【雪解け】
「な、ん、で、こうなっとるんじゃー!」
「うるさいぞ政宗」
「うるさいですよ政宗殿」
「うるさい政宗」
「~~兼続!幸村!三成!わしにもわかるように説明せい!」
「言っただろう。楓が俺の嫁になる。以上だ」
「それは説明とは言わん!」
大阪城の一室で今日も今日で集まり酒を酌み交わしている三成と兼続、幸村の集まりに政宗が乱入してきたのはあの評定から七日を過ぎた辺りの事だった。
この度の関東での戦、政宗も参戦していたが終盤になり戦の先がみえはじめた頃、一度奥州へと戻らねばならない事が起こり秀吉に許をもらい戻っていたのだ。それから遠路はるばるまた大坂へと戻ってみれば、自分にもは何も報告がないまま姉は三成に下賜されていた。秀吉に献上以降は身分の上では姉でも弟でもないにしろここまで政宗に報告がないのはおかしい。しれっと口をつぐんでいたであろう三成や兼続、幸村も腹立たしいがおそらくこれには母親と腹心も絡んでいるだろうと予測がついてしまったのが政宗のかわいそうなところか。
「……三成、わしの母上と小十郎に何か伝えたか」
「いや、それはしていない」
小賢しい嘘をつくような男ではないため素直に政宗もそれを受け入れたが、それにしても一人振り回され非常に気分が悪い。三成の部屋だが許可をもらわず旅装束のまま兼続と三成の間に座り勝手に手酌で酒宴に参加する事にした。
「姉上はどこじゃ」
「今はおねね様と奥に。明日、佐和山に共に戻る」
「明日じゃと?」
「そうだ」
本当は政宗が戻ってくる前にさっさと大坂を後にする予定だったのだが、目算を見誤った。
この眼光鋭い男は非常に姉に思い入れを強く持ちすぎているため絶対にごねる。確実にごねると思い早くと思っていたが、楓の受け入れ先を見つけることが難航し以降の煩雑なものにも日数を使ってしまった。三成の予測としては戻ってくるまであと三日あるはずだったのだが、どこぞでこの話を聞いたらしく急いで馬を走らせたらしい。だれだこの男に話を漏らした馬鹿は、と内心毒づくと大阪城の一角で小十郎がくしゃみをした事はもちろん三成は知らない。
「姉上はどうなった」
「尾藤の養子に」
「頼忠殿の人となりは私が保証します」
楓は尾藤頼忠の養娘となりその後三成に嫁ぐ算段となった。諸々の目算があっての紙の上のことではあるが同じ武田の家に仕えていた幸村が保証できると即答できる人物なら楓を託して良いと三成は決め、政宗も不満は漏らさなかった。
「まぁこれで晴れて三成と政宗は義兄弟だな!義!義だ!」
「「ぎーぎーうるさい!」」
「仲の良い兄弟にはなりそうですね」
素で煩い兼続とそれに文句をつける三成と政宗、そしてのんびりと相の手をいれる幸村。
一時はもう過ごせない時間だと思っていたが、落ち着くところに落ち着いた今、また再び酒を酌み交わせる事に三成をはじめ全員が安堵していたのだった。
∽
【箱庭】
佐和山の城できゃ、きゃと幼い子供の声が絶え間なく聞こえるようになったのはここ数年の事である。あの気難しさを絵に描いたような領主に嫁御が来るという話に皆が眉唾物だと思っていたのだが、その話が領地に浸透した頃本当に花嫁行列が領内をめぐり、殆どの胴元がやってられねぇと左近に泣きついたのは今となっては笑い種となっている。
もっとも左近は何を言われても
「俺は言ったはずだぞ。殿は竜の宝を手に入れたってな」
と猪口片手にあしらっていたのだが、そんな彼の懐にその胴元の金の一部が流れ込んでいた事は誰も知らない。
そんなこんなでやってきた佐和山の領主様の嫁御は、遠い奥州の出の姫様らしいと話が巡り、こりゃ顔なんて一生拝めないかもなと皆が思っていたがところがどっこいひと月も経たないうちにご領主様と一緒に街中を歩く姿を目撃された。その非常に仲睦まじい姿に微笑ましいと思う以上に、領主様も笑うのかと驚愕の感想を持つものが多かったためその日城下の酒場で左近が笑い潰れたのは仕方のない事なのだろう。
それから一年経った頃だろうか、佐和山の城が慌ただしく何事だろうかと皆が思っていたらなんと継嗣様がお生まれになったとな。ご懐妊の話を聞いていたがまさかもう産まれるとは思っていなかったが、佐和山の城下町は非常に盛り上がった。数日後には奥州からという煌びやかな一行が城に入り、祝い酒や珍しい品物が城から振舞われ、それからひと月、街という街が使い物にならない盛り上がりようだった。
それから半年もすれば大分落ち着いたものにはなるが、それでも幼子それも待望の継子がいるためか、城主を筆頭として城内がくまなく浮き足立っているのだから以前の佐和山の城を知っているものからすればその様変わり用に驚くやら呆れるやら、だろう。
