星河スバル(偽)の戦闘録   作:星屑

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「……終わった、か」

 

 殴り飛ばしたファントム・ブラックの意識は完全に飛んでいるようで、仰向けのままピクリとも動く気配を見せない。

 ベルセルクの鎧を解き、ホッと息をついた。

 そこで、新たに階段を登ってくる存在に気付く。

 腹部さすっているような所作を取りながら姿を現したのは、ハープ・ノートだった。

 

「ごめんね、スバルくん。結局、一人で戦わせちゃった……」

 

「いや、そんなことないよ。最初にミソラちゃんがアシストしてくれなかったら、アイツが瞬間移動で背後に回り込んでくるってわからなかった。きっとアレがなかったら、もっと苦戦してたと思う」

 

 実際、ラストにほぼ無意識でも攻撃できたのは、死角に転移してくる(跳んでくる)って予測出来た部分も大きいだろうし。

 そもそも、嵌められたとはいえハープ・ノートにダメージを与えたのは僕達なワケで。

 責める道理なんて元から無いんですけどね。寧ろこっちから謝りたいくらいだ。

 

「そう?……ふふっ、ありがと!」

 

 まぁ、ミソラちゃん(ハープ・ノート)はそもそも正面切って戦うタイプのスペックじゃない。

 スペックに隔絶した差があるウィルス戦ならともかく、接近よりの電波人間相手はキツいだろう。

 それでも、電波世界(こっち)じゃ一番信頼出来る戦力なのは変わらないからなぁ……。

 

「さて、それじゃ雑談もほどほどにして……」

 

 スターキャリアーのデジタルウォッチはもうすぐ正午、といった時間を指し示している。

 いよいよ、ムー大陸がその姿を現す時間だ。

 気を引き締めなければ。

 

「うーん……でも、この人のこと、どうする?」

 

 少し先に進んでいた彼女が、仰向けに横たわるハイドをギターの先でつつきながら声を響かせる。電波変換は既に解けていた。

 猛烈に嫌な顔をしているハープさんを意図的に視界から外し、考え込む。

 

「そういえばすっかり忘れてた。どうしようか……」

 

 さて、どうしたものか。

 ぶっちゃけ捕縛用のアイテムなんて持ってきているワケがないので、この場所に縛り付けておくこともできないのだ。

 ハープ・ノートのストリングにしたって、いつまでも出しておけるワケじゃないしね。

 

「でもこの人、放っておくとロクなことにならないような予感がする……」

 

 ジト目で呟かれた言葉に、内心で賛同の意を示す。

 まったくもっておっしゃる通りですわ。

 しかし、このまま放置すれば洒落にならない障害になることもまた確定事項。

 闘いの中で語っていた、ハイドの妄執。ここで目的が潰えても、きっと手を変え品を変え……というヤツだろう。

 ……だとすれば。

 

「なら、ハイドの持ってた古代のスターキャリアーだけでも壊していこう。電波変換が出来なくなれば、少なくともこの先の障害にはならないだろうから」

 

 幸いにして、この場所はマテリアルウェーブに近い電波で構成されているので、生身でどうなるということも無い。

 ラビリンスに入った時に感じたが、電波障害も改善に向かっていた。

 SOSを発していれば、そのうち救助されるだろう。

 ただ、一応電脳犯罪者として指名手配されていたはずなので、同時に御用されるだろうが。

 つまり、罪は償いましょうということだ。

 

「貴重品だから、ちょっともったないような気もするけど……仕方ないね。スバルくん、お願い出来る?」

 

「うん、任せて。でも、危ないから少し離れててね」

 

「らじゃー!」

 

 右手にベルセルクの大剣を出現させ、ウェーブロード上に設置したスターキャリアーに勢いよく突き刺す。

 そのまま放電。内部に電流を流し込み、ついでにファントムをデリートにかかる。

 主同様、気を失っていたらしいファントムは、ギャギャギャギャァッ!という断末魔を残して、あっさりデリートされた。あっけなさ過ぎるが、電波変換しなければ本来のチカラを発揮出来ないのだからしょうがない。

