すれ違いcommunication 作:empty
「ねえ、どうして最近は
「ぐむっ!? かはっ、けほっ……な、なんだって?」
やっぱりサナとかの同年代の女の子と比べて大きいよな。そんなことを考えていたものだから、突然目の前の彼女にそう言われては咽せるのも無理はない。何が大きいのか、何をすると勘違いしたのかは想像にお任せする。
彼女。といっても付き合っているわけではなく、いわゆる代名詞のsheであるわけだが。目の前に座り、つり気味の勝気な目をいつも以上につり上げ、不機嫌そうにこちらを睨む女の子のことである。
強気。彼女を表現するのに、これふさわしい言葉の一つだろう。負けず嫌いで、いつでも強がっていて、どこか高潔で、そして負けず嫌い。とにかく負けず嫌いな彼女に、何度勝負を挑まれたことか。『穏やかな』という意味を持つ彼女の名前、セレナからは程遠い。むしろ激しいのだ。……別に深い意味はない。
彼女は、彼女の友達のサナから聞いた話によれば、ポケモンバトルの腕前で有名な一族の出身らしい。両親はベテラントレーナーで、親戚には元四天王がいると聞いている。バトルのみならず、ポケモンに関して小さい頃から教育を受けていたという彼女の知識は山より高く、谷より深いとのこと。たしかに実際に戦ってみて思う。彼女は強い。手堅い戦術、経験に裏打ちされた深い読みと直観、ポケモンとの深い絆によってもたらされる絶妙な攻撃の数々。それらを身につけている彼女は、バトルにおいて他を寄せ付けない強さがある。
それでも俺には勝てないらしく、やたらしつこく迫られている。もちろん、ポケモントレーナーとして。異性としてなら"うぇるかむ"なのに。だって可愛いから。
セレナ。彼女は世に言う美少女である。キリッとしたつり目。キュッと結ばれた薄いピンクの唇。白く綺麗な肌。風になびくブロンドの髪のポニーテール。付け加えるなら、同年代の女子と比べて十分出るところが出ているスタイルも素晴らしい。
彼女はカップを一口啜ると、さっきよりも態度の棘を多くする。もしかすると、ニードルガードを使っているのかもしれない。
「だから。どうして最近はバトルしてくれないのよ」
「どうしてって言われても」
言葉を濁していると、ますます彼女の目が細い眉とともにつり上がる。
「約束、忘れたわけ?」
「そういうわけでは」
約束。忘れるわけがない。あの日も今日のように、カフェで二人きりだった。わざわざサナたちのいない場所で二人きりで話すのだから、もしかしたら告白とかそういうことなのではと、少しでも胸をドキドキさせていたあの時。今でも鮮明に思い出せる。あれはミアレシティのカフェ・ソレイユというカフェだった。落ち着いた雰囲気のカフェ。どうでもいいけど、人気女優の御用達らしい。やはりミアレシティはお洒落だななんて、気を紛らわすために考えていた。そんなどうでもいいことを考えていないと、彼女とは面と向かって話ができなかった。それくらいには緊張していたし、期待もしていた。
だってそうだろう。異性に、話があるから二人でカフェに、なんて誘われたら期待もする。
『私のライバルになって』
そんな状況で告げられた。悩むことなく即答したが、やはり後悔は残る。そのおかげで彼女からは攻撃的視線しか向けられていない。
「じゃあ何なの。あなたのそういうはっきりさせないところ、嫌い」
ストレートに嫌いだと言われた。本気で好き、というわけでもないと思うが、それでもやはり美少女に嫌いと宣告されると胸にくるものがある。
「それは、まあ、なんというか」
つい昨日、ミアレシティの美容院で整えてもらった髪をかく。さっき鏡で見た時には、もうすでにくしゃくしゃになっていたけれども。三千円がふっとんだ。
「……」
目の前の美少女からの無言の圧力。目だけで言葉は伝わるもので、『だからそういうところよ』と言っている。正面から受け入れるには防御力が足りず、視線を逸らしてしまう。町の中央、ロゼリアの噴水前では仲の良さそうなカップルが数組いる。食べさせあったり、談笑したり。同じ男女二人でも、どうしてこうも違うのか。
もちろん、そこまでの関係を切望しているわけではない。たしかに魅力的ではあるが、自分に釣り合う何かがあるのかと言われたら、答えに窮する。それにこれは、一種の憧れのようなものだと思っている。アイドルに対する好き、みたいな。誰だって可愛い女の子、かっこいい男の子とは仲良くしたいと思うはずだ。
ハクダンシティのカフェ。薔薇の咲いたプランターに囲まれたテラス、シックな木のテーブル。それを挟んで向かい合う、年頃の男女。軽快な音楽が耳に心地よい。このディアボロだって、乾いた喉にぐっとくる。ここまでだと、デートっぽいと感じてしまう。
けれど何かが違う。何かが。例えば、彼女から睨まれている点とかだろうか。
「嫌いよ」
「ゔ。すみません……」
「……はぁ」
やれやれといった様子で、彼女は首を振る。美少女にそんな仕草をやられると、自分が呆れられているはずなのにそのことを忘れてしまうくらいには見惚れてしまう。
目を閉じ、少し困ったように眉をひそめ、首を左右にゆっくりと揺らす。同時に、ブロンドのポニーテールがゆらゆらと揺れる。その大人びた動作が実にさまになっている。見惚れてしまうのだ。
思えば、初めて会った時もこの動作に魅せられていた。
ファーストコンタクトは、このカロス地方に越してきて翌日。どういうわけかプラターヌ博士からポケモンと図鑑を託されることになってしまったのだが、彼女とサナという彼女の友達が迎えに来た。その時に見せた表情だ。自己紹介もせずに俺を連れ出そうとしたサナに対して、さっきと同じ表情を見せていた。そしてやはり、魅せられた。
