固形化させたものなので、燃費は良いが、火力は機体の動力次第ではビーム兵器より劣る。
しかし、まともに被弾すれば、最新鋭のバーストブラスターといえど一撃で落ちる。リヒターは機体の右手に装備されていたヴァーヴォルライフルを捨てた。残弾はもう無いから、デッドウェイトでしかない。緊急回避バーニアを吹かして、左右に回避する。それで攻撃は止むはずもなく、今度はリアアーマーに増設されたファンネル・ミサイルの雨が降ってきた。これが一機ならどうにでもなるのだが、生憎追手は三機。一機につき12発のファンネル・ミサイル。36発ものファンネル・ミサイルが、全方位から飛来してくる。各部緊急回避バーニアをジェネレーターがオーバーヒートする覚悟で吹かせるが、回避し切れなかった。リヒターの乗ったバーストブラスターはバックパックを破壊され、フォン・ブラウンの市街地に落ちていく。幸いリヒターのバーストブラスターには増設ファンネル・ミサイルポッドが搭載されていなかったため、弾頭が誘爆して爆散するということはなかった。
それでも、こんなはずでは。完全に逃げ切って、一人孤独に生きたかっただけなのに。
だが、そんな願いはもう通用しない。MFDに表記されている高度計がどんどん下がってきている。すなわち、都市に衝突するということを意味していた。
「死ぬのか……ここで……」
リヒターの脳裏に映像のように記憶が蘇る。どこまでも、嫌な記憶。よかったことなどあったのだろうか。
「本当にあるんだな、走馬灯って……」
何故かリヒターは感慨深くなっていた。
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スペースコロニー「サイド1」内にて、コロニー国家議会軍サイド1駐留部隊第六MS小隊の疑似空間戦闘訓練が行われていた。第六小隊だけでの模擬戦。数は三機。敵は己以外全て。つまり、バトルロイヤル形式だ。全機が最新鋭量産型NMS「バーストブラスター」を使用している。前世紀――かつての宇宙世紀時代に開発されたMS「ガンブラスター」――の設計図を回収し、現代用に大改造を施した物である。見た目は当時とほぼ変わらないらしいが、相手が旧式のNMSなら一個小隊で二個小隊と対等に渡り合える性能だ。
既に訓練は終わりに差し掛かっていた。一機のバーストブラスターが、一瞬で残り二機のうちの一機を行動不能にしてしまったからだ。全て模擬戦用特殊プラズマペイント弾であり、かすりでもすればコックピットに僅かな電流が走る。そして、被弾の量に応じてコンピューターが自動で撃墜レベルかどうかを判断し、撃墜レベルにまで達すれば、機体は動かなくなる、という仕組みだ。それを一瞬で行うというのは、それ相応の腕と勘と運が必要となってくる。それをやったのはリヒターであった。
「なんであんなに動ける……! 同じバーストブラスターなんだぞ!」
第六小隊隊長の阿賀谷大尉が文句を言いながら、リヒターの駆るバーストブラスターに、模擬戦用ライフルを連射しながら接近する。それは、模擬戦を終わらせる合図でもあった。
全弾回避するリヒターのバーストブラスター。それは阿賀谷も予想済みで、既に一撃で仕留めるための模擬戦用伸縮式サーベルを左手で抜刀していた。ライフルの弾丸で回避は容易ではない。これなら。
だが、無駄であった。リヒターは阿賀谷がサーベルで仕留めようとしているのを見て、右手に装備していたライフルを、阿賀谷のバーストブラスターの左手に投げつける。凄まじい衝撃が走り、阿賀谷はサーベルを手放してしまう。残っているのは中距離戦用のライフルだけだ。
「あいつッ!」
とにかく離れてライフルで仕留めるしかない。バルカンはプラズマペイント弾どころか、弾薬すら入っていないのだから、役に立たない。それにリヒターはライフルを投げた。つまり中距離なら有利。と思っていた。
