やっとの第3話で、本当にすみません・・・・・。
ーアイチサイド
入学二日目、何のトラブルもなく無事に一日が終わりますように・・・・・と願うも、僕の願いは、いとも簡単に砕かれることとなった。
「あ、あの・・・・みんな、そんなに怒らなくても・・・・・」
「アイチ、今更止めたって無駄だと思うぞ。逆に彼らの怒りを煽るだけだ。深雪も謝ったりするなよ」
「お兄様・・・・しかし・・・・・」
「これは深雪のせいではないし、一厘一毛たりともお前のせいじゃないから」
深雪さんも今も目の前で繰り広げられている展開に困惑と不安を表情に出しながら、兄である達也君の顔を見上げている。
達也君も深雪さんの不安な様子を見て、彼女を力づけるためにあえて強い口調で返事を返した。
まるで仲が良いカップルだよな~~と現実逃避をしながら、僕はこの一触即発の状況を回避できないか考える。
僕も、達也君と深雪さんも一歩引いたところから、エリカさん、レオ君、柴田さんたちと僕と同じく新入生である一科生の対立を眺めていた。
ことの発端は、昼食の時まで遡るーーーー
オリエンテーション、授業の見学が終わって、お腹がすいたので僕は鞄の中から母さん手作りの弁当を取り出した。
「あら、アイチ君はお弁当を持ってきたのね」
「う、うん。母さんが作ってくれたんだ」
お弁当を取り出したところで、隣の席に座っていた深雪さんが声をかけてきた。
未だに深雪さんが隣の席に座っているという状況に慣れず、胸が緊張でドキドキしている。僕は緊張していることを悟られないように、なるべく平静を装って答える。
「深雪、先導君、一緒に食堂行かない?あっ、先導君、お弁当持ってきたの?」
光井さんと北山さんがお昼を一緒に食べないか誘ってきた。僕はお弁当を持ってきたけど、それでもいいなら、と言いながら彼女たちの誘いを受けた。深雪さんも彼女たちの誘いを受け、僕と深雪さんと光井さん、北山さんの四人で食堂に向かうことになった。
しかし、
「司波さん、先導君、僕らと一緒に食堂へ行こうよ」
と声をかけてきたのは、同じクラスの森崎駿君。
彼の後ろには数名の女子生徒や男子生徒が集まっていた。
みんな、学年トップである深雪さんに少しでも近づきたいと思っていることが雰囲気で伝わってくる。
深雪さんは僕らの顔を見て躊躇うような視線を向けてきたが、僕は「僕は別に構わないよ」と彼女を気遣うように微笑みながら答え、光井さんと北山さんも「いいよ」と言ってくれたので、クラスごと移動するように大人数で食堂へと向かった。
食堂に到着すると昼時とあって、かなりの混雑で賑わっていた。中でも、大人数で座れるテーブルはどこも満席で座れそうにもない。
「おっ、アイチじゃねえか!」
どこか座れないかと、周りを見回していると近くの席から、先に昼食をとっていたレオ君が僕に気がついたらしく手を振っていた。他にも達也君、エリカさん、柴田さんも同じテーブルに座っており、どうやら食堂が混雑する前に見学を切り上げて昼食をとっていたらしい。
「レオ君。達也君にエリカさん、柴田さんも一緒だったんだ」
「おう!アイチはこれから昼飯みたいだな」
「うん。お弁当持ってきたんだけど、どうせならみんなで食べようって」
僕は手にした弁当包みを見せ、その横で兄妹の会話をする達也君と深雪さんの様子を横目で窺った。
表情がさっきよりも和らいでいることから、やっぱりクラスメイトよりも家族と一緒にいた方がいいよね、と感じた。
「へえ~~、それってもしかして彼女からの手作り弁当的なやつかしら?」
「え?先導君、彼女さんがいるんですか?」
達也君、レオ君の隣に座っていたエリカさんが僕の弁当包みを見ていたずらっぽい笑みを浮かべながら爆弾発言をしてきて、エリカさんの言葉を聞いた柴田さんが驚いた表情で僕に訊ねてくる。
