ーーアマケン外観のウェーブロード・最奥ーー
……ウェーブロード上に立つハープ・ノートは先ほどから動いていない。こちらに向ける圧力は変わらないので、彼女が戦闘体勢を解いたわけではないのがわかる。
……何だ?そっちが来ないなら、こっちからいくぞ!
「ロック!」
「おう!ウオォォラァァァ!!」
ロックの雄叫びと共に、ハープ・ノートの前に躍り出る。左手にロングソードを展開して……っ!
…………ハープ・ノートが笑った!?何かマズイ……ッ!!
「うあぁッ!」
ぐっ!死角から音波攻撃が飛んできた!?
ロングソードを展開していた左腕でガードすることは出来ない……まさかっ!?
「……キミがここに来るまでに、ハープから聞いたんだ。ハープはキミのウォーロックと知り合いだったんでしょ?だから、キミの突進力が脅威だってしっかり教えてくれたんだ。……キミに、ケガはさせたくないから」
「ポロロン……力で勝てないのは理解していたわ……だから、策を講じさせてもらったのよ」
ぐっ!食らってしまった……!
ダメージは押さえてある……こんなトコロで、気を使わせてッ!……しかし、攻撃を食らっている間に距離を離されてしまった。
既に周りには、遠隔操作で音波を発射するスピーカーが設置してある!これを避けながら、やるしかないッ!
「うおぉぉぉっ!!」
まさかバトルカード主義の世界で、弾幕を拝むことになるとはッ!クソッ……ガードするしかない!
「ロック!接近するしかないよ!」
接近すれば、あの弾幕染みた音波攻撃も使えないハズだ!ロックバスターで破壊しているけど、数が多すぎる……近づけさせないつもりかッ!
「わかってるぜ!……ウオォォォッ!」
無理やり音波攻撃を突破し、ハープ・ノートの正面に再び躍り出る。今度はシールドを展開済みだ!
「甘いッ!」
今度はコード!?いや、糸……ストリングだ!ガードを貫通してくる……マズイッ!これで!
「ハアァッ!……ぐっ!」
ストリングがヒットする前にパワーボムを投げておいたお陰で追撃はなかったが、これは……強敵だ!
「フゥ……まだまだ、行くよ!」
ハープ・ノートの掛け声と共に、ロックバスターによっていくらか数を減らしてはあるものの、未だに弾幕として機能する数の音符………ショックノートが飛んでくる!
「クッ!的確にボクを狙ってくる……!」
設置型の遠隔操作攻撃で、どうしてここまで……!
「後の先を打つ!」
……まさか、ウォーロックと同じで電波変換時に体の一部……いや、ギターか!ハープ自身が戦場を俯瞰して、ミソラちゃんに戦術的なアドバイスを行っている……?
なら恐らく、回避運動はミソラちゃん任せにしているはず……素人の体捌きなら、対処できるぞ……
こちらだって、ミソラちゃんにケガなんかさせたくないんだ!衝撃はなるべく与えず、HPを削る戦法でいく!
……なら、ソード系やバブルフックなんかの、近接か状態付与系統が適している……ハズ。
戦術を練り、バトルカードを選ぶ。
……やれるか?いや、やるんだ!
「ロォック!」
「オォォォォォォ!!!」
今までにないロックの雄叫びと共に一瞬で最速の域に達し、景色を置き去りにする。今度こそッ!
「甘いって、言ってるでしょう!」
再びガード不可のストリングを発射してくる……二度は食らわないッ!
「ハァッ!」
シールドに接触し、一瞬進行スピードが緩まったストリングを右手で掴む。ストリングはハープ・ノートのギターと繋がっているから、そうは捨てられないハズだ!
更にギターを捨てれば使えるのはショックノートだけ……これならッ!
「……キャァッ!」
可愛らしい声をあげてギターごとよろめくハープ・ノート。まだだ!ハープ・ノートの腰を右腕で抱え、ジェットアタックを使用する。……空中ならッ!
