東京喰種:re 皇と王   作:マチカネ

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 今回、ほとんど、戦闘はありません。


第10章 休日

 墓地。

 ライ、上等捜査官の平子丈(ひらこ たけ)、伊東、黒磐が喪服を着て立っている。みんな沈んだ顔。

 『月山家駆逐作戦』でシラズは殉職した。『アオギリの樹』の幹部、SSレートのノロとほぼ相討ち。

 命がけで仲間を守った。それは壮絶な戦い。

 顔を伏せ泣いている伊東、ノロによって、伊東班は副班長の道端信二(みちばた しんじ)を始め、多くの殉職者を出してしまった。

 ポケットから白い折り紙を出し、ライは舟を折って並べられた花の横に置く。

 

 号泣している才子。

「泣いておけ、米林」

 支えてやる暁。

 無言で見ていた六月は、静かに移動。

 

 向かった先にはウリエがいた。

「来ないの?」

 班長のシラズが殉職したことで、ウリエは班長に任命された。念願のクインクス班の班長に返り咲けたのに、全く嬉しさは込み上げてはこない。

「……あそこに“シラズはいない”」

 シラズは墓の中には埋葬されてはいない。

「移送車がアオギリに奪われるなんて」

 六月は俯く。

 移送車は『アオギリの樹』に襲撃され、殉職者が奪われてしまう。

 その中にはシラズの遺体もあった。

「……骨はリン酸カルシウムの集合体、死体は単なる肉塊でしかない。と以前の俺なら、そう答えていた。だが――」

 空を見上げる。

「――死者を埋葬することには必ず意味がある。シラズが哀れだからじゃ無い、それは残されたものに必要な儀式だ。どんな形であれ」

 皮肉なことにシラズの殉職がウリエに仲間意識と友情を目覚めさせた。

 新たな決意をウリエは固めた。

「俺は必ず、シラズを取り戻す」

 

 

 墓地にハイセは来なかった。

 佐々木琲世は単独で【隻眼の梟】を撃退した功績により、準特等捜査官に昇進。

 ハイセ自身の希望でクインクス班の指導者の任を辞めた。

 

 

 

 

 ハイセに屋上から落とされた習は、カナエのこと、カレンが身を挺して守ったことで生き延びた。

 男と言っていたカナエは、カレンという名の女性。

 習を追跡していた捜査官が何者かに殺害されたことにより、追跡は絶たれてしまう。

 

 

 また護送中だった観母も自力で脱走し、行方をくらませる。

 

 

 

 

 宇井郡とハイルに食事に誘われたライ。『月山家駆逐作戦』のお礼がしたいと。

 ハイルは松葉杖を突いていた。右足は捻挫、まだ完治していない。

 宇井郡とハイルの感じから洋食のレストランかと思っていたら、やってきたお店は神田の和食の料亭。

 

 料亭の個室なので、当然畳。ライと宇井郡は正座をしているが、ハイルは捻挫しているので足を延ばしている。普段から彼女は正座はしない。

 ライも宇井郡も、一時間や二時間の正座では足は痺れない。

「ライ、君のおかげでハイルは生き延びた。私のパートナーを守ってくれて感謝している」

 宇井郡は礼を述べた。

「目の前に助けることの出来る命があるのなら、僕は誰だって助けるよ」

 自慢するのでもなく、謙遜するのでもなく、本音をかます。

「でもライちゃんがいなかったら、多分、私、えらいことになってた、きっと」

 間延びするような言い方だけど、しっかりと感謝はしている。

「ライ、おそらく君は捜査官として戦っているのではないね」

 『月山家駆逐作戦』でのライの戦い方で宇井郡は、その事に気が付き、先ほどのライの言葉で確信を持った。

「武人として戦っているんじゃないか」

「ブジンって、黒磐武臣(たけおみ)くんのこと」

「それは武臣(ブジン)」

 変な漫才をしていることに気が付き、ちょっぴり恥ずかしそうに宇井郡は咳払いをして漫才を終了させる。

「うん、そうだよ」

 あっさりとライは認めた。だから戦闘を止めた松前を殺さなかった。

「そんなところを私は好意的に見ている」

「私も―」

 と横からのハイルの横やりを無視しして、話を進める。

「でもCCGには、そんなところに不快感を持つ者もいる。そんな奴らには注意した方がいい」

 この時、宇井郡の思い浮かべた相手は政。

 

 

「郡先輩、ライちゃん、これどうぞ~」

 料亭を出た後、ハイルは『郡先輩、あそこへ行こう!』と言い出した。それだけで宇井郡はどこのことが解った様子。

 向かった場所はパン屋。中に入ったハイルは3個のメロンパンを買ってきて配った。

「郡先輩、この店のメロンパン、とっても美味しいって言ってましたから」

「覚えていたのか」

「ハイ、私たちパートナですから」

 ライは貰ったパンを齧る。ハイルが進めるだけあって美味しい。依子の店のメロンパンは美味しかったが、ここのメロンパンも負けてはいない。

「ちょこれーと」

 ケガしていない左足で、楽しそうにハイルはぴよんぴょん。

 ハイルの姿を見ながら宇井郡は、もしライがCCGに来ていなかったら、こんな光景が見られなくなっていたのではないかと何故かそんな気がした。

 

