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ーー数日後・夜ーー
ーードゴッ!バキッ!!
「グ、グフッ!」
一人の男が、子供に襲われていた。信じがたいことに、大の大人に暴力を振るっているのは小学生高学年程度の少年だということだ。
それも、複数ではなく、一人で。
「か、勘弁してくれ……」
「…………フン」
鬱憤晴れず、とでも言うように少年は鼻を鳴らして去っていった。襲われていた男としては、他に被害者が出るのではないかと気が気でない。先程まで、一方的に殴る蹴るの暴行を受けていた男ならではの心配だった。
ーー翌朝ーー
ーーピンポーン!
あ、もうこんな時間か。
「スバル~!ルナちゃんが来てるわよ~!」
「はーい!今いくよ~!」
委員長は毎朝一緒に登校しようと、ボクの家に訪ねてくる。今までもそうだったんだけど、オヒュカスの件があった翌朝から、少し早く訪ねてくるようになったんだ。……委員長一人で。
ボクの家がみんなの中では一番遠いんだけど、わざわざ最初に寄ってくれる辺り、委員長もブラザーに成り立てのボクを気遣ってくれているのだろうか。委員長はゴン太とキザマロに多少の猶予を与えてやっているのだ、と一息で言っていたので、そういうことなんだろう。
ーーガチャッ!
「おはよう。今日もよろしくね、委員長」
「ええ。時間はたっぷりあることだし、ゆっくり行きましょうか。その方がゴン太とキザマロも喜ぶでしょうし」
「違いないね」
二人してクスリと笑いつつ、今日も学校への道を行く。ゴン太とキザマロは起きてるかなぁ……?
「スバルったら……ルナちゃんを泣かせないといいんだけど。……まったく、誰に似たのかしらね」
ドアの向こうで口に出たあかねさんの呟きが、ボクの耳に入ることはなかった。
ーー放課後ーー
ーーキーンコーンカーンコーン!
「それじゃ、今日の授業はこれでお仕舞い。みんな寄り道せずに帰るんだぞ~?」
『ハーイ!』
元気よくクラス全員で返事をして帰宅の準備をする5-Aのクラスメートたち。ボクもそろそろ帰らないと……
ーーコダマ小学校・玄関ーー
あ、委員長だ。一人で帰るのかな?
「オーイ、委員長~!」
「!?」
ボクの声に反応して周囲を見回す委員長。心なしか口角が上がって見える。良いことでもあったのだろうか。
「やっ、委員長。もう帰るの?」
「ア、アラ……スバルくんじゃない。ええ、もう帰るところよ。よかったら一緒に……」
ーープルルルル!
トランサーに着信?
「ちょっと待っててね、委員長…………はい、もしもし」
『星河スバル。面白いモノを見せてやるから今すぐヤシブタウンに来い』
……ッ!!これは……ツカサ君……いや、ヒカルか!
何だかはっきりしない声だ。ボイスチェンジャーでも使っているのだろうか。いや、ジェミニが直接いじくった音声を流しているのか?
しかしなるほど、このタイミングで来るか……
『お前がロックマンだということはわかっている』
「……何のコト?岩男って……センスない名前だね」
「ククッ……まぁいいぜ。とにかくヤシブタウンに来い。いいな?」
ーーガチャッ!……ツーツー
あの反応からして、多分マジに笑ってたね、ヒカル。
「今のは……」
「気になるな……。一応行ってみたほうがいいだろう、ヤシブタウンに」
ロックが倒置法を使いこなしている……!
「そうだね。行ってみよう、ヤシブタウンに」
ボクもロックの口調を真似してみる。何だか大物感が出てるような気がするぞ……。
「ちょ、ちょっと!……何かあったの?」
「うん。いきなりお前が岩男だと知っているから、バラされたくなければヤシブタウンに来いって」
「岩男……?ってそれロックマンのことじゃない!」
一瞬怪訝な顔をした後、急に興奮する委員長。多分今の委員長のほうがジェミニよりロックマンの正体が漏れる可能性高いんじゃないかなぁ……
「委員長、シーッ!」
委員長の肩を抱き、声が大きいと注意するジェスチャーをしながら、廊下の隅に行く。ここなら滅多なことでは聞かれないだろう。
「え、えと……ス、スバルくん?ワタシたち、こういうことはもっと大人になってから……」
急にあたふたする委員長。何だ?顔が赤いし、目がぐるぐるしているように見える。
「委員長、ロックマンの正体は秘密だってこと、忘れてない?」
「……え?あ、ああ……そうね!そうだったわ!」
「とにかく、ボクはヤシブタウンに行ってくるから。ゴメン、今日は一緒に帰れないね」
「あ……そうね。一緒に、帰れないわね……」
さっきまでの威勢というか、勢いは何だったのか一気にショボくれる委員長。まるで捨てられた子犬のようだ。なんだか罪悪感が湧いてきたぞ。
「それじゃ、今度何か奢るから。それでチャラってことで。ウィルスバスティングでそれなりの稼ぎはあるんだ、ボク」
「え……?ホ、ホント!?じゃ、じゃあ今度ヤシブタウンのカフェでお茶でも……」
今度はパァーっと表情が明るくなったぞ。現金なヤツということなんだろうか。ま、いくら委員長の家が裕福だと言っても、子供に与える小遣いなんてたかが知れているし、委員長でも中々行けるワケではないのかもしれない。
「あ、うん。それじゃ、明日までに決めといてね。ボクは行ってくるから」
「き、気をつけなさいよ!」
「フフッ、心配してくれるの?」
「あ、えっと……違うわよ!その……カフェが楽しみなだけなんだからね!勘違いしないでよ!」
はい、ツンデレ頂きました。お手本のようなツンデレですねぇ……解説のウォーロックさん、どうですか?
