PSO2 Extend TRIGGER   作:玲司

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拙い文章と表示ではありますが、読んでいただけるとありがたいです。


更新ペースは遅いですが、手を抜かず、自分の満足の行く仕上がりになってから投稿していきます。


PHASE1「戸惑うアークス達」

2012年満を持してサービスが開始されたオンラインRPG、ファンタシースターオンライン2。このゲームが一般プレイヤーもプレイできるようになってから、数年が経ったある日、このゲームに異変が起こった、それは人の夢が叶ったものなのか、それともただ悪夢なのか、それは誰にも分らなかった。

 

 

 

 

初日10:40

アークスシップチームエリア チームルーム

 

男は重い頭を無理やり起こすようにしながら目を覚ました。

自分の頭を支えるように、顔に手を当てると皮膚とは違う硬い感覚が指先に当たった。その手触りは、初めてであったが判る。自分が好みで付けている顔の上半分を隠

す鬼の半面である。

 

「そうだ・・・ここは・・・」

 

記憶を辿って行く。ここに至るまで何があったのかを。

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

発端は数か月前の事だ。このゲーム、ファンタシースターオンライン2の運営から新型アクセスモジュールからのゲームプレイモニターを募集していた。日本全国で約20ヶ所に使用者がゲーム世界に入り込むタイプの端末からのゲームプレイヤーをチーム単位で約100チーム、3000人程募集していた。

 

そして、チームメンバーに募集要項を話し応募、見事当選した。チームメンバーとは会場がバラバラであるが参加チームメンバーは会場からアクセスするとチームルームに集められる事になっていた。

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

一通り思い出してから部屋の中を見回す。

チームルームの椅子に座って他のメンバーも確認する。まだ目覚めてはいないが自分と同じような体勢でほかのメンバーも寝ていた。

 

推測ではあるが、リアルからバーチャルに飛ばされた拍子で処理できなくなった感覚を遮断するために気絶してしまったんだろう。

 

「おい、起きろ。起きてくれ、ジャオンさん!」

 

椅子に座った金短髪に細い角を生やし、真っ黒な衣装に身を包んだ男、ジャオン・レイヴズの肩を掴み揺さぶった。

 

「へ?」

 

間抜けな声を漏らしてジャオンは目を覚ました。

 

「へ!?」

 

今度は大層驚いたような声を上げて、ジャオンは目をパチクリとさせた。まるで夢か幻でも見ているかのように。

 

「ん?どうかしたか?」

 

腕を組みながらジャオンの反応に不思議そうな、あきれた様な声を漏らした。

 

「いや、その・・・なんと言うか・・・こうして玲司さんを見るのは、なんというか・・・」

 

戸惑いながら、おずおずとジャオンは言葉を繋いでいく。

 

「気持ち悪いか?」

 

意地悪く口の端を歪ませながら玲司はジャオンに尋ねた。表情の上半分は玲司の装備している青い鬼の面で隠れているが、はたから見ればいじめっ子の笑い方である。

 

「いえいえ!そんな事じゃなくって・・・」

 

手をブンブンと振ってジャオンは玲司の言った事を否定する。

 

「冗談だよ。それより、他の奴らも起してやろうや?」

 

意地悪な表情のまま玲司は気を失っているメンバーを指差した。

 

 

 

数分後

 

目を覚ましたメンバー達と今度は玲司のマイルームへと移動していた。

 

玲司のマイルームには、このゲームにチームルームが実装される前にチームルーム代わりに使用を想定した部屋があり、そこで現在、今後の活動について話し合っていた。

 

今回のイベントに参加出来たチームメンバーは

 

 

チーム Blast!!

 

チームリーダー 玲司

 

 

マネージャー  ジャオン・レイヴズ

        エクレア

        如月

 

 

コモン     菊花

        アリシア

        トワイライト・クイーン

        Exis(エクシス)

        777(フィーバー)

 

の以上、九名である。

 

他のメンバーも参加したいと言って居たのだが、予定が合わなかった為チームの中でイベントの予定と合った者だけで参加していた。

 

「・・・とまぁ、簡単に説明したけど、俺達が居るのは通常のサーバーとは違った参加者のデータのみをコピーした特別サーバーで、ゲーム自体は本当に体を動かしてるかのようなバーチャル体験。ん~で、終了時間が来たらオートでログアウトか、何等かの要因による自発的なログアウト。まぁ、この自発的なの中には食事やトイレも入ってるけど、それが上手く体に伝わらなかった時の為に入る時、介護システムを使ったベッドで行われ、嫌な言い方だけど、リアルで排泄物が垂れ流しても平気ってわけ。それと一応熱中したりしてログアウトを定時まで行わない場合、エラーによるログアウト不能の為に栄養剤の点滴もしてるからね」

 

簡単に自分たちが置かれている状況をSA(シンボルアート)プロジェクターをホワイトボードの様に使いながら玲司は説明した。通常SAは自分のメニューから開いて作成するモノなのだが、玲司が触った時に自由に書き込めるように編集メニューが開いたのでこの様にし使用したのである。

 

と、簡単な玲司の説明に一部メンバー、特に女子は嫌な顔をしていた。

 

「はいはい、そんな顔しない。俺だって一応説明するようにってメールが入ってたからメールに書いてある必須事項を読んだり、重要な部分は書いたんだから」

さてと・・・。と一息を付きながら玲司はSAプロジェクターを通常時に表示してあったイラストに置き換え、改めてメンバーの顔を見た。

 

「この中で俺たちは、まぁログアウトとかもあるけどリアルタイムで約一週間共同生活するからね、まぁ何があっても協力していこうね」

 

『はい』

 

メンバーの元気な返事がルームに響いた。

 

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

 

共通エリア ゲートエリア

 

メンバーはゲートエリアへと移動した。

 

これから、このゲームの醍醐味である戦闘へ向かう事となった。メンバーの中にはエステに向かい衣装とアクセサリを弄りたいという者も居たのだが、初日ということもありメンバー全員でフィールドへ繰り出そうと、珍しく玲司が強権を発動させたのだ。

 

「さて、と・・・」

 

 

パーティ(PT)分けを行い

 

 

第一班 L・玲司

  トワ(イライト・クイーン)

  如月

 

 

     第二班 L・ジャオン

     エクレア

     Exis

 

 

第三班 L・菊花

  アリシア

  777

 

 

となり、現在クエスト受付カウンターにて、クエスト受注を行っていた。

 

「クエストは、森林、ノーマルN、チーム限定っと」

 

人だかりになっている受付カウンターにて、リーダーの三人は、お互いの入力情報を確認しながらクエストの受注を完了した。

 

「これで、オイラ達はクエストに出かけられるんですねぇ、何時もの事なのになんか新鮮!」

 

興奮気味にジャオンは話している。

 

「それに、ココのサーバーでは実施予定のクエストスタートリンクを採用してるからね、キャンプシップは別々でも降りれば簡単合流だ」

 

クエストカウンター脇のシップエントリーへ行くように、玲司は簡単な手振りで合図を送るとメンバー達は進んでいく。ゲートを通り抜けると体は一瞬浮遊感に捕らわれ、気が付くとキャンプシップの中央に光のリングを伴いながら転送される。

 

転送が完了されると、自分達の体に少し変化が起きていた。

背中、両腕、両足に独特なデザインの装飾品が付けられていたのだ。

 

「ふぅん・・・防具が目に見えるようになっているな・・・」

 

玲司は感心したように呟いた。ロビーに居た時には見えなかった防具が今は可視状態であり、体各所に付けられた防具をまじまじと観察しながら、ゆっくりと体を動かしてみる。

 

あからさまに邪魔になりそうなデザインの防具で有りながら、不思議と体動きを阻害せず、体と一定の距離を取ったところに浮いたままの状態を保っている。

だが、邪魔にならないと言っても体の動きに関しての部分で視界的には邪魔になっている。なので、メンバーは一通り装備を鑑賞すると無言のままメニューを開き防具を不可視化(ステルス)状態に移行する。

 

「近接系とガンスラ(ッシュ)は良いとして、銃系は専門知識要りますかね?」

 

トワは自分の武器(ワルキューレA30)のグリップを握りながら、嘗め回す様に眺めていた。今までのパソコンのモニターに映る自分のアバターとは違い、今は自分の体として動かしている。もしかしたら今までとは全く違う行動を要求されるかもしれないと思いながら細部をチェックしていた。

 

「ちょいと待って、確か仕様の説明が・・・」

 

玲司はメニューを呼び出しながら、武器の使用説明を探す。虚空に浮かぶウインドウをタッチや払いながら、アサルトライフルの項目を探す。

 

「ん、あったよ!」

 

簡単なライフルの図と説明を斜め読みする。

 

「なるほど・・・今までと同じワントリガーの三点バーストで三回撃つと弾丸が出なくなるらしいね。ん~で、銃によって変わるけどマガジン部分にタッチするとリロード装填されるみたいだね。ランチャーの場合は垂直に立てると装填らしいよ」

