血が絶え間なく腹部から流れ出る。
目も眩むような光の槍が刺さり、それによって大きな穴が開いてるからだ。
下半身から先に痛みはなく、恐らくは脊髄に何らかの影響が出ているとどこか冷静な自分がいて理解する。
「ハッ、無様な姿ね人間」
「テメェ……」
自分の顔に影が差し込み、見下すようにこちらに向かって足を下ろす女の姿が見えた。
頭がおかしくなったのか、血が足りないせいで朦朧としているからか、背中には黒い羽が見える。
言いたいことはたくさんあったが、口から言葉を発する気力はなく、ただ女の言葉を聞くことしか出来ない。
「強いとは聞いていたけど、所詮は人間の中での話。大したことはなかったわね」
「…………」
その言葉を聞いて、女がこの槍のような光の塊を放ったと理解する。
理解と同時に浮かんだのは疑問ではなかった。
何故やどうしてなどではなく、許さねぇという純粋な怒りだ。
「なんだその目は、死にかけの癖に生意気ね」
「……クッ!?」
未だ死ぬことのない俺に向かって、女は蹴りを叩き込む。
普段の自分なら一捻り出来るような蹴りでも、今の状態では避けることも出来ない。
衝撃のせいで、俺は吐血しながら転がされる。
「どうしてこんな事になったのか分からないって顔ね、いいわ教えてあげる。簡単なことよ、アンタが弱いから」
弱いから理不尽に奪われる。
下等な人間は、堕天使の足元にも及ばない。
全ては弱いお前が悪い。
耳障りな言葉だ。
不快な言葉だ。
だが、ストンと納得することが出来た。
あぁ、腹立たしい。
だがどうすることも出来ない。
力が、自分に力がないから何も出来ない。
どうしようもなく俺は無力だ。
「ざっけん……じゃねぇ!」
「コイツ、まだ動けて」
だからって、このままでいろというのか。
この理不尽を受け入れるというのか。
それこそ、腹立たしいことである。
下半身の感覚がなかろうと、腹に穴が空いていようと、相手が見えなくなっていようと、それでも抗わずにはいられない。
俺は、俺の意思の元に、俺を殺そうとしたこの女を許す気はない。
残念なのは、気力だけでは体は動かないということだ。
……畜生、畜生、畜生!あぁ、力があれば!俺に力があれば!
頭では鍛えたところで謎の光による槍を避けることは出来ないと分かっている。
例え避けたところで、対抗する術がないことも分かっている。
だが、それでも思わずにはいられない。
『力が……欲しいか?』
声がした。
いつの間にか俺は、真っ赤な炎が吹き荒れる荒野にいた。
何だここは、どこだここは、そんなことを考える間もなく俺は目の前の存在に意識を持ってかれる。
龍だ、そこには赤い龍がいた。
此方を食い殺そうとでもしてるのか、俺の目の前に悠然と存在している。
俺はその存在に、心を奪われた。
恐怖よりも先に憧れという感情をソイツに抱いたのだ。
圧倒的な力の具現、俺の渇望した物がそこにはあった。
『力が……欲しいか?』
「あぁ、寄越せ!俺に力を寄越せドラゴン!」
『良いだろう、くれてやる。お前は何を差し出す?』
「全部だ、何もかも差し出してやる!アイツを殴れるなら何もかも」
景色が変わる、まるで白昼夢か何かのようにドラゴンの姿はそこにはない。
だが、俺はあのドラゴンが何なのか知っている。
思い出したかのように理解しており、そして力を得る方法すらも分かっていた。
ならば戸惑うことはなく、その力を手にして目の前の女をぶっ飛ばす。
「さっさと死ねばいいのに」
「ぐっ……」
肉体が焼けるように熱くなる。
叫べない筈の身体が、叫ばずには居られない程の激痛に苛まれる。
今ある身体の変わりに新しい身体に作り変えられているという実感がある。