「アハハ・・・・これは母さんが作ってくれたお弁当なんだ」
エリカさんは僕の何を期待していたのか知らないけど、それを聞いた途端、「なーんだ、違うんだ」と言って肩を落とし、レオ君や柴田さん、それに達也君と深雪さんも話しに加わって僕が持ってるお弁当をマジマジと見つめていた。
「お話中のところ失礼ーーーー」
和気あいあいとみんなで話をしているところに森崎君が割って会話に入ってきた。
「君達、二科生だよな?悪いがそこの席を僕たちに譲ってはくれないだろうか?」
達也君たちが座っているテーブルは六人掛けのもの。
他には座れそうなところは見当たらず、僕は困った表情で森崎君を見て、そして、深雪さん、達也たちへと視線を移した。
「はあ?アンタ、何言ってんの?」
「ウィードである君達は、ブルームである僕たちに席を譲る義務がある。だから、そこを退いてくれって言ってるんだ」
森崎君の明らかに達也君たちを見下しているような言い方にレオ君、エリカさん、柴田さんまでもが座席から立ち上がっている。
今にも爆発しそうなレオ君とエリカさんが反論しようとすると、達也君が食べ掛けのプレートに手を掛ける。
このままじゃダメだ!僕はそう思うと、プレートを持って立ち上がろうとする達也君の間に割って入った。
「あぁぁ!も、森崎君、あっちに席が空いたよ!」
「え、せ、先導君・・・・ちょっ!?」
驚く森崎くんの背中をグイグイ押しながら、僕は偶然にも空いた席へと向かう。
「先導君!」
森崎くんを強引に深雪さんから引き剥がしている僕の背中に声を掛ける深雪さんだったが、そんな彼女の耳元で僕の考えを読み取った北山さんがこっそりと耳打ちする。
「深雪、ここは先導君と私たちに任せて」
「雫・・・・・」
「深雪はお兄さんたちと食事をして。森崎君は私たちで何とかするから」
「ほのかも・・・・二人とも、ありがとう」
深雪さんは光井さんと北山さんに礼を述べると達也君のところへ向かった。エリカたちはどこか複雑そうな表情をしていたが、達也君だけはじっと僕の背中を見つめていた。
『ありがとう、アイチ。・・・・すまない』
達也君の謝罪する声が聞こえたような気がして、僕は振り向きながら静かに笑みを浮かべて目で返した。
あの後、僕と光井さん、北山さんは森崎君と午後の授業のことについて話をしながら昼食をとった。
森崎くんは深雪さんとも話をしたかったみたいだけど、幸いにも僕達が座っている席は深雪さんと達也君たちが座っている席から大分離れているため、トラブルになることはなかった。
けど、午後の専門課程の授業見学の時に第二幕は上がった。
通称「射撃場」と呼ばれる遠距離魔法用の実習室では、三年生の実技が行われていて、今、僕の目の前で生徒会長であり僕の“姉”でもある真由美お姉ちゃんが遠距離魔法の実技を披露していた。
真由美お姉ちゃんは遠距離魔法のエキスパートで十年に一人の英才と呼ばれるほどの使い手で、九校戦では第一高校に何度もトロフィーをもたらしている。
その噂を聞き付けてか、多くの新入生が実習室に詰めかけてきていて、僕らの前にも真由美お姉ちゃんの姿を一目見ようと人垣ができていた。
最前列に一科生がいるなか、その中になんと達也君、エリカさん、柴田さん、レオ君の姿があった。
一科生を遠慮してしまう二科生がいる中、彼らは堂々と最前列を陣取っていたのだ。
それは当然のごとく、悪目立ちをしていて実技を見れなかった一科生の反感を買ってしまうのは言うまでもない。
そして、第三幕。それは今まさに現在進行中で、僕の目の前で柴田さんが森崎君に啖呵を切っている最中だった。
