星河スバル(偽)の戦闘録   作:星屑

97 / 131
37

 ーードッシーの入り江ーー

 

 ドッシーの入り江は羊の放牧地帯にもなっているようで、色とりどりのカラフルな羊達がメーメーと鳴きながら草を食み、水を啜っていた。近くには既に使われていない風車もある。これは恐らく、景観の為に残しているだけの置物扱いなのだろう。長閑な雰囲気を醸し出していて、草花の香りが心地よい。

 

 全体の構造はコの字を対称にした地形に近く、奥にはマイナスイオンでも放ちそうな滝まである。随分と雰囲気のいい場所にも関わらず、人気はほとんどない。ドッシーを探すなら展望台へ、という認識が既に広まっているのかもしれないな。

 

「やぁ……さっきぶり、キザマロ」

 

 入り江奥にある、滝近くの足場で黄昏ていたキザマロに、後ろから声をかける。どうやら考え事をしていたらしく、ボクの呼び掛けにビクッと肩を震わせてからキザマロは振り向いた。

 

「スバルくん、ですか……言っておきますけど、ボクは帰りませんよ」

 

 ウソダドンドコドーン!

 …………茶化していい話じゃないな、コレは。

 

「うん、それはわかってる。でもさ、ちょっと意外だったんだ。委員長、かなり怒ってたじゃない?……まさに鬼って感じだったよね」

 

 ボクの言葉に、キザマロは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべ、次いで苦笑する。どうやら、先程の委員長が見せた憤怒の表情をコミカルに思い出したらしい。

 

「フフッ、確かにあの委員長には、鬼という表現がピッタリでしたね。ああ、今思い出しただけでも恐ろしい…………ブルブル」

 

 笑っている内に恐ろしくなってきたのか、今度は震えだしてしまった。今日のキザマロは忙しいな……

 

「……で、それだけ怖がっていても譲れない何かがあるんだよね?……単刀直入に聞くよ。どうしてそんなにドッシーに拘るの?」

 

 ボクがストレートに聞いたことで、誤魔化すことが不可能だと悟ったようだ。体の震えを止め、顔を俯かせる。何だか尋問しているようで、嫌な気分だ。

 

「…………流石にスバルくんですね。……隠していても仕方がないので、この際言ってしまいます。ボクがドッシーに拘る理由、それは……」

 

 そこでキザマロは、俯いていた顔を上げてボクとしっかり目線を合わせて言い始める。

 それは何か、堪えていたモノが染み出すような……そんな危うげな予感を感じさせる瞳だった。……こんな顔を、ボクはブラザーにさせているのか。

 

「ボクも、欲しいからですよ。何か『誇れるモノ』が……」

 

 そこまで聞いて、ああ……気づいてしまった。キザマロのスターキャリアーが示すキズナリョクの数値が、10まで低下している。これは……酷い皮肉だ。

 

「…………」

 

「委員長には生まれ持ったリーダーシップがあります。ゴン太くんは力自慢。そしてスバルくん…………キミはヒーローです。……そう、ボクだけなんです。ボクだけ、何もなんですよ。誇れるモノが……」

 

 そう言って自嘲するようにフフフ……とキザマロは笑う。もしかしたら二ヶ月前、ボクが自身をロックマンだと明かすまで、特別な友人では無かったにしても何か、親近感のようなモノを感じていたのかもしれない。

 

「キザマロ……」

 

「だから……どうしてもドッシーを見つけたいんです。そうしたら、ボクはきっと変わることが出来る……そう思ったんです」

 

 人は、変わることの出来る生き物だ。今回でキザマロは、大人の汚さを知るのだろう。しかし、新たな繋がりを得ることも出来る……ハズだ。

 それを踏まえて、どう自分の糧としていくかは、キザマロ次第。ただ……自分を誇るために勇気を示したキザマロの行動を、ボクは否定したくない。

 

「…………」

 

「スバルくん、ありがとう。……でもお願いです。ボクのコトは放っておいてください」

 

「……うん、わかった。いや、わからないけど……キザマロの決意はちゃんと伝わってきたよ。ボクとしては、キザマロの言うことも……ううん、ダメだ。ちょっと考えが纏まらないや。……兎に角、ボクは行くけど……でも、諦めないよ。委員長も……ボクも」

 

「…………」

 

「それじゃあ……」

 

 それだけ言って、ボクはキザマロの前から立ち去る。後ろからキザマロの視線を感じるが、今は交わす言葉が見つからないようで、特に声をかけてくることはない。

 

