遠き日に、もの想う   作:夕貴

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史実ともゲームとも時系列が違いますがご了承くださいませ。




 

 雪解けを待たず、後に小田原の役と呼ばれる戦がはじまった。そして雪解けの頃に、竜の姫は大坂城にあがった。

 

「おひさしぶりでございます」

「うん元気そうで良かった。道中はどうだった?」

「恙無く。皆良くしてくださいました」

「そっか」

 

 どこか空元気な楓を慮り、ねねは早々に退室を促した。何も知らされず大坂に来た楓を深く傷つけたとねねは顔を顰めた。

遠い地ならまだしも、下手をすれば顔を合わせる距離で秀吉の側室に納まった姿を三成に見られたくないはずだ。これ以上彼女を落ち込ませないためにも早く戦を終わらせてしまおう!と意気込みねねは戦装束を身にまとった。だが結局、ねねの奮闘虚しく戦が終わったのは夏も盛りを迎えようかという頃だった。

 

 一部では鳴り物入りで大坂城に入ったにも関わらず、楓の元に秀吉が訪れる事はなく専らねねばかりが訪れる事から、関白様はお台所様の機嫌を取るためだけに竜姫を入れたのだと揶揄する声もあった。

いっそ生殺しだと楓は思っていた。

一度でも秀吉の訪れがあればこの心も諦められよう。こんな近くにいて、手を伸ばせば届きそうな距離で伸ばしてならない。幾度懐の物を手にしようかと思った。それを留めていたのはたった一つの願い。三成にもう一度だけ会いたい。それだけを縁に日々を虚しく過ごす楓の願いが叶ったのは奇しくも、二人が別れた時と同じ夏の大坂での事だった。

 

「さて楓着替えるわよ」

「え、あ・・・はい。今日は宴でしたね」

「まぁそうだけど、面白いものが見れるわよ~」

 

 いつになく上機嫌なねねの準備を杵柄で手伝い、己も着飾る。今日もしかしたら使うかもしれないと、懐に布袋を忍ばせたのはねねに運良く見つからなかった。

 

「おねね様は宴には出られないのですか?」

「んー今回あたしはあんまり役にたてなかったからね」

「そうですか」

 

 宴の横の広間に何故かねねと二人待機する形になってしまった。他の側室たちは秀吉の傍で相手をしているのを見ているのだが、普段とちがいねねが悋気を起こす気配も無い。一体どうした事か、と運ばれてくる菓子を口にしながら隣の宴の様子を声だけで伺う。

 

「そろそろだよ」

「何か起こるのですか?」

「まぁ聞いてなって」

 

 楓が知る限り最大限の笑顔を見せるねねに不信を覚えながら、ねねの言う時を待った。

 

 

 

「皆今回の小田原での戦いよう頑張った」

 

 宴も中盤に差し掛かった頃、秀吉の声が上がり宴に出ていた者たちは皆上座を注視した。三成はこの場に居る誰よりもこの時を待っていた。正則が告げた秀吉の伝言から季節は既に二つ巡っていた。

 

「さて、今回の戦誰に一番の褒美を取らせようかのう」

 

 上杉景勝や本多忠勝、そして石田三成に視線を送るものが殆どだった。それに三成は軽く唇を噛んだ。

小田原城の開城という功績は大きいが、忍城の水責めが失策に終わったのが非常に痛い。あれも成功していれば恐らく三成一人に視線が注がれていたはずだ。失策が一つもない戦などありはしない。それが三成の持論だったが、今回だけはそうはいかなかった。ひとつの失策も許されないというのに、よりによって水責めという大規模な策を失するという三成らしくない事をしでかしてしまった。望みのため、とはいえ一人の武将として酷く手痛いものとなった。

これで望みも失ってしまえばもう目も当てられぬと思いながら秀吉の言葉を待った。

 

「景勝殿の松井田か本多殿の岩槻か、それとも三成の小田原か」

 

 秀吉の子飼いだからといって贔屓をしないのが秀吉の良いところだと皆知っている。このような場で秀吉はかつて敵対関係にあった者にでも功績のあった者には報奨を惜しまない。逆に子飼いであっても失策になれば容赦なく罰を与える。だからこそ三人の候補の中に三成の名があっても誰も異論を唱えないのだ。そしてだからこそ、三成は秀吉から目を離せない。おそらく今回を逃せば次はない。なぜなら、秀吉の天下統一が成りもう敵という敵が居なくなってしまったのだ。これ以上の報奨を与えられる場などなくなる。三成の手は込められすぎた力により細かく震えていた。それに一体誰が気づけただろうか。

 

「まぁ、今回は忍城では失策をしたとはいえ小田原の城を明け渡した三成かの。何より北条氏政を討ったのは大きい。これで、ワシの天下が成ったからの」

 

 

 歓声と嘆息で沸く広間で三成は深いため息をついた。これで、漸く――

 

 

「三成、ここへ」

 

 秀吉に呼ばれ三成は人をかき分け目の前に座った。

 

「三成、何が欲しい。天下が成ったんじゃ何でもやるぞ」

「その言葉、偽りはございませんか」

「おう。天下以外なら何でもいいぞ」

 