リヒターのバーストブラスターは阿賀谷がライフルを撃つ前に、サーベルを抜刀、それを阿賀谷の機体のコックピットに投げつけた。電撃と衝撃が、阿賀谷の全身に走る。
「ギッ!」
呻くのは一瞬。そして機体が動かなくなるのも一瞬であった。サーベルの直撃で、コンピューターが撃破レベルに到達したと判断した。これで、模擬戦は終了した。
『阿賀谷大尉、三沢中尉の両名は回収のMSが向かう。如月少尉、先に帰還しておけ』
『了解』
武器を全て捨てて勝利したリヒターのバーストブラスターが、基地へと帰還していく。その姿が、阿賀谷は気に食わなかった。
模擬戦を終えて先に帰投したリヒターは、基地内のシャワールームへと向かっていた。が、その顔はどこもスッキリとしていない。むしろ、余計にストレスが溜まっているようにも見える。
何故自分は、こんな無価値なことをしているのか。何故高校を中退してまでして、コロニー国家議会軍に入隊したのか。何故MSのパイロットなどに志願してしまったのだろうか。自分がどれだけ争いごとや競争に無関心なのかは、自分が一番知っているはずだというのに。無性にイライラする。
その途中、阿賀谷と三沢が通路の隅っこで話をしている声が聞こえた。リヒターは気づかれないよう、サッと隠れた。しかし、何故隠れるような真似をしなければならないのだろうか。それがリヒターをよりイライラさせた。
「如月の奴、最近調子に乗り過ぎだと思わないか?」
「そうだな。17歳であれだ。もしかすると、宇宙世紀時代に存在したとされる、ニュータイプかスペシャルってやつかもしれないぞ」
「ニュータイプはまだ聞いたことはあるが、何だ、スペシャルってのは」
「俺もよくは知らんが、まぁニュータイプと同じだろ。ったく、いいもんだよな、そういうのは。実戦に出て同盟軍の残党狩りでもやったら給料も増えるんだろうし。そのうち異動してくれねぇかな」
「少なくとも、うちの隊にスペシャルだのニュータイプなんてのはいらねぇ。俺たちは何せ、人間なんだからな。議会軍に必要なのは、正しいと思った方に従う忠誠心を持った人間だけだ」
調子に乗り過ぎ。ニュータイプ。スペシャル。給料が増える。俺たちは人間。必要なのは忠誠心と人間。よくもまぁ、そこまで言えるものだなとリヒターは客観的に視ようとしていたが、いつの間にか彼らの前に出ていた。自分でも気づかなかった。
「なんだ如月か。聞いてたのかよ」
阿賀谷が面倒くさそうに答える。
「俺のどこがニュータイプだっていうんです」
「さっきの訓練で分かるさ。あの先読み能力。ニュータイプのようなエスパーでない限り、無理だ」
「だからと言って、俺は人間です。仮にニュータイプであったとしても」
「いいや、俺たちの部隊に必要なのは普通のパイロットであり、人間だ。ニュータイプなんざ必要無い」
「……俺だって、入りたくて議会軍に入ったわけじゃない」
阿賀谷の隣でずっと黙って見ていた三沢が、いきなりリヒターを殴る。あまりに唐突だったので、リヒターは倒れ込んだ。
「第三小隊、第四小隊。ちょっと来い。面白いことを始めたい」
腕の無線で他の隊を呼ぶ三沢。走ってやってきた。ずっと他の隊がやってくるのを見ていた三沢は、すぐ傍にリヒターが立っていることに気づけなかった。リヒターが三沢の顔を思いっきり殴る。よろける三沢を見た他の隊の人間が、リヒターに突っかかる。
「少尉の分際で」
すぐに立ち上がった三沢は、
「今のを見ただろ。如月少尉は自分が少尉であるということも分からず、俺を殴った。そもそも同じ議会軍の、それも同じ隊だというのに殴った。それにこいつは、ニュータイプかもしれない。そう、エスパーやスペシャルなのかもしれない。そんな奴を議会軍で野放しにしておくわけにはいかない。人間じゃない可能性があるからな。好きにやれ」
リヒターは倉庫のような暗い部屋に連れて行かれ、阿賀谷と三沢を除く、他の隊のメンバーからリンチを受けた。
