月山家の豪邸の前に集まる捜査官たち。全員、クインケの入ったアタッシェケースを手に戦闘モードに入っている。
空には政を乗せたヘリコプターが飛んで、豪邸全域を見張っていた。
豪邸は捜査官は四方八方を包囲され、どこにも逃げ道は無いように見えた。
ところが想定外なことが起こる。月山家の当主にして月山グループの頂点、月山観母(つきやま みるも)と使用人が、無抵抗で投降したのだ。
「よし帰ろ」
もう帰る気まんまんの才子。面白くないのはウリエ、喰種と戦い、討伐数を稼ぎたい、手柄を稼ぎたい。そのためにジムに通って筋トレに励んできたのに。
そんな中、ハイセはキナ臭さを感じていた。
豪邸内を見回る宇井郡、大きな駐車場があるのに車が一台もない。
地面を見ればタイヤ痕は、しっかりと残っている。
「月山観母の所有している車両を調べさせろ」
宇井郡は部下に命じた。
政と宇井郡はお互いを嫌い、目の敵にしあっている。そんな2人が奇しくも同じ推理に辿り着く。
当主自ら囮になる理由とは――跡取り、息子を逃がすこと。
ヘリの中で政は推理を続ける。
(奴らも馬鹿ではあるまい、検問や交通規制の可能性を考えれば、そう遠くへは行けないと解るはずだ)
そこで達した結論は空路、つまりはヘリコプター。
『ルナ・エクリプス』月山グループの所有するビルの中でヘリポートのあるビルの一つで、月山家から最短時間で辿り着ける。
ここに月山グループの跡取り、月山習(つきやま しゅう)と使用人の松前が逃げて来ていた。
「習さま、小さいときにお姿を拝見した限りだったが、ずいぶんな美男と成長なされた」
「それでいて、あの知的な所作、若い時の観母さまを彷彿とさせますな」
「しかし目元などは奥方様にそっくりで」
『ルナ・エクリプス』には月山グループ傘下の子会社の面々が、ズラリと集まっていた。全員が喰種である。
「ぜひウチのモデルになって欲しかったな、あのルックスだ、彼はモデルとしても成功していたよ」
「喰種の広告塔か、そいつはいい」
みんな楽しげに、まるで日常でするようにな雑談を続けていた。
「観母さまのためだ。一族の恩義はここで」
「命を尽くし、お返ししよう」
「ええ」
ヘリの到着までは時間が掛かる。そのための時間稼ぎのために、ここに集まってきた。習1人を逃がすため、全員、捨て身の覚悟で。
「……しかし、ずいぶんと“上”が優秀らしい、お早いご到着だ。感傷にひたる暇もないとは」
喰種たちの見る『ルナ・エクリプス』の入り口には、ハイル率いる先行部隊が来ていた。
「殲滅開始。建物内の喰種を全て駆逐します」
笑みを浮かべ、ハイルが前に出る。
「入り口でこの人数か、これは骨が折れそうだ。と言っても、本当に骨折はしたくないけど」
懐から扇子型のクインケ《夜桜》をライは抜く。
路地裏に単身、やってきたリオ。
この場所はリオが自分が【JAIL】と自覚した場所。すなわち、キジマ式を葬った場所。
そこで待っていたのはキジマ式の顔のツギハギと義足が左右反対になってること以外は瓜二つのキジマ岸。
「お初にお目にかかります、私はあなたに殺されたキジマ式の双子の弟のキジマ岸」
丁寧な挨拶をする。
「この手紙を出したのはお前か」
『リオくんへ』と書かれた封筒を取り出す。普段の優しい顔ではない、戦士の顔。
「いかにも」
ニタリと歯を剥きだして笑う。
手紙には今日の日付と今の時間、そして『【JAIL】 お前がキジマ式を殺した場所で待つ。来なければ、私たちがそこへ行く』と書かれていた。
「安心してください、あの喫茶店のことは私しか知りません、今のところは―ね」
手紙には消印が付いていなかった。直接、キジマ岸が投函したということ。
執念でキジマ岸はリオの居場所を突き止めた。
「あの場所は僕が守る!」
両眼が真っ赤になる。赫眼。
「お前の兄で作られた、私の兄の形見で切り刻んでくれるジェイルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