 

「ぐっ…………わ、私は……ハッ!」

 

 騒がしかったのか、目を覚ましたハイドが頬を押さえて上体を起こし、辺りを見回した。

 優秀を自称する彼の状況判断能力は、黒煙を上げるスターキャリアーを見て全て察したようだ。

 

「な……バ、バカな!?こんなことが、あるはずが!」

 

 血の気の引いた顔で、そう叫ぶハイド。

 もはや、ハイドに戦闘力と呼べるものは残されていない。

 それをよく理解しているからこその逃避行動……なのだろう。

 だけど、一つ気がかりなことがある。それは、この状況を眺めているだろうハイドのボスの動向だ。ここまでやって、何も無いというのもおかしい気がする。

 まさか……既に見捨てられているとか?

 

「もうアナタに電波変換することは出来ない。諦めて罪を償うべきだ」

 

「ふっ……ふざけるな!ようやく……ようやく、私の望みに手が届くところだったというのに……こんな、こんなことが……!」

 

 ウェーブロードに拳を叩き付け、絞り出すように嗚咽を零し始めようとしていたハイド。

 しかし、ふと何かに気付くと、すがるような笑みで天を仰いだ。

 

「おお……オリヒメ様!見ていらしたのですね!?」

 

「オリヒメだと!?……どこだ!?どこにいやがる!」

 

 ロックの叫びに応えるようなタイミングで、どこからともなく声が聞こえてくる。

 やはり、覗いていたのか。

 

『フフ……どうやら勝敗は決したようだな、ハイドよ』

 

「も、申し訳ありません!このハイド、一生の不覚……!」

 

『そうだな、そなたの執念は伝わったが……最後など、実に無様な幕引きであったぞ。これでは、子供だましという言葉すらその演目には過ぎたシロモノになりそうだ』

 

「ぐっ……面目次第も、ございませぬ。……ですがこのハイド!そこな侵入者の片割れに一矢報いておりますぞ!」

 

 脂汗を流しながら、必死に弁明を試みるハイド。

 とはいえ、そこは脚本家を自称するだけあって表情だけは自信に溢れていた。

 さしものオリヒメも、ほう……と思案の様子を見せる。

 

『……確かに、カミカクシを用いた奇襲には目を見張るものがあった。あの時点では、妾も手に汗握る思いであったぞ』

 

 愉悦をにじませた声色で、弾むようにオリヒメは語る。

 間違い無い。彼女はこの問答を愉しんでいる……!

 

「その期待、必ずや応えて見せると誓いましょう!ですので、その……今一度、私めに貴女様のお慈悲を賜りたく……!どうか!後生にございます!」

 

『ふむ……さて、どうしたものか。そなたは既に十分な功を立てておる。妾としても、部下の忠節には報いたいところだ……』

 

 楽しそうな声色に、ほんの少しだが暖かいものが加わった。

 同時に、ハイドが喜色満面を見せる。

 

「で、では!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ならぬな。そなたの希望を叶えてやるわけにはいかぬ』

 

 空気が固まった。そう実感するほどに衝撃の展開だった。

 

「は?」

 

 それはハイドも同様だったようで、彼は暫く自分が何を言われたのか理解出来ていないようだった。

 

「あ、いえ……な、何故でしょう!?私は、これまでオリヒメ様の忠実な部下として……」

 

『示しがつかぬからだ。新・ムー帝国の民達に対してな』

 

 ハイドの言に割り入るように斬って捨てるオリヒメ。

 

「な……どういうことにございますか!?」

 

『そなたらの闘いは、これより始める選民工程にとって、実に良いデモンストレーションであったということだ』

 

「何だって!?」

 

 ちょっと待て。

 どういうことだ?今のは流石に聞き捨てならないぞ。

 

『フフ……青い男、いや、ロックマンよ。悪いが、この一帯……「天空の大階段」では通信を妨害させてもらっていた。下手な横やりは無粋であるゆえな。そしてそなたの戦い振りは、世界中の電波をジャックし、あらゆる場所で中継されている。当然、現在もな』