「いい加減にしてください!深雪さんはお兄さんと帰りたいって言ってるんです。他人が口を挟むことではないでしょう」
ことの発端は、深雪さんの帰りを待っていた達也君にクラスメイトである森崎君や取り巻きの女子生徒が難癖つけてきたのが始まりだった。
「別に深雪さんはあなたたちを邪魔者扱いなんてしてないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。何の権利があって二人の中を引き裂こうとするんですか!?」
森崎君たちの理不尽な行動と言動に、意外なことに最初に柴田さんがキレた。
丁寧な物腰から容赦なく正論を叩きつけ、森崎君たちを相手に一歩も引いていない。
そう、最初は正論のはずだったのだが・・・・・
「引き裂くとか言われてもなぁ・・・・・」
「柴田さん・・・・いくらなんでもそれは色々と誤解を招くと思う・・・・・」
少し離れたところで呟く達也君と僕。達也君も思っているだろうが、何かが決定的にずれているような気がする。
「み、美月は何を勘違いしているの?」
若干一名、深雪さんだけは何故か頬を赤らめて慌てていた。
「深雪・・・・何故お前が焦る?」
「えっ?別に、焦っておりませんよ?」
深雪さん、返答が疑問系になっている時点で焦っているのバレてますから。僕にだって分かりますから・・・・・。
などと思いつつも、敢えて僕は口には出さず混乱し始めている二人を眺めていた。
一方、そんな兄妹を他所に、思いやりのある友人たちのやり取りは益々ヒートアップしていく。
「だーかーらー、深雪は達也君と帰りたいんだって言ってるんでしょうが!」
「僕達は司波さんに相談したいことがあるんだ!」
「そうよ!司波さんには悪いけど少し時間をもらうだけなんだから!」
「ハンっ、相談なら別に明日だっていいだろうが」
皮肉たっぷりで言い返すエリカさんと笑い飛ばすレオ君。明らかに森崎君たちをバカにしているかのような二人の言動に僕はただ見ていることしかできなかった。
あわわ・・・・これ、どうやって止めたらいいの?
「相談だったら予め本人の同意を取ってからにしたら?深雪の意思を無視して相談もあったもんじゃない。高校生にもなってそんなことも知らないの?」
案の定、相手を怒らせることが目的のようなエリカさんの台詞に、とうとう森崎君がキレた。
「うるさいっ!ただのウィードごときが僕達ブルームに口答えするな!」
“ウィード”
多くの耳目が集まる中、使用が禁止されている言葉を口にした森崎君に正面から反応したのは、やはりというか何というか・・・・・柴田さんだった。
「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているんですか?」
決して大声で言ってる訳でもないのに、柴田さんの言葉は不思議と校庭に響き渡った。
「えっと、柴田さん・・・・・もうそれくらいにしといた方が・・・・・。森崎君も、相談事ならまた明日にしよう?ねっ?」
止めとけ、と達也君は言っていたけど、このまま放っておくわけにはいかない。
そう思った僕は柴田さんと森崎君に声をかけながら間に入っていく。
「先導君。ですが・・・・・」
「先導君!君は自分が何を言ってるのか分かってるのか!?そこにいるウィードに味方するとでも言うのではないだろうな!?」
「えっ、別にそう言うことを言ってるんじゃなくて・・・・・僕はただ、ケンカを止めたいだけであって」
「何よ、アイチ君。まさか、そこのブルームの肩を持つの?」
「ち、違うよ・・・・エリカさん!」
「アイチ!お前は俺たちの味方だよな?」
「レ、レオ君も・・・・・」
ふぇぇ~!た、大変なことになっちゃったよぉ~!!