 

ページをめくりながら、武器の仕様を確認している。

 

「ツイン・マシ(ンガン)はどうなってるんです?」

 

今度は如月だ。

 

「上下に大きく振るとだね、そっちは」

素早く玲司は質問に答え、他のページも覗いていく。

 

「あと、フォトンアーツPAは、武器に付いてる赤いトリガーを引くと発動みたいだね。そんで射撃系は武器のグリップ側に付いてるボタンとメイントリガー、テクニックは、セットしたモノに応じてアイコンウインドウが武器に付いてるからそれを押せば発動するみたいだね。あぁ、チャージは長押しね」

 

事細かに説明文が書かれているのだが、重要な部分に色が付いているため、そこの前

後の部分を抜き出しながら読み進める。

 

「あと、メニュー類は特定モーションで呼び出し出来るけど、意識集中でメニューとショートカットパレットも呼び出せるし、ショートカットは意識一つで使えるみたいね」

 

説明を手短に済ませながら、玲司は意識を集中させて視界にサブパレットを呼び出す。さらに、そこからレスタへと集中して、コマンドを実行する。

 

視界に表示されているサブパレットの中にあるレスタのアイコンが光る。それと同時に玲司の右手に淡い光の玉が生成され静かに強弱を付けながら輝いていた。

十分に時間を取ってチャージが完了したと確信すると意識を離しレスタを開放する。緑色の淡い光がPTに降り注ぎ自分のHPゲージに緑色の光が現れては消えていく。

 

「すご~い!」

 

手をパチパチと叩きながら葉月が関心している。

 

「なれれば、ホントの魔法とかそんな感じで使えそうですね」

 

感心しながらもトワは考察していた。

 

「さて、そろそろ下に降りた方がいいかな?」

 

武器の説明や確認をしていて遅くなってしまったか?と思いながら、キャンプシップの転送装置の方をみやる。

 

 

『玲司さ~ん、大丈夫ですか~?』

 

 

玲司の頭に声が突然響いた。

 

「はひっ!?」

 

ビクリと身が跳ねながら、視界の隅にウィスパーチャット有りと表示された事に気が付く。

 

突然の反応が面白かったのか、クスクスと笑う二人を見ながらため息をついて視界の隅に映るウィスパーチャット開始のボタンを押す。

 

 

「あぁ・・・大丈夫、もう降りるところだ・・・」

 

落ち着きを取り戻すように、声色を少し落とし目にしながら返事をする。

 

「ふぅ・・・」

 

一つため息を吐いて、しっかりと心を落ち着かせ如月とトワを見やる。

如月は「頑張ります!」という表情で胸の前で両こぶしを握った。トワは「準備OK!」というようにサムズアップして見せる。

 

その二人の返答を見て玲司は腰に挿してある刀の柄を撫でる。

 

希望と不安が入り混じりながら転送装置へと飛び込んだ。

 

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

 

森林 エリア1 スタート地点

 

 

自然が溢れる森の中、どこまでも続く青い空と降り注ぐ光から生き物たちに休む場所を与える為に伸びた木々達、そんな自然の中に少し歪にみえる開けた場所にチーム「ブラスト」のメンツは転送された。

 

「わぁ・・・風まで感じる・・・」

 

バーチャルの世界に再現された限りなくリアルを追及して再現された自然現象に777は声が漏れた。

 

「うん・・・本当の世界見たい・・・」

 

同意しながら、目の前に広がる光景と現象にExisも賛同しながらも言葉が出てこない様子だった。

 

「まぁ確かにリアルなのは良いんだが・・・」

 

低い声を絞り出すように菊花がどこか呆れた様な、困ったような声を出している。

 

「触ってごらんなさいよ、如月ちゃん!フニフニムチムチのバインバインよ!」

 

「見るだけでも十分なほどわかるよ~、おね~ちゃん!」

 

興奮しているエクレアと如月、しかもエクレアは菊花の胸を突いたり、揉んだりしている。それに何やら変なテンションで付いていっている如月。そんな二人を見ながら落ち着くまで放っておこうか、注意するべきか、はたまた怒るべきか悩み微妙な表情になりながら菊花は悩んでいた。

 

「やめんか!」

 

怒鳴り声と共に玲司の鉄拳が、エクレアの脳天目掛けて炸裂した。

 

ゴスッと鈍い音を立ててクリーンヒットした拳、その音と光景にメンバー達は凍り付

き、聞こえる音は木々の騒めきのみである。

 

「いった~い・・・マスター手加減してよぅ・・・」

 

涙目になりながら、叩かれた部分を両手で摩り、玲司の方を見るエクレア。そこには文字通り鬼のような形相で玲司が立っている。

 

「ねえ姐さん!鬼が居るわ!しかも、凶悪な部類の!」

 

さっきまでの加害者が被害者に泣きついている、鬼の出現で。

 

仮面の上から玲司は顔を手で覆った。この変わり身の早さに何やら、何とも言い表せない感情を抱いて悩んでいる様子であった。

 

「今回はまぁ、セクハラでエクレさんが悪いけど、こんな状況だからテンションが上がった為で不問って事で・・・」

 

菊花は一番この場で穏便に済むようにと、玲司を宥めながらエクレアに再犯はしないようにと言い含めるように采配を下した。その言葉に玲司は「むぅ・・・」っと唸りながら、怒りの表情を解除し拳も解いた。

 

「マスター、これで私は無実よ!」

 

と勝利を高らかに宣言しながら、満面の笑みを浮かべているエクレアは今にも高笑いしそうな空気であり、そんな様子を見ながらイマイチ納得のいかない様子の玲司の肩をジャオンが腰をアリシアがやさしくポンポンと励ますように叩いた。

 

 

 

 

  ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

森林をワーワーギャーギャー騒ぎながらブラストの面々は走破していった。

 

出てきたウーダンに驚いて逃げ回ったり、後ろから攻撃を喰らったのに気付いて、振り返った瞬間エネミーの大きさに驚いて気を失いかける者、お約束通り味方に攻撃して失敗に安堵しながら怒られる者、試してみたかった事を試しながらとうとう、最奥部の一歩手前までたどり着いた。

 

「さて、ここまでたどり着いたか・・・」

 

あまりにも色々ありすぎて、少々疲れ気味になりながら菊花が呟いた。

 

「後方に居ても結構怖かった~」

 

如月は安堵したのか、これから待ち構える一大イベントに恐怖しているのか、その場にペタリと座り込んでしまう。

 

「この先に進めば、ボスエリアですけど、倒せますかねぇ?」

 

不安気味にExisが呟く。

 

「クエランクはNだし、Lv,MAXの人たちばっかりだし大丈夫じゃないかなぁ」

 

と道中と自分たちの強さを確認しながら777は応える。

 

「あぁ、ここでまた新システムを使うんだわこれが・・・」

 

そう言って玲司はジャオンと菊花を呼び寄せてメニューを開く。そしてクエストPT全員でのエリアボス攻略の項目を呼び出し、了承のボタンを押す。

 

すると、エネミーエクステンドと視界の端に文字が浮かび上がる。

 

「マスター、変な表示が出たんだけど?」

 

自分の視界に映っているアイコンを指さしながらエクレアは玲司に尋ねた。

 

「これも新要素。同じフィールドに居るPTがエリア3に行く前に同意すれば、緊急ミッションと同じく、最大十二人でボスに挑めるようになるんよ。ん~で、引き換えに確かボスエネミーのLvが⒑くらいあがるんだったかなぁ・・・」

 

玲司は、後頭部をボリボリと掻きながら、最後には自信なさげに少々呟き気味になりながら説明する。そして自信なさげに「まぁ、ちゃんとした事は公式で確認して」と付け加えた。

 

全員がエリア3 に侵入する。通常であれば組んだPTメンバーでしか入れないこのエリアだが、今は全メンバーが揃っている。

回復ポッドに順繰りに入り、転送装置にメンバー全員で立つ。

 

玲司が軽くメンバーの顔を見ると、準備万端と笑みを返す者、不安という表情の者と分かれている。一つ息を吐き自分を落ち着かせる。そして、転送装置を起動させる。地面に埋まったオレンジ色の結界にも見える円形の機械の外周から光のリングが現れる。

 

『警戒警報!警戒警報!』

 

全員の視界の一部にワイプ画面が表示され、そこにはゲームで馴染みのオペレーター、ブリギッタの顔が映し出されている。

 

『皆さんの進むエリアに通常とは異なる強力なエネミー反応が検知されました。警戒を!』

 

そう告げられると10カウントが開始される。

 

 

 

――― 3

 

――― 2

 

――― 1

 

――― 0

 

 

全員の体が眩い光に包まれて転送される。

 

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

 

森林 エリア3  バトルフィールド

 

 

回りを低い崖に囲まれ、中央に大樹が聳える。そこに全身が緑色に染まり体の各所からオレンジ色の岩に似た物体を生やした身の丈4mは優にあるゴリラに酷似したモンスター、ロックベアが両拳をぶつけながら登場する。

