萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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船酔いするのに船長、というのはありなのかどうか眠れなくなるほど考えた結果、放置しました。


【第九話】クチバ――豪華客船と似非外人

 激戦のハナダシティジムを後にし、萌えもんセンターで一日休息を取った俺たちは、一路クチバシティを目指す事にした。

 本来ならハナダとクチバの間に位置しているヤマブキシティに行っておきたかったのだが、

 

「ま、せっかくくれたんだしな」

 

 手にしたチケットの日にちがそろそろ切れそうだったから、先にクチバに決めたのだ。

 くしゃくしゃになったチケットには、【サントアンヌ号】と書かれている。何やら聞いた話によると、世界一周している豪華客船らしく、今はクチバの港に寄港しているらしいのだ。

 

 その間、こうしてチケットを持っている人間は自由に乗船が可能らしい。

 らしい――というのは他でもなく、俺自身もさっき貰ったものだから実は全く把握していない。

 

「ったく、渡すだけ渡してすぐに消えやがって」

 

 あのピッピ――間違えた、マサキは本当良くわからん。

 普通なら飛びつくようなイベントだというのに。

 

「行くの?」

 

「おう」

 

 こんな面白そうなイベント、逃すわけにはいかない。

 何しろ豪華客船なんてこれからの人生、乗れる機会なんて無いだろうからな!

 

「……また寄り道?」

 

 呆れ顔のリゥを宥める。

 あれだけ戦っておいてこの娘っこ、もう次のジムに行きたいらしい。

 

「寄り道も大事だぜ? 英気を養うってな」

 

 それに、どこに戦うためのヒントが転がっているかもわからないしな。

 戦術のストックが豊富なのは強みになる。

 

「そのクチバシティって遠いの?」

 

「いや……」

 

 頭に地図を思い浮かべる。

 北から見れば、ハナダ、ヤマブキ、クチバという位置関係だが、確かハナダにはクチバと繋がっている地下通路があったはずだ。

 そこを利用するのも悪くないだろう。

 

「半日あれば着く距離だろうな。行こうぜ」

 

「……はぁ、わかった」

 

 不承不承といった様子のリゥ。俺が寄り道ばっかりで慣れてしまった部分もあるのだろう。

 だけどな、リゥ。人生、寄り道は大事なんだぜ?

 

 

   ■

 

 

 リゥを宥めてハナダシティからしばらく南へ進んでいると、ヤマブキシティへのゲート手前に、こじんまりとした建家が見えてくる。あまりにも貧相な作りに思わず山小屋を連想してしまうほどだが、これでもちゃんとした地下通路への入り口なのだから恐れ入る。

 

 かつては頻繁に使用されていたらしいが、ヤマブキシティが栄え始めた結果、使用される事が少なくなっているらしい。

 中に入ると、比較的掃除はされているのか綺麗だったが、人はいなかった。

 

「……こ、ここに入るの?」

 

「おう」

 

 地下へと続く階段を降りると、予想以上に舗装されている地下通路だった。

 等間隔に両端に灯りがあり、真っ直ぐに伸びている。

 だが、薄暗いのは間違いなく、深夜にひとりで通るのは勘弁したいところだが……。

 

「あのー、リゥさん?」

 

「な、なに?」

 

 俺は上を見上げて相棒に語りかける。

 

「降りてこないのか?」

 

「お、降りるわよ!」

 

 別に怒らんでも。

 そうして、リゥはゆっくりと階段を下りてくる。心なしか、動作がいつもよりぎこちないように見える。

 んー、ひょっとして。

 

「怖いの?」

 

「死ね!」

 

 罵倒された。

 やれやれと肩を竦め、俺は視線を再びクチバ方向へと戻した。

 クチバシティに行くならば、ジムにも寄っておきたい。クチバシティジムは確か電気タイプの萌えもんを扱った筈だ。ジムリーダーの名前はマチスだったか。

 

 リゥ、シェル、コン。

 欲を言えば、後ひとり戦力が欲しい。

 出来れば電気タイプに強い地面タイプが。

 

「どうしたもんか」

 

「何が?」

 

「いや、次のジム戦だよ」

 

