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目が覚めたら、星河スバルになっていた件について。
突然の事態ではあるが、状況を理解するよりも先にこの体の持ち主である引きこもり小学五年生の記憶が流れ込んでくる。
しかしスバル少年の記憶から流れてくる社会的な情報と大きな差異のある知識が俺の中に存在している。その知識の中に『流星のロックマン』というゲームソフトの情報があり、それによってこの体の持ち主が星河スバル少年であることが理解できた。
どうやら『ロックマン』はシリーズ物であるらしく、『ロックマンエグゼ』など世界観を共有した作品もあるようだが、そちらに関する知識はそんなゲームがある程度の認識と、ネットで拾ったと思わしき断片的な情報だけだった。
『流星のロックマン』シリーズのストーリーに関しては、大筋は頭の中に入っているが、細かい部分に関してはとても完全とは言い難い。
油断はできないだろう。なにせデリート=死なのだから。
世界観とスバル少年の身辺を簡単に説明すると、『流星のロックマン』では地球上全ての電子機器が電波で繋がれており、そんな電波社会を舞台として作中では3年前に、地球外生命体の反応をキャッチすることに成功する。
ニホン科学宇宙局 『NAXA』は反応にあった地球外生命体と友好関係を結ぶため、宇宙ステーション 『絆』を打ち上げることにしたのだ。
しかし、『絆』は原因不明の事故により行方不明、数ヵ月後、ニホン海に『絆』の破片と思われる残骸が落下したことで捜索は打ち切られ、宇宙飛行士として『絆』に乗っていた父の生存は絶望的となったわけだ。
さて、そんなこんなで絶賛不登校中のスバル少年だが、数少ない趣味があったらしい。
それは機械いじりや、天体観測(個人)だ。前者は好奇心からくるものだが、後者は宇宙飛行士だった父を望遠鏡で見つけられないか、という殆ど無謀な試みである。
しかし本人の精神安定剤程度には役立っていたようだ。
そんなインドア系不登校ボーイが、趣味の天体観測中に宇宙人であるウォーロックと偶然の邂逅を果たし、ウォーロックと星河スバルの融合体、「ロックマン」になって電波世界でウイルスを駆逐したり、世界を救ったりしながら仲間や絆の大切さを学んで成長するのが、流星のロックマンにおける大筋のストーリーだ。
むしろ大筋のストーリーと主要キャラ程度しか頭に知識としては入っていない。
そんな俺の携帯端末『トランサー』には件のウォーロックがいる気配もないし、スバル少年の記憶にもウォーロックなる宇宙人と出会った体験はない。そもそもウォーロックは普通の人間には見えない電波生命体であるため、可視化するためのビジライザーが必要なのだがそれも持っていない。
そういえば先程から来客が訪れているようだが、恐らくその来客がビジライザーを渡しに来た父の後輩、天地マモルさんなのだろう。あまり詳しく覚えてはいないが、天地さんが来るのは小学五年生になった当日であったはずだし。
つまりこれから俺はウォーロックと出会うわけなのだが、上手くやれるだろうか。
リビングに降りると母である星河あかねが来客に対応していた。
あのキャップの配色、間違いなく天地さんだろう。挨拶をするべきとも思ったが、このスバル少年は人と関わることを極端に恐れていた。
母のあかねさんもそれは承知なので、いきなり元気よく挨拶なんてしたら不審に思われるかもしれない。
……ここはスルーするフリをして、あかねさんに声を掛けられるのを待って挨拶するべきだろう。
「スバル、ちょっとこっちに来てご挨拶なさい」
(一人称もボクにしないと……)
「……うん」
「こちらはお父さんの後輩で、NAXAに務めていた天地さん」
「初めまして、天地です」
「……初めまして。星河ダイゴの息子、スバルです」
「NAXAじゃあ、キミのお父さんにはホントにお世話になったよ。キミのお父さんは優秀で、何より勇敢な人だった……」
「ありがとうございます。父も天地さんのようなしっかりした人が自分の後輩で誇りに思っていたはずです」
「あはは……ありがとう。よろしくな、スバル君。あ、そうだ、僕は今、NAXAをやめて町外れに自分の研究所を構えて、宇宙学を研究しているんだ……よかったら遊びにきてくれよ……?」
「時間があれば、お邪魔するかもしれません」
「そんな堅苦しくしなくてもいいよ……っと、今日はお土産を持ってきたんだ」
遂に来たか。そういえばここで断ると、ウォーロックとも意志疎通が不可能になりロックマンになれない可能性が出てきたので、割と世界の命運を左右する分岐点だったのか。
「ビジライザーっていう特殊なメガネで、キミのお父さんが仕事に使っていたらしいんだけど、詳しい機能はわからないんだ」
三年もあって解析出来なかったのかよNAXAェ……でも3では普通に量産化に成功してたよな、警察関係者限定の装備としてだったけど。
「NAXAを辞めるときに出てきたんだけど、キミに渡しておこうと思ってね」
「これが父さんの……ありがとうございます」
手渡されながら思ったが、趣味が悪いんじゃなかろうか、このメガネのデザインは。だが、遂に手に入れたぞ。コレさえあれば、まぁ何とかなるだろう。
スバル は ビジライザー を ゲットした!!