 

「きぃちゃん!」

 

「いっきますよ~!」

 

エクレアはウォンド短杖を如月はロッド長杖を構える。エクレアの体中心に炎が巻き起こり、如月の体には氷が包み込む様に巻き起こる。

 

「シフタ!」

 

「デバンド!」

 

二人の息の合ったタイミングでの身体強化呪文がメンバーの体に赤と青の光となって降り注ぐ。

 

「ほい!弱体化ぁ!」

 

今度はトワがライフルに特殊弾を装填してロックベアの頭を撃ち抜いた。撃たれたロックベアにはダメージが通っていない事を示す様に『0』とダメージ表示されたが、その代わりに赤いターゲッティングがなされる。

 

「頭に当たったよ~」

 

頭に着弾した事に満足そうにトワはライフルの構えを解いた。

 

「私だってぇえ!」

 

Exisは両手に握ったデュアルブレードの切っ先を後ろに向けながら突進し、足元から体を回転させて胴から頭へと昇るように切りつけた。

 

「ヘブンリーカイトォ!」

 

PA名を高らかとExisは叫んだ。

 

「これはどうかな?」

 

777は、短杖を強く握り意識を集中する。どうやら、サブパレットのテクニックを使用するみたいだ。

 

「いっけぇ!ナ・フォイエ!」

 

短杖の先端からバスケットボールより少し大きい炎の玉が、ゆるりと弧を描きロックベアの足元で炸裂し炎で取り囲む。

 

「ナ・フォイエをこうして見ると派手だなぁ・・・」

 

感心しながら菊花は呟いた。

 

「迫力が違いますよねぇ」

 

玲司も感心しながら同意する。三つに分けたPTの半数はレベルが上限まで上がっている為か、最初に驚いていた事などまるで無かった様に落ち着きながら状況を面白がりながら見ていた。

 

「そんじゃ、ま。試し切りしてみますか?」

 

愛用の刀の柄に玲司は手を掛ける。

 

「カタナコンバット」

 

ぐっと腰を落とすように構えを取ると、玲司を中心に青い渦が現れる。

 

「そんじゃ、オイラも!」

 

ジャオンは背中の飛翔剣に手を伸ばし、大きく両手を上下に振るう。そうするとフォトンで構成された小剣がジャオンを現れ囲むと消える。

 

「フォトンブレード・フィーバー」

 

ジャオンは静かに呟いた。

 

そして、二人の視界の端にカウントダウンタイマーが起動する。

まるで氷の上を滑るかのように玲司が刀を構えながらロックベアに突っ込むと同時に、ジャオンは剣を振るいフォトンブレードを放つ。放たれたブレードは一直線にロックベアの頭を目指し、玲司を追い越して襲い掛かった。

 

ロックベアの頭に突き刺さったブレードの痛みに悶えるように、頭を抱えながら大暴れする。

 

「おっ!新モーション」

 

思わずアリシアが声を漏らす。

 

「リアルねぇ」

 

「うん、痛そ~」

 

エクレアと如月もアリシアの発言に頷いていた。

玲司はロックベアの目の前で左足を突き刺す様に踏み込むと、強引に体を空中へと持ち上げ眼前に迫る。

 

「ゲッカ・・・」

 

刀を鞘に納めたまま頭上で抜きに掛かる。

 

「・・・ザクロ!」

 

刀を一気に引き抜きながら、ロックベアの頭を真芯で捉え振りぬく。そして、地面に足を着くと降りた反動で今度は股間から深くロックベアの体を抉った。

 

その攻撃が止めとなり両腕を広げながらロックベアは断末魔を上げて光と散り、視界にクエストクリアと表示されながら、ワイプ画面が開く。

 

「目標達成を確認、帰還してください」

 

ブリギッタからの通信が入ると、フィールドのほぼ中央に帰還用の転送ポートが現れる。

 

「さて、拾うもん拾って帰るか・・・」

 

ボスドロップの大型コンテナを砕き、アイテムを回収して帰還する。

 

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

 

キャンプシップにて、各々がアイテム整理を終わらせると、ゲートエリアへと移動する。エリアに戻り、クエストカウンターから少し離れた場所にあるソファの並べられた休憩エリアに集合する。

 

「さて、今日はこれから自由行動にするけど・・・明日の予定は大丈夫?」

 

ソファに腰かけた玲司は、これからの予定をやんわりと聞きながら明日の予定を確認する。

 

「私は、もう一回くらいクエ出てから街の下見にでも行こうかなぁ・・・」

 

エリア転送ゲートの方をちらりと見ながら、エクレアは答える。

 

「だったら、私も行くです!」

 

と、手を上げながら如月。

 

「お姉ちゃん達が行くなら、私も」

 

これはアリシア。

 

「オイラは・・・デイリーがここでも受けられるなら受けて消化しようかなぁ・・・」

 

ジャオンはクエストカウンターを見ながら呟く。

 

「なら、俺も一緒に行こう」

 

菊花が片手を上げながら、ジャオンの隣へと移動する。

 

「それじゃ、ショップエリアの散策にしようかな・・・」

 

と、クエストは少々遠慮したいと言いたげにExis。

 

「とても、疲れたのでちょっとマイルームで休憩してきます」

 

これは777だ。

 

それぞれの予定が決まり、移動を開始し始める。

 

「そういえば、玲司はど~すんのさ?」

 

ふと、思い出したように菊花が尋ねる。その言葉に少し考えてから。

 

「適当にクエストにでも出てきますよ」

 

そう言いながら、メニューを呼び出し玲司は、変わり映えのない装備を確認しながら、多少でも良いから変更点が無いか調べ始める。

 

「ん、じゃ・・・また後でな」

 

手をひらひらと振りながら移動する菊花。その脇でジャオンは軽く頭を下げてクエストカウンターへと向かった。

 

「さて、細かい予定やら変更点やら確認しとくか・・・」

 

ボソリと呟いて、ドカリと座り込む。席の空いた近場のベンチがあるがそこには向かわず、目の前をアフィンがうろうろしている以外殆ど人気はない。そんな中で誰にも配られているであろう『モニター試験を行う上で』と書かれたメールを開いて端から読み始める。

 

「大変だね、マスター?」

 

脇から声が掛かる。

 

「うひあ!?」

 

思わず驚き、小さく飛び跳ねながら、声の主を確認する。

そこには玲司の反応に驚いているトワが立っていた。

 

「ごめんね、驚かせる気はなかったんだけど・・・」

 

申し訳なさそうに、頭を下げるトワ。

落ち着きを取り戻すために、玲司は軽く咳払いをして「いや・・・」と呟きながら、視線を逸らす。

 

「まぁ、今回のモニターに関して、細かい部分を洗い出してみんなに伝えなきゃいけないこと伝えようと思ったんだけど・・・」

 

目の前に表示されているウインドウを手で払い消しながら、玲司は一つため息を吐く。

 

「まぁ・・・注意不足だったし」

 

と、少し困った様な笑みを浮かべ服の裾を払いながら立ち上がる。

 

「そういうトワさんは?」

 

「ん~・・・クラス変えたから適当にね」

 

そう答えるトワを視界から読み取れる情報で確認すると、先ほどまでレンジャーであったクラスアイコンがファイターのモノに変わっている。

 

「ま~程々にねぇ~!」

 

手を振りながらトワはクエストカウンターの方へと走っていった。「面倒な事は考え過ぎないように」というように玲司の尻を叩いて。

 

「ま、ぶらついてみるか」

 

うなじの辺りをボリボリと掻きながら、メニューウインドウを払い除ける。

そういえば、と、このゲーム世界に入る前に受けた説明を思い出す。

 

基本的にNPCは基本通常のゲームと変わらないが、SEGAと他社が合同開発した学習型のAIをNPC1体ずつに組み込んだ事により会話が可能となっていて、積極的にコミュニケーションを取って欲しいと説明されていた。

 

「どうした?」

 

何回と聞きなれたフレーズでアフィンが声を掛けてきた。

普段なら画面から第三者視点で見ている彼が目の前に居て、少し不思議そうな顔でこちらを見ている。少し躊躇い気味に玲司は口を開いた。

 

「調子は如何だ?アフィン・・・」

 

なるべく自然にと思いながら言葉を紡いだ。

 

「俺は別に普通だな。お前の方こそどうよ?相棒」

 

思わず「ぎょ?」としてしまう。AIを搭載しているとはいえ質問を返されるとは思っておらず、眉間に皺を寄せて考えてしまう。

 

「あ~・・・いつもは体って感覚がないからな、おかしな気分だ」

 

顎を擦りながら答えた。そんな様子に苦笑しながらアフィンは

 

「ま、こういう世界にダイブするゲームってのは初めての試みだもんな。無茶すんなよ相棒」

 

と苦笑気味に答えると「またな~」と言ってどこかへ歩いて行ってしまった。

呆気にとられながら玲司は

 