「ふぅん」

 

 まぁ、クチバシティの近くにも野生の萌えもんはいる。戦力増強はその時に考えるとするか。

 ところで、だ。

 

「なぁ、妙に左腕が重たいんだけど」

 

「気のせいじゃない?」

 

 ふぅん。

 

 俺は視線を左隣にいるリゥに落とす。

 

「特に袖の辺りが重たい気がするんだけど」

 

「き、気のせいでしょ?」

 

 リゥはぷいっと顔を逸らす。心なしか頬が赤いようにも見えた。

 ったく。

 

「疲れてるのかもしれねぇな。ああ、もしかしたら何かに取り憑か」

 

「さ、ささささささっさと行く!」

 

 ずんずんと進んでいくリゥに引っ張られながら悪態をつく。

 ほんと、プライドの高い相棒だ。

 

 

  ■

 

 

 地下通路を抜けるとそこは――

 

「おお!」

 

 草むらだった。

 なんとびっくり。クチバシティからだいぶ離れた距離に出口は作られていた。

 

 ――いや、もうちょっと近くに作ろうぜ、ほんと。

 

 とは言っても、草むらがあるのはありがたい。見れば野生の萌えもんや、トレーナーもいる。クチバシティジムに挑む前哨戦にはちょうどいいだろう。

 

「やるか?」

 

「もちろんよ」

 

 地下通路までの殊勝な態度はどこへやら。いつもの調子を取り戻したリゥは右腕をぐるりと回した。

 ずんずんと進んでいくリゥの後を追って俺も歩き出す。

 

「さて、どうしたもんかな」

 

 やはり水と氷タイプのシェルでは相性が悪い。

 ハナダジムではなんとか巻き返せたが、それでも毎回お世話になっていたシェルを封じられたとなると大きい。

 その部分も含めて、考えていかないといけない。

 

 欲を言えば地面タイプの仲間が欲しいが……そう簡単にはいくまい。

 だがまぁとりあえずは、

 

「おいお前、俺と勝負だ!」

 

 虫取り少年に絡まれた相棒を助けに行きますかね。

 

 

  ■

 

 

 何度かのバトルを経てクチバシティに着くと、潮風が俺たちを迎えてくれた。

 海に面した港町であるクチバシティは、ここカントー地方において主要な交易の要でもある。そのため、人の出入りはカントー地方でも随一となっている。また、カントー以外の地方の住人も多い。様々な情報の交換場所としても有名なのである。

 

 そんな中、目指すべき場所サントアンヌ号へと足を向ける。

 地図を見ると、サントアンヌ号の停泊している港はジムの近くのようだった。チケットを持っていると言っても、そのまま世界一周旅行に洒落込む気なんてないわけだし、ジムへの登録もついでに済ましてしまおう。

 そうして俺が頭の中で行動計画を立てていると、

 

「兄貴!」

 

「ん?」

 

 ちゃりん、と自転車のベルと共に見知った顔が自転車に乗ってやってきた。

 

「よう、レッド」

 

 久しぶりに出会ったレッドは、ニビシティで会った時よりも一段階成長しているように見えた。

 男子三日合わずば刮目して見よ。

 なるほど、旅は男を成長させる。

 

「良い面構えじゃないか」

 

「ちょ、兄貴!」

 

 レッドの頭を帽子越しにグリグリと撫でる。

 

「で、お前もジム戦か?」

 

 まぁね、と言って、レッドは視線をジムへと向けた。

 クチバシティの港の外れにジムはある。ここからだと小さくて見えないが、確かにジムらしき建物はある。

 

「なるほどな。頑張れよ」

 

「うん」

 

 レッドに向かって拳を突き出すと、合わせたようにレッドも拳を突き出した。

 それで挨拶は終わり。

 男の挨拶なんてこんなもんだ。

 と、レッドは何かを思い出したのか急停止し、振り返った。

 

「あ、そうだ。兄貴、クチバには来たばかり?」

 

「ん、ああ。さっき着いたところだ」

 

「ふぅん。じゃあさ、あそこに行ってみるといいよ」

 