正直なところ、リンチは慣れていた。昔からこういう少しでも気に食わないことがあれば突っかかる性格上、このようなことは多かった。だから、リンチなどうでもいい。どうでもよくないのは、三沢の「好きにやれ」の前の言葉だ。
完全に人間扱いしていない。ニュータイプという、ほんの少しテレビで聞いたことがあるぐらいの御伽噺のような存在として扱われた。スペシャルとして、エスパーとして扱われた。そんな能力など、リヒターには無い。当然のことだ。リヒターは人間であり、そもそものことを言えばニュータイプもスペシャルもエスパーも、元を辿れば同じ人間である。三沢はそのことに気づいておらず、なのにその無知を恰も世界の常識のように言ってくる。
そのことをずっと考え続けていたら、いつ間にかリンチは終わっていて、部屋には誰もおらず、リヒター一人が残っていた。外に出てみると、第三、第四、第六小隊の人間が全員笑いながらシャワールームへと向かっていた。リヒターはこれを好機と見た。気づかれないよう、ハンガーへと向かう。
MSパイロットがハンガーへ向かうことに、特に条件は無かった。自分の機体の整備具合などが気になる者も当然おり、定期的に整備状況のチェックをしたがるパイロットがいるからだ。だが、今のリヒターはそれには当てはまらない。機体の整備状況が気になるからではないし、何より外見がボロボロだからだ。地毛の黒髪は土埃で汚れ、黒のノーマルスーツには、土色の靴型がくっきりとついてしまっている。適当に予備に着替えればよかったとリヒターは思った。が、もう既に偶々目の前を通りかかった整備兵に見られてしまい、一瞬変な目をされてしまっている。リヒターはその整備兵が何をしでかすか分からなかったので、すぐさま近づいて、声を上げさせないよう鳩尾を思いっきり殴った。何事も無かったかのように、リヒターは自分のバーストブラスターが置かれているハンガーへと向かう。
そこには比較的仲の良い整備兵の駿河が、バーストブラスターの整備を行っていた。その駿河もやはり、リヒターの外見で、驚いていた。
「何があったんだよ、それ……」
「両手を挙げろ、駿河。あまり殺したくはない」
リヒターはサッとハンドビームガンを駿河に構えていた。しかし駿河は恐れることなく、己のハンドビームガンを取り出して、リヒターに向けていた。
「あまり撃ちたくない。下げろ」
「そう言いながらも、お前は俺に銃を向ける。何があったんだ?」
「話す気は無い。俺のバーストブラスターを渡せ。そうすれば、何もしない」
「脱走だぞ」
「俺は議会軍に入りたくて入ったわけじゃない」
「何を言っても無駄か。じゃあな、リヒター。俺はまだ誰からも、世界からも殺されたくないんだよ!」
先にハンドビームガンを撃ったのはリヒターであった。整備兵である駿河は実戦訓練をあまり受けておらず、そこで差が出た。
「グッ……」
リヒターは少し後ろ髪を引かれる思いをしながらも、自分のバーストブラスターに搭乗するため、リフトを操作した。コックピットに乗り込む。ジェネレーターテストでもしていたのか、いつでも動かせる状態であった。MFDにハロがセットされているのを確認し、早速コックピットカバーを閉じる。ハンガーの右にあるヴァーヴォルライフルを手に取る。増設ファンネル・ミサイルポッドの弾薬充填率、ビームサーベル、ビームシールドのエネルギー充填状況のチェック。ファンネル・ミサイルは増設ポッドそのものが外されていて、一発も搭載されていなかったが、重量が軽くなり、機動性が上がることを考えればかえっていいかもしれない。他の兵装は全て満タンであった。ヴァーヴォルライフルはE(エネルギー)パック方式を応用したV(ヴァーヴォル)パック方式を採用しているため、気にすることはない。それに、模擬戦とはいえ二機のバーストブラスターを一瞬で撃破したのだ。問題は無い。
これなら逃げ切れる。この時は、そう思い込んでいた。
