家に帰りシャワーを浴びて朝食を食べ、人心地ついた。まだ佐伯さんがやって来ないあたり、思いのほか話が長引いているようだ。待ちきれないのでさっさと佐伯さんから預かった荷物を開けることにする。
大きめの竹刀袋を開けると、中にあったのは白鞘の打刀が一本と、小太刀が二本だった。
「佐伯さんよくこんなに詰め込んだな。だから異常に重かったのか。でも、小太刀は一本しか頼んでなかったんだけど…」
とりあえず一つずつ鞘から抜いて眺めていく。文句なしに素晴らしい。刀にはそこまで詳しくない自分でも美しいと感じる程のものだ。それにどの刀もどこか妖しい雰囲気を纏っていて、握ってみれば長年の相棒のように手に馴染む。そしてなにより、力強いけど、どこか安心する魔除けの力を宿していた。
僕が今回佐伯さんに頼み込んで用意してもらったのはただの刀ではなく退魔刀だった。退魔刀とはその名の通り魔を退ける力を持つ刀。刀を打つ過程もしくは打ったあとで魔除けの念を込めた刀のことだ。
刀なので、普通は所持しているだけで警察に捕まるが、僕の場合は日本政府から許可が降りているので問題ない。
そのまましばらく刀を抜いたり納めたり眺めたりしていると、佐伯さんがやって来た。
「お、早速見てんな。どうだ?
「はい。最高ですね。刀のことはよく分かりませんけど、退魔の力も強いですし、なんかこう…魔を絶対に斬るっていう想いみたいなものを感じます」
「そりゃあそうさ。そいつらは俺が知る限りで最高の刀匠に作らせた上に、わざわざ恐山で俺の知る限り最高の術者をよんで念を込めてもらったんだからな」
「恐山で!そうだったんですか」
恐山といえば、日本有数の霊山であり、死者の魂の向かう先とも言われる場所だ。
「ああ。だからそいつらに込められてんのは術者の念だけじゃねえ。魔の存在に殺された死者たちの、魔を倒すって想いも込められてんだ」
最初に想定していたものよりも随分ととんでもないものが出来てしまったな。
「まあ、気にしすぎんな。お前はただそれを大事に使っていけばいい」
「はい。大切に使っていきます。あ、あとこれの材料なんですけど…」
「大丈夫だ。ちゃんと打刀には材料に佑真の使ってた刀が使われてる」
「ありがとうございます」
退魔刀を打ってもらうに当たって、僕は父さんが使っていた刀を材料として使ってもらうように頼んでいた。よかった。ちゃんと頼んでいた通りにしてくれていたようだ。
「それにしても、小太刀だけなんか他と輝きが違いますね」
「そりゃ当然だ。だってそいつらだけ隕鉄使ってるし」
「へっ?」
いま、この人とんでもないことさらっと言ったような気が。
「いんてつ…ってあの隕鉄ですか!?」
「ああ、その隕鉄だ」
聞き間違いじゃなかった。
「佐伯さん、怒らないから教えてください。いくらかかったんですか入手費用加工費用合わせていくらっていうか僕はいくら払えばいいの!?」
費用は僕持ちなんだぞ。
「お、おちつけ。息継ぎぐらいしろよ」
「落ち着いてられませんよ!確かに小太刀の材料は任せますって言いましたけど、まさか一本増えてる上に超希少な材料使われるかもなんて思わないでしょう!」
そこまで考えるやつは空が落ちてこないかと考えるやつと同レベルの心配性だと思う。
「だから落ち着けって。隕鉄の入手費用はいらねえよ。加工費にしても、一本分でいい」
「えっ、なんでですか?」
「二本目を打ったのは材料が余ったからだし、隕鉄使うって言い出して取り寄せたのは刀匠だからだよ。なんでもお前の両親に大きな恩があるから自分の最高傑作を渡したいんだと」
「…なんか申し訳ないなぁ」
「いいじゃねえか。隕鉄100%の小太刀だぞ」
いや、そんな果汁100%ジュースみたいに言われても。
「ま、金については別にお前が払わなくてもいいぞ。俺後見人だし、それぐらいは払ってやるよ」
「払いますよ、ちゃんと。両親の遺産だけじゃなくて護衛とかのお金もためてますし」
そう言って、僕は刀を片付け始める。なんか呆れた眼で見られたが気にしない。昼まで何してようかな…。
