ーーナンスカの電波ーー
「…………ッ!!」
以前とは違い戦闘面で本気を出したソロは、より一層口数が少なくなるらしい。無言なのだけど、音も無く接近してくる漆黒のフォルムに纏う
詰まる所、手加減無しのガチってことだ。
「おぉぉぉっ!!」
流れるように繰り出される殴打の猛襲。
見惚れる程に洗練された格闘技術が紡ぐ破壊の嵐を、オーパーツにより強化された動体視力にモノを言わせ、何とか捌き続ける。
近距離戦に重点がおかれた電波体だと思われるブライは、動作の終わりから次の動作までの流れが非常にスムーズだ。なので一度でも体勢を崩してしまうと、直ぐ様後手に回ってしまう可能性がある。
追撃には気を付けておかないと。
超高速にして、妙技を極めた体術の応酬を繰り返すこと数分。体感で数時間はやり合ったと言える程の精神的疲労を抱えながらも、何とかブライアーツによる猛攻を凌ぎきったようだ。
ブライは鮮やかな殴打と蹴撃のコンビネーションを中断し、バックステップで祭壇の奥へと距離をとる。
恐らく、こちらの反応や動体視力が思った以上に強化されていると推察したのだろう。
それ故に、真正面からの単純な攻めでは千日手になると予測したのかもしれない。
しかもこちらには、無尽蔵のエネルギー機関『オーパーツ』がある。遊び抜きの戦闘としては、実に合理的な思考だ。
……こっちが困ってしまうくらいにね。
「チッ、オーパーツのチカラか……忌々しい……!」
苛立ちを露にしたブライは、中距離に拳型の闘気を飛ばす技『ブライナックル』の要領で右の拳を巨大化させると、おもむろにナンスカの発展が遅れている故に舗装されていない街道へ向け、発射していく。
「一体、何をしているんだ…………?」
こちらとしても向こうの意図が読めない行動なので、妙に黄色い砂ぼこりが立ち、辺りが少々煙くなってきたとしか…………ッ!?
「…………スバルッ!」
反射的に、ロックの声で我へ帰る。戦場は既に、舞い上がった砂ぼこりによって視界を酷く劣悪な状態に変えていた。
しかもいつの間にか、正面に構えていたはずのブライが忽然とその姿を消している。
恐らく、ボクが周囲の確認をしている間に、辺りを覆う砂の暗幕に上手く紛れ込んだのだろう。
……流石としか言い様がないな、こりゃ。
「……わかってる!これは目眩まし……なら、ブライは『後ろだ』……ッ!?」
「ハァッ!」
「へぶぁっ!?」
静かにボクの背後を取っていたらしいブライが、暗黒の闘気を纏った右腕で、渾身のストレートをボクの顔面に叩き込む。
へぶぁっ!?……っと無様な悲鳴を上げたボクは、殴られた勢いをそのままに、戦場である祭壇の端まで吹き飛ばされてしまった。
……殴り飛ばされるのは、これで二回目か。格好つかないなぁ……なんて考えながらも、何とかその場で受け身をとることには成功し、追撃に備えてこちらを睨み付けるブライを逆に睨み付けてやる。
どうやら先方もお気に召したようで、バイザーの奥に眉間の皺が一つ増えたことを、ベルセルクの恩恵により強化された視力でハッキリと捉えることが出来た。
「…………フンッ!」
纏ったオーラに激情の揺らめきを見せつつも、再び砂ぼこりによる天然の隠れ蓑へと身を預け、ボク達の視界から姿を消してしまった。
「どうする……?どうすれば……!?」
恐らく、向こうにはこちらの姿が見えているハズだ。何せ雷撃でピカピカ光っているんだもの。
しかし
とっくにチャージの完了したサンダースラッシュでマヒを狙おうにも、こちらには当てる術がない。
取り敢えずなんとか、何とかしなければ…………
悪足掻きとばかりに現在セレクト可能なバトルカード達を、穴が開くと言うほど睨み付ける。
『プラズマガン』、『エレキソード』、『タイフーンダンス』etc……
「……………………あっ」
「どうしたスバル!?……今は呆けてる場合じゃねぇぞ!!」
「……いや、いける。イケるよロック!」
「何……?」
訝しがるロックをよそに、バトルカードのセレクトを手早く完了させたボクはその場で瞳を閉じ、強化された知覚能力に意識を傾ける。
正確な距離や場所はわからなくとも、ヤツが接近してきたかどうか程度なら、この状況でも察知することが出来るハズだ。
……………………………………来るッ!
