遠き日に、もの想う   作:夕貴

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 その感覚にいちはやく気付いたのは義姫だった。

自室の隣、空室となっている部屋から何やら妙な声音が聞こえてくる。しかしそれは成人した者のではなく、何やら赤子のような声。まさか、何かの罠かと部屋の前で数瞬惑ったが、何かあるのならば草が対処するだろうと豪胆にも義姫はその部屋にはいっていった。

 

 部屋の中には聞こえてきた声音そのままにぽつん、と赤子が白い産着に包まれて居た。予測はしていたのだが、いざ目の前に赤子がいる事に義姫は驚き戸惑ったが、母性本能の成せる業か、赤子が泣き出しそうになった事に反射的に腕を差し出し危なげない手つきながらも抱き上げた。すると驚いた赤子は泣き止み、そして反射的に笑顔を見せた。

 

 しばらくして慣れたのか赤子は独特の笑い声を上げながら義姫に向かって笑う。その笑みに義姫は感情を鷲づかみされその赤子を腕に抱いたまま夫輝宗の元へと向かった。

 

「輝宗様、輝宗様赤子がやってまいりましたわ」

 

 義姫の言葉に驚いた輝宗だけではなかったが、義姫のあまりに幸せそうな顔にしばらく様子をみようと皆静観していた。

 

 ひと月、ふた月と時間が経つにつれ義姫だけでなく城の者達もその赤子に愛着が湧き出した頃、赤子に名をつけようと輝宗と義姫は考えていた。誰の子か分からず、また名を示す物も何も持っていなかったので”幼子(おさなご)”と皆から呼ばれていた。

 

 ただこれほど時間が経っても親らしき者も現れずこのまま幼子と呼ばれ続けるのもかわいそうだと思ったのだ。だがその矢先その幼子は忽然と義姫の腕の中から消えた。

まさに、霧散。そう表現するに違わない様子でその幼子は消え去った。

それに可愛がっていた女中や輝宗は悲しんだが、義姫の嘆きはより一層深かった。最初に見つけたのが義姫だという事もあったためか幼子が一番懐いていたのは義姫で、それにより一番可愛がっていたのも義姫だったのだ。

幼子が消えた後ひと月は泣き暮らし、ふた月、み月が経つ頃漸く表情も柔らかくなり、半年経つ頃には笑顔も見られるようになった。

 

 それに城の者達も安心した更に半年後、幼子が消えた丁度一年後それは現れた。

 

「輝宗様!輝宗様!幼子がまたやってまいりましたわ!」

 

 まさか、と義姫の腕の中をみると漸く一歳を迎えようかという幼児が抱かれていた。

 

 どこにこんな子供がと問うと、一年前幼子を見つけた部屋でその時と同じ状況で見つけたのだと義姫は言う。だからこの子供はあの幼子なのだと義姫は言い切り、あの頃のように溺愛し始めた。

どこに行くにも腕に幼子を抱き、片時も離さなかった。

輝宗は疑念を持ちながらも、辛く当たると義姫が怒るので表面上は可愛がりながらも警戒は怠らず義姫に四六時中草を付けるなどしていた。そしてひと月、ふた月と経ちもうすぐ三月が過ぎるという日その幼子は今度は義姫と輝宗の目の前で霧散して消えた。

 

 今度は目の前で霧散してしまった事に輝宗も動揺を隠せず、義姫も二度も幼子が消えた事に再び深く嘆き悲しんだ。その傷も癒えようかという一年後、再びその幼子は同じ状況で義姫の隣室に現れた。

二度ある事は三度あるというからと今度は義姫だけでなく輝宗もはじめから現れた幼児があの幼子だという事に疑いは持たずはじめから可愛がった。そしてまた三月を迎えようかという頃、再び消えた。

 

 何故いつも消えてしまうのか。そして何処からやってきて何処へ帰ってゆくのか。幼子の身に纏っているものがいつも不思議な物から天の使いではないかというが、それにしてはその身はあまりにも人と変わらない。では一体何なのかと本人に問うてみても返事があるわけでもなし。

 

 考えるだけ考え答えの出ないまま幼子が消え再び1年が過ぎた。

 

「義姫様!お急ぎください!」

 