 

 空中に巨大なモニターが大量に出現する。

 どのモニターも、今の戦闘が様々な国の人間の注目を集めている様を映し出していた。

 中には、ファントム・ブラックを下したことで興奮したのか歓声に包まれていると思わしきものもある。音声は拾えていないらしく、想像することしか出来はしなかったが。

 

「どうして、そんなことを?」

 

『だから、デモンストレーションだと言っておるであろうが。……エンプティー!』

 

 オリヒメの声と共に、音も無くエンプティーが現れる。

 以前の戦いで負ったキズは完璧に処置されているようだ。むしろ、より力強くなったような印象すら受ける。

 

「なっ……!エ、エンプティー!?」

 

「オリヒメ様からのデンゴンだ。『キサマは新・ムー帝国の民として相応しくない』……だ、そうだ」

 

 エンプティーは僅かな憐憫を覗かせるように伝えると、膝立ちで呆気にとられたハイドの顔面をむんずと掴んだ。

 掴んだ左腕が、雷光の輝きによって発光している。

 恐ろしい光景なのにどこか神秘的な美しさを感じてしまうのは、人であるがゆえの情景なのだろうか。

 って、そうじゃない!ハイドは生身なんだぞ!?

 

「ダメだ!エンプティー!」

 

 ソードを展開し、ウォーロックアタックで一足飛びに止めに突っ込む!

 

「ジャマはさせない……」

 

 エンプティーが右腕を振るうと、足下から雷の束が飛び出した。

 思わず、たたらを踏んでしまう。

 

「あ、ああ……や、止めろエンプティー!止めてくれ!……私は!私は、こんなところでェ!」

 

「アワれなオトコだ……ならば、キサマにとってこのケツマツこそヒツジョウなものであったな」

 

 輝きが最上に至り、目も眩むような一際大きな閃光が辺りを包む。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 生死も定かでないハイドを無造作にウェーブロードへ放り投げる。

 

「カゲンはした。……タえきるかは、そのオトコシダイだが」

 

 そして、もう用は無いとばかりにたたずまいを整えて一瞬の内にその姿を眩ませてしまった。

 

「くそっ、油断した……ッ!」

 

 まさか、ほとんど死に体のハイドにここまでするなんて!

 危険視する一方で、どこかそこは踏み越えないと高をくくっていたのかもしれない。

 反省しなければ。

 

『聞こえているな!?地上の者どもよ!これより、ムーの真のチカラを見せようではないか!』

 

 不可視の傘に守られていたムー大陸が、再びそのベールを脱いで異様な姿をさらしていた。

 ザワリと、映像の群衆がざわめく。

 何が起きるのか、固唾を飲んで見守っているって感じだ。

 

『だがその前に一つ、宣言しておこう。これより、この世界を支配するのは「新・ムー帝国」だ。それは、妾を頂点とする新たな国家である。この先、そなた達地上の人間に自由は無いと思うがいい!』

 

『だが、それは新・ムー帝国の国民であれば話は別だ。……新・ムー帝国の国民には、このムー大陸に住まう権利と、あらゆる自由を約束しよう!』

 

 騒ぎ立てているらしい群衆も現金なもので、一斉に口を閉ざす。

 その様子を眺めていると思われるオリヒメは、満足げにうむ、と応えると話を再開した。

 

『しかし、誰でもというワケにはいかぬ。また、一人一人来歴を調べるということも出来ぬ。手間がかかり過ぎる故な。よって、妾はここでそなた達に試練を課し、その結果によって選別しようと思う。新・ムー帝国の国民になりたくば、この試練を突破してみせるがよい!』

 

 映像が切り替わる。

 そこには、モニターの画面一杯に大量のムーの電波体達が映し出されていた。

 まだ、手出しはしていない。しかし、舌なめずりをするその姿は、紛れもなく狩人のそれ(・・)だった。

 