「(ハープのヤツに言ってもいいか?)」
「(ごめんなさい何でもしますから許してください!)」
ロックめ……何という恐ろしいコトを!ハープに言ったらミソラちゃんにバレちゃうじゃないか!そうしたら自分も……と言い出すに違いない。これは委員長への埋め合わせなんだから、ミソラちゃんに奢るつもりはないよ。今回はね。
「うん、わかってるから。じゃ、行ってくるね」
「うん……」
両手を胸の前で組み、目を潤ませる委員長。やっぱりブラザーになってから、よく気を遣ってくれるようになったなぁ……。
ーーヤシブタウンーー
さて、バスで数十分。遂にやって来たヤシブタウン。確かジェミニのチカラでブラザー同士を反発させあっているんだよね。
ーーザワザワ……
もはや当たり前のように展開されるカイジ空間の中心には二人の男がいた。原理は解ってても、見ていて気分のいいものじゃないね。
「オレは前からお前のことが嫌いだったんだ!」
「オレだって、お前の声を聞くだけでイライラすんだよ……!」
口喧嘩だが、その雰囲気は剣呑だ。今にも殴りかかりそうな二人。早いとこ止めた方が良さそうだ。
「ケンカか……」
「オイ、スバル。ビジライザーをかけてみろ」
「うん」
これも慣れた動作だ。淀みなくビジライザーをかけると、そこには見慣れた電波世界が広がっていた。
「プラスの形をした電波が二人にくっついてるね」
「ああ、あの二人が興奮してるのもアレのせいっぽいな。さっき電話のヤロウが言ってた『面白いモノ』ってコレのことか?」
ま、そうなるよね。
「どうする?」
「そりゃ、デストロイでしょ、ロック?多分人為的だし……」
「だな。んじゃ、電波化して調べようぜ」
いいね、この自然なコミュニケーション。
ーーヤシブタウンのウェーブロードーー
よし、取り除きますかね。ビリビリ怖いけど……
「行くよ……ハァッ!」
ーーバリバリバリ!
ふぅ、思ったよりビリビリはしていなかった。プラスの電波をちょっと乱してやるだけだったから、手間はかからなかったよ。
『ちょっと!アンタ、調子にのってんじゃないわよ!』
『それはコッチのセリフよっ!』
今度は……
「マイナスの電波か……まるで磁石だね、これは」
「恐らくそうだろう。あの電波は人間同士を反発させあうシロモノらしいぜ」
『なんじゃと!』
『キー!!このヨボヨボジジイ!』
おばあさん……言っちゃいけないことだって、あるんだよ……?
「キリがねぇな……よし、あの妙な電波の発生源を探そうぜ。この付近にあるに違いない」
ロックの勘って結構頼りになるよね。ハナが利くってヤツなのかな?
ーー五分後ーー
ウェーブロードを進んだ先、103デパートの大型ビジョンが脇に見える場所には、いかにも怪しい電波体がいた。
……というかジャミンガーだ!周りにはプラスとマイナスの電波が漂っている。
「ロック、コイツじゃない?というかコイツでいいよもう」
「些か早計な気もするが、確かに怪しいな」
「キヒヒヒヒ。……来たなロックマン」
笑い方……もう少しまともに笑えないのかな?
