PSO2 Extend TRIGGER   作:玲司

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お待たせしました(待っていないかもですが

第2話となります。意味が繰り返していたりする部分はワードでのルビ部分となりますので、見逃しなどがあるかもしれませんが、ご容赦の程を


PHASE2 「Gift」

 

 

―――ガバッ

 

 

暗い、暗い、闇の中に落ちそうになる感覚を覚えた男は思わず飛び起きた。どうき動悸は激しく体中汗を掻いて寒いくらいだった。辺りを見回すと白を基調としたシンプルな部屋で、自分が寝かされていたベッドの脇に大きな窓ガラスが設置されていた。其処に映る筋肉質の大柄な男が自分である事に気が付くまで少し掛かった。

 

「オレは俺のままか・・・」

 

何かに打ちひしがれる様に一言ポツリと呟くと、メニュー画面を呼び出す。コマンドメニューの中からフレンドリストを呼び出す。フレンドリストはオンライン、オフライン、そして、赤くENEMYと表記されているモノに変わっている。今まで表記されたことのない表示、恐る恐るENEMYと表示された中から一人の名前を選んでwisモードへと切り替える。

 

「・・・もしもし」

 

相手を呼びかける。だが反応は予想通り返っては来なかった。静寂が響く中、心の中には怒りが込み上げてきた。

 

「くそ!」

 

両膝を力の限り叩いた。帰って来る痛みは現実そのものであった。

 

「・・・・・・・」

 

静まり返り、自分の呼吸が少しうるさい位の中で思考が徐々に冴えていく事を感じる。ここに居ても仕方ない。そう、思えて来た。

 

「おや?起きていましたか・・・」

 

不意にドアが開かれ、一人の人物が入って来た。薄い色のサングラスに、俗にいう長いエルフ耳、ひょろりと身長の高い男性が入って来た。その視線はこちらを値踏みするように、こちらの様子を窺っている。その人物は六芒均衡の序列3で、現在情報部司令でもある、『カスラ』だった。

 

「なんか用事でもあるんですか?カスラさん」

 

あからさまに機嫌が悪いと言う口調で玲司はカスラに尋ねた。誰か来る前にベッドから抜け出し、色々と歩き回って情報でもと思考が少し落ち着いて考える隙間ができた所で面倒な相手が来たのだ。さっきまでとは別方向で不機嫌にもなる。

 

「そう邪険にしないで下さいよ。情報部として現状の正しい把握は義務なんですから」

 

やれやれ、といった様に大げさに首を振って見せるカスラ。そんな彼に少しの罪悪感を覚えたが、誰かの言って言っていた「性根が腐ってる」や「陰険眼鏡」の言葉が頭を過り罪悪感を覚えたこと自体に腹が立ってきた。

 

「ま、元気な様子で安心しましたよ」

 

本当に心配していたかは分からないが、こちらの感情をコロコロと転がされてすっかり怒気が削がれてしまった。いちいちコイツの口車で踊っていたら何も出来ない、と自分を落ち着かせようろ深呼吸を一つ吐く。だが、冷静に帰れた事でやはり自分の置かれている状況が非常に拙い事を実感させられる。

 

「さて、あなたも多少なりとも冷静になったところで現状をお話ししておきますか」

 

その言葉に玲司は固唾を飲む。

 

「あなた達、便宜上PL(プレイヤー)としましょう。現在モニターに参加していたPLは一部の人間を除いてDF(ダークファルス)とマザークラスタに拉致されました。そして、どのような状況に置かれているかは分かっていません」

 

淡々と伝えるカスラは眉一つ動かさず、手元に開いたウィンドウの中を読み上げている。

 

「そして、あなたが寝ている間にDF連からPLの解放条件の提示がありました。全員の解放条件はあなたも聞いているかもしれませんが、モニター参加チーム約190チームの内20チームがDF連を倒せば解放されるそうです。拉致したチームメンバーはDFとマザークラスタのメンバーが誰か身柄を預かってるから、倒せば返してもらえるらしいですよ」

 

「あぁ、そうかい・・・」

 

こういうキャラという事は分かっているが、表情一つ変えないカスラに嫌気がさす。正直な話他のチームの事などは知った事ではないが、自分の仲間を救えなかった事により相手側が動いてしまった事、自分の所為で巻き込んでしまった仲間が今危険な目にあってしまっているかもしれない事、考えれば切りがないがとにかく動き出さねばという気持ちが体を突き動かした。

 

ベッドから飛び出すと体の各所に装着していたプロテクターやアウターが外され、丁寧に靴まで脱がされている事に気が付いた。

 

(装着してたのは事代衣装なのに、こんなに細かく衣装設定されていたか?)

 

多少の疑問は今でも残っているが、そんな事を気にしている暇などない。今までこの衣装をメニューで選んで一瞬で変わっていたが、慣れた手つきで着込むと部屋の外へと向かう。傷はすっかり癒えて痛みなどない。どこに行けば良いかなど知った事か、とにかく前に進むと決めた。と自問をして歩き出す。

 

「まだ、色々と残ってるんですが?」

 

外に行く事は許さない。といった強い口調でカスラは一言玲司に投げかけた。

 

「悪いな、今は動かなくちゃいけない気がするんだ」

 

失った装備など気にも留めずに玲司は治療室から出て行った。

 

「やれやれ、強引に止めたら殺す気だったんですかね?」

 

ため息を吐きながら。カスラは消える玲司の背中を見送った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ショップエリア 15:20

 

 

ドームの空が映し出す映像は少し明かりを落としていた。自然の日光と変わらない演出をアークスシップ内でも行っている為、茜色に空が変わる一歩手前の中、玲司は、アイテム・ラボ裏に設置されているビジフォンを弄っていた。

 

勇んでフリー探索に出かけようとしたのだが、クエスト受付のレベッカに丸腰は危険と止められクエスト受注が出来なかった。そこで少し冷静に返った玲司は、少し恥ずかしさを感じて今、少し離れたココで倉庫を確認していたのだった。

 

「・・・拙いな」

 

倉庫の中を見て思わず玲司の声が漏れた。とにかく強い物を装備しようと倉庫を覗いた分けなのだが、殆どの装備が封印と記され、取り出し、手に取る事は出来ても装備できなくなっていた。いくら自分のレベルが高くとも今のボスエネミーを相手するには不安が有るため、しっかりと身を固めたかったのだがこうなってしまっては意味がない。

 

とにかく現状で強い装備で身を固めるしかなかった。

 

「心許無いが、現状の最強装備か・・・」

 

玲司は思わずため息を吐いてしまった。攻略組レベルではないが、それなりに一級品と呼ばれる最新装備をしていたのだが、そこから考えると大分レベルが落ちてしまう。だがこれが今の最上、感覚が麻痺していたのだ。と言い聞かせアイテムウインドウを開き装備を確認する。

 

 

 

 

武器

 

ラムダキャスティロン

 

カセントリハルカ

 

ラムダフォーヴ

 

 

防具

 

リア/クォーツウィング

 

アーム/クォーツハンズ

 

レッグ/クォーツテイル

 

 

 

全ての装備がレアリティ9以下でないと装備できなくなっており、以前使った事のある赤のカタナとヒエイ防具一式を使いたかったのだが、どうやらクラフトしてある装備も封印され、エクスキューブも封印されている。

 

「抜かりが無さ過ぎるだろ・・・」

 

別方向からの絶望も味わいながら、玲司は顔の下半分を揉むように撫でた。

 

治療室を出た時は良かったが、出鼻を挫かれて冷静になると不安になってくる。この世界から出るためにDFとマザークラスタを相手にしなければならない事、ペインアブソーバの関係で攻撃されてもまともに戦えるのか、もしこの世界で生活していくとなれば、現実にある自分の身体はどうなってしまうのか。不安が一気に襲い掛かってくる。

 

「・・・が、・・・・かはっ・・・」

 

胃の中のモノが逆流する。何度と嗚咽が玲司を襲うが、口からは何も出てこない。暫くして脱力感に襲われ、その場にへたり込んでしまう。カスラに啖呵を切って出てきてしまった以上、手ぶらでは帰れない。

 

まるで家出してバツが悪そうな子供の様にその場から動けなくなってしまい、悪い考えばかりが頭の中を堂々巡りしてしまう。

 

「んだてめぇ、目ぇ覚めたのか?」

 

安いチンピラの様な言葉が玲司に吐き捨てられた。人に絡んで来るようなガラの悪いプレイヤーでも居るのかと、憂さ晴らし相手にでもしてしまおうかと思い顔を上げる。

 

「なっ・・・お前は!」

 

思わず体が飛び跳ねて臨戦体勢を取る。勝てる勝てないなど関係ない。白短髪のオールバックに顔には入れ墨、背の高い灰色を基調とした男が獰猛な表情で立っていたのだ。

 

「・・・ゲッテムハルト」

 

玲司は男の名前を毀れる様に口にした。何故ここに居るかは分からない。だが、この男は巨躯に変わる男、敵側のスパイとして送り込まれたのだろうと。

ゆっくりとカタナの鍔に左の親指を掛け抜刀できる状態に変わる、思わず取ってしまった体勢とは違い相手からの強襲にも対応できる。

 

「ハッ・・・良いねぇ・・・」

 

獰猛な獣のような目つきで、ゲッテムハルトは腰に手を回した。

 

やはり、闘う意思がある。こちらの攻撃で武器が使えないのを分かった上で仕掛けてきている。だが、退くわけにはいかなかった。ここでもしかしたら得られないかもしれないが、仲間を救い出す情報を持っているかもしれないのだから。

 

「お二方とも戦闘態勢を解いて下さい」

 

横槍が入った。冷たいと言えば御幣があるが冷静であり、強い意志が籠ったような声が、二人の気を削いだのだ。

 

カタナに掛けた左手が緩みながら、玲司は声の主を見た。

 

そこには、やや大きめの帽子を被った女性がやや鋭い目つきで立っていた。その姿を見て玲司は完璧に気が削がれてしまった。やれやれと言う様に頭を振ると腰にカタナを戻し、両手を上げて見せる。そんな玲司の様子を見てもゲッテムハルトは戦う気があるようだ。ナックルを手に填めたまま玲司を睨んでいる。

 

「ゲッテムハルト様!」

 

再び女性が強く静止を呼びかけると、渋々と舌打ちをしてナックルを収めた。

 

「お身体は、もうよろしいのですか?玲司様」

 

ゲッテムハルトの前に出ながら女性は丁寧に話しかけてきた。その様子が余程気に入らないのかゲッテムハルトは、そっぽを向いて「フン!」鼻を鳴らしている。

 