 

 ーードンブラー村ーー

 

「あ、委員長……」

 

 呼び掛けたボクの声に反応し、こちらを振り向くも傍らにキザマロがいないことから、説得に失敗したことを理解したらしい。

 

「…………キザマロは、やっぱり戻らないのね?」

 

「でも、ちゃんと理由があって……」

 

「理由?……ワタシ達を拒否するほどの理由って、どんな理由よ!ワタシとあの子はもう、絶交なの!………………フン!!」

 

 ダメだこりゃ。

 

「(取り付く島もないね……)」

 

「(このオンナなら、いつものコトじゃねぇか?)」

 

「(……………………)」

 

 まぁ、もしボクが面と向かって委員長に『絶交なの!』なんて言われたら、一週間は余裕で引きこもる自信があるけどね。そしてそのまま、ツカサ君にコンタクトを取ってしまいそうだ。

……いや、他意はないのだけれど。

 

 

 

 ーーその頃・ドッシーの入り江ーー

 

「何としても、ドッシーを見つけるんです……」

 

 スバルが去った後、入り江の更に奥、離れ小島へと続く橋の上を渡りながら、最小院キザマロはドッシー探しに勤しんでいた。

 

「だってボクには、何も無いじゃないですか。背は低いし……目は悪いし……運動も出来ないし……」

 

 彼にとっても、ニホンまで遥々迎えに来てくれた友人達を無下にすることは辛かった。

 

「勉強が出来ると言っても、委員長には勝てません……こんなボクにも何か、誇れるモノが……」

 

 だが、それ以上に辛いことがあったのだ。委員長達は自分のことをちゃんと見てくれている。それは理解出来るのだ。ただ、自分から見た彼らは眩し過ぎる。彼らの眩しさは、まるで自分の輝きの弱さを自覚させられてしまうように感じてしまうのだ……

 

「…………!?」

 

 橋を渡りきったキザマロが目にしたのは、異国に迷い込み、右も左も判らぬ自身の話を、興味深いと聞き入ってくれた『ミステリーワールド』のディレクター、デマキューの姿だった。

 

「あ、あれはデマキューさん!?こんな所で一体、何を……?」

 

 暫しの間、小学生にしては優秀な部類の頭脳をはたらかせるキザマロ。真剣に思考を巡らせた数瞬の(のち)、遂にキザマロの脳内で一筋の電流が走った。

 

「…………そうか!『ドッシー』を探しているんですね!?疲れたから一休みするって言っていたのに……すごいです!ドッシーにかける、その情熱!よし、ボクも見習わなければ……」

 

 この位置・声量では、入り江の奥にいるデマキューまで声が届かない。デマキューへの評価を上方修正したキザマロは、協力を申し出ようと大声で呼び掛けようとした。ここで振り返り、音も無く立ち去っていれば幸せな夢を見続けていられたのだろうが…………

 

 

『マテリアライズ!潜水艦!』

 

「…………え?」

 

 デマキューの構えたスターキャリアーから現れたのは、青色を基調としたボディを持つマテリアルウェーブ……潜水艦だった。

 

『……………………いいね、いいねぇ~~!!遂に「ドッシー」がテレビに登場だっつーの。これで間抜けな視聴者どもは大騒ぎだ!!』

 

 そのマテリアルウェーブは、機体の上部に細長い棒状の装飾……つまり首のようなモノがついていた。当然、その細長い首の先には、まるで恐竜のようなヘッドパーツが取り付けられている。

 

『…………よく考えてみろっつーの!いるわけないだろ、ドッシーなんてな…………!どうせ視聴者どもは娯楽しか求めてねぇんだ。真実なんざ、ねじ曲げちまえばいい!!』

 

 誰もいない(と本人は思っている)入り江に来た解放感からか、番組の真実をつまびらかにするったデマキュー。

 小島の陰で一部始終を目撃していたキザマロは、既にショックで倒れそうな足を何とか支えているような状況だった。

 

「そ、そんな……あのディレクターさんが、ヤラセを…………!?じゃ、じゃあ…………ボクが見たあの影も……!?」

 

 緊張とショックから、無意識に後退りしていたキザマロだが精神状態が不安定だったためか、周囲の把握を怠ってしまう。その過失は、地面に落ちていた小枝を踏み折ってしまうという最悪の結果を招いてしまった。

 

