遠き日に、もの想う   作:夕貴

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 女中仲間の前から連れ出されたため、その話がねね及び秀吉に入らないはずも無く次の日さっそく政宗と共に呼び出される事となった。

 

 最もねねの放った草が政宗の部屋の上に居たためあらましを知っているが当事者から話を聞いたほうが面白いだろうと呼び出したのだ。それに政宗も気づいていたが、自分からも話を献上したいと思っていたので大人しく呼び出された。

 

 一方楓は連れ出されてから何処に行ったのかのかと仲間達に根掘り葉掘り追及されていた所に呼び出しがかかり之幸いとばかりに向かった。呼び出された部屋の前で偶然政宗と楓は落ち合い共に部屋へと入った。そこには秀吉とねね、そして何故か三成も同席していた。

 

「さて、政宗。何で呼び出されたかわかっとるな」

「楓の事かと」

「そうじゃ。まぁなんというか、姉弟とはなぁ。流石のワシ等も驚いたわ」

「楓は数年前より行方知らずとなり家の者総出で探しておりました。まさか秀吉公のお傍に居たとは思いもよりませんでした」

「しかしまぁよう姉君だと分かったな。何年も経てば顔も変わろうて」

「見た目は確かに様変わりいたしました。しかし残る面影と、私の傅役の名を知り、そして我が幼名を知る者など一握りしかおりませぬ」 

 

 ふむ、とそこまで聞いて秀吉は隣に座る妻に顔を向けると、自分と同じように少し困ったような顔をしていた。

昨晩のねねは可愛がっていた楓の生家が見つかったと嬉しそうにしていたが三成の事を口にして今度はどうするべきかと共に悩んだ。所属不明の身であれば三成の傍に置いておけないと反対することは簡単だった。あえて自分達が遮る壁となれば二人の関係をある一定までは目こぼしすることはできたのだ。しかし、これが大名の姫となるとどうだろうか。姫の身は家預かりとなりおいそれと他の者が口をだして良いものではない。しかも、楓はあろうことか奥州の大大名の伊達家の一の姫。三成との家格でいえば今度は楓の方が上となり、何もできなくなる。

それを知ってか、三成の顔色は冴えずその姿を目にした楓の表情も浮かない。秀吉といえど伊達の家のことに口を挟むのはするべきではないと分かっていたが、三成と楓の二人を知る身としてはどうにかしてやりたかった。

 

「時に政宗、楓はどうする心算だ」

「奥州に連れ帰り、姫として恙無く過ごさせる心算です」

「ほう。してその先はどうする。嫁ぐにはちと年がいっとろう」

「ですが伊達の一の姫であれば引く手数多。その中から楓を最も求めるところへと嫁がせてもいいかと思います」

「楓が望まぬともか」

「楓とて伊達の娘。否は言いますまい」 

 

 政宗とて楓を早々にと告がせる心算は全く無かった。だがしかし、伊達家の姫への縁談は年々少なくなっているとはいえ今でもひっきりなしに送られてくる。近くは上杉家、遠くは長宗我部からも来ていたと記憶にある。楓がいない時はすべて黙殺し何も返事をしていなかったが、伊達の方から縁談相手をさがしているとそれとなく情報を流せば今まで以上に舞い込んでくるのは目に見えている。

 

「思う相手がいてもか」 

 

 秀吉の言葉に、この場にそぐわない三成が居る事に漸く合点がいった。ちらりと三成の方を見ると半ば睨み付ける様に此方を見ていて、その思いあう相手だという事が明白だった。

豊臣の子飼いの将として飛ぶ鳥を落とす勢いで力をつけている石田三成という男の名は奥州にいた頃から何度も聞いていた。非常に気難しい男だという話は幾度が耳にしたが、知己となった兼続からはただ不器用なだけだと聞かされていた。また昨晩の酒宴では実直な、やもすればとても話し易い貴重な人物だった。

 

 だがそれだけで長年捜し求めていた姉を、そして伊達の一の姫を嫁がせる理由にはならない。

 

「――無論」 

 

 自分の後ろの呼吸が乱れたのを感じるも、政宗は己の言葉を撤回する気はなかった。

 

「そうか、分かった。もう二人とも下がっていいぞ」

「お前様」 

 