「スバル、いつもの所に行くの?」
母のあかねさんが確認のため、行き先を聞いてくる。
ホント良くできた母親だよな。こんな良い人にこれから隠し事しながら生きていかないといけないなんて、世界滅亡案件よりキツイかも。なんてね。
………………今は日常の星河スバルを演じないと。
「うん、今日は晴れてるから星がよく見えそうなんだ」
「あら、トランサーの電源が入って…………いるようね、よかったわ。」
「ブラザーがいないから、誰もボクのパーソナルページを見る人なんていないけどね」
「……何言ってるの、トランサーがないと身分証明も出来ないんだから……」
…今のは元のスバル少年っぽかったかな?
「……うん、わかってるって。それじゃあ母さん、行ってきます」
あんまり長く話しているとボロが出そうだ。……あかねさんは良くできた母だから、もう何かに気づいて訝しんでいるかも……
ーースバル退出後の星河家ーー
「……行ったわね。今日のスバルはいつもより社交的だったわ。この調子でダイゴさんの事故とも向き合えるようになってくれるといいのだけど……」
「ところでスバル君はどこに?」
「学校の裏山にある展望台で毎日夕暮れ時に行って空を眺めているみたい……父さんが見えるかもしれないって……私もあの子も時間が止まったまま……早く向き合っていかなきゃって、わかってるんだけど……ううぅ……」
「…………」
ーーコダマタウンーー
外に出ると、未だ沈んでいない太陽が自分はまだ輝ける!とばかりに燦々と光を放っている。
4月なのでこれから日が長くなるとはいえ、今年の春は例年に比べて少し暑い。
観察するのは夜なので、薄着し過ぎて風邪を引くのも馬鹿らしいと、そこそこの防寒着をもって向かうことにした。
……ピロン!
なにやら少々気の抜ける音がしたと思ったらメールのようだ。
中身を確認するとスバル少年が所属するコダマ小学校からきた学習メールであることがわかった。
ゲームのようにセレクトだの、Lボタンで話しかけたりだのメタい内容ではなかったが、スバル少年のトランサーが『サテライト ペガサス』に属していることがわかったのは大きな収穫だった。
学校に行っていない間はティーチャーマンというナビに教育を受けることになっているそうだから、サテライトについて今度教えてもらおうと、方針が決まったのは朗報ではあるのだろうか。
……では、展望台へ向かおう。
展望台への道のりはスバル少年の記憶から理解出来たが、ゲームのコダマタウンと実際に、と表現するのも何だか可笑しいがこうして歩いているとそこそこ広い町であることがわかる。
スバル少年にとっては慣れた道のりだが、俺に、いや、ボクにとっては新鮮な道を、ゆっくりと堪能しながら展望台に向かう。
展望台に続く階段に到着して、スバル少年のもやしっぷりを体感していると不意に、可愛らしいけれど少々の真剣さを含んだ声が聞こえた。
「そこのアナタ!ちょっと、待ちなさい!」
コダマ小学校の校門あたりから、こちらに向かってくる三人組をボクは知っている。
『流星のロックマン』シリーズに通して登場し、ロックマンの正体を知ることになる数少ない友人、白金ルナ、牛島ゴン太、最小院キザマロだ。
因みに、『3』では最初に電波変換したときにサテラポリスに正体を知られてしまうため、警察内部では当たり前に知られている。
「……アナタね?ウチのクラスの不登校児ってのは?ワタシは白金ルナ!コダマ小学校五年A組……つまりアナタのクラスの委員長よ!後ろのでっかいのが牛島ゴン太で……」
いきなり自己紹介し始めた委員長さんをコミュ力高いなーと思いながら、若干の畏怖を感じていると、無視されていると感じたのか委員長さん以外の二人が話しかけてくる。
「オイ、このヤロウ!だまっていないで何か言ったらどうなんだ!?」
「委員長が直々にお話されているんですよ!」
委員長さんにカリスマがCランク程度で備わっているのは知っているが、三人とも同じ小学生なのに上下関係はっきりし過ぎじゃないかなぁ?