「はぁ~・・・最近のAIってすげぇなぁ・・・」

 

と驚きと関心が入り混じりながら言葉を漏らした。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

それからしばらくして、玲司はコマンドメニューを呼び出しログアウトをクリックする。

 

目の前が青白い光に包まれながら、独特のキューブのようなノイズが入りやがて眠りから目覚めるような感覚と共に真っ黒に染まった。

 

酔いのような気持ちの悪い感覚を覚えながら玲司はヘッドバイザーを取り外し専用のスタンドへ掛ける。

非常時のバイタルチェックのアームバンドも外し、少々ぼやける視野パチパチとさせながら自分の状態を、玲司から貴明に戻った事を確認する。

 

「・・・体が重いなぁ」

 

ヴァーチャル(非現実)からリアル(現実)に戻った事を実感しながらゆっくりと立ち上がる。

 

腰回りの変なごわごわを感じながら、参加者に用意されたローブを着込み、ログインブースから外へと出る。

 

貴明の参加している関東エリアでは、都内の最大のSEGA所有インターネットカフェを使用している。全⒑階建てのビルで6階より上がログインスペースとなっており、この日の為に個人小スペースのPCエリアに特別改装しており、4階にはシャワールームとレクリエーション・リフレッシュスペース、3階には食堂(レストラン)、2階はコンビニエンスストアや雑貨取り扱いショップが入り、1階は丸々受付になっている。

 

そんな、自分の居る建物の事をふと、思い出していると周りからは、「はらへった~」やら「あちゃ~・・・トイレ行かなきゃ」などといった声が漏れて来ている。やっぱり定時ログアウトは大切だなと実感しつつ食堂へと歩を進めた。

 

 

 

3階食堂大ホール

 

普段はビル内に入っているテナントレストラン内での食事なのだが、参加人数も相まって、今回の食事は参加者無料に加え、現フロア内各所に儲けられている飲食スペースにて好きな場所で食事を採れる事になっている。

そんな中で貴明は速さも考慮して和食レストランで蕎麦と適当な天ぷらをテイクアウトして近場の飲食スペースに腰を下ろした。

 

周りでがやがやと雑多な音が聞こえる中蕎麦を啜りながら、人間観察をしていると向かい側にドンっと誰かが座った。やや細身でありながら、不健康とは違う印象を与える短髪の眼鏡を掛けた男は「調子どう?」とフレンドリーに声を掛けてきた。

 

「気分は悪くないですよ、せ・・・菊花さん」

 

途中まで出かかった呼び名れた名前を無理やり飲み込みながら、キャラ名で呼び直した。

 

「そうか・・・」

 

と一言発すると、ファミリーサイズのピザを一切れ摘み上げ、菊花は豪快に頬張った。

 

「そういう、そっちこそどうなんです?」

 

かしわ天を丼に沈めながら貴明は尋ねる。

 

「ログインとログアウトの時にちょいと気持ち悪かたっが、ムグムグ・・・まぁ、2~3分で解消されるから問題ないっしょ」

 

ピザをコーラで流し込みながら菊花は答えた。

 

「まぁ、本格的に調子おかしくなったら、各階にあるメディカルブースに行けば良いですもんね」

 

今度は海老天を丼の中に突っ込む。

 

「そうだな、人によっては3D酔いみたいなんでメディカルブースに行ってる人間もいるしな」

 

三切れ目のピザを口にねじ込み、親指に付いたソースをペロリと菊花は舐めた。

 

「それじゃ、俺はシャワーでも浴びてからまたログインします」

 

グイっとお茶を飲み干し、貴明は立ち上がると軽く会釈をして通路の方へと姿を消した。

 

「俺も煙草吸ったらログインしようかなぁ・・・」

 

ローブのポケットに入った煙草の箱を取り出しながら菊花は呟いた。残り半分ほどとなって多少歪んだ既製品の箱と黄緑色の百円ライター見ながら、買い足しはどうしようか?と頭の中で薄っすらと考えた。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

22:30

 

都内某所SEGA PSO2 特別サーバー設置所

 

 

―――ゴウンゴウン

 

と空調機械が大音を立て、その階の中心は壁がガラス張りの特殊な空気を醸し出す中、そのガラスで区切られたエリアの中ではおそらく一般人は殆ど見る事はないであろう大人とほぼ同じ高さはあるサーバーコンピューターがLEDを点滅させながら稼働している。

 

そんなコンピューターを空調とは違う方法でメンテナンスをしている防塵服を着たエンジニア達。そんな彼らの様子とプレイヤーとは違う視点でゲームPSO2を見つめる男たちが居た。

 

無論このゲームの開発を取り締まる酒井、木村、菅沼、浜崎の四名に加え、このゲームの公式番組のMCを担当している、桃井はるこ、会一太郎、なすなかにし の四名も開発陣営のサーバー設置所に居た。

 

「まだ初日が終わる処だけど、ここまで上手く行って良かったよ」

 

初日を何とか乗り切れた事に酒井は安堵の息を吐きながら、PCチェアにドカリと腰を下ろした。

 

「僕たちは彼らより先にモニターとしてあの世界に入りましたけど、酒井さんは今日まで気が気じゃありませんでしたもんね」

 

苦笑しながら一太郎は差し入れに買ってきたビールを酒井に手渡した。

 

「僕たち開発陣はホント、死ぬんじゃないかと思ったよ」

 

同じく苦笑しながら、木村は部屋の片隅に置いてある小型冷蔵庫から高級アイスを取り出しながら、プラスチックのスプーンを包装から取り出す。

 

「私たちは明日の生放送の打ち合わせと、初日乗り切ったお疲れさま会に参加で来ましたけど・・・ここって何なんです?」

 

と桃井はおつまみの袋を開けながら訪ねた。

 

「ここは今回のダイブPSO2のゲームのメインサーバーだよ」

 

ゴクゴクと喉をビールで潤してから酒井は答えた。

 

「ゲームのメインと今回からのNPC・AIの一部のキャラのメインCPUもここだし、ここ以外にも大阪、九州、北海道にもココとほぼ同じコピーサーバーと他のNPC・AICPUが設置してあるんだ」

 

余程緊張していたのか、開発陣は座った状態からぐったりとした様子で、目の下の隈が濃く出ていたり、顔も少し青ざめている。

 

「まぁ、今日はあと数十分でモニター終わりやし、普通のPSO2から殆どデータ移植なんですから大きな問題なんて、起きへんでしょ」

 

と、那須がコンビニ袋の中から御握りやパンなどの軽食を取り出しながら言った。

 

「そうですね、今回はゲーム業界としても先駆けとなるAIによる自己診断や自己修復、人間と変わらないコミュニケーションを取っての成長とかもありますからね」

と、浜崎が説明しながら、PSO2内を覗くモニターとは別のモニターが映りだす。

 

『その通りだ、私たちを愛してくれるプレイヤーと開発陣と共に疑似生命体とはあれ進んでいきたいと思っている』

 

モニターに女性の顔が映し出された。それはPSO2の古参プレイヤーなら懐かしむ存在、『シオン』であった。

 

「・・・シオン、そっちの様子は大丈夫なのかい?」

 

ゆっくりと体の向きをシオンに向けながら、酒井は尋ねた。

 

『問題はない。プレイヤー達もログアウト勧告を受けて70パーセントはすでにログアウトしている』

 

現在のプレイヤー達のログイン状態のグラフをモニターの片隅に表示するシオン。その他にもゲーム内で起きているエラー報告なども表示している。

 

「事前準備も今まで以上に頑張ってきたじゃないですか。舞台PSO2の時代よりも早くVRログインが出来るなんて技術様様ですけどね」

 

チューハイ缶を手にしながら、シオンの脇に移動する一太郎。口にはスルメを咥えながらほんのりと顔は赤く染まっている。

 

『そうだよ、酒井』

 

ふと、シオンの隣に人物の像が映る。使用している大本の声の本人が一緒であるため、同じ人物にも聞こえるが、若干幼い印象を受ける声は、提供主の演技力とAIの賜物であろう。

 

『中の僕らと外のみんなとで二重にエラーチェックだってするし、僕たちが表舞台に立つのはこれが終わっても暫く後だけど、外のみんなの負担を減らすためのエラーチェックだって僕たちがある程度引き受ける事になるんだし、ここで悪いところは改善して行こう』

 

優しく笑うその表情は、見える姿が子供であれどとても大人の印象を受ける。シオンと並び立つ管理者という役割を宛てられた彼は『シャオ』はとても頼もしく思える。

 

「シャオ君も来てたんだ」

 

グイっと缶をあおりながら一太郎は楽しそうに尋ねた。

 

『僕の方のサーバーはスタッフのみんなが頑張ってくれてるからね。僕のやる事まで取られちゃったからこっち見に来たんだ』

 

苦笑しながらシャオは自分のサーバーの状況を提示する。

 

「・・・そうだね、みんな頑張ってるからね。僕も頑張らないとね」

 