止めに入ったつもりが、僕が間に入ったことで火に油を注いでしまったようだ。
状況は悪い方向へと突き進んでいき、柴田さんたちと森崎君たちの溝は深まる一方であった。
ーーーーー
「だから、止めとけと言ったのに・・・・・」
「お兄様、このままで良いのですか?」
止めに入ったつもりが、余計な諍いを生んでしまったアイチに、達也は呆れてため息をついた。その隣では深雪が心配そうな表情で達也を見上げている。
「これはアイツが蒔いた種だ。俺たちには関係ない」
「ですが、ことの発端は私にあります。このままアイチ君を放っておくわけにはいきません」
じっと見つめる深雪の視線に達也は静かに息をついた。
深雪の言い分も分かる。けれど今更、達也や深雪が行ったってどうにかできるとは到底思えない。アイチの二の舞になることは明白だった。
しかし、それ以前に達也はもうそろそろこの事態が終息することを予想していた。
「深雪。アイチなら、おそらく大丈夫だ」
「?どうしてですか?」
「いずれ分かる。アイチには
不思議そうに首を傾げる深雪だったが、すぐに達也の言っている意味を理解することとなった。
「ちょっとそこの新入生たち?そこで何をしているの?」
声の主は、第一高校生徒会長でありアイチの頼もしい姉でもある七草真由美だった。
「私は風紀委員長の渡辺摩利だ!正門前で新入生がケンカをしているとの連絡があった。これは一体どういうことだ?」
真由美の隣にいたショートカットの女子生徒、渡辺摩利の声が響き渡り、言い争いをしていた森崎、美月、エリカ、レオは言葉を止める。
「生徒会長の七草真由美です。あなたたち、1―Aと1―Eの生徒ね?」
生徒会長と風紀委員長が現れたことでその場は静まり返った。
アイチは真由美が現れたことでホッと胸を撫で下ろすと張り詰めていた緊張の糸が切れて、ぐらり、と体を傾ける。
「「アイチ(アッくん)!」」
側にいたレオが咄嗟に抱き止めたことで地面に叩きつけられることは免れたアイチだったが、顔は白を通り越して真っ青になっていた。
「レ、レオ君・・・・・ありがとう」
「アッくん大丈夫!?」
倒れたアイチを心配して真由美が心配そうな表情を浮かべて駆け寄る。
「真由美お姉ちゃん・・・・・大丈夫だよ。少し、疲れちゃっただけだから・・・・・」
「アッくん・・・・・」
“真由美お姉ちゃん”、“アッくん”。まるで姉弟のようなやり取りをするアイチと真由美を眺めていた達也は、やはり、と心の中で呟いた。
昨日の夜、先導アイチのことが気になった達也はすぐに彼のことについて調べ上げた。
アイチの先祖について、幼い頃に魔法師の資質を狙われて拐われかけたことがあること、そして、彼の背後に
アイチと真由美が姉弟のような関係にあることは知っていた。もし、アイチが危険な目に遭うようなことがあれば彼を溺愛する真由美が黙っている筈がない。
「お兄様は分かっていらしたのですね?七草生徒会長が来ることを」
「ああ。大方、マルチ・スコープで見ていたんだろう。彼女はアイチのことを実の弟のように可愛がってるらしいからな」
遠距離魔法のエキスパートである七草真由美、遠隔知系魔法マルチ・スコープは実体物をあらゆる角度で知覚する多元レーダーのような魔法で、すぐにこの場に駆けつけることができたのもこの魔法があってこそ。
「先導君、ごめんなさい・・・・・私・・・・・」
「柴田さんのせいじゃないよ。・・・・・僕は大丈夫だから」
美月はアイチを巻き込んでしまった罪悪感からか眼鏡の奥に涙を浮かべながら謝罪を述べ、アイチはそんな彼女を心配かけまいとふらつきながらレオの腕から離れる。
「そんな真っ青な顔で言ったって説得力ないっての。ていうか、アイチ君まだフラフラじゃん!」
足元が覚束ないアイチを心配してエリカも駆け寄ってきた。
