「三成、頼まれていた事だが。私もそれとなく謙信公や綾御前に伺ってみたが、そのような者は聞いた事がないと仰っていたぞ」
「そうか」
「私も何かお手伝いできれば良かったのですが、なに分奥州には伝手が無く。申し訳ありません」
「幸村の分も私がするから気にするな!大丈夫この兼続、三成の愛のため粉骨砕身するつもりだ」
「やかましいぞ兼続」
三成と楓との騒動があって早一年が経とうとしているが、楓の家の情報は全く入ってこなかった。こうなってくると奥州の出というのも怪しくなってくるが、いまのところそれに縋らねば今度はこの日ノ本全土を探さねばならなくなる。そのため三成は恥を忍び友にも訳を打ち明け、もう少し積極的に動いてもらえるようにした。その分兼続の小言が増えたのも我慢せねばならなくなったが今のところはなんとか我慢をしている。
何時もであれば佐和山城か伏見城で集まる事が多かったのだが、偶然大阪城で顔を合わせる算段となった。佐和山か伏見であればこの三人が集まればいつも酒盛りになるのが分かっているので自然とその準備がされるが、ここ大阪城ではそうはいかず三成が命じても中々準備が整わない。そんな些細な事は幸村と兼続は気にしないが、逆に三成の方が気にし忙しなく扇を開閉させる。
「落ち着け三成。そのように怒ると皆が怯えよう」
「うるさい兼続。怯えられるのは今更だ」
「既に怯えられているのですか三成殿・・・」
落ち着けようとして更に三成を煽ってしまう兼続とそれを何時もの事だと幸村は放置すると廊下を滑るように歩く音が微かに聞こえた。此方に向かっているようだからと先んじて襖を開けると驚いた声があがった。
「申し訳ない、楓殿」
「こちらこそはしたない所をおみせしていまい申し訳ありません」
「いや。ああ、酒を持ってきてくれたのですね。入って」
「失礼いたします」
楓の持つ盆の上に酒類が載っているのを見つけた幸村は楓を向かえ入れる。すると兼続からも楓殿ではないか久しいな、と声がかかりそれに笑顔で応えると三成からさっさと出て行けと言われた。
「いいではないか。折角三成と楓殿の為にこの兼続が奮闘しているのだ。少しは話をしても」
「駄目だ断る。さっさと出ろ」
「まぁまぁ三成殿。いいではありませんか」
三成の性格を鑑みて、どうして友になったのか不思議でたまらないこの二人を紹介されたのはごく最近の事だった。名のよく通った二人だったので友として紹介され、且つ二人の性格を知った時はどうやったら友達になるのかと半日悩んだものだった。だが、良く知り合ってみると三人とも良い塩梅に自己中心的。要は似たもの同志だった。
「軽食も後で持ってまいりますね」
「なんでお前がもってくるのだ」
「仕様がありません。本日は徳川様がおいでになっておられるので其方に人手が取られておりますので」
「ふん、いまいましい狸めが」
徳川家康には並々ならぬ感情をもっているようで、今日その者が大阪城に来るとわかってから三成の感情は荒れに荒れている。それをなだめるのが面倒くさくなったので酒を所望したのだが、おまけとして楓がついてきのは僥倖でここぞとばかりに兼続は話を変えた。
「楓殿の生家、まだ見つからぬ。――申し訳ない」
「直江様頭を上げてくださいませ!」
「いや、三成とそなたの事を思えばもっと探したいのだが中々うまくゆかず。本当に申し訳ない」
「何か奥州であったのか」
本当に歯がゆそうに兼続が言うものだから三成も落ち着き理由を尋ねると、伊達家で騒動が起こったと兼続は答えた。
「最近だが、伊達の御当主が亡くなられたらしい」
「何、それは聞いてないぞ」
「相馬だ芦名だと色々ある地域だからな。中々情報が流れてこなくても仕様がない。しかもその当主の死が惨いものだ。降伏したはずの畠山が当主を質にしたところ、継嗣が当主諸共討ったとの事だ。それであの辺りはいま不安定でな」
兼続の言葉に三成も幸村も絶句した。敵諸共父を討つとは戦国の世であれば仕様の無い事とはいえ、望んでするものではないだろう。継嗣の気持ちを慮れど言葉はでてこなかった。
「直江様、あの・・・」
「どうした?顔色が悪いな、大丈夫か」
「はい。大丈夫です。あの、伊達の御当主というのは、伊達輝宗様でしょうか」