 ねねが非難の声をあげるも、政宗と楓は一礼の後に部屋を出て行った。それに三成も続いたのを秀吉はひきとめず好きなようにさせた。

 

「お前様、どうするんだい」

「そうじゃな・・・だが伊達の名を持つ以上ワシにはあまり口を挟めんさ」

「んもう何だい情けないねえ」

「面目ないなぁ。じゃが、手が無いわけではない。――あまり使いたくはないがの」

 

 顔をまともにみれず顔を下にむけたまま、言われたわけではないが政宗の後をついて廊下を進む。これから何を話し、どうしてゆくのか二人話し合わねばならないと思うが今はその気力が沸いてこない。

 伊達の一の姫、その立場の重さは分かっていた心算だった。奥州に居る頃は只々大事にされていただけだが、大坂で女中という立場になり外側から姫という役割を見てみるとどれだけそれが家のために生きるものかというものを知った。だが、それがいざ自分の身にふりかかるとなれば。

 

「――三成様」

 

 政宗に聞こえないように、小さく小さく名を呼んだ。伊達の一の姫であれば確かに引く手数多であり、その身を心底望む者も山のように居るであろう。

だが、楓が産まれ育ったのはこれよりも先の世。

 家に縛られず、思い合った者同士で夫婦となるのが普通の世で育ってきた身では伊達の姫ではなくただの楓を求めてくれた三成という存在に酷く焦れ求めてしまう。だが、今は戦国の世。そのような我侭が通るはずも無い事は重々に分かっているが、心に嘘がつけず小さく、助けを求めるようにもう一度名を呼んだ。

 

「三成さ、ま」

 

 急に横から手を取られ身を絡め取られた。誰だと、問う前に嗅ぎ慣れた香に自然と涙が浮かんだ。

 

「来い」

「何をする三成」

 

 三成に手をひかれるまま駆け足で廊下を進んでゆく。勝手知ったる三成と楓とは違い、慣れぬ城の中にいる政宗とは間があいてゆく。だがそれでも中々引き離す事はできず焦れながら足を進めていると三成の目に己の側近と子飼い仲間二人が立ち話をしているのが見えた。清正と正則だけでは不安だが左近も居ればなんとかなるだろうと近づいた。

 

「殿、どうしたんです?」

「楓もいるじゃねーか。三成何やってんだよ」

「――あれ、を足止めしろ」

「伊達、政宗か」

 

 左近と清正の問いかけを無視し視線で後ろを指し示すと、清正が政宗の姿を目視した問いに頷くと再び足を進め城の外へと向かう。後に続く楓に嫌がる様子も無く着いていっているのを見て清正と左近は政宗の進路を塞ぐように立った。

 

「まさか本気とはな」

「ここで伊達公が何故でてくるのか分かりませんが、殿の命令とあっては足止めをするしかありませんな」

「なんで俺達まで巻き込まれるんだ」

「あのよぉ良くわかんねぇけど、とりあえず伊達を止めればいいんだろ?」

 

 正則は事態が良く飲み込めていなかったが、左近と清正は何故政宗が三成と楓を追っている理由は分からないが二人に亀裂を入れさせる人物であろう事は推測できた。且つ、すれ違う時に小さく助かる、と三成は一言言葉を残した。常の三成を知る者であれば信じられない言葉であるがそれだけ切羽詰っているのが伺える言葉を聞いたため二人、否三人は一肌脱ぐことを決めたのだ。

 

「伊達公、そんなに急がれてどうした」

 

 理由は知らずともやっかいな者に前を塞がれたと政宗は目の前の人物達に顔を歪めた。上背のある者達三人が行く手を阻むため最早三成と楓の姿は見えなくなっている。これ以上追いかけても追いつく算段はないため政宗は潔く三人の前で足を止めて背を向けた。

 

「何でもない。嗚呼、島と言ったか三成の側近は…」

「ええ。俺ですが」

「なら丁度良い、言伝を」

「お受けしましょう」

 

 背を向けていた政宗が顔だけ三人に向け冷たく言い放った。

 

 

「狐に竜の姫は過ぎたるものぞ、とな」

 

 

