本当に。
本当に偶然だった。
街中の電気街、買ってくれといわんばかりに並んだ画面の中。
記憶よりも大人っぽくなった微笑が、歌を奏でていて。
――――失ったと思っていたら、まだ一つだけ残っているものがあった。
それからは、いてもたってもいられなかった。
自分でもびっくりするほど真面目に仕事を捌いて、金を溜めて。
お空を飛び、面倒な手続きを大人しく受けて。
遠く離れた異国の地を歩く。
正直右も左も分からないような状態だったが、会えると思うと恐ろしくなかった。
現地人の下手な英語に四苦八苦しながらも、何とか道を聞いて、方々を尋ねて回って。
そして、今。
目の前には、自分の自宅兼事務所なんかめじゃない豪邸。
身をさす寒さの中、聞こえてくるのはあの歌声。
なりふり構わず中庭に押し入れば、窓ガラスの向こうに懐かしい銀髪が揺れていた。
「誰だ!?」
「――――ッ」
駆け寄ろうとすれば、部屋の奥から日本人男性。
すっ飛んできた彼はやや乱暴に窓を開け放ち、こちらを睨みつける。
・・・・体格はいいが、とても荒事に向いているとは思えない。
それでもこうやって前に出てきているのは、後ろの『伴侶』を守るためだろう。
参ったなと思うと同時に、安堵を覚えた。
こんなにいい相手に、巡り合えたのだと。
「雅律さん、大丈夫」
「え?」
少し驚いていた彼女は、顔をほころばせて夫に話しかける。
まだ警戒を解かない彼に、黙って首を横に振って。
それから、こちらに歩み寄る。
「久しぶりね、ダンテ」
「・・・・ああ、ソネット」
二十年と少し振りに出会った妹は、大きな腹を幸せそうに抱えていた。
◆ ◆ ◆
「――――リハーサルの見学?」
雪音クリスが、そんな誘いを受けたのは。
『フロンティア事変』が解決してから少し経った、冬のことだった。
「ああ、今度また海外のアーティストと共演することになってな」
一つ上の先輩風鳴翼は、後輩に笑いかけながら頷く。
「雪音は将来、音楽関係へ進むつもりなのだろう?後学のためになればと思ったのだが、どうだろうか?」
確かに翼の言うとおり、クリスには将来のヴィジョンがある。
それを達成するためには、音楽は切っても切り離せない。
目の前にいる先輩は、彼女なりに夢を応援しようと気遣ってくれているのだ。
・・・・最も。
今の翼にとっては、それ以外の理由も含まれているのだろう。
「・・・・ああ、そういうことなら、喜んで」
「うむ」
クリスもまた、そんな先輩の優しさを察して笑みを零す。
最近素直になった後輩に満足しながら、翼は手を伸ばして。
右目の眼帯に触れた。
――――三週間ほど前の話だ。
ノイズが観測されなくなり、人々が一抹の希望を抱き始めた頃。
ノイズでも聖遺物でもない未知の反応が観測され、同時に助けを求める人々の通報が相次いだ。
クリスを含めたシンフォギア装者が現場に駆けつけたところ、そこにいたのは一般人を殺して回る謎の怪物達が。
放っておく道理が無い上、か弱い子供すら手にかけて笑う様が装者達の癪に大いに障り。
雄叫びを上げて駆逐した。
普段は『甘い』響ですら、怪物達を容赦なく殴り飛ばしていたほどだ。
しかしそんな中、クリスは右目に攻撃を受けてしまう。
幸い失明には至らなかったものの、しばらく眼帯と付き合わねばならなくなってしまったのだ。
・・・・というのが、翼などの仲間達に話している『表向き』の理由である。
さて、それから数日経った今。
大きな会場では、二つの歌声が響いていた。
一つは風鳴翼。
もう一つは海外から来た歌姫『アルジェント』。
イタリアの出身だという彼女は、翼との共演を心待ちにしていたと笑っていた。
翼も翼で世界進出を目標にしているだけに、今回のライブは大いに意欲的だ。
「さすが、あのトニー・グレイザーが欲しがるわけだわ!素敵よツバサ!」
「ふふ、あなたの歌声もすばらしい。本番が楽しみだ」
「やだ!嬉しいこと言ってくれるじゃない!」
今は休憩時間。
汗を拭き水分を補給しながら、二人の歌姫は楽しそうに談笑していた。
その様子を客席から見守っていたクリスもまた、かすかに微笑んでいる。
リハーサルといえど、二人のパフォーマンスは目を見張るものがあった。
先輩である翼の歌もそうだが、アルジェントの歌声やダンスにも参考になる部分は多く。
この見学に来てよかったと、クリスは満足そうに頷いた。
・・・・ただ一つ、気になることがあるとすれば。
ちらっと、周囲に目をやる。
そこかしこに控える護衛の数々。
屈強でいかにも戦闘向きな体形の上に、全員サングラスで目元を隠す徹底っぷり。
「・・・・?」
「・・・・ッ」
今そのうちの一人と目があってしまい、咄嗟に逸らしてしまった。
(コレさえなきゃ、絶好のお勉強日和だったんだがなぁ・・・・)
内心でため息つきつつも、仕方がないと言い聞かせる。
何せ、そうするだけの理由があったのだから。
この場を物々しい雰囲気に変えている彼らは全て、アルジェントの護衛だ。
何でも本国にて何者かに襲撃を受けたらしく、心配したスポンサーがつけたとのことだった。
練習が始まる前にそう説明して、アルジェントが申し訳なさそうにしていたのが印象的だ。
(過保護なお偉いさんってのもいるもんだな・・・・ん?)