 乳母に案内されるままその部屋に急ぐと、部屋の真ん中で寝ている赤子の傍でその手を取り嬉しそうに笑っている幼女が1人。

義姫の存在に気付くとその笑みを更に深いものとし、開いている手を振ってきた。そう、あの幼子が今度は義姫の部屋の隣ではなく、彼女と輝宗の嫡子の部屋に現れたのだ。

ただでさえ感の強い子。知らない者がいればおお泣きして義姫や乳母を困らせているのに今はどうだ。幼子に手をとられ機嫌よさそうにしている。

 

「ほんに、そなたは不思議な子。のう、そなたの名は何というのだ?」

「な?」

「そう。そなたの名は何という?」

「かえで」

「ほう、かえでと申すのか」

「うん。かえで」

「その子は梵天丸」

「ぼん、て・・・」

「ぼんてんまる」

「ぼんてんまる」

「そう上手じゃ。梵天丸はそなたの弟ぞ」

「おとうと・・・」

 

 余程その存在が目新しかったのか、幼子は何度もおとうと、ぼんてんまると繰り返しながら梵天丸を見つめていた。

 楓と名乗った幼子はその後も二、三ヶ月現れては消え、一年後に再び現れては消えるという不思議な事を繰り返していた。

その摩訶不思議な存在は妖かそれとも天人かと城の者は口々に噂したが、義姫を筆頭にそのような言葉を気にせずあまつその娘をわが子の如く扱うので皆自然と”姫”として扱うようになっていた。

 

「ねえさま、一緒に寝ていい?」

「いいよー。梵天丸おいでおいで」

 

 梵天丸も1年に数ヶ月しか現れない”姉”の事を不思議に思いながらも、無条件に優しくしてくれる存在に全身で懐いていた。

両親は別格ながらもそれに次ぐ懐きように周囲の大人達も目を細めて見守っていた。同腹の兄弟でもいがみ合いをする時勢ながら、非常に仲のよい姉弟というものは見ていて気持ちの良いものだった。

 

「ねえさま、今度はいつ消えちゃうの?」

「うーん。私にもよくタイミングが分かんないからなぁ」

「たい・・・?ねえさまの言葉難しい」

「えーと何て言ったらいいのかな。タイミング・・・タイミング・・・何て言えばいいんだろ。ごめん梵天丸分かんない」

「いいよねえさま。・・・そんな事よりまた居なくならないで」

「うーん。私もそうしたいけど、あっちにも色々あるからなぁ」

 

 姉の口からでてくる不思議な言葉は、両親や周りの大人にも分からないものがあるようで、時折不思議そうな顔をする。その不思議な言葉が気に入っている梵天丸は意味をせがんで教えてもらう事が多々ある。

だが、姉も意味を知らず使っている言葉が多いようでちゃんと意味まで教えてもらえる事は少ない。けれど意味は分からずとも感覚で受け取り真似をして使うと楓が嬉しそうな顔をするので、それを見たくて更に梵天丸も真似をする。

 

「ねえさま、お話して」

「そうだね。何のお話にしようか。このまえ車の話したから・・・今度はバイクにしようか」

「ばいく?」

「そう、車よりも小さくて人が1人で乗る乗り物」

「聞きたい聞きたい!教えてねえさま」

 

 姉の話す話は摩訶不思議な事ばかりだった。

見た事も聞いたこともない物の話をいつもしてくれていた。飽きもせず何度も問いかけを重ねるものだから、空が白んできた頃眠りにつき盛大に朝寝坊をする事もしばしばあった。それは楓がこちらにやってきている数ヶ月だけの事だったので周りの大人も大目に見ていたが、流石に三日続けてすると二人して傅役の片倉景綱に大目玉をくらっていた。

年長ながら周囲の大人より年の近い景綱は、二人にとって兄代わりであったがそれ以上に教育係として申し分のない性格、つまり飴と鞭の使い方が非常に上手い。

はじめは梵天丸の傅役だけだったのだが、いつの間にか楓の教師役までこなすようになっていた。

 

 楓はどこからやってきているのか、何事に対しても目を見張ってしまう。纏う衣ひとつ1人では選べないかと思えば、算学であれば難なくこなしてしまう。よく似た形の文字を書くかと思えば書物は全く読めないときた。だが、それも教え慣れてしまえば段々とこなせるようになっていった。

はじめはただ綺麗な着物としか認識していなかった衣を、季節ごとに合わせる色をひとつひとつ覚え、此方の文字を覚え書けるようになると同時に少しずつ簡単な書物を読めるようになっていった。

そのひとつひとつを盛大に褒めてやると更にやる気を出し一層精進するようになった。それをみて梵天丸も刺激されるのか、楓がこちらに来ている時は普段以上に勉学に励むようになると、景綱はわざと二人を競わせる事すらあった。

