Stop motion   作:まなぶおじさん

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次代

 

「釣れますか?」

 

 声をかけられた釣り人が、びくりと体を震わせる。よほど集中していたのだろう、釣り竿が派手に揺れた。

 俺は、気まずそうに頭を掻きながらで、

 

「ご、ごめん。邪魔しちゃって」

「ううん、いい」

 

 帽子をかぶった釣り人が、こちらの方をはっきり見る。――見覚えのある顔、目、首にかけられた「必勝祈願」のお守りを目の当たりにして、思わず「お前」とか口にしてしまった。

 俺の顔を見て、釣り人も事態を把握したらしい。「ああ、君か」と、ぽつりと。

 

「同じクラスの」

「あ、ああ、うん。そういう君は」

「釣りが好きな、戦車道履修者よ。君とは、あんまり話したことがなかったけれど」

 

 一言で自己紹介を済ませてしまったが、目の前の学友は、少女は、それどころの人間ではない。

 とても性格が凛々しくて、容姿端麗で、成績優秀で、名高き知波単戦車隊の副隊長を務めている才女だ。おまけに母は戦車道の世界選手で、父も陸上競技の星と聞く。自分とはまるで比べものにならない。

 そんな「副隊長」の名前は、空田――

 

「で、あなたはどうしてここに?」

「え。あ、うん……その、初めて釣りをしようかなって」

「へえ」

 

 どうやら、良いことを言えたらしい。副隊長が、にこりと微笑んでくれた。

 

「隣、いいよ」

「あ、どうも」

 

 なら遠慮なく。

 副隊長の隣で、折りたたみ椅子を展開する。買ってきたばかりの釣り竿を用意して、新品同様の輝きを目の当たりにして、「おお」と声が漏れた。

 

「用意できそう?」

「やってみる」

 

 そうは言うが、中々どうして釣り糸を結べない。本で予習したつもりなのだが、いざとなると万物の物理法則に振り回されてしまう。

 手から糸がすべり落ちたり、上手く輪が作れなかったりして、実に散々だった。副隊長が目の前にいるだけ、なおのこと恥ずかしい。

 

「ねえ」

「あ、何」

 

 貸してと、副隊長が手で促す。最初こそ判断に迷ったが、このままでは泥試合になるだけだと思い、

 

「はい」

「うん。よく見ててね」

 

 よく見た。

 副隊長が、実に慣れた手つきで輪を形成していく。素直に感嘆の声が出て、副隊長も「最初はみんな、こんな感じだから」と嬉しそうに語ってくれた。

 ――あっという間に準備が整い、釣り糸を俺に返してくれる。

 

「ありがとう」

「どういたしまして。もし分からないことがあったら、いつでも聞いて」

「分かった」

 

 釣り針に餌を突き刺そうとして、「ごめん」と小さく呟く。なるだけ意識しないように、感じないように、餌の準備を終えた。

 

「じゃ、振って」

「分かった」

 

 釣り竿を軽やかに振るい、風の切る音が耳に木霊した。

 鳥のように釣り針が飛んでいって、やがて流れ星のようにゆったりと落ちていく。よう飛ぶなあと、ぼんやりと思考して、

 一番山川で、小さく水滴が飛び散った。

 

 それからは、特に語ることは無い。俺も、副隊長も、まるで戦果は無し。会話の一つも、ろくにこなせてはいない。ただただ、川の流れを耳にするだけ。

 何となく、気まずかった。親しい仲でもないというのに、何故だかそう思う。距離だけは近いせいかもしれない。

 どうしようかなあと、無意味に唸る。何かが釣れたりしたら、それを話の種にしてしまえば良いのだが――現実は厳しい。

 

 適当に選んでみた川だが、本当に魚がいるのか怪しくなってきた。自らが腐り落ちないよう、「気分転換」の為に釣りを始めてみたというのに。

 ため息が漏れる。釣りといい、部活といい、ここ最近は良くないことがよく続く。不運というものは、どうも積み重なっていくものらしい。

 高校二年になって、世界の真理を知れた。まこと嬉しい出来事といえよう。

 

「――ねえ」

 

 不意に声をかけられ、体が、手が、意識が揺れた。

 取り繕うように、小さく咳をこぼす。

 

「な、なに?」

「その……どうしてあなたは、釣りを始めたの?」

 

 何気なく、当然の質問をされた。

 そう問われて、体の内が重くなる。部活での出来事が蘇ってきて、思わず歯を食いしばってしまう。

 静かになった。

 一番山川は、少しばかり流れが激しい。そろそろ夏が近づいてきているのか、暖かい風が吹いてくる。こんな状況だというのに、空気はずいぶん澄み切っていた。

 

「ごめん。聞いちゃ、いけなかったかな」

「……いや。ただ、面倒くさい話になるからさ」

「ふむ」

「だから、聞くだけで良い。頷くだけで構わない」

「そう。……できれば、そうする」

 

 いい奴だな。俺は、そう思った。

 別に、やましさをひた隠しているわけではない。これが話の種になるのなら、気まずさを打開出来るのなら、話してしまっても良いと思った。

 ひと呼吸する。

 そんな気分になれたのも、いい天気だったからかもしれない。

 

「――俺はさ」

「うん」

「元はと言えば、新体操が好きでね。年がら年中、そればっかり考えてた」

「いいじゃない」

「だね。知波単学園に新体操部があると知った時、すぐにでも入部したよ」

「いいね」

「そう、毎日が本当に楽しかった。上達していく自分のことも、好きになっていった」

「良い傾向ね。新体操なんて、己が精神に影響されるだろうし」

 

 全く、その通りだと思う。

 

「……一年の頃は、すこぶる順調だった」

「だった」

 

