ーーナンスカの地上絵ーー
電波変換を解除し、先程解散した場所に向かうと、既に委員長とキザマロが話し合っているのが見える。遠目ながら顔色を伺うに、あまり芳しい結果は得られなかったようだ。
「…………お待たせ!」
「お疲れ様、スバルくん。それで、どうだった?やっぱりこんな所で牛丼をつくるなんて、無理があったわよね……」
「いやいや、そんなこと無いってば。……ほら!」
背負っていたリュック(出発前の荷造りで用意したモノ)からタッパーに入れた材料を取り出した て、これ見よがしに委員長の前へ出す。卵に気を遣わなくていいなんて、最近の技術はホント進んでると思う。
かがく の ちから って すげー!
「…………うそ? ホ、ホントに全部揃ったの!? ……夢か何かじゃなくって?」
「頬っぺた、引っ張ってあげようか?」
ニッコリ笑いながら、親指と人差し指を委員長の眼前で立ててみせる。委員長のキメ細やかな肌を指で引っ張るのは微妙に気が引けるが、現実に戻ってきてもらうためだ。致し方ないので、ここは堪えてもらおう。
「……よ、余計なお世話!それに最初から、スバルくんなら何とか出来るんじゃないかって…………って、ちょっと!何ニヤついてんのよ!」
委員長の貴重なデレなんだし、ニヤニヤしてしまうのはしょうがないことだと思う。そう、ボクは悪くない!
「いや、ゴメンゴメン。委員長からの信頼が厚くて、ボクとっても嬉しい……ってことだよ」
「…………まぁいいわ。ワタシ達の方で調味料は確保したから…………それじゃあ早速……牛丼、作るわよ!」
オー!!っと意味もなくガッツポーズを決めるボク達であるが、委員長の様子がおかしい。どうして冷や汗をかいているんだろうか。多少だけど、料理が出来るようになったはずじゃなかったっけ?
「それじゃあ委員長、調理に移ろうか。……作り方、知ってるの?」
「いや、それは調べればすぐにわかるんだけど……ワタシ、牛丼つくったことが無いのよね」
最新機種であるスターキャリアーは、当然のようにネット環境に対応している。なのでしっかりクッ◯パッドも完備しているのだ。完備っていうかアクセスするだけなんだけどね。
「……レシピを見ながら作ればいいんじゃないの?」
ボクの(恐らくは至極全うな)意見に、委員長はサッと目を逸らす。何か認めたくない現実から逃れんとするような雰囲気を感じる……
「…………その、初めて挑戦する料理は必ず爆発するというジンクスが…………」
こ れ は ひ ど い。
もしかして、あれじゃない?残留電波がコンロのシステムに介入して、変に誤差動させてるとかありそうだ。
まぁ、ポイズンクッキングでないだけ、マシではあるのだけどね。
「何そのテクニカルに嫌なジンクス……」
「でっ、でも大丈夫!……多分。クッキング用のマテリアルウェーブを持ってきたわ!」
こ、これ!と委員長がカードを渡してくる。恐らく、このカードに調理マシーンのマテリアルウェーブが入っているのだろう。
ぶっちゃけマテリアルウェーブって、スターキャリアー間だとカードを介さずにやり取り出来るのだけど、設定に少し手間がかかっちゃうんだよね。なので直接会って渡すときはカード、遠方ならメールに添付……という形を採るのだそうな。
因みに、
「…………」
「それじゃあ、後はスバルくんお願いね!」
それでいいのか白金ルナ……と思わないでもないが、マテリアルウェーブを使った調理も割と楽しそうなので、ここは気持ちを切り替えていく。まぁ、どうせあかねさんの手料理には遠く及ばないのだろうけどね。
「よーし、それじゃあ……いくよ!」
調理マシーンのマテリアルウェーブ、スタンバイ!
どうやら名前はお調理丸というらしい。どこか満腹丸に連なるネーミングセンスを感じる……
『大食いマシーンとは永遠のライバルだ、ぞ!!ボクのつくるスピードが速いか……ヤツの食べるスピードが速いか……長年に渡って勝負が着かないんだ、ぞ!大食いマシーンより役に立つ所を見せるんだ、ぞ!!』
「そりゃ、結構な意気込みで…………っと、マテリアライズ!調理マシーン!」
構えたスターキャリアーの先から飛び出てきたのは、満腹丸とは色違いのコック帽に腕が四本付いている……と言った風貌のマテリアルウェーブだった。これは完全に、製作者が満腹丸を意識しているのが丸分かりだね。
『調理マシーンの「お調理丸」!だ、ぞ!!本日はナンスカの新鮮な食材を使って、美味しい牛丼を作るんだ、ぞ!!』
なんと、お調理丸の方でレシピを確保していたらしく、スターキャリアーの画面にお薦めの牛丼レシピがピックアップされている。
取り敢えず、羅列されているものの一番上にチェックを付けて決定ボタンをプッシュすることでレシピを決定。これで調理に移ることが出来るようだ。
「しっかりやりなさいよ、スバルくん!!完成した牛丼は、ワタシ達の晩御飯にもなるんだから! ワタシがやってもいいんだけど……」
「……なら、その嫌なジンクスを何とかしてよ!ボクは晩御飯が消し炭なんて、絶対にゴメンだからね!」
「い、言ったわね……!その調理マシーンを返しなさい!ワタシの本気を、見せてあげるわ!」
そう言うと、委員長は今まさに調理を開始しようとしていたお調理丸に掴みかかり、ボクの頭上から引き剥がそうとする。ちょ、ちょっと!?
