萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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秘密のアジトって何だかわくわくしますよね、大好きです。



【第十六話】タマムシ――迷いの中で見えぬモノ

 ロケット団。

 それは萌えもんを使い、悪事を働くマフィアの名前だ。全身を包む黒の作業着にベレー帽のような野暮ったい帽子をかぶり、『R』の文字が必ずどこかに入っている。

 

 そこまで珍妙かつ不審な格好の組織なのにも関わらず、未だにボスの名前はおろか姿すら掴まれていない。

 

 何故なら、彼らが珍妙な服装を身につけるのは犯罪行為をする時だけであり、普段は一般人として社会に入り込んでいるからだ。学校の隣に座っているクラスメイトが、会社の同僚が、世間話をしていた隣近所の住人がロケット団員かもしれないのだ。

 

 もし見つけようとするのなら、誰も彼もを疑ってかかる酷く歪な監視社会になってしまう。

 警察という組織が動けないのはそこだろう。一部の過激なロケット団員が起こす事件に対処するのが精一杯で、こちらから探りを入れるには難しい。常に後手に回らざるを得ない状況にあったからこそ、今回の大規模な犯罪予告はむしろ両手を上げて喜んでいる可能性だってある。

 

 

「アジトを――潰す?」

 

 

 聞き返してきたリゥに頷きを返す。

 問題があるのなら、その問題ごと片付けてしまえばいい。簡単な話だ。

 

「ああ。手っ取り早いだろ?」

 

「それはそうだけど……」

 

 元より以前から奴らとは因縁があったのだ。決着を着けるとまではいかないだろうが、カラカラとの約束もある。このまま座して経過を待っているなんぞ出来るわけがなかった。

 

「でも、さっき言ったようにセキチクシティジムに挑む方法もある。どっちがいい?」

 

 リゥは一度目を閉じた。

 そうしてしばらく経ち、小さく頷いた。

 

「――行く。まどろっこしい真似なんてしたくない」

 

 焦りにも似た炎を瞳に湛えながら、俺を真っ直ぐに見つめ返してくる。

 

 ……いつかの俺に似ている。

 

 だが、こうなってしまうと頑固になってしまうのは自分の経験からもわかっている。焦りが周囲を見えなくし、自分が一番自分を想っているのだと思い込んでしまう。周囲は自分をわかってくれない、何も考えてくれてない。そう見えてしまうのだ。

 

「時間が必要、か」

 

「?」

 

 小さく呟き、首を傾げたリゥに「なんでもない」と返し、空を見上げる。

 太陽はまだ中天を僅かに過ぎた辺り。となると、今はあそこにいるだろう。

 一年前と変わっていない事を願いながら、歩き出す。

 後をついてきたリゥは怪訝な表情だ。

 

「どこに行くの?」

 

「ああ」

 

 問われ、視線をタマムシシティ――大きく聳え立つデパートの屋上へと向ける。

 

「集会所さ」

 

 

   

 

    ◆◆

 

 

 

 訪れたのはタマムシデパートの屋上だった。

 タマムシシティの中でも一際大きい建物で、各階に専門の店が入ってる。萌えもん関係の店が多いのが特徴で、多種多様な萌えもんボールからパワーアップアイテム、技マシンや進化するための石など種類に富んでいる。

 

 そして目的の屋上は休憩所となっており、自動販売機やテーブル、ベンチが設置されていてタマムシシティを一望出来る。夜になると人気スポットで都会の夜景が美しい姿で目に飛び込んでくるのだが、残念ながら昼間では街の喧騒が広がっているだけだった。

 

「ねぇ、アジトを潰しに行くんじゃないの?」

 

 屋上へと登っていくエレベーターの中、リゥは疑問を口にした。

 俺はゆっくりと上昇していく数を眺めながら、

 

「ああ。だから情報を貰いに行くんだ」

 

「アジトの?」

 

 頷く。

 ロケット団のアジトがわかっていれば、今こうして警察やジムリーダーが手をこまねいているわけがない。そんな中で俺達が適当に街中を歩いて突き止めるなど、海に落ちた針を探しだす程度の確率だろう。無茶と言い換えてもいい。

 

 ならばどうするか、と考えれば簡単だ。

 俺達には全くと言っていいほど情報がない。だったら、持っている奴から手に入れればいいのだ。

 

「人口の多い街だからな。人が見ていて気が付かないわけがないだろ?」

 

「それはそうだけど、気付いてる人がいるならアジトを突き止めてるんじゃないの?」

 

「ま、そうなんだけどな。そこはそこ――蛇の道は蛇ってね」

 

 だが俺達にはその情報すらない。

 タマムシシティ――かつて逃げるように訪れ、住んでいた街。

 同じような境遇の奴らで集まって馬鹿をやった一年前まで、ここは俺の庭みたいなものだった。

 

