すれ違いcommunication 作:empty
「ありえませんっ!」
思わず立ち上がり、テーブルを叩く。それくらい激昂していた。テーブルはがたつき、カップに入ったコーヒーが揺れる。が、周りの客たちの驚きの目を集める結果となり、頬が熱くなるのを感じながら静かに椅子に座り直す。小洒落たカフェの店内において、少々空気の読めない言動だった。
でも、ありえない。そんなわけないのだ。
「私もそう思ってる。けれど、もうどうしようもないわね」
深い溜息をつき、向かい合って座るパンジーさんは頭を抱える。
「どうしようもないって……パンジーさんはマスコミ関係者なんでしょう?」
「ただの雑誌記者の端くれよ。ホロキャスターのニュースに刃向かうほどの規模のない、小さな出版社のね」
心の中で舌打ちを打つ。大人って。
パンジーさん。ミアレ出版という出版会社に勤める彼女なら、きっと声を上げてくれる。そう思っていたのに。
「パンジーさんはサキさんの親友だって。それなら」
「あなたは賢い子でしょ、セレナちゃん。言わなくてもわかって」
「ですが!」
「私だって……どうにかできるものなら、そうしたいわ」
机の上に置かれたヘッドセットをパンジーさんが操作する。彼女のノートパソコンに送られるいくつかの写真データ。そのほとんどが私とお隣さんのツーショットなのは少しいただけないのだけれども。
「アリバイとかにならないんですか、これ」
「無理ね。いくらでも地中にガブリアスを仕込ませることは可能でしょ?」
「お隣さんはそんなポケモン、持ってなかったはずです」
「今までずっと一緒に過ごしてたわけではないのだから」
「でも」
お隣さん。新しいポケモンを捕まえるたびに、若干はにかみながら紹介してくれていた。プラターヌ博士からもらったケロマツに始まり、ミアレでもらったあの子も、ユリイカちゃんから譲られた子も、輝きの洞窟で手に入れたこはくも、トロバと交換してもらったという子も。どれも嬉しそうに話してくれていた。それなのにガブリアスだけ話してくれていなかったなんて、そんなことがあるのか。
あの日。伝説のサイホーンレーサー・サキの現役復帰戦となる、フラダリ杯。そこで起きた未曾有の事件——ガブリアスによる襲撃。ポケモン・人問わず、多数の負傷者を出したあの事故からもうすぐ一週間が経つ。世間の関心はサキの復帰から一気に、未だ不明の事件の真相へと向けられる。連日放送されるニュース。ハクダンシティの町はたくさんの人でごった返す。警察、マスコミ、野次馬。物騒になってしまった町には、大会前日のあの、デートをしたくなるような雰囲気は微塵もない。
あの日、それは突然起きた。サイホーンレースのスタートと同時に弾け飛ぶ地面。地中から現れたのは、マッハポケモン・ガブリアス。一頻りサイホーンたちを蹴散らした後、ガブリアスは会場から逃走する。
会場内は悲惨だった。倒れるサイホーンとレーサーたち。パニックに陥る観客席。思い返すだけでも胸にくるものがある光景だ。もしこれが事故ではなく、故意に起こされたものだとしたら。考えるだけでも身震いがする。
そして、その事件の重要参考人として捜索されているのがお隣さん。身震いどころではない。初めてそれを聞かされた時は戦慄を覚えた。
そんなバカな話、と一蹴したい。しかしながら、現に映像データが存在してしまっている。ガブリアスとともに会場の外へと走るサイホーン、その上に乗る彼の姿が。その後戻ってきたのはサイホーンだけというのだから、彼について知らない一般の人たちが犯人じゃないかと思うのも無理はないというもの。
けれども。
店内に設置された小型テレビ。放送されている番組内では、テレビで人気の人たちがそれぞれ各々に今回の事件についてのコメントを述べている。やれ若気の至りだの、彼の家庭環境はどうなっているだの。
カップを握る手に力が入る。コーヒーを一口啜るも、気持ちは静まらない。彼はそんなことをする人では——。
ふと、パンジーさんがにやける。
「何も知らないくせに、って思ってるのね」
「そ、そんなこと!」
「顔に書いてあるわよ」
パンジーさんの余裕の態度が少し癪に触る。こういう時は余裕を気取るのだから、大人って。が、今はそのようなくだらないやりとりをしている場合ではない。
「とにかく、お隣さんはそんな人じゃありませんから」
「じゃあどんな人?」
「え?」
頭の中に彼を思い浮かべる。優しくて、気配りができて。そしてなんといっても、ポケモンバトルが強い。ジム戦は連戦連勝、メガシンカの継承者候補として選ばれるくらいだ。
「そう。じゃあ、どうして彼は強いのかしらね」
「それは」