「うわっ!……止めてよ!委員長が調理したら、爆発するかもしれないんだから!」
「こ、この……!もしも美味しくなかったら……わかっているわね!?」
痛いところ(さっき盛大に自爆していたのだけど)を突かれた委員長は、一先ずお調理丸にかけた腕を離したが、ますます強いプレッシャーを放つようになってしまった。理不尽過ぎないか、これ!?
「こうなったらヤケクソだ……!」
「(ククッ……これじゃ失敗出来ねぇな)」
こんな南国で牛丼製作なんて、この先一生体験出来なさそう……ハッ、これが音に聞く『牛丼クエスト』か!あのソロも嗜んでいたという……ラプラスにセーブデータを消されたらしいけど。
それに、レベルアップしそうな気もする。牛丼ファンタジー、牛丼レガシーか……絶版にされそうだ。
『レッツ!クッキング!!だ、ぞ!!』
うおぉぉっ!
ーーその夜・ナンスカの地上絵ーー
その後、ボクは『ぐうの音も出ない程の牛丼』、略して『ぐう丼』を見事完成させ、悔しがる委員長を放置しつつ完成品をナンスカの広大な大地にセットしていた。後はゴン太が来るのを待つばかりである。
極めてアホらしい作戦ではあるのだけど、これで成功することを知っている為に、ボクから何か言うことは出来ない。
「来ないねぇ……」
辺りは既に夜の帳が下りていて、昼間に比べて視界は悪い。ボク達は壁面の側でじっと機を窺っていると言うわけだ。
『きっと大丈夫ですよ。ゴン太くんの食い意地は、動物とタメを張るレベルですからね』
暇になってきたのか、スターキャリアー越しにキザマロが他愛ない会話に付き合ってくれる。……張り込みになるのなら、予めアンパンと牛乳を用意していればよかったかもしれない。
「うん知ってた」
『ですよね……』
二人揃って遠い目をしていると、村の方から誰かが近寄ってきたようで足音が聞こえてくる。うん、間違いなくゴン太だ。
「クンクン……この匂いは……クンクン……」
鼻を引くつかせながら、ムー大陸からの使者(偽)改め牛島ゴン太がナンスカの地上絵エリアに姿を現す。様子を見るに、嗅覚だけでここまで追跡してきたようだ。
流石はコダマ人。
「うわっ、ホントに来たよ……」
『今よ! フォーメーション、トライアングル!』
同時通話モードにしていたスターキャリアーから、委員長の合図が聞こえてくる。因みに作戦の概要は、散らばったボク達が牛丼の香りに誘われてきたゴン太を囲むという、とてもシンプルなものだ。
「ゴン太!」
「漸く誘き出せたわ!」
「……何でおじゃるか~? お主達は……? ムー大陸より降臨した使者であるワレに対して、酷く無礼でおじゃるぞ~!」
得意気な委員長のセリフも今のゴン太には煩わしい雑音にしか感じられないようで、好物の牛丼を食べようとしたところに入った邪魔者……という認識のようだ。
「何言ってるのよ! もしかして、本当にワタシ達のコトがわからないの!? ねぇ、ゴン太!!」
「ゴン太? ゴン太…………ウウウ……その名前で呼ばれると、頭のタンコブが痛むでおじゃる……」
タンコブ……記憶喪失を起こすほどのタンコブか……
「頭って……まさかゴン太くん……空から落下した時、変に頭を打って……それで、記憶喪失……!?」
キザマロが、ハッとしたように呟く。その目は見開いており、未だに仮説の域を出ないながらも、どこか確信染みたものがあるようだ。
普通はそんな高さから頭を打ったら死ぬんだよ!これだからコダマ人は!
『おや、ゴンターガ様。どこにいるかと思っていれば、何とこんな場所にいらっしゃいましたか……』
夜の地上絵に、カンッ!と杖を突く音が響き渡る。ゴン太が村から抜け出したのを不審に思ったのだろう、追ってきたのは村長のナンスカ・オサ・アガメさんだった。大人の余裕というヤツか、その言葉には微塵の揺らぎも感じることができない。
「貴方は我らにとってとても大切なお方なのですぞ。勝手に出歩かれては困りますな……さあ、寝台へ戻りましょう」
……それって、体のいい軟禁じゃね?