そうしていけば梵天丸は輝宗の望む継嗣として育ってゆくと景綱をはじめ周りの者は楽しみにしていたが、その平穏は一つの病によって断ち切られようとした。

 

 

 

「――いったぁ。机があったのか」

「ね、え様?」

「その声は梵天丸?暗いじゃない灯をつけないの?」

「駄目!つけるな!」

「梵天丸?」

 

 何時ものように何もない空間から突如現れた姉は置いてあった机に足を取られ、音からして転げたようだ。

夕闇迫る時間帯、人の輪郭は分かれど個人を特定するまでは無理だった。

普段であれば灯をつけよう時間だと動こうとする楓を制し、その体に抱きついた。灯がついてしまえば姉も母のように自分を疎むと思い露見するまでは、と必死に楓の体に縋りつき久しく触れていなかった温もりを逃がすまいとした。

 

「梵天丸さま、如何された」

「あ、もしかして景綱殿?」

 

 部屋の外、襖の外側から声が掛けられた。梵天丸の叫びが聞こえたことで景綱があわててやってきたらしい。返事をしようとしない梵天丸の代わりに楓が返事をすると息を呑み驚いたような声音で言葉が返ってきた。

 

「――楓様ですか。いらしておられたのですね」

「はい。ついさっき。ねぇ、梵天丸の様子がどうもおかしいような・・・もしかしてお母様にでも怒られました?」

 

 それに景綱はなんと返事をしてよいか分からなかった。自分の口から梵天丸の現状を告げるべきか悩んでいるうちに、景綱から返事がない事を肯定をうけとったのか――大丈夫。ねえ様がいるから大丈夫だよ。と梵天丸を宥める声が聞こえてきた。

久しく与えられなかった温もりをそのまま享受させてやろうと、景綱がその場を辞そうとした時、奥へと続く廊下が慌しくなった。

何事を思う前に奥付の女中が1人灯りを手にしてやってきた。

光に照らされて見たその者の顔は、義姫の傍付き。継嗣である梵天丸の部屋には四六時中草が付いていて当たり前、また唯一ともいえる姫が現れるのもその場所。

いたく可愛がっている城主夫妻の元に報告がすぐ向かうのも当たり前で。段々と増える灯りにひと時の温もりをすぐに手放さなければならなくなる梵天丸の悲哀を感じた。

 

「楓!来たのか!」

「はいお母様。お久しぶりです」

 

 すぱん、と軽快な音をたてて襖が開けられた。いつもながら元気だなぁと思ってみていると腕の中にいる梵天丸が不意に震えだした。そんなにこっぴどく怒られたのかとその背をあやすように撫でてやると楓!と義姫に強く名を呼ばれた。え、何もしかしてとばっちりを受けるのかとあわてて彼女の方を向くとその表情は常と違い、楓ですら背筋が凍るようなものだった。

 

「その者から離れよ楓」

「梵天丸がどうか――」

「そのような者が梵天丸であるはずなどない!」

「お母様?」

 

 常とは違う、何かが異常だと告げる警告を受け取り微動だにできぬ楓にしびれをきらしたのか、義姫は部屋に入り込み二人の傍にまでやってきた。そして自らの手で梵天丸の服を掴み投げ飛ばした。流石にやりすぎだと梵天丸の傍に駆け寄ろうとしたがそれは義姫の腕に抱きこまれる事によって阻まれた。

 

「お母様どうして!」

「あの者が梵天丸のはずがない。もし楓まであのような―――」

 

 義姫が部屋の中に入ってくる事により、灯りを手にした侍女達も数人部屋の中に入ってきて明るくなってきた。

 

「楓まであのような鬼になっては」

 

 すると、部屋の隅まで投げ飛ばされ痛みに蹲っている梵天丸の姿も段々と灯りで浮き上がり。

 そして――

 

 

 

「あんな鬼など妾の梵天丸ではない」

 

 

 

 その顔までも光の下にさらけ出した。

 その顔の造型に楓も鋭く息を飲み込んだ。

 

 あれはなんだ。

 

 輝宗と義姫の子として将来を嘱望された子は、何よりも二人からその眼光の鋭さを受け継いでいたはずだ。その鋭い目が嬉しさに細まり、悲しさに涙を浮かべ、拗ねては閉じられるのを何度も見てきた。だというのに今はどうだ。片目は絶望に澱み、包帯から零れおちた目は光を点していなかった。