「さて、君達には色々と事情を聞きたいことがある。ちょっと生徒指導室まで来てもらおうか?」
摩利の冷たいと評されても仕方のない、硬質な声にその場にいたものは言葉なく硬直していた。
ただ一人を除いて。
雰囲気に呑まれず、達也は泰然とした足取りで、背後に付き従う深雪とともに、摩利の前に出た。
突然出てきた一年生に、摩利は訝しげな視線を向けた。達也はその眼差しに動じることなく受け止め、軽く一礼をした。
「すみません。悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけだと?そこの一科生の一年はCADを手にしている。これのどこが悪ふざけとでも言うんだ?」
唐突に思えるその台詞に、摩利の眉が軽くひそめられる。
彼女の言う通り、森崎の方へ視線を向けると彼の手には特化型のCADが握られていた。
「森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学の為に見せてもらうだけだったんですが、あんまりにも真に迫っていたもので、彼がケンカをしていると勘違いをして止めようとしただけです」
森崎はCADを持ちながら目を丸くして驚いている。アイチもエリカに肩を貸してもらいながら、不安そうに眉をひそめながら達也と摩利のやり取りを静かに見守っていた。
「・・・・・ではその後にそこにいる1ーAの女子生徒が構えているCADはどう説明するんだ?」
そう言って摩利はある一点へと静かに視線を投じた。そこにいたのは腕輪形状の汎用型CADを構えるほのかの姿があった。
ーアイチサイド
皆の視線が光井さんと達也君へと自然と集まる中、レオ君に支えてもらいながら僕は悠然と渡辺先輩の前に立つ達也君の背中を見つめていた。
森崎君だけでなく、光井さんまで・・・・・しかも魔法を発動しようとしていたなんて、これではいくら達也君でも言い訳はできないだろう、と僕は思った。
しかし、達也君は表情一つ変えずチラリと光井さんを一瞥すると、静かに口を開いた。
「彼女は目くらましの閃光魔法を発動しようとしただけです。それも失明したりするほどのレベルではありませんし、攻撃性は限りなく無いでしょう」
躊躇いもなく断言する達也君に、僕だけでなく周りにいた人たちも息を呑む。
渡辺先輩の冷笑が感嘆へと変わり、
「ほう・・・・・どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
いくら分析が得意だとしても、魔法の起動式を意識して理解するなんて、できるものだろうか?
事も無げに達也君は「分析」の一言で片付けているが、彼が行ったことは普通の魔法師にはできないことだ。
不安な表情で達也君と渡辺先輩の会話に耳を立てていると頬に手の温かな温もりが触れた。
「・・・・・真由美お姉ちゃん」
「アッくん、怖い思いをさせてごめんね」
真由美お姉ちゃんは僕の頬に手を添えて優しく微笑みを浮かべている。
「ありがとう、心配してくれて。・・・・・レオ君も、ありがとう」
「アイチ・・・・すまん。俺、頭に血が昇ってた。お前に迷惑かけちまったな」
力が入らず立つことすらできない僕を支えるレオ君の顔にはさっきまで感じた怒りといった感情はすっかり消え、静かに謝罪の言葉を述べた。
と、達也君と渡辺先輩とのやり取りを終えた森崎君が肩を落とし、俯き加減で歩み寄ってきた。
「先導君、その・・・・・僕・・・・・」
「森崎君どうしたの?」
「ーーーーっ、先導君。先程は、本当にすまなかった!」
首を傾げる僕に、森崎君は校庭に響き渡りそうな声で謝ってきた。
突然大きな声で謝罪をしてきたので驚いて目を丸くする僕やレオ君、真由美お姉ちゃんまでもが信じられないと思う中、森崎君は言葉を続ける。