一息つきながら、思考を一段落させたときだった。
始めは何ともいえない違和感。
だが徐々にはっきりしてくる。
感覚の正体は、痛み。
どういうわけだか、右目が疼いている。
十四歳特有の症状関係無しに、だ。
目を押さえる、何が起こっているのかと考えて。
「――――!?」
何かが割れる、派手な音。
弾かれるように見上げると、天井を突き破って何かが飛び降りてきた。
足元を揺らして着地したそいつは、ちょうど目の前にいたアルジェントに向けて。
銃口を、突きつけて。
「――――な」
乾いた音。
かすかに見える硝煙。
鈍く重い音を立てて、誰かが倒れる。
「・・・・ぁ」
ヤツが振り返る。
返り血で真っ赤になった顔が、こちらに向いた。
「アルジェントッッッ!!!?」
翼の悲鳴にも似た声。
すぐに護衛達が動き、不届き者を取り囲む。
うちの一人がアルジェントに駆け寄り抱き起こしたが。
ここから伺えた無念な表情が、全てを物語っていた。
「撃て!」
「この!歌姫の仇だッ!!」
激昂した護衛達は、次々拳銃を構えて立ち向かう。
一方の男は藍色のコートを翻すと、背中に携えた片刃の大剣を抜き放つ。
巨大な刀身で銃弾を防ぐと、風のように接近して一閃。
続けてその隣の護衛に剣を突き刺して振り回す。
背後から迫ってきた者には鉛玉をぶち込み。
接近戦を仕掛けてきた相手は、アッパーで意識を刈り取った。
殺され、気絶させられ。
次々倒される護衛達。
「ッはああああああああああ!!!」
彼らと入れ替わるように立ち向かうのは、セットの一部を剣代わりに握った翼。
歌姫のイメージからかけ離れた脚力で一気に距離を詰め、切りかかる。
鉄パイプといえど、巨大なセットを支えるために丈夫に作られている上。
剣の達人である翼が振るっている。
よって、それなり以上の威力を以って、男に肉薄した。
「よくもやってくれたな!!」
迫り合う中、翼は銀髪の奥にある相手の目を睨みつける。
透き通ったブルー系の目が、翼を見返した。
「せいやぁッ!!」
「・・・・!?」
手首を捻り、鍔迫り合いを制した翼。
相手の剣を叩きつけ、長い髪を翻してパイプを振るう。
咄嗟に右腕で防がれたが、翼はすぐに一歩下がって再び切りかかる。
対する男は、翼の強さが予想外だったのだろう。
どこか面倒くさそうに舌打ちすると、徐に剣を突き立てて。
柄部分のレバーを握りこんで、捻る。
ドゥルルン!と排ガスを吐き出し、エンジンのように咆える剣。
呼応するように、刀身が赤く染まった。
「ィェリャ!!」
「ぐあッ!?」
そのまま峰を叩きつければ、鉄パイプはあっさり圧し折れ。
翼は床に強く体を打ち付けた。
束の間朦朧としながらも立ち上がろうとしていたが、やがて限界を迎えて倒れこんでしまう。
一方男の方は何を思ったのか、どこか慎重に翼へ歩み寄っていった。
「ッおおおおおおおお―――――!」
その様子をみたクリスの胸中は、爆発を起こす。
客席の背もたれを踏みつけ、牛若丸さながらにステージへ飛び移ると。
「ダァッ!!!!」
翼へ近づいていた男へ、ドロップキックを見舞ってやった。
元々こういった運動は得意ではなかったのだが。
上司や翼がたまにやる特訓のお陰で、マシな程度には動けるようになっている。
この場にいない彼らにひっそり感謝しながら、近くの遺体達から拳銃を二丁拝借し。
一発発砲。
対する男は剣で銃弾を弾くと、続けざまに床に突きたてて、後退の勢いを殺した。
距離が開き、クリスは両手の銃口を男へ向ける。
「クリスさん!」
気絶した翼を抱き起こすのは、マネージャーの緒川。
「ここはあたしが引き受けるッ!あんたは早く先輩をッ!」