「ん、着いたか」

 

 チンと音が鳴り、やがてエレベーターの扉が開いていく。

 

「行こうぜ」

 

 リゥの気配を後ろに感じながら一歩踏み出す。

 さて、お目当ての奴らがいてくれればいいのだが……。

 広い屋上の中、視線を巡らせていると遊具から少し外れた場所に目的の人物達がいた。

 

「――懐かしいな」

 

 独り言ちてから近付いていくと、

 

「あ? 何だあいつ」

 

 まだ幼さのある少年が俺に気付いたようで、舌っ足らずな声を上げていた。

 見た事のない奴だな……。

 

 俺がマサラタウンへと帰ってから一年。その間に新しいメンバーも入ったのだろう。

 少年の声につられて集まっていた面子が顔を上げ、俺へと視線を集まらせていく。

 どう反応しようか一瞬だけ迷い、左腕を僅かに挙げるだけにしておいた。

 

「よう」

 

 ひょっとしたら忘れられているんじゃないか。

 そうした不安も少しあったが、

 

「――驚いた。ファアルじゃないか」

 

「久しぶりだナァ!」

 

 口々に昔なじみの連中が喜んでくれるのを見て、安心した。

 あれから一年。たった一年だ。それしか経っていないはずなのに、まるで数年振りに会ったかのような感覚ですらある。

 どうしてか、こいつらが遠くに見えてしまった。

 

「久しぶりだな。まだここが集会場所で安心した」

 

「んな簡単に変わるかっての」

 

 言って握手を交わす。

 鼻をかいて笑っているこいつは洋介。身長180cmを超える体躯で、力仕事にも長けガッシリしている。握り返した手が頼もしく包まれているかのようだ。

 

「そっちのはツレか?」

 

 リゥはぷいっと顔を逸らす。

 

「旅してるんだよ。もう一度、夢を目指そうかと思ってな」

 

「……そうか」

 

 洋介は一度俺から距離を取り、

 

「で、どうしたんだ? 昔を懐かしんで挨拶してくれたってのか?」

 

 ニタニタ笑みを浮かべていた。

 変わらないな、と俺も昔のように肩をすくめる。

 

「んなわけあるかよ。ちょっと訊きたい事があるんだ」

 

 そうして、俺達が今置かれている状況について話した。

 ロケット団が邪魔でジムに挑めない事。そのためには俺達でアジトを潰すのが早い事。

 洋介は俺の話を黙って聞いた後、

 

「――駄目だ。知ってても教えられねぇ」

 

 ベンチに腰を下ろし、眼光鋭く俺を見据えていきた。

 

「あんたね――」

 

 咄嗟に飛びかかりそうになっているリゥを片手で制し、

 

「理由を訊いてもいいか?」

 

 俺の問いに、洋介は頷いた。

 そして周りにいる連中を見回す。

 

「ファアル。お前、何に焦ってる?」

 

 洋介の言葉を自問する。

 俺は焦っているのだろうか?

 いや、言いようのない焦りが生まれているのはリゥだけではなく俺自身にもあるのは自分でもわかっていたが――

 

「今のお前はまるで初めて会った頃みたいだ。何かに急かされてるように見える。

 ファアル――そうした馬鹿はいつかどうするか知ってるだろ?」

 

 誰でもわかる。

 焦りは隙を生じさせる。

 そうして出来た隙に足元を救われるのは、いつだって自分自身だ。

 俺だけじゃない。何人もの奴らがそうして失敗してきたのを見てきたじゃないか。

 

「自滅する。お前も俺もそうだったよな」

 

 欲しい答えだったのか、洋介は笑みを浮かべた。

 しかしすぐに表情を険しく戻し、

 

「ロケット団ってのはマフィアだ。そんな奴らに喧嘩を売る? 正気の沙汰じゃねぇ。い

いか、街中でチンピラに喧嘩ふっかけるのとは訳が違うんだぞ」

 

「……」

 

 その通りだ。

 都合三体。リゥとシェルとコン。俺の戦力はこれだけ。対するロケット団はメンバーの数以上は戦力があるのは間違いないだろう。

 

 ――戦力差がありすぎるのだ。

 

 しかし逆に言ってしまえば、大勢と立ち会った場合においてであり、個人個人に的を絞っていけば可能性としては少し上がるだろうが。

 

 リゥに視線をやる。

 戦力差についてはリゥだってわかっているのだろう。だが、食いつかずにはいられなかった。

 

 ただひたすらに貫きたい想いのためだけに。

 理想が遥かに遠く、高いからこそ実感がわかないのだ。

 

 それこそ、高い山の麓で見上げるかのような――そんな焦燥に駆られてしまっている。

 だから、

 

