星河スバル(偽)の戦闘録   作:星屑

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 澄み切っていたラビリンスの空気を持ち前の苛烈な電波で塗り替えた張本人は、依然として沈黙を保っている。

 ……いや、無機質な視線がボク達の一挙手一投足に注がれているので、今は様子見と言ったところか。足下に広がる魔方陣に何かしらの細工をしていないとも限らない。既にこの辺り一帯は簡易的とは言え、エンプティーが支配する空間なのだ。いつまでもにらみ合っているのは、決して得策ではないだろう。

 

 隣でギターに手をかけているハープ・ノートに目配せをする。こちらから仕掛けることを悟った彼女が取った行動は、バックステップによる後方支援の姿勢だった。

 

「……前以外は任せる!」

 

「任されたっ!」

 

 威勢の良い返事と共に、いつものアンプがウェーブロード上に設置される。総数20機にも及ぶ巨大アンプを全方位からエンプティーを囲むように配置ことで、得体の知れない魔方陣を踏まずに移動するための足場として活用して欲しいということなのだろう。

 

 召還されるのはウィルスのみだったような気もするが、妙な罠が仕掛けられていても面白くはない。渡りに船とばかりに飛び乗ることにした。

 

「うおおぉっ!!」

 

 背後から引き抜いた大剣を突き出す形でウォーロックアタックを敢行。

 脇腹を狙った刺突攻撃を、エンプティーは魔方陣から召喚したエランドを盾にすることでやり過ごす。

 衝撃、そして急制動。大盾を構えたエランドを正面から貫くことは出来たが、勢いは完全に殺された。

 基本四属性の雑魚ウィルスなら、貫通しながら余裕で離脱出来ただろうに!

 爆散したエランドを尻目に歯噛みする。

 

「ギセイをハラうカチはあった!」

 

 散りゆくデータの向こう、その導師服には深い斬痕がついている。致命傷は避けられたようだが、あちらもタダでは済まなかったらしい。それなりの手傷を負う覚悟はあるということか。

 ……上等ッ!

 

「……至近距離ならッ!」

 

 戯れ言を聞き流し、強化した四肢をフルに使った神速の袈裟切りを食らわせ……ッ!?

 

「ッ!?」

 

 不意に、軸足へと強烈な衝撃が走る。

 完全な意識の外から放たれた敵の攻撃は、今まさに振り下ろしかけていた体勢をとっさには修正不可能なレベルで崩し、結果として思わず蹈鞴を踏む隙を晒してしまうことになった。

 よくよく見ると、周囲の空間が微妙に歪んでいる。ステルス戦闘機を模したと思われる角張ったフォルム、周囲に溶け込む光学迷彩……ステルスレーザーのヤツか!

 

「オーパーツはカイシュウする……キサマのナキガラ、そのカタワらからな」

 

 眼前に突き出されたエンプティーの双掌は、地獄の雷を思わせる光を放っている。

 回避は不可能。

 

 シールドッ!間に合えッ!

 

「スバル君ッ!」

 

 背後からの声が聞こえるや否や、死角からシールドを貫通してボクの体を拘束したマシンガンストリングがエンプティーの放つサンダーバズーカの射程から引っ張り出していた。

 

「…………ッ!」

 

 目の前を地獄の黒雷が駆け抜けてゆく。そのまま慣性に従って引き寄せられたボクの体は、危なげなくハープ・ノートによって抱えられる。

 九死に一生を得たことを理解すると、まるで体中から冷や汗がドッと噴出したような感覚を覚えた。

 た、助かった…………。

 

「大丈夫だった!?」

 

「お、おかげさまで……」

 

 あれは本当にヤバかった。

 まともに食らっていたら、軽傷では済まなかったかもしれない。

 

「……ならいいけど。でも、やっぱり今のままじゃジリ貧だよ……」

 

「だよね。後ろから削り合っても勝てる気はしないし」

 

 無手という関係上、あまり接近戦に強いようにも見えないし、実際のところそれは間違っていないハズだ。

 エンプティーの強みは電波世界の限定的な上書きとそれによる物量、そしてサンダーバズーカ?による遠距離火力だ。あと演算力。

 体感した限りでは、内蔵したバトルカードを元になったウィルスに還元している、といったところだろうか。

 ……タチの悪いことをする。

 

「……だから、もっと近づいて仕掛けないと」

 

「オッケー、じゃあ湧いてくるウィルスの方は任せて。……もう、不意打ちなんて絶対通さないから!」

 