「あ、あぁ・・・今は何とも・・・」

 

はて?と思いながら記憶を辿る。

 

「錯乱されていたとはいえ、ゲッテムハルト様が乱暴な真似を」

 

深々と頭を下げての対応に、ゲッテムハルトは思わず「メルランディア!」と名前を叫んでいる。

 

その言葉に玲司は、何があったのか思い出した。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

―――数時間前

 

 

「あいつ等をぶちのめす!」

 

頭から湯気が出そうな勢いで玲司はイベントステージを後にしようとしていた。目は血走り完全に頭が沸騰している。そんな玲司を菊花とゼノが抑えながら、マリアは呆れた目で見ている。マトイはオロオロと慌て、ヒューイに関しては「それもよかろう!」と何やら一人で納得して大笑いしていた。

 

「玲司落ち着け、一旦ここで冷静にならないと・・・」

 

「そうだぜ、お前さん達が頑張らないとだが、落ち着かないと足元すくわれるぞ」

 

菊花とゼノは、二人掛かりで玲司を取り押さえようとしてはいるが、体型の違いもあり、上手く取り押さえられない。菊花はマリアに取り押さえるのを手伝ってもらうかと思ったが、めんどくさがり屋のマリアの事だ、別方向で大変な事態になるかもしれないという考えが頭を過り口を噤んだ。

 

「退いてな」

 

低く唸るような声が菊花の耳に聞こえた。誰かと確認しようとした瞬間に、菊花の身体は突き飛ばされて尻もちを突いてしまった。痛みに尻を擦りながら玲司の方を見ると灰色の男にもたれ掛かっていた。

 

「やりすぎだぞ、ゲッテムハルト」

 

呆れ気味にゼノがゲッテムハルトに言った。

 

「ハッ!こういうのはこの手に限る」

 

獰猛な口調でゲッテムハルトが言う、重く鈍い衝撃が腹部に襲い掛かりながら、このセリフが、玲司の視界が黒に染まる中で聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ぬぁ!そういやお前が俺に腹パンを!」

 

玲司が再び腰に手を回そうとするが、メルランディアのキツイ視線を再び浴びせられ、釈然としないが渋々左手を下ろした。

 

「てか、なんでお前が居んだよ。巨躯に乗っ取られた筈じゃんか!」

攻撃する大義名分を今度こそ得た、という表情で腰のカタナに手を伸ばす。

 

「知るか!」

 

とゲッテムハルトは言い放ち、「面倒な事は考えるな」というような表情でこちらを睨み付ける。メルランディアが「お待ち下さい」と一言言うと軽く咳払いをして。

 

「ゲッテムハルト様は今回のモニターに関しまして、巨躯とは別キャラとして構築され、しっかりとAIが用意されているんですよ」

 

メルランディアの一言にいまいち納得は行かず、怪訝な顔を玲司は思わずしてしまうが、メルランディアが一緒に居る事と、ストーリーと同じでゲッテムハルトと巨躯が同一キャラとすれば、態々玲司を落ち着かせるような事をしなければ、メルランディアと共に止めに入りもしないだろう。と分析できる。

 

「はぁ・・・」と一つため息を吐いて、くるりと玲司はゲッテムハルト達に背を向ける。面に手を当て位置を調整し直す。チラリと見やるとメルランディアは心配そうな顔をしていたが、ゲッテムハルトはこちらを威嚇するような顔で睨んでいた。

 

「もういい、俺は出かける。今度は邪魔すんなよ」

 

そう言い残し玲司は転送ゲートの方へと消える。その背中を見送りながら、ゲッテムハルトは「めんどくせぇ」と一言吐き捨てるとステージエリアの方を見やる。DFとマザークラスタの居た時の事を思い出す。NPCとして生み出された自分達、PL達が居る事からイベントと思ったが、そうではなかった。あの時、自分の役割を無視しても割って入っていれば未来は変わったかもしれない。ゼノ達よりも早く駆けつけられた自分が。

 

「ゲッテムハルト様、私はあの方を助けに行きたいです」

 

メルランディアはゲートを見つめながら、ゲッテムハルトに告げた。

 

「・・・放っておけ」

 

歩き出すゲッテムハルトの背中を見ながら、メルランディアはただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

森林エリア1 16:20

 

 

日が傾きかけている中、玲司は走っていた。

 

襲い掛かってくる原生生物を切り伏せ、ひたすら奥へ奥へと向かっていた。切り伏せた原生生物達は、自分が知っている通りダメージを受けても血の一滴も流さず、HPが0になれば黒く変色し塵に変わっていった。

 

だが、リアルとかけ離れていても残していく断末魔が嫌に耳に残ってしまう。何匹斬ったかわからない。罪悪感は多少感じるが、心を押し潰すほどではない。

 

「くそっ・・・」

 

しかし、思う様に進めない事に苛立ちを感じていた。モニターテスト内ではこれ程手古摺りはしなかった。恐らく簡単に進ませないために何らかの調整がされているのだろう。仲間がどこに居るのか、どうすれば助けられるのか、そんな情報は一切なく、相手がこちらに何かしらのモーションを仕掛けて来るまで待つ事など出来ず思わず飛び出してきてしまったが、冷静に待つべきだと思う。が何の成果もなく戻っては、合わせる顔も何もなく戻るに戻れない。せめてココのボスだけはと思い、奥へ奥へと進んでいく。

 

攻撃を受け、傷が付く度に「レスタ」を唱えたり「モノメイト」を飲む。少しずつアイテムを消費し、すっかりと日が落ちた頃に穴の開いた岩壁を見つけた。森林のエリア移動のトンネルだ。「ゴクリ」と一つ固唾を飲むと、一度冷静になるために大きく深呼吸を2~3度行うが、如何にも落ち着かない。心臓が早鐘を打っている。腕に力が入ったまま抜けない。膝も笑ってきた。今更になって恐怖が襲ってくる。この先にはボスが居る。ルーサーの言う通りなら死にはしない。だが、玲司に纏わりつくアプレンティスから受けた痛みと、がむしゃらに走ってきた道中の雑魚とは違うボスという存在だ。

 

「・・・倒さなきゃ、帰れないんだ!」

 

洞窟を抜ける、岩で囲まれた小さな広場にメディカルポッドと特別転送用のテレパイプが設置されている。

ポッドの中央に立ち装置を起動させる。天井に付いているリングが、淡い光を放ちながら玲司の傷を癒していく。足元にリングが到着する頃には全身の傷は癒え、光を放っていたリングは光を失い沈黙する。

 

また、一つため息を吐く。自分を落ち着かせる為に。

 

ため息をゆっくりと吐き終わると、今度はテレパイプの中央に立ち装置を起動させる。マシンの縁と同じ大きさの光の輪が幾重にも現れ、「転送まで」と書かれたウインドウが開きカウントダウンを開始する。

普通ならばここでオペレーターからの通信が入るのだが、今回は現れない。これもシステムに入り込んだ奴らの影響でこうなっているのか。などと思いながらカウントの数字を見る。残りは『3』間もなく転送が開始される。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ショップエリア モニュメント広場

 

 

「だあぁぁもうっ!」

 

玲司が居なくなってから数十分。菊花は頭を掻き毟りながら、叫んでいた。

 

「こういう時に限って、通信エラーとか!」

 

フレンドリストの玲司の名前を何度もタップしながら、ウィスパーチャットを開始しようとしていたのだが、その度に「エラー」と表示されイライラとしていた。

目覚めた頃合いを見計らって見舞いに行ってみれば、陰険眼鏡が『彼ならどこか行きましたよ』と素知らぬ顔。「何か言ってなかったか?」と尋ねてみれば、『さぁ?』と半笑いで応える始末であった。

 

フレンドリストを確認すれば、クエスト受注中と表記がなされ、先の通りwisは届かず、クエストカウンターで尋ねてみても、受付からは、お答えできませんの一点張り。恐らくカスラが一枚噛んで居るのだろうと推測を立てながら、現在に至るのだ。

 

「早く伝えないといけないのに・・・」

 

手元に届いた2通のメール。頭に血が上ってきっと気付いていないであろう玲司に、早く伝えねばと焦りもイライラと共に募る。

 

「彼の居場所なら、教えよう。だが、少し待って欲しい」

 

焦る菊花の後ろから女性の声が響いた。声の主の方へ向き直ると、黒縁眼鏡に白衣を着た女性が立っていた。彼女の側には雰囲気の似た少年も立っていた。

 

「これから君たちが活動する上で重要な話なんだ、君が急いでるのも知ってる、だからこそなんだ」

 

少年の言葉は強さが籠っていた。思わず菊花は呆気に取られてしまう。

 

「あんた達・・・」

 

菊花が思わず声を漏らした。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

森林エリア 決戦フィールド

 

 

玲司は消耗していた。3匹の獣に襲われながら、回復する隙が少なくテクニックを唱える暇もなく、僅かな隙を突いて攻撃するも大したダメージを与えられず、夜間の為に狭まっている視界を補うために極限にまで気を張っている為、常に息苦しく行動が常に後手に回ってしまっている。

 

「・・・ったく、なんでこうなってんだよ!」

 

カタナの鍔を掛けた親指で遊ぶように弄りながら、少しでも気を落ち着かせようとする。

目の前には玲司の動きを見ながら、挑発するように拳を鳴らすロックベア。玲司の後方、左右に分かれて隙を伺う様にファング・バンシーとバンサーが牙を光らせ様子を窺っている。

今まで陥った事のない状況に追い詰められている。通常なら束になって掛かってこられてもあっという間に始末できる。だが、今はいつも通りの第三者で自由に周囲の状況も見られず、頼れる情報は視覚とそれに映るエリア情報のみだ。

 

「・・・どうする、状況は不利だぞ」

 

自身に問いかける。少しでも客観的に捉えて冷静に対処しようと心掛けているが、問いかけても答えが見つかる前に襲われて考える暇もない。今考えている間にも、後ろから聞こえる唸り声は距離を縮めて来ている。

 

「少しでも、情報を手に入れる方に切り替えるか・・・」

 

完全にカタナを納刀して、視線から武器交換スロットを操作する。武器を持ち替える、近接武器から遠距離武器、ラムダフォーヴに。Y字状の機械強弓、持ち替えと同時に展開された矢筒から一本、矢を取り出し番(つが)える。弦は引かずにセットしたまま後方を見やる、姿勢を低くしているのか唸り声が先ほどより、地面から響いている気がする。

 

「っ!」

 

地面を思い切り蹴って走り出す。

 

「ガゥッ!」「ガァッ!」

 

玲司の後ろから、短くまるで破裂音の様な二匹の低い鳴き声が聞こえたが、そんな事は如何だって良い。今は目の前に居るロックベアに意識を向ける。ロックベアは両腕を抱きしめるように振りながら、『ガパン、ガパン』と鳴らしながら玲司を待ち構えている。暗闇で正確な距離など分からない、薄っすらと見える輪郭と自分の耳が頼りだ。今にも前に倒れそうな程、前傾姿勢で一気に加速する。

 

玲司の突進に楽しそうにロックベアは顔を歪めた。左足を上げ、右腕を回転させる。大振りの必殺一撃を用意している。

 

(・・・だから、さぁ!)