「……ボクに何か用事かな?」
「用事も何も、ワタシがクラス委員長を務めるクラスになった以上、毎日ちゃんと学校に来てもらうわよ!」
…不登校児にはキツいテンションだけど、ここまでしてくれる奴なんて向こうの世界では滅多にいないレベルなんだよなぁ……うう、皆の優しさがツラいです……。
スバル少年の記憶でも今さら学校に行きづらいってのはあったみたいだしなぁ……
「…………(反応しづらいなぁ)」
「ワタシは何事もパーフェクトじゃないと気がすまないの。クラスに全員揃ってないことが許せないのよ!」
うわっ、委員長さん聖人過ぎる……
「悪いけど、(今日は)あんまりボクに関わらないで……」
「なんだと!?だまってきいてりゃこのモヤシヤロウが……!」
「いいですか!?委員長がわざわざ学校に誘ってくれているんですよ!ボクよりちょっと背が高いからっていい気にならないでください!」
キザマロ…………やっぱ気にしてたんだ……「最小」院だもんな……
「ゴン太!キザマロ!落ち着きなさい!」
あれほど興奮してたのに、(表面的には)ぴたりと落ちついたぞ……やっぱカリスマあるんだよな……
「というコトで、スバル君。明日からちゃんと学校に来なさいよね」
「ゴメン、(今日は展望台に行かなくちゃいけないから)もう行くね」
…言葉が少し足りなかったかな?でもスバル君って初期は大体こんな感じだったし……とにかく展望台に行かなくては!
「星河スバル……一筋縄では学校に出てこなさそうね……さて、どうやって心を開かせようかしら……」
「いいんちょう!あんなやつほうっておいたほうがいいぜ!」
「そうですよ委員長!委員長の誘いを断るなんて!」
「二人とも黙らっしゃい!そうだわ……今日のブラザーバンドの授業……アレが使えそうね……アナタたち、行くわよ!」
ーー展望台ーー
さっきの三人には悪いけど、今日は本当に急がなくちゃいけないんだよ!
…ピロン!
「メール?」
あ、さっきの委員長さんからだ。
登校を催促しつつブラザーバンドについての宿題をプログラムで終わらせろ、ということらしい。
このプログラム、面倒くさいけど中々奥深い。特にフェイバリットカードで気づいたがやはりエアスプレッド等にロックマンは映っていない。プラズマガンのように武器だけが表示されている。
委員長さんの宿題プログラムが終わったところでちょうど辺りが暗くなってきたようだ。
面白くて熱中してしまったが、周りが見えなくなることは今後の課題にするとして…………ウォーロックは、まだか……?すでにビジライザー待機はすんでいるぞ!
…チュイン!チュイン!チュイン!チュイン!
「何この変なシグナル……ってこれは父さんのシグナル!」
わかる、わかるぞ!スバル少年の記憶の中のシグナルと一致する!そしてシグナルの感覚がどんどん短くなっていく……来るか!?って
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
すごい衝撃なんですけど……じゃなくて!つまり遂にウォーロックが来た……!?
「……ここが、地球か……」
お前そんな知的なキャラじゃないだろ……?
「う、うーん……って、うわぁっ!?」
演技っぽくなかったかな?
「……オレが見えるのか?おかしいな、この星の人間にオレの持つ電波のカラダは見えないはず……」
「…………キミは……?って空に道が!天の川じゃ……ないよな!?コレは、一体……!?」
そしてビジライザーを外してみる。やっぱり見えないか。ソロさんマジ尊敬します。
「そのメガネで電波体であるオレの姿を見れるのか……」
…もう演技でいいからやり通すしかないっ!