アガメさんの言葉を聞いて、牛丼に伸ばそうとしていた腕を引っ込めて振り向くゴンターガ様……ゴンターガ。本人はゴンターガ様のつもりなんだっけか。
「ちょっと、待ってください!」
「ナンスカ? よもや、このお方の邪魔をするというのかね? ふむ、ならばよかろう……」
ゴン太とアガメさんの間に体を入れて制止するも、依然としてアガメさんの余裕は崩れない。
……!この香りは…………!!
「クンクン……こ、この匂いは……!!」
ゴン太と同じ反応をしてしまった……何だか凹んでしまう。
「そう、ゴンターガ様が好んで食していらっしゃった、ナンスカ風の骨付きカルビです」
これは……突っ込んだ方がいいのだろうか。それとも、アガメさんがデータストーム(カルビの香り)を操れるイグニスということにしておいた方がいいのだろうか。
「ゴン太!! 頭なんて抱えていないで、ワタシ達と一緒にニホンへ帰るのよ!!」
「ウ……ウ……ウオオオオオオ!!」
委員長の呼び掛けをはね除けるように、腕を振り回すゴン太。どうやら決意は決まったようだ。
「カルビ!! カルビ食べるぞぉぉっ!!」
一際大きな声で決定を下すと、ズンズン歩いてナンスカ村の方へ去っていってしまった。その後を悠然とアガメさんが追っていく。大勢は決したと見たようで、こちらを振り返りもしない。
「(確かにあの食い意地は、動物並みと言って差し支えねぇな……)」
ゴン太の様子を見ていたロックの囁き声が、人気の少ない夜の地上絵に木霊していた。うう…………寒い。
ーー数十分後ーー
「マテリアライズ!テント!」
地上絵が描かれているエリアの隅で、ボク達は夜営の準備を開始していた。
不機嫌な委員長の構えたスターキャリアーから特大の電波体が放出される。それは地面に接着すると同時に、縦横へと広がり、あっという間に立派なテントへと様変わりを遂げていた。
それにしても……どうしてテントが顔のデザインで、入り口が口に相当する部位になっているのか、小一時間問い詰めたいところだよ。開発者はきっと変態だったに違いない。
『レディース、アンド、ジェントルメン……』
お?勝ち確の煽りかな?エガァウォ……
オマエ如きが榊遊矢に勝てると思うな……!
『いつでも何処でも何度でも。忘れられない夜と、快適な睡眠を……
「さて、今日はここで寝ること。……ゴン太を取り戻すまでは、おめおめとニホンに帰れないわ!!」
全く諦める様子を見せない委員長が、怒り心頭でテントの中へとズンズン入っていく。一瞬にして現れた巨大なマテリアルウェーブのテントに面食らっていたボク達も、続いて入り"口"からテント内部へと足を踏み入れる。どうやら、中には靴箱的なモノまであるらしい。
「おお……!結構広いし、居心地もいいんだね」
テントにデフォルトで用意されている寝袋を除けば、特にこれと言った内装は見当たらないが、それ故にテント自体がとても広々とした空間に感じられる。
このサイズからして……かなりお高かったんじゃないの?
「言っておくけど……寝てる間に変なコトしたら、タダじゃおかないからね!」
まるで親の敵でも見るような目で、委員長はボク達を睨んでいる。キザマロに至っては足がガクガクに震えているので、テントの中にいる限りは平穏でいられないかもしれないね。それにしても……
「ブフッ!……委員長にしては面白い冗談だよね、キザマロ?」
小学生に小学生が何言ってるのさって感じだよね。
あ、同級生なんだっけか。そりゃあ意識も……する、のか?まぁ、委員長が暴走して
「ええぇ……そういう流し方なんですか?……ボ、ボクはそんな命知らずじゃありませんよ!?」
「失礼な想像をされたような気がするけど、今日はもう眠いし、この辺にしておくわ……」
それだけ言って、委員長はさっさと寝袋に入って背を向けてしまった。後に残されたボク達も、どちらからともなく寝袋を広げられるポジションを確保して、各々寝袋に入っていく。サイズはゆったりしていて、中々寝心地も良さそうだ。
明日はブライが襲撃してくるハズなので、今日の疲れを残さないためにも、とっとと寝てしまおう。
『グッナイ』
ーーヴヴヴヴ……ヴヴヴヴ……
スターキャリアーのバイブレータが振動している。委員長達を起こしてはいけないと思って、今は設定変更でバイブレータだけにしているのだけど……
「…………何だよ、こんな時間に……」
枕元のスターキャリアーに手を伸ばし、朦朧とする意識を保ちながら小声で『ブラウズ』と唱える。いつものようにエア・ディスプレイがボクの眼前へと飛び出し、こんな時間に通話しようとした不届き者の姿をボクの瞳に映し出した。
『…………よぉ、岩男』
いつも感想・評価ありがとうございます!
GET DATA……
『調理マシーン』