「ヒッ!」

 

「ムッ!?ダ、ダレだっつーの!!そこにいるのは……!?」

 

 キザマロの悲鳴が耳に入ったデマキューは、反射的に振り向き、背後だった場所に注意を凝らす。これでもディレクター兼リポーター兼プロデューサー。秘境探索で培った観察力には、並々ならぬ自信があった。

 

「あわわわわ…………」

 

「…………!!!み、み、み……見てしまったなッ!?」

 

 真実を知られしまい、焦りを隠せないデマキューがキザマロへと歩み寄る。その足取りはゆっくりだが、確実だ。デマキューの凄まじい形相に相対し、腰を抜かしてしまったキザマロに逃げる術は無かった…………

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 

 ーー数分後ーー

 

 焦るデマキューは半端に暴れるキザマロを縛り、何とか潜水艦へと押し込むことに成功していた。その行動に計画性は無く、短絡的なその場しのぎであることは疑いようもない。

 

『だ、出してくださいぃぃッ!!』

 

「や、やべーっつの!取り敢えず小僧は潜水艦に閉じ込めたが……」

 

『出してくださいよぉぉぉっ!!』

 

「う、うるせーっつーの!出せるわけないだろ!」

 

『な、何でヤラセなんかを…………!』

 

 未だに信じられない……!という思いのこもった叫びを聞いたデマキューは、一度スーハーと深呼吸をした後、やれやれ……とばかりに頭を振り、開き直った姿勢を見せる。

 

「いいか、小僧…………オレのいる業界じゃあな、真実なんぞ、何の価値もねぇ。……大事なのは数字だ!視聴率だ!!」

 

『ひ、酷い!!』

 

「酷いだぁ?それはこっちのセリフだ!!オレだって若い頃はこうじゃなかった!カメラに映る、有りの侭を視聴者に届けてた……!」

 

 今は無き過去の姿を、苦々しい思いと共にデマキューは吐き出す。掌が真っ白になるほど強く握り込み、更には歯噛みまでしている。ギリリ……!という音が聞こえてきそうな程だ。

 

『じゃあ、一体どうして……』

 

「それじゃ数字は取れねぇっつーの!!今じゃ業界の天才なんて言われてるけどな……昔は結果が出なくてうだつの上がらない日々だったんだ!!そんでやむにやまれず、ちょいと映像に細工してみたんだっつーの」

 

 在りし日の自分を嘆くように語り、そしてある分岐が起きた時のことを話すデマキュー。その分岐点でもし、違う選択肢を選んでいれば、今ここに立っていなかったかもしれないと考えると、デマキューは震えが止まらなくなるのだ。

 

「そしたらどうだよ……数字は鰻登りだ!!オレはな、このやり方に味を占めたわけよ。シッシッシッシ!」

 

 ーー答えは得た……とばかりに清々しい顔で青少年の夢と希望を粉砕しにかかるデマキュー(汚い大人)

 

『…………』

 

「これを聞いても、オレが悪いと思うか?ええ?悪いのは視聴者だろ!?」

 

 キザマロの精神力(ライフ)は、とっくにゼロである。信じていた人間に裏切られる事ほど、心を抉るものはない。キザマロは今、何を信じていいのかさえわからなくなっていた。

 

『そ、そんな……と、とにかくここから、出してくださぁぁぁい!!』

 

「…………チッ!そ、それにしてもやべーっつーの……この後どうするっつーの?逃がしたら、ドッシーのコトがバレちまう!」

 

 逃がしたらドッシーのコトがバレてしまうし、逃がさなくとも、この音漏れのする潜水艦を収録現場に登場させるわけにもいかない。音声は後で編集出来たとしても、この番組は現地人の反応も視聴率の重要なファクターになっている。雰囲気ばかりは誤魔化すことが出来ないし、明らかなヤラセだとバレてしまったら、誰もが持っているスターキャリアーで、明日には世界中に拡散されてしまう。

 

「大体、ミステリーワールドの収録はどうする?もう締め切りまで時間がないっつーのに……どうするっつーの?どうするっつーの!?どうするっつーのぉぉぉ!?」

 

 

『…………だったら、「本物」を出演させればいい』

 

 潜水艦越しに聞こえるキザマロの声ではない、静かに耳へと入り込むような、妙に耳障りのいい声が辺りに響いた。しかし、焦りに焦っていたデマキューは、突然聞こえた声にビビりあがってしまう。

 