 三成は陰で佐和山の狐と謗りを受けているのを左近が知らぬはずもなく。政宗の二つ名の独眼竜という事も周知でその姫が誰を指すのか。左近が固い声で承知仕りました、と応えると一瞥もせずに政宗は去っていった。

 

「おいおいおいおい。なんだよこの展開は」

「漸く春が来たかと思えば殿・・・なんでまたこんな難儀な方をお選びになるのだ」

 

 共に気づいた清正は頭を抱え、左近は壁にもたれかかり項垂れた。

 

「なぁなぁ一体何がどうなんだよ~~!教えろよ~~~!」

 

 正則の場違いな声が廊下に響くもそれを教えてやる気力を清正も左近も持っていなかった。

 

 

 三成に連れられるまま共に馬に乗り、行き先も告げられぬまま馬は進む。

三成は行き先を決めているのか手綱を操る手に澱みはない。何も言わず、何も告げられず。二人の間に言葉はひとつもなく、ただ馬の蹄の音だけが響いていた。

 

「ついたぞ」

 

 時間の感覚もなく、ただ風の心地よさだけを味わいながら馬に揺られ高台へと到着した。はじめに三成が馬を降り手助けをしてもらい楓も下りた。馬を手近な木に括りつけ、三成に先導されるがままに足を進める。

 

「気をつけろ。下は崖だ」

 

 真下をみれば断崖絶壁。だがそれよりも先をみれば、城下町、大坂の町が一望できるところに二人は立っていた。城を中心に広がる天下の台所、大坂。その名に相応しく、遠くから一望してもそこには生き生きとした町の力強さが感じられる。

 

「美しいですね」

 

 ひとこと、それだけを告げた。町を一望しここまで感情が揺さぶられるのは初めての事で、ただの町であるというのに食い入るように大坂の町をずっと見つめていた。町を一望するなど先の世では幾度となくしてきたが、北にある有名な夜景ですらこの真昼の町の景色の前ではその記憶は霞んでしまう。これが秀吉の三成の望んでいる理想の形かと思うと我知らず目が離す事が出来なかった。その楓の様子に三成は小さくだが表情を緩ませた。

 

「そうだろう。これが俺たち豊臣の望む理想だ。皆が笑って暮らせる世、それが秀吉様の願いだ。そのためにこれからも邁進し続ける」

 

 力強く宣言する三成を楓は眩しく思い目を細めた。この人は常に高潔であり情熱を燃やし、秀吉の望む世を創るために邁進し続けるのだ。そんな彼の傍に居たい。生家さえ見つかれば。心の片隅にあった思いは皮肉な結末を目前にしている。

 

 以降、二人の間に会話はなく数刻そのまま大坂の町を共に眺めていた。日も傾き、風と雲も出てきた。肌寒い風に楓が手を擦り合わせたのを見て、三成が腕を引き身を寄せられた。

 

「伊達、政宗公が弟というのは真か?」

「はい」

「真なのだな」

「・・・はい」

「そうか」

 

 三成は楓を抱きしめたまま微動だにせず、楓も離れることはせず成されるがままを保った。

 

 恋だ愛だと簡単に言える間柄ならどれだけ良かっただろう。人目も憚らず想いを交わし、それが不可能なら手と手を取り合ってどこぞへと逃避行できるそんな身なれば、と。

 だがそれはただの想像で三成も楓もそう出来るだけの度胸も身分も思いも持っていない。

 むしろ簡単にこの場から逃げ出そうと言い出す相手なれば見切りをつけられるのにと思うが、互いにそう言い出さないからこそ想いを断ち切る事が出来ない。

 

「戻る、か」

「はい」

 

 八方塞のまま二人は大阪城へと戻った。

城に着くと楓の身は政宗の預かるところとなり、以後二人は顔を合わせる事なく奥州と佐和山に別れる事となった。

 

「こっそり見送るぐらいなら声をおかけになってもよかったのではないですか」

「・・・煩い」

 

 大阪城での三成の部屋からは奥州へと向かう伊達の一団が良く見えた。前日までねねに使われていた左近は思わず憎まれ口を三成の背に放った。ねねはどうにかして二人を会わせようとしていたのだが当人達はそれを良しとせず、左近を取り込んでみたが結局目論みは上手くいかず今日になったのだ。

 

「――顔を合わせられるはずがなかろう」

 