 

呼吸を止めて、左足で思い切り地面を蹴り飛ばしながら弦を引き絞る。宙を踊る体には意識を一つもくれず、鏃に意識を集中させる。

 

「そこぉ!」

 

矢を放つ、目標はロックベアでも、バンサーでも、バンシーでもない、自分がさっきまで立っていた所に向かって矢を射る。

 

―――ヒュオ

 

と風を切る音が鳴り、矢は地面と激突する。矢が地面と接触した瞬間から炎と黒煙を巻き起こし、爆発する。

 

 

「ゴア!」

 

「グワッ!」

 

「ガガッ!」

 

3匹の獣は爆発に怯み隙が生まれた。

 

玲司はその隙に着地しさらにロックベアとの距離を詰める。

 

 

「!」

 

 

ロックベアは肉薄しようとしてる玲司に何とか、意識を戻しアッパーを繰り出す。だが、その一撃は空しく空を斬り、玲司は片手を突きながらロックベアの側をスライディングですり抜ける。すり抜けて後ろに回ると振り向き様に再び弓を構える。鏃にフォトンを集中させながら、もう一度同じ所に同じPAを放つ。

 

再び同じ位置で爆炎が起きる。

 

やはり設定上でも獣。炎に驚き3匹は身を固める。だが、そんな事は玲司に関係ない。矢筒から矢を3本指に番え、最初の一本を弓に番えた。弦を引き絞りながら、狙うのは獣達ではなく、その頭上星空に向かって矢を構える。瞳には星だけではない真っすぐと伸びる光の柱が映っている。

 

一本目、二本目、三本目、矢継ぎ早に放った三本の矢は、玲司を起点として放射状に分かれ、闇を切り裂いたかと思うと、幾本の矢の雨となって獣達に降り注いだ。

 

矢が風を切る音が幾つも重なったのが一瞬聞こえたかと思えば、獣達の叫び声が響く。獣達がどんな状態になっているかは良くは分からない、だが、耳を劈(つんざ)く様な鳴き声に、相当パニックを起こしているんだろうと想像がつく。

 

そのうちに巨木の後ろに身を隠し、装備を切り替える。バレットボウ強弓からデュアルブレード(飛翔剣)に切り換えようかと思ったが、ここは使い慣れたカタナの方が良いと思い、キャスティロンを腰に差し、アイテムを取り出せる太腿(ふともも)のポケットから、緑の円が3つ描かれているパウチパックを取り出し、中身を飲み干す。スポーツドリンクに似た味の液体を飲み干すと、やんわりと体が緑色に光る。

恐る恐ると獣達の様子を窺う、木に這う爬虫類の様にべったりと慎重に。

覗いた先ではまだ、ロックベアが暴れていた。ヤツの頭上は周りに生い茂った木々から全体的に離れているのか、夜空から毀れる光に照らされてスポットライトの様になっている。長い腕を振り回し地面を叩いて暴れている。

 

 

 

―――ズシン

 

―――ズシン

 

 

と重々しい衝突音が響いていたのだが、

 

 

―――シン

 

 

と音が止んだのだ。ロックベアは落ち着いたのか、行動を止めて肩を上下させている。

息遣いまでは聞こえない、大慌てしながら周りに当たり散らした事で落ち着いたのだろう。などと注意深く次にどんな行動をするか目を見張る。

 

 

「!」

 

 

玲司は目を疑った。ロックベアはこちらに顔を半分向けて笑っているのだ。大声を上げるようなものではなく、唇の端を上げて『ニタリ』と笑っている。悪役が罠に嵌った愚か者を見る様に。

 

 

―――ザザザザ

 

 

頭上の木の葉が鳴り出した。通常の葉鳴りとは違う、何者かに依って故意に起こされているものだ。気付いた瞬間に玲司は最悪の結果が浮かび上がる。

 

「くそがっ!」

 

玲司の口から思わず悪態が漏れる。バンサーとバンシーがフィールドの木々を渡って攻撃を仕掛けて来る事は知っているが、今までの戦いとかけ離れた今で、炎に驚く獣達がよもや玲司に対して罠を張っているとはだれが思おうか。まして、ロックベアが完全に囮として玲司の目を引き付けていたのだ。

 

即座に巨木に蹴りをかまし、反動で玲司は飛び退いた。

 

それと、ほぼ同時にバンサーが玲司が居た場所に目掛けて槍の様に降って来た。鋭い爪が、地面を抉り土と石のつぶて飛礫が弾け飛ぶ。設定されているエフェクトの為飛礫はすぐに虚空と存在を同化させ消える。

 

「なんだと!」

 

玲司は叫びを上げた。バンサーの攻撃の後にバンシーが降って来る事を予想して、安全を確保するために大きく距離を取るために、ステップを続けていたのに、玲司に爪が迫った。バンシーの爪が玲司に伸びていた。

 

玲司は上を気にしていたが、バンシーはバンサーの上に乗って旦那が着地すると、踏み台にして飛びかかって来たのだ。爪は玲司の胸に食い込み地面に叩きつける。

 

鈍い痛みが玲司の胸を叩く。

 

「がはっ!」

 

視界に赤い数字で300という数字が現れ玲司HPバーが減少する。痛みと驚きで玲司の動きが鈍った隙に玲司の両腕をバンシーの両前足が拘束する。そのまま玲司の顔を覗くように大きな瞳を近づけ、喉を鳴らしながら嗤っている。

 

身体が重く動けない、腕を少しでも動かそうものならば、簡単に体重を掛けて押し潰されてしまう。

バンサーがゆっくりと近づいてくる、抵抗できない玩具をどう弄り壊そうかと画策している様に見える。必死に足掻き逆転できないかと探す中、木からも離れ手首は自由に動こうとも砂は掴めず、視界にはロックベアも映ってはいない。

 

 

「動かないでください!」

 

 

突然声が響いた。

 

玲司自身もがくにもがけない状況で、動く方が無茶振りだと思う中、体に力を込めて硬直する。

 

 

―――ドォン

 

 

爆炎がバンシーの横っ腹に突き刺さった。その衝撃にバンシーは叫びにもならない咆哮を上げながら吹き飛ぶ。その光景にバンサーはバンシーの吹き飛んだ方向と逆へ瞬時にを向けると、顔面に爆炎が纏わり付き、転げまわる。

 

「大丈夫か?玲司!」

 

誰かが、玲司の身体を抱きかかえる様に拾い起す。

 

「菊花さん?」

 

鈍い痛みを感じながら、暗闇で何とか顔を認識出来るほどの距離で、誰が助けてくれたのかやっと理解をする。感謝を伝えようとする玲司を菊花は片手で静止すると、大声で叫んだ。

 

「フーリエ、照明弾上げぇ!」

 

その声にランチャーの装填音が響く。

 

「了解です!」

 

菊花の声に呼応し、フーリエはランチャーをほぼ垂直に構えた。

 

 

―――バシュ、バシュ、バシュウゥ

 

 

空に向かって打ち上げられた弾丸は、到達高度の最大付近で、弾けた。青白い閃光を放ち、決戦フィールドを明かりが包む。見覚えがあるフィールドがようやく全貌を見せる。アドバンスで何度とファング夫婦と戦ったフィールド、そこに今はロックベアもいる。この状態ならば、死角から攻撃されなければ負けはしない。自信を持って言える。

 

「菊花、正直言って異常だ!長くは保ちそうにないぞ!」

 

少し離れた場所で、オーザとロックベアが対峙していた。ロックベアの大振り攻撃を、オーザはひたすらに受けていた。パルチザン(長槍)の防御フィールドが攻撃により弾け飛び、攻撃に移る暇もなく防御を強要されていた。

 

「長く保ちそうにないな・・・。マールー回復を頼む」

 

いつの間にか、マールーが側にいた。「わかったわ」と一言冷たく答えると、ロッドに緑色の淡い光が集まる。マールーがテクニック(レスタ)を解放する。緑の光が辺り一面に広がり傷を癒していく。玲司の身体が3回輝きHPが完全回復する。

 

「菊花さん、ちょっと拙いですよ。ファングさん達殺気立っちゃってますよ、大変な感じに・・・」

 

ランチャーから3点バーストの榴弾を滝の様に発射しながら、フーリエはファング達を牽制し、近づけないようにしていた。

 

「わかってる!秘策はあるんだ」

 

アイテムパックを弄りながら、菊花は答えた。何かを設定するようにウインドウを弄りながら、玲司を見る。

 

「お前、『戦場のヴァルキュリア』は好きだったよな?」

 

突然の菊花からの質問に玲司の目は点に変わった。こんな危機的状況に関わらずゲーム?アニメ?の題名を出されて思考が止まる。

 

「好きだよな!」

 

強く菊花に聞かれた。確かにゲームはシリーズ全編プレイしたし、コミックもDVDも全巻揃えている。だが、何故この状況なのか、全くわからない。だが、この状況でななければならない何かが有るのだろう。っと頭の片隅に回答が過り、何とか頷いて答えた。

 

「よし、玲司お前に今からパルチを渡す。それを装備して戦え!」

 

その言葉に玲司の顔がさらに驚きで歪む。

 

「へ?」

 

玲司は思わず声を漏らした。

 

「良いか、掻い摘んで説明するが、武器を装備する条件が今の俺達からは無くなった。それと迷彩が原作の力を5分間だけ解放できる」

 

そう言われて頭の上に「?」を浮かべたままの玲司に無理やり武器を押し付ける。玲司と菊花の間にアイテム取引ウィンドウが開かれる。其処にはディオロンゴミニアドとヴァルキュリアの槍と2つのアイテムが映っている。

菊花に急かされるまま、アイテムの取引をし、武器パレットに武器を入れ迷彩を被せる。それを取り敢えず装備してみたが、玲司には何が何だかわからない。

 

「ぬおぉあぁ!」

 

オーザが吹き飛ばされてきた。痛みに呻く事しかできずまともに動く事が出来ないようだ。

 