『世界中にムーの電波体を送り込んだ。簡単に言えば、今そなた達に見せたことを、世界規模で行うだけである。言っておくが、電波体の総数がこれだけだと思うでないぞ?何故なら、ムーの電波体は無限であるからな!』

 

 世界中の人間が放つ怒号と悲嘆を目にしながら、それでもオリヒメは変わらなかった。

 まるでクリスマスにプレゼントボックスを前にした童子のように、高らかに謳う。

 

『これこそがムーのチカラ!この状況で最後まで立っていた者……具体的に言えば、そこのロックマンが倒れるか、もしくは妾の座すムー大陸の最深部までたどり着いた時点で屋内に逃げこまなかった者を、新・ムー帝国の国民として認めよう!逃げるも良し、戦うも良し。このハイド()のような末路を見てなお恐れぬ、真に優秀な者のみを妾は欲しておる!』

 

『さぁ、ゆけ!ムーの電波体達よ!』

 

 その言葉と共に、映像の中の電波体達は一斉に散らばっていった。

 各々で既にターゲットを決めているのだろう。

 

『フフ……ではな。妾は逃げも隠れもせぬ。健闘を祈っておるぞ、ロックマン』

 

 明らかに煽る目的でこちらをあざ笑うと、そのまま大量のモニター群と一緒に気配までも消失させてしまった。

 状況は予断を許さないが、やっておくべきことはするべきだ。

 気を失っているハイドの元へ駆けつける。容態の把握など素人もいいところだが、取りあえず脈を測るのが無難だろう。

 

「……よかった。脈はある。まだ、生きてるよ」

 

「でも、処置出来る物も何も無いんだよ!?」

 

 軽く様子を見てみると、外傷は意外にも少ないことに気付く。

 エンプティーの言葉は本当だったらしい。かつての同僚ということで、手心を加えていたのだろうか。

 

「とにかく、SOSを発して救助を待っていてもらうしかない。僕達も、先へ進まなくちゃいけないんだ」

 

 警察も病院も、まともに機能がはたらいているかははなはだ疑問だが。

 こっちも急がなきゃいけない理由がある。あまり構ってはいられない。

 ハイドの懐に収まっていた現代のスターキャリアーをSOSモードに設定し、側に転がしておく。

 

「うん……わかった」

 

「さぁスバル!とっととこの悪趣味極まる大陸を攻略しちまおうぜ!」

 

 湿っぽくなりそうだった空気をロックの一喝が吹き飛ばす。

 くよくよしてたって、オリヒメが向こうから出向いてくれるわけじゃない。

 こんなところで、止まってちゃいけないんだ。

 

「よし……行こう、ムー大陸へ!」

 

 今この瞬間にも、生命の危機に瀕しているであろう人達がいる。

 背負っているのは命の責任だ。

 逸る気持ちを押さえながら、僕はムー大陸への一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

   ♢♢♢

 

 

 

 

 

 二人の電波人間が去った後。

 天が割け、地が震撼する。

 そして、新たなる闖入者が訪れた。

 

「一歩、出遅れたか……」

 

 暗黒の闘志を纏った拳闘士(ファイター)はそう独りごちると、ふと周囲に視線を向ける。

 そこには、道化師の仮面を剥がされた男が横たわっていた。

 一応、無理の無い体勢で寝転がされている。意識が戻ることは当分ないと言えるだろう。

 

「以前から気にくわないと思ってはいたが……哀れな男だ。他人のチカラに縋ることに執心したコイツには、お似合いの最後だがな」

 

 そう言い捨てて、闖入者は空中に浮かぶ大陸を睨み付ける。

 

「まぁ、いい。ヤツらが中枢に居座っていることはわかっている。ならばそこへ向かうだけだ。……オレの故郷で、好き勝手な真似は許さない。新・ムー帝国だと?ふざけるなよ……ッ!」

 

 出し抜かれた屈辱と先程の宣言が想起し、彼は怒りを闘気に変じて体外へ吐き出した。

 ムーの民の末裔である少年……ソロにとって、もはやオリヒメは純然たる敵として認識されたのだ。

 




GETE DATA……ナシ

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