「ウ、ウヒィッ!?ダ、ダレだっつーの!!」

 

 慌てて周囲に目を配り、キョロキョロと必死に声の主を探すデマキュー。そんなデマキューの無駄な努力を嘲笑うかのように、声の主……ハイドは音も無くその眼前に現れた。

 

「ヒ、ヒィッ!?」

 

「怯えなくていい……貴様の番組の、新しいスポンサーなのだから!」

 

 いつものように、ニヤリとした嫌味な笑みを携えたハイドは、失態を取り戻そうと内心必死でもあった。しかし、自らスポンサーと名乗った以上は下手に出ることは出来ない。最後まで怪しげな、余裕寂々の態度でなくてはならないのだ。

 

「ス、スポンサー?」

 

「ああ、そうだ……これから貴様に、チカラを与える。そして私の脚本通りに動くのだ……」

 

「きゃ、脚本?バカ言うなっつーの!素人の脚本だろ!オレを誰だと……」

 

 如何に詐欺番組のプロデューサーと言えどもデマキューは天才であり、視聴率を取れる、言うならば視聴者を沸かせる方法……手口には長けていた。

その想像力には、目を見張るものがある。アニメーションの監督でもやっていれば、まともに大成していた可能性もあったのかもしれないが、今となっては過ぎた話である。

 

「いいから、言うことを聞け。悪いようにはしない。但し……失敗は許さん。貴様の失敗は、私の面目をも潰すコトになるからだ!」

 

「な、なんなんだっつーの……」

 

「(そうだ……失敗は許されん!何としても、手柄を立てなくては……!」

 

 ここに、二人の汚い大人による最悪級の『ミステリーワールド』収録が計画されてしまった……

 

 

 ーー十分後ーー

 

「こ、これをこうして……で、出てこいっつーの!」

 

 ハイドによって簡単な操作方法を学んだデマキューは、その手に持った古代のスターキャリアーを操作して、内部に封じられし水竜を現実へと解き放つ。

 

「何もかも水の底へと沈めてやろう。それこそが我の使命……!破壊こそ、我の全て!」

 

 物騒な水害を語るのは、古代のスターキャリアーより出でし電波の体を持つ水竜…………ブラキオだった。体色(電波部分の色)はオレンジで、頭部が茶色、体中心が黒色と茶色の複合色でデザインされた鎧で覆われている。解りやすく表現すると、一般的に知られているフタバスズキリュウの子供……幼体に近い容姿だろうか。

 

「………………………………い、いいねぇ!!!いいね、いいねぇ!!これはいけるっつーの!!あの男の脚本通りにやれば……視聴率が取れるっ!!かつてない数字になるっ!!こりゃあ、生活が変わるっつーの!!オレの未来はバラ色だ!!」

 

 シッシッシッシ!と、一頻り笑った後、プロ意識なのか精神統一をした後、その手に掴んだ古代のスターキャリアーを眼前に翳す。

 

「電波変換!」

 

 

 

 

 

「シッシッシ!テレビの前にいる、視聴者の皆さんども!前代未聞の衝撃映像を、これからお茶の間にお届けしてやるぞ!精々首を長くしてお待ちくださりやがれっつーの!!」

 

 電波変換特有の特殊な閃光が辺りに広がり、デマキューとブラキオの電波変換を完了させる。閃光が晴れた先にいた……もとい湖面に浮かんでいたのは、巨大な水竜……ブラキオ・ウェーブだった。

 先程までのブラキオがフタバスズキリュウの幼体ならば、こちらのブラキオ・ウェーブこそが混じりけ無しの完全体と言ったところか。体もブラキオ単体時と比べると、二回り程肥大化している。

 

「……あっ、首が長いのは、今のオレか?なぁぁんつってな!!シッシッシッシ!」

 

 観客もいないというのに、小粋なクビナガリュウジョークを披露したデマキュー……ブラキオ・ウェーブは、鼻息荒く水中へと潜水していってしまった。残されたのは、潜水艦に閉じ込められたキザマロただ一人である。

 

『……………………で、です~……』

 

 潜水艦に閉じ込められた少年の無力な叫びが、人気のない入り江中にこだました……残念ながらこの少年も直ぐに、ブラキオ・ウェーブの(ヒレ?)によって潜水艦ごと湖底へ引き摺りこまれる羽目になるのであるが。

 




いつも本作をお読み下さり、ありがとうございます!

GET DATA……無し

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。