「すまん、な。出来るだけ、時間は・・・作ったが・・・」

 

深手を負ったオーザの脇を抱え、菊花は撤退準備を整え、マールーは再びレスタを唱えるためにフォトンを集め始めた。

 

「ゴガガァァァ!」

 

ロックベアが体を丸めて飛び跳ね始めた。

 

「拙い!」

 

玲司の口から飛び出す言葉。ボディプレスが来る、回避運動を取れば、玲司のみならば易々と回避は出来るが、菊花達が間に合わない。「受けるしかない」玲司はそう思いシールドを構えた。

 

「ゴオォ!」

 

玲司は視線を塞いでいる盾を少しずらしてみた。普通なら、ボディプレスを仕掛けてきたロックベアは何が有ろうとも、うつ伏せで倒れてくる。だが、今は仰向けでロックベアが倒れている。

 

「・・・え?」

 

呆気に取られたが、時間が流れるに連れ冷静になっていく。視界に映る盾と槍は青白い光を纏い、玲司の髪は白銀に変化していた。この武器が出てくるゲームのヴァルキュリアとほぼ同じ状態に変化していた。

 

「玲司さん避けて!」

 

ファングバンシーがフーリエの牽制から抜け出し、飛び掛かって来ている。こちらも回避が出来ない、奥歯を噛み込み覚悟を決める。この武器を菊花が託したのだ、闘わなければ。玲司は盾を突き出した。

 

「ギャウゥン」

 

バンシーの身体は宙を舞い、転がりながら地面を2、3度跳ねる。玲司は軽く槍を振るった。普段は緑色の瞳が深紅に染まる。

 

 

玲司は完全にヴァルキュリアの力に覚醒した。

 

 

「・・・玲司」

 

目の前の状況に菊花は驚いていた。こうなる事は知っていたが、圧倒的な力が垣間見えた事に、言葉が出てこない。

 

「菊花さん、殲滅します」

 

冷たく言う玲司の言葉に、菊花はコクコクと頷いた。

腰を軽く落としてから玲司は跳躍する。その速度と到達高度はPSO2の設定領域を超えていた。

 

「・・・マジかよ」

 

菊花はただ、驚くしかできなかった。

 

巨木達の葉より少し低いくらいに跳びあがった玲司は槍を構える。螺旋状に溝の付いた槍の周りをエネルギーが竜巻の様に渦巻く。

 

「行け!」

 

玲司の掛け声と共に槍から光の榴弾が発射される。その攻撃はバンサーに目掛けて飛び、足元から爆風がバンサーとフーリエを吹き飛ばした。

 

「きゃあ!」

 

吹き飛ばされ、フーリエは尻もちを突いてしまった。「いたた・・・」と打った尻を擦っている目の前に玲司が着地する。急降下ともいえる速度で着地したにも関わらず、玲司は土煙一つ上げず、静かに着地する。

 

「フーリエ、菊花達に合流しろ。敵の殲滅は俺がする」

 

まるで睨み付ける様に見下ろす玲司。冷たい雰囲気の玲司にフーリエは悪寒を覚えた。

 

「・・・ですが」

 

立ち上がりつつ抗議しようとするフーリエ。

 

「頼む・・・」

 

玲司は、情けなくほほ笑んだ。その言葉にこたえる様にフーリエは、言葉を発する事無く菊花達の方へ走り出した。

 

「ありがとう」

 

玲司は小さく呟きながら、その背中を見送りながら敵の様子を確認する。

 

菊花達を中心として、0時の方向にバンサー、2時にバンシー、6時にロックベア。現状、戦える人数は自分を入れて4人。オーザも回復すればすぐに戦線に復帰出来るだろう。だが、

 

「あいつ等を殲滅するのは、俺の役目だからな」

 

槍と盾を強く握りしめる。視界の片隅に映る今まで見た事のないカウントダウンが始まっている。タイマーは4分10秒と表示されてる。

玲司は駆け出す。風を切る体は羽のように軽い。戦闘向きの身体が、さらに戦闘特化に能力がアップしているのが分かる。今ならどんな距離に敵が居ようとも近接戦に持ち込み勝利することが出来ると確信できる。ロックベアに向かって駆け出しながらも、足を細かく滑らせ体勢を変えながらバンシーとバンサーに牽制射撃を仕掛ける。足元に着弾する攻撃に怯む夫婦を見ながら玲司はさらに加速する。ロックベアまであと1秒も掛からない。その位置を過ぎる瞬間、光榴弾を足元に射撃する。直撃を態と外した榴弾が黒煙を巻き上げ視界を奪う。黒煙から逃げる様にロックベアは顔を顰めながら姿勢を低く身をくねらせる。その隙を逃さずロックベアの後方に回り込み右足を思い切り振りかぶる。

 

「行けよ、やあぁ!」

 

玲司は思い切りロックベアの尻を蹴り抜く。身体能力が強化されてるとはいえ、足が当たった瞬間に一気に重量が掛かる。だが、それを力でねじ伏せ強引にファング夫婦の方へと蹴り飛ばす。

 

「ガァ!」

 

痛みより驚きの方が強い印象を与えるロックベアの咆哮が響いた。

低く這う様に体を吹き飛ばされたロックベア。空中で体を止めようと地面に指を立てるが、止まらない。やっと止まったと思えば其処は、玲司が狙っていた位置だった。

そんな事は、ロックベアにとっては計り知らない事。怒りに身を任せ威嚇した時には玲司の姿は消えていた。

 

「もういっちょおっ!」

 

玲司の声が響く。ロックベアが声の方向へ顔を向け、その目に飛び込んできたのはファングバンサーの姿だった。だが、その光景は異様だった。横っ飛びしているのだ。玲司の姿、攻撃、それらから逃げたと言えば向きは普通だが、明らかに速度がおかしかった。

玲司が、ファングバンサーの脇腹に盾を突き立て突進していた。ファングバンサーを押し退け、ロックべアを巻き込み、ファングバンシーも伴って、大樹に激突した。

 

 

―――ズシィン

 

 

重々しい激突音が響き、葉がざわめく。ひらひらと幾枚かの木の葉が流れ落ちながら、獣達は衝撃とそれぞれの重さでぐったりとしていた。

強引な力押しで3匹を纏め込んだヴァルキュリアは腰を落とし槍を構えていた。握られている盾と槍はギュンギュンと音を、唸りを上げながら回転し、槍は竜巻のようなエネルギーを纏っている。風を孕み玲司を中心としたエネルギーの渦は台風の様である。

 

 

「全員伏せようか、ありゃ拙いわ・・・」

 

玲司の様子を見ながら菊花は言った。脳裏をよぎる映像はセルベリアが要塞を吹き飛ばすほどの爆発を起こした映像であった。

 

「一応デバンドでも掛けた方が良いかしら?」

 

ロッドを構えながらマールーは玲司の様子を見る。集まるエネルギーは時間が経過するとともに激しくなる。

 

「頼むわ、そこまで大変な被害はこっちには出ないと思うけど・・・一応ね」

 

その言葉にマールーは短く「わかったわ」と答えると防御呪文(デバンド)を展開する。青い光が菊花達を包み込み、防御フィールドが展開される。

 

 

「吹き飛べえぇ!」

 

 

玲司の言葉と共にエネルギーが解放される。槍が纏っていたエネルギーは、光の竜巻となって3匹の獣に襲い掛かる。光に飲み込まれた3匹の咆哮が響く。だが、それをかき消すほどの轟音が槍から響き掻き消していく。

ドーム状の光が収まると、玲司の姿は元に戻っていた。槍と盾はそのままであったが、光は失われ、玲司の髪は光る銀髪から、黒に近い青に戻り、赤く輝いていた瞳も今は緑色に戻っていた。

 

森林に吹く風が玲司の髪をサラサラと流していく。立ち尽くす玲司の先には赤いアイテムボックスが3つ並んでいる。そして、視界にクエストクリアの表記が映し出された。

 

「ふぅ・・・」

 

安堵の息を一つ吐く。

 

その様子を見ながらパーティの緊張が解けていく。

 

 

・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ってそんな場合じゃない!」

 

思わず菊花が大声を上げた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ゲートエリア 18:46

 

 

「っつ~ことは、今までのレベルはそのままに、チャレンジクラス状態に近い状態って事なんすか?」

 

倉庫アクセス用の端末から、倉庫の中身を弄りながら玲司は、菊花に尋ねた。

 

「そう、だけどメインとサブに選ばれなかったクラスは、PAのみしか使えず、そのPAもレベル1に限定されるって条件付きだけどね。それの補助も相まって武器迷彩を使えば24時間のチャージが必要だけど5分だけ原作と同じ能力を使える」

 

玲司の疑問に回答する菊花。こちらも倉庫を弄っている。

 

「そして、もう一つ・・・」

 

「ルーサーからのメール・・・」

 

重く玲司と菊花は呟いた。

内容は簡単なモノだ。仲間を返して欲しければ、指定した場所に指定した時間までに来い。来なければ、次の指定まで仲間は返さない上、ペナルティも枷す。というものであった。

 

迷っている時間は殆ど無かった。現在マザーシップに戻って来てはいるが、ろくな休憩も出来ず、もう出発しなければ相手が指定してきた時間に遅れてしまう程であった。

 

装備を整える為に倉庫を覗いていたが、装備しても現状以上のモノはやはり無く、同じ装備で挑む事になった。だが、武器迷彩で使用する武器の性能が大きく変わる事がやはり現状で一番戦闘に於いて有利に進める要因となるため、原作を知っている武器の迷彩をお互いに3つずつ持った。

 

「相棒、また出撃か?」

 

転送ゲートへと急ぐ2人を呼び止めたのは、金髪にやや低めの身長に、言うなればエルフ耳。今は持ってはいないが、ライフルを扱い明るい性格を持つ彼に初心者達はみんな世話になる。最初のフレンドパートナー、アフィンであった。普段はのんびりとした様子の彼ではあるが、玲司と菊花のただならぬ様子を察したのか眉に皺を寄せている。

 

「ちょっと急ぎの用事でな・・・」

 

足早に玲司は立ち去ろうとしたが、そんな玲司の肩を菊花が掴んだ。振り返ると菊花は、「都合が良い」と玲司に呟くとアフィンの前に立った。

 

「アフィン、俺達が置かれてる状況は知ってるよな?」

 

急いでいるから手短にというニュアンスを含んで言った菊花の言葉に、アフィンは黙って頷いた。

 

「俺達はルーサーから連絡を受けて、仲間を助けに行くんだ。罠でもな」

 