 

 

 

 赫子に切り刻まれているのは喰種。

「く、黒い死神―」

 怯えて逃げ腰の喰種も容赦なく切り刻むダークコートを着た眼鏡をかけてたハイセ。

「上官の推察どおり、アオギリの一派のようですね。残党はどうされます準特等」

 旧多が聞いた。キジマ岸が消息不明になったことにより、ハイセの部下に任命された。

「駆逐でお願いします」

 全く表情を変えず指示。

 白髪に白いコートを着て眼鏡をかけた有馬は“死神”と喰種に恐れられ、黒髪にダークコートを着て眼鏡をかけてたハイセは『アオギリの樹』に“黒い死神”と恐れられる存在となった。

 

 

 

 

「お前、何者だ!」

 6区の喰種を束ねるリーダー、万丈数壱(ばんじょう かずいち)は警戒を露にした。

 それもそのはず、怪しい奴がうろついているとの報告があり、リーダーの万丈自ら調査していたら、いきなり目の前に黒いヘルメットと黒マント、緑色の髪に金色のマスクに白い軍服を着た2人が現れたのだから。

 万丈の子分のガスマスクの3人、イチミ、ジロ、サンテも警戒はしているが、万丈ほどではない。黒いヘルメットと金色のマスクからは殺気や敵対心は感じないから。

「受け取れ」

 質問には答えず、黒いヘルメットはマントの中からブリーフケースを出すと、万丈たちの方に投げてよこした。

「なんだこりゃ」

 足で突いてみる、反応はない。少なくとも爆発物ではない。

「それは【柘榴】人工のRc細胞だ。それがあれば人を喰わなくても“食事”ができる」

 それを聞いた途端、警戒心はどこへやら、万丈はブリーフケースを開ける。中には赤いカプセルが詰まっていた。

 1つつまんで匂いを嗅ぐ。何も匂わないが、心なしか美味しそうな気はする。

「私の話を信じるか、どうかは君たちの自由だ。だが私の話が真実ならば喰種は人を襲わなくてもよくなる」

 『喰種は人を襲わなくてもよくなる』この言葉に万丈たたちは揺らぐ。人間との共生を望む喰種にとっては魅力的過ぎる話。

 黒マントを翻し、立ち去ろうとする黒いヘルメットと金色のマスクに、

「お前らは何者なんだ!」

 万丈は声を掛けた。警戒心は薄れたものの、完全に信頼したわけではない。どう見ても怪しすぎる。

「私は【ゼロ】。私と連絡が取りたくなったらばブリーフケースの中のスマートフォンを使うといい、一方通行だがね」

 黒いヘルメット【ゼロ】と金色のマスクは闇の中に消えて行った……。

 

 

 

 本来、捜査官は任務の際、上位捜査官と下位捜査官が一組となって行動するのが基本。

 今日は上司である暁が書類作成の仕事が入ったため忙しく、この仕事にライが手伝う余地はない。

 したがってライは1人でパトロール。

 これは暁の無責任というより、ライの実力を認めてのこと。1人で行動させた方が成長させれるとも踏んだから。

 

 パトロールと言っても『月山家駆逐作戦』以降、“黒い死神”の活躍で喰種が鳴りを潜めてしまい、捕食事件は減っているので、あまりやることはない。

 はっきり言ってしまえば散歩。

 

 

 向かった先は篠原の入院している病院。

「こんにちは篠原特等」

 ベットで眠り続ける篠原の隣に椅子を引き出し座る。

「多分、あいつは鈴屋特等に対するカウンター用の駒として――」

 

 

「あなたはどちらを選ぶ?」

 傍から見れば眠り続ける篠原に、1人でライが話しかけているように見える。

「……そう、それがあなたの決意なんだね」

 椅子から立ち上がる。

「篠原さん、あなたは本当に強い人だ」

 

 

 

 

 病院から出たライは黒色のスマホを出し、どこかへ掛けた。

 電話を終え、黒色のスマホをしまい、この後、本屋でも行って時間を潰すか、それともパトロール(と名目の散歩)をするかと考えながら、ブラブラしていると、小柄な緑髪の女性が走ってきた。

「すまん、悪漢に追われておる。匿ってくれないか」

 いきなり懇願。

 

 

 細くて妙になよなよした男が走ってきて、

「ね、そこのあなた小柄な女性をみなかった?」

 少々ヒステリックに聞いてくる。

「さぁ」

 ライが恍けると、

「もう一体、どこへ行ったのかしら」

 何処かへと走り去っていった。

 しばらくたち。

「世話になったな……」

 ぴょこんと物陰から緑髪の女性が出て来る。

「お礼と言うのもなんだが、私とデートをさせてやろう」

 いきなりライの手を掴み、強引に引っ張っていく。存外、緑髪の女性の力は強い。

「私のことは、そうだな―アンとしておこう」

「僕はライ」

 