「僕は森崎の本家に連なる者として、君に迷惑をかけてしまった。一歩間違ってたら、君のことも傷つけていたかもしれない」
森崎君、渡辺先輩に言われたことが相当堪えたのか、さっきまでの勢いは微塵もない。
あー、人ってこんなにも変わるものなんだ、と僕は考えながら、優しく微笑んだ。
「森崎君、僕は本当に大丈夫。だから、そこまで気にすることはないって。それに、友達のケンカを止めるのは当たり前でしょ?」
「友達、僕が?」
友達、その言葉を聞いた森崎君は俯いていた顔をあげる。驚いてしまったのか、ポカンと口を開いて僕の顔をじっと見つめた。その表情が何だか可笑しくて、僕は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「うん。レオ君やエリカさん、柴田さん、達也君、深雪さん、光井さんに北山さん、それに森崎君もみんな友達だから」
森崎君は僕のことをどう思っているのか分からないけど、僕は森崎君のことを大切な友達だと思っている。この気持ちは本当だ。
だから、森崎君。ブルームとかウィードっていう考えをもう少し考え直してもらえると・・・・・
「・・・・・っ、司波達也。これは借りだとは思わないからな。今日のところは先導君に免じて引き下がってやる」
「安心しろ。俺も貸してるなんて思ってないから。俺は深雪の誠意に答えたまでだ」
森崎君も森崎君だけど、達也君も達也君だよな・・・・・。
達也君への敵意は薄れたものの、やはりというか森崎君の刺のある言い方と達也君のシスコンぶりに僕は苦笑いを浮かべた。
「お兄様は言い負かすのは得意でも説得するのは苦手ですもんね」
「ああ、違いない」
兄妹のほのぼのとしたやり取りに気を削がれた森崎君は「フンッ」と鼻息を鳴らすと真由美お姉ちゃんに一礼をして、僕たちに背を向け、そのまま立ち去った。
「いきなりフルネームで呼び捨てか」
立ち去る背中を見つめながら独り言のように呟く達也君。そんな達也君の隣では深雪さんが困惑の表情を浮かべている。
「お兄様、もう帰りませんか?」
「そうだな。七草生徒会長、渡辺風紀委員長、俺達もそろそろ帰りたいんですが、よろしいでしょうか?」
チラッと達也君が僕のことを見たのは気のせいだろうか?
「・・・・・そうだな。今回のことは不問にするが、以後このようなことの無いように」
「魔法の見学、生徒同士で教え合うことが禁止されているわけではないけど、魔法の行使には起動するだけでも細かな制限があるから、これからは控えるようにお願いね」
真由美お姉ちゃんはそう言って達也君に微笑むと、今度は僕へと向き直った。そして表情を曇らせ、僕をじっと見つめる。
「アッくん、あんまり無茶しないでね。今回は怪我がなくて良かったけど・・・・もし、アッくんに何かあったら、私・・・・・」
「ごめんなさい・・・・・真由美お姉ちゃん」
「本当なら一緒に帰りたいところだけど・・・・・。ごめんね、生徒会の仕事が残ってて、まだ帰れそうにないの」
ゴメンね、と真由美お姉ちゃんは謝るが、そこまでお世話になるわけにもいかない。
僕はレオ君に小さな声で「ありがとう」と礼を言って、自分の足で立ち上がった。
「僕は大丈夫!だから、お姉ちゃんも生徒会の仕事頑張ってね」
「・・・・・アッくんの“大丈夫”って、あんまり信用できないのよね(ボソッ)」
お姉ちゃんから見ても僕がやせ我慢をしているのは見え見えで、僕がいくら「大丈夫」だと言っても納得できない様子。
渡辺先輩は風紀委員の仕事があるからと、先に校舎へ戻っているためこの場にはいない。
まさかとは思うが、真由美お姉ちゃん、このまま生徒会の仕事を放棄して帰る・・・・・なんてことにはならないよね?
真由美お姉ちゃんもそうだけど、エミも含めて何で僕の周りには心配性なひとが多いのだろうか?