その言葉を聞いてアフィンは「俺も・・・」と言葉が口から洩れるとほぼ同時に、アフィンの後ろから声が掛けられた。

 

「何なら私も行ってあげようか?」

 

声の主は彼の姉で、アフィンより少し高い身長、メリハリのあるボディにメッシュを入れた様に毛先が紫色をしている髪の毛。そして、このゲーム中では珍しく冷たい印象を与えるユクリータであった。

 

「あんた達の状況は知ってる。帰れない辛さは私にはわかるからね、協力してあげるよ」

 

そう言いながらアフィンの前にズイっとユクリータが立つ。視線は鋭く、玲司と菊花を射抜く様に見ている。そんな彼女の前に菊花が立つ。

鋭い視線同士が交わり、一触即発と言った空気の中、玲司とアフィンは固唾を飲んで見守っている。

 

 

 

―――ガッ

 

 

 

無言のままお互いの拳を強く握り合う女性二人に、アフィンと玲司は安堵しながらもガクッと肩が下がった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

市街地 決戦フィールド 転送エリア PM19:10

 

 

破壊された街並みに固定されているフィールドを駆け抜け、玲司達は最後のエリアまで来ていた。

 

小さなドーム状のフィールドの中央に、決戦フィールドに向かうテレパイプが静かに浮かんでいる。

此処に至るまで破壊されたシップ内の市街地と指定された戦闘エリアを通って来た分けなのだが、破壊された建物や炎上する車などが転がってはいたが、ダーカー達との戦闘が一つも無かった事に言いえない不安を感じながら今に至るのだが。

 

「さて、移動するか・・・」

 

お互いの状態を確認し、各々の武器を確認する。玲司と菊花は持ってきた武器迷彩も確認している。

不備は無い。お互いの顔を見合い頷くと転送装置を起動する。『ピッ』という起動音が聞こえると全員が浮遊感を覚えるとともに体が透き通り別の場所へと転送される。

 

 

 

 

大きなドームの中へと転送された。競技に使われるであろうトラック競技の様なゴム製の地面はひび割れたり抉れたりしながら無惨な物へとなっており、スタンドとフィールドを区切るセパレータにも罅が入り、スタンド席は所々椅子が無くなっていた。そして、スタンド席より上に位置した部分にある円状の電光掲示板には『WARNING』と文字が流れている。

張りつめられた空気を感じながら、各々は自分の武器へとゆっくりと手を伸ばした。指先から伝わる固く冷たい武器の輪郭が少しではあるが心に余裕を与えてくれる。

 

 

 

――――パチ、パチ、パチ

 

 

 

乾いた音が空しく響いた。

 

それは、いつの間にか電光掲示板の前に姿を現した者が手を叩いている音であった。

 

「時間通りだね?いやはやこっちとしても助かるよ・・・」

 

虚空に浮かび、嘲笑うような態度でこちらを見ているのはメールの送り主、ルーサーに他ならなかった。

4人を見下ろしながら、ゆっくりと降りながらセパレータの上に腰を下ろすと、足を組み「ふぅん」と鼻を鳴らすと面白そうにこちらを値踏みしている。

 

「さぁ!ここまで来たんだ仲間を返してもらおうか!」

 

握ったカタナの鍔に指を掛けながら玲司は、柄頭でルーサーを指した。

返さないなら問答無用で切り捨てると言う様に、凄みを含んだ言葉で玲司はルーサーに睨みを利かせていた。

 

「大丈夫さ、心配しなくても返してあげるよ」

 

セパレータの上からルーサーが降りると、その手を前に突き出した。ルーサーの目の前の空間が歪み、その中からアークスが出てくる。ルーサーに抱き抱えられる形で現れたアークス。

 

「如月!」

 

玲司は出て来たアークスの名前を叫びながら、抜刀の構えを取った。

 

「慌てなさんな。このこ娘は無傷で返すよ」

 

焦るこちらを見ながら、ルーサーはニンマリと笑う。まるで獲物が罠に掛かる間抜けな様子を見る様に。

 

「コイツらを倒せたらね!」

 

 

―――パチン

 

 

フィンガースナップが響く。乾いた音は状況が状況ならばとても小気味良く聞こえただろう。だが、その音はこの場に居る、少なくとも玲司達にとっては不快な音であった。

 

 

―――ズズンッ

 

 

とても重たい物が地面へとぶつかる音が響いた。

 

玲司達を挟み込むように、赤と黒の物体が現れたのだ。その大きさたるや、4tトラック程はあろうかという程の大きさで、その体躯は蜘蛛に似ている。4本の足に2本の触腕、頭は完全に虫というよりは何処となく、その口に生えた牙から、爬虫類を足したようにも見える。

 

「ラグネとアグラニかっ!」

 

ラムダキャスティロンを右手で柄を握り、切羽を鞘から抜きながら玲司は構えを取った。

 

「作戦は?」

 

背中に差していたコートエッジを握り短く、怒鳴りに近い声で菊花は玲司に尋ねた。

 

「先輩はアフィンとアグラニを、ユクリータは俺とラグネだ」

 

玲司の言葉に慌ててアフィンはライフルを構えた。何処となくたどたどしい行動は、まるで素人の様でもある。だが、玲司と菊花は知っている、たとえ物語の表に立つ事が無くとも今まで辿って来た物語の中で隣で成長していた彼の実力を。

 

一方のユクリータは短く「アウロラ!」と名前を呼ぶ。その手に握られるのは2丁の白いマシンガン。彼女と共にある原初の若木(アプレンティス)が変じた武器を構える。

 

「行くわ、あぁああぁぁー!」

 

ユクリータが攻撃を開始しようと構えた瞬間、その体は宙に消えながら悲鳴が残った。

 

「なっ!?」

 

玲司達は消えていくユクリータの悲鳴を追うと、天井に白い巣が出来ていた。それは、張り巡らせた糸の巣というより結界の中心に陣取り、口から伸びる糸でユクリータを絡め取ったエネミー、エスカ・ラグナス。

 

「ユクリータ!」

 

「ユク姉!」

 

玲司とアフィンが叫ぶ。

 

「私はいい!そっちはそっちのを相手にしろ!」

 

天井の張り巡らされたフィールドに、体を拘束していた糸を振り解きながらユクリータは立った。張りのないトランポリンの様な不安定な足場を、作ったモノを睨み付けながら確認する。何とか動けはするが普通の地面と同じように瞬発力を活かした行動は難しいだろう。

 

『ユクちゃん、あぁは言ってたけど大丈夫なの?』

 

気に掛けたアウロラが声を掛けて来た。正直不安ではある。自分の事も下の事も、だが、目の前の敵に集中しなければと自分に言い聞かせる。

 

「気にしなくて良い。それより、集中しなさいアウロラ!勝てなくとも、負けるわけにはいかないのよ・・・私たちは!」

 

糸を強く蹴り駆け出すユクリータ。エスカ・ラグナスは轟を上げて迎える。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

地上でも戦闘が開始されていた。

 

アグラニと対峙する菊花とアフィンは前後衛に分かれて戦っている。コートエッジを前足に何度も叩きつけ破壊に掛かる。攻撃と防御を兼ね備えたPA、イグナイトパリングを叩きこむ。攻撃を当てヘイトを菊花が稼ぎながら、アフィンが死角になるように少しずつ移動する。

 

「よ~し、そのままぁ・・・」

 

レティクルを覗きながらアフィンは、アグラニの左後ろ足に狙いを定めていた。菊花が囮として動いているこの間に、装填したウィークバレットを撃ち込む手筈になっている。そして、狙い通りに事が運んでいる。

だが、想定外の事も起きている。アグラニが菊花を逃がすまいと右へ左へと激しくジグザグに動いていて狙いが思う様に定まらないのだ。中々に照準が定まらない中、グリップを握る手にじんわりと汗が滲む感覚が広がる。NPCである自分は、本来疲労や焦りなどとは無縁な存在だ。と言い聞かせながらも、これも自分を作った人達から人間とより良いコミュニケーションを採れる為に取ってくれたデザインの一つなんだと思うと、自然と心が落ち着いてくる。

 

「アフィン、まだ付かないか!」

 

菊花から催促の声が飛ぶ。

 

「動きすぎて狙えないんだ、相棒!」

 

レティクルから目を離さず、アフィンが告げる。その言葉に菊花は、強く短く息を吐いた。武器を握る手に力を込め、狙いを定める。

 

「これで、如何だ!」

 

片腕でグリップを握り、もう片方は刀身に手を当てて平打ちを触腕に叩きこむ。狙い通りならば触腕を弾き飛ばし、頭にキツイ一撃を叩きこむ予定だったが、ガッチリとガードされてしまった。だが、

 

「よっしゃ、相棒!」

 

左後ろ足に赤いターゲットマークが張り付いた。狙撃体勢を解いてアフィンはマガジンに振れる。PAを選択し攻撃へと転じる準備をする。

もう一度、レティクルをアフィンが覗いた時だった。アグラニの足から腹の下を流れる様に菊花は駆け抜ける。大剣を後ろに構え駆け抜ける姿に見覚えがある。ウィークマーカーの付いた足に、体当たりを入れてからの薙ぎ払い。強襲に使われるPAギルティブレイクだ。しかも一撃で足の外殻を破壊して、守られていた細い足をむき出しにしたのだ。

 

「アフィン!」

 

一瞬呆気に取られていたが、菊花の声で我に返ると足から、体勢を崩しむき出しになった背中の赤いコアに狙いを変える。

 

 

―――ズダダダダダダダダダッ

 

 

まるでサブマシンガンの様にアフィンのライフルが火を噴いたのだ。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

カタナを握り、攻撃をい往なしながら玲司は考えていた。同じエリアに居るとはいえ分断された状況で、火力が分散している中で3種類のラグネを倒せるか、悪い考えばかりが頭の中に浮かんでしまう。

 

「・・・懐が深い!」

 

触腕の繰り出す攻撃を受けながら、玲司は毒づいた。いつもならば意にも介さないレベルで攻撃を躱し、足に張り付いて外殻を剥す。定石パターンで攻撃するのだが、それはあくまで自分を外側から見ていた今までの事。モニター期間中にラグネと何度か戦ったがPTを組んで多対単の状況でだ。カタナでも多少距離のある攻撃はあるが、チャージ時間がある。グレンテッセンで回り込む方法もあるが、今の状況で自分勝手には動けない。だから、耐えるしかなかった。大きな隙が出来るまで、虎の子のスキルを温存して。

 

「グワアァァァァアァ!」

 

両触腕を上げて轟くラグネ。そのモーションは知っている。轟いたと同時に、視界からなるべく外さない様に辺りの地面に目を配る。パチパチと音を立てた赤黒い靄(もや)が周囲に現れる。