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目が覚める。真っ暗な空間。出っ張っている突起物。L字型の突起物。MSのコンソール。足元の板が動く。MSのフットペダル。リヒターは、ここが自分の撃墜されたバーストブラスターのコックピットの中だと気づく。コンソール周辺スイッチを感覚で触って、予備電源スイッチを探し、灯を点ける。
センサー類は完全に死んでおり、全天周囲モニターは鏡のようになっており、リヒターの姿が写っている。試しにコンソールやフットペダルを動かしてみる。やはりうんともすんともいわない。電気系統が一部だけ生きており、それ以外が完全に死んでいるのだろう。とりあえず、インジェクションポッドを起動させるか、コックピットハッチを開けなければならない。まずインジェクションポッドが起動するかどうかを試す。コンソール周辺に設置された起動スイッチを押す。動かない。これも死んでいる。次にコックピットハッチが開くかどうかを試す。MFDのパネルを操作する。これも駄目だった。とすると、残されているのは、ハッチ周囲に設置された強制解放炸薬を起動させ、ハッチを吹き飛ばすこと。自分が負傷する恐れがあったが、ここで酸素欠乏症となって死ぬよりかはマシだと思った。リヒターはまず、予備のノーマルスーツに着替え、ヘルメットも着けて、いつでも爆破出来るようにした。
ハッチの強制解放はかなり危険なため、パイロットシートにもそのスイッチはあるが、安全に脱出するために、シート後方にもスイッチが備えられている。リヒターはシート後方のスイッチを押す。
「頼む、動いてくれ……」
バゴンッ、という炸裂音が聞こえる。炸薬が作動した証だ。ハッチが正面に吹き飛ぶと同時に、空気も漏れ始める。リヒターはヘルメットのバイザーを下ろして、対策を取る。MFDにセットされているハロを取り出して、外に出る。
先ほどまでいた上空を見上げてみると、そこでは戦闘が始まっていた。議会軍同士ではない。ヴァーヴォル宇宙同盟軍のVMS(ヴァーヴォルモビルスーツ)「オウル」の一個小隊とバーストブラスター三個小隊が交戦していた。
ヴァーヴォル。言語音波波動である。パイロットが付けた大型の専用ヘルメット「波動ヘルメット」からパイロットの思考、言語の波長やパターンをコンピューターが読み取り、事前に登録しておいといた動作をMSが取るというものだ。簡単に言えば、思考認識と音声認識である。それを扱うMSを、VMS(ヴァーヴォルモビルスーツ)と呼ぶ。
丁度いい、あれなら自分を見つける暇も無いだろう。リヒターは急いでフォン・ブラウンに残っているかもしれない脱出ポッドを探した。その間、リヒターは度々上空を見上げて、交戦状況を確認した。
バーストブラスターはかつてザンスカール帝国軍に反抗していた組織「リガ・ミリティア」のMSの大改造機。それは宇宙世紀0150年代の話。オウルはそれよりも更に未来の、宇宙世紀0223年のセツルメント国家議会軍、つまり現在のコロニー国家議会軍の前進的組織のモビルウェポンと呼ばれた「レイブン」という機体の大改造機である。議会軍の前進的組織の機体を、何故同盟軍が所持しているのは不明だが、脅威であることに変わりはない。何せ、かつての時代の時点で性能差は歴然だ。事実、オウルは次々とバーストブラスターを撃墜している。急がなければ、こちらに気づかれるのも時間の問題だ。
旧アナハイム・エレクトロニクス社の工場に行けば、脱出ポッドがあるかもしれない。リヒターはノーマルスーツに備えられた小型バーニアを効率よく噴射させた。
勘で探していると、運よく旧アナハイム・エレクトロニクス社の工場が見えた。その時、真上でMSの爆発音が聞こえた。見上げてみると、オウルがヴァーヴォルサーベルでバーストブラスターを一刀両断しているのが見えた。爆散し、バラバラになったバーストブラスターの破片がリヒター目がけて落ちてくる。