「今ァッ!!」
ブライらしき電波体が近づいてきたことをベルセルクが有していたと思われる、戦士の危機察知能力で把握し、選んでいたバトルカード、『タイフーンダンス』を発動。その場で流れるように一回転してみせる。
同時に『タイフーンダンス』のエフェクトによって周囲にダメージすら与えうる強烈な風の刃が発生。
視界を遮っていた砂ぼこりによる迷彩を、一時的に吹き飛ばすことに成功する。
さぁ……
「……ッ!?」
回転しつつも強化された動体視力によって、風圧に足を踏みしめるブライの位置を完全に捉えることに成功。そして回転の勢いそのままに、背中へマウントしていた大剣を引き抜き、即座に地面へと叩きつける!
「逃が、さないッ!……おおォッ!」
まるで地を這う蛇のようにブライへと迫った『サンダースラッシュ』は、その名に恥じぬ性能で更なる硬直時間へ誘うことに成功していた。
「ググッ…………!」
電波の体から輝く雷撃の粒子を迸らせ、その場に立ち尽くすブライ。正に絶体絶命の状況だ。にも関わらず、その眼は未だに鷹を彷彿とさせる鋭利さを含んでボクを睨み続けている。
流石の精神力と評すべきか。しかし残念ながら今回は、敗北の苦渋を舐めてもらうぞッ!ブライ!!
「このままッ!決めるッ!!」
背部へとマウントしていた大剣『ベルセルクブレード』を右上段に構える。そのまま、天を斬らんとばかりに過剰なまでのエネルギー供給を行い、 非実体の刀身に走るエネルギーの密度を、極限まで高めていく。
射程は変えず、威力と切れ味に全振りだァッ!!
供給の過程で刀身から漏れ出した電撃が、全身を覆うベルセルクの装甲に反応して淡い輝きを放つ。
滅茶苦茶カッコいい状態になっていると思われるが、残念ながら外見による威圧効果以上の変化は無いらしい。 迫り来るゴリラのプレッシャーみたいなものだろうか。ベストマッチ!
「おおぉぉぉぉぉぉっ!!」
振脚もかくや、と言う脚力で左足を踏み込み構えた両腕を更に引き込むことで、ギリギリと限界まで押し込まれたバネのように体を捻る。丁寧に狙いをつけ、ブライの左肩へと吸い込まれるように剣を振り切った。
「ライトニングゥッ!フォールッ!!」
圧倒的なエネルギー密度を誇る大剣は、屈指の強靭さを持つ近接型の電波体をもってしても、僅かな抵抗すら担い手に与えることは無かった。
まるで豆腐でも斬っているみたいで、酷く不気味な斬り心地だ。これが人を斬った感覚とは、到底思えないな。
「ぐっ…………!!ぐあああああッ!!」
電波体が崩壊しきる前に電波変換を解除したらしく、見慣れた閃光が晴れた後には、青い顔をしたソロが膝をついていることが確認出来た。
酷く汗をかいている。動悸も激しそうだ。まぁ、当然と言えば当然か。普通ならトラウマ級だものね。御愁傷様です。
「はぁ、はぁ!!バ、バカな……こんなコトが!!」
動揺の余り目の焦点すらハッキリしていないソロが、現実を認められないとばかりに内心を吐露している。虚勢を張る余裕も無いのか……。
「スバル!早くトドメを刺せ!!」
「………………」
ロックの言葉を受けて、未だに膝をつくソロの姿をまじまじと見つめる。青い顔に嫌な汗を吹き出しながらも、必死にこちらを睨み付ける姿には、ある種の誇りすら感じさせる。いや、殺らないんだけどもね。
「オマエもわかってんだろ!?コイツは危険過ぎる!!ここで情けをかけたら、確実に後悔することになるぜ!?」
『…………ワルいが、そうはいかない』
聞き慣れたカミカクシの起動音を強化された聴覚が捉え、一瞬で気が引き締まる。この辺の切り替えの早さは、長くウィルスバスティングを続けていたことの恩恵、なのだろうか。
「…………」
異様な雰囲気に支配されたナンスカ村の祭壇、丁度ボクとソロの中間辺りの位置に魔導師然とした服装の男、『エンプティー』がその姿を現す。
同時に、エンプティーに庇われるカタチとなったソロが息を飲む音が聞こえてくる。エンプティーが出張ることは、ソロも想定外だったらしい。
「エンプティー!!キサマ、何をしに来た!?」
「オリヒメサマからのゴメイレイだ。オマエをツれモドしにキた」
激昂するソロの怒声すらも柳に風、エンプティーは淡々と自らがこの場にやってきた理由を告げる。こうして間近で声を聞いていると、ホント抑揚の小さい声だと思う。
「ふざけるな……!オ、オレはまだ……やれる……」
やめとけやめとけ。
「……イマのオマエでは、このオトコにカつコトはデキない。もうジュウブンにワかったはずだ。それに、ココでやられるワケにはいかないのではないか?オマエには、どうしてもやらねばならないコトがあるはず。さぁ、モドるぞ」