 

ひと際大きく轟くと、まるで火柱の様に赤い稲妻が地面から幾本も立ち上る。その瞬間を待ち望んだと言わんばかりに玲司は鞘を投げ捨てた。柄を両手で握り、霞の様に姿を消しながら前足の一本に張り付く。

乱打を叩き込む。刀が繰り出す攻撃が外殻に傷を付けていく。いかづち雷が激しさを増して立ち上り、玲司に目掛けて飛んでくる。

 

「なぁっ!?」

 

驚きの短い悲鳴を上げながら、玲司は雷に包まれる。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

天井に設けられた糸のフィールドで戦うユクリータは、苦戦を強いられていた。足場の素材は鋼鉄の如く頑丈で、戦っている途中で崩れる事は無さそうではあるが、丁寧に束ねられたワケではない足場は所々に穴が開いている。ラグネとアグラニ同様に足の外殻を破壊すれば。と、何度も攻撃を繰り返したが、どうにも上手く行かない。攻撃を繰り返してはいるものの慣れた攻撃モーションを取ると、どこかで足が空を踏み、そのリカバリーで攻撃の手が中断されてしまう。

 

「何とも厄介な相手ね・・・」

 

足場を見ながらユクリータは呟いた。足場の隙間から見える下の様子は互角に戦っている様に見えた。

 

『攻撃頻度が低いのがせめてもの救いよね?』

 

呆れる様に呟くのはアウロラであった。「うっさい」と短く発言を諫めながらもその通りだと思った。やはり、自分はAIが有れどNPCであり基本攻撃最大ダメージが低く設定されている。下で戦っているどちらかが来るまで待つしかないのか?と思いながらも攻略の糸口を探す。PAは一通り試した。大して効果的なモノは無かった。ここまで来たら、自分の中の情報にもある、最もダメージを出す方法を使うしかないと結論に至った。

 

「アウロラ、チェインを使うわよ」

 

それが、彼女の出した答えだった。

 

『ちょっと待ってユクちゃん!私達にはゲームシステムの干渉があるのよ、ダメージがちゃんと出るかわからないのに!』

 

その言葉に、ユクリータは顔を一瞬曇らせた。だが、決心は変わらないと言う様にアウロラを強く握りしめた。

 

「私達はアイツを倒す必要はないからそれで良いのかもしれない」

 

少し、低く落ちたような声色でユクリータは告げた。

 

「でもね、考える力があるのにシステムに従うだけじゃ機械と変わらないのよッ!」

 

ユクリータはチェイントリガーを発動させる。狙いを定めた胴体に青いターゲティングサイトとカウンターが現れ、視界に映るチェイントリガーのマーカーにはカウントダウンマーカーが現れる。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

外殻の一つを破壊し、コアにしこたま弾丸を撃ち込んだ菊花とアフィンは優勢であるように見えた。

 

ダウン状態から復活したアグラニは、身を大きく震わせていた。アフィンを睨み付けながら大きく触腕を振り上げる。それと同時に轟を上げると、赤黒い靄が辺りに発生し、間髪入れずに雷が立ち上る。

 

「うわあぁぁぁぁ!」

 

広範囲のランダム攻撃にアフィンは驚き、悲鳴を上げながら咄嗟に防御を固める。

 

「ちっ!」

 

舌打ちをしながら、菊花は大剣を破壊していない足の外殻に突き立てる。

 

 

―――カァン

 

 

大剣の切先は外殻に弾かれる。先ほどはギルティブレイクで簡単に壊せた外殻であったが、ウィークバレットが無ければ、こんなものか。と菊花は苛つき始める自分に嫌気が刺していた。

 

「なら、さぁ!」

 

左手を柄一杯に握り、右手をサイドグリップに充てて外殻に無理やり突き立てる。何とか切先が通り、外殻に刃の先端が埋まった事を確認すると上下にコートエッジを刺したまま振り、抉る様により奥へと突き立てる。

 

「もらうぞ!」

 

 

―――カチリ

 

 

グリップに付けられたPA発動用のトリガーを、菊花は引いた。

 

「サクリファイスバイト!」

 

大剣を通して、アグラニの闇色のフォトンが青い浄化されたフォトンに変化しながら、菊花の身体に流れ込み、その力を吸い込んだ事を証明するようにコートエッジのフォトン光が強く刃が大きく形成されている。

 

「もう一丁ぉぉぉぉぉおおぉぉ!」

 

刺さったままのコートエッジを力一杯ぶん殴る。通った刃の回りにしかなかった罅がまるで竹を穿つ様に上下に分かれ真っ二つに外殻が剥がれ落ちる。

 

「!!?」

 

ビクンと大きく脈打つとアグラニはまたダウンする。崩れ落ちた事を確認しながら菊花は、大剣を納刀しながらアグラニの背中を目指す。移動しながらアフィンの状態を確認する。視界に映るパラメータでは負傷している様子はないが、どうやらショック状態らしく、腰を抜かしたまま動く事が出来ない様であった。

 

「ちっ!」

 

思わず舌打ちが漏れた。一気にアグラニを打ち取り、他で戦う仲間の救援に行きたいが、肝心のアフィンが行動できないのでは、この行動で打ち取れるか不安になる。だが、チャンスである。アフィンは放って於くしかないと決め、背中を目指す。

 

「あいぼぉぉぉううううぅぅ!」

 

震える声でアフィンが叫んだ。アフィンの様子を見るより早くコアに赤いターゲットマークが張り付いた。コアまで後2、3歩というところでアフィンに一瞬だけ視線を移すと、手は震え、視界の焦点もまともに合ってない様に見える中、死にもの狂いの思いで当てた一撃なのだろう。だからこそ、だからこそだ。コートエッジを引き抜く手に力のありったけを込めた。

コートエッジを力の限りコアに突き刺す。切先が赤いコアの表面を砕き侵入する。

 

「オォーバァー・・・エェエェェッンド!」

 

フォトンの刃がダーク・アグラニを食い破った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

赤黒い雷に呑み込まれた玲司は、全身から煙を上げていた。「シュー」と水が蒸発するような音を上げながら、まるで自分を抱きしめる様に縮こまったまま固まっていた。

 

ラグネは自分の行った攻撃により、動かなくなった相手を見つめていた。自分の前足を破壊しようとした敵が動かない。死んだのか、それともただ動かないのか、わからないが取り敢えず自分が相手にしていた敵が、致命傷を負ったことに違いないと確信していた。

自分でもどうしてなのか分かりはしないが、雷が誘導した事がいい方向に働いたという事は分かる。取り敢えず状態の確認に足で小突いてみる。

 

「・・・・・・」

 

アークスは動かない。

 

今度は強めに蹴ってみる。

 

 

―――ドサリ

 

 

威力の関係で少し浮遊してから、地面に着地し、少々摺引いてから止まり動かない。

完全に倒したようであった。最後の確認にアークスを真正面に捉えて最後の攻撃をしようとゆっくりと近づく。やはり、全く動く気配はない。

 

触腕をゆっくりと振り上げる。足では相手を確認できない、ならば、鎌のようになった触腕で貫くのが一番確実な方法と思う。

 

 

―――ザンッ

 

 

振り上げた触腕を玲司の腹部に向けて一気に振り下ろす。

 

 

だが、其処に玲司の姿は無かった。

 

「やっと隙を見せたな」

 

何とか声を出したと言う様に、玲司は一言呟いた。ラグネの背中に、ブスブスと音と煙を上げたままの玲司が乗っていた。

今の玲司の視覚は半分近くが赤に染まり、耳元ではHPが警戒域に踏み込んでいると、ビープ音が鳴り響いている。

 

「ゴガァ!」

 

背中に張り付いた、害虫を振り下ろそうと、ラグネは体を激しく揺らすが、それはもう遅い。背中に乗った瞬間にコアにはロックオンを済ませ、今はカタナコンバトを起動している。たとえ振り下ろせても、コアに確実に攻撃を当てる事が出来る。

 

柄を両手でしっかりと握り、肩に担ぐように構える。

 

「真打だ、取っておけ!」

 

全力でカタナを振り下ろす。4連撃をコアに見舞う。威力の高い攻撃の一つ一つが必殺の1撃にも見えた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

コアに刺さったソードを引き抜きながら、菊花は静かに立っていた。力なく突っ伏したアグラニ。その体は光とは消えず場に残っている。息があるのでは?と思い攻撃を試みたがダメージ判定は出ていない。ルーサーがデータを改ざんなどして、バグとして残っているのか?と思いながらも、戦況を分析する。

 

自分のところはアグラニを撃破。手古摺りはしたが自分の負傷は軽度。アフィンも負傷は大した事はないが、彼を構成するAIの為かメンタルにダメージを受けている様子で座り込んだまま呼吸が荒く再び戦う状態に戻るには暫く掛かりそうであった。

玲司の方は何とかラグネを処理出来たようで、背中の縁に腰を下ろしていた。相当疲れているようだ、完璧に肩を落とし、1/3程まで減っているHPを回復する様子もなかった。だが、これで後はエスカラグネスのみとなったのだ。玲司もきっとすぐに回復して行動すると信じ、天井を仰ぐ。

 

「?」

 

はて、と小首を菊花は傾げた。何故かユクリータと見つめ合っている。目が合うこと自体は良い。だが、そうではない段々と近づいているのだ。

 

「退いて!」

 

姿勢制御出来ずに落ちてくるユクリータを菊花は受け止めた。

 

正面から抱き抱える様に受け止める、速度が無ければそのまま受け止めきれたであろうが速度を逃がす為に、ユクリータの体を大きく円を描く形で振って、1回2回と回転を経てお姫様抱っこの形で落ち着いた。

 

菊花はそのままの姿勢で天井を見ている。その勇ましい様な、凛々しい様な表情を下から見つめるユクリータは、思わず見惚れ言葉を失ってしまう。

 

「玲司!」

 

声を上げる菊花。

 

その鬼気迫る声に、弾かれる様に玲司は菊花を見やると、天井へと向けられた視線と同じ方を見る。ユクリータはその声に我を取り戻し、頬を確認するように両手を顔に当てようとした瞬間、大きく頭を振り、同じ方向を見る。その視線の先では変化が起きていた。

大きな糸の塊、いや、繭が出来上がっていたのだ。

その繭は、心音の様な鼓動を刻み、鳴らしながら、淡い青色に明滅していた。

 

「クソッが!」

 

ポケットの位置に手を当て、アイテムパックからトリメイトを取り出し一気に飲み干す。強く足を踏み込み跳躍するように一気に菊花の下まで移動する。

 