結局あの後、なにも食べてなかったらしい佐伯さんが「なんか食わせろー。」と唸っていたため一食作ることに。さらには食べるだけ食べたら食器を放置して帰っていった佐伯さんに向け、足の小指をピンポイントにぶつける呪詛をかけながら洗い物と片付けをすませ、それらを終える頃にはもういい時間になっていたので高町家に向かうことにした。
ピンポーンとインターホンを鳴らすと、トテトテという足音とともに「はーい!」という可愛らしい声がした。戸が開けられると、目に入ったのは茶色の髪を左右で結んだ女の子と、その背後に立つ千早を着た巫女服姿の赤髪の女性。
「こんにちは、なのはちゃん」《お疲れ。いつも護衛ありがとう。朱雀》
「晴希くん!」
《晴希様!ようこそいらっしゃいました》
喜びを露にするなのはちゃん。予想以上に喜んでくれているようだ。あと朱雀、ここは君の家じゃないからね。
高町なのは。高町家の末の娘であり、戦闘力皆無でありながら家内ヒエラルキーのトップに立つ人物。基本的に平和主義でおとなしめな優しい女の子だが、いざというときにはとんでもない行動力を見せる子だ。そして以外と甘えん坊なところもあり、年が近いこともあってか僕にとてもなついてくれている。
ちなみに、彼女の髪はただ結んでいるだけでありながら、垂れることなく重力に逆らってピョコっとしている。彼女の髪の秘密を解き明かせばこの世の真理の一端に触れることができるのではないか、というのが僕の個人的見解だ。
「こっちだよ。もうすぐ出来上がるみたい」
「うん」
なのはちゃんに手を引かれながら歩く。それにしても、と彼女を見て改めて思う。
(相変わらずものすごい霊力量だ)
初めて会ったときから、彼女は霊力を人より多く持っていた。人は多かれ少なかれ必ず霊力を持っており、初めて会った時点で彼女の霊力は成人の平均より少し上といったほどだった。
……わずか二、三歳ほどの一般家庭の少女が成人の平均を越えていたのだ。
さらに、時がたつにつれて彼女の霊力量はどんどん高まっていった。ほとんどの人は生まれ持った霊力量が限界値であり、霊力量が増えることはない。臨死体験で伸ばすことも出来なくはないがそれでも限界があるし、失敗すれば死ぬ。だが、稀に成長とともに霊力が増えていく人がいる。
彼女はその稀な人だった。しかもなかなか成長限界が訪れないものだから、彼女の霊力は際限なく成長していく。
それこそ、極上の獲物として妖怪や悪い人間たちを引き寄せてしまうほどに。
彼女のなかで成長していく霊力が僕の両親のかけた封印術を破ってしまったのは、僕が小学二年の頃だった。
あまりにも多くの霊力を持つ一般人は、妖怪に襲われないように心災課から、職員もしくはフリーの祓い師が護衛兼監視役として手配される。
なのはちゃんの存在が心災課にばれてしまったことを知った僕は、佐伯さんに頼み込んで護衛役に推薦してもらった。まだ子供ということもあってかなり難しかったが、強い式を複数連れているため、特例という扱いで許されたとのこと。そんな感じで、僕は海鳴に帰ってきたのだった。
(まぁ、いざ帰ってきたら、なのはちゃんと同じような子がもう一人いるって言われたときは驚いたけど)
「皆、晴希くんが来たよ!」
なのはちゃんに連れられて部屋にはいると、まず目に入ったのは三人の男女。内二人は見知った人物だが、残り一人は…誰だろう?どことなく美由希さんに似ている気がするけど。
「……む、来たか。久しぶりだな、晴希」
「いらっしゃい。久しぶりだねー、晴希君」
「お久しぶりです。恭也さん、美由希さん」
話しかけてきた二人に答える。この人たちは高町恭也さんと高町美由希さん。僕にとっては兄や姉のような存在であり、年の離れた友人でもある。
「それで、あの、こちらの女性は…?」
「ああ、そういえば晴希君、母さんと会うの初めてだっけ」
「えっ、母さん?でも美由希さんって……?」
美由希さんは高町姓だし、桃子さんのこともかーさんと呼んでいたはずだ。いったいどういうことだろう?まさか…。
「実は美由希さんは桃子さんとその人の子で、彼女は実は性転換……」
「してるわけないだろう。どんな思考回路をしているんだ、お前は。美沙斗さんに失礼だぞ」
ですよねー。恭也さんの突っ込みが心に刺さる。
「あはははっ!相変わらず晴希君は時々変なこというよね」
恭也さんによると、この女性は御神美沙斗さんという方で、美由希さんは恭也さんやなのはちゃんと血の繋がりはないらしい。
「御神の母さんは実の親で、高町のかーさんは育ての親なんだ」
「そうだったんですか。先程は申し訳ありませんでした。失礼なことを言ってしまって」
「…いや、気にしてないよ。えっと……」
「御門晴希です」
「……そうか、よろしくね。晴希君………」
「はい。よろしくお願いします」
そうして恭也さんたちと雑談をしていると、唐突になのはちゃんがキッチンの方を見る。
……なんだかすごく鋭い目だ。
その直ぐあとに、何やらキッチンから言い争いが聞こえてくる。
「あー、てめぇ!俺がおいといた豆腐、勝手に使いやがったな!上に変なの乗っけやがって」
「ええやんか、中華風冷奴。前からやってみたいと思っとったし、晴くん辛い物好きやから、ぴったりやろ。まさか、晴くんの好みすら忘れてしもたんか。このおさるは」
「なんだとこのカメ!お前こそ、晴希が揚げ出し豆腐好きだったの忘れたんじゃないのか?頭の中までのろまなカメだからな」
「なんや!」
「やるか!」
すごく聞き覚えのある声だ…。
「なのはちゃん…?」
「晴希くん、ちょっと待っててね」
言うが早いかキッチンへ突入していく。
…待っていてほしいと言われたけど、気になるから僕も行ってみよう。
「もう容赦しねぇぞ!吼破」
「そらこっちの台詞や!寸掌」
「こーらー!やめなさーーい!」
「「うわわっ」」
「もう!せっかく久しぶりに晴希君が来てくれたのに、何で仲良くできないんですか」
そこにはなのはちゃんに説教されている、中学生ほどの二人の少女がいた。
青髪の、ボーイッシュな方が城島晶さんで、緑髪の、中華風の服を着ている方が鳳蓮飛さんだ。二人とも、僕の友人だ。ただこの二人、いわゆる喧嘩するほど仲が良いというやつを地でいっているのか、とにかく喧嘩が多い。しかも二人とも武術を使うせいで低レベルなきっかけで高レベルな喧嘩をする。そして常人には止められないレベルのそれをどこからか察知。武力を使わず止めてしまうのが、なのはちゃんである。
「そら…なんでやろな?」
「それは…なんでだろ?」
懐かしいなぁこのやり取り、などと思いながらふと考える。
(あれ?今なのはちゃんがキッチンの方見たのって、喧嘩が起こる前だったような……)
なのはちゃんの喧嘩撲滅センサーが未来予知レベルにまで進化している、だと!?と一人戦慄していると、なのはちゃんに気づかれた。
「はっ晴希くん。ええと、その、とにかく、二人とも仲良くしてね」
なんでなのはちゃんこんなに焦ってるんだろ?このやり取り、昔よく見てたのに。
「……おい、お前のせいだぞ、このバカ」
「……なに言うてんのや、このアホ」
まだ小声で言い争ってるし。
「二人とも、どうしたの?」
「い、いやいや、なんでも」
「あれへんよ」
やっぱこの二人仲良いよね。絶対。
「えっと、晴希君、行こ?」
それからほどなくして料理が出来上がり、全員が席に着いて食事が始まる。いないのは、士郎さんと桃子さん、それにフィアッセさんだ。
「それにしても、晴希が家に来るのはほんと久しぶりだよな」
「……そうだな。こっちに戻ってから、挨拶のとき以外、一度も来ていない」
「…それは、その、いろいろ、ありまして……」
「学校でもほとんど見かけないし。別に、昔みたいに毎日遊びに来てくれたっていいんだよ。私は…その方が……」
「なのはちゃん…」
僕は彼女に、以外と寂しい思いをさせていたのかもしれない。やはり幼馴染みだし、もっと一緒にいた方がいいのかな。余り関わりすぎるのは、よくないけど…。でも、やっぱりこの子の曇った顔は、見たくない。安心してもらえるように、軽く微笑む。
「そうだね…。たまに、なら」
「っ…!じゃあ…その、待ってる、ね?」
少し頬を染めながら、なのはちゃんも微笑み返してくれた。
「………晶。おかわりだ」
「は、はいっ!師匠」(おいレン、気づいたか)
(もちろんや)
((師匠/お師匠、めちゃくちゃ機嫌悪い))
(か、母さん。恭ちゃんすごく不機嫌だよぉ…)
(……恭也。複雑、なんだな………)