ーーナンスカ遺跡の電波ーー
戦闘開始から約一分(程度の感覚だ)。既に黒ジェミニ……ヒカルは満身創痍の体だ。吐く息(のようなエフェクト)も荒く、体の重心も安定していない。だらりと重力に引かれた右腕が何よりもヒカルの劣勢を示していた。
「ハァ、ハァ……クソッ! やっぱ、身体能力の差に開きがあり過ぎる……!」
いくらヒカルが生身の体でケンカ慣れしているとは言っても、今は電波人間同士の戦闘だ。どうしても勝手が違ってくる。
例えば、生身の人間は僅かな踏み込みでテレポート染みた挙動は見せられないし、況してや腕からビームシールドなんて発生することなど、出来るはずがない。
つまり、人外の要素が介入しづらい超至近距離の攻防でもない限り、生身で培った技術を発揮することは極めて困難であると言わざるを得ない。
「……もう止めなよ、ヒカル。これ以上続けたら、いくら電波人間でもタダじゃ……」
設定されているHPの数値を越えたダメージを受けてしまったら、問答無用で
さっきまで人間だったものが辺りに……なんてこともなくあっさりと体を崩壊させ、消滅してしまう。それこそが打撃を除いたほぼ全ての攻撃を、HPを減少させるというプロセスを経由することによって受け流せる電波体が抱えている、唯一のリスクと言えるだろう。。
「……へッ! 残念だが……オレには無茶出来る理由ってのがあンだよ! ……なぁ!ツカサ!?」
ヒカルが、邪魔にならないように遺跡の隅で控えているツカサ君に向かって叫び声に近い声量で呼び掛ける。
どうやらツカサ君も理解しているようで、特にヒカルの発言を訂正する気はないように窺える。
……ワケがわからないよ。
「理由……?」
「テメェが気にする必要はねぇよッ! ……いくぜ、コイツで最後だ!」
こちらの質問に答える素振りも見せず、右腕を構え直すヒカル。満身創痍な体の何処に残っていたのか、今までとは段違いの威力を誇っていると思われる雷撃をロケットナックルに纏っている。正真正銘、これが最後の一撃と言うヤツなのだろう。ヒカルの右腕以外からは、既に痺れるようなあの電波圧は消え失せている。
「リミテッド・ジェミニサンダァァッ!」
構えた右腕を左腕で支え、開いた掌の中心から雷神の名に相応しいイカズチの奔流が発射される。某ビームマグナムのようにプラズマ(のようなエフェクト)を纏った破壊の閃光は、たとえ掠めただけでも相当なダメージを受けるに違いない。
「サンダァ! ボルトッ! ブレイドォッ!」
今回は横振りの斬撃は省略し、大上段に構えたベルセルクブレードをただ全力で振り切るだけの簡単なお仕事だ。
つまり、飛ぶ斬撃を見たことはあるか……?というヤツである。食らえ
「ゴハァッ!?」
圧倒的な出力を誇るオーパーツから供給されるエネルギーを解放して発射された
ヤムチャしやがって……!
「チクショウ、やっぱり無理ゲーだったぜ……」
文字通り必殺の一撃を食らい、速やかにHPが0を刻んだ黒ジェミニは、未だ残心を解いていないボクに一頻り恨み節を語った後、その体を崩壊させてしまった。
GAME OVER!
「え、あ……嘘!? どうしよう……」
何か妙に自信満々な態度だったから、アンダーシャツのアビリティでも装備しているのかと思ったら、特に抵抗らしい抵抗も見せないまま消えてしまった……
あれ、ヒカルは……?
「心配は要らないよ、スバルくん」
文字通り二心同体の相棒が目の前で呆気なく消えてしまったにも関わらず、ツカサ君の顔は凪のように穏やかなままだ。いや、多少の呆れを含んでいる節すら感じられる。……一体、何がどうなっているんだ!?
「心配は要らない……? いや、トドメを刺したボクが言うのもなんだけどさぁ……その、いいの?」
「ああ。……ジェミニ・スパークは二体一対の電波体だけど、ヒカルはあくまでも双葉ツカサという肉体に依存した人格を電波人間として無理矢理仕立てあげているに過ぎない。だから、たとえ消滅したとしても
ヒカルのヤツ……カラーリングと言い、ますます某神に近づいてないか?
時間差コンテニューは無しの方向でお願いします。
「ツカサ君が平気だって言うのなら、まぁ……。それで、この先のコトなんだけど……」
先程はヒカルによって遮られてしまったが、邪魔者が文字通り消滅した今、最奥に進むボク達を阻む存在はない。ムーの電波体特有の周波数らしき違和感も、セキュリティが解除されたことにより、一層強まっている。
それに、その……現在のツカサ君は一応、休学中なワケで。あんまり気が進まないんじゃないかなー、なんて思ったり。
「行くよ。ボクはまだ、クラスメイトに会わせられるような顔を持ってはいないけれど、今は緊急事態で、ボクは電波人間だ。それに今回は別に、双葉ツカサとして彼らに再会するワケじゃないからね」
どうやら余計なお世話だったらしい。
言いながら真っ直ぐにこちらを見つめる瞳にはさざ波程の揺らぎすら、感じることは出来ない。
「そっか……ありがとう、ツカサ君。おかげでかなり楽に闘えそうだ」
「スバル君……どうか気にしないでほしい。これは、ボクが過去に起こしてしまったコトの贖罪、という意味も含んでいるんだから」
右腕でこちらの礼を制止したツカサ君は、申し訳なさそうに俯きながら、今まで吐き出せなかったのであろう内心に蔓延る良心の叱責を語る。
てっきり、とっくの昔に水に流したコトだと思っていたので拍子抜けだ。まぁ、人は消えない過去の精算に、輝かしい未来を費やすモノだと
「そんなこと……」
「ボクにとっては、とても大切なコトなんだよ。……いつまでも
「うん、わかった。なら、そろそろ行こうか。……ヒーローは遅れて現れるモノだけど、あんまり待たせたら
「……フフッ、違いない」
互いに異形と化していない方の拳を合わせ、士気を高め合う。ニヤリと二人して笑った後、ボク達は意気揚々と遺跡の最奥へ繋がっているであろう長い長い坂道を登っていく。
ボク達の闘いは、これからだ!