アタッシェケースを展開、 チェーンソー型のクインケ《ロッテン フォロウ》を装備。
このクインケはリオの兄で作られた。それを見たリオの顔全体に格子状の痣が広がる。
ドラゴンの尻尾のような銀色の尾赫で《ロッテン フォロウ》を受け止める。飛び散る火花。
「ぬぬぬぬぬっ」
刃を高速回転させ、尾赫を切断しようとするが硬い、一層力を込めたキジマ岸。
切断されてたまるかとリオも力を込めた。尾赫と《ロッテン フォロウ》の接触面が摩擦で過熱する。
守りたいという思いと仇討ちと執念がぶつかり合う。
“守りたい”思いが勝った。リオの尾赫が競り勝ちキジマ岸をふっ飛ばす。
壁に背中をぶつけたキジマ岸に、止めを刺そうと肩から出した青い太刀型の甲赫で切りつけようとした。
倒れたままの体制で左足の義足をリオに向ける。キジマ岸の顔に浮かんでいるのは笑い。
パン、軽い空気音と共に義足の先から発射されるQバレット。赫子を
溶かしこんだ、対喰種用弾丸。
義足が仕込み銃になっていたのだ。咄嗟に甲赫を盾にして、Qバレットを防いだものの、がら空きになった胴を目掛けて、《ロッテン フォロウ》を振る。
今の体制では躱すことは不可能、逃げることも不可能。すぐにでも体を上下で両断されてしまう。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ここで殺されたら、次は喫茶店『:re』のみんなが殺される。
“絶対に嫌だ”と強くリオが思った時、《ロッテン フォロウ》がキジマ岸の手から、つるんとすっぽ抜けた。
「滑っただと!」
殆ど条件反射だった、自然に体が動いた。《ロッテン フォロウ》が『俺を使え、リオ』と言った気がした。
リオは《ロッテン フォロウ》を蹴っ飛ばす。
蹴っ飛ばされた《ロッテン フォロウ》は驚愕の顔を浮かべているキジマ岸の顔面を直撃、真っ二つに割る。
「わわわわわわわわわばわわわわわわわうばばばばばば」
振動で震えるキジマ岸。
「るるるるるるるるるるるるるおおおおおおおおおおおおお!!!」
顔面が真っ二つになりながらも、血を撒き散らし、襲い掛かってくるるキジマ岸、何という執念。
しかし死に体の攻撃など、果って【JAIL】と恐れられたリオには通じない。
容赦せず、甲赫の太刀で腹を貫く。
「チーズ、チーズが食べたい」
ばたりと倒れ、もう動かない。
コンクリートで舗装された道に投げ出された《ロッテン フォロウ》、もう動きを止めていた。それを見つめるリオ。
「兄さん、助けてくれたんだね」
『ルナ・エクリプス』上層付近では、月山家の跡取りのいるヘリポートを目指すハイル率いる先行部隊と、それを阻止しようとする松前率いる喰種たちが衝突。
「今日はやる気ですね」
薙刀のようなクインケ《アウズ》を片手にハイル。
「無論」
右手には剣型の甲赫、左手に盾型の甲赫を構える松前。
「うふふふ、素敵な赫子ですね。もらうのが楽しみ」
ハイル、松前、ほぼ同時に攻撃に入る。
他の捜査官たち、喰種たちも激戦を開始。
駆逐される喰種、殉職する捜査官。床はどちらの血でも赤く染まっていた。
激しすぎる打ち合いを展開するハイルと松前。両者幼いころから、戦闘訓練を積んできた猛者中の猛者。一歩も引かず、怯まず、揺るがず。
「あのハイルさんが押されているなんて」
何とか喰種の攻撃を避けている旧多。
ハイルの一撃を甲赫の盾で弾く。
「それもいいな」
すぐに次の攻撃を加えようとしたハイル。ズルッ、床の血で足を滑らせてしまう。
体制を崩したハイル目がけて甲赫の突き出す、立て直す間は与えない。
「貫けェェェェェェ!」
突然、沢山の桜の花びらが飛んできて松前の視覚を塞ぐ。
「けほっけほ」
若干、呼吸器官も塞がれたため、咽せる。
その合間に、ハイルは後ろへ飛んで距離を取る。
「ウッ」
あんまりにも無茶な体制で飛んだため、右足を捻ってしまう。
右足が痛くて動けない。これでは松前と闘っても、勝てる見込みは少ない。
桜の花びらは、白と薄いピンクの紙を切って作られたもの。
松前は桜の花びらの飛んできた方向を見る。