中々帰してくれない真由美お姉ちゃんと足元がまだふらついている僕を見兼ねてなのか、僕の背後で溜息を付く声が聞こえた。
「大丈夫です会長。先導のことは俺達が責任を持って家まで送ります」
「分かりました。では司波達也君、アッくんのことお願いしますね」
達也君の言葉で真由美お姉ちゃんはやっと納得してくれたようだ。といっても、家に着いたらちゃんと連絡をいれることを条件に、だけど。
ほぅ、と息を吐くと、気が抜けたせいか再び足元がふらついた。倒れると思ったが、すぐ隣にいた達也君が咄嗟に支えてくれたお陰で校舎へと戻る真由美お姉ちゃんに何とか気付かれずにすんだ。
「・・・・・ありがとう、達也君」
「さっさと帰るぞ。歩けるか?」
「あ、うん。何とか」
答えながら見上げてみると、達也君が無表情で僕を見下ろしている。
真由美お姉ちゃんが校舎に戻って、友人達も心配そうに歩み寄って来た。
「アイチくん、荷物お持ちしますよ」
「ありがとう、柴田さん」
地面に落ちた僕の鞄を代わりに拾ってくれた柴田さんに感謝の言葉を述べる。
レオ君やエリカさんもすまなそうな顔で、こちらへと歩み寄ってくるのが見えた。
「レオ君、エリカさん・・・・・」
「あ、アイチ・・・・・その・・・・・」
「「さっきは、ゴメン(スマン)!!」」
ほぼ同時、いや、見事にシンクロして頭を下げてきて、僕は思わず驚いて目を丸くしてしまう。謝罪の言葉も息ピッタリで、謝った本人達さえ驚いて顔を合わせている。
「な、何よアンタ!真似しないでくれる!?」
「それはこっちのセリフだ!お前こそ、真似すんなよ!」
お互い気が合うのか、それとも性格が似ているためか、睨み合いから漫才のような言い争いへと発展するレオ君とエリカさん。
「プッ、フフフ・・・・・」
体は疲れているのに、二人のやり取りを見ていると何だか可笑しくて、頬が緩んで思わず僕は吹き出してしまった。
肩を震わせて笑う僕を見て、レオ君やエリカさんは言い争いを止めて僕の方へと視線を向ける。
そして、柴田さんや光井さん、深雪さんも僕の笑い声に攣られるように笑い声を上げる。
クールな達也君と北山さんだけは笑い声は上がらなかったものの、やれやれと肩を竦めながら苦笑をして僕らを見守っている。
トラブル続きの一日ではあったものの、最後にはこうして笑顔になれたことに感謝して、僕らは校門を潜って、帰路へとついた。
~オマケ~
もし、森崎がアイチに向かって魔法を発動していたら?
「うるさい!ただのウィードごときが僕達ブルームき口答えをするな!」
「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れていると言うんですか?」
「えっと、柴田さん・・・・・もうそれくらいにしといた方が・・・・・。森崎君も、相談事ならまた明日にしよう?ねっ?」
「先導君。ですが・・・・・」
「先導君!君は自分が何を言ってるのか分かってるのか!?そこにいるウィードに味方するとでも言うのではないだろうな!?」
「えっ、別にそう言うことを言ってるんじゃなくて・・・・・僕はただ、ケンカを止めたいだけであって」
「何よ、アイチ君。まさか、そこのブルームの肩を持つの?」
「ち、違うよ・・・・エリカさん!」
「アイチ!お前は俺たちの味方だよな?」
「レ、レオ君も・・・・・」
「先導君、君という奴は・・・・・!良いだろう、そこまでたかがウィードに肩を持つのならっ!」
森崎は懐から特化型CADを取り出して、あろう事かそれをアイチへと向ける。
「う、うえぇぇえええ!?ちょっ、森崎君!それはダメだよ!!」
「・・・・・どれだけ僕らが優れているか、知りたいのなら教えてやる」