「疾ッ!」
ジェットアタックの発動が終了し、宙に投げ出されるボクとハープ・ノート。身動きが取れないハープ・ノートに、落ち着いてバブルフックの泡を当てる。
「……ッ!」
水中で喋った声は流石に拾えない。動きを封じられたまま、ウェーブロードに叩きつけられたハープ・ノートだが、衝撃自体は体を包んでいたバブルによって緩和されている。水中から解放され、脱力しているハープ・ノートにロングソードを展開した腕を向ける。
「ミソラちゃん……もう、やめようよ……」
これがチェックメイトだってことくらい、ボクにだってわかる。
「うぅ……ワタシの音楽は、ワタシが守るの……スバルくんに頼るわけには……いかなかった」
「そんなこと……!キミが音楽を始めたのは、キミのママのためだったハズだろ!?ママはキミの歌を通して、キミの世界を知ったハズなんだ!そんなキミのママが、こんなことをして、本当に喜ぶはずがない!キミ自身が、キミの世界を壊していくことなんてッ!」
「それは……でもワタシは、限界だったの!もう、嫌になったのよ!」
「ボクだって、三年前に父さんが行方不明になった時は誰にも心を開けなくなった!親しくなった人が、ある日突然いなくなるなんて、耐えられるハズがなかったんだ!母さんがボクに『学校なんて行かなくてもいいんだよ』って、『いつか、自分から行きたいと思えるようになったときに行けばいい』って母さんにそう言ってもらえなかったら、ボクは、自分を傷つけていたかもしれないんだ……!だから、キミの気持ちはよくわかる……」
……ここまでは、スバル君の記憶が語ってる部分。
「スバルくん……キミも、やっぱり同じだったんだ……」
「でも、そんなコトはどうでもいい!ボクはこの前、初めてキミの曲を聞いた時、キミのファンになったんだ!だから、わかった!だから感じた!さっきの戦闘も、ここに来るまでの音波攻撃も、キミが奏でる音は悲しみに満ちていたんだ!」
「…………ッ!」
「ミソラちゃんがどんな気持ちで歌わされていたかなんて、ボクにはわからない……でも、これだけはわかる!そんな音で奏でる曲を聞くために、キミのママは、キミに歌手になって欲しかったわけじゃない!」
「なら、ワタシは……どうすれば……」
「ママのために歌えないなら、他の何かを見つければいい!!今朝、キミとバスの中で話した、学校に誘ってくれる人たち……その中の人がキミのファンだったよ。キミが急にライブを中止にしても、戸惑ってはいたけど、キミを信じていたんだ!世間はキミを大切に思ってこそあれ、歌うことを強要なんて、していない!歌いたくなったときに、また歌えばいい!キミが歌いたい誰かや、何かを見つけてからでも遅くないんだ!」
ーーバシュッ!
ハープ・ノートの隣に、FM星人のハープが出現した。戸惑っているように見える。
「なぜ、トドメを刺さないの?」
「言っただろうがよ……オレはオンナ相手に本気で戦うシュミはねぇってよ」
結構本気出してたよね……ロック。でも、ありがとう。キミのお陰で、ボクは戦える。
「クスクス……わかったわ、敗けを認めて降参するわ……かといってこのままオメオメ帰っても、厳しい罰が待っているだけ……そうだわ」
「オ、オイ……まさか……」
「そのまさかよ。暫くこの星でお世話になることにするわ……ミソラってコも気に入ってるし、安心して、もうFM星人側につく気はないわよ。一度しかない人生だもの、楽しく、刺激的に生きていきたいじゃない……この星には女心と秋の空ってコトバがあるの知らないかしら?」
「……だから怖いんだよ……けどよ、コッチにいる以上、オマエも狙われるぜ?」
「そのときはアナタに助けてもらうわ」
「ケッ!勝手にしやがれ!これだからオンナってヤツはニガテなんだ!」
……ロック、何だかんだで嬉しそうに聞こえるのは気のせいかな?やっぱりFM星人の味方がいると精神的にも落ち着くんだろうか。
「ふふっ、任せといてよハープ。ボクはキミと、ミソラちゃんを守る」
「また変な気を起こしたらぶっ飛ばしてやるからな!」
「……頼もしいね、スバルくん。でも、大丈夫!ハープが変な気を起こさないようにしっかり見張っておくから!……それに音楽を愛する者に根っからの悪人はいないわ」
そこで、言葉を切ってボクを見つめてくる。もう決意は硬いようだ。辞めてほしくはないんだけどなぁ……
「スバルくん、ワタシ……歌手を引退するわ」
「………………」
