萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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ちまちまと進んでいきます。
初期のシオンタウンのBGMは深夜真っ暗にして聴くと今でも怖いです。


【第十三話】シオン――迷う者と道を歩む者

 岩山トンネルを無事に通り抜け、最後に何やら爆弾発言を受けたりはしたが無事にシオンタウンへと到着した。

 

 到着してすぐに警察へと連絡を入れたので、今頃はさっきのロケット団員達はお縄についている頃だろう。

 連絡の後、俺はその足で萌えもんセンターへと向かい、シェルやコン、そしてリゥの傷を癒してもらっている間、岩山トンネルから同行してくれているカラカラと受付で向かい合っていた。

 

 治療を頑なに拒んだカラカラは、無料だから受けておけという俺の言葉に耳も貸さず、さもロケット団員から受けた傷が勲章だと言わんばかりだった。

 俺はやれやれと諦めのため息をついて、

 

「な、何をする!」

 

 強引に腕を引っ張って受付の姉ちゃんに引き渡した。

 ったく、少しは体に気を使え。

 リゥ達を含めて治療には少し時間がかかるらしいので、その間に町で聞き込みでもしてみる。

 

 

    「ボクの母様を――助けてくれ!」

 

 

 母親を助けてくれと頭を下げられて、はいそうですかと無視出来るほど人でなしじゃない。それに、どうしてだか嫌な予感が拭えない。まるで何か自分にとっても大事な事であるかのように感じてしまうのだ。家族環境がどうとかではなく、純粋に勘のようなものが小さな骨として刺さっている程度の違和感ではあるのだが……。

 

 果たしてそれが何なのか今の俺にはさっぱりわからないが、それでも出来る事はしておきたい。

 

 シオンタウンから一番近いのはヤマブキシティ、次いでタマムシシティだが――ハナダとクチバの両方から通れなかったのを考えれば、シオンとタマムシからも通行規制がかかっていると考えていいだろう。

 

 すると、次の目的地は地下通路でヤマブキの下を抜けられるタマムシシティかシオンタウンより南にあるセキチクシティとなる。

 

 タマムシシティはカントー地方でも有数の大都会だ。巨大なショッピングセンターがあり、人の出入りも激しい。セキチクシティは逆に人里離れた海に面した田舎だが、サファリパークという野生の珍しい萌えもんが生息している大きな公園がある。どちらにもジムがあり、避けては通れない道ではあるが……。

 

「タマムシシティジムは草タイプ、セキチクシティジムは毒タイプがメインだしな。どうしたもんか」

 

 現在の戦力を考えると、草タイプに有利な炎タイプのコンと氷タイプの技を持つシェル、そして万能タイプなリゥがいるため自ずと目的地は決まってきてしまう。

 

 ――タマムシシティ。

 

 次なる目的地が決まったと同時に、俺は大きくため息をついてしまう。

 個人的な理由で出来れば後回しにしておきたかったのだが……仕方ないか。

 

 ふと巨大な影の中で立ち止まり空を見上げると、そこには巨大なタワーが建っていた。

 ここシオンタウンの名所でありカントー地方で一番悲しい場所でもある。

 萌えもんタワー。人と共に生きた萌えもんが死ぬと、ここに埋葬される事が多い。萌えもんの墓場とも揶揄されているが、長年共に生きた相棒が眠る場所とあってか人々の出入りは毎日あるようだ。

 

「――永遠じゃない、か。当たり前なんだけどな」

 

 独り言ち、背を向ける。

 そろそろ治療も終わった頃だろう。

 買い溜めた荷物を背負い直し、俺は萌えもんセンターへと足を向けた。

 

 

   ◆◆

 

 

「貴様、どういうつもりだ!」

 

 萌えもんセンターに戻った俺に突き付けられたのはそんな言葉だった。

 周囲の視線が集まる中、俺はきょろきょろと周囲を見渡し、

 

「誰もいないぞ?」

 

「お前だよ!」

 

「えっ」

 

「えっ? じゃない!」

 

 仮面を脱ぎ捨てた可愛い顔でカラカラは俺に骨先を向ける。変な言葉だ。何だ骨先って。

 

「ボクはここが大嫌いなんだ! 身体中を弄られるし、撫でられるし、変な機械の中に入れられるし!」

 

「なっ――!」 

 

 身体中を弄られる、だと……?