「さっきまで何も見えなかったのに……どうして……まさかさっきの衝突のショックで……?」
「だろうな、さっきのショックで眠っていた機能が目を覚ましたんだろうよ」
「うん、わかった。ボクの名前は星河スバル、君の名は……?」
「さほど驚いていないのが気になるが胆力のある奴は嫌いじゃねぇ……オレの名はウォーロック。ロックと呼んでくれ。FMプラネットからやって来た、オマエたちで言うところの宇宙人ってヤツだ」
「う、宇宙人……?本当に……!」
「オレから言わせればオマエらも宇宙人だがな」
おお、宇宙人。なんと素晴らしい響きだ!
向こうの世界では迷信かUFOの映像が精々だったというのに本物に会えるとは!何だか感動してきたよ。
「一応言っておくと、オレのカラダは電波で出来ていてオマエの持ってる変なメガネみたいなブツでもない限りオマエたち人間の目には見えないはずだ。オマエが今見えている空の道は電波世界の道、ウェーブロード……理解出来たか?星河スバル」
「それは理解したけど……何だか地球の人間のことを知っているみたいな口振りだね」
「宇宙で出会った地球人に聞いたんだよ」
やはり、ダイゴさんのことを知っている。このウォーロックは宇宙飛行士の父さんがFMプラネットの住人とのコンタクトの時に出会ったFMプラネット育ちのAM星人だ。死刑囚と世話係として、だったけど。
しかしウォーロックが知っていても、ボクがウォーロックのことを知っている理由はない。驚いたフリをしておこう。
「それは本当?……もしかして、父さんに会ったの!?」
機関車が蒸気を吐き出すような音が聞こえる。ってことは、既に来ているってこと!?
「チッ!もう来たようだな……」
はやっ!
「来たって!?何が来たって言うの……?」
「オレを探しにやって来た厄介なヤツらさ……」
もう機関車が動いてる……全速前進しそうな雰囲気を感じるな。
「あの機関車は動かないはずなのに……!」
「FMプラネットのウイルスの仕業だな……ヤツら、あの機関車を町にブチ込むつもりだぜ」
「ええっ!?あれが町に突っ込んだら大変なことになるよ!……ウチには母さんがいるんだ!」
わかってるけど、スバル君って結構マザコン入ってる気がする。ポケットにはあかねさんの写真が入ってるし。
アレって洗濯する前に毎回取り出して、外出するたびに入れ直しているんだろうか?……考えないでおこう。
「あの機関車を止めるためには方法は一つ、機関車に入り込んだ電波ウイルスをデリートすることだ!」
「ウイルスをデリート……?そんな、どうやるってのさ!?」
「こうするのさ!」
って、トランサーに入った!
「まずは確認だ!オマエたち地球人ってのはカードフォースってのを持ってるんだよな!?」
カードフォースってのはバトルカードやナビカードをトランサーに読み込ませることで発揮するチカラのことだ。チカラといっても超常的なモノじゃない、あくまで操作や解放といった機能を使う程度の範囲に留まる。
「う、うん、持ってるよ」
半透明のカードを目前に出す。
「じゃあ、いいか、よく聞けよ?まずはカラのカードをだすんだ……出したな、行くぞ」
「うわっ……なんかビリビリしてる……」
「気にするな!次は空間が歪んでウズ状になっている場所、ウェーブホールを探せ!」
「わかったよ!」
ええっと……あった!展望デッキ側の地面!
「ウェーブホールのある場所でカードを読み込め!そのときは変なメガネ、ビジライザーを掛けている必要はねぇぞ。そしてこう叫べ!電波変換!星河スバル、オン・エア!ってな。わかったか!?」
わかってるよ!どうせウェーブロードに飛ばされるんだ。ジャンプして空中で電波変換してやる!行くぞ!
「わかった、行くよ!電波変換!星河スバル!オン・エア!」
ガシャッ!っといい感じの音を出してカードを読み込ませると、さっきまでトランサーの中に入っていたウォーロックがボクに覆い被さるように融合?していく……いざ、初陣だ……
やってしまった……処女作なんで暖かく見守って下さい。