……ジャミンガーになった者は元の笑い方を失ってしまうのだろうか。嫌すぎるぞ、そんなの。
「この悪趣味な現象は、キミがやってるんだね?」
「そうだ。これは『あるお方』からお借りしたチカラ……このチカラを使い、ブラザーの関係をブチ壊す。それがオレに与えられた指令だ。キヒヒヒヒ」
お役所仕事ってワケでもなさそうだ。どう見ても楽しんでいる。
「なるほど、あの人たちはブラザーか」
「そうそう……キーッヒッヒッヒ!」
「まったく無駄なコトをして……。使えるチカラの数が限られている以上、起こせる規模は限られているのに。……何故、こんなことを?」
「『あのお方』はブラザーバンドを憎んでいる……。だから壊す!わかりやすいだろ?」
ま、わかりやすい敵ではある。というかブラザーバンドを憎んでいるくせに、ブラザーの破壊から何までほとんど人任せなんだね。そんなので実感なんて湧かないだろうに。
「オイ、スバル。こんなヤツ早いとこやっちまおうぜ」
「オッケー……ま、見逃す理由もないか」
「そう簡単にいくかな……?キヒヒヒヒ!」
此方に向かってきた。ウェーブバトル、ライドオン。
「ケヒヒヒヒッ!!」
お決まりのジャミングマシンガン乱射にパワーボム2を放り投げ、誘爆させる。パワーボムの爆発によって一時的に視界を奪われたジャミンガーだが、棒立ちよりはマシだと思ったのかジャミングマシンガンの連射を止めることはない。何故退避しないんだろう。射撃の音と角度から居場所はモロバレなのに。
「(ジャミンガーの相手も手慣れてきたね……)」
そんなジャミンガーの抵抗を、ボクは背後から悠々と観察していた。先程から見ていたが、やはりジェミニのチカラを使う以外は他のジャミンガーと大差ないようだ。
「……!」
がら空きのジャミンガーの背中に『ライメイザン』で斬りかかる。ジャミンガーはまだこちらの位置すら掴めていなかったので、簡単に入った。
「ウガッ!ガガガガ……」
『ライメイザン』のエフェクトによって体が痺れるジャミンガー。隙だらけだ。
「疾ッ!ハァッ!セイッ!」
最早ただの的と化したジャミンガーにブレイブソードを振るっていくボク。勝ったぞロック、我々の勝利だ!
「ウガガァッ!!」
雑な断末魔とともにデリートされたジャミンガー。慈悲はなかった。
「大した敵じゃなかったね」
「あぁ……って、プラスとマイナスの電波が消えていくぜ……」
あ、ホントだ。これってどういうことなんだろう。ジェミニが見てたってことなんだよね?
『あ、あら?わたし何してるの……?』
『何か、すごい怒ってた気がするんだけど……』
『……?ばあさん、何をそんなに怒っておるのかの?』
『おじいさんこそ……』
よし、収まったぞ。
「取り敢えずウェーブアウトしようか」
「あぁ……そうだな」
ーー現実世界・ヤシブタウンーー
「じゃ、ウチにかえ……」
様式美というヤツだね。
ーープルルルル!!
「もしもし」
『よう、岩男。楽しめたか?ブラザー同士のケンカは』
「ブフッ……こ、この声はさっきの人か」
堪えきれず吹き出してしまったぞ。いや、だってノってくるとは思わないじゃない!
『フン……こんなもんで驚くんじゃないぞ。今に見てろ、この世界を覆っている欺瞞を暴いてやる。「ブラザーバンド」という欺瞞をな……』
「そんなことをして、どうするっていうんだよ。……新世界の神にでもなるつもりかい?」
『クククッ……オマエ中々センスあるぜ!……オレの名は「ヒカル」。覚えておきな』
ーーガチャ!ツーツー
何故か着々とヒカルの好感度が上がっている気がする……
「切れたね」
「オマエ結構楽しんでただろ……。知り合いか?」
「いや、知らないって」
「んじゃあ、『ヒカル』って名前を聞いたことは?」
「だから無いって」
「ま、そういうヤツって、たまにいるよな……」
「だよね。もしかして、偶々押した番号が通じてテンション上がっただけのイタズラかもしれないよ?」
そんなことないんだけどね。
「とにかく、コッチからはどうしようもない。今日のところは、取り敢えず引き上げようぜ」
「はーい。あ、ついでに103デパートにあるトレーダー5でガチャってもいい?」
「オマエも緊張感ねぇなぁ……」
あんなことがあった後に、家に帰って寝ようって言えるほうが緊張感なくない?
『スバルくん!』
あ、忘れてた。ジェミニが見てるってことは、ヒカル……もといツカサ君もいるんだったね。
「あ、ツカサ君」
「やぁ、偶然だね。……買い物かい?」
「いや、トレーダー5でガチャりに来たんだ。ツカサ君は?」
「そ、そうなんだ……ボ、ボクはちょっと用事があってね。それより、せっかくだからそこのカフェで話でもしていかない?トレーダーは逃げないんだからさ。もし良かったらだけど……」
なるほど、男からデートに誘われるってこういう気持ちなのか。虚しいな。
「いいよ」
「なら決まり。カフェは直ぐそこにあるから、そこで話をしよう」
こうして、人生初、男(ツカサ君)とのデートが始まってしまった。テンション下がるね。
あぁ、ゴン太と行った牛丼屋が懐かしい……
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