「あり、がとう」
ニコリと千景はにへらと、笑うのは久しぶりなので、顔をひきつりながらも笑い、それに応じて、アルトリアも慈愛に満ちた表情で微笑む。
「いえ、マスターのなさりたいことを代わりに為すのは私の役目です。それに」
それに、このような男を生かして置くわけにはいきません、と言葉を続けようとしたが、千景の精神疲弊は凄まじく、拙い粗雑な治癒魔法で乱雑に傷を治癒されているため、微々たるものだろうが過激な言葉は押さえなければならない、と言葉を声に出す寸前で飲み込み、なんとか抑える。
「?」
千景は少し頭を傾けて、ハテナマークを頭に浮かべる。
想像を超える虐待を受けていたとは言え、まだ子供、言語の理解力はまだ未熟なのだろう。
「ねぇ、どうしておねえさんはぼくをたすけにきてくれたの?」
それは純粋な質問だった。
至極当然だ、何の前触れなく、少なくとも、路地裏で自分がチンピラに襲われていたところにスーパーマンが颯爽と現れて、自分をスマートに助けてくれたら、誰しもこのように聞くはずだ。
「マスターが呼んでくれたからですよ」
呼んでくれた。
おそらく、それはあの夢なのだろう……幼い千景にとっては、それはとても幻想的で、とても嬉しかった。
「……う、おねえさんは、ぼくをいじめない、よね?」
だが、千景に刻まれた心の傷はとても酷く醜いものだった。
膿み、腐り、汚液を垂らすほどになった心の傷はとても、すぐには治りきれるものではない。
「……私は、どんなときも、いかなるときもマスターの味方です。例え、他の人や神々がマスターを蔑ろにしても、私はマスターの味方です」
されど、アルトリアはなおも微笑み、うそ偽りなどせずに本心を千景へとごく穏やかに話す。
「なら、よかった」
そう言うと、千景は安心したのか、元々重くしていた瞼を下ろし、いままでのような汚泥の闇の中ではなく、油絵の雲のように美しく純白の清廉な光の中へと意識をゆっくりと落とした。
アルトリアは、眠った千景の髪を撫でながら、静かに刃のような目で、首を切り落とされて死んだ千景の父親の頭を見る。
その顔は、まるで自分がなぜこんなことに、といった全くいままでの罪悪感など感じさせない顔。
自らの息子を痛め、虐め、犯したというのに、この魔術師の男は罪をすこしたりとも感じていなかったことを、アルトリアは深く痛感した。
「マスター、私が、あなたを愛し護ります。だから、どうか安らかにお眠りください」
窓から漏れる月光に照らされるアルトリアは、とても美しく、そして抜き身の白銀色の剣は、蝋燭のように輝いていた。
なお、白薔薇の花言葉は以下の通りです。
尊敬
純潔
約束を守る
無邪気
恋の吐息
私はあなたにふさわしい
心からの尊敬