2体の死骸からなるべく離れ開けた位置に4人は固まる。アフィンは射撃体勢が何時でも取れるように、ライフルを握ってはいるが、その手は震え、ユクリータは、アウロラを装備したまま臨戦態勢を取っている。菊花は逆手にソードを握ったまま上を警戒し、玲司は切羽を抜いて同じく待機していた。

 

 

―――ビュル

 

 

繭から二筋の糸が伸びた。

 

その糸は、玲司と菊花達が倒したラグネとアグラニに絡みつき、その巨体を一瞬にして繭の中に引きずり込んだ。繭は赤と黒、青の三色を伴いながら激しく明滅し、鼓動はまるで心臓が破裂寸前の状態の様に激しさを増している。

 

 

―――ドクン

 

 

大きく、空気を揺るがすような鼓動が響くと明滅と鼓動は止まり、染み入る様に「ミチミチ」と内側からゆっくりと肉を引き裂くような音が聞こえてくる。

その音を聞きながら、各々の武器を握る手に力が籠る。

 

 

―――ブチィ

 

 

盛大に繭が破けた。

 

切れ目から覗く中は黒かったが、ずるりずるりと中身が滑り落ちて来る。まるで胎児か、いや、ビジュアルから死んだ蜘蛛の様に丸まった異形のダーカーが完全に滑り落ちる。その体全てが繭から落ちると、地面に激突する寸前で「ズズン」と低い音を立てて着地する。その光景はまるでダーク・ビブラスの登場を彷彿とさせる。

 

「ゴアァァァァァァッ!」

 

生まれたった喜びか、これから死ぬ者への嘲笑か、轟く異形のラグネの耳を劈く咆哮が空気を揺らし、その異形さを露わにしていく。

足は6本に増え、触腕はその太さを倍近くになりながら鎌が大きく刃が鋸状になっている。さらにボディパターンはどれとも当てはまらない、白と赤と黒が迷彩の様に混ざった斑模様がより一層不気味さを増し、闇色のフォトンとエーテルが混ざり合いながらラグネの装甲を発行させながら漂っている。

 

 

―――異様だ

 

 

その言葉を吐き出すより呑み込みながら、体から自然と力が抜けそうになる。腰から下に力が入らず崩れそうになる体を無理矢理に立った状態を維持する。

ガチガチと噛み合わない歯を噛み込み、無理やり止める。汗が噴き出す感覚を覚えながら、手の平にも滲む汗の感覚を覚えながら、武器を握り込む。

 

「玲司、訳の分かんねぇヤツだ!一気に決めてくれ!」

 

武器をしまい込み菊花は、アフィンとユクリータを抱きかかえ後方に飛ぶ。玲司は刀をより強く握り締めた。ミシミシと音を立てそうな程の変化を感じながらメニューウィンドウを開く。武器の装備画面から武器の迷彩を設定する。

 

刀で使用出来る迷彩の中で、原作でとても強い力を持った武器。青を基調としながら洗礼された金細工の装飾。その武器が登場する作品を知らぬ者でも名前を聞けば知っている程の有名な武器。

 

―――それは、勝利を約束された剣

 

「勝利を約束された剣(エクスカリバー)!」

 

鞘から引き抜かれたのは飾り気は無いが美しく輝くシンプルな剣だった。その剣を両手で握り、力を込める。感覚はあの時、ヴァルキュリアの槍を使った時の感覚をそのままこの剣で引き起こす。

 

 

 

剣の力に覚醒する。

 

 

 

筈だった

 

 

 

玲司を襲ったのは、拘束する糸であった。体を白い粘着質な糸で雁字搦(がんじがら)めにされ剣を握ったまま動けなくなる。

 

「なっ!?」

 

思わず驚きに声が上がる。体を拘束され、足も両踵がついた状態で自由が利かぬまま、ずるりずるりとラグネに引き寄せられる。抵抗しようにも動かない体で抵抗出来る筈もなく、無惨に引き寄せられている。

 

「玲司!どうした、剣の力を使え!」

 

菊花の声が遠くで響く。歯を食いしばり抵抗しながら、その力を行使しようとしても何も起こらない。そのまま引きずられる玲司はラグネまで7m・・・5m・・・と引きずられてしまう。

 

 

「無駄だよ」

 

 

とても静かに声が響いた。声の主は無論ルーサーである。彼はセンターの電光掲示板の上に腰を下ろし、まるで面白い何かを見るような表情でこちらを見ている。

 

一瞬気が緩んだ。

 

玲司の足は一瞬中に浮き、もう一度抵抗しようと爪先が地面に触れた瞬間に、また宙に体が浮いてしまった。

まるで、子供が紐に重りが付いた何かを玩具にしている様に、玲司を振り回し、どこかのロボットが振り回すハンマーの様に回転させ、円を描く。遠心力で、きつく、きつく、食い込む糸が玲司の肌色を紫に変えていく。

 

「玲司!」

 

菊花は叫んだ。横槍を入れて糸が切れるモノならば、玲司を解放する事は出来るだろう。だが、それにより玲司がどんな目に合うかは分からない上に、切れるかもわからない。菊花はチャンスを逃すまいと、見続けるしかなかった。

 

 

―――ズガァン

 

 

スタンド席の一角に玲司は放り込まれた。土埃を巻き上げ着地状況は見えない。

 

 

―――ズガガガガガガッ

 

 

だが、状態などお構いなしに、そのまま擦り引く。

 

スタンドの席が飛び散り、線の様に土埃を上げながら玲司のHPも削れていく。

菊花の視界の片隅に映る玲司のHPは30%を切った辺りで止まり、玲司は沈黙しているようであった。

玲司が瀕死になって気分よ良くしたのか、ラグネは糸を切り菊花達に向きを直す。

武器を構えたまま、にらみ合う。視線を外さないようにしながら、菊花は口を静かに開く。

 

「ルーサー、さっきの無駄ってどういう意味だ?」

 

赤を基調とした、板とジッポライターを合成したような、大剣の武器迷彩「ジャンクヤード・ドッグ」を構えながら菊花は尋ねた。正直に答えは期待していないが、ヤツの性格だ自慢するように口を滑らすと踏んで聞いてみる。

 

「フフ・・・素直に教えて下さいって言えないのかな?」

 

まるで、いじけた子供のいじけた質問でも受け取る様に、まるで自分は寛大ですよと言いたげに、ほほ笑んでいる。

玲司の状態を視界に映る情報から読み取るが、HPが先に見た通り30%以下から動いていない。MAPに映る玲司のポインターも動いていない事から、痛みの所為で気絶をしているようでもあった。

 

「まぁ、ゲームだからね。答えてあげるよ」

 

とても上機嫌である事がやはり、言葉の端からにじみ出て取れる。

 

「なぁに・・・簡単な事さ。君達が使える迷彩能力のクール時間を武器毎でなくて、君達自身、つまり君達はどんな迷彩の力を引き出そう24

時間で5分しか使えない様になったって事さ」

 

フフンと鼻を鳴らし、足を組み替えながらルーサーは面白そうに菊花を見ている。玲司が迷彩の力を使えないのを知っていて、ここで菊花も能力を使わざるを得ない状況を。ここで力を使えばこの後に何かこちらの不利になる事、容易に想像つくのは増援を送って来る事だろう。だが、今の菊花にはそんな事を考え次に備える余裕なんて無かった。

 

「アフィン!ユク!玲司の安全を確保しろっ、コイツは俺がぶちのめす!」

 

菊花の身体を炎が纏わりつくように渦巻く。まるで心境を現す様に激しくうねる炎に驚きながら、アフィンは「無理すんなよ」と言葉を残して一番近いセパレーターへユクリータと共に向かった。

 

「何をしようとも、余裕がないんだ。ならさ・・・ぶちかます!」

 

燃え上がる炎の中心で、菊花の姿は変化していく。

足から体に纏わり付くように上る影が、菊花を包んでいく。それは肌を、服を、翼を、角を菊花のすべての表面を覆い尽くす様に纏わり付き、キャストである彼女機械的な部分がなくなり、まるで漫画やアニメに登場する衣服を纏っていない悪魔の様な状態へと変貌し、覆い包むと炎は、その熱量だけを残し姿を消した。

菊花の瞳の端にカウントダウンタイマーが映り込む。タイマーが刻む残り時間は黄色い文字で5分、赤い明滅する文字で45秒であった。

 

「ゴシャアアァァァァァ!」

 

雄たけびを上げるラグネは、その触腕を振り上げると、赤と白渦巻く円盤を投げつける。弾速の早い赤と遅い白が混じり合いどちらかに気を取られれば直撃はせずとも体を引っ掛けてしまいそうである。

 

「ん~だ?もっと度肝抜けよ」

 

落胆したと吐き捨てると菊花の姿はラグネの視界から消えた。

 

「グランドォ・・・!」

 

菊花の声は聞こえる。何処から聞こえているかは分からないが、ラグネの本能が告げる。とてつもない一撃が来ると。だが、何処から来るかは分からないから身体を縮込めて防御態勢を取るしかなかった。

 

「ヴァイッパアアァァアァァァアァァァ!」

 

菊花の握る武器が唸りを上げながら炎を纏い、アッパーがラグネの胴体にクリーンヒットする。

 

「!!?」

 

ラグネには理解できなかった、何が起こったのかを。くの字に曲がる体とダメージを負う感覚に襲われながら、答えが見えた。

衝撃で浮遊する身体が見せたのは、自分に攻撃を行った者と、その者が描いた黒く焼け焦げた軌跡であった。ダメージを受けて吹き飛ばされたが、体勢を立て直し反撃を行う算段を頭の中で描く。現状の勢いならば外壁まで到達する。ならば、このまま飛ばされて外壁に張り付きながら移動して効果的な攻撃を探る。

そう決めた。

決めた時であった。

 

「バンディッド・・・」

 

声が聞こえた。

 

剣に炎が纏わり付きながら、拳を振りかぶった菊花が頭上に居たのだ。

 

「ブリンガァー!」

 

ストレートパンチが振り下ろされる。その一撃がラグネの頭部装甲を甲高い音を立てながら叩いた。拳に襲われた直後ラグネの身体を地面が飲み込みに掛かる。いや、叩きつけられた。

 

ダメージがデカい。下手に知能を与えられた所為で視界と思考が痛みで歪みながらも何とか立ち上がる。

龍人がこちらを見据えながら、空いた手で首元を抑えながらゴキゴキと鳴らしている。まるでこちらが復活するまでの暇を潰すかのように。

 

鋭い眼光が刺さる。

 

