覚醒
――――チリリ、チリリ
やけに甲高い電子音が、やけに質の高い眠気で鈍った、今現在は、すごく役に立ちそうにない鼓膜へと響き渡る。
重いまぶたをゆっくりと開き、白い天井がぼやけたものから、徐々に徐々にはっきりしたものになり、刹那、脳がはっきりと覚醒する。
そして、頭を左へと捻り、電子音を発生させる音源へと目をやると、角張った線をいくつも並べた緑色の数字と記号、おまけに英数字が中心に固定された液晶へと映している赤色に塗られた機械……目覚まし時計がぶるぶると振動しながら音を鳴り響かせていた。
「9時、36分」
ふと、無意識に、しわがれた声が俺の喉から発される。
依然、目覚まし時計は耳障りな電子音を放っているので、とりあえずは音を止めるために目覚まし時計の上部へと設置されたスイッチを人差し指で弱々しく押した。
目覚まし時計の電子音は鳴り止み、部屋には空色のカーテンから漏れる太陽の光と、肌を多い尽くすような寒気と
……懐かしい夢を見ていた。
女神のように、美しく、優しげな女性の夢だ。
俺には、12年前の記憶が殆どない。
残った記憶といえば、かすかに覚えているのは、ある女性の名前と声と容姿のみ。
なんとも、不可思議なものだ。
俺は、7歳以前の記憶すらまともに持っていない。
気付けば、凛とした雰囲気の似合う男が俺の手を連れていて、俺は――――泣いていた。
なぜ泣いていたのかわからない。
なぜ泣いているのかすらもわからないのに、塩辛い涙だけが滝みたいに頬を伝っていた。
勿論、学校はまともに卒業した。
いや……まともな学校ではなかった。
教室には無数の星の模型が天井に浮かび、生徒は俺だけ、ホログラムが教師だった。
15歳ほどにその学校を修了すると、いつしかの男が俺の前に現れ、「お前は、基準を満たした」と言った。
意味が分からなかった。
基準とはなんだ?満たしたとはどういう意味だ?
そして、黒服の黒人共に囲まれながら飛行機に乗り込まされ、乗り込んだと思ったら眠らされた。
目が覚めると、目の前に銃が置かれていた。
黒い
迷彩服を着た、中年くらいの黒人の男が、俺を見て、こう口を開いた。
「ようこそ、今日からお前には人を殺せるようになってもらう」
手始めに、拳銃で的を撃たされた。
イヤホンはしていたから、鼓膜は破れずに済んだ。
拳銃をある程度撃つと、一段落ついたのか、大振りのサバイバルナイフを持たされ、ひたすらゴムのカカシを斬るように命令された。
拳銃を撃って、ナイフで斬って、また拳銃を撃つ日々。
そして、ある程度両方を扱えるようになったら、今度は黒いローブを着た白人の若い女に、別の部屋に連れていかれた。
そこで魔術……というものを簡潔に教えられた。
記憶にはないものの、父が魔術師であり、その父の魔術刻印とやらが俺に埋め込まれているらしく、それに応じた魔術を練習した。
その魔術とやらは、炎。
父は炎という原初から存在するものを追求して、魔術師どもの追いかける、よくわからない根源とかいうのにたどり着こうとしていたらしい。
閑話休題。
ともかく、炎の魔術は呪文で発動させるものらしいので、呪文を作り、なんとか使えるようになった。
「
手を前へ突き出すと、火炎放射器のような炎が前方へと噴射される魔術だ。
噴射時間は三秒程度だが、充分だろう。
そして、また次の部屋へと連れ込まれる―――が。
今度は、今までとは違っていた。
「んっー!んっー!」
紙袋を頭に被せられ、体を縄で巻かれた肥満気味の男。
薄暗くてかび臭いこの部屋には、男と、俺しかいなかった。
堂々と壁に設置されたスピーカーから声が響く。
「そいつを殺せ。殺したら、部屋から出してやろう」
鍵が掛かっているのはわかっていた。
だけど、握られている拳銃はとても、重くて―――恐ろしい。
だが、俺は引き金を引いた。
狭い部屋に銃声と悲痛な悲鳴が反響する。
「エリー、エド……ごめんなぁ、とぉちゃん。ここで」
男のくぐもった声が耳に届く。
それでも、俺はもう一度引き金を引いた。
生臭くてぬるい液体が顔に付着し、拭う。
この液体がなにかはわかっている……だが、いまさらどうしようもない。
もう一度引き金を引こうとすると、拳銃が弾詰まりを起こした。
俺は拳銃を床に投げ捨て、男の顔を紙袋ごと強く掴む。
「ギャッ!?」
そして、俺は静かに一言ずつ呟いた。
感情など、
「
部屋が真っ赤く照らされた。
生きた肉の焼ける悪臭が鼻に届く。
男の肉は溶け、男の脂肪が更に燃焼を加速させる。
俺の想像していた通りの、糞みたいな魔術だ。
悲鳴は耳には入ってこない。
視線には、俺が殺した―――俺が命の糸を切り離したヒトの成り果てがいた。
乾いた笑いがふと口から飛び出す。
もう、涙なんか出てきやしなかった。
18歳の時、゙訓練所゙を無事卒業した。
卒業祝いに、黒塗りの拳銃を渡されて。
「ゆう、びん?」
腐った思い出に
ドアに向かい、開けてみても、誰もいない。
手紙だろうか。
そう思い覗いたポストの中に、ご丁寧に包まれた手紙を見つけたので、部屋の中に持っていく。
ハサミで手紙を切り開き、中身を取り出すと。
そこには、あることのみが書かれていた。
『桜峰千景様を、人理継続保障機関フィニス・カルデアへお招き致します。つきましては、早急にお近くの空港まで向かってくださいませ。人理継続保障機関フィニス・カルデア所長 オルガマリー=アニムスフィア』
ああ、なるほど。
俺の人生は、平穏のへの字も存在しないようだ。
やっと本編