損傷の激しい腹部から、内蔵部分にかけてまずは作り変えられ、そこから広がるように身体が光に包まれる。
「えっ?」
「■■■■■■■■■■■■!」
激痛への叫びは、まるで産声のように俺の声帯から発せられた。
同時に、空に向かって赤い光が迸る。
視界は代わり、あれほど大きかった町並みは酷くちっぽけに見えて、今まで感じたことのないような解放感を得た。
そして、理解した。
俺はドラゴンになったのだ。
『我が名は二天龍、ドライグ・ア・ゴッホ』
「そして、それが俺の新しい名前」
状況を理解できず、固まった状態で俺を見る堕天使のような女。
胸の内には今までの仕打ちが焼けるように渦巻いている。
「神器の覚醒、しかもドラゴンになるなんて……」
「うっせぇ、死ね!」
「まさか、赤龍帝とでも言う――」
拳を握る、その赤く鋭く強力になった拳を振り上げる。
どうでもいい、細かいことなどどうでもいい。
ただ、ムカつくからぶん殴る。
「ふん、だがまだ覚醒したばかり、今なら」
「オラァ!」
「ぐっ、なんて馬鹿力なの」
避けきれないと判断したのか、女は両腕を使って身を守る。
吸い込まれるようにクロスした両腕に入った拳からは浅いが手応えを感じた。
だが、そこはただの人間とは違う所以か。
大したダメージにはなっていないようだった。
「褒めてあげるわ。ドラゴンになっただけのことはある」
「もっとだ、もっとだドライグ!」
『Boost!!Boost!!Boost!!』
「えっ?」
ダメージが足らない、それは弱いからだ。
なら、もっと強くなればいい。
もっと、もっと、貪欲に強くなればいい。
俺にはその方法が分かっている。
「ま、待って――」
「オラァァァァ!」
その女の顔面に向かって俺の拳が捩じ込まれる。
地面に亀裂を作りながら吹っ飛ばされる女。
気絶しているのかピクリとも動かない。
例え死んでいたとしてもさして興味はない。
もういいや、満足である。
「さて、これからどうするか」
「私の領地で暴れているのは何者か……しら……」
『フン、その姿では人里は面倒だ。山に行くのだイッセー』
ドライグに言われて、確かにその通りだと思った。
こんな姿では親に会うことは出来ない。
思えば、女絡みで喧嘩に明け暮れていた俺は迷惑しか掛けていなかった。
その上、家出なんて親不孝もいいところだ。
だが、もう後戻りはできないし自分の選択に後悔だけはしていない。
まずはどこかに移動して、自分について知る必要がある。
もっと、ドライグと話をする必要があるだろう。
身体の使い方は分かっている。
「ド、ドラゴン?リザードマン、何なの悪魔なのかしら、でも龍のオーラが」
「さっきから煩いぞ、誰だお前」
「しゃ、喋ったわ!?あれ、でもさっきも喋ってたわ!」
ちょっとブルーな気持ちになっていたのに横でブツブツ煩いんですけど。
俺達の戦いはこれからだみたいな感じになるはずだったんですけど。
というか、なんだコスプレイヤーか?なんで翼が生えてるのさ。
「ふ、ふん!私はリアス・グ――」
「じゃあな」
「聞いてよぉ!」
話が長くなりそうだったので俺は翼を動かし空へと上がっていく。
飛べると思ったがやはり飛べたようだ。
すごい、これが空を飛ぶ感覚なのか。
何も束縛されない状態は自由を感じさせる。
「私の領地で勝手な真似は――」
「うるせぇぞ、女ァ!」
何故か平行して空を飛んでる目障りな女。
うぜぇ、もっと早く飛んで振り切るか。
俺は騒ぐ変な女を放置して飛び続ける。
『Boost!!』
「あっ、待ちなさい!」
そんな静止の声を無視して、俺は宛もなく飛び出した。
取り敢えず山だ、山に行くのだ。
どうして山か、答えは知らない。