「・・・名を知っているか。そうだ、そして継嗣は政宗」
楓の顔色を見て女人に聞かせる話ではなかったなと兼続は楓を退室させ、ついていこうとする三成を留めた。
「何故止める」
「何故気付かん」
「何をだ」
「楓殿の言葉ですね」
「気付いたか幸村」
「ええ」
兼続に続き幸村すら気付いたというのに三成が気付かないというのも珍しく、何なのだと三成は素直に先をせかした。
「私も三成も亡き輝宗公にお会いした事がある」
「ああ。だが、そうでない者にとて伊達輝宗公といえば左京大夫殿。伊達左京大夫と言う者が殆どなのだ」
「事実、私もまず出てくるのは伊達左京大夫ですから。輝宗公という名はその後に」
「では楓は伊達輝宗公と面識があるというのか」
「断定はできん。だが欠落した記憶でまず伊達輝宗公と名が出てくるのならその可能性が高いと考えて良いと思う」
兼続の言葉に幸村も頷く事から、一応確認してみるかと酒を煽った。だが、兼続には悪いとは思ったが楓が伊達輝宗公と面識があるなどという事は考えていなかった。
伊達家といえば奥州の中で最も勢力を誇る大大名だ。その大名と知己である者が女中仕事を勤め上げられるはずもないと思ったからだ。そのため積極的に聞く気にもならず淡々と日は過ぎ、ある時その伊達の継嗣が一揆煽動の疑惑をかけられたところ磔柱を背負い秀吉の前に参上するという派手事をやってのけた。
「面をあげよ伊達、政宗公」
代替わりをし政宗が当主になってまだ日の浅い頃だったが、その時にはすでに政宗が父を撃ち、母を家から追い出した後家督を継いだという話は伝わっており物見高に幾人もの武将が広間に集まっていた。どのような鬼子がやってくるかと思えば、隻眼の見目麗しい青年だった。
三成よりまだ五つ六つ年若いだろうがその表情は家の当主に相応しく、秀吉を前にしても動じた様子も無く視線を逸らすこともしなかった。その気概といつの間にか知己になっていた兼続そして幸村のとりなしもあり、政宗は秀吉に気に入られ大阪城で持て成しを受ける事となった。
「呑んでいるか?」
「おお三成、加藤殿達はもういいのか?」
「あの場にいても空気が悪いだけだ。此方の方が良い」
主賓の秀吉に近い者として上座近くに座り宴に参加していた三成だったが、酒が入ると何時も以上に絡んでくる清正が鬱陶しくなり早々に席を移動し兼続達の傍までやってきたのだ。普段であれば幸村と兼続と三人でゆったりと呑むのだが、今は一人追加されていた。賓であるはずの政宗がいつのまにかこの場まで移動し、二人と歓談していた。
「石田殿、はじめて言葉を交わすな」
「ああ。・・・三成で良い。こいつらが幸村、兼続なんだ俺だけ石田はおかしかろう」
「ならば遠慮なく。わしは政宗でよい」
「では俺もそう呼ばせてもらう」
三成からみた政宗はやはり年の頃に比べて非常に理知的にみえた。が、実際言葉を交わしてみると逆に血気盛な部分が垣間見え非常に不安定な者だと思えた。それに家柄からか中々どうして気の合う友を見つけにくかったのもあるのかもしれぬな、と兼続にからかわれ声を荒げながらも嫌がるそぶりを見せない政宗をみながらぼんやりと思った。
「三成はあまり騒がしくないな」
「俺の分まで兼続が騒いでくれるからな」
「まったくあそこまで煩いとは思わなんだぞ」
「普段はあのように騒ぐことは殆どない。それだけ今日の宴が嬉しいのだろうな」
暗に政宗と酒を交わせる事がうれしいのだろうと言うと、照れたように杯の中身を飲み干した。
それにしても良く呑む。
北国の者はその地の寒さから非常に酒精に強いとは聞いていたが、はじまってからずっと同じ調子で呑み続けているのだが一向に顔色が変わる様子が無い。同じ量をのんでいる兼続は上戸になり幸村の顔も赤く染まってき自分ですらそろそろ白湯にしようと思っているのだが、一番年下の政宗は平然としているのがなんとも面白い。
「こらー兼続うるさいよー!」
「すみませんおねね様」
「政宗が来て嬉しいのはわかるけど呑みすぎだよ。政宗の調子に合わせてたらこっちは潰れちゃうんだから気をつけないと」
「それを早く言ってください」
兼続が調子外れの唄を歌いだしたところでねねの制止がはいった。酒がはいっていても分別までは薄れていないようで、ねねの言葉には大人しく従い罰がわるそうに白湯を飲みだした。
