すれ違いcommunication   作:empty

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#1 気まずいdate/girl’s side

『サナ、セレナのこと応援してるから!』

 

 昨晩、ホロキャスター——立体映像を投影する情報通信端末——で表示された友達の顔。期待、激励、好奇心。そのへんの感情が入り混じった、実に可愛らしい友人の笑顔。ふと唐突に思い浮かんだその顔が、今になって悪魔のように思えてきた。

 

 目の前に座る少年。青いフルジップジャケットに、同じく青いスキニージーンズ、頭には赤いハンチング。彼の手持ちポケモンであるゲッコウガをどこか彷彿させる格好をしたこの少年。ついこの間、お隣の家に引っ越してきたばかりの隣人、お隣さんで、私のライバルである。

 

 そう、ライバルなのだ。別に恋人でなければ、自分は彼にほの字でもないわけで。そのあたりを誤解している友人には本当に悩まされる。

 

 もちろん、彼が異性として何の魅力もないというわけではない。黒髪に黒色の瞳、整った顔立ち。生まれのせいか、低めの身長ではあるものの、自分と同じ背丈の男子というのもまた良さがある。親譲りのポケモンライド技術はあるし、ローラースケートの扱いもかっこいいの一言。

 

 そして何よりも特筆すべきなのが、ポケモンバトルの腕前である。彼は強い。とにかく強い。その巧みなバトル戦術、地形を利用した時々の戦法、ポケモンとの抜群のコンビネーション。それらを兼ねえている少年、それがお隣さん。そのポケモンバトル技術は筆舌しがたいほどに華麗で、素直に羨ましいと思う。今まで何度も彼にポケモンバトルを挑んだが、一度も勝っていない。そろそろ本当に自分が彼のライバルなのか疑わしくなってくる頃合である。

 

 しかし、たとえ勝ったことがなくても、彼とはライバル関係なわけで。恋人とか、好き合っているとか、そんなことはまったくない。そのことに友人のサナには早く気づいてほしいものである。

 

 ハクダンシティの小高い丘の上のカフェ。花に囲まれたテラス席で向かい合う一組の男女。テーブルに置かれたカップからコーヒーの香りが漂ってくる。はたから見ればやはりデートなのかもしれないが、全然そんなことはない。そのコーヒーはまったく味がしない。

 

「それにしても遅いな、トロバたち」

 

 お隣さんの言葉に、コーヒーを飲む手が止まる。水分を摂取したからか、いや関係ないだろうけど、汗が首筋をつたうのを感じる。

 

 彼は町の方を眺めながら、空になったコップをもてあそんでいる。本人の様子を盗み見れば、そこまで深い考えはないらしい。ただふと思いついたことを口にしただけで、特段何かを知った、気づいたという様子ではない。

 

 しかし、彼はあのお隣さんである。いつも知らないふりでさりげなく気遣いをするような、そんな人。輝きの洞窟に行った時なんかはその代表例だろう。サイホーンに乗る際にわざわざ座りやすい位置を空けておいてくれたり、洞窟に入る時には上着を貸してくれたり。しかもそれらはすべてさりげなく。事が終わった後に、そういえばと気づくのだ。

 

 無意識なのだろうか。だとしたらとんだタラシである。まあ少なくとも、自分はたらされていないのだからどうでもいいのだけれども。そんなことよりも、遅れている友人たちのことである。

 

 サナ、トロバ、ティエルノ。この場にいる二人を合わせて計五人。ともに博士に選ばれた図鑑所有者として旅を始めたメンバー。なのだが、そのうちの今この場にいない三人はサナの勘違いからはじまるお節介によって()()()遅刻している。なんでも、二人きりの環境を作りたいのだとか。正直、頭の痛くなる話でしかない。

 

 何度も言うように、彼とはただのライバル。それ以上でもそれ以下でもない。だというのに、こんなセッティングをされても困るわけで。

 

 二人きりでお茶をするだけで気まずいのに、この『セレナはお隣さんのことが好き』というデタラメを彼が誤解したら、それこそライバル関係の破綻を迎えてしまうかもしれない。真面目な彼のことだから、きっとショックを受けてしまうに違いない。ここはうまくごまかさないと。

 

 カラカラに乾いた口を開く。

 

「そ、そうね。みんなで買い物でもしているんじゃない?」

 

 いきなり裏返って自分を裏切った声。軽く焦りながらも、なんとか話し通す。が、もちろん鋭い彼はごまかしきれない。

 

「待ち合わせを無視して?」

 

 訝しむ彼の視線は痛い。そもそも三人は約束を破るような人ではないのだから、疑うのもごもっともなわけだが。

 

 ブラックの綺麗な瞳に捉えられる。くもりのない目を前に、誰が心を傷めることなく嘘をつけるのだろう。自分には無理だということがたったいま、判明した。だから彼との会話を強制シャットアウトするしか手段は残ってない。

 

 彼から目をそらし、できる限り冷たい態度で、言葉を投げつける。

 

