陰陽少年と少女たち   作:人型(改)

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第2話

ジリリと鳴り響く目覚ましの音で目が覚める。まだ夜明け前だが、これがいつもの起床時間だ。顔を洗うと服を着替え、戸締まりをして走り出す。一定のリズムを刻みながら少しずつ速めていき、自分の限界の速さまで持っていく。早い話がランニングだ。このランニングは物心ついてすぐ、陰陽術や剣術、体術の修行を始めたときからの日課だ。真夜中の闇でもなく、昼の鮮やかな青でもない、夜明け前独特の薄暗い空を楽しみながら走っていると、唐突に脳内に声が響く。

《晴希様、おはようございます》

《主様、おはよう》

大人の女性のような声と、10代後半くらいの女の子のような声。僕の式たちの声だ。

《おはよう。朱雀、白虎》

式神。陰陽師の呪術の一つであり、霊符などを媒介として作り出し、使役するタイプと妖怪や霊などを調伏させる、あるいはそれらと契約することによって使役するタイプがある。前者は姿形を自分で考えられるため分身を作ったりなどいろんな使い方ができ、後者は元が妖怪や霊であるため実体化しなければ一般人には見えないという利点がある。ちなみに朱雀たちは後者だ。そして霊体化していれば見えないという点をいかし、数年前から朱雀たち二人にはとある人たちの護衛についてもらっている。朱雀たちは元が神獣だけあって本当に優秀なのだが…。

 

《昨日、珍しく強い妖怪が出たんだけど、そっちはどうだった?》

 

《こちらは小物が一匹だけ来たので追い払っておきました。ええ、それはもうしっかりと。晴希様に逆らおうなどと二度と考えないほどに》

……この通り、その、なかなかに愉快?な性格をしている。

 

《そ、そうなんだ。お疲れさま。ありがとうね》

 

《っあ。晴希様の労いの御言葉が身に染みるようです》

 

…そっとしておこう。

 

《白虎の方は?》

 

《こっちは、異変……なし?》

 

《いやなぜに疑問系?》

 

そしてその不安を感じさせる間はなんだ。あと異常じゃなくて異変なんだね。

 

《昨日のおやつ、あの子の手料理、また一段と美味しくなった。これは、ある意味異変、かも?》

 

《なんで護衛対象と思いっきり接触してるの君!?》

 

しかも餌付けされてるし。

 

《いつばれたの?》

 

《何ヵ月も前。あの子が寝たから、庭でお酒、飲んでたら…》

 

《偶然起きてきた彼女に窓から見られた、と》

 

《うん。そのときに、実体化してて欲しい、言われた》

 

なんとしょうもない見つかり方…。ていうか酒飲んでたのか君。まあ、ずっと護衛でつまんないだろうから多少の娯楽は許すし、ばれたならそれでもいいけど、問題は…。

 

《どこまで話した?》

 

《わけあって、守ってることと、いつもは、霊体化してること、だけ。ね、だから、主様のこと、言ってない、よ?》

 

こちらの顔色をうかがうような声音だ。僕に怒られるかもしれないと思っているのだろう。

 

《怒ってないから大丈夫だよ。ばれたのは別にいいから、その代わり護衛を頑張ってね。あと、僕のこと言わないでくれてありがとう》

《うん》

 

《それじゃあ二人とも、護衛頑張ってね》

 

《うん。主様、白虎がんばる、ね》

 

《はい!晴希様。あぁ…。晴希様の応援だけでこの朱雀、あと二百年は頑張れます……》

 

《いや、そこまで頑張らなくていいから》

 

途中から墓を護衛することになるし。

 

そんなこんなで二人との話を終えるころには、家の近くまで戻って来ていた。すると少し先に見覚えのある人影が。人影の後ろにあるのは大きな日本家屋。表札の文字は高町。そして家の前にいたのは家主の高町士郎さんだった。

「や。おはよう晴希君。相変わらず早起きだね」

「おはようございます。士郎さんの方こそ早いですよ」

「いつものランニングかい?」

「ええ。日課ですから」

士郎さん、というより高町家の面々とはご近所というのもあって昔から家族ぐるみの付き合いだったが、僕が両親を失い親戚の家を転々としている間は全く連絡を取らなかった。その事もあってか、海鳴に戻ってきてからは僕のことを色々と気にかけてくれる人だ。

「お疲れさま。ところで晴希君。今日、昼からでも家に遊びに来ないかい」

「遊びに、ですか?」

士郎さんが誘ってくるとは珍しい。

「ああ、せっかくの週末だし、恭也のやつ男友達が少ないからね。それに最近なのはやフィアッセも寂しがっているから是非顔を見せてやってほしい」

「はあ、彼女たちが」

「ああ、特になのはなんて、同じ学校なのに全然会えないって落ち込んでいたよ」

確かに末っ子のなのはちゃんとは同じ学校だが、僕の方が二つ年上で学年が違うのだから不可抗力な気がする。情状酌量の余地はあるはずだ。ということなのでできればその目が笑ってない笑顔で殺気を送ってくるのは止めてくださいお願いします。

「それで、どうだ?」

「えーと…。なら、お言葉に甘えて」

有無を言わせないこの威圧に抗えるはずがなかった。

 

「そうか、よかった。なら、お昼も家に食べに来るといい。レンと晶には伝えておくから」

 

「いえそんな!悪いですよ」

 

「邪魔でも迷惑でもないから、気にするな。昔はよく家で食べてただろう?」

 

「それは…」

 

士郎の言う通り、両親が生きていた頃は両親が仕事で海鳴を離れるときも多かったため、高町家によくお世話になっていた。そう考えれば確かに今更なことなのだが、なぜか遠慮してしまう。高町家の人たちは自分の親戚連中とは違う、暖かい人たちで、自分のことを疎んだりしないと分かっているというのに…。