《夜桜》を扇ぎ、ライが紙の桜吹雪を飛ばしていた。
桜の花びらが打ち止めになると、パチン、《夜桜》を閉じ、進み出るライ。松前も攻撃を開始。
激しい松前の甲赫の剣撃を《夜桜》で軌道ずらさせる。一撃、二撃、三撃、四撃、五撃、ことごとく反らす。
「あれが【オウル】の攻撃をしのぎ切った……」
じっくりと“観察”するように見ている旧多。
SSレート【オウル】の攻撃を反らし続けた技。強力な力を持っている喰種に対し、敢えて力を抜くことで攻撃を反らす。
太い木は強風で折れるが、細い柳の木は折れない。
(抵抗を感じさせない、まるで風に舞う羽毛。こいつ出来る)
人間離れしたパワーとスピードのハイルとは違う柔らかな動きに、松前は驚嘆しながらも純粋に評価していた。
スタミナは人間よりも喰種の方がある。しかし松前は捜査官たちとの戦闘、ハイルとの激戦でかなり消費しているに対し、ライは柔の技を駆使し、攻撃も隙を突くかカウンターを使ってきたため、殆ど消耗はない。
防御と攻撃の戦い、ライVS松前。途端、松前の動きに鈍りが見えた。
「今だ! ライさん」
と叫んだ旧多。
「ライ、誘いに乗るんじゃねぇ!」
訛って叫ぶハイル。
2人が叫ぶまでもなく、ライは動かなかった。
「引っかかりませんか……」
さっきの鈍りはどこへやら、
「大変、失礼いたしました」
再び真っ正面からの強力な攻撃を始める。
おろおろしている旧多に、
「罠だったんですよ、わざと誘った。でも誘いには乗らなかったようですね、ライちゃん」
教えてあげるハイル。訛りは消えていた。
防のライ、攻の松前、再度、繰り広げられる激しい攻防。
戦っていた捜査官を片付け終えた、月山家の使用人のマイロ。
「松前ッ、今、加勢する!」
言葉通り、松前に加勢しようとした。流石のライも二対一では不利、勝ち目は無くなってしまう。
「させるかよ」
《アウズ》を引っ掴み、
「死にゃせ」
また訛りながら、ぶん投げる。
回転しながら《アウズ》はマイロに命中、上半身と下半身を両断。
喰種を倒し終えた一等捜査官の岡平。
「ハイルさん、ライ二等のサポートに行きます」
自身のクインケを手に、ライの加勢に向かおうとした岡平の胸を赫子が突き刺した。
「ど、どゆうこと」
ドサッ、血を吐いて倒れる。
「……執事の生命力をナメるな。後、20秒は生きるぞ」
体が真っ二つになっても、まだマイロは生きていた。なんという忠義心。
「松前、習さまをたのんだぞ」
力尽きる。
攻撃を通そうとする松前、されどライは通させない。
周囲にいる喰種は松前を除き、全滅。捜査官はライとハイル、旧多、荷物持ちは生き残っている。ハイルは右足を挫いて動けない、旧多と荷物持ちは腰が引けて戦力外。
実質、戦えるのはライと松前のみ。膠着状態の様相を見せた戦闘の決着は、あっさりと訪れた。
宇井郡が隊を率いて現れたのだ。一目で松前は宇井郡の実力は悟る。「これまでか……」
甲赫の剣と盾を下げ、目を閉じる。
(すいません、習さま、この松前、もうお守りすることはできません)
パシッ、そんな松前に当身を打つ。
ライを見つめながら意識を失う。松前の表情には感謝の意が隠されていた。
「医療班の手配と喰種に手錠を」
宇井郡は周囲の状況を確認、指示を出す。
部下はテキパキと指示を実行。
気絶している松前に手錠を掛けた。この手錠は拘束と同時にRc細胞抑制剤の注射して喰種を弱らせる。これで意識を取り戻しても反撃は不可能、まともな抵抗すら無理。
「ハイル、足をみせろ」
「あら郡先輩、そんな趣味があったのですか」
「無駄口を叩くな、足の状態を確認するだけだ」
「ちょっとした、冗談です」
靴と靴下を脱ぐ。
ハイルの生足の踝は腫れあがっていた。
(これは捻挫か……、もしかしたらヒビが入っているかもしれない)
専門家ではないが、そう診察。
「救急箱を」
救急箱を持ってこさせ、
「伊丙上等、何があったか、報告を」
応急手当をしなががら、ハイルから一部始終を聞く。
「ライ二等、なぜ駆逐しなかった」