 言ってレッドが指さしたのは、ジムと同じくらい大きな建物だった。

 好事家というか、金持ちが住んでいそうな建物で、おおよそ港町には似つかわしくない瀟洒なデザインをしている。

 

「幽霊でも出るのか?」

 

「――!」

 

 びくっ、とリゥが僅かに身を竦ませるのがわかったが、言わないでおく。記憶ごと力でもみ消されるに違いない。

 

「ああ、違うよ違う」

 

 だが俺の予想は外れていたようで、レッドは苦笑しながら手を振る。

 

「何でも"萌えもん大好き倶楽部"って会らしいんだけど、兄貴と気が合いそうな会長さんだったから」

 

 萌えもん大好き倶楽部だと!?

 

「話しかけたらもう止まらない会長さんでさ、ずっと萌えもんについて語ってくれるんだ」

 

 ほほう。

 

「だから兄貴が行ったら楽しいんじゃないかなって」

 

「行こうじゃないか!」

 

 酒を持参で語り明かそうじゃないか、まだ見ぬ同士よ!

 と、そんな俺の心情を見越してか、

 

「ジム行くんでしょ?」

 

「もちろんだ」

 

 だが語り明かしたい。

 

 語り明かしたいんだ!

 

「行 く ん で し ょ う ? 」

 

「はい」

 

 おかしいな、未来のビジョンが海の藻屑と化している俺の姿しか思い浮かばない。

 

「はは。ま、面白い人だから兄貴もきっと気に入ると思うよ」

 

 またね、とレッドは自転車に乗ってジムへと向かっていった。

 頑張れよ、レッド。

 お前が負けるとは思っちゃいないけど、な。

 

「よし、豪華客船に乗り込むとするか」

 

「はいはい。寄り道はそれだけにしてよね」

 

 わかってるさ。

 萌えもんについて語り明かすのはいつだって出来る。

 でも、俺たちが目指すものの時間は限られてるんだから。

 

 

  ■

 

 

 港に着いてみれば、すぐにわかった。

 まさしく豪華客船の名に相応しい大きさと綺羅びやかさだった。

 積荷の搬入をしているのか、船乗りや搬入業者が引っ切り無しに出入りしている。こりゃ出発時刻も近いかもしれない。

 

「出航される前に見て回るか」

 

「うん」

 

 桟橋から船へと向かう。

 途中、チケットを見せてくれと言われたのでクシャクシャになったチケットを見せると、案外あっさりと通してくれた。

 

 いいのか、こんなボロボロでも。

 俺たちがいぶかしがっているのを見かねたのか、チケットを見てくれた兄ちゃんは、

 

「ははは、いいんだよ。見たらわかるんだから!」

 

 なんて説明になってるのかなってないのか良くわからん豪快な笑いで答えてくれた。

 いくらなんでもザルすぎるだろう……。

 まぁ、入船出来たのならそれでいいわけだが。

 

「「う、わぁ……」」

 

 そして、俺たちはふたり並んで呆然としていた。

 綺羅びやかな装飾。絨毯はまだ新しいのか毛が立っており、歩けば新雪のような弾力を返してくれる。

 その場にいた乗客もそのほとんどが貴族というか綺羅びやかで、正直、俺たち場違い。

 

「って、呆けてる場合でもないな」

 

「う、うん。そうよね」

 

 俺たちは気を取り直して、船内を見て回る事にした。何しろ世界一周の豪華客船だ。中に入れるなんて滅多に無いからな。

 俺たちが物見遊山な田舎者であるのはすぐにわかるらしく、乗客からは笑われたり話しかけられたりしたが、それ以外は特に何もなかった。

 

 豪華客船といっても、通常の船を長旅でもストレスの溜まりにくいように改良した船、と言い換える方がわかりやすく、綺羅びやかな装飾も豪華な食事も、プールなどの施設も遊技性に溢れていて刺激してくれる。

 

「何だ、見て回ると大した事ないのね」

 

「ははは何を言ってるんだ。はしゃいでたじゃないか」

 

「――っ!」

 

 次の瞬間、俺の意識は無くなった。

 目を覚ますと俺は倒れていて、リゥが不機嫌な顔で俺を見下ろしていたんだが、一体何があったんだかさっぱりわからない。

 