 援護をすると言った手前、さっきの攻防には思うところがあるらしい。ビリビリとした電波圧を感じる。

 

「……サクセンカイギはオわったのか?」

 

「ヘッ、そう減らず口を叩けるのも今の内だぜ」

 

「行くよ」

 

「蹴散らしてやるぜェッ!」

 

 ロックの軽口を聞きながら、足を踏みしめて加速し、エンプティーへと突貫する。

 爆発的な突進に反応したエンプティーは、仰々しく腕を広げ、周囲に大量のウィルスを展開する。恐らく、搭載されているバトルカードの一フォルダ分全てのウィルスを還元したのだろう。

 

「疾ッ!」

 

 眼前に現れたコガラシマルを唐竹割りにしながらウェーブロードの大地を蹴り、更に加速を促していく。

 進路上に立ちふさがるウィルスを大剣で切り伏せ、そのままエンプティーへと肉迫して攻勢にでる。

 

「サスガにミせてくれる……しかし、ワタシはここでキサマにカたねばならない。オリヒメ様のために……!」

 

 ウィルスを斬り捨てた隙を狙って、こちらに向けた右の掌底から黄金の雷撃を放ってくる。

 威力を押さえてスピード・速射性にエネルギーを振ったのだろうか。

 何にせよ、掌の向きで雷撃を見切るのは容易い。

 

「忠誠心は、悪事を誤魔化す免罪符じゃないだろッ!」

 

 咆吼をぶつけながら刺突、袈裟斬り、蹴撃を織り交ぜながら、多角的にエンプティーの体に斬りつけていくも、仮面の魔導師は思いの外俊敏な動きで軽やかに死線をくぐり抜けていく。

 コイツだけクロックアップでもしているのだろうか?回避に迷いが無い。稚拙とは言え、軽いフェイントもかけているというのに。

 

「キサマにオリヒメ様のリソウをリカイしてもらうヒツヨウはない。だが、キサマにはここでキえてもらう。オリヒメ様のショウガイをハラうこと、それこそがワタシにあたえられたシジョウのソンザイリユウだからだ……!」

 

「勝手な理屈ッ!ばっかりだッ!」

 

 雄叫びを上げ、かつて無い速度の突きをエンプティーの中心部に向けて放つ。

 パワーならこっちの圧勝だ……!

 

「ハァァッ!」

 

 神速で肉迫する雷の刃に、マスクの奥で目を剥いた(ように見えた)エンプティーは両の手に黒雷を纏わせる。

 その掌底で挑むは神域の白刃取り。唸りを上げて向かってく死の予感に、エンプティーもまたかつてない程の稼働率を発揮していた。

 そして、遂に破壊の光刃と黒雷の掌底が衝突する。

 

 

 

 ―――果たして、死神はエンプティーに触れること叶わず。その切っ先は、人間で言う心臓部の数ミリ先で停止することとなった。

 

「マ、マジかよ……!?」

 

 困惑するロックをよそに、神業と言って差し支えない見切りを見せたエンプティーはニヤリとマスクの奥で嘲笑する。何せ、攻撃手段の大剣を封じているのだ。このままベルセルクブレード越しに黒雷を流し込もうとしているのだろう。

 絶体絶命か。…………いや。

 

「まだだッ!」

 

 とっさに主武装である大剣を手放し、両腕を限界まで引き絞る。

 

「ッ!?」

 

 想定外の動きに面食らうも、捕らえた大剣を放り出そうとするエンプティーの両腕をがっちり掴み、オーパーツによって強化した腕力で振り払おうともがくエンプティーを押し込める。

 SVBで放出するエネルギー相当の雷を両腕に集約し、辺りに目映いスパークをまき散らす。

 

「ゼロ距離なら通るだろォッ!」

 

 スタンガンなんか目じゃない威力でエンプティーの両腕を伝った電撃は、その体の中枢を情け容赦無く貫いた。

 魔導師を象ったローブの内部から、何かが焦げたような匂いとプスプスとした黒煙が立ち上る。

 よろめいたエンプティーは遂に力なく膝をつき、そのまま俯せに倒れ伏した。先程までマスクの奥で爛々と輝いていた光は、既にかき消えている。

 ……気絶しただけだと思いたい。

 しかし今の威力……やはり不定形のエネルギーである雷の操作には、正確なイメージが不可欠と言うことなのだろう。

 

「……ッ!」

 