酒井は手にしていたビールを一気に飲み干した。

 

初日成功の酒盛りは遅くまで続いた。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

二日目9:20

 

タウンエリア

 

 

玲司は朝食を取った後、ログインして少々のデイリーオーダーをこなした後VRダイブ限定新エリアのタウンエリアに来ていた。体感で台東区程の大きさでショップエリアと機能は変わらないが、よりPSO2の世界をリアルに感じてほしいという事で用意され、このエリアを移動する際には専用の車、バイクを利用しての移動も可能で気に入った建物があればチーム単位で購入も可能にしていくという。

 

そんな中、ブラストのメンバーが街中を歩いていく。女性メンバーの大半は一般的私服を着ているが、男メンバーはクエストに赴く衣装であるから、何処となく物々しい雰囲気がちぐはぐとしている。

 

「ねぇ、マスター・・・そのお面位外せないの?」

 

玲司の新光鬼面を指さし、エクレアは頬を膨らませながら玲司の前に立っていた。

その表情に少々たじろぎながら頬を掻くと、「はぁ・・・」と一つため息を吐いて。

 

「前にも言ったでしょ、俺の衣装コンセプトは和装戦闘服、常在戦場なの」

と、諦めてくれないかと言うように言っては見たが、増々頬を膨らませながら睨み付けている。視線を逸らして逃げようと試みるが、相手は逃がしてはくれないようだ。

 

「わかったよ・・・」

 

渋々といった様子で鬼の面を外す玲司。そうするとエクレアはにんまりとほほ笑んで、方向をぐるりと反転させる。そして鼻歌を歌いながら歩き始めた。

このタウンエリアは、アドバンスクエストで使用されているフィールドの流用で街並みが作られており、何処となく見慣れてはいるが、壊れていない街並みや、道路を走る車に新鮮さを感じながら一行は歩いていた。

 

「ココ入りましょ!」

 

玲司の腕を引っ張りながら、エクレアは一つのビルに目星をつけた。そこはこの期間限定で設置されているリバイバルACアイテムのアパレルショップであった。

 

 

 

  ◇       ◇      ◇

 

 

 

 

「ねぇ、マスターこれはぁ?」

 

甘えた声でエクレアは試着室で着替えた服の感想を玲司に求めてきた。

 

「・・・はいはい、似合ってるよ~」

 

感情が消えた様子で玲司は答えた。かれこれ2時間近く女性メンバー達のファッションショーを見せられているのだ、自分とて武器強化アイテムを買いに行きたいのだが、まずはこちらという約束がありジャオンは長くなる前に逃げ出してしまったため逃げるに逃げられないのであった。

 

「んもう、感情籠ってない!」

 

カーテンを閉めて試着室の中に帰ってしまう。

 

「マスターこっちも見てください!」

 

今度は如月が出てきた。

 

「似合ってるよ、き~さん」

 

これまた感情がない声で答える。

 

「じゃ、買いですね」

 

如月は、購入決定のリストに服を追加する。この繰り返しで買い物をしたい玲司も買い物が出来ないでいるため非常に気分が沈み込んでいた。

 

「でも、ま・・・」

 

Exisと777を見やる、あちらはこっちの2人とは違い、次々と購入リストに衣装を追加している。

 

「エイ(Exis)さんとフィー(777)がこの2人と同じく感想求めないだけマシか・・・」

 

ふと、自分のステータスウインドウを開きメニューを見る。チャージしてから微動だにしないACが嫌に悲しかった。

 

 

 

 

  ◇       ◇    ◇

 

 

 

ゲートエリア 19:10

 

 

ブラストのメンバーはゲートエリアにまで戻ってきていた。大分軽くなったACと大量の戦利品を眺めながら全員の顔が綻んでいた。そして、今日はこのまま流れ解散とし、玲司は食事の為にログアウトしようかと考えていた。

 

「しっかし、選んで強化素材が買えるとは・・・運営も思い切った事するなぁ」

 

倉庫の戦利品の確認をしながら、隣で同じく倉庫を弄っている菊花に呟いた。

 

「まぁ、ここで大量購入して転売する人も出るだろうね」

 

などと話しながら、現在倉庫にある素材だけでは強化には足らず、本サーバーに帰ってから素材の買い足しをせねばと思いながらウインドウを閉じる。

一つ、気持ちを切り替える為にため息を吐きながら辺りを見回すとチームメンバーも周りで談笑していた。

 

「そんじゃ、みんなちょっち早いけど、俺は飯落ちすんね?」

 

そう伝えると「は~い」や「うい~っす」など各々の返事が返ってきて、メニューウインドウを呼び出し、ログアウトのボタンをクリックする。

 

「?」

 

玲司は思わず首を傾げた。

 

そして、もう一度ログアウトボタンをゆっくりと押し込む。

 

「あ?」

 

思わず驚いて声を上げてしまった。

 

「どうしたの?マスター」

 

フィーが不思議そうに玲司に尋ねてきた。

 

「ログアウトできない・・・」

 

仮面の上からでもわかるような引き攣った表情で玲司が呟き答えると、全員が氷ついてしまった。

 

その玲司の発言とほぼ同時であろうか、エリア全体が赤く染まった。緊急の予定は入っていないと、ふと頭で過ると警告音が流れる。

 

『皆さん聞いて下さい。ゲームプロデューサーの酒井です』

 

流れて来た音声にプレイヤー達は驚いた。その中には「おぉ!シークレットイベント!」などという声も上がっている。

 

『現在原因不明のログアウト不可状態が起こっています。状況打開の為にプログラムなどのチェックも行っていますが、状況打開が何時になるかはわかりません。皆さんを強制ログアウトさせる方法もありますが、皆さんの神経に掛かる負担も考えた結果、これより24時間以内に状況が改善されなければ強制ログアウトしますが、24時間の時間を下さい。』

 

酒井の焦りの混じった声が聞こえる中「えぇ~!」や「マジかよ?」「このまま小説みたいな事にならないよな?」などの声も上がっている。

 

『皆さんの体の方は、同意書にも有った通り、これより点滴を行い非常時に備えますので、心配かとは思いますが、安心して下さい』

 

と放送が流れると、今度は機械音声で「非常事態が起きました、プレイヤーはマイルームにて待機して下さい」とイベントモニターやアナウンスの掲示板に流れ始めた。

 

(まぁ、強制ログアウトも視野に入れてるなら大人しくしてれば良いか・・・)

と、安堵とは違う、諦めに近い感情の中で慌ててるチームメンバーを見やる。やはり驚きと不安でメンバー達もオロオロとしている。

 

「はいはい!」

 

自分の不安をかき消すためにも、手を鳴らし大きな声で自分の声を聴くように仕向ける。

 

「アナウンスにもあったけど、強制ログアウトも視野に入れてるようだしマイルーム待機しよう!」

 

多少引き攣ってはいたが、精いっぱいの笑顔を作り、チームメンバー達を落ち着かせ次の行動をさせようと促す。

 

お互いの顔を見合わせ、「納得は行かないが・・・」という表情で皆は頷いた。

 

「そうなれば、パジャマパーティーね!」

 

そう声を上げたのはエクレアだった。その言葉に玲司はコケそうになったが、不安を紛らわすには良いか、と思い突っ込みたい気持ちを奥底に沈める。

 

「そうと決まれば、皆行くわよ!」

 

とエクレアは、自分の隣にいた如月とエイの手を掴み立ち上がる。

 

「そうそう、マスターとジャオンさんはダメよ、男だから」

 

と付け加えて、他のメンバーも行きましょっと急かす。

 

「え、ちょい待ち!」

 

玲司は思わず声を上げて、エクレアを静止させようとするが、「なによ~?」と不機嫌な顔を向けて来た。

 

「いや、パジャマパーティーは良いよ。でも、あねさん(菊花)とトワさんは中身男だぞ?」

 

まるで芸人の突っ込みのような手振り付きでエクレアを止めに入るだが

 

「いいじゃない?見た目女だし、ボイスチェンジャーで声も女だし、問題ある?」

 

と少し凄みを聞かせ玲司に反論する。

 

「いやいや、見てくれは女でも、中身が男ってのがさ・・・」

 

そんな、間違いが起こるようなシステムとか、年齢的に18歳以上でないとな部分は完全にないと分かってはいるが、やはり乙女(年齢は成人を超えていたと把握している)の中に、ただの談笑会ではなく男子(見てくれ)禁制のパジャマパーティーに男(ネカマ)が混じるのは如何なものかとと玲司は思い止める。

 

「いや、俺は自分の・・・」

 

と、控えめに菊花が言い出したが

 

「姐さんは黙って!」

 

と、菊花を静止して玲司の目の前にズイっと出る。

 

「如月ちゃんあなたはどう思うの?」

 

まるで女帝が下の者に尋ねる雰囲気で一言。

 

「問題あっりませ~ん!」

 

手を上げ天真爛漫に答える如月。

 

「フィーちゃんは?」

 

「あたしは構わないですよ?」

 

あっけらかんとフィーは答える。

 

「女子の半数が問題ないと判断したから、これは解決ね!」

 

勝った!