 

「お姉さん、ここに就職するにはどうしたら――」

 

「言うと思ったわ!」

 

 さすがと言うべきか。俺の言動を読んでいたリゥは一瞬で懐に詰め、俺の意識は刈り取られた。

 

 

    ◆◆

 

 

「さて、それでなんだが」

 

「何事も無かったように始めた……」

 

 リゥが何か言っているが気にしない事にする。

 治療したてのシェルとコンも交えてこれからを相談してみるか。

 

「シェル、コン。大体の経緯はわかってるか?」

 

「おっけー」

 

「はい。リゥさんから聞きました」

 

「ふむ……」

 

 となると話が早い。

 さっき買い物をしながら考えていたプランは俺たちとしてはアリなのだが、

 

「……やっぱり、無理なのか?」

 

 カラカラにとってはそうじゃない。

 目を伏せて、やっぱり駄目だった、と諦めの息をついた。

 俺にはそれが何度も何度も繰り返した自嘲に見えた。

 

「当たり前でしょ。あんたには悪いけど」

 

「いや」

 

「私たちにも大事な用事が――えっ?」

 

 リゥの言葉を遮り、俺は言葉を続ける。

 

「手伝わないなんて言ってない。何があったのか教えてくれ」

 

「お前……」

 

 そんなキラキラした目で見詰めないでくれ。困る。

 

「~~~~っ! そうやっていつもいつも……勝手にしてなさいよ!」

 

 しかしリゥは気に入らないのか、席を立つとそのまま背を向け歩いて行ってしまう。

 

「……リゥ」

 

「ちょっと出てくる!」

 

 そして外へと出ていってしまった。

 

「参ったな……」

 

 クチバシティジムから少しずつリゥの様子がおかしいのはわかっていたが、どうしたものかと頭をかきむしる。

 寝る間を惜しんで考えても、気持ちの問題だ。こればっかりは良い案が出てこない。

 

 強くなる、というリゥの願いを叶えるためにはまず俺が強くならなくてはいけないのだが――今の所、実践できているとはとてもじゃないが言えない。

 

「いいのか? 何ならボクは席を外すけど」

 

「……いや」

 

 逡巡した後、首を降る。リゥと少し距離を置きたかったのもあったのだ。

 頭を冷やすべきはきっと――俺だろうから。

 

 カラカラはそれ以上何も言わず、そっかとだけ呟いた。

 代わりにコンが当然のように立ち上がり、

 

「じゃあ私行ってきますね」

 

「――悪い、頼む」

 

 後を任せて、俺はカラカラと改めて向かい合う。

 

「それで、お前のお袋さんに何があったんだ?」

 

「実は――」

 

 そうしてカラカラは語り出した。

 

 

   ◆◆

 

 

「はぁ」

 

 勢い込んで飛び出したのはいいけど、冷静になってくると馬鹿みたいだった。

 これじゃ、私ひとりが我侭言ってるみたい。だって、寄り道ばかりしてるお人好しが悪いんだから。

 うん、そう。

 

「私は悪くなんか……」

 

 無いはずだ。

 あいつとの旅は確かに経験になるし、トレーナーの萌えもんと戦っていても自分が強くなっているのはわかる。

 

 だけど、ジムリーダー戦にはほとんど活躍できてない。自分の強さをまるで実感出来ない。

 

 私には――自分がどれだけ強くなれているのかはっきりとわからない。

 

 あの人に勝つにはどこまで強くなればいいのだろう。

 いつか見返してやると思ったあの姿にはいつになれば追いつくのだろう。

 

「はぁ」

 

 私はもう一度ため息をつく。

 そうすればこんな気持ちもどこか吹き飛んでしまうような気がして。

 例え気のせいだとしても、少しは気が紛れるんじゃないかと思って。

 

「くすっ、リゥさんでもため息なんてつくんですね」

 

 だけどお節介は放っておいてくれなかったみたい。

 いつか私がそうしたように。

 コンは私の隣に並ぶ。

 

「旅に出てから苦労ばっかりよ」

 

 このままじゃ駄目だ。

 そう思って里から逃げて。

 気がついたら知らない天井だった。

 側には知らない人間がいて、でもどうしてだか私には自分と同じに見えた。

 まるで私と同じように――ううん、それ以上に深い深い場所に沈み込んでいるように見えてしまった。

 

 何か切っ掛けになるかもしれない。

 

 今でもわからないけど、そう思ってしまったのだから仕方が無い。

 一緒に強くなろうって旅を始めて、随分と遠くまで来てしまった。

 

「どうしたんですか?」

 

「……何でもない」

 