口から言葉が出なくなる。ポケモンと仲が良いから? ポケモンが好きだから? 思いつかなかった。頭の中に思い浮かべていた彼の姿が霞んで見える。いや、しかし、自分はこれまで、彼と何度もポケモンバトルをして……。
はたと気づく。バトルをしただけなのだ。そして負けて、悔しくて、次は勝ちたいと思い、ポケモンセンターに向かう。何度もベッドで泣いた。自分の戦術のどこが悪かったのか、何度も考えた。もっと強くなりたい、その一心で。
でも、それしか考えてこなかったのだ。彼のポケモン、彼とポケモンの関係、そういったものは見ていなかった。
ポケモンはトレーナーを映す鏡だとはよくいったもので、ポケモントレーナーたるものそれは常識だ。けれども、私は——。
「アタシ……お隣さんのこと、何も知らなかったみたいです」
「あなたがそう言うなら、そうなのね」
いつもがむしゃらなバトルばかりで。彼とまともな会話をしたことがあっただろうか。思えばいつも、バトルに関する話しかしてこなかったようにも思う。好きな食べ物とか、お気に入りの本とか、生まれた町とか、好きな異性の仕草とか、なんでもいい。そういう、一般的な男女が交わすような会話を何一つしてこなかった。
もっと知りたい。もっと話したい。彼のことが好きとかそうじゃなくて、とにかく気になるのだ。彼と私はまだ知り合ったばかりで。まだまだお互いに何も知らないで。そんな状態でライバルを名乗っていたと思うと、頬が火照ってくる。
——会いたい。
「パンジーさん。何か……何か、アタシたちにできることってないんでしょうか」
「そうは言われてもね……」
パンジーさんは顎先に指を添え、ブツブツと呟く。
「これが警察の誤解なら……でも……陰謀の可能性も……
最後に一つ大きな溜息。パンジーさんと目が合う。緑色の、彼女の妹のビオラさんによく似た瞳。
「本気?」
試すような質問。パンジーさんの目を捉え、そらさず真っ直ぐに返答する。
「はい」
迷いなんてない。このまま二度と彼に会えないなんて、まっぴらごめんな話だろう。彼のことを知って、それを糧に強くなる。そう決めたのだから。それに一度も勝ち星を得ないままなんて、こちらのプライドにも関わる。これでも一応、ベテラントレーナーの両親に元四天王の親族を持つのだから。
「そう。わかったわ、こちらとしても何か方法を模索してみる」
「ありがとうございます!」
「お礼なんていいわよ。まだ何ができるのかもわからない状況なんだし」
そう、今の状況では、何もかもがわからない。あの襲撃は事故なのか事件なのか、お隣さんは今どこにいるのか、どうすれば誤解を解けるのか。探偵でもない自分たちには、事件の真相を推理することなんてできない。
お隣さん。あの日、ガブリアスを追っていったただ一人の人物。彼なら、何か知っているかもしれない。重要参考人とされているほどなのだ。
「パンジーさん。お隣さんの情報を集めましょう。誰よりも早く、お隣さんを見つけないと」
「そうね。それは私がやるわ。セレナちゃんは、他にやることがあるでしょ?」
「他に……?」
しばらく考えてみるが何も思いつかず、首を傾げる。
「シャラシティ、マスタータワー。あなたはメガリングの継承式を完了させなさい」
「メガリング……」
メガリング。それはメガシンカに必要なアイテムだ。大変貴重なもので数に限りがあり、継承には特別な儀式を必要とする。
「でも、それって」
本来なら私と彼とで継承者を決めるバトルをするはずだった。そう、彼も継承者の候補なのだ。
私が勝手に継承してしまっていいものなのか。そんな疑問が頭をよぎる。
「いい? もし今回の一件が誰かの陰謀なのだとしたら、なぜナギくんが今も姿を見せないと思う?」
ガブリアスを追っていったお隣さん。彼が未だに戻らないというのは、つまり。
「……バトルに負けた、ということですか?」
「そう考えるべき。だからセレナちゃん、あなたには強くなってもらわないといけないの」
「強く……」
強くなる。本当にできるのだろうか。相手はお隣さんを破ったかもしれない人物。いまだかつてお隣さんに勝てていない自分が、其奴に勝てるようになると?
でもお隣さんはメガシンカを使えなかった。ここで自分がメガリングの継承を終えたのなら、もしかしたら。
「どうかしら?」
「……やります。成し遂げて見せます!」
「そうと決まれば、早いとこ向こうと連絡を取っちゃいましょ。アポ取りは先手必勝よ」
パンジーさんの勢いに押されるがまま、ホロキャスターでシャラシティのジムリーダー・コルニに連絡を入れる。
コルニはすぐに連絡に出た。くつろいでいたのか、いつも結んでいる髪は下ろしてある。
『はーい、こちらコルニ』
「あ、お久しぶりです。セレナです。メガリングの継承を——」
『ふふっ、来ると思ってたよ、そのお願い。いいよ、マスタータワーにおいで』