「やばい!」
リヒターはバーニアを全力噴射させ、破片から逃げた。破片が落ちてくると同時に、オウルもどうやらリヒターの存在に気づいたらしく、一機だけが降下してきた。
「何で気づくんだよ、クソッタレ!」
適当に角を曲がるリヒター。オウルのパイロットはそれを面白がっているのか、バーニアを使わず、歩いて追いかけてきている。こちらのバーニアの推進剤が切れた瞬間、ヴァーヴォルサーベルで突き刺すつもりなのだろう。悪趣味だとリヒターは思った。絶対に殺されてたまるか。
ジグザグに逃げ回るリヒターに、オウルのパイロットは段々とイライラしてきたのか、腕のサーベル兼用のヴァーヴォルキャノンを発射した。何とかそれをリヒターは回避したものの、フォン・ブラウンに微かに残されている空気で爆風が発生し、吹き飛ばされる。後方を見ると、頭に角のような突起物のある、白いMSが座り込んでいるのが見える。このままではぶつかる。バーニアで避けようとするが、
「何で動かないんだよ!」
駄目だ、死ぬ、圧死する。リヒターは思わず目を瞑った。激突する感触はしなかった。ただ、気づけばゴツゴツした部分に尻から落ちたという感触があった。目を開ける。外ではなく、何かの中に入り込んだ。吹っ飛んできた位置から考えて、あの座り込んでいるMSの中だろう。しかし、どうやって。あの時確かに座り込んでいる白いMSにぶつかった。なのに今は生きている。尻は痛むが、どこにも大きな怪我は無い。しばらく感覚を研ぎ澄ましてみる。L字型の、人間の手で握れる物。中央の鏡のような四角い物。L字型の物は、恐らくコンソールで、四角い物はタッチパネルだろう。
「コックピットの中、か」
触った感じでは、聞いたことのないタイプのコックピットだった。二本のコンソールはあるものの、バーニア制御用フットペダルが足下に無いのはどういうことだろうか。
「そういえば昔、同盟軍の開発したVMS(ヴァーヴォルモビルスーツ)は、フットペダルが無いと聞いたな」
すると、これは同盟軍の開発したVMSなのだろうか。VMSは人間の思考と、あらかじめコンピューターに登録させておいといた言葉で動かすものだと聞いている。そのためには専用のヘルメットが必要だということも。ならば、運が良ければコックピットの中にその専用ヘルメットがあるかもしれない。議会軍のMSのシートの裏側に予備のノーマルスーツとヘルメットがあるのだから、同盟軍だってその辺りはユニバーサル・スタンダード、同じ規格となっているはずだ。
「随分大きいヘルメットだな」
リヒターの予想通り、シートの裏側にヘルメットはあった。が、どう見てもユニバーサル・スタンダードサイズではない。しかし大きいのは見た目だけで、いざ被ってみるとオートフィット機能が付いているのか、リヒターの頭にぴったりとはまった。バイザーを下ろし、緊急事態に備えながら、機体の起動を試みる。MFDはバーストブラスターと同じであった。どうやらここはユニバーサル・スタンダードらしい。中央にハロをセットする部分があった。ハロをセットする。
いつ頃からか、MSを操縦するのにハロが必須になっていた。誰かがハロをコックピットにセットして運用したところ、思いもよらぬ戦果を挙げたことから、ハロを着脱可能なOSとして扱うようになった。ハロの色は色々あったが、リヒターの物はスタンダードな緑色で、サイズは持ち運びやすい片手で十分持てる、ベースボールより少し大きめである。
「エンジンが動いた。生きてるのか、こいつ」
全天周囲モニターが起動し、周囲が見えるようになる。が、リヒターに周りを見渡している暇はなかった。目の前に同盟軍のオウルが、腕のヴァーヴォルキャノンを構え、降り立つ。
「! やられる!?」
オウルがヴァーヴォルキャノンを発射。リヒターは思わずコンソールを引く。すると、まだロクなセットアップもしていないのにも関わらず、VMSの腕が動き、少し青みがかったビームシールドのような盾が展開された。