「別にお隣さんが気にすることではないでしょ」

 

 目をそらした先、ハクダンシティの町並み。石畳みの町を飾る色とりどりの花たちに囲まれ、随分と楽しそうな男女のカップルがちらほら。同じ男女でこうも違う。自分たちはああではないのだから、やはり好き合っている者同士なんかではなく、ライバル関係といった方がしっくりとくる。

 

 けれども。ほんの少し、胸になにか冷たいものが残る。実を言えば、彼との二人きりを全く望んでいなかったわけではないのだ。彼とは一度二人きりでちゃんと話をしてみたい、そう思ってはいたのだから。

 

 お隣さん。彼とは似ていると思える点が多々ある。家族が()()()人で、少し人付き合いが苦手で。自分で言うのもあれだが、バトルが強いところも似ていると思う。だからライバル宣言をした。だから勝ちたいし、もっと知りたい。そういう意味では、二人きりで話をしたいとは常々思っていた。

 

 しかしながら、結局あまり話すことはできなかった。ライバルだと意識すると、どうしてもつれない態度をとってしまうというか、冷たくあたってしまうというか。とにかく、うまく話が続かない。たった今も、冷たい態度をとってしまった。

 

 心にチクリと痛みが走る。こんなつもりではなかったのに。うまく言葉にできないところがますますもどかしい。

 

 と、先程から眺めている景色に三人の男女が入り込む。ピンクのガーリーな服をきた女の子、首からタブレット端末をさげた男の子、バニプッチがプリントされたTシャツを着た男の子。順にサナ、トロバ、ティエルノ。時計で時間を確認してみると、お隣さんとの待ち合わせの時間から一時間が経つ頃。()()()待ち合わせ時間だ。

 

「あら、来たみたいね」

 

 三人の方を示すと、彼はそっちを見る。その横顔に少しだけ、本当に少しだけ、魅入ってしまった。普段彼の見せる横顔は、気まずさに目をそらす時の頼りないものばかりだったのだから。

 

「君の言ったとおり、気にすることではなかったね」

 

 不意にはにかみながらこちらを見た彼に、一瞬どきりとさせられる。慌てて顔をそらし、彼の横顔を見ていたことに気づかれないよう、目を閉じて一息をついてから口を開く。

 

「……まあ、そうね」

 

 バレなかっただろうか。気になって、少し間を置いてからそっと彼を見る。が、彼はすでに目の前にはいなかった。空席。

 

「やっぱりテーブル一つじゃ足りないよね?」

 

 振り向けば、彼の姿があった。そう言いながら近くにあった空席のテーブルと椅子三脚をゲッコウガに手伝ってもらいながら運んでいる。そういう細かいところに気がきくのが彼なのだ。

 

「そうね、手伝うわ」

 

「いや、いいよ。女の子に重いものを持たせるわけには」

 

 真面目な顔してそんなことを言う彼に、思わず溜息をつく。ポケモンに手伝ってもらうという発想はできるのに、どうして物理的になのか。もっと効率の良い方法があるというのに。

 

「フォウ、お願い」

 

 モンスターボールから私が繰り出したポケモン、マフォクシー。エスパータイプをもつマフォクシーならば、物の運搬など朝飯前である。

 

 フォウは彼や彼のゲッコウガが運ぶテーブルや椅子をすべてサイコキネシスで持ち上げると、パパッと並べる。ついでにフォウはゲッコウガに対し、ドヤ顔を見せる。二匹はどちらもプラターヌ博士からもらったポケモンで、言うなれば同期。自分と彼のように、ライバル関係なのだ。自分が不甲斐なく、バトルではなかなか勝たせてあげられないためか、やけにこういうところでは強がる。

 

「あ、そっか。その手もあったのか」

 

「気づくのが遅い」

 

「すみませんでした」

 

「……別に謝らなくても」

 

 すぐに頭を下げるお隣さんに、ついこめかみをおさえたくなる。彼らしいといえば彼らしいのだが、本当にもう少しどうにかならないものだろうか。

 

 とはいえ。

 

 サナたちを迎えに行った彼の後ろ姿を見ていると、自然と微笑ましい気分になる。彼らしい、平常運転の彼。明後日にはマスタータワーでメガリングを奪い合うというのが、嘘のようで。

 

 先刻彼に告げた、『緊張してるの?』という言葉。しかし実際に緊張しているのは自分なのだ。メガリングという希少なものをかけて、今度、彼とわたしはバトルをする。今まで一度も勝てたことのない彼に勝たなくてはならない。緊張しないわけがないのだ。それこそ、このカフェにいる間中、彼の顔をまともに見られないくらいに緊張していたのだ。

 

 だから、少しだけ安堵した。彼はいつも通りのお隣さん。ライバルだとか、競り合うだとか、そういったことを気にせずに接してくれるやさしい少年。

 

「って、なにを考えているのかしらね」

 

 渇く喉。とりあえず残りのコーヒーを一気に飲み干す。味はやはり感じられない。

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