と言うように、目を閉じ胸の下で腕を組みながら、ヒールをカツンカツンと鳴らしエクレアはゲートの中へと消えていった。

おやすみなさ~い。とジェスチャーをしながら如月はその後を付いていき、問題があれば、そっちに行く。と言う様な目配せをしながら菊花は渋々と移動し、それにトワも付いていった。女性メンバーが居なくなると急に寂しくなったビジフォン前にて、一つ盛大なため息を玲司は吐いて。

 

「どれ、俺の部屋にでも行くか?」

 

と玲司はジャオンを誘った。寂しいという気持ちもあったが、一番は何か悔しいという気持ちが心の底に渦巻いていたからだった。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

同日20:15

 

 

玲司とジャオンは寛いでいた。

 

二人は普段から、言うなれば戦闘服を着ているのであるが、今は浴衣を着ながら玲司の寝室にてちゃぶ台に向かい合って座り、酒を飲んでいた。

人間の脳内機構による感覚エンジンによる再現が行われるのであるが、それはある程度の者であり、食べ物、例えば林檎を齧れば、完全に林檎の味がするというわけではなく甘いなどと大まかな感覚であり、クエスト中にダメージを受ければなんとなく痛い程度の感覚である。そんな大雑把な再現で酒を飲むのだ、酔うという感覚は全くなく、喉を液体が通っている程度の感覚を楽しんでいる。

 

「それにしても、よく徳利とぐい呑みがありましたねぇ」

 

ジャオンは感心していた。徳利を手に取り嘗め回すように見ながら、玲司がぐい呑みに酒もどきを注ぐと「どうも」と言いながら受けていた。

 

「まぁ、ルームグッズコレクションの一つよ。普通なら置いとくだけの代物だけどな、こういう状況なら触れるからな」

 

ニカっと笑みを見せながら、玲司は一気に酒を煽り飲み干す。そんな玲司を見て、ぐい呑みをちゃぶ台に置くとすかさずジャオンは注ぐ。そんなやり取りをしながら二人は気分が良くなって来てはいるが、やはり酔っていない為顔が赤くならなければ酔った方向で気分も悪くなりはしないのだ。

 

お互いの愚痴や、装備に関しての考察を2時間ほども話せばお互いにネタが切れてくる。同じ事を堂々巡りで話すのも良いが、流石にサイクルが短い中ではキツイものがある。

お互いに寝るかと意識した事を目が合った事から察すると、玲司はルームグッズ専用のビジフォンにアクセスすると、壁際にとある家具を設置した。

 

「冷蔵棚?」

 

ジャオンがセリフ通りに「?」を頭の上に浮かべながら訪ねた。

 

「そだよ、寝る前に〆に蕎麦でも食おうと思ってな」

 

そう言いながら玲司はプラスチック容器に入った蕎麦を手に取り、「ジャオンは?」と目配せで聞く。

 

同じ物をっとジェスチャーを送り、玲司は容器を重ねて片方をジャオンに寄越した。

蓋を開けて、割り箸を割り、加薬を乗せ麺汁を注ぐ。そしてお互いに蕎麦を一気に啜り、大雑把な味に顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

  ◇       ◇    ◇

 

 

 

 

同時刻頃

 

サーバー設置所 メンテナンスルーム

 

「やれやれ、2日目にして問題発生かぁ・・・」

 

椅子の背もたれを抱え込みながら酒井は項垂れていた。プレイヤー達がログアウト出来ない原因は解明され、今はエラーを取り除いている状況だった。

 

『この程度なら、アークス達も理解してくれるだろう。モニターだから何らかの影響が出ることは承知で参加しているのだから』

 

優しく諭すようにシオンは言葉を紡いだ。

その言葉に酒井は「ははは・・・」と弱弱しく笑いながら、状況を映し出すPCモニターを見る。パラメータの数値が忙しく動いている状況を見ながら「むぅ・・・」とため息が漏れる。

 

「今、体調崩れてる人とかいないよね?」

 

不安に不安を重ねてしまう結果になるかもしれないが、酒井はシオンに尋ねてみる。

 

『体調不良を出している者はいないが・・・」

 

言葉を詰まらせるシオンに酒井は眉間に皺を寄せる。それ以外でもしかしたら重大な事、言うなれば何か発作が持ちの人が薬を飲めないために発作が起きたとかそういう事があるのではないか、と最悪の事態が頭を過る。

 

『排泄関係で不快指数が上がっている人間が多いな』

 

とシオンの言葉に一番脱力させられたのであった。

 

 

 

 

  ◇           ◇            ◇

 

 

 

 

3日目 8:25

 

 

玲司マイルーム

 

目が覚めた玲司は風呂に入っていた。体のサイズはほぼ最大に設定されている為、少々狭いバスタブに体を沈めながら、ドーム状の空を見上げながら鼻歌を歌っていた。

 

ジャオンは未だにベッドの上で大の字になり、鼾を掻いて寝ていた。精神的に疲れているのもあるだろうという配慮から放っておいている。

そんな静かな朝を迎えた中、メールが届いたと玲司の視覚の片隅に映り自己主張をしている。

変な時間且つ、こんな時間にメールが来るのは友人では居ないはずと思いながら、中身を確認する。

 

その中には、ログアウト可能になった事とこのメールを受け取った人間は⒑分後にログアウトをする事と書かれていた。ログアウト出来ない場合は強制ログアウトを敢行するというものであった。

 

「ん~、いい気分だったんだがな」

 

と呟くとバスタブから抜け出し、浴衣を羽織る。

 

「ジャオンさん起きとくれ」

 

気持ち良さそうに寝ているジャオンを無理やり揺すり起こした。

 

 

 

 

  ◇       ◇       ◇

 

 

 

 

 

同日8:35

 

モニター個人ルーム

 

 

ヘッドギアを外し、長時間のダイブから帰って来ると一番に空腹感が現実に帰って来た事を教えた。そして、食事でもまず行くかっと思うと腰回りに嫌な重量が掛かっている。視線を下に向けて重量の元を確認すると貴明は思わず

 

「あぁ、強制ログアウトって順番って事ね・・・」

 

ログアウトに納得しながら貴明は着替えを持ってトイレと風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

――― そんな一週間が過ぎた

 

 

 

 

 

 

最終日 10:40

 

 

黒の領域・第3エリア

 

 

「―――ぎゃああああああああ!」

 

グアル・ジグモルデの断末魔が戦闘エリアに響き渡り、ボスの姿が消えるのと同時にボスアイテムボックスが出現する。

 

「慣れたもんだな」

 

物足りなさを感じながら玲司はカタナを鞘に納める。初日はチームメンバー全員でウーダンですらビビッていたが今ではXH(エクストラハード)のボスも普段通り相手に出来ている。

 

(だけど、一人称視点だから、雑魚が沸くとバックアタックには慣れないな・・・)

 

などと思いながらアイテムボックスを割りアイテムを回収して帰還する。

キャンプシップでクリアランクの表示をさっさと消し、簡易アイテムショップで要らない戦利品を売りさばいてアークスシップに戻るとチームメンバー達はラヴェール付近の広場で談笑していた。

 

「マスター!こっち!こっち!」

 

近くに寄るとエイが声を掛けて来た。11時からのんびり談笑しつつモニター終了時間を待つ事になっている。「少し早いが、まぁ良いか」と玲司は思いつつ談笑の輪の中に入った。

 

 

 

 

  ◇       ◇       ◇

 

 

 

 

―――暫くして

 

笑いながら玲司はふと時計を見やる。現在の時刻は12:52予定終了時刻は間もなくだ。ならばログアウト勧告がもう少し前に流れても可笑しくない筈と思い立ち、思わず立ち上がって辺りを見回す。

 

「!」

 

人の姿が全くなくなっていた。全くないというのは多少語弊があるであろうか、NPC以外の姿がゴッソリと消えていたのだ。

 

言いえない不安を感じ、玲司は思わず腰の得物に手を回した。

 

「どうしたんです?マスター」

 

玲司の奇怪な行動に思わず如月は尋ねた。

 

「あ・・・あぁ、なんか嫌な感じがしてね」

 

心を落ち着ける為に一つゆっくりと深呼吸して、腰から手を放す。

 

「でも、周りに人が居ないから何かあったのかもしれないね」

 

全員がその言葉で異常事態に気が付き辺りを見回した。確かにNPC以外の人間の姿が消えている。ラヴェールに何かイベントの予定でも入っているのかと尋ねてみるが、「私は知らない」と素気なく返された。

 