 

 アンと名乗った緑髪の女性に連れて行かれた先はゲームセンター。

「最近は、全然来れなかったな、今日は目いっぱい楽しむぞ」

 とてもはしゃいでいる。本当に楽しそう。

「まずは定番からだ」

 最初に向かったのは定番中の定番、格闘ゲーム。

 ゲームが開始され、一戦目はアンの勝利。

「なんだ、大したことないではないか」

 勝利して大喜び。

「なるほど、操作方法が解った」

 ヘッとした顔になる。鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこんな顔なのかも。

「もしかして、格闘ゲームをやるのは初めてなのか?」

「そうだよ、今日が初めて」

 ライは頷いた。格闘ゲームだけではない、ゲームセンター自体に来たことはない。

 

 二戦目はライの勝利、三戦目もライが勝利した。

「容赦なしか……、こんな時は女性に花を持たせるものだぞ」

 ご機嫌斜め、ゲームとはいえ負けるのは悔しい。それも初めての相手に負けたのだから。

「えっ、そうなの?」

 相変わらずの天然ぶり。

「次へ行く。償いはしてもらうからな」

 

 

 UFOキャッチャーの前に来た。

「あのぬいぐるみが欲しいのだが、いつも途中で落としてしまう。あんまりお金を使いすぎて、塩――」

 わざとらしく咳払い。

 指し示されたのは丸々としたふくろうのぬいぐるみ。

「償いとして取ってもらいたいのだが、UFOキャッチャーも始めてなんだろ?」

 頷きながらライ、じぃーとUFOキャッチャーを眺めている。視線を横に向け、UFOキャッチャーをプレイしているのも見る。プレイしている人ではなく、アームの動きを。

「よし解った」

 と言うが早いがコインを投入、アームを動かしてふくろうのぬいぐるみを掴み、穴に落とした。

「はい」

 取り出し口から出したふくろうのぬいぐるみを渡す。

「本当に初めてなのか?」

 あんまりにもあっさりとふくろうのぬいぐるみをゲットしたので、つい聞いてしまう。

「初めてだよ、だから観察して取り方を探ったんだ」

 雰囲気だけで、嘘は言っていないのは伝わる。

「ありがとうな」

 欲しいふくろうのぬいぐるみを取ってもらえたので、ちゃんとお礼は言っておく。

 これで償いは終了。

(初めてで格闘ゲームで勝ち、初めてでぬいぐるみをゲットしてしまうとは、何という男だ)

 内心だけで呟く。

 

 

 次にやってきたのは高いビルの屋上。

「すばらしい景色だな」

 吹く風に緑の髪が靡く。ここからなら町の景色が一望できる。

 ライも横に立ち、一緒に町を眺める。

 子供のみたいな顔をしているアンと名乗った緑髪の女性、本当に楽しそう。

 屋上のドアが開き、

「やっと、見つけましたよ」

 なよなよした男が入ってきた。

「よくここが解ったな、塩野くん」

 振り返った時には子供のみたいな顔はし消えていた。そこにあるのは大人の顔。

「前に言っていたじゃありませんか、この場所が大好きだって」

「そうだったか……」

 なよなよした男、塩野はライの方を向く。恍けたことを怒るのかとなと思っていたら、

「先生がご迷惑かけました」

 ぺこぺこと謝り出す。すれ違っただけなので覚えていないのか、それでもライの風貌は目立つので、全て承知で謝っているのだろうか。

「さぁ、帰りますよ」

 謝り終えた塩野は屋上から出て行こうとした。

「楽しめましたか高槻先生」

 素直に塩野に着いて行くアンと名乗っていた緑髪の女性、高槻泉(たかつき せん)に声を掛けた。

「気が付いていたのか?」

「ハイ、本を読んだことありますから」

 無自覚のキラー笑顔を放つ。

 高槻泉は有名な小説家で、数多くのファンを持つ。

「ふっ、喰えない奴だ」

 

 

 階段を下りる高槻泉と塩野。マネージャーの塩野は締め切りが迫っているだとか、スケジュール調整が大変だとか、写真を撮られて週刊誌に載ったらどうするのかと小言を言った。

 確かに、あの容姿のライと高槻泉のツーショット写真が週刊誌に載ったら大きなスキャンダルになるだろう。

「すまんな塩野くん」

 あんまりにもあっさりと謝ったので、塩野が『えっ』と戸惑っていると、

「あの少年をモデルにした小説を書きたかったな」

 屋上の方を振り返る。

「何を言っているんです、いくらでも書けばいいじゃないですか?」

 その時、高槻泉の見せた笑顔はとても悲しそうだった……。

 

 

 




 サブタイトルの休日は『ローマの休日』から来ています。
 高槻泉の名乗ったアンは『ローマの休日』でのオードリー・ヘプバーンの役名。
 金色のマスクはジェレミア・ゴットバルトです。
 サイボーグにはなっていませんが、被っているマスクはサイボーグになった時に顔に付いていたアレと同じデザイン。

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