「行くだけだ、俺は。今までもこれからも――ずっとそうしてきた」

 

 愚かな選択をする。

 大人なら無駄だと割り切り、諦める方法を取る。

 俺には――俺達にはその方法しか残されていないから。

 

「――馬鹿野郎が」

 

 そうして洋介は吐き捨て、

 

「おい、サワ。お前が言ってたのってどこだった?」

 

 さっき俺を見て絡んできていた少年が慌て、俺と洋介を交互に見た後に、

 

「えっと、ゲーセンで見かけたっす。俺がスロ打ってる時だったスけど、店の奥に消えて

くの見かけたッス」

 

 ゲーセン、か。

 

「……だ、そうだ。これっきりだぞ。俺はもう知らねぇからな」

 

「わかった。ありがとよ」

 

 洋介とサワ少年に礼を言い、背を向ける。

 行くべき場所は決まった。後は可能性に賭けるだけだ。

 そうして屋上を後にする俺の背にはいつまでも視線が突き刺さっていたものの、最後まで声がかけられる事は無かった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 タマムシシティデパートは確かに高い。

 が、高層マンションには敵わないのもまた事実である。

 人気のない屋上から眺めていたその影は、ぽつりと呟いた。

 

「ゲーセン、か……」

 

 視線を巡らせる。

 人や建物でごった返した街の中、どれが"ゲーセン"なのかさっぱりわからない。

 と、急にひとりと一匹が背を向けて屋上を後にするのが見えた。

 

「――ふふん、わからないなら教えてもらえばいいだけじゃないか」

 

 そうして、影は消える。

 目的地へと向かう奴らの後を追うために。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 タマムシシティ中心街の端にゲームセンターはあった。

 1階と2階を使用したフロアに、所狭しとゲームが立ち並び暇を持て余した大人達がスロット等を回して遊び呆けている。

 2階部分はどちからといえばゲームがメインで、こちらには子供が多く1階にスロット、2階はビデオゲーム、という作りになっている。

 

 防音設備をしっかりしているようで、こうして建物の前に立っていても中の喧騒はほとんど聞こえてこない。

 

「ここだ」

 

 サワ少年に教えてもらった場所はここで間違いない。

 タマムシシティでスロットが打てるのはここ以外なかったはずだから。

 

「準備はいいか? 中は相当煩いぞ」

 

 俺の言葉にリゥは頷いた。

 それを肯定と取り、ゲームセンターへと入る。

 と、途端に雑音に包まれる。周囲の喧騒なんて全く聞こえなくなるほどの音の本流があらゆる方向から襲いかかってくる。

 

「――っ」

 

 さすがのリゥも驚いたようで耳を両手で抑えながら、俺を睨みつけてきた。

 いや、注意したじゃねぇか。そんな目で見られても……。

 

「いくぞ」

 

 と言っても俺が何言ってるのかなんてさっぱりわからないのだろう。

 首を傾げてみせたリゥに向かって、店の奥を親指で指し示す。

 意志は伝わったのか、頷いてくれたのを確認して狭い通路をぬって店の奥へと進んでいく。

 

 1年前の記憶だが、大規模に変わったりはしていないはずだ。

 記憶を頼りにスロットのコーナーに向かうが、しかし見つかったのは従業員用の出入り口と換金コーナー、休憩スペースだけだった。

 

「確かこの辺りで見たらしいんだが……」

 

 周囲を見渡してみるも、それらしい黒い服は見えない。

 従業員用の出入り口付近も、店員が通るように狭い通路があるだけで扉から向こうは物置替わりに使われているのか、道具がいくつか置いてあるだけだった。

 

「死角っちゃ死角なんだよな」

 

 しかし、何かがあるわけでもない。

 忍者屋敷のように隠し扉が出てきたり、壁に貼ってあるポスターを剥がして出てくるスイッチを押したら階段が出てきたりは――

 

「さすがに無いだろ。ベタすぎる」

 

 首を横に振り、喧騒の只中を探す。

 徐々に耳が慣れてきて煩く感じなくなってきても、しかし何かが見つかったという感覚は無かった。

 

「……うーん」

 

 どこをどう見ても普通のゲームセンターなのだ。

 むしろ座ろうともせず店内をうろついている俺達の方が不審者のようだ。その内店員に声でもかけられそうだなと思っていると、ふと小さな影が横切った。

 

「あれは――」

 

 どうしたの?

