自身に起きた変化に動揺するクリスに、激を飛ばしたのは弦十郎だった。
彼は今までの戦いや、アリシアが語ったスパーダ伝説を引き合いに出し、
『正体が悪魔だろうと、《親や友への愛情》を持っている君は、間違いなく人間だ』
『俺は、今まで共に戦ってくれた君を信じる』
きっぱりそう言い切って見せた。
クリスに釣られ動揺していた響や翼、そして二課のスタッフ達も。
弦十郎の言葉に励まされ、何度も頷きながらクリスを鼓舞する。
繋げて来た絆がくれた、優しい言葉。
クリスは涙を抑えられなかった。
「――――悪ぃ、みっともないとこ見せた」
一通り泣き終えたクリスは、乱暴に目元を拭いながらはにかんだ。
「構わんさ。こちらこそすまなかった、一番に声をかけるべきは私達だったと言うに」
「ごめんね、クリスちゃん・・・・」
「いいってことよ」
背中をさすり続けた翼や、肩に手を置き傍にいてくれた響。
申し訳なさそうにする彼女達に、クリスは首を横に振った。
『それでクリスくん、急かすようで申し訳ないが・・・・』
「構わねぇよ・・・・ママの親戚のこと聞きたいってんだろ?」
通信の向こうの弦十郎に答えつつ、クリスは少し困った顔をする。
「つっても、あたしも全然知らないんだ。ちょっと前に会ったパパの兄貴夫婦が、ちょろっと語ってくれたくらいで・・・・」
「そうなの?」
「ああ、その話してくれたことも、『スラム出身で、天涯孤独』ってもんだったし・・・・」
響に首肯しながら、クリスは少し前の出来事を思い出す。
フロンティア事変の後始末が一段落した直後のこと。
父方の親戚である伯父夫妻が、クリスの生存を知ったらしく。
是非会いたいと連絡してきた。
弦十郎に相談した後、会うことにしたクリスが彼らに聞いたのは、当然両親のこと。
幼いうちに死別してしまったが故の問いかけだったのだが。
伯父夫婦が少し困った顔をしながら教えてくれたのは、『母方の親戚はいない』ということだった。
元を正せばスラムの出身で、親も兄弟もいなくなってしまったと、本人が語っていたらしい。
それでも弟が選んだ人だったし、とても器量良しで素敵な女性だったから。
あまり気にならなかったと、クリスを元気付けるように明るく教えてくれた。
「そっか・・・・」
『ソネット女史のスラム出身という事実は、バル=ベルデに赴く動機のひとつとして公式に発表されている』
調べてくれたらしい藤尭が、通信で教えてくれた。
曰く。
『スラム出身だからと、幸せになっていけないわけが無い』
『同じように、戦火に巻き込まれているからと、平和を望んでいけないわけが無い』
『だからバル=ベルデに行き、得意の音楽で平和を掴むのだ』
己の出自を恥じることなく打ち明けた彼女は、堂々と宣言したらしい。
「すごい人だったんだね」
「・・・・ああ」
響の素直な賞賛に、クリスはどこか誇らしげに頷いた。
「だが、アリシアが語ったスパーダの子供達の名。そして先ほどの・・・・雪音の、力、どうも無関係とは思えない」
「それはあたしも同感だ・・・・どっちにしろ、あいつを追いかけて確かめねーと」
少し躊躇いがちに『力』について触れた翼に、気にするなという意味を込めて首肯しつつ。
クリスは気合十分といいたげに拳を手に打ちつける。
『ちょうどみんなの向かい側に、先へ続く通路がある。そこを通れば外に出られるみたいだ』
『ただ、悪魔の反応も多数観測されているわ。気を抜かないようにね』
「はいッ!!」
どちらにせよ、ここに留まっていては始まらない。
十分休息を取った装者達は、先へ進む。
◆ ◆ ◆
「――――そうか、施設はダメになってしまったか」
「申し訳ありません、彼女の力量を見誤りました」
とある部屋。
数人が円卓を囲んで座っている。
その中の一人であったアリシアは、トップである男性に頭を下げていた。
「ああ、いいさ。結果的にソロモンの杖は修復されたのだろう?ついでに『面白いもの』も見つけたようだし、収穫があっただけマシだ」
「・・・・寛大なお言葉、感謝します」
見逃すことを告げてくれた彼に、改めて頭を下げてから。
アリシアは静かに着席する。
「けど、どっちにしろ敵が増えたのは確かでしょう?日本の連中は、少なからずこちらにも探りを入れるはず」
「そのとおり、彼らの情報捜査は目を見張る技術。用心は必要だ」
細身の男性がからかうように指摘すれば、トップはそれも肯定した。
「して、ネロの方はいかがいますか?」
話が一区切りしたところで、アリシアは当面の警戒対象たる男の名前を出す。
「私の姿を見られ、我が社に疑念を抱かれてしまった以上。彼との戦闘を避けて、協力を視野に入れるはずです」
「なら、俺が行こう」
ちろりと、細身の男性を見やれば、彼は意味ありげににやついていた。
「何、どこぞのお嬢さんと違ってヘマはしないさ」
「・・・・そうやって足元をすくわれないようにね」
「すくわれた人の言うことは違うなぁ~」
明らかに舐めた態度を取る彼。
アリシアは苛立ちを隠さないまま、盛大に舌打ちしてやった。
「どちらにせよ、お前達にはもう幾ばくか働いてもらわねばならない。アリシアは次で失態を取り戻すように」
「・・・・はい」
「おおせのままに、ってね」
部下達の返事に、男は満足げに頷く。
早速行動を起こすべく、彼らは部屋を後にする。
残されたのは、上司たる男性ただ一人。
「あと少し、あと少しだ・・・・・崇高なる方々へ、この世界を献上するまで・・・・もう少し」
いっそ色っぽいまでの、恍惚とした表情で。
窓から見える満月に手を伸ばす。