「ワタシ、ずっと独学で音楽をやってきたから、一から勉強をしなおして、いつかもう一度歌を聞いてもらうんだ。……天国のママと、ワタシの歌を待っていてくれる人たちのために。その前に、ちゃんとケジメをつけないとね……」
「…………ケジメって……」
「サイコーの席を、用意しておくね」
彼女の顔は、吹っ切れたような、でも何か新しい希望を見出だしたような、そんな輝く笑顔だった。
ーー三日後・展望台ーー
ミソラちゃんが正式に引退を発表し、その引退ライブがコダマタウンの展望台で行われた。
ボクは、ライブの調整で忙しいミソラちゃんの代わりにハープが届けにきた、ライブチケットのデータをトランサーに入れて、ライブ会場である展望台に来ていた。既にライブは始まっており、観客のボルテージは最高潮に高まっている。
「凄い熱気だね……」
「(人間ってヤツは、ホントよくわからないぜ)」
「(あ、次の曲が始まるみたい)」
「みんな、今日は来てくれてありがとう!次が最後の曲です!!『グッナイ ママ』」
母への別れを告げるような、しんみりした曲調が続いたあと、未来への期待を告げるような晴れやかなメロディーでその曲は幕を閉じた。
そして……
「みんな……グスッ……今まで応援してくれて……ありがとう……!勝手にライブを……中止にしたりして……本当にごめんなさい……ワタシの心が弱かったせいで、皆に迷惑をかけちゃったね……今日、ワタシは……引退します……けど、この引退は昨日までの弱いワタシからの卒業……いつの日か、もっと強いワタシになれたときに、また皆の前に立ちたいと思います……」
『ミソラちゃんやめないでー!』
『ミソラちゃーん!!』
『ウォォォッ!ミゾラぢゃーん!!』
「(ワタシ、こんなに沢山の人に支えられてたんだ……なのに、ワタシってば自分のコトばっかり……)
みんな!!ワタシ、絶対戻ってくるからね!!ありがとう!!」
……ステージが終わっても、拍手は暫く鳴り止むことはなかった……そして、全てが終わった後……
ーー展望台ーー
トランサーにきた連絡でミソラちゃんがいる展望台に向かうと、そこには申し訳ない……といった様子のミソラちゃんが待っていた。やっぱり、人のコトを気遣える優しい人間なんだと思う。
「……今日は、来てくれてアリガト……キミのお陰で、前に進めそうなんだ……」
「なら、良かったよ……きっと天国のママも、キミの世界の広がりを楽しみにしてるハズさ」
「……うん。……それじゃ、そろそろ行かないといけないんだけど……」
若干、濡れた瞳でこちらを見つめてくる……
ボクも、覚悟を決めなくちゃ……
「これからはワタシ、一人で頑張っていくから……うぅ……どうして……?ナミダが……ワタシ、もっとしっかり……うぅ……」
……泣かせてしまった。ボクが発端なのだけど。
「あーぁ、泣かしちまったな!この間テレビでやってたぜ……地球じゃ、オンナを泣かすのはツミになるんだろ?早く何とかしねぇとタイホされちまうぜ!」
……それはロック、もしかして煽ってるつもりなのかい……?
でも、ボクにだって、覚悟がある。今日、ちゃんとロックやミソラちゃんに話すことだ。さしあたっては……
「(おおっ!抱きしめちまったぜ!コイツはミモノってヤツだな!)」
「うぅ…………グスッ、ヒック……スバルくん……?」
「……母さんが言ってたんだ。泣いてるオンナのコが居たら、抱き締めてあげなさいって」
「うぅ……ワタシのママは、泣いてるときに優しくするオトコには、注意しなさいって……言ってたよ……?」
ミソラちゃんのママェ……
「まずは落ち着いて欲しいんだ……三日前、コダマタウンのウェーブロードで言ったでしょう?ボクたちは、ブラザーにだってなれるハズだって」
「…………ウン……スバルくん……いい匂いがする……」
ちょっ!ボクにアブノーマルな趣味はないよ!
「だからさ……えと、その……ボクとブラザーになって欲しいんだ」
「……………………いいよ」
……ミソラちゃんが了承してくれた後、落ち着くのを待ってボクたちはブラザーバンドを結んだ。彼女とブラザーバンドを結んだことで、発現したリンクアビリティのファーストバリアとアンダーシャツは、ボクを確かに守ってくれることだろう。
…………ここからは、ボクの告白になる。もう、覚悟は決めたんだ。
「そろそろ行くね……」
……ミソラちゃんが帰ろうとする。
……………………………………………………今しかないんだ!