 大剣を通さずに高出力で放電したせいか、右腕に突き刺すような痛みが走る。感覚も麻痺しているらしく、指先にもロクに力が入らない。左腕のロックはなんともないようだけど、これではとても身の丈程の大剣を振り回すには、間違いなく差し障るだろう。

 

 感覚を取り戻すためにグーパーしながら辺りを見回すと、ちょうど最後に残った召喚ウイルスをハープ・ノートが切れ味鋭いストリングでバラバラに切断したところだった。よくよく見ると、散見されるアンプ間には、日の光を反射して煌めくストリングが幾重にも張ってあることが確認出来る。花京院乙。

 

「あ、スバルくん。こっちはちょうど今終わったところだよ」

 

 にこやかに戦果を報告してくれるが、正直ちょっとドン引きです……。

 ウィルスが消滅する性質をもっていなかったら、きっと屍の山が築かれていたんだろうなぁ……いや、ちゃんと役割を果たしてくれた彼女には、感謝しかないのだけど。

 

「こっちも終わったよ。でも、助かった。ミソラちゃんがウィルスの大群を引き受けてくれなかったら、もっとエンプティーに苦戦してたかもしれないから……」

 

「負けてたかも、とは言わないんだね」

 

 クスリと笑いを零しながら、問いかけられる。

 一息つきながら額を拭う仕草は、やけに目映いような気がする。アイドルの放つオーラというやつなのだろうか。

 

「そりゃあ……まぁ、こっちはズルしてるようなものだし。……それに」

 

 オーパーツが無ければやられていた……のは今更だ。

 

「それに?」

 

「あれだけの啖呵を切ったんだ、負けちゃった場合なんて考えないよ」

 

 都合良く前回セーブしたところから再開、とはいかないのだから、こっちも必死だった。肉体を構成しているプログラムの耐久値がゼロになり、塵一つ残さず消滅すると思うと……ゾッとする。だからこそ、そうならないようにこうして抗っているのだが。

 

「ふふ……頼もしいね」

 

「そう言ってもらえると、ブラザー冥利に尽きるかな」

 

「うん、これからもどうぞよろしく!」

 

「こちらこそ」

 

「……さ、そろそろ皆のいるコダマタウンに帰ろうよ!久しぶりに、ルナちゃんと目一杯話したいな!」

 

「オイオイ、たかだか数週間だぜ?」

 

 もうヘトヘトだよ……とげんなりした表情から一転、弾むような声色を響かせたハープ・ノートにロックが茶々を入れる。思い出すと、ずいぶん濃いスケジュールだったなぁ……

 

「女の子の数週間は長いの!一日千秋だよ!」

 

「……ケッ、やっぱりオンナってのは良くわかんねぇな。どいつもこいつもオックス位単純な方がやりやすいんだが……」

 

「ケフェウスが頭を抱える姿が目に浮かぶようだ……」

 

「クスクス……確かに、ありそうな話よね」

 

「でしょ?」

 

 全身から煙を上げるエンプティーをよそにボク達は、弛緩した雰囲気で和気藹々と談笑を始める。

 ラビリンスに来てからは、常に最低限の緊張を強いられていたからかもしれない。

 

「……っと、そうだ」

 

「どうかした?」

 

「えと……その、エンプティーはどうしようか」

 

 何の反応も返さないのですっかり意識の外に追いやっていたが、この場には気絶したエンプティーが撤退することもなく倒れ伏している。

 元の予定を早めたおかげで、強化されたブライとエンカウントしないで済んだのは良い誤算だったが、このまま放置していて、ハイド辺りが嗅ぎ付けないとも限らない。

 右腕を負傷している現在、脚本家(笑)とはいえ万全の電波人間一人とやり合うのは得策とは言えないだろう。

 つまり、選ぶべき選択肢は…………そう、一刻も早く逃げるんだよォ!

 

「うぅーん……縛ってお話しても、多分仲良くしてはくれない、よね?」

 

 怖いわ。

 お話ってなんだ。仲良くってなんだ。

 

「厄介ごとを抱え込むのもアレだし、取りあえず今回は放置する方向でいいような……」

 

 というか、下手にデリートしたらオリヒメ陣営の暴走が始まるかもしれない。

 ボクだって、人の心を持っているかもしれない存在を手にかけたくはない。主に精神衛生的に。

 攻めてきたFM星人を軒並みデリートしておいて何を今更、という話ではあるが。綺麗事を並べたい時だってあると、そういうことだ。

 

「まぁ、しょうがないか……引きずって帰るのもアレだしね!」

 

 しかし、ボク達の間において、アレの認識に決定的な違いがあるように思えてならない……!