 コンは、ハナダシティよりもずっと強くなっている。

 前を向いてしっかりと地に足をついて立っている。何かを乗り越えられたのだろう。

 

 以前、コンに私は言った。

 シェルは私よりも強い、と。今ではこうも思う。コンもまた、私より強いと。

 クチバシティで感じた。ふたりの、一途なまでに主人の役に立とうとする姿を見て。 

 

 そのどれもが――強さだった。

 シェルやコン達が強くなっている一方で、私の強さは――私の強さだけは――

 

「……私は」

 

「リゥさん」

 

 コンの視線を感じ、私は頭を振る。

 

「ちゃんと戻る。今はあいつの所に戻ってて」

 

「でも」

 

「大丈夫。ちゃんとひとりで……戻れるから」

 

 何が大丈夫なのか。

 何が戻れるのか。

 言ってから胸中で自嘲の笑みを浮かべる。

 

「……わかりました。待ってますからね。でも、あんまり遅いと――迎えに行きますから」

 

 言って、コンは自分の信じる主の元へと小走りに戻っていった。

 誰もいなくなって、空を見上げる。

 

「私の強さは……私だけの強さは」

 

 どこにあるのだろうか。

 答えを見つけられぬまま、私はただ空を見上げ続けた。

 遥か高みにいるあの人を重ねながら。

 

 

   ◆◆

 

 

 カラカラの話が終わり、周囲は無言の空間に包まれた。

 話を直に聞いていた俺達だけじゃなく、周囲にいたトレーナーや旅人達も一様に黙りこんでしまっていたためだ。

 

「……なるほど。またあいつらか」

 

 母様を助けて欲しい。

 カラカラにとって、ここは敵地にも等しい場所であるのにも関わらず、頭を下げた意味がようやくわかった。

 

「これは俺の予想なんだが、いいか?」

 

「うん。何かわかるのか!?」

 

 話によれば、カラカラが見た姿はひとつ。

 黒ずくめの帽子をかぶった奴ら。即ち、岩山トンネルで喧嘩を売っていた奴らに他ならない。

 

「ああ。ロケット団――言ってわかるかわからねぇけど、マフィアだよ」

 

「まふぃあ?」

 

「なんつーかな……力で悪い事をする奴ら、って事だな。弱いものいじめしたり、平気で暴力振るったりする奴らの事だ」

 

「む、それは悪だな」

 

「だろ?」

 

 しかし、やっているのは俺たちだって同じだ。

 ただ、そこに本人の意思があるかないか。

 

 ――いや、違う。何もかもが善人じゃない。人がそうであるように、萌えもんだって同じだ。

 

 他人を痛みつけ、屈服させる事に優越感を覚えるのは誰にだってある。

 だけどその強さは――間違っている。

 

「それで、お前の母ちゃんはどこにいるのかとかわかるか?」

 

 俺の問いに、カラカラは力なく首を横に振った。

 

「……わからない。ただ」

 

「ただ?」

 

「塔に連れて行かれた――助けてくれた奴にそう聞いたんだ。母様が庇ってくれたけど、

怪我のせいでその後すぐにボク気絶しちゃって」

 

「塔、か」

 

 聞けば、カラカラは萌えもんタワーに住んでいたらしい。そして襲われ、母親は連れ去られ、カラカラ自身は咄嗟に身を呈して庇ってくれた母親によって難を逃れたがその時に受けた傷で意識を失ってしまったようで、詳しい場所まではわからないようだった。

 

「うん。でもボクにはみんな塔に見えて……」

 

 だろうな。

 カラカラの身長はリゥと同じくらい――俺の腰あたりまでしかない。人間で言えば小学校に入るか入らないかくらいの大きさだ。その高さなら、二階建ての家だってまるで塔のように変貌する。

 

 だが、人間である俺の基準で考えてしまえば塔と言われて連想されるのは三箇所だ。カラカラが襲われたここ、シオンタウンの萌えもんタワー、タマムシシティに聳えるビル群のどれか、そしてヤマブキシティのシルフカンパニー本社。状況的に見れば萌えもんタワーから当たるのが一番なのだが……。

 

「詳しい場所まではわからない、か」

 

「……うん」

 

 肩を落とすカラカラを横目に、俺は思考の中へと入り込む。

 偶然という可能性ももちろんある。ロケット団というのはそういう組織だ。だから、今更萌えもんが誘拐されたところで怪しむ部分は何もない。

 