 

 機嫌良く笑う秀吉に三成は固い顔をして、告げた。

 

 

「ならば秀吉様のお傍に居られる、竜の姫を頂きたく」

 

 

 もしこの場に政宗が居たのなら茶番だ!と叫んでいただろう。

 

だが、運が良かったのか悪かったのか彼はこの場には居なかった。そのため三成の暴挙に口を挟む者が誰ひとりおらず、静まり返った広間で秀吉と三成の静かな会話が進められた。

 

「なんじゃ、いきなりじゃのう」

「秀吉様は何でもとおっしゃいましたので希望を述べたまでです」

「領地はいらんのか?」

「今のままで充分です」

「配下は?」

「過ぎたる者は既に傍に居ります」

「金銀は?」

「使い道がありませぬ」

「美姫なら他にもおるがの」

 

 その秀吉の言葉に一泊置いて三成は答えた。

 

 

「竜の宝に勝る姫など居りますまい」

 

 

 その言葉に秀吉は一頻り膝を叩いて笑い、そして首を縦に降った。

 

「他には何かいらんのか」

「いりません。充分すぎる程です」

「なんじゃ欲の無い奴め。つまらん。――誰ぞ、三成への報奨に異論のある奴は居るか?」

 

 誰も何も言わず、否言えなかった。それを是と受け取り秀吉は側室を三成に下賜する事を決めた。

 

 一方別室では事の成り行きをねねと呆然とした楓が聞いていた。一体これは何なのだろう。空耳、幻聴かとも思ったがねねが此方を笑顔で見ている。頬をつねってみても、痛い。ならばこの秀吉との三成のやり取りは本物で、側室(じぶん)を三成に下賜するという事も本当なのだろうか。まだ幾分混乱している楓の手を取り、ねねは抑えきれない笑みを乗せ二人で部屋を出た。

 

「本当はもっと早く教えたかったんだけどね」

 

 人気のない廊下を二人きりで歩く。

 

「うちの人が言ったら駄目だって言うから。ごめんねずっと辛い思いをさせて」

「おねね様・・・これは、本当ですか?本当に本当ですか?」

「大丈夫。さっきのうちの人の言葉は本物だよ。いいんだよ。三成の傍に居ていいんだ」

 

 ねねに連れられて一つの部屋に入った。見覚えのある、最低限の物しか置いていない殺風景な部屋。

 

「だから、これはもう要らないよ」

 

 す、とねねが手を伸ばし楓が懐に忍ばせておいた袋を抜き取った。

 

 

「匕首なんて、要らないよ」

 

 

 匕首という名の短刀は何時か自分の喉を突くために伊達から持ってきたものだった。

有事の際の女の武器だと義姫から渡されたものだったが、幾度それを手にしそうになったか分からない。今日もし三成をひと目でも見れたら、これをいつでも使う覚悟ができていただろう。そんな悲愴な決意をしていた事を見抜いていたねねはそれを楓には返さずその場に居るようにと命をし、部屋を離れた。早くこの事を告げなければ、と広間へと最短距離を跳んだ。

 

 一人部屋に残された楓は手持ち無沙汰に部屋で立ち尽くしていた。何をするべきなのか混乱する頭で久しぶりな部屋の中をもう一度見渡す。するとそこには見慣れぬ桐箱が文机の上で異彩を放っており、常気なら絶対にしないのだが混乱した今何故かそれに手をかけ開けてしまった。その中には端が少し焦げた文は一通。中身は見慣れた手跡。口に手を宛て衝動を押さえ込む。すると襖がいい音を立てて開けられた。

 

 

 ああ、お母様とよく似た開け方だ。

 

 

「本物か?」

「・・・酷いですね三成様」

「狸が化けてないだろうな」

「なら、貴方は狐が化けた三成様ですか?」

 

 変わらない口調に堪えられなかった衝動が身体を動かし、三成の腕の中に飛び込んだ。

 

「やっとだ。やっと手に入れた」

「みつ、なりさま」

「ああ泣くな。俺はお前に泣かれるとどうしたら良いか分からない」

 

 苦しい程に抱きしめられ、抱きしめ返した。嗚呼、嗚呼、嗚呼。嗅ぎなれた香と渇望していた温もりの中楓は至上の喜びと幸せを感じていた。喜びに溢れ出す涙を止める術を二人は知らず、泣くなとただ三成は繰り返す。

 

「泣くな・・・頼む、笑ってくれ」

 

 その言葉にぎこちないながら、泣き笑いを見せると感極まったように三成が唇を合わせてきた。それに応えられる喜びに、止まりかけていた涙が更に溢れ出てる。

 

 

 恋しい、哀しい、愛しい。

 産まれたのは平治になった世だった。気が付けば何どもこの時代に落ちるようにやってきていた。何故、などという疑問は持った事はなかったが嫌な気はしなかった。不便極まりない世ながら、嫌悪感はなかった。だがまさか生まれ育った時代から遥か遠き日に、人を想い人に想われるようになれるとは。

 

 

 

「三成様、お慕いしております」

 

 

 

 

 

 

遠き日に、もの想う




これにて了。
お付き合いありがとうございました。
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