ーーナンスカ遺跡2の電波・最奥ーー
その頃、遺跡の最奥にして頂上の少々開けたエリアでは、白金ルナ、最小院キザマロ、牛島ゴン太の三人が後ろ手に縛られたままの状態で転がされていた。
「……このッ! 一体ワタシ達をどうするつもり!?」
「ボ、ボク達を食べてもお腹壊すだけですよ!?」
「腹減ったなぁ……」
キザマロが泣き叫び、ゴン太も自らの空きっ腹を見下ろしながら溜め息をついている中、白金ルナだけは怒りをたぎらせてコンドル・ジオグラフを睨み付けていた。
「先程村で告げた通りキサマらは、我らが崇拝するムーへ捧げる生け贄となってもらう」
怒り心頭のルナを平然と見つめ返し、全身から放出しているジェットの電波によって発生した推力を吹かしその場に滞空しているコンドル・ジオグラフはそう言い切った。その表情は、人間時よりも心無しか薄れたような印象を受ける。
鳥類は嘴を器官として保持しているために、口元で感情を表すことの難易度が高いのであった。
「じょ、冗談じゃないわ!!」
「生け贄だなんて……! そんな、ボク達に何をしようと……」
「我らの幸せ……それを象徴する行為は一つ。笑うコトである。ムー大陸が浮かんでいたと伝えられる天空に向かって高らかな笑い声をあげるコトで、ムーへの限りない感謝を捧げているのだ。他にも、感謝を伝える方法はあるが……」
笑い声をあげるコト以外にも、作法をしっかり押さえればムーへ感謝を捧げたコトにはなるが、それは個人の意思によるものが大きく占めるために、強制力があるとは言いきれなかったのだ。
「……そこで、オマエ達には天高く浮かんでいただろうムー大陸にも届くような笑い声を出し続けてもらう。即ち……永久に擽り続ける刑に処す!!」
一方的な宣告と共に、コンドル・ジオグラフはその巨大な体躯に見合った大口をパクパクする、と言ったジェスチャーを行う。コンドル・ジオグラフには擽る為に扱える手足が存在しないので、甘噛みや舌で舐める……といった行為で代替する算段だ。
「な、な……なんということを……!?」
眼鏡の向こうで驚愕に目を見開いたキザマロが戦慄する。『マロ辞典』に、人は笑うだけで生きていけるとは微塵も載っていなかった。絶望である。
「甘噛み……舐められ続ける……? い、いやぁぁぁぁぁッ!! ロックマン様ぁッ!!」
老人の声を出す巨鳥にペロペロ舐められるという、思い付く限りでも最悪に近く、且つ最も実現しそうな想像におぞましい寒気を感じたルナは、気丈な態度を一変させて泣き喚く。はっきり言って、小学生相手には業の深すぎる刑だった。
「笑い続けんのか……腹減るなぁ、それ……」
空腹によってイマイチ現状が掴めていないゴン太は、とにもかくにも食事の心配だった。心配せずとも、生きている限りは笑い続けなくてはならないので、死ぬまで食事は抜きである。絶望が彼のゴールであった。南無。
「安心していい。オマエ達の最後はとても穏やかな顔になるだろう! ……さぁ! 少々スパイシーな抱腹絶倒ワールドへご招待だ!!」
「待てッ!! コンドル・ジオグラフ!!」
「ッ!!」
「待てッ!! コンドル・ジオグラフ!!」
あ、危なかった。既に委員長達のすぐそばまで変態行為をしに近づいていた場面で制止出来たのは、運が良かったんだろう。ホントに。
「ッ!! ……ほう、ここまで来たか。村の者達に始末するよう伝えていたはずであったが……それに、キサマにも協力者がいたとはな……盲点だったぞ」
……コンドル・ジオグラフの言葉にピクリと反応するもツカサ君は俯いたまま、特に発言するつもりはないようだ。声色から委員長達に判別されるコトを防ぐためだろう。……ならば。
「その村の人達にアナタを止めてくれって送り出されて来たんだよ!アガメさん!!」
「愚かな者共め……ここまでやっても尚、私の偉大さが理解出来ていないようだ。まぁ、今は捨て置いてやる。キサマを完膚無きまでに叩きのめせば、あの愚かな愚民共も否応なく気づくに違いない。この私が、最大にして最高の支配者足るコトがなァッ!! ゆくぞ! ムーのチカラをその身で思い知り、絶望のままに果てるがいい!」
全身から推進力の炎を撒き散らし、こちらを睨み付けるムーの監視者『コンドル・ジオグラフ』。両肩と思われる位置には二つの砲塔が確認出来る。かなり大きめの口径だ。相当な威力をもっているのだろう。
「くるぞ、スバル!」
「いくよ! ツカs……ジェミニ・スパーク!」
ツカサ君と言いかけてしまった。反省反省。
「(……ああ! 背中は任せて!)」
小声でも返事してくれる辺り、やっぱり人が好い。
「「ウェーブバトル! ライド・オン!」」
GET DATA……『ジェミニ・スパーク』