すれ違いcommunication   作:empty

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#3 すれ違いprologue/boy’s side

 さえずりとも言いがたい、喧しいくらいのポケモンの鳴き声。徐々に意識が覚醒していく。

 全身が重い。思うように体が動かない。まるで鉛か何かのよう。けれど、感覚は生きているようで。

 耳をすます。様々なポケモンが近くにいるらしい。識別できないくらい、多種多様なポケモンの鳴き声が響く。ここはどこなのだろうか。

 おそるおそる目を開ける。青い空が広がっていた。点々と並ぶ白い雲。太陽の光は眩しく、開きかけた目を閉じそうになる。

 

「こ……。ここは……?」

 

「目ぇ、覚めたのかい」

 

 痛む喉、霞む声で呟く。すると不意に視界が暗くなる。一人の男が覆いかぶさるようにしてこちらを覗いていると気づくのに、数秒かかった。

 白い髪。白い髭。壮年の男は口を開く。

 

「ここは……あれだな、あれ。天国だよ」

 

「てん、ごく……?」

 

 なるほどと思う。痛む首を動かせば、川と花畑が見えた。周囲をずらりと囲むポケモンたち。ヤヤコマ、トリミアン、ニャスパーなどなど。たしかに、天国のような温かい空間。

 

 そうか、死んだのか。

 

 ……痛みを感じるのに、さすがにそれはないんじゃないだろうか。

 視界に入る男を睨みつける。すると、男は苦笑いをしながら慌てて手を振った。

 

「いや、これはなんだ、冗談だ、冗談」

 

 死にかけているような人間に向かって、随分とタチの悪い冗談だことで。それよりも、未だに最初の疑問が解決されていない。ここはどこなのか。

 声を振り絞り、男に問いかける。

 

「ここ……は?」

 

「あれだよ、あれ。秘密ってやつだ」

 

「……」

 

 殴り飛ばしたくなった。白い髪に白い髭。顔のところどころに皺を作りながら、おじさんはニヒルに笑う。そんなこのおじさんを殴りたくなっても、仕方ない。現実問題殴らなくても、フリくらいはして脅かしたかなってしまった。

 が、腕を動かそうとして激痛が走る。

 

「つっ!?」

 

「お、おい。動くなよ。お前はボロ雑巾なんだぞ」

 

「じゃあ、教えてくださいよ……」

 

 おじさんが唸る。その様子を眺めながら、どうせなら可愛い女の子に看取られたいと思う。ふと思いついたのは、艶やかな金髪の、ポニーテールの女の子。

 

「ここはポケモンの村」

 

「ポケモンの……?」

 

 首だけ動かし、周囲を見渡す。花畑の中に、いくつもの動く影。遠くには白い腹のようなものも見える。

 

「ここにいるのはワケありのポケモンたちばかりだ。……トレーナーに捨てられたりとか、な」

 

「……彼らが?」

 

「人は基本、苦手なんだ。あれだ、お前さんが現れた時はポケモンたちが騒がしかった。川のほとりに倒れてたんだよ、お前さん」

 

 そうだ。自分はあの後、川に落ちて……。

 

「俺もあれだな、最初は警戒したな。でも、ほら、あいつだよ、あいつ」

 

 おじさんの指さす先。木の木陰に一匹のポケモン。青い体に赤い舌。目を閉じ、腕を組んで、じっと立っているそのポケモンは。

 

「ゲッコウガ……!」

 

 この地方に来て、最初にもらったポケモン。今まで旅してきた相棒。それがゲッコウガ。

 ゲッコウガは片目だけ開け、こちらを見る。そしてまた閉じる。先程より表情が柔らかく見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。

 

「あいつを見りゃわかるね、お前さんは悪い奴じゃない」

 

 おじさんがウンウンと頷く。目が熱くなり、空を見上げる。

 広がる青い空。ところどころに浮かぶ白い雲。暖かな陽射し。周囲には色とりどりの花。こんな長閑かな空間に、なぜ自分はいるのか。自分はあの日、あの鋭い鎌で左腹を突き刺されたはず。そしてそのまま川に叩き落とされて。

 ゆっくりと左手で、刺された箇所を撫でる。たしかに服には穴が空いている。やはり刺されたのだ。だというのに、生きている。たしかに空が見えて、ポケモンの鳴き声が聞こえて、そして痛みを感じる。息を吸い込めば、体の内側が悲鳴をあげる。それでも生きている。

 ふと、硬い何かに手が触れた。穴の空いたポケットから取り出したそれは、壊れたホロキャスター。無残にも中央に亀裂が入り、使い物にならなくなってしまっている。しかし、まさかこれのおかげで命拾いしたとでもいうのか。

 なんとも言えないドラマ仕立て。思わず笑ってしまう。そして当然のように、痛みに悶える。笑えない。

 

「まあ、ゆっくりしていきな。ここには誰も襲いにきたりしないだろうからな」

 

 立ち上がる男。厚手のジャンパーを肩からかけているが、中は白いタンクトップの下着。そのアンバランスさに一瞬、何を聞こうとしていたのか忘れかける。

 

「あの……あなたは?」

 

「ん? ああ、あれだよあれ、ウルップ」

 

 ウルップ。どこかで聞いたことがあるような気もするが、思い出せない。

 

「ポケモンの村、でしたよね。カロスのどの辺りにある場所なんです?」

 

「エイセツシティって知ってるか? そこの近くの森を抜けた先だよ」

 

 エイセツシティ。たしかハクダンシティとはチャンピオンロードを挟んで隣だったはず。川に流されてたどりついたわけだから、そこまで遠くには着いてないのか。位置取り的に上流な気もするが、ゲッコウガが泳いでくれたのだろう。

「えっと、フラダリ杯っていつですか」

 

「フラダリ……?」

 

 ウルップさんが首をひねる。意外にも世俗のことには疎いよう。でも、このような場所の近隣に住んでいるような人ならさもありなん。

 

「あの、サイホーンレースの大会です。サキが現役復帰するっていう」

 

「ああ、あれだな、うん。たしか一週間前だな」

 

 一週間。つまり、自分は一週間寝ていたのか。

 次の瞬間、あの日見た異様な光景が次々に頭を駆け巡る。突然の襲撃、宙を舞うサイホーンとレーサー。観客席に向かって突進するポケモン。パニックに陥る会場。

 こんなところで、寝てなんか……! 