「待って!……もう少しだけ、話があるんだ」
「秘密のコト?……誰にもしゃべらないよ。トランサーの中に宇宙人が居候してるなんて……喋っても、信じてくれる人はいないだろうけどね!」
「違う、違うんだ……ボクには、もうひとつ秘密があるんだよ……」
「宇宙人がトランサーの中に居候してるコト以上の秘密ってこと?」
若干訝しげにミソラちゃんがこちらをうかがってくる。
……大丈夫。きっと、ミソラちゃんなら……
「これはロックにも聞いて欲しいことなんだけど……」
「おう、この前言ってた、オマエの本当ってヤツか?」
「うん。中々言い出せなくてゴメンね……でも、話すよ。今こそボクは、ボクの真実を話そう」
一旦そこで話を切って深呼吸する。あぁ、心臓がドキドキしているのが、伝わってくる。怖いんだ。拒絶されるのが。でも、大丈夫。ボクはミソラちゃんを信じるって決めたんだ。
「ボクは、厳密には星河スバルじゃない。その記憶と体を持った、ニセモノなんだ」
「…………っ!どういう、コト?」
ミソラちゃんが震える声で問いかけてくる。やっぱり、こういう反応になっちゃうよね。だけど、ボクはもう、最後まで話す覚悟は出来ている。
「ボクは今年の4月……小学五年生になった時からこの体に憑依した、誰かなんだ。なぜ、この体に憑依したのか、そしてこの人格が誰なのか、ボクにはわからない……でも、これだけは言える。4月になるまでのボク……星河スバルの人格では、決してないと言うことだ」
「……………………」
ここまでロックは静観を保っている。もしかして、失望したのかな……それでも、別にいいんだ。ボクはずっとロックに隠し事をしてきたってことだし。信用出来なくなったのなら、それで……
「……そんなの!ワタシは気にしない!」
え?
「例えキミが、本来の星河スバルじゃなくっても、ワタシが、ワタシとブラザーバンドを結んだのは、キミだよ!キミなんだよ!……だから、だから自分をそんなふうに言うのは止めてよ!」
…………………………ミソラ、ちゃん。
「そうだな、別にオレも気にしねぇぜ……実はFM王の手先だった……とかじゃなけりゃあな。それに、オレの相棒はオマエだぜ?相棒が相棒を信じてやらなくて、どうするよ?」
ロック!ミソラちゃん!……うぅっ、ありがとう……
「ほら、スバルくん、泣いてるよ……ギューってしてあげる、こっちにおいで……」
うぅっ!良かった……ボクは、ボクは……この世界でやっと、確かな繋がりを得るコトが出来たんだ!
「ふふっ、スバルくんにも、カワイイトコロあるんだね……それに、ワタシたちだけに話してくれた秘密……ワタシたち、だけに……」
………………………………何だかゾクッとしたのは気のせいだと思いたい。
「ふふっ……一件落着と言ったトコロね」
ハープが起こした事件じゃないか!
『オォーッ!!何だこのゼット波は!?』
……ゲッ!五陽田さんだ!……また展望台から、ジャンピング・オン・エアするしかないのかな……
「あの人はヤバいんだ!……FM星人を探して破壊するって……」
「ふふっ、ワタシが守ってあげる……ハープ、いくよ!……それっ!」
生身で音波攻撃を……ハープか!いや、気絶する威力だったよね……
「それじゃ、ワタシ行くね!また、来るからね…………アリガト!」
何故かまた来るという表現にゾクッとしてしまう。
なんでだろう?
「それから、これからもヨロシクね」
「うん!何時でも来なよ……しっかり時間をとってからね!」
「ふふっ、もちろん!」
「それじゃあね、ロック。長いお付き合いになりそうね、ウフフ……」
そう言って、二人は行ってしまった。
「ロック、ボクは今、とても晴れ晴れとしているよ」
「そうかい……全く、エラいのとブラザーになっちまったんじゃねぇのか?」
いいんだ、良かったんだ、これで。
…………あっ!ペンダントが……
「ペンダントが光ってる…………あ、止んじゃった」
これって確か、通信機だったっけ?後で天地さんに聞いてみようかな……
「オイ、そんなコトよりよ、あのオッサンがノビてる間に帰ったほうが良くないか?ペンダントのコトは後でオマエのオフクロにでも聞けばいいぜ」
「……そうだね、ひとまずは家に帰らなくっちゃ…………」
最高にハイな気分で、ボクたちは家への帰路についた。
今までで、最大級に労力を使った話でした……