「ヴァーヴォルシールドに、この大型ヘルメット。こいつ、VMSか。なるほど」
目の前のオウルが少し後ずさる。
「迂闊に手を出すから、こうなる」
リヒターはVMSをオウルに向けて突進させる。怯えるようにヴァーヴォルキャノンを連射するオウル。しかしその全ては、VMSのヴァーヴォルシールドによって全て防がれる。それも、突進速度を落とすことなく。
「俺だって、VMSぐらい扱える! ソード展開、斬り裂け!」
リヒターのVMSが、腕からヴァーヴォルソードを展開し、オウルに斬りかかる。一度目は空振りだったものの、左腕からもヴァーヴォルソードは展開されており、二段攻撃にオウルは気づけなかった。否、一応ヴァーヴォルシールドを展開しようと腕を正面に出したものの、既にその時にはヴァーヴォルソードが両腕を斬り裂いていた。シールドとサーベル兼キャノンを失ったオウルに、リヒターはヴァーヴォルキャノンでトドメを差した。爆散するオウル。
直後、上空でバーストブラスター全てを撃墜したオウル二機が、リヒターのVMSに接近していた。MFDの武装パネルに使用推奨兵装が表示される。
「なんだ……? ヴァーヴォルロングボウ? 弓矢か?」
随分と原始的な兵装だなと、リヒターは思った。が、かえって原始的な兵装だと、相手がどう対応していいか分からなくなり、結果、仕留めることが出来るかもしれない。リヒターは叫んだ。ヴァーヴォルでしか扱えない音波波動兵装「ヴァーヴォルウェポン」は、そう扱うものだから。
「ヴァーヴォルロングボウ!」
瞬間、左腕から弓が現れる。その成りの部分には、接近戦でも使えそうなぐらい鋭い刃が。リヒターは頭の中で矢をイメージした。すると、右腕からヴァーヴォルソードの先端を更に鋭利にした矢が現れる。それをマニピュレーターで掴み、弓の成りに張られた弦を引く。その間、二機のオウルはその原始的な兵装からか、止まっていた。
「二枚抜きにしてやる」
矢が弦から離れ、とんでもない勢いでオウル二機に迫った。一機は完全にコックピットを撃ち抜かれ、爆散。しかし、その後ろにいたもう一機が、左腕を破壊しながらも、生き残った。
「しぶといやつ、もう一撃喰らえ」
リヒターは再びヴァーヴォルロングボウを放とうとした。が、それは出来なかった。
残ったオウルが、リヒターのVMSに組み付いた。リヒターは機体を揺さぶったが、何かロック機構でも使って離れないようにしているのか、振りほどけなかった。その隙に、パイロットはコックピットから脱出したことを確認したリヒターは、このオウルが何をしようとしているのか、確信した。
「自爆装置か、こいつ!」
右腕は解放されているものの、ヴァーヴォルソードはビーム兵器のような強烈な熱は無く、ただの物質兵器にしか過ぎない。ヴァーヴォルロングボウの成りで破壊出来そうだったが、その肝心の左腕はガッチリとホールドされていて、全く動かない。今度こそ本当に死ぬのだろうか。死ぬのだろう。センサーで自爆装置が後どれくらいで作動するかが分かってしまっている。余計なぐらい高性能なセンサーだとリヒターは思った。
しかし、ここで死ぬ。よりにもよって敵が開発したかもしれないVMSの中で死ぬ。そもそもMSの中で死ぬ。それは本当のパイロットなら本望なのだろうが、生憎リヒターはパイロットには志願したものの、なりたくてMSパイロットになったわけではない。
死にたくない。そう強く思った。
「こんな、こんなところで死んでたまるか……死んでたまるかってんだよ! 動けよ、白いVMS!」
その時、MFDの武装パネルにあまりにも不釣り合いな兵装が表示された。
衝撃音波波動光線。全く見たこともなければ、聞いたこともない兵装だった。
刹那、VMSの頭部の、人間でいうところの「口」に当たる部分が口のように開き
ヴァアアアアアアアアアア!!