 

「あはは……と、兎に角、これで一段落ということで。戻ろうか、コダマタウンに」

 

「うん!」

 

 最大の懸念だったブライは、やはり『孤高の証』の適合が間に合わなかったらしい。

 出来うることなら、再戦はラ・ムー戦以降に持ち越してもらえると都合が良いのだけど……

 

 

『ヤツの口車に乗って来てみれば……フン、相変わらず反吐が出るようなコトを平然と口にする』

 

 

 しかしどうやら、そうは問屋が卸さないみたいだ。

 不機嫌という感情をとことん煮詰めたような声が、ラビリンスの澄み切った電波に響く。

 ……と、同時に、辺りを以前とは比較にならない程の重圧が包み込む。エンプティーのそれとは異なり、それはただ純粋に闖入者の拒絶と嫌悪を如実に表していた。

 

「今の声、そしてこのプレッシャーは!」

 

 まだ現れてもいないというのに、膝が笑っているような錯覚すら覚える。

 先程の戦闘からの二連戦……やれるのか?この、負傷した右腕で。

 

「ああ……この産毛が逆立つようなイヤな感じ……間違いねぇ、アイツだ!」

 

 ロックに産毛は生えていないという事実はさておき、ガルルと唸る相棒が睨み付けたその先に、とうとうソロは現れた。

 あらゆる電波を見通す赤眼は、『カミカクシ』が生み出したゲートをくぐり抜けた瞬間からピタリとボクに照準を合わせている。視線で人が殺せたなら、ボク達はとっくに天国の扉を小気味よくノックしていたことだろう。

 

「ソロ……」

 

 呼びかけに答えることも無く、ソロはおもむろに取り出した古代のスターキャリアーで見慣れた紋章を虚空に描き、電波変換を完了させた。その足下からは、膨大な黒色のエネルギーが他者を遮るように立ち上っている。

 

「……キサマとの、決着を付けに来た」

 

 ディープパープルのバイザー越しに、ソロ……ブライの激情が伝播しているような感覚を覚える。

 対峙して改めて感じる純粋な敵意。竦み上がりそうだ。

 

「け、決着だと?オマエ、ナンスカでオレ達に伸されたってことをもう忘れちまったのか?」

 

 全くお笑いぐさだぜ……と煽ってはいるが、肝心のロックの声は震えているし、冷や汗も流している。それだけ、眼前に立っているブライが以前とは決定的に違うということを感じ取っているのだろう。

 

「あの時のオレはもういない。……新たな境地に立ったオレが持つチカラ、誇り、魂…………その全身全霊でもってキサマの存在を否定する!」

 

 立ち上るオーラが一層の激化を見せ、プレッシャーはいよいよ物理的な重量感すら錯覚させるように変じる。

 

「や、やるしか…………痛ッ!」

 

「ス、スバルくん!?手……怪我を?……まさか、あの放電の時……!?」

 

 間の悪いことに、察してしまったハープ・ノートがボクの右腕を凝視する。一見すると何てこともないようだが、負傷した右腕は今なお軽いスパークをまき散らしていた。

 

「キサマの事情などどうでもいい。……さっさと構えろ」

 

「オイオイオイ……コ、コイツはマジでヤバい……!スバル、気をしっかり持てよ!多分、今まででダントツにキツいバトルになるぜ……!!」

 

「あ、わた、ワタシは……」

 

「アイツの狙いはボクだ。……ミソラちゃんは下がってて!」

 

 茫然自失の彼女に一応の指示を出し、バイザー越しににらみ返す。今の動揺振りだ。フレンドリーファイアよりはまだマシだろう。

 視界の端では、ウェーブロードに発生した黒い穴が倒れ伏したエンプティーを飲み込むところだった。

 ……ハイドか。

 

「え……い、イヤだよ!……一人で戦わせるなんて!」

 

「じゃ、余裕があればでいい!援護を!」

 

 コイツの注意が向かない程度であることを祈りたい。

 

「ご託は並べ終わったか……?」

 

「……辞世の句を述べる気はない!行くぞロック!」

 

 勝利条件は相打ち以上。後ろ(ハープ・ノート)に、攻撃の手を通してはならない。絶対に。

 

「応ッ!!」

 

「死力を尽くすッ!……ウェーブバトル!ライドオンッ!!」

 

 せめて相打ちには持って行きたいという、勇ましい言葉とは裏腹に極めて消極的な戦いが今、始まった―――!

 

 

 




GET DATA……ナシ

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