「おねね様あの馬鹿二人はどうしました」
「他の子たちともう部屋に戻ったよ」
「もうそんな時間ですか」
ねねの言葉にはじめて周りをみると幾分人はすくなくなり、秀吉ももう部屋に下がっているようで居なかった。そろそろあんた達も部屋に戻んなさい、とねねに促されるが三成達三人は部屋の在り処が分かるが政宗の部屋は何処にあるか聞いていない。
「おねね様、政宗の部屋は?」
「ああ、大丈夫準備してあるよ。侍女に案内させるからちょっと待っておくれ。もうお酒呑むんじゃないよ」
ねねに釘を刺されたこともありそれ以上政宗も酒を飲むことは無く、兼続と一緒に白湯を大人しく飲んでいる。その様子に似たもの兄弟に見えますねぇ、と幸村が小さく零したが幸運にも二人には聞こえなかったらしい。
ねねがよこした侍女に案内されて政宗の部屋へと共に向かい、何故かそのままその部屋に居座る運びとなった。余程楽しいのか、兼続はいつのまにか酒を再び所望し侍女に持ってこさせていた。
「ここはわしの部屋と聞いたのだがな」
「あきらめろ。もうこうなったら、このまま夜が明けると思え」
「なぜこうなるんじゃ・・・」
「兼続と知り合いになったせいだな」
小言をいいつつもねねというお目付け役もおらず、また気が置けぬものたちばかりのせいか先ほどよりも政宗の酒を飲むペースが早くなってきている。そろそろ止めるべきかと声をかけようかと思ったがその前に外から声がかかった。
「政宗さま、景綱にございます」
「ああ、わしの配下じゃ。構わん景綱入れ」
年の頃が左近と代わらなさそうな男が襖を開けてはいってきた。何やら焦りの見える配下の表情に、この場を辞した方がいいのではないかと幸村達を目配せをし何も言わず部屋から出た。
深夜の回廊の静寂を三人で切り崩しながら進むと、隅に白いものが見えた。いわゆる幽霊でもいるのか、と酒が回った思考をしながら気づいた三成が近づくもそれは動かない。所々灯された蝋の明かりを頼りにすぐ傍まで行くと、ようやくその全貌が見えた。
楓、と思わず名を呼ぶもそれはまったく気づいた様子がなくすぐ傍に膝をつくと、そこでやっと顔を上げた。
「三成様・・・?」
「どうしたこの様な所に。何があった」
「・・・どうしよう、信じられないこんな、急に」
何やら混乱している楓のために伸ばしてきた手を掴み握ってやる。混乱の極みはそれだけでは収まらぬようで、幸村と兼続の手前だがこのまま身体を寄せようかと伸ばしたもう片方の腕は、後ろから近づいてくる耳障りな足音に反射的に引っ込めてしまった。
「本当じゃ」
急に何事かと思えば、三成の後ろに立っていたのは政宗で尋常ならざる様子で視線を楓へと向けていた。
楓も楓で急に涙を浮かべている始末で、一人事態が飲み込めない三成が政宗に道を譲るように身をずらすと、政宗は楓の腕をつかみそのまま抱きしめた。
「なっ!」
何か話でもするかと思えば、いきなりの抱擁に三成はあわてて引き剥がそうとするがその前に腕を掴まれた。誰が邪魔をするのかと思えば先ほどやってきた政宗の部下という男が三成の腕を掴んでいた。
「ご無礼を承知でお願いいたします」
「無礼と分かっているのなら離せ」
「申し訳ございませぬ。今ひと時だけです、どうぞお見逃しください」
政宗と同列にいる三成の動きを邪魔するのは、景綱にとって無礼どことではないのは重々承知の上だが、ようやく主が望んでいた存在をその手に取り戻した。様子からして邪魔者は政宗に違いないのだろうが、それでも景綱は三成の腕を放す様子をみせずそれに三成も大きな溜息を吐いた
。
「分かったから放せ。邪魔でたまらん」
「・・・感謝いたします」
「理由を問うべきだろうが、まずは――政宗、部屋に入れ。そこでは人目に付かねん」
三成の言葉は政宗に綺麗に無視されたが、楓が促しようやくその腕を解き共に部屋に入ってきたが手は繋がれたままだった。
一体何事が起こっているのか付いていけていない三成、兼続と幸村の前に政宗、楓そしてその後ろに控えるように景綱が座った。楓が離す様に小さく言ったようだが政宗は頭を横に振り手を離そうとはせず共に上座に座った。顔を歪め拒む政宗に楓もそれ以上強く言う事はせず好きなようにさせるしかなかった。