 俺は、両目をつぶった。

 

「二年になってから、ちょっとへましちゃってね」

「へま?」

「そう。調子に乗っちゃったのかな、部活中に痛い目を見ちゃった」

「それは、」

「ああ、誰も悪くないよ。ぜんぶ俺が悪い、みんな心配してくれたし」

 

 辛気臭くならないように、なるだけ笑ってみせる。

 

 痛みの記憶というものは、いつまで経ってもついて離れない。

 小学生の頃は、派手にこけて流血沙汰となってしまった。幸いにも校内であったから、すぐにでも応急処置を受けられたことは今でも覚えている。

 中学生の頃は、体育館で走り回っている最中に、壁へ激突してしまった。その際に額を切ったらしく、血が溢れ死の悪寒まで抱いたものだ。

 あの時、必死に助けてくれた教師には今でも感謝している。親からは説教を食らったが、最後には「よかった」と抱擁してくれた。

 額には傷跡が残ってしまったが、今となっては良い思い出扱いだ。

 

 ――そして、高校生になってからは、

 

「……で、まあ。その時の出来事が怖すぎて、休部させてもらってる」

「……なるほど」

 

 この時、副隊長が深々と頷いた。なんだろうと思ったが、話を続けることにする。

 

「それからはさ、何もやることがなくなってね。ぼんやりとしたり、無駄に早寝したり、休日では家に引きこもったりして、ほんとうに暇人してた」

「ふむ。……ほんとう、新体操が好きだったんだね」

「ああ、今も好きだよ。けれど、復帰できるかは……怪しいかな」

 

 へえ。副隊長が、小さく返事をする。

 

「で、このままじゃいけないかなって思って。気晴らしに散歩へ出かけてみたんだよ」

「うん」

「無意味に遠出までしちゃってさ、気づけば一番山にまで来てた。そこで、山登りもいいかなーって考えてたんだけど」

「けど?」

 

 釣り竿を、ぐっと握りしめる。

 

「この川でさ、釣り人を見かけたんだよ。……それを目にした時、『あ、悪くないな』って思った」

「! へえー」

 

 これまで真顔だったはずの副隊長に、明るさが孕んできた。

 はて、と首をかしげる。

 釣り人の誕生が、そんなにも嬉しいのかなと思う。

 

「新体操ってさ、凄く動くでしょ?」

「うん」

「釣りって、こう、落ち着くでしょ?」

「うんうん」

「その落差が、かえって良いと思った。気分転換にもなるんじゃないかなって、そう考えたんだ」

「いいじゃない」

 

 本当に嬉しそうに、副隊長がうんうんと首を振るう。素直に、笑ってもくれた。

 ――改めて見ると、この人、可愛いな。

 思春期だからか、ぽっと惚れそうになる。そこですかさず、首を横に振るってみせた。

 相手は「あの」、副隊長だぞ。ふ抜けな自分なんざ、釣り合うはずがないだろう。

 

「まあ、そういう経歴があって、ここに」

「なるほどね」

 

 すべてを話し終えて、必然的に沈黙がやってくる。

 釣り糸は、眠そうに垂れ下がったままだ。川の方も、魚の気配なんてまるで感じさせない。羽ばたくような音が聞こえてきたかと思うと、配達回転翼機が頭上を通り越していった。

 そして、副隊長の横顔だけは、見ることが出来ない。一度意識してしまったせいか、恥じらいが絶えてくれないのだ。

 とりあえずといった感じで、釣り竿を握りしめる。まったく期待もしないで、水面をじいっと眺める。

 

 馬鹿だな俺は。そう思った矢先に、副隊長の含み笑い。

 え、と振り向く。副隊長と目があって、難なくくぎ付けとなる。

 

「……似てる」

「え?」

「お父さんに」

「え、お父さん?」

 

 うん。副隊長が、優しく頷いて、

 

「根拠のないことを言っちゃうけど」

「う、うん」

 

 すっと、副隊長が呼吸して、

 

「君は、新体操が大好きなんだよね」

「う、うん」

「じゃあ、大丈夫」

 

 息が止まるかと思った。だって副隊長が、真っ当な笑顔をくれたから。

 ――ほんの少しだけ間が生じて、目と目が合ったままで、表情はそのままで、戦車の走る音が通り過ぎていって、

 

「いつか必ず、君は立ち直れるよ」

 

 ――。

 

 何の前触れも、なかったと思う。

 

 釣り竿が、前向きに曲がり始めた――

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
これで、Stop motionは完結です。

今回はダブルヒロインにしてみましたが、書いていて凄く楽しかったです。福田さんは、最高の女性になると思います。

知波単学園の栄光、伝統の改革、西絹代の幸せ、主人公の復活と、書くことが多かったですが……全て書き終えた後は、達成感とため息が漏れました。
何度か推敲しましたが、もしかしたら破綻している個所があるかもしれません。「あれ?」と思った際は、お気軽にご指摘ください。

西絹代は、偉大な人物です。それ故に、「自分でいいのだろうか」と迷う主人公が描きたかったのです。
それ故に展開が鈍くなりがちで、読者にストレスがかかってしまうのでは? と考え、こうして一斉に投稿してみました。
次は、積極的な主人公を書いてみようと考えています。

「婚約者」のアイデアを下さったアイルリッヒ様、ガンバスター様、本当にありがとうございます。
「釣り」のアイデアを下さったリュー@麺ガチ勢様、心から感謝しています。

知波単学園の偉大な隊長と、挫折者の、メタルな恋愛を書くことが出来ました。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
ご指摘、ご感想、お気軽に投稿してください。
それでは、最後に、

ガルパンはいいぞ。
西絹代は、素晴らしいぞ。
福田は、かわいいぞ。
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