「かせ、俺が抱く」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。ほら」
城主の三成が嫁御の楓から赤子を受け取り、慣れた手つきで抱き上げている。それからゆっくりと二人、否三人で城内の庭を歩いている。取り留めもなく歩いているようだがすぐに立ち止まり赤子を中心に何かを語りかけるように会話をしている。こんな穏やかな空気がこの城の中を取り巻くとは誰しも、左近ですら予測はできないことだった。一度は諦め手放すも、諦めきれず意地で取り返した姫にのぼせ上がっているところに今度は若君がその手に収まった。なんともふやけた空気が三成の周りをいやこの城の中をとりまいても仕方のないと思っても、その光景をみながら左近は首の後ろを掻いた。
∽
【不知火】
母からの文が送られ、無事に燃されたと連絡を受け取りひと息をついた。あれは思い出の品なれど、この地に骨を埋めると決めてからは懸念の品の…最後の一つだった。幾つかの品は見つけ次第自分の手で火にくべていたが、どうしても見つからず母に大捜索してもらい漸くみつかったのが青葉城の一室だった。青葉城には足を踏み入れたことはなかったのだが、義姫の衣類に紛れていたらしい。
異彩を放つ楓に服は見慣れぬ者には何なのか分からず桐箱にいれ奥深くにしまっていたため見つかるのが遅くなったとのこと。
それもそうだろう。セーラー服など後四百年ぐらいせねば見慣れるものにはならない。
「あ、ぅ?」
「あら、起きた?」
母からの文を燃やす音で傍で眠っていた我が子が目を覚ましたらしい。漸く喃語も出、何がしかを声で伝えようとするのがまたなんとも可愛らしいとは我が背の君だ。いや、ちょっと三成の言葉に色をつけたが大体こんなことを言ってしまうぐらい三成は継嗣に夢中だ。
「残念ね。お父様はお仕事中ですよ」
きょろきょろ、と何かを探すような目をする我が子に笑いなが抱き上げるときゅ、と楓の合わせを握り締めてきた。それにこみ上げる愛おしさに思わず頬をすり寄せた。
楓が自分の持っていた異物を思い出したのは大阪城から三成が持ち帰った楓の私物をみた時だった。全部持ち帰ったと思っていたが、ひとつ桐箱を忘れていたらしくついでとばかりに三成がそれを運んでくれたのだった。とても軽い箱に何をいれたか忘れていたが自室でそれを開き、息を飲んだ。
ああ、高校の制服だ。
先の世からやってきた事は墓場まで持ち込むつもりであり、それは母にも弟にも告げてある。また先の世について、徳川家康や豊臣家、ましてや石田三成については誰にも何も告げていない。楓とて一般的な教育を受けた者として、後の二つがどのような最期を辿るのか知らないわけではない。だがそれを知っても尚、石田三成という人物に惹かれてしまったためにここに来たのだが母と弟は反対に嫁に行くぐらいだからと安寧であると信じている節がある。それは訂正しないつもりだが、それよりも楓には気がかりなものがあった。それは先程の異物、先の世ではオーパーツと言われる楓が身につけていたり持っていた物だった。元々伊達は南蛮との貿易を盛んにしてきていた地のため一見してそうとは分からないが、そのひとつひとつが時代にそぐわない物質で出来ているものだった。何となく己の感がそれをすぐに手元から消せと告げたため、楓は高校の制服を切り裂き、それを火にくべ全て燃やしてしまった。
我が子が産まれ先の世への想いなど、郷愁はあれど未練は微々たるものも消え去った。
残ったのは、先の世へいつ戻されるかという、恐怖。
それは先の世のことを以降だれにも口にしないと決めた楓が一人耐えねばならない。ただ母だけは楓からの文で何かを感じ取ってくれたのか、奥州に残った楓の品物を全て処分してくれ、最後のひとつがこれで漸くこの世から消え去った。これで恐怖が薄皮ひとつ消えた。
「大好き、愛してるわ」
もっと、もっとこの地に自分を縛り付ける明確な何かが欲しい。三成の傍から離れなくて済むように、安堵できるものが欲しいと縋るように我が子を抱きしめる。ああ、もはや蜃気楼のような街並みを早く消し去ってしまいたいと誰ともなく懇願するも、蜃気楼は何をしても消えないのだ。
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【返り花】
その年の冬は一時非常に暖かかった。ああ、なんと今年は過ごしやすい冬なのだろうと皆が口を揃えるほど暖かな日が続いた。仕舞いには桜に蕾がつき、皆が狂い咲じゃあと驚く頃、佐和山の城で久しぶりに産声があがったことを後に皆は知る。
ああ、城の殿様がまた大喜びなら仕方がないと皆口々にそう言った。