「チッ…………!!」
ソロは露骨に苛立ちを露にしつつも、逆らう気は既に無いようだ。こうして見ていると、
何だか微笑ましくなってきたような。実際はもっと殺伐とした関係なんだけどね。
「あっ!……待て!」
何て考えている内に、二人はカミカクシを使ってさっさと退散してしまった。いや、別に追うつもりは毛頭無かったのだけど。
「逃がしちまったな……」
後悔を滲ませたロックの声が、ナンスカの乾燥した大地に響き渡る。溜め息でも吐きそうな、やってらんねぇよ……という思いが凝縮したような呟きだった。
『ゴ、ゴンターガ様ーーッ!!御無事ですかーーッ!!』
漸くナンスカ族の酷く達も我に帰ったらしく、アガメさんを始めとしたゴン太を心配する声が聞こえてくる。まぁ……信仰の対象が、突然現れた闖入者に為す術なくボコボコにされても失望しないってのは、良いところだと思うよ、うん。
「そう言えば……さっきから全然動いてねぇぞ、そいつ」
「あ…………」
戦闘中は暗黙の了解でゴン太の倒れている場所から少し離れていたので、すっかり忘れてしまっていた。急いで仰向けに気を失っているゴン太の側まで駆け寄って声をかける。大丈夫、意識を失っただけ……のはず。
「ゴン太!ゴン太ァーッ!!」
良かった、ちゃんと息はしっかりしている。取り敢えず、今のボクには医療器具の持ち合わせが無いので、ナンスカ族の人に応急の治療を任せるしかない、か。
一先ず、委員長達のいる地上絵に戻らないと……。
その後、地上絵で待っていた委員長達に事情を話し、直ぐ様ゴン太の様子を見に村の中央へと戻ったが、真剣に治療しているらしく、面会は絶対に出来ないとハッキリ言われてしまった。
前述した通り、ボク達は医療器具や薬の類いを殆ど所持していないので、アガメさんの言葉に従う他無かったんだ。頼みの綱のワクサミンEXターボも、流石に記憶喪失に対しては無力だった。
そして、不安な夜がボク達に訪れる……。
ーー翌日の朝ーー
各々が黙々と朝の支度を済ませ、テントの前に集合する。皆の顔色は、ハッキリ言って悪い。当然だ。友達が意識不明の状態から未だに覚めていないのだから。
「ゴン太、まだ意識が戻ってないみたいなんだ……」
先程一人でナンスカ村の中央まで行ってみた所、ゴン太の意識は戻らないが、お見舞いに訪れることは許可する旨の発言をアガメさんから貰っている。
その時に、少しだけ治療が済んだゴン太の姿を目に納めることが出来たが、寝たままの姿は痛々しく、ボクの精神を思いっきり抉っていった。辛い。
「もし、このままずっと目を覚まさなかったらどうしよう……」
最悪の想像が頭に浮かんでしまったらしい委員長が、顔色を更に悪くして俯いてしまう。
「委員長、御心配には及びません!何せ、あのゴン太くんですから!」
パラソルを開き、今日もサンサンと照り付ける太陽から委員長の肌を守っているキザマロが、委員長に励ましの言葉を入れる。と思ったら、パラソルに隠れてボクの方に目配せをしてきたぞ。
これはつまり、話に乗れということか。
「そうだよ!お腹が空いたらきっと、目を覚ますって!腹減った~ってさ!」
「グスッ……そ、そうよね!あのゴン太ですもの!ワ、ワタシったら何本気で心配してるのかしら!バッカみたい!…………グスッ」
ボク達による抜群のコンビネーション?によって多少は持ち直したように見えるが、委員長は気持ちを切り替えようとしたようで、ボク達に背を向けてしまった。微妙に鼻をすする音が聞こえてくるのが何とも言えない。
「お腹が空いたら……?そうだ、グッドアイデアが浮かびましたよ!」
昨日改めて製作したボク特製牛丼を見ながら、キザマロは明るい声でボク達に語りかける。
牛丼と委員長のお色気(笑)でゴン太の目を覚まさせる作戦……だっけ?
お色気(笑)なら、アイちゃん辺りに国際電話でお願いしてもらった方が良さげな気もするけど……。
「グッドアイデア?」
背を向け、気持ちを立て直していた委員長が怪訝な顔で振り返り、キザマロにグッドアイデアとやらの続きを促す。これ、委員長はどんな気持ちであのミッションを遂行したのだろうか。
「話は後です!委員長、スバルくん、先ずはゴン太くんの所へ行きましょう!」
キザマロに先を促され、一同は再びナンスカ村の中央へと向かう。どうやら歩きながらグッドアイデアの全容を語るようで、キザマロはいつになく饒舌だ。
話が進むに連れ、委員長の機嫌は急降下していくことになったのだけどね。
少し、戦闘中の地の文の配置を変えてみました。
読みにくくなっていないと良いのですが……
GET DATA……『ブライ』