「で、これからどうするの?」

 

 そうだなぁ、と痛む身体を起こして考える。

 船内はおおよそ見て回った。

 プールで目の保養もしてきた。

 美味いご飯も食べた。タッパにも詰めた。

 うむ。

 

「する事が無いな。降りるか」

 

 出るに限る。

 

「でも、一度見ると面白くなくなるわね」

 

「まぁなぁ」

 

 こういうのは"真新しさ"が大事だからな。一度見てしまうと、後は面白くなくなってしまうのは仕方がない。

 ベールが剥がれると、後はただの船しか残らないのだから。

 

 まぁそれでも、一度くらいは旅行してみたいもんだとも思う。

 こうして徒歩で世界を旅するのも悪くないけれど、船旅もそれはそれで楽しそうだ。

 いつかゆっくり出来るようになったら、乗ってみるのもいいかもしれないな。

 

「……何?」

 

「いや――また乗れたらいいなってな」

 

「ふぅん」

 

 リゥと一緒にな、って言葉は言わないでおく。さすがに言えん。

 俺たちの旅がどこまで続くのかもわからないのだから。

 

「――先、か」

 

 目指すべき目標は確かにある。だが、達成した後は? 俺がチャンピオンとして君臨するのだろうか。

 考えられない。とてもじゃないが、俺はそんな器じゃない。

 がむしゃらに目指す事だけを考えてきたけど、いつかその答えも考えておかなければいけないのだろうな。俺自身のためにも。

 

「考え事? 置いてくわよ?」

 

「ああ、ちょっと待っ、とと」

 

 大きな振動が起こり、思わずつんのめる。

 リゥは咄嗟に手すりに捕まったようで、既に方向を見定めているようだった。

 

「今のは?」

 

「上みたい」

 

 ぱらぱらと天井の壁紙が落ちてくる。

 さっき探検したのだ。もちろん覚えている。

 

「甲板か」

 

 俺とリゥは頷き合って、甲板へと向かった。

 

 

  ■

 

 

 振動の正体はすぐにわかった。

 甲板に出た先、ツンツン頭の金髪が豪快に叫んでいたからだ。

 

「ヘイ、ピカチュウ! 電撃波!」

 

 迷彩服を来た奇妙な男だ。だが、その実力は相当なものだというのがわかる。

 何故なら――

 

「草タイプに電気タイプなんて効果があるわけないだろ! ナゾノクサ、葉っぱカッ

タ……えっ」

 

 次の瞬間、ナゾノクサは電撃波によってプールまで吹き飛ばされていた。

 だがもちろん、それで終わりではない。

 水こそが、電気タイプが最も得意とするフィールドでもある。

 迷彩服の男はもう一度指示を下す。

 

「ピカチュウ! 10万ボルトネ!」

 

 目を焼く閃光と共に、プールに強大な電気が走る。

 やがてそこには瀕死になったナゾノクサが浮かぶだけだった。

 

「ひゅ~。やるねぇ」

 

 迷彩服の男だけじゃない。あのピカチュウも相当な手練だ。激戦を戦い抜いたような貫禄がある。

 なるほど。

 あの迷彩服の男が、

 

「マチス、か」

 

 クチバシティジムのジムリーダー。電気タイプの萌えもんを主力に戦うトレーナーだ。

 船乗りにも負けないほどのガタイと、勉強法を間違えたかのような言葉遣いに迷彩服。俺なら間違いなく通報しているレベルで怪しいが、貫禄はある。

 と、俺の呟きを聞き届けたのか、マチスは振り向いた。

 

「ヘイ、ユー!」

 

 ニッカリと、焼けた肌に清々しい笑顔を浮かべているが、傷跡のついた顔で笑われるとむしろ怖い。

 だがマチスは気にした風もなく、俺を指差した。

 

 それだけで伝わる。

 かかってこい、と。

 そりゃそうだ。トレーナー同士、目が合えばバトルするのが暗黙のルールなのだから。

 

「はっ、いいぜ。やろうじゃねぇかジムリーダー!」

 