黒いトップスに赤いスカート(後でブティックの店員さんに聞いたら、ハイウェストアンサンブルという一つの服らしい)、黒いニーソックス。女の子の太もも、絶対領域にも目を引かれるが、それでも彼女の端整な顔立ちに魅了させられた。
別に一目惚れしたわけではない。ただ彼女が美少女であって、自分は多感な年頃だというだけ。誰だって人気の美しい女優には憧れる。カルネさんみたいに。そういうことだ。
それにしても、不思議な縁である。アサメタウンという町に引っ越してきたのだが、彼女は隣の家に住んでいたのだ。これを運命と呼んでもいいのだろうか。
彼女は運命と呼んでいた。マスタータワー、メガリングを継承できるのは一人だけだと告げられた時。お隣に引っ越してきた俺と争うことになるのは、それはある意味運命だと。
一瞬だけ、目の前に座る彼女を盗み見る。頬杖をつき、憂いた表情で町中を眺める彼女の横顔、遠くを見つめる深い青の瞳。背中を電気のような何かが走り抜ける。
火照ってきた頰を冷やすようなつもりでディアボロを一気飲みする。途端、喉が痛みに襲われる。
「——んかはっ!」
「……何してるの」
「いや、炭酸が」
「……」
冷めた目。おかげで頰の火照りは治ったけれども。かわりに気まずい雰囲気が戻ってきた。やはり彼女に睨まれると怖い。なんだか下手に出ないといけない気がしてくる。
「あの、何か食べます? よかったら奢ります」
「どうしてそんなにかしこまっているのよ……いらない」
「あ、はい」
彼女は深い溜息を吐くと、心配そうな目でこちらを見る。自然と背筋が伸びる。どんな厳しい言葉が投げかけられるのか、思わず身構えてしまう。
「緊張してるの?」
「え?」
予想外の言葉に、思わず聞き返してしまった。彼女の眉がぴくりと動く。
「緊張してるの?」
「なんで?」
「だから、明日のことよ」
だからとは。そう問いたい気持ちをぐっとおさえ、彼女の言いたいことを推測する。
明日。ハクダンシティの東にあるサイホーンレースの競技場で、サイホーンレースの大会が行われる。そこに出場する選手の一人がサキという女性サイホーンレーサー。十数年前まで第一線で活躍する有名選手だったのだが、突然の結婚・妊娠で現役引退。しかし明日の大会において、現役復帰を果たすことになる。美人と評判のサキにはファンが多く、最近はカロス地方中がこの話題で一色である。
なぜこの時期に現役復帰するのかといえば、それはおそらく子育てがひと段落したからだろう。彼女の息子は現在ポケモンとともにカロスをめぐる旅をしているという。それに彼女は子育て中もサイホーンレース教室を開いたりして生計を立てていた。その頃から、いつかまたレーサーに戻りたいとは言っていた。
「久しぶりに会うのだもの。緊張してるんでしょう?」
「そうかな」
「そうよ。お母さんに成長した姿を見せてあげなさいよ」
少しくすぐったい。彼女にお母さんと表現されているからだろうか。ただ単に、母親の話題を出されたからかもしれないが。
サイホーンレーサー、サキ。その息子が自分だというのは、ごく一部の人しか知らない事実ではある。今回は母親の復帰戦を観戦しに、わざわざマスタータワーでの継承者選定の儀式を後回しにしてここに来たわけだ。
「親の期待に応える。それも子供の役目よ」
「そういうもの?」
「そういうものよ」
彼女の言葉には重みがある。それはきっと、彼女自身がバトルの名家の生まれだからなのだろう。祖父が元四天王だというのだから、彼女にかけられる期待も相当なものなのだろう。そんな彼女は、俺に負け続けている。なるほど、しつこく付きまとわれるわけである。
しかし期待といっても——。
カップを持ち上げ、彼女はもう一度町中の方を見る。つられてそちらを見る。やはりカップルたちがいちゃついているのが目につく。
「それにしても遅いな、トロバたち」
本来ならここにはもう三人、人がいるはずだったのだが。待ち合わせ時間はとっくのとうに過ぎている。サナやティエルノはともかく、トロバなら時間はきっちり守ると思っていた。
「そ、そうね。みんなで買い物でもしているんじゃない?」
彼女の声は少し裏返っていた。
「待ち合わせを無視して?」
「別に
つっけんどんにそう言い、彼女は目をそらす。待ち合わせに遅れている人たちを気にするなとはどういうことなのか。さては彼女、何か知っているのか。
こちらと目を合わせようとしない彼女の横顔を見つめる。クールな彼女は見つめられ続けても頬を染めたりせず、相も変わらずすました表情で町中を眺めて続ける。むしろこちらが少し熱を帯びてくるような気もする。
それを悟られないように、彼女から視線を外す。結局彼女が美人だという再確認しかできなかった。もしかすると、本当に気にするようなことではないのかもしれない。そんな考えがちょっとだけ頭をよぎってしまった。負けた。
「あら、来たみたいね」
彼女の声に振り向けば、三人の男女がこちらに向けて走ってきている。元気の良い褐色肌の女の子、体格のいいというよりぽっちゃりとした男の子、そんな二人を後ろから追いかける背の小さい男の子。順にサナ、ティエルノ、トロバ。
「君の言ったとおり、気にすることではなかったね」
「……まあ、そうね」
彼女にしてはめずらしく棘のない返答。『だから言ったじゃない』とでも言われるかと思っていた。正直びっくりである。
彼女を見る。彼女は今もなお、憂いた様子で町中を眺めている。