ハイルからの報告を聞いた宇井郡はライの前へ。
松前を殺すチャンスがあったのに、ライは殺すことなく、当身で気絶させただけ。
最低でも松前はSレート。駆逐したら大変な手柄となり、賞金も入ったはず。二等でSレート駆逐なら大金星である。有馬、ジューゾー、黒磐、篠原たちも大金星をあげ、特等への道を築く。
なのに、そのチャンスを自ら放棄した。
「戦うことを止めた相手を殺す必要はないでしょう」
その答えを聞き、最初は驚いたような顔をし、
「ライ、君のことが、少し解ったような気がするよ」
ほんの少し楽しそうな表情になる。
「『コクリア』への護送の手配をしろ」
松前の護送の手配をした後、
「【隻眼の梟】が現れたとの報告があった。これから屋上に向かう」
ハイルはケガ、【隻眼の梟】と聞いて、たちまち青ざめる旧多と荷物持ち、ガクブル状態。とても戦力にはなりそうにない。
「すいません、宇井特等、今の私では足手まといになっちゃいます」
しゅんとするハイル。不注意が招いた負傷。責任は全部、自分自身にある。
「すぐに医療班が来る。反省は後日でいい」
きつそうに言うが、ハイルの足の応急手当する宇井郡は優しかった。
「一緒に来てくれ、ライ二等」
まともに戦えるのはライぐらい。
「解りました宇井特等」
護衛に捜査官を1人残し、屋上に向かう宇井班。ライも付いていく。
宇井郡の巻いてくれた右足の包帯を見つめているハイル。
屋上に到着すると、何かの咀嚼音が聞こえてきた。
「静かに」
宇井郡は他の捜査官を制止し、ポールウェポン型のクインケ《タルヒ》を握りしめ、様子を見に行く。
そこで見たものは【隻眼の梟】を貪り喰うハイセの姿。
「佐々木上等! 君は一体何を……」
佐々木琲世、ハイセのプリンの様な色合いの髪は真っ黒になっていた。
「すいません、“梟”との戦いで消耗したので、その補給を」
血まみれの顔で言った。口の周りにも血がべっとり。
「それは、君は……、君……一人で、奴を駆逐したのか」
戸惑いを見せる宇井郡。一人で【隻眼の梟】を駆逐したというのも驚くことなのに、ハイセの雰囲気がまるで別人。
「いえ、すんでのところで逃亡されました。致命傷を与えましたが、おそらく生きているでしょう」
1人で撃退したというだけでもすごいこと。
「こいつが【隻眼の梟】か、まるで怪獣だね。ウルトラマンがいればよかったかな」
【隻眼の梟】の抜け殻を物珍し気に見るライ。他の捜査官たちと違い、驚きも畏怖の感情も見せていない。
「頭、血か、拭きなよ」
宇井郡は血を拭くようにいったが、
「まだ本命(しごと)が残っています」
と断り、屋上を指し示す。そこには月山家の跡取り、月山習が壁にもたれ、使用人のカナエが倒れていた。逃げるどころか、動く力さえ残っていない様子。
2人ともぐったりとして動かないが、息はしている。
「屋上に着き、すぐに奴と対峙しましたが、途中で“梟”の妨害を受けました。月山家と『アオギリの樹』は調査通り、つながりがあったようです」
淡々と説明をするハイセを見ているライ。一見、喫茶店『:re』で出会ったハイセとは別人のように見える。
「宇井特等、このまま駆逐します」
赫子を出し、
「ガハッッ」
習を突き刺す。
「ああ、向こうは私がやる。ライ二等、サポートを」
「あいよ」
《夜桜》を開く。
突き刺した習を、そのまま投げ捨てた。この高さから落ちれば喰種とて無事には済まない。
「シウさまッッッッッッ!」
まともに動く力さえ残っていないのにカナエは主君を助けるため、屋上から飛んだ。
「習さまあああああああああああああああああああああああ」
そんな2人を冷たく見ているハイセ。
使うことのなかった《夜桜》を閉じ、
「月山家、みんな見上げた忠義心の使用人ばかり、ちょっぴり、羨ましいかな」
懐にしまう。
ライくんをクインクスに着いて行かせようか、ハイルに着いて行かせようか悩みましたが、ハイルに着いて行かせることにしました。
シラズの殉職がウリエに友情と仲間意識を目覚めさせることとなりましたし、オッガイに繋がるので。