謎の唸り声を上げながら、輪をかたどった強烈な光の線が発射された。組み付いていたオウルはその光で粉々に砕け、爆散することなく崩れ落ちた。それで済めば、よかったかもしれない。
その光は発射され続け、少し離れた場所に暗く、黒々とした渦を作り出した。その渦は辺りにあるものを片っ端から吸い込み始める。
「何だってんだよ、おい! ……俺の機体も吸い込まれてる!?」
リヒターはバーニアを吹かせたが、どうにもならず、その黒々とした渦の中へと吸い込まれた。
暗い部屋の中に、煌々と眩しいモニターが宙に浮かんでいる。黒いローブを身に纏った男が、モニターに映し出された白いVMSを見て、不気味に微笑む。楽しい祭りが始まろうと、それを待つ少年のような純粋さと、憎き人間をこの手で殺せるという時の快楽さを併せ持った笑みであった。
「ヴァーヴォル、時空転移しましたか。さて、今回はどうなりますかな……?」
男の隣には、白い全身を纏うぐらいの大きさのローブを纏った少女がいる。モニターに映し出されている白いVMSの方に祈るように、両手の掌を胸の前で合わせるように組んでいる。それに気づいた男が、少女に話しかける。
「無駄ですよ。あなたの声は届かない。そう、どこにも、誰にも、ね。ここにいる限り、必ず……」
「やってみないと分からない。それに、ボクは諦めるつもりは無いよ」
「まぁいいでしょう。その先にある絶望を見るのも、また一興というものです」
「何とでもいいなよ、ボクは絶対諦めない。そう、絶対にね」
少女は変わらず、手を組んでいる。男は再びフッと気味の悪い笑みを浮かべて、モニターの方に顔を向けた。
渦の中にいるのは一瞬のようで、永遠のように感じた。暑さも寒さも、何も感じない。たただただ、暗い。明るいのはコックピットの中だけ。その中で、リヒターは聞こえるはずもない、声が聞こえてきた。鮮明には聞き取れなかった。
『……ター。……ター……らぎ。聞……えて。かな……ず……戻って』
それだけが聞こえて、リヒターは渦の中から突然出た。
渦から出たリヒターがまず目にしたのは、今まで映像でしか見たことのない、戦争の光景であった。議会軍のNMSと、同盟軍のVMSが交戦している。更には滅多にお目にかかれない、宇宙世紀時代の「スペース・アーク級」をベースとした議会軍の主力巡洋艦「ユニバーサル・アーク級」が多数並んでいる。その正面に展開している同盟軍の亀のような形をした主力戦艦「ガルマイヤー級」がある。どちらも戦争が終結した今では映像資料でしか見たことのない兵器であった。
思わず艦に見とれていたリヒターのもとに、同盟軍のオウル2機が攻撃を仕掛けてくる。どうやら同盟軍は、既にこちらを敵と判断したらしい。中々良い判断をする、とリヒターは思った。
「だが、所詮はオウル。大したことはない」
リヒターはキャノン攻撃を回避し、あっさりとヴァーヴォルソードで2機のオウルを斬り裂いた。妙な違和感を、リヒターは覚えた。先ほど戦闘したオウルは、もっと強力で得体の知れない恐怖を感じた。それに対してこのオウルは、そういうものを何も感じない。単にパイロットが違うだけなのか。
棒立ちで考えていると、一機の見たことのないNMSが武器を構えながらやって来る。が、撃ってくることは無かった。そのNMSは、古くから伝わる通信方法「お肌の触れ合い回線」で話しかけてきた。
「そこの未確認のMS! 所属を名乗れ! 今は戦争中だぞ!」
男の声だった。だが、それはどうでもいい。
今は戦争中。
そんなはずはない。今は戦争などとっくの昔に終わっていて、議会軍が勝利し、精々同盟軍の残党狩りがあるだけだ。
この男が何を言っているのか、この時のリヒターには全く分からなかった。
続く
次回予告
既に終結しているはずの戦争が行われている。それは真実なのか、虚偽なのか。リヒターには分からない。そして旧アナハイム社のMS工場で放置されていた、白いVMSの正体は。これからリヒターが目にする世界は、彼に何を訴え、何を与えるのだろうか。
次回、機動音伝士ヴァーヴォルガンダム、第2話。
「跳躍した世界で」。
ガンダム神話を見届けるのは、君だ