「さて。どこから私達は聞くべきか政宗」
「わしも逆に色々と聞きたい。何故楓が、――わしの姉上がここに居るのか」
沈黙が場を覆った。
「楓殿が政宗の姉君・・・?冗談としては些か笑えぬな」
「わしは奥州伊達家の当主、このような冗談など一言も口にした事がないわ馬鹿め!」
信じられない政宗からの言葉に三成は楓を見つめ、その視線を返すこができず目を逸らしてしまった。
宴の後片付けをしている最中に偶然伊達の家臣の一団に出くわした。
女中でしかない身では廊の隅に寄り頭を下げて一団が行過ぎるのを待った。だが、その中の一人に、一層聞き覚えのある声をみつけ思わず顔をあげ、その名を呼んでしまった。
小十郎殿、と。
この場では呼ばれるはずも無い自分の通り名を呼ばれ小十郎、基景綱はその声の主を見つけると考え込んだ。このような場に自分の通り名を知るような者がいただろうか、と声の主の顔を見つめるも、ひっかかりながらも名が出てこない。名を尋ねる前にその主の横にいた仲間と思わしき女中が告げた。
「何やってるの楓。頭下げて」
小さく告げられた声だったがしっかりと名を聞き取った。まさか、こんなところにあるはずの無い名だがよくよく見ると面影のある顔立ちに思わず近づき一言告げた。
「政宗様、いえ、梵天丸様がいらっしゃいます」
その際の表情で嗚呼、ようやく見つける事ができたと景綱は有無を言わさず楓の手を取り政宗のために用意されている部屋へと向かったのだ。
名こそ知らぬ政宗へと変わってしまっているが、この子は違えることなく自分の弟の梵天丸だと景綱に告げられた。顔を合わせ父と母に良く似た面差しと幼少の頃に罹った病による隻眼、それだけで弟だと認識でき、それに加え変わらず縋りついてきた腕が彼が梵天丸であるという確かな証拠になった。
「いつ、――思い出した」
「先日の輝宗様の、父上の名を教えて頂いた後に全て」
「何故言わなかった」
「確かな証がありませんでした。連なる証となるものを一つも持たぬ身で、伊達の者と言う事は憚りました」
家の者という証、竹に雀の入った物があれば伊達に連なる者として三成も早くに分かっていただろうが生憎と楓は何ももたずに大阪城にやってきた。
そのために生家をみつけるのは困難を極めたのだが、それ以上にその身すら伊達と連なっていないというのは他の三人は知らぬ事。
「では何故山の中で倒れていた」
「それは言えぬ」
「何故だ」
「伊達の当主として言えぬ」
楓に問いかけられていた言葉を政宗が切り捨てた。
政宗とて楓が何故山中に倒れていたかなど分かるわけも無いが、毎年決まった時期に同じ部屋に現れては消えていたはずなのに急に現れなかったのでそれと関係しているのではないかと考えた。だがそれは伊達家の者しか知らぬ機密であり知らぬ者に言えば楓の存在自体が怪しいものとなるのを慮って何も言う事はなかった。三成たちも政宗に当主としての立場を取られてしまえば、結局は他家の者の三人はそれ以上追及する事ができず言葉を封じるしかなかった。
「今日はここで開きにしてもらっても構わぬか。姉上と話したい」
「そんな「合い分かった。三成行くぞ」
政宗の言葉を承服しかねる三成の言葉を兼続が遮り幸村と二人で無理やり立たせた。
文句を叫びならが引きずられるように部屋をでていく三人を見送った後、政宗と楓は向かい合った。
「政宗様、景綱めも場を辞すりますれば」
「分かった。あの三人には何も言うな」
「承知しております」
楓が景綱を見つめれば、昔のように優しく笑いかけてくれた。
見覚えのある笑顔に思わず涙ぐみ頭を下げた。昔からすぐに頭を垂れる癖が抜けず何度も注意をされたのだが未だに直るはずもなく、景綱もそれを思い出したのか苦笑しながら部屋を出て行った。
「お会いしたかった」
「私もよ」
「会いたかった」
気がつけば楓は政宗に身体を寄せ、腕(かいな)に包まれていた。
昔は梵天丸を抱きしめていたのだが、今では楓の身体は政宗の腕の中に納まりきっていた。それに離れていた年月を実感し、父や母そしてもう一人の弟の事を思い返したがあえて今は何も言わず政宗のしたいように抱きしめられ自分の腕も背に回して抱きしめ返した。
「本当に会いたかったわ、梵天丸」