そうしてなにも言えないでいると、不意に頭に手が置かれた。

 

「いいんじゃねーか?ご馳走になってこいよ」

 

「わっ!佐伯さん」

 

ふりかえると、そこにいたのは大きめの竹刀袋をもった男性。心霊災害対策課に所属する祓い師の佐伯広人さんだった。僕の後見人であり、父の親友でもあった人だ。

心霊災害対策課、通称心災課とは政府直属の機密機関であり、悪霊や妖怪、祟りなどが引き起こす事件の解決のほかにも、廃れたり壊れてしまった神社や祠の修繕、あるいは取り壊す際の土地神との交渉なども行う。いわば心霊関係の何でも屋だ。主に警察などのコネがない祓い師が所属しており、鹿児島の神咲家をはじめとする由緒正しい家の祓い師はほとんど所属していない。ちなみに、所属していれば国家公務員扱いだ。

 

「あなたは、たしか佑真の葬式の日にいた…」

 

「高町士郎さんでしたよね。俺は佐伯広人です。佑真のやつとは親友でした。いまはこいつの後見人をやってます」

 

佐伯さんが士郎さんに自己紹介する。…なぜか僕の頭をタムタムとバスケットボールよろしく叩きながら。

 

「で、何しに来たんですか?そして叩かないでください」

 

「お前がしっかり一人暮らしできてるかってのと、あとはちょっとした届け物だよ。そんで叩いてんじゃねえ、ついてんだ。こう、ちょうどつかれるべき位置にお前の頭があるんだから、しかたねえだろ」

 

「前に何度か見に来たでしょう。あとどういう理屈ですか」

 

そしてつかれるべき位置ってなんだ。

 

「こういうのは定期的に見に来るもんなんだよ。まあ、それよりだ。お前は深く考えすぎなんだよ。相手が良いって言ってんだからありがたく誘いに乗っとけ」

 

そう言いながら佐伯さんは僕の頭をつくのをやめて髪をワシャワシャと撫でる。不思議とどこか、安心した。

 

「…はい。じゃあ、士郎さん。一旦家に戻って準備してからうかがいます」

 

「ああ。俺と桃子は店にいるからそっちにはいけないけれど、楽しんでいってくれ」

 

そうして家に向かって歩き出すが、佐伯さんがついてこない。

 

「佐伯さん?」

 

「ん?ああ、わりぃ。俺はもう少し士郎さんと話があるから先帰ってろ」

 

話?士郎さんと?佐伯さんは士郎さんに用などないはずだが…。

 

「……何を話すつもりですか」

 

「そう警戒すんな。お前のここでの暮らしぶりとかだよ。いいから先帰ってろ。あ、あとこれ持ってけ。今回の届け物、例のあれだ」

 

そういって竹刀袋を渡す佐伯さん。そのずっしりとした重さを感じながら、やっと完成したのか、とついつい心が舞い上がってしまう。

 

「わかりました」

 

話の内容が気になるが、おそらくこれ以上聞いてもなにも答えてくれないだろう。式を使って盗み聞きをしようにも佐伯さんにばれるだろうし、何よりずっと楽しみに待っていたこれを早く開けたい。諦めて家に帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の家へと向かう普段は大人びている少年の、珍しく舞い上がった姿を見ながら、ふと昔を回顧する。

晴希君とは、それこそ彼が生まれた頃からの付き合いだ。彼はありえないほど早熟だった。物心ついた頃にはすでに年上にたいしてほぼ完璧な敬語で話し、仕事で両親が家を空けて高町家に預けられることが続いてもわがままを一切言わずに理解を示す。俺が入院していた頃にはなのはの相手を引き受け、尚且つなのはが満足できるようになのはでも出来る家の手伝いを探し出し、サポートしながらやらせていたというのだから末恐ろしい。少なくともまだ十年も生きていない子供とは思えなかった。

だがそんな彼も、両親を失うということに耐えられるほど強くはなかった。親戚に引き取られるとき、俺たちに別れを告げる彼の表情は、正直見ていられなかった。だからこそ、連絡のなかった間は本当に心配したし、帰ってきたときは本当に嬉しかった。

 

「佐伯さん。先ほどの話のなかで言っていた、晴希君が一人暮らしをしていると言うのは本当ですか?」

 

晴希君が十分に離れたころを見計らって、佐伯に話しかける。彼の言う話というのも気になったが、いまはそれより晴希君のことの方が大事だった。確かに彼は精神的に早熟だが、まだ小学五年生になったばかりであり、二十歳どころかようやく二桁を越えた辺りだ。しかも親をなくしている。そんな子に寮でも下宿でもなく独り暮らしをさせるなど正気の沙汰ではない。なにより、彼は親友の忘れ形見であり、ずっと見てきた子である。看過できない問題だ。正直、怒りで腸が煮えくり返る思いだった。彼を一人にしておきながら後見人であるなどと言う目の前の男に対して、そしてなにより……そんな彼の状態に数年間も気づかなかった自分に対して。それ故に少々語気が鋭くなってしまう。

 

「ええ、本当です」

 

「あなたは、ご自分が何をしているのかわかっていますか?彼はまだ小学生です。しかも両親をほぼ同時期になくしている。まだ家族の温もりが必要だ。後見人と言うなら、なぜ一緒に暮らしてあげないんですか」

 

八つ当たりに等しい自分の言葉に佐伯は言い返すこともなく、やがて重苦しい雰囲気で口を開いた。

 

「……俺があなたにお話したかったことも、その事についてです。お時間がよろしいなら、少し、俺の話を聞いてもらえますか」

 

翠屋の開店準備まで時間はまだある。少し長引いてもなんとかなるだろう。彼の話を、聞いてみることにした。

 

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