 とリゥが顔を出してくるが、その時にはもう影は消えてしまっている。

 ただの見間違いだとは思えない。

 影が走っていったと思われる方向を見ると、従業員入り口へと続く細い通路があった。

 

「……行くか」

 

 考える事しばし。

 どうせ手がかりはほとんど無いのだ。間違えたら間違えたで大人しく退散すればいいだろう。

 俺はリゥに目的の場所を指し示し、頷いたのを確認してから入り口通路へと向かう。

 

「やっぱりあいつか」

 

 通路に顔を出してみれば、つい最近見たくすんだ茶色の毛並みがあった。

 小さな体に負けん気が漲っているその姿を見間違えるはずがない。

 

「イーブイ――って事は当たり?」

 

「さあな。でも、可能性は高いかもしれない」

 

 ロケット団に恨みを持っていた姿から見るに因縁があるのは間違いない。

 そのイーブイがアジトと思われし場所にいるのだ。関連性を疑わない方がおかしい。

 

「……行くぞ」

 

「うん」

 

 イーブイが体当たりで従業員室の扉を破壊した。

 が、店内の喧騒によってかき消されているようで、気付いた者は誰もいないようだった。

 

 それならそれで都合がいい。

 破壊された扉の向こうを覗いてみると、既に事後だった。

 

「……あーあ」

 

 おそらくたまたまはち合わせてしまったのだろう従業員が床に大の字になって倒れており、その足元に鼻息の洗いイーブイがいた。

 

 ――このまま放って置くと厄介か。

 

 あんまり騒がれたくないのも事実。俺はイーブイへと歩み寄ると、こちらを振り返るまえに首根っこをひっつかんだ。

 

「くっ、このっ!」

 

 腕を振り回してくるイーブイを遠ざけ、訊ねる。

 

「お前、いきなり何してんの?」

 

 顎で倒れている従業員を指し示す。

 

「いたからぶっ飛ばした」

 

 ひでぇな。

 

「ただの通り魔じゃねーか」

 

「いた奴が悪い」

 

 悪気は皆無のようだった。

 まぁ、当たり前か。

 

「お前、野生だもんなー」

 

「うぎぎ、ムカつく……! この、このっ!」

 

 予想以上に力が強いイーブイをからかっていると、従業員入り口から見て更に奥――ロッカーからそいつは出てきた。

 

「お」

 

「お」

 

「お?」

 

 三者三様の声が場を奏で、沈黙を持って先を続けた。

 ロッカーから出てきた黒尽くめの男は、恥ずかしげもなくダサい格好の中、一際目立つ赤色の「R」を胸に抱えていた。

 

 ああ、間違えるはずもない。

 こいつは――

 

「て、てめぇらここがぐぶっ!?」

 

 僅かな隙をついて俺の手から離れたイーブイによって沈黙させられていた。

 またしても体当たりでのしてしまったらしい。扉を破壊したのといい、破壊力だけは申し分がないな……。

 

「お前! いいか、邪魔だけはすんなよ!」

 

 そう言って、ロケット団員が現れた方へと走り去っていく。

 俺とリゥはしばし呆然を見合わせた後、

 

「邪魔するな、ねぇ」

 

「それはこっちの台詞よ」

 

 目指す目的の元、イーブイの後を追った。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 従業員室の奥にはあからさまな階段があった。

 どうやら普段は隠されているようで、ロッカーがふたつ脇にどかされていた。

 

「……もしかしたら誰か隠す役がいるのかもしれないな」

 

 ゲームセンターの従業員にも協力者がいると考えて間違いないだろう。

 見つかるとマズいのはわかりきっているため、俺とリゥは躊躇わずに地下へと伸びる階段を下っていく。

 

 しばらく降りると、やがて広大な施設が目に飛び込んできた。地下なのだろうが、ざっと見回した程度でもゲームセンター以上の広さがありそうだ。

 だが、広さの割に人が見当たらない。目立つ黒服がほとんど見えず、がらんとした機械が並ぶ光景しか広がっていなかった。

 

「イーブイの姿も――無いか」

 

 あの小さな体を物陰の多い場所で探すのは難しいようだ。

 上を見上げると監視カメラは見当たらない。が、無いと考えない方が良いだろう。

 それに、もし可能ならアジトの存在を連絡もしておきたい。

 が、

 

「行くわよ」

 

「あ、おい!」

 

 リゥは気にせずさっさと歩き出す。

 考えてみれば当たり前の話で、リゥに監視カメラなんて知識、あるはずがない。

 どうせこのままわかりもしない監視カメラについて考えて尻込みしていても仕方がない。

 

 

   ――じゃあどうしてリゥさんをボールから出したままにしているの? 狙ってくれって言ってるようなものじゃない――

 

 

 愛梨花の言葉を思い出す。

 それを振り払うかのように、俺はリゥの後を追ったのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 さて、と『彼』は小さく口にした。

 何か考え事もでもしているのだろうか。『彼』は面白そうに監視カメラに写っている映像を見つめている。

 傍らに立つロケット団幹部の男が問う。

 

「どうされますか?」

 

 仮にもマフィアