月村家。町外れに屋敷を構える資産家で、この海鳴に古くから続く名家であり、晴希のもう一人の護衛対象のいる家だ。
もう一人の護衛対象、月村すずか。月村家の次女であり二つ下の後輩でもある彼女は、晴希が海鳴に帰ってきたその日に突然増えた護衛対象だ。
晴希が海鳴に到着した日、心災課から指令書が来た。その内容は護衛対象の追加。そこに書かれてあった名前を見た晴希が最初に感じたのは微かな疑念だった。なのはの存在に心災課が気づいてしまったことに晴希が気づいた原因でもある膨大な霊力を持つ人間のリスト。心災課のサーバ内にあるそれにはアクセス権限が定められており、そう簡単にリストの人間全員の情報を見ることなどできない。
晴希がリストを見たときは、佐伯のアクセス権を使っていた。佐伯は心災課のなかでもかなりの地位にいる。晴希がなのはの護衛につくことができたのは式神達の存在もあるが、佐伯の推薦があったからこそであった。
そんな佐伯のアクセス権を使えば、閲覧できない人間などほぼいない。例外はそれこそ皇室や国政に深く関わっている人間、あるいは政府に口を出せるほどの力を持つ人間やその親戚くらいだ。
しかし晴希が見たリストのなかに、月村すずかという名前はなかった。
つまり彼女は佐伯の権限ですら閲覧できない家の人間ということになる。そのレベルの人間に立場上見習いの晴希を護衛につけることは明らかにおかしい。それに月村家は名家ではあるが、少なくとも表向きは政府に口出しできるほどの力はないのだ。
明らかに何らかの事情を抱えているであろう、得体の知れない相手に警戒した晴希は、ひとまず直接は関わらずに護衛をしながら探ることにした。もしかしたらずっと探し続けている奴の情報を得る手がかりになるかもしれないこの機会を逃すわけにはいかない。慎重に、だが確実になにか掴んでみせると、そんな決意を固めて。
……まぁ、その数日後になのはが親友として月村すずかを紹介してきたことで、晴希は盛大に出鼻をくじかれることになったのだが。
すずかちゃんについて色々と思い返していると、月村邸が見えてきた。そして青龍が月村邸の庭に降り立とうと高度を下げようとして…。
「青龍、ちょっと待った」
僕が止めた。青龍は止まってくれたものの少し不満げな様子だ。
「晴希、なぜ止める」
「庭に人が出てる。少し魔の気配が混じってるから、たぶんこの家の人間だ。ちょっと様子を見よう」
僕が待ったをかけたのは、月村家の庭の辺りに白虎以外の誰かの存在を感知したからだ。感じ取った気配―気配といっても実際に感知しているのは魂だが―は普通の人間のものではなく、わずかに妖怪達のそれが混じったもの。その気配はすずかちゃんに酷似している。はじめてすずかちゃんに会ったときは少し驚いたが、どうやら月村家は妖怪の血が混じった一族であるらしい。
感じる気配がすずかちゃんとわずかに違うところは彼女よりも魔の気配が薄いところだろうか。両親とは死別しているらしいから、おそらくは話に聞いていた彼女の姉だろう。だが今の時刻は十時を回っており、庭に出るような時間ではないし、庭から動こうとしている様子はない。
つまりは…。
「…僕を待っているのか」
むこうは白虎の存在を知っているが、僕の素性は知らない。自分達を守っていると自称する何者かを警戒するのも当然だろう。むしろ今まで一切接触を図ってこなかったのが不思議なくらいだ。あまりばらしたくはないけれど、仕方ないか。
「ごめん青龍。やっぱりこのまま行こう」
「それでいい。相手方をあまり気にしすぎるな。むしろ思いきって行動した方がいいこともある」
青龍は言葉と共に動きだす。そして力強く、しかしどこか優雅さを感じさせる動きで豪邸の庭に降り立った。
「初めまして。僕は御門晴希。心霊災害対策課より指令を受け、月村すずかさんの守護をしている者です」
青龍から降りて話しかけた僕はまず最初に驚き、次いでそれを表情に出さないように努めた。目の前にはメイド服を着た高校生くらいの白髪の女の子の姿をしている白虎とその他に三人の人物が立っていた。
僕が感知した気配は確かに一人分だった。だが目の前には三人いて、そのうちメイド服を着ている二人には――魂がなかった。
(おそらく人形の類い。死体ではなさそうだけど…。まさか機械で動いているのか!?あとなんで白虎はメイド服着てるんだ…)
未知のテクノロジーで動く従者二人を引き連れた、裏で大きな力を持つであろう相手。相手は大学生ほどの女性だが決して油断はできない。さて、いったい彼女はどうでてくるか。
そう思いながら目線を女性に戻すと、彼女はぽかんとした顔でこちらを見つめていた。
(あの表情はどう見ても思考停s…いや待て。実はそう見せかけてこちらの警戒を解かせるための罠の可能性もある…けど……やっぱりインパクト強すぎたかなぁ)
女性からの反応がない。どうやら僕の登場の仕方は彼女の落ち着いて処理できるキャパシティを越えていたようだ。とりあえず現実に戻ってきてもらおう。
「あの…」
「あっ、ああごめんなさい。こう、いろんな意味で予想外だったから驚いちゃって」
無事現実世界に復帰したらしい女性が自己紹介してくれた。やはり中央にいた女性がすずかちゃんの姉で、名前は月村忍さん。さらに従者の方々はそれぞれノエルさんとファリンさんというらしい。
「気にしないでください。驚かせたのはこちらですし」
「子狐のせたドジっ子女子高生巫女とかなら耐性あったんだけどね。まさか小学生くらいのショタっ子が日本昔ばなし状態でやって来るとは思わなくて」
「ショタっ…」
いや間違ってはないんだけれども。別に普通に男の子でいいよね。しかしそれにしても前半の属性てんこ盛りな巫女さんにとても心当たりがあるような……いや、まさかな。
「それで、白虎。僕は月村さん「あっ、忍ちゃんでいいわよ」……忍さんがいるとは聞いてないんだけど」
どうやら忍さんはからかうのが好きらしい。つれないわねぇ、なんて言っているが無視する。
「主様、ごめん、ね。忍から、驚かせたいから秘密、言われた。ばれるから無駄、言っても聞かなくて。おやつなし、言われたら、逆らえない」
「僕、おやつに負けた……」
あれ?おかしいな。白虎の主人って僕だよね。僕よりもおやつに支配されてるんだけどこの子。
「晴希、そろそろ本題に入ったらどうだ」《確かに相手方など気にするなと言ったが、気を抜きすぎだぞ》
「そうだった。ごめん青龍」
いつの間にか人間の姿になっていた青龍がこめかみを押さえながら言う。とりあえず先に白虎の言っていた謎の石を調べてみることにしよう。
「白虎。落ちてきたって言う石の場所は?」
「こっち」
「私達も一緒に見ても良いかしら。さすがに自分の家に怪しいものがあるのは不安だし」
「ええ。構いませんよ」
白虎に案内されて移動した先にあったのは、青い菱形の宝石だった。
「これが怪しい石なの?」
ただの宝石にしか見えないけど、と言いながら忍さんが手を伸ばそうとするのを制しつつ、観察する。一見ただの綺麗な宝石に見えるそれから感じる力は全くの未知のもの。霊力でも妖力でもない、今まで感じたことのない力。そこまで考えたところでふと既視感を感じる。
(いや、この力どこかで…)
今まで戦ったなかにこの力を使う相手がいただろうかと思い返すが、心当たりはない。だがこの力は確かにどこかで感じたような気がする。敵対した相手でないとしたら、同業者か?しかしそれにも心当たりはない。だとしたらもっと身近な人間。それこそ近所の住人や僕の友人た――「晴希!!」
「ウェ!?」
思索の海に沈んでいたところを青龍の声によって引き戻され、つい変な声が出てしまう。
「いつまで考え込んでいる。そろそろこいつをどうするのか決めろ」
確かにあまり時間をかけすぎるわけにもいかない。なんか忍さんもウズウズしてるし。
「このまま封印を試してみてもいいんですが、この石をもうちょっと深く解析してみたいんです。ただ、この手の謎の石あるあるで、触れれば発動っていうパターンがあって…」
「それでさっき私を止めたのね」
「はい。単純に爆発とかならまだいいんですけど、物によっては逆にこっちが取り込まれたり、封印されたりして、冗談抜きで『*いしのなかにいる*』ってことになるときがあるので」
「それはちょっと…洒落にならないわ……」
先程まで自分が手を伸ばそうとしていたことを思い出したのか、忍さんは少し青ざめた顔で苦笑いした。
しっかり釘をさせたことを確認したので、僕は石に向かって手を伸ば「ちょっと待ちなさい!!」
「なんですか?」
「なにしてるの!」
「なにって…掴もうとしてるんですけど」
いやだって触らないと詳しく調べられないし。
「危険だって自分で言ってたでしょ」
「大丈夫ですよ。僕は大抵の術は弾けますし、万が一僕がやられても忍さん達は青龍と白虎が守りますから」
「晴希君、あなた……」
なぜか忍さんが驚いて言葉をなくしているが、まあいいだろう。触ってみないことには進まないし、忍さん達の安全はしっかりと保証している。
とりあえず石に触れてみたその瞬間、石がまばゆい光を放ち始めると同時に妙な感覚にとらわれた。意識に干渉してくるようなこの感覚は記憶…いや、思考を読み取ろうとしているらしい。しかし僕の思考を読んでどうするのか…。そこまで考えたところで今度は得体の知れない力が侵食してくるような感覚が襲う。ずっとこの石から感じていた謎の力。それが流れ込み、僕の体を作り替えようとしている。
「ぐ、ガぁァぁ!」
「晴希君!」
「主様!!」
(こいつ僕を強化しようとしている!?まずい、このままだと…)
侵食してくる力に全力で抵抗する。流れ込んでくる力を霊力で無理矢理に押し出し、強制的に体外へと発散。それを繰り返す。
よくわからない力だし、なにふり構わずやっているので衝撃波のような形になってしまっているが、今僕には忍さん達を気遣うほどの余裕がない。あっちは青龍と白虎にどうにかしてもらうことにした。
それよりこの侵食をどうにかしないと、取り込まれて正気を失いかねない。そうなったら忍さん達はおろか、最悪寝ているすずかちゃんにまで襲いかかってしまうことだろう。
そのまま十分ほど時間がたち、侵食は止められているのだが、今度は明確な指向性のない純粋なエネルギーそのものが流れ込んできている。ずっと発散し続けているが正直終わりが見えない。
(誰だこんな傍迷惑なもの作ったやつは!エネルギー貯蓄量が尋常じゃない。このままだとたぶん数時間以上この状態が続くぞ)
流石にそれはよくない、というより僕がもたない。うまく最後まで耐えても間違いなく気絶するし、集中が途切れたらたぶん死ぬ。
《晴希、お前はああ言っていたが、お前が危ないと思ったらあたりなど気にせずにその石を消し去るぞ。我らはお前のことさえ助けられればいい》
《っ!わかった。なんとか…して見せるからッ…!》
どうにか青龍の声に答える。何とかするとは言ったものだが、どうするべきか。
今は僕の体という制御装置があるからいいものの、もしこいつを放り投げでもしたら中のエネルギーが行き場をなくしてそのままの状態で暴走してしまう。そしたら何にどう影響するかわからない。全く未知の力だから、もしかしたら時間やら空間やらに干渉する何てこともあるかもしれないし。
それにしても扱いにくい力だ。せめて霊力か妖力なら扱いが楽なのに…。
(ん?扱いにくい……。っ!…そうか)
今の状態が扱いにくいなら、扱いやすい状態にしてしまえばいい。それこそ、無理矢理にでも。
体のなかに流れ込んでくるエネルギーに僕の霊力を流し込む。紅茶にミルクを混ぜ合わせるようなイメージ。謎のエネルギーから霊力っぽいエネルギーにする。
(……よし!かなり扱いやすくなった。たぶんこれならいける)
混ぜ合わせたエネルギーをつかってこいつを封印してしまおう。封印するための器はこの石そのものでいい。向こうから流れてくる力を塞き止めながら、こちらから流し込む霊力を増やしていく。
「災いの種となりしもの、この宝玉へと帰れ!」
よりいっそう光を放ちながら、あふれでていた力が徐々に石のなかに収束していく。
光が収まると同時に、封印は完成した。
「ふう…。なんとかなった……」
「お、終わった…の?」
「主様、大丈夫?」
不安そうな顔をして忍さんと白虎が聞いてきた。どうやら心配をかけてしまったらしい。
「ええまあ。無事封印は済みました。これがどんなものかも何となくわかりましたし。もう遅い時間なのは承知していますが、できれば色々とお話…を……」
話している途中、忍さん達の背後からこちらに向かって歩いてきている人影を見つけた僕は、思わず言葉を失う。しまった。確かにこれだけ騒げば起こしてしまっても不思議ではなかった。
「どうしたの?」
訪ねてくる忍さんに答える前に歩いてきた人物、すずかちゃんが言葉を発する。
「お姉ちゃんどうしたの。こんな時間に外にでて…え?先輩…?」
思わず頭を抱える。はぁどうしたものか。