 小さな主の呟きをしっかりと聞き拾っていたが、左近は何も言わず部屋を退室した。

 

 三成が楓に惹かれてゆく様子をみているのは面白いものだった。何度それをねたに主をからかったか分からない。素直は三成はそれに一々反応を示すものだから時折加減を間違って癇癪をおこさせてしまっていたが、そんな穏やかな日々は終ったのだ。だから三成は、楓と顔を合わせれば取り返しの付かない、それこそ手をとりどこぞへと逃避しかねないから会わないのだと。

 

「まったく素直で、難儀な方だ」

 

 仕方がないから自分が最後まで傍に仕えるしかない、と左近はため息をついた。

 

 

 

 大坂の町を慌しく出てからひと月後、楓は懐かしき奥州の城へと辿りついた。

早何年ぶりかすらも思い出せないが、変わらぬ街並みと城の様子にひとつひとつ記憶と合致させては頬を緩めた。籠の中で久しぶりの奥州に喜ぶ様子に馬を併走させる政宗も安堵していた。無理矢理大阪から連れ出した自覚はあるためもしかすれば落胆し続けるのではないかと危惧していたがその様子はなさそうで一段落といったところだ。

 

「ほんに楓なのじゃな」

「お母様。お会いしたかった」

「妾もじゃ。無事で・・・よう無事で・・・もっと、もっとよう顔を見せておくれ」

 

 城の中では政宗が先触れを出していたからか、母義姫が待ち構えていた。楓にとって一番の気がかりがこの母だった。流石に片手では足りない年月の間傍を離れていたせいで良くて他人事、悪くすれば忘れられているのではないかと思っていたがそうではなかった。気の強い面に隠れやすいがとても情にも厚い人だという事を忘れていた。全身で喜んでくれている母の姿に少しの申し訳なさと、沢山の感激を少しでも伝えるために楓は義姫に抱きついた。

 

 姫様、と再び呼ばれる事に気恥ずかしさと戸惑いを覚えたものだが三月もすれば昔のようにきちんと反応する事ができるようになった。本丸ではなく別棟に居を構えている母は本来なら楓の居る本丸へ足を踏み入れる事は許されないのだが、連日のように楓の部屋へとやってきては居座っている。時には政宗もそれに同席しているのを見ると、目こぼしをしているようだ。

父は亡く、もう一人の弟も既に亡いという。少し寂しいがかつてのような母子の団欒を再び持つことができ、一時の安らぎを得る事ができるようになった。

 

「のう、楓や」

「何ですかお母様」

「お主は姫なんじゃからそのような事せずとも良い」

「だって癖なんですもの。如何ですかお母様?」

「うむ。ちょうど良いぞ」

 

 時には楓が母の居へと足を運び、共に衣を選び興にふける事もあった。女主人の立場なら全て女中に任せる所、楓自らが義姫に着付けを行う事もあった。姫らしくない行いはねねの傍にいたせいだと時折義姫があの猿嫁のせいで、と詰る事もあったがまぁまぁと楓と政宗がなだめる事も少なくなかった。

母と弟の関係は楓の帰郷と共に劇的に変化した、との景綱の言葉。政宗と義姫の関係はも父と弟の事もあり最早修復不可能かと思われていたが、伊達家が幸せだった頃の象徴のような楓が我が手に戻ってきた事でぎこちなくだが少しずつ政宗と義姫の関係は良い方へと向かっているようだ。まだ2人だけで顔を合わせる事はないらしいが大きな前進だと景綱は感涙に咽び泣いていた。

 

 そうして心穏やかな暮らしを続け早半年、奥州では風花が風に乗る季節となった。

 

 

 ぢ、と女中に付けてもらった灯りが鈍い音を立てた。そろそろ日が暮れる時間帯寒さも身に堪えながら楓は障子を開けたまま降る雪を眺めていた。障子から漏れる光に鈍く輝く雪yはもう半月もすればこの街一帯を覆い尽くすようになるだろう。そしてその雪が溶けた頃、楓はもうこの地には居ないだろう。

 

―――縁談が決まった。

 

 政宗はひとつの書状と共にそれだけを告げ部屋を出ていった。折り目を緩め、中を覗くとそこには奥州からも遠くない地と名が書かれていた。

 

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