 と俺が乗り気でいれば、

 

「やっぱりナシネ」

 

 当の本人がいきなりやる気を無くしていた。

 

「おい!」

 

 ずっこけた俺にリゥはやれやれと肩を竦めている。このクールさんめ。

 マチスは顎て手をやって、さも面白い事を考えたというように俺を見ている。

 

「んーフフ、ユーの事は知ってるネ。マサラタウンのファアル。タケシやカスミから聞いてるヨ」

 

 あのジムリーダーどもめ。

 

「ユーが来るの楽しみにしてた。ジムで戦いたいサ」

 

「そうかよ。ま、こっちとしても賛成だけどな」

 

 どうせやるならジムでやりたいってのは俺だって同じだ。

 それに――

 

「そっちの方が戦い甲斐がありそうだ」

 

 ニヤリ、とマチスに向かって笑みを返す。

 

「HAHAHA! やっぱり聞いてた通りネ!」

 

 一頻り笑い、マチスは自分の胸を指差し、

 

「いつでも来る。いつでも受け付けるヨ。でも、勝つのはミー」

 

「はっ」

 

 言って、マチスはピカチュウをボールへと戻し、去って行った。

 

「変な奴」

 

「ま、ジムリーダーだからな」

 

 自分で言って何だか納得できた。むしろマチスだからマチスなんだと言われても納得出来るくらいだ。

 さて、特に何事もなかったわけだし、俺たちも出るか。

 マチス戦への準備もしなければいけないし。

 

「なぁ、あんた!」

 

 と、踵を返したところに今度は俺が声をかけられた。何なんだ、まったく。

 振り向くと、そいつはさっき戦っていた男だった。

 

「あんた、あのファアルだろ? 俺知ってるぜ。ジムリーダー戦の中継ずっと見てたんだ!」

 

「あ、ああ。そっか。ありがとよ」

 

 予想外の熱意に驚いてたじろいでいると、リゥが小突いてきた。

 

「良かったじゃない」

 

「いや、まぁ」

 

 嬉しいんだけど、予想外すぎて対処に困る。こう、むずがゆいというか……。

 だけど男にわかるはずもなく、

 

「明日マチスと戦うんだよな! 俺、見に行くよ!」

 

 いやいや。

 

「この船、今日出航だろ?」

 

 そう。サントアンヌ号は今日出航予定だったはずだ。だからこうして急いで見て回ったのだ。

 だが、予想外の場所から答えは来た。

 

「では延ばそう。明日にしよう」

 

「軽っ!」

 

 リゥのツッコミも尤もだ。

 甲板の奥から現れたのは、黒いスーツに身を包んだ老人だった。髭を蓄え、ネクタイをしっかり締めて。総じて言ってしまえば、紳士という言葉が一番しっくりくる出で立ちである。

 その老人は、二度言った。

 

「出航は明日だ! 船長決めた!」

 

「「えぇーっ!」」

 

 おかしくね?

 おかしいよね!?

 だが船長は優雅に杖を甲板に突き直し、

 

「というわけだ、ファアル君。明日はみんなで観戦に行こうじゃないか」

 

 楽しみにしておるよ。

 と意地の悪い顔で笑った。

 クソジジイめ。

 

「……わかったよ。ただ、来るからには覚悟しろよ」

 

「ほぉ?」

 

 びしっと船長を指さす。

 

「楽しませてやるよ。ずっと出航したくなくなるくらいにな」

 

 そう、俺は萌えもんトレーナーだ。

 もし観に来てくれる人がいるのなら、全力で楽しませるのもまたトレーナーの役割だ。

 それに、

 

「つまらねぇ戦いなんて出来るとは思えないしな」

 

 マチスは強敵だろう。だが、だからこそ戦い甲斐があるってもんだ。

 強くなる。

 強くなって、目指す相手を打倒する。

 

「だろ? リゥ」

 

「そうね」

 

 戦いの日は決まった。

 それまでに俺が成すべきことは決まっている。

 明日の勝負を勝利で飾るために。

 俺の戦いは既に始まっている。

 

 ――やってやろうじゃねぇか。 

 

 

                           <続く>

 


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