 

「梵天丸様」

 

 義姫の仕打ちに流石の景綱もみていられなくなり、この場に乱入しその小さな体を起こしてやり、自分の体と義姫と楓の二人の視線を遮ってやった。

 

「梵天丸」

 

 大好きな姉から掛けられた声に梵天丸は体を震わせた。

 一番みられたくなかった姉にこの醜い顔をみられた事に、梵天丸は絶望していた。姉ならばと一縷の望みをもっていたが、残った目が写したのは驚き慄く姉の姿だった。あの姿を見るのであればふた目とも盲いていればよかった。この上、母のように何か言われるのでないかと恐怖していた。

 だが。

 

「――梵天丸」

 

 おそる、おそる、探るような姉の声に母のような嫌悪の色は含まれて居らず。包帯を巻き直しその中に垂れ下がってしまった目を仕舞い、おそるおそる姉の方を見た。

 

「ねえさま?」

「梵天丸」

「・・・ねえさま」

 

 二度姉を呼べば、彼女は母の腕を振り切って此方にやってきた。二人とも景綱の背に隠れ、楓は梵天丸を抱きしめた。義姫は楓に梵天丸から離れるように何度も声を荒げるが、景綱が前に立ち二人を守った。

 

「私は梵天丸のねえ様なのに。ごめんね梵天丸すぐに・・・こっちに来なくて」

「いい。ねえ様来てくれた。それだけで、いい」

 

 自分ですら受け入れられない姿だ。

他人である者がすぐすぐ受け入れられるものではない。だが、楓は恐れながらも傍に来てくれた。母は拒絶し遠ざけるばかりだったが、姉は傍にきて抱き込んでくれた。何度も嘱望した温もりが漸く手にはいった。

 

 騒ぎをききつけた輝宗がかけつけて事態は漸く収まり、義姫は宥められながら自室へと戻った。

今日はもう休めと輝宗から言われたので、久しぶりに二人で同じ布団に入り眠った。次の日から義姫から何度も梵天丸から離れるようにと言葉をかけられた。けれど楓はどうしてもそれだけは出来なかった。梵天丸さえ傍にいなければ義姫はいつものように楓を甘やかし盛大に可愛がった。それに楓も慕ったが、どうしても梵天丸の傍を離れることはできず毎晩梵天丸と一緒に眠った。

このままこの場に留まりたい、そう願っていても日々はあっという間に過ぎ、突如自分が本来居る場所に戻された。

その時は悲しくて何も抗えない自分に悔しくて一晩泣き明かした。それからまた数ヶ月経った後再び梵天丸の部屋へと降り立つと、梵天丸は駆け寄り楓に抱きついた。

よかった、無事だ。

そう思い安心して楓も抱きしめ返した。この場から戻されてからの日々梵天丸の無事だけが心配だった。だが、その心配は杞憂だったようで反対に順調に成長した梵天丸は背が段々と伸びてきていた。それでもまだまだ楓を抜かす様子はなく悔しそうにしていた。

 

 そうして数年が過ぎ、毎年のように楓が現れる季節になると梵天丸は元気を取り戻し一日千秋の思いでその日を待った。その辺りになると部屋からなかなか出ようとせず、景綱もあえて何も言わず好きなようにさせていた。

 

 だがしかしある年、楓は季節がひとつ過ぎようと現れなかった。こういった時もあるのかもしれないと梵天丸は自分の気持ちをだましつつ日々を過ごし半年がたった。そんなはずはないと自分に暗示を掛けながら更に半年を待つが、以降楓が梵天丸の前に姿を現す事はなかった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 夫の務めを助けるのが妻の役目とばかりに、その日もねねは夜陰に乗じて木々を渡り山を踏破していた。

 我が家である城までもう一晩かかりそうな距離のためこの場で少し休憩するかと、一際貫禄のある大木のひと枝に腰を下ろした。この枝ならば体を預けても大丈夫そうだと幹を背に座ろうとした所で気配が揺らいだ。

咄嗟に暗器を手に油断なく辺りを見回すと自分の真下、大木の根元に蹲る人影を見つけた。

 

「なんだい、あの娘・・・」

 

 忍びとして訓練された身には、暗闇の中でも人影が少女で且つ不思議な服装をしているのがすぐに分かった。一見すると服装以外は普通の女の子のため、どうしたものかと暗器で眠る少女をつつきながら考えるも、それ以外の結論にはならなかったのでねねはその少女を背に抱えてその場を後にした。

 

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