 飛び起きようとした瞬間、背に、腹に、激痛が走る。

 

「あぐう!?」

 

「無茶するな!?」

 

 重い身体。痛む節々。手先には軽い痺れすらある。それでも、体に鞭打ってなんとか立ち上がる。

 

「行かなきゃ……」

 

「お、おい! 無理だって!」

 

「でも!」

 

 頭の中に鮮明な映像が流れ込んでくる。吹き飛ぶ大地。飛び散るサイホーン。地を這う青い龍。逃げ惑う人々。突き破られた競技場の壁。広がる草原を走る二匹のポケモン。ひとけのない川辺。繰り出されるゲッコウガ。自分の目の前に対峙するポケモンの変化——メガシンカ。

 メガシンカ。ポケモンとトレーナーが揃うことで、初めて引き起こされる現象。その条件は未だ解明されていないものの、仮説ではポケモンとの絆が必要とされている、らしい。要はあの場にトレーナーがいたのだ。

 あれは。あれは事故なんかじゃない。誰かの仕組んだ事件だったんだ。何者かが意図的に起こした襲撃。

 

「あれは! 事故なんかじゃなくて! 誰か犯人が——」

 

 おそらく、ガブリアスを追っていった自分しか知らない事実。この事実を伝えれば、目の前のマイペースなおじさん、ウルップさんの驚いた顔すら見ることができる。

 ——そう思っていた。

 けれど、目の前のあべこべ男は沈痛な面持ちで、深々と頷く。

 

「そうだな。重要参考人はすでにホロキャスターニュースで全国に告知されているな」

 

 男が静かに言った。無言で自分のホロキャスターを上着のポケットから取り出す。

 

「そんな……誰が!」

 

 誰が犯人なのか。誰がその情報を流布したのか。わからない。何もかもわからない。

 あの日。カブリアスをサイホーンに乗って追いかけた先。ひとけのない川原で戦闘を行なった。たしかにサイホーンは会場に返した。元よりあれは母さんのポケモンで、つまり競技用なわけで戦闘は無理。ゲッコウガで応戦をしたのだ。

 ちゃんと周りを見ていた。救援はいないのか。敵らしき誰かはいないのか。誰もいなかった。

 そしてガブリアスはメガシンカした。すぐに確信する。これは人災だと。

 戦闘は結局、勝てなかった。メガシンカ。その圧倒的火力の前になすすべもなく。悔いた。もしもう少し早く、メガシンカの継承式を終えていれば。メガリングを受け取っていれば。こちらもメガシンカを使うことができたのなら。

 最後の最後。腹を刺され、川に叩き落とされ、消えかける意識の中、瀕死まじかのゲッコウガが川に飛び込んでくるのを見るその瞬間まで、近くに人はいなかった。それなのになぜ、そのようなニュースが流れることができるというのか。

 

「あれだ、後悔。しないのなら、見せてやる」

 

 差し出されたホロキャスター。それを、何の躊躇もなく奪うようにひったくり、ニュースメッセージを再生する。

 赤縁メガネの女性アナウンサーが映し出される。パキラ。有名なアナウンサーだ。クールで知性的、そして美人。ゆえに人気があり、人気アナウンサーランキングでも上位に入るような人。実はポケモンバトルの腕も立ち、ポケモンリーグの四天王の一人を務める強者だったりもする。

 広大なサイホーンレース競技場の写真とともにパキラが告げるニュース。土煙の上がり、逃げ回る人々が映るその競技場は紛れもなくあの日のフラダリ杯の会場で。

 次々と切り替わる画像。突然地中から現れたガブリアス、吹き飛ばされるサイホーンとレーサー、瓦礫と化す競技場の観客スタンド。見るに忍びない惨状が、次から次へと映し出される。

 アナウンサーはいかにも悲しそうな顔で原稿を読み上げる。幸い死者はいないものの、多数の重軽傷者を出しているとのこと。ポケモンも多く傷つき、ハクダンシティのポケモンセンターはベッドが余っていない状態らしい。

 大会主催者のコメントが出る。フラダリさんのコメント。テロは許されない、そう高らかに宣言をする。

 

『偶然現場に居合わせた人が撮影した映像がこちらなのですが』

 

 パキラの言葉とともに、動画が再生される。

 

『この人物が襲撃したガブリアスとともにどこかへ去る姿が多数目撃されており、警察は重要参考人として行方を追っています』

 

「そんな……なんで……」

 

 ホロキャスターを握る手が震える。

 

「……だから聞いたんだ。後悔しないか」

 

 ウルップさんの言葉が突き刺さる。けれど、でも、仕方ないじゃないか。こんな事態になっているなんて、誰が予測できるのか。

 最後に、重要参考人の顔写真が表示される。黒い髪、黒い瞳。白めではあるものの、やや黄色い肌。見たことのある、いや、よく知っている顔。

 

『この少年は現在、行方不明となっています。何かご存知の方は、ご連絡を』

 

 顔写真の下に書かれている自分の名前から目が離せない。

 

『ナギ・グレイス』

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