 ――だが。

 どうしてか、熊澤警部の言葉が引っかかっていた。それに、マチスの言っていたヤマブキシティへの犯行予告。どれも関係の無い事象だとはどうしても思えなかった。

 

 情報が必要だ。

 カラカラを救うにしても助けるにしても俺には圧倒的に情報が足りていない。

 

 しかしこれ以上寄り道もあまり出来ないのも事実だ。

 時間的に余裕はあっても、リゥには余裕がない。強くなる事に焦っている――俺にはそう感じられる。

 となれば……

 

「タマムシシティしかない、か」

 

 萌えもんタワーはきちんと管理人もいる、人の手で管理されている塔だ。ロケット団の

ような特徴的な人間がアジトにしたというのは正直考えにくい。

 

 また、消去法でヤマブキシティも選択肢としては考えにくい。厳重な警備の中、カラカラの母親と共に潜入するのは厳しいだろうからだ。もっとも、ボールに入れてしまえば問題はないのだろうが。

 

 そして現状最も可能性として高いのは残りタマムシシティとなる。あの街なら人も多いし、情報も手に入りやすいはずだ。シオンタウンは小さな町だから情報は即座に人の口から耳へと駆け巡る。情報があればすぐに噂好きによって広められ、住人のだれかが知っているはずなのだ。

 

 しかし買い物ついでにシオンタウンでおばちゃん達と話してみたものの有益な情報は何一つとしてなく、強いて言えば萌えもんタワー管理人の藤老人がここしばらく帰っていないというものだけだった。藤老人は時々萌えもんタワーに登っては数日間に渡るメンテナンスや供養を行い、帰ってくるそうだ。そのため、今回もそうした理由で家を空けているのだろう。

 

「――そうだな、タマムシに行くか」

 

 リゥのためにも。

 胸中で付け足して、俺は腰を上げる。

 ずっと座っていたためか、思い出したように骨が小気味良い音を立てた。

 

「たまむし……?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いて告げる。

 

「ここから西に行ったら見えてくる大きな街だ。そこならきっとお袋さんの情報も見つかるはずだ」

 

「……でも」

 

 カラカラは迷っているようだった。

 無理もない。助けてくれと頼った相手が別の街に行こうと言い出しているのだから。

 

 

 こいつも同じなんじゃないか?

 

 

 そう思われてしまわないだけまだマシなのかもしれない。

 

「人が多い街だ。ここよりもずっと多い。……大丈夫か?」

 

 カラカラは人間不信になっている。

 もちろん野生の萌えもんは警戒心をむき出しにしているが、カラカラの場合は人為的に植えつけられた人に対する恐怖だ。

 だからこそ人の行動で容易く抉れる。もっと傷口を深めてしまう。

 

「例えついてこなくても、俺はタマムシでお前のお袋さんの情報を探してここに戻ってくる。無理はしなくていいんだぞ」

 

 俺の言葉を聞いて、カラカラは僅かに考えこみやがては首を横に振った。

 

「ごめん。やっぱりボクは」

 

 人を信じられない。

 人が怖い。

 自分の目の前でロケット団を倒してくれたからこそ俺とは話してくれているのだろうが、それでも辛いのだろう。

 

「わかった。じゃあ、頼みがある」

 

「えっ」

 

 もしカラカラがシオンタウンに残ってくれるのなら。

 ひとつだけ提案があった。

 

「ここシオンタウンで情報を集めてくれ。ほら、塔もちょうどあるんだしよ」

 

 今は見えないが、塔が見える方に向かって顔を向ける。

 

「二手に別れて調べよう。そうすりゃ手間は半分で効果は倍だ。だろ?」

 

 タマムシシティなら少しくらいはわかる。それに……ひょっとしたら協力してくれそうな人間にもひとり心当たりがあった。

 

 だからこその二手。

 萌えもんタワーももちろん気になるが、リゥの事も気がかりだった。

 どこかで自信――いや、強さに繋がる何かを見つけたい。旅立ちを決めたあの日からずっと俺を支えてきてくれたリゥを今度こそ俺が支えたい。シェルが加わり、コンも加わって賑やかになったが、今でも俺の隣を歩いているのはリゥだ。どんな絶望的な状況でも、跳ね返してくれたのはリゥなのだ。

 

「……報いなくちゃな」

 

 決意を新たに行動を起こす。

 カラカラも理解してくれたようで、シオンタウンは任せてくれと胸を叩いていた。

 道は決まった。

 しかしこうして歩みだした道は――やがて大きく俺へと襲いかかってくるのだった。

 

 

 

                          <続く>


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