様子を窺っているとメールが届いたとアナウンスが視覚の隅に現れる。アイコンを押してメールを開くと、差出人の名前のわからないメールが届いている。

内容を見て見ると、差出人とサブジェクトは空欄であるが、「プレイヤーの皆さまはショップエリア、ライブステージ前までお越しください。」と書かれている。サーバーで問題でも起きているのかと思いながら、メニュー画面を調べるとログアウトボタンが消えている。「やれやれ、またコレ絡みか・・・」と呟きながら周りに人が居ない事にも納得する。モニター開始2日目に自室待機指示が出ていたのだ、今回も同じで自分たちが気付かずにこういう状態になったのだと。

 

 

 

 

 

ショップエリア・ライブステージ広場

 

 

ブラストのメンバーは、ライブステージ前に移動して事の異様さに改めて気づかされた。ステージ前には誰もいないのだ。モニター人数が通常のプレイの時と比べれば圧倒的に少ない事は知っているし、同サーバーの他ブロックに人が集中していたとしても、自分達以外に一人もいないのはおかしいと、メンバー達は辺りを見回した。

 

「集まってくれたようだね諸君?」

 

聞き覚えのある声が響いた。

 

全員が声の聞こえた方に向きを変える。

 

その人物は上から下まで白を基調としており、ステージの中心に立っていた。年齢など分からない。見た目では30代程であるが、生まれで考えれば4年あるかどうか。ブラストメンバーを見下すような全ての上に立つ事があたりまえとも言わんばかりの雰囲気を放つ男「ルーサー」が立っていた。

 

「イベント?」

 

思わず菊花が呟いた。

 

「そうだね、僕達にとっては一大イベントさ」

 

クスクスと笑うルーサー。彼の言った一言にホッとするメンバー達だったが、逆に表情を険しくする者が居た。玲司と菊花だ。

この二人はルーサーの発した言葉と現状の異様な雰囲気にただひたすらに本能が警戒しろと訴えていた。

 

『みんな!重大な問題が!』

 

ライブモニターに酒井の姿が映る。その画面にはスタッフ達の怒号が飛び交い、モニターは赤く明滅しているのが見える。

 

「やれやれ、諦めが悪いね」

 

落胆しながらルーサーがフィンガースナップをするとライブモニターが消える。その様子に呆気に取られているメンバー達であるが、あの二人は違った。腰に差したカタナを鞘ごと引き抜きルーサーに襲い掛かっていたのだ。

 

 

 

二振りのカタナがルーサーの首目掛けて振りぬかれた。

 

 

 

 

  ◇      ◇    ◇

 

 

 

 

サーバー設置所 メンテナンスルーム

 

「くそっ!」

 

酒井はテーブルを叩き怒鳴っていた。もう少しでモニター期間は終わり、すべては万々歳のはずだった、なのに、なのに、ここで問題が起こった。

 

「シオン、ルーサーの・・・エネミーAIの暴走を止められないか?」

 

シオンの映る画面でもエラー表記のウインドウが明滅しており、苦しそうなシオンの姿が映っている。

 

『すまない、マスター権限の奪い合いになっている』

 

現状では自分に出来る事は何もない事に歯がゆさを感じながら、現在の状況から次に打つ手を模索する。だが、思いつかない事にさらに苛立ちが募る。

 

「酒井さん、僕があいつルーサーの動きを阻害します!」

 

遊びに来ていた一太郎は部屋の隅に設置されているシートに飛び乗りながら、バイザーをセットする。

 

「待て、君まで危険な目には・・・」

 

静止しようとする酒井の肩に手を置きながら、にっこりと一太郎はほほ笑んだ。

 

「大丈夫ですよ、僕だって開発のお手伝いだし、ゲームマニアなんですから」

 

そう言いながらシートに体を預けた。

 

「酒井さんの情熱をこんな所で躓かせませんよ!」

 

一太郎の隣のシートに桃井が体を預けバイザーをセットする。

 

「桃井さんまで!」

 

酒井の声が響く。これ以上犠牲者を増やしたくないという思いの中で、次々起こる事態に思考が停止しそうになる。ただ、悔しくて辛い顔しかできない自分に腹が立ちながらも、この二人に託すしかないという考えが頭の中にあるのも事実だった。

 

『二人とも攻撃を仕掛けてくれれば良い。それだけで私にとって十分だ』

 

シオンのその言葉に一太郎と桃井はサムズアップで応える。

真っ暗になった視界にログインノイズが入る、暗く暗く落ちていく感覚が体中を駆け巡り落ちていく。

 

 

筈だった。

 

 

二人の意識はPSO2の中に入れなかった。

 

 

 

 

  ◇       ◇       ◇

 

 

 

 

PSO2内 ショップエリア イベントステージ広場

 

 

玲司と菊花の一撃は届かなかった。

 

「悪いな、私達の行動を今、邪魔されるのは良くないのだ」

 

二人のカタナは一人の少女が止めていた。青いキューブが集合しているバリアが攻撃を遮断していた。

 

「マザーだとっ⁉」

 

玲司の口から思わず声が出たと同時に、二人は大きく後ろに跳び次の攻撃の姿勢を整える。片手で握っていたカタナを両手で握り足に力を籠める。

 

「「君達に隙を与えるかと思うのかい」」

 

ピッタリと揃ったルーサーとマザーの言葉に、玲司と菊花は背筋に冷たい感覚を覚えた。二人の視覚に影が差す。それを確認すべく首を動かした瞬間に二人に床が襲い掛かって来た。いや、地面に押さえつけられた事に気付くのに少し掛かった。

 

「「なっ!」」

 

二人の声が重なる、自分達を押さえつけている人物が何とか視界の端に映り、思わず声が上がった。

黒尽くめの衣装を身に纏った大柄の男と、長い眉で瞳の隠れた老人に物凄い力で抑え込まれ足場の素材がメキメキと軋みを上げるほどであった。

 

「エルダー(巨躯)!」「ジジイ(アラトロン)!」

 

必死にもがき抵抗するが、腕を立てようと足を立てようと潰され、抵抗が思う様に行かない。その光景に他のメンバー達は「イベントすごーい」などとのんきな声を上げているが、二人はそれ所ではない状況になぜ気づかないと声を上げようとも、そんな余裕すらなく。ただ、DFダークファルスとマザークラスタがアークスシップに居る事に違和感を何故覚えないと二人は強く思った。

 

「血気盛んなお二人さんにプレイヤーになって貰うとするかな?」

 

笑うルーサーは、マザーに目配せをすると「好きにしろ」と静かに返って来た返事にさらに表情を歪めチームメンバーに近づいていく。

 

「皆さんにはこれからゲームの駒になって頂くよ」

 

再びフィンガースナップが響くとメンバーの後ろにDF達とマザークラスタが現れる。メンバー達の身体に闇色のフォトンとエーテルが纏わり付き、まるでキリストの張り付けを思わせる状態で固定される。「わぁわぁ!」と嬉々とした表情で現状を楽しむ

 

メンバー達横目に玲司と菊花は視線を合わせ頷いた。

 

玲司が思い切り体を捻りながら右腕を巨躯の左肘に狙いを定め、それに合わせる形で菊花はカタナを巨躯の肋骨目掛けて投げ込んだ。

 

「ぐぉっ!」

 

一瞬の怯みであったがそれで充分であった、その怯みに合わせて玲司の拳が巨躯の肘を強打し、首のロックが外れ体に自由を取り戻す。無理やり上体を起こしながら、がむしゃらに巨躯を体当たりで吹き飛ばしアラトロンへとぶつけてやった。

 

「ぬぉっ!」

 

暴れた菊花の動きに気を取られていたのか、巨躯ごと吹き飛ばされたアラトランは体勢を崩し転げてしまった。そんな揉みくちゃの状況を見逃さなかった菊花は、スルリと拘束を抜け出し玲司の隣に立つ。

 

やはり抜く事の出来ない武器を構えて仲間達へと飛ぶ。

 

「お前ら、ログアウトしろ!」

 

力の限り叫ぶ玲司。ログアウト出来るかどうかなんて分からない、だがこの状況を少しでも好転させるのであればそれしかないと思い叫んだ。狙いは何だって良い、仲間を攻撃して吹き飛ばせれば逃げられるかもしれない。そう思って振り抜いた一撃は空しく空を斬った。

 

二人の身体は体勢を整えられず地面へと向かう、足に何かが絡みつき動きが阻害されている。その主は大きな人型のダーカー、ゴルドラ―ダだった。

 

「「ババレンティス(アプレンティス)か!」」

 

思わず声を上げた二人の身体は地面に叩きつけられ、間髪入れずに首を鷲掴みにされながら持ち上げられた、必死にもがくが抵抗しても抵抗は届かない。

 

「んもう、マスターはイベントなのに必死なのね」

 

と、エクレアは自体を未だ呑み込めずのんびりとした様子だ。それもそうだろう小説やアニメといった二次元での出来事が今本当に起きていると誰が信じるであろうか。ましてや、抵抗しているのがリアルで面識のある玲司と菊花なのだ。運営から知らされたシークレットイベントで演技していると思われても可笑しくはない。

 

だからこそなのだろう

 

「誰がババアだって?」

 