「ハッ、面白ぇ!是非とも教えてもらおうじゃねえか!」
売り言葉に買い言葉、アイチを挟んで今にも暴発寸前のレオと森崎を止める者は誰もいない。
「レオ君、ここは冷静に・・・・・ケンカはダメだって!!」
CADを突きつけられながらも懸命に仲裁するアイチだったが、二人には最早アイチの姿すら目に映っていなかった。
「だったら教えてやる!」
「森崎君、ダメだって!!」
レオに向かって照準を合わせる森崎の前にアイチが両腕を広げて飛び出した。
「あ、アイチっ!?」
「・・・・・っ、間に合え!」
CADに掴み掛かろうとしていたレオは驚きの声を上げ、エリカは警棒のような物を振り抜いて駆け出す。
「お兄様!」
深雪の声が終わらぬ内に、達也は右腕を突き出した。
そして、森崎の魔法が発動せんとしたその瞬間、どこからか放たれたサイオンの弾丸によってはじき飛ばされた。
「ヒッ!」
CADをはじき飛ばされ、悲鳴を上げる森崎。誰がCADをはじき飛ばしたのか探ってみると、右手を突き出しながら一人の女子生徒が歩いてきた。
「自衛目的以外の魔法による対人攻撃は犯罪行為ですよ?」
声の主にして、CADを魔法ではじき飛ばしたのは生徒会長・七草真由美だった。
「七草生徒会長!?」
突然現れた真由美に森崎は顔面が蒼白となった。
アイチは真由美の姿を見て、目を丸くして驚いていた。
「ま、真由美お姉ちゃん・・・・・」
「アッくん。もう大丈夫よ。何も恐くないわ」
そう言ってニコッと、アイチに笑いかけると、真由美は森崎へと向き直る。
「あなたかしら?私の可愛いアッくんにCADを向けたのは」
「あ、えっと・・・・・その・・・・・」
ニコニコと顔は笑っているのに・・・・・何故だろう、目だけは全然笑っていない。
森崎は真由美の背後から怒り狂う般若のような影が見えた気がして、足がすくんで動くことができない。
それはアイチの後ろにいるエリカやレオも同様だった。
このまま声を出してしまったら、間違いなく矛先がこちらへと向いてしまうのは一目瞭然で、何故かアイチの後ろに隠れてしまう。
美月は真由美の体から溢れ出るサイオンの輝きを目にして、それが通常より多くて見ていられず顔を背ける。
「森崎君、だったかしら?この落し前、どうつけてくれるの?」
森崎に目の前の恐怖に言い返す力は残されていない。ガタガタと震えて、目には涙が浮かんでいる。
「あ~あ、真由美の奴・・・・・。ありゃあ、完全にキレてるな・・・・・」
一緒に来ていた風紀委員長の渡辺摩利は呆れた表情を浮かべている。
傍観に徹している摩利の側では、同じように司波兄妹が目の前で起きている事態を眺めていた。
「お兄様、あれは一体どういう状況なのでしょうか?」
「そうだな深雪。・・・・・あえていうなら、“障らぬアイチに祟り無し”とでも言っとこうか」
目の前の状況に説明を求めてくる妹に、兄は無表情で答えた。
不思議そうに首を傾げる深雪のさらに隣では、ガタガタと恐怖で震えるほのかを雫が優しく抱き留めていた。
「し・・雫、私、魔法使わなくて良かった・・・・・」
「うん、そうだね」
“障らぬアイチに祟り無し”
この件がきっかけで森崎は風紀委員の教員推薦枠から外されてしまい、それ以来真由美に逆らえず生徒会(主に真由美の)犬となった。エリカやレオ、それにほのかや雫もアイチを怪我させてはいけないと意識が働いてか、より一層アイチに対して過保護になった。
アイチをケンカに巻き込んだり、怪我させたりしてはならない。
なぜなら、彼には恐ろしいくらい彼を溺愛する姉がいるから。
その日、真由美のブラコン説が噂で一気に広がると同時に、第一高校に新たな教訓?が刻まれることとなった。