油断無く相手を見据えながら促せば、緒川は少し渋った後で頷いた。
「応援がすぐに来ます!無理をしないように!」
「ちょっせぇ!分かってらぁ!!」
いらぬ心配だと鼻で笑い飛ばしながら、改めて襲撃者を観察する。
赤いフードがついた深い藍色のコートに、クリスと同じ銀髪。
持っている得物は、エンジンのような仕掛けがついた剣と、リボルバータイプの拳銃が確認できている。
自慢のイチイバルを纏えばあっという間に方はつくだろうが、仮にも機密事項のためそうホイホイと使うわけにもいかない。
他にも隠しているだろうことを考慮しながら、クリスは早速発砲。
男は跳躍して避けようとする。
相手を追いかけてクリスも飛び上がると、その体へ足を絡めて飛びついた。
左手の銃撃は避けられ、右手の銃はあろうことか齧って止められる。
お返しとばかりにリボルバーが咆え、避けたクリスは咄嗟にホールドを解除した。
「うおおおお!」
「・・・・!」
すぐさま男のコートを引っつかむと、半回転振り回して投げ飛ばす。
身を翻して着地した男は、ちょうど傍にあった自分の剣を手に取った。
そして接近してきたクリスに向け振り下ろす。
「ぐ、あッ!?」
クリスは銃を交差させて受け止め、どうにかいなしたが。
体勢が崩れたところに蹴りを受け、床を転がった。
「くそッ!」
何のこれしきと受身を取って立ち上がり、再び男へ突撃。
対する男は、クリスの右側。
眼帯で見えないだろう死角へ移動し、肉薄してくるが。
クリスは迷わず銃口を向けて発砲した。
「・・・・ッ!?」
「くらえッ!!」
男はかすかに目を見開く。
今の少女の反応は、眼帯をしているにしては早すぎたのだ。
考えている間にも肉薄してくるクリスは、再び発砲。
男が避けたところへ蹴りをいれ、両者は再び距離を取った。
「余裕たっぷりってか?腹立つヤローだ!」
剣を担ぎ、こちらを興味深く見てくる男へ。
クリスは悪態をつく。
「っち!」
発砲しようとして、両手の拳銃がとうとう弾切れを起こした。
迷い無く放り投げたクリスは、再び落ちていた拳銃を拝借。
男への銃撃を続ける。
クリスの銃弾を避けきった男もまた、再び発砲してくる。
改造か何かされているのか、ほぼ同時に発射される二つの弾丸達。
クリスは体を捻り、床を転がり、時にはあろうことか銃弾を打ち返しながら。
格上と悟り始めた男への攻撃を続ける。
「でりゃあああああ!」
「ッ・・・・」
懐へ飛び込み、唸る刃へ立ち向かう。
銃身の歪みなど知ったこっちゃないと言わんばかりに、剣を受け止め、グリップで殴る。
「・・・・ッ!」
「うっお!?」
しかし小娘の攻撃など、やはり男からみれば隙だらけなのだろう。
クリスの懐に剣が割り込まれ、刀身で叩き飛ばされる。
再び床を転がるクリスが顔を上げると、こちらを捉えた銃口が見えて。
「――――ッ!?」
発砲音。
クリスの頬を、弾丸が掠める。
血が滲むと同時に、紐が切れた眼帯が床に落ちた。
「・・・・驚いたな」
痛みに怯むことなく睨むクリスを見て、男が口を開く。
「その目・・・・どうなっている?」
露になった右目は、人のソレではなかった。
瞳や白目など関係なく、真っ赤に塗りつぶされた中。
獣のような瞳孔が、真っ直ぐ男を射抜いていた。
「・・・・喋れたのか、あんた」
誤魔化すように、右目を意味無く拭いながら。
クリスは立ち上がる。
「どうなってるか当ててみろよ、ハワイに招待してやるッ・・・・!!」
銃を構えなおし、クリスは獰猛に笑って見せた。
正直やっちまった感はあります。
でも書いてる間は楽しかったです。
続き?
ストサンの材料になりました。