すれ違いcommunication 作:empty
ミアレシティのプリズムタワー。ミアレの中心に位置し、シンボルであるその塔のもとに作られた仮設ステージ。そのステージに立つ1人の男がいた。オスのカエンジシを彷彿とさせる燃えるような色合いの髪。黒いスーツを着こなした胸元には情熱色のネクタイ。そして男の目の前には、彼の格好に負けず劣らず熱気に溢れた人だかり。
男はマイクを片手に声を張る。
——此度の事件は、それはそれは痛ましいものでした。犯人がまさか、あんな未来ある子供だったなど、誰が予想できたでしょう。しかし私は思うのです。本当に、彼には未来があったのか、と。いえ、彼だけではありません。世界中を見れば、あちこちに未来が見えず、途方にくれる人がいるのです。ある人は物がなく。ある人はお金が足りず。またある人は機会に恵まれず。せっかくの才能を持ちながら、その才能を活かせない。活かしていく未来が見えない。なぜ彼らはそのような境遇に立たされねばならないのか!
男はつい最近、自分が主催するサイホーンレースの大会で起きた事件のことを想起する。重要参考人とされたのは、自分とも面識のある人物。知人の博士が言うに、かなり才能のある若者。歳に似合わぬ落ち着きがあり、バトルの腕前もなかなかのものであった。
——人々の未来のため。子供たちの明日のため。世界は変わらなくてはならない、そうは思いませんか! 大女優カルネを皆さんは知っているでしょう。彼女は世界に笑顔を与えるために生きている。サイホーンレーサーのサキ。彼女は人々に希望をくれる。そのような人たちがいる一方、醜く、他者の何かを奪う人たちも存在するのです。なにも物品だけの話をしているのではありません。笑顔、希望、未来。そういったものを他者から奪うような輩が!
男は心の中で涙を流す。本当にひどい話である。世の中にはポケモンを捨てるような人も存在すると聞く。そして言わずもがな、将来有望な子どもの未来を奪う人も。
——そして今回。あの少年も、奪う者へと成り下がってしまったわけなのです。どのような事情があったのかはわかりません。が、彼が奪ったという事実はそこにある、そうでしょう? しかしこれは彼だけの責任ではないのです。私たち大人、彼がそうせざるを得ない世界を作ってしまった私たちにも、責任はある。そうは思いませんか!
ステージを囲むようにして集まった群衆から拍手や歓声がわく。男は拳に込める力をより一層強くする。
——私たちフラダリラボは、件のような惨劇が二度と起こらない、そういう世界を作ることを目指します。それが選ばれた私の、諸君の、皆の、役目なのです!
男は演説を終え、踵を返す。舞台袖へと去る彼の背中に飛んでくる拍手、歓声、フラダリコールの数々。しかし当の本人はそれを受けて、笑うことも照れることもしない。
舞台袖では複数の人が彼を待っていた。テレビ局の人間、ミアレのお偉いさん、それからフラダリラボの関係者。そのうちの一人、白いスーツに赤ネクタイ、赤サングラス、赤い手袋を身につけた丸刈りの男。彼はフラダリに近づくと小声で囁く。
「さすがです。これで我々の活動の邪魔をするものはかなり減るでしょうね」
「私は哀しいよ」
フラダリは硬い表情を崩さず、用意されていた椅子に座る。この作戦のために、一人の少年が犠牲になった。やむを得ないことではあるものの、フラダリは彼の未来を奪ったのだ。
「それで、何用かな?」
「先程傍受した通信データより、かの少年の同僚の一人がシャラシティのマスタータワーでメガリングの継承式を執り行うと」
「……なるほど」
メガシンカ。それを扱える人間は数少ない。継承した人物は選ばれた者、そうとも捉えられる。それにその方面の研究はラボでも進んでいない。フラダリとしても興味のある話だ。
「接触を図る必要があるな。私が直接出向きたい」
「では、スケジュールの調整を」
「ありがとう。ところで、彼の捜索状況はどうなっている?」
「まだ情報は何一つ」
「そうか」
フラダリは目を閉じる。件の事件の真相に最も近いのはおそらく彼。早い段階で消さねば、どんな不都合が生じるかわかったものではない。ホロキャスターが壊れていることは確認済みではあるのだが。
「ナギくん。君は今、どこにいるのだね?」
盛り上がる観衆の声に、フラダリの呟きは消え入った。
「なーんか、楽しいって感じじゃなくなっちゃったね」
ミアレシティは広い。ミアレタワーから遠く離れたとあるストリートのカフェテラスで、三人の子供が顔を突き合わせていた。
遠くから聞こえる演説の声はどこ吹く風、彼らは真剣な表情で話をすすめる。
「まさかナギさんが重要参考人だなんて……」
「えっ。トロバっち、あれ信じてるの!?」
一際小柄な少年が沈痛な面持ちで呟くと、対照的にガタイのいい少年が驚きの声を上げる。
「違いますよ! そうじゃないですけど……なんて言ったらいいんでしょう」
トロバっちと呼ばれた少年は頭を抱え込む。どうしてこのような事態になってしまったのだろう。こんなはずではなかった。少なくとも、旅立ちのあの日はもっと楽しい未来を想像していた。
カフェテラスからミアレの街を見る。ストリートは大人で溢れ、多くの人が脇目も振らずにその路を急いでいる。つい1週間前の事件などどこ吹く風、彼らの日常は変わってないように見えた。
「そういえば、セレナっちはどこに? サナは何か知ってる?」
「ティエるん、話聞いてなかったの? セレナはマスタータワーに向かったじゃない」
「あー、そういえばそんなこと言ってたような」
ティエるん、本名ティエルノ。気まずそうに頬をかきながら。これはおそらく聞いていなかったのだろう。
「でもセレナはすごいなぁ。こんな状況で、自分にできることをもう見つけてる」
この3人の中で唯一の女の子、サナ。ピンクの可愛らしい服を着た彼女はどこか遠くを見ながら。
「僕たちにできることって、何かあるんでしょうか……」
小柄な少年トロバは、膝の上に置いた自分の手を見つめながらポツリと呟く。
明るい街。いつもと変わらない街。そんな街の片隅にある自分たちはあまりにもその場に似つかわしくなく。セレナ、彼女はすでに自分のやるべきことを見つけている。同じ日に同じ場所から旅立ったはずなのに、自分たちとは全然違う次元にいるようで。
意味もなくカフェの店内に視線を移す。楽しそうに会話をする男女。静かにお茶を嗜む紳士。トロバの視線は天井に飾られたシャンデリアに止まる。その明かりが、ふと消えたのだ。
「あれ?」
ぽつりともれた少年の言葉は、騒がしくなる街中へと消えていく。