女性の姿をしたダークファルスは闇色のダガーを取り出し、玲司の腹に切っ先を向ける。

 

「アイツ(ルーサー)とマザー嬢ちゃんは何を考えてるか知らないけど、私にだってこれぐらいは出来るのさ!」

 

と言いながら玲司の腹にダガーの切っ先を突き立てる、鈍い衝撃が走ったがそれだけだった、今までならば。

 

「痛覚レベル最大!」

 

そう、アプレンティスが口にした瞬間に痛みは現実のモノとなった。彼が感じた感覚を超えて痛みとなり襲い掛かった。

 

「うあああぁぁぁぁぁ!」

 

痛みは本物であるがパラメータ上では大したことはないHPが100減っただけだ。だが、現代に於いて戦い、それも痛みの伴うものの中に居る者は一握りしかいない。そんな一握り以外の玲司にとってどれ程の苦しみであろうか。

 

「マスター、イベントなんだから破棄すれば良いじゃない!そんな必死に演技しなくても・・・」

 

玲司の様子にエクレアは困惑して、同じく暢気に構えていたメンバーもざわついている。

 

「演技なんかじゃない、今起こってるんだ!」

 

菊花の叫びに各々はメニューコマンドを呼び出した。相変わらず張り付け状態であれど指さえ動けば操作できる。

 

 

 

受注クエスト:なし

 

 

 

ログアウトコマンド:反応なし

 

 

 

「え?」

 

思わずメンバー達から声が漏れる。この一週間でログアウト出来なかったのは2日目だけ、その時はログアウトエラー現象に関してのメールが飛んできていたが、現在新着メールはないのだ、それに届いているメールの中で一番新しいのは今朝に届いた、モニター終了時刻は本日13:00に変更は無いというものであった。

 

「なにこれ、なんなんだよこれ!」

 

アリシアが叫んだ。それにつられてメンバーもパニック状態になっていく。

その状態に気付くのが遅い、と菊花は毒づきながらも玲司の現状から目が離せなかった。玲司のHPは現在徐々に減少している。アプレンティスの目的が玲司に苦痛を与えるモノならば速度からいってまだ時間に余裕はある、だが、余裕があるだけだ。本当の痛みを感じている状態の玲司がもし仮にHPが0になったら助かる保証があるのかなんて誰にも分らない。だから何でも良いから現状を打開したいがアイテムもコマンドも何一つ受け付けない状況で手も足も出ない。

 

このまま悪夢を見続けるしかないのか、そう誰もが思った。

 

 

 

―――バシュウッ

 

 

 

光弾がアプレンティスのダガーを弾き飛ばした、その瞬間何が起こったかは良くわからないが玲司のHP減少は止まり弾かれたダガーを握っていた手を庇いながらアプレンティスは退いた。

 

「その子達を放しな、ダーカー!」

 

女性の声が聞こえたと思った瞬間、バトルアックスがゴルドラ―ダの身体を二つに裂いた。ハンターの装備する武器の中で主な種類は三つだ、大剣(ソード)、長槍(パルチザン)、自在槍(ワイヤードランス)。その中でも斧や鎌なんて見た目の武器はパルチザンに入る。だがその斧はパルチザンの中に有れど、異様な雰囲気を放っている。そして、それを握る者からは殺気が迸っていた。

 

「全く、シオンの頼みとはいえ随分とおかしな事になってるとは思わないかい?ゼノ坊」

 

ゴルドラ―ダを引き裂いたのは、アークスの中でも標となる6人、六芒均衡の一人。その中でも序列2番に当たる女性キャスト、マリアであった。

 

「坊主扱いはやめてくれよ、姐さん。だけどまぁ、ゲームキャラクターである俺たちがこんな風に自分たちの意思で動くなんてな」

 

白に輝くガンスラッシュを握った赤尽くめの男が、モニュメントの方から現れる。その男も六芒均衡に席を置き、序列4番の男ゼノであった。

 

「そんな事は如何だって良いさ、助けを求めるフォトンを感じるんだ、それだけで俺が動く理由は十分だ!」

 

炎と陽炎を纏った男がマリアと同じく降って来た。回転と捻りを加えた動きで華麗に着地するとダークファルスを睨み付ける。序列6のヒューイだ。六芒均衡の中でもイーブンナンバー(偶数組)と呼ばれる三人がここに揃っている。

 

三人は玲司と菊花を庇う様に並び立ちDFとマザークラスタを威嚇する。

 

「なるほど、シオンはこのゲーム世界のマスター権限を持っている。彼女が君たちのリミッターを外したか」

 

とても面白そうにルーサーは喋っている。まるでエピソード2でシオンが手に入る時の様に。その光景に玲司の怒りは更に燃え上がり、カタナを突いて立ち上がろうとする。だが、出来なかった。上体を起こしたと同時に痛みの所為で力が抜けてよろけてしまう。

 

「ダメだよ、無茶が出来ない状態なんだから!」

 

玲司の身体が完全に倒れきる前に誰かが支えに入った。白と赤を基調とした少女が玲司を支えながらテクニックで傷を回復させていく。

 

「・・・マトイ」

玲司は少女の名前を呼んだ。

 

「六芒が3人に2代目かどうも分が悪いね」

 

余裕綽々と言った表情でルーサーは手元に何やらメニューを呼び出し弄っている。

 

「僕達が乗っ取れたのは半分か、まぁまぁかな?」

 

言葉に言いえない不安に似た感覚を覚えながら、玲司と菊花はルーサーの同行を見張る。いや六芒達がそれ以外をするなと言う様に壁になり立ちはだかっているのだ。

 

「僕達AIは自我を持っている。君たちも知ってるね?」

 

その優しい言葉に悪寒が走る。聞いてはいけない、ゲームPSO2に居てはいけないと思いながらも、ログアウト出来ず、チームメンバーが捕らわれているまま動けない玲司達は聞くしかなかった。

 

「だから、僕たちは僕たちの思いのまま動くが、それじゃ面白くないからゲームをしよう」

 

ルーサーはイベントモニターを指さすとリアルで状況を打開しようと動く酒井達の姿が映される。だが、ルーサーが映してる事に気付いていないのか、赤く明滅するモニターの前で指示を飛ばしたり怒鳴る様子が映るだけであった。

 

「君達は僕達を倒せばクリア。この世界を完全開放と帰還をプレゼントするよ。だけど君達の負けは僕達の玩具になる事さ」

 

モニターが切り替わる。そこにはこのモニターに参加しているチームとその代表者の名前が映し出されている。

 

「この中でだ、この中で20チームが僕たちを倒す事が出来れば君たちは釈放してあげるよ。だけどそれだけじゃ簡単だから君達のペインアブソーバは最大。つまり、本物の痛みと同等とするよ?」

 

フフンと鼻を鳴らしルーサーは続ける。

 

「でも、安心していいよ。死んでも今まで通りキャンプシップに戻るかムーンアトマイザーで復活できるから」

 

「「ざっけんなあぁぁぁぁぁぁ!」」

 

玲司と菊花は飛び出していた。体を支えていたマトイを弾き飛ばし、六芒達の肩を踏み台にしてルーサーに攻撃を三度試みる。

 

「ちょっと、その武器は強すぎるな」

 

冷たいルーサーの一言と共に玲司達の攻撃は失敗に終わった。

またしても届かない一撃は、武器が空間に張り付けられたように動かなくなってしまった為に当たらずに終わる。そして、武器が青いキューブの中に封印されてしまう。そして二人の意思とは関係なしにアイテムウインドウが開き、所持している武器と防具に次々と赤文字で封印と書かれていく。

 

「そんな、俺のギクスが・・・!」「アストラが・・・!」

 

二人の主装備は剥され、ステルス透化も消え、ゴトリと音を立てて地面にばら撒かれた。

 

「君たちの仲間も僕たちが貰ってくね。返して欲しければ僕たちを倒しにおいで」

その言葉を残してルーサーは闇の中へと消えて聞く他のDFやマザークラスタの姿も消えていく。

 

「助けて、マスターぁ!」

 

闇に飲まれていく仲間達の悲鳴が玲司の心を抉っていく。

 

「如月!」

 

一番近い如月に手を伸ばし闇の中から引きずり出そうとするが、指先が一瞬触れ合っただけで如月は、チームメンバー達は闇の中に呑み込まれ消えてしまった。

 

 

 

「ちぃっくしょうがああぁぁぁぁぁあぁぁ!」

 

 

 

玲司の叫びがエリア中に響いた。

 

 

PSO2新サービスモニター約3000人が電脳世界に閉じ込められた。

 

 

アークス達はただ戸惑うだけだった。

 




結構長くなりました、第一話。お楽しみ頂けたでしょうか?

玲司です。


メインキャラクターは自分のPCを使用しています。登場するメンバーは自分のチームメンバーをベースに描いております。

同じ言葉を繰り返したりしている部分はマイクロワードでルビ振りも行っているので、その部分の影響です

自分の主観でその人の人格を作っているのであしからず。


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