思わず飛び退きながら、体を拘束するように、龍人に糸を放つ。幾本も重なり、しなやかで強靭な糸が龍人に絡みつく。粘着する糸を放ったのだ、もがけばもがく程粘着質が糸と獲物の身体に纏わり付き自由を奪う糸を。

 

「あぁん?」

 

まるでガラの悪いチンピラの様な声を放った龍人。それは纏わり付く糸が邪魔だと言うニュアンスでそのままの意味だった。

纏わり付いた糸をただ体に着いた邪魔な汚れを払う様に、龍人の身体が小さな爆炎を巻き起こし糸を焼き払ったのだ。

糸を絡めて無効化されるにしても時間は稼げると踏んでいたのに、全く意味をなさない。更に強まる殺気に反射的に身を振るう。それはラグネの持つ強力な範囲攻撃だ。

 

青い煙と赤い煙がまるで地面を踊る様に湧き出る。パリパリと帯電しながら龍人を取り囲むと、光が一層強さを増し、中央へと流れ込む。

まるでスタングレネードでも投げ込んだように、目が眩むほどの光が溢れ稲妻特有の轟音が張力も奪う。

 

『勝った』

 

そう確信した。

 

決して外さなかった視界。今も外しては居ない。

 

痛みが胴を襲っていた。

 

痛みを感じたその時には、壁に張り付いていた。ただ足ではなく背中が。

 

背中がスタンド席を超え、掲示板の取り付けられた壁に貼り付けられている事に気が付いた時には痛みがラグネを襲っていた。体が動かず、自重で壁から剥がれた時、その目に映るのは炎を纏う龍人であった。

足元から湧き上がる炎は渦巻きながら轟々と音を上げている。

 

「もう、終わりだゲテモノ!」

 

振りかぶる拳に炎が集まる。避けなければと思うが体は動かない、何も出来ない。ただ受け入れるしかなかった。龍人の暴力を。

 

「タァイ・・・」

 

ストレートがラグネの身体に埋まる。炎を纏った拳が入った瞬間、ラグネの体中に熱量が体を駆け巡る。

 

「ラァン!」

 

今度はアッパーであった。拳を受けた部分から少しずれた位置に二撃目が見舞われる。体の表面を抉りながら振り上げられた拳、その拳が描く軌道が通る場所を起点とし八の字の様に体が仰け反る。

二撃を決めた龍人の纏う炎は更に力を強め唸りを上げる。その炎は勢いを増すというより凝縮されていく。まるで小さな太陽を作る様に輝きを増しながら、いつの間にか剣を握った両拳がラグネに向けられたまま。

 

「レエェイブッ!」

 

凝縮された炎が爆発する。炎の塊がラグネを襲った。

 

いや、弾き飛ばしたと言うのが適当ではあるが、起こったインパクトは、そんな表現をチープに思わせる。炎が弾けた瞬間、壁となりラグネに襲い掛かったのだ。轟と音立てながらもその炎はラグネを焼くどころか、巨大な質量を持ったハンマーの様に叩き潰したのだ。

今までの攻撃で弾き飛ばしたのとは比べ物にならない勢いで、再度壁に埋もれたラグネは、その姿を断末魔も上げる暇などなかった。

 

ラグネの押し型を残し光へと消えた。

 

「・・・・・・」

 

龍人は向きを直した。纏った影がまるで今まで張り付いていたのがウソと言う様にスルリスルリ剥がれ、纏った人間の本当の姿を露わになりながら。

 

菊花はルーサーを睨む。カウントはまだ3分以上残っている。

 

 

 

・・・パチ、パチ、パチ

 

 

 

とても寂しく拍手が鳴る。

 

だが、その音が出す寂しさとは逆に嬉々とした表情でルーサーが音を鳴らしている。

その目に映る菊花とアフィンとユクリータに支えられた玲司を見ながら。

 

「すばらしい」

 

一言ポツリと呟いた。

ここまでの事は予想通りに運んだ自分への自讃か、予想外の出来事に対しての喜びかは分からない。

だが、ルーサーの表情はこれ以上にない至福と言う様子であった。

 

「ルーサー」

 

ジャンクヤード・ドッグを構え菊花は、ルーサーを呼ぶ。その声には怒りが籠っているが、大声ではない。冷たい、今の菊花が纏う炎とは真逆の印象を与える冷たさが滲み出ている。

 

「やるなら相手になる。やらなくても殺す!」

 

菊花の言葉に、自分の表情に気が付いたのか平静を保つ様に顔を変える。

 

「そうだったね、君達が勝ったんだから・・・ご褒美を上げないとね」

 

 

 

―――パチン

 

 

 

フィンガースナップが響く。その音にルーサーの近くの空間が歪む。黒いフォトンが歪んだ空間から溢れ出る。

その現象にアフィンとユクリータを突き飛ばす様に、玲司は構えを取った。だが、柄に手を掛けた瞬間から膝が崩れ落ちる。

 

 

情けない

 

 

その言葉が玲司の胸を過りながらも、顔を上げる。

闇のフォトンの中から少女が現れる。その少女の姿を玲司と菊花は見間違えるはずがない。意識が無い様子で十字架に張り付けられたような体勢で現れたのは、如月であった。

 

「き~ちゃん!」

 

思わず声を上げ、持つ刀を杖にして玲司は立ち上がる。だが、それでも玲司は崩れてしまう。

 

「任せろ!」

 

身体に纏う炎が菊花の足元に集中しながら、菊花駆け出した。滑る様に地面を走る菊花は如月の真下程まで来ると、地面を蹴り飛び上がった。

 

「先輩っ!」

 

その光景にもどかしさを覚えながら玲司は叫んだ。

 

「もう少し、もう少しで如月に手が届く」

 

伸ばした手の先に見える如月の姿。自分と玲司が抵抗しても無意味と言われんばかりに連れていかれてしまった仲間。今目の前に居るのだ、今度こそ手を届かせる。

強く思う心、その心に浮かぶ思いは近づく程に強くなる。

 

「ご褒美を上げると言ったじゃないか」

 

まるで子供を諭すような穏やかさでルーサーは言った。

 

 

―――トサッ

 

 

菊花の身体に重量が掛かる。菊花の伸ばした手より先に、如月の身体が菊花の胸に落ちたのだ。

 

「!?」

 

菊花の纏っていた炎が消える。驚きのあまり菊花の纏っていた炎は掻き消えた。慌てながら菊花は如月の身体を抱いた。もう失いたくないと言う様に、きつく抱きしめながら菊花は落ちていく。体勢を整えらないまま地表に向かって。

 

「っぐぅぅ・・・!」

 

菊花の身体は痛みを感じなかった。「攻撃やトラップギミックの痛みしか感じないのか?」と思いながら恐る恐ると目を開けると、地表にぶつかったにしては視線が高かった。

 

「無事・・・ですよね?」

 

声が聞こえた。その声の主へと視線を向けると玲司の顔が見えた。

どうやら、落ちて激突するより早く玲司が菊花の身体を受け止めクッションになっていたらしい。玲司のみぞおち水下に菊花の肘が埋もれていた。

 

慌てて玲司から離れると如月の様子を確認する。まだ目覚めてはいないらしく、とても穏やかな寝顔で菊花の腕の中に居る。

 

「そうそう、玲司。君の知り合いを置いてくよ?放って於いても良いんだけど、なんだかいたたまれない気になってしまったからね」

 

 

―――パチン

 

 

再びフィンガースナップが鳴ると空間がまた歪む。

 

玲司の頭上の空間が歪みその中から緑色を基調としたカラーリングの女性キャストが、玲司目掛けて落ちて来る。だが、流石に頭上だとは思わなかった玲司は、周囲を警戒していたがとうとう気付かず、玲司の頭目掛けて落ちて来た。

 

 

―――ガヅン

 

 

玲司の頭とキャストの頭が豪快な音を立ててぶつかった。

 

「ぬぅおおおおおん!」

 

あまりの痛みに玲司が悶え苦しむ。まるでギャグマンガの1ページの様に悶え苦しむ玲司とピクリとも動かないキャスト。その様子に言葉を失う菊花に、起こった出来事が予想外だったのかルーサーの顔も引き攣っている。

 

「ま・・・まぁ、そのキャストとチームメンバーはあげるよ。それと、君達の装備レアリティを10に引き上げるとするよ」

 

その言葉に、菊花は目を剥いた。むしろ装備のレベルを今回の結果から引き下げる方が敵にとっては状況が良くなる上に、こちらは今回相手の出した状況戦闘をクリアしているのだ。条件を厳しくされても文句を言えない筈なのにだ。

 

「それと、次に僕が合う時に、君達の誰かを現実に戻してあげるよ」

 

その言葉に菊花は更に驚いた。今のメンツのウチ誰かが居なくなるとしても、装備水準を上げた上にここまでする理由が理解出来ない。今のこの事件に対しても、答えが出ていないのに、ここまでする理由が全く分からず、ただ菊花は混乱するしかなかった。

 

「じゃあね」

 

頭の中で考えと驚きが混ざり、混乱している最中ルーサーは虚空へと消えてしまった。

 

「あっ!」

 

菊花がルーサーの動向に気付いた時には、静寂がフィールドに広がっていた。

 

 

「どうしろってんだよ・・・」

 

 

半ば呆れたような声で菊花は呟いた。意識の無いチームメンバーと謎のキャスト、そして頭を抱えて悶えるチームリーダー。勝利の余韻より情けなさが菊花の胸に広がった。

 

 




お楽しみいただけたでしょうか?

玲司 です。

相変わらず、長いですねwさて、物語全体の構成とすればオープニングもほぼ終わったくらいですかね。予定の上では・・・

せっかくの2次創作だから、オリジナル要素をPSO2の世界観を壊さない程度にどんどん入れていきます。

そして、全員紹介できるかは分かりませんが、あとがきでキャラクター紹介を1人ずつ書いていこうかと思います。

なるべく間を置かない様に書いていければと思います。



リアル/ゲーム
名前  鈴木貴明 / 玲司

性別  男    / 男

身長  172   / 193cm

体重  115   / 87kg

メインクラス   BrBo

カンストクラス  Hu、Fi、Br、Bo

オープンβからの玄人プレイヤー。
和装と刀が大好きで見た目を重視して、カタナが和風でないならば迷彩をずっと被せて使う。
やさしいと言うより、甘い性格でフレンドやチームメンバーに対して殆ど甘い顔しか見せない。プレイヤーとしてのスキルは並みより上位で敵を最前線で倒す様な立ち振る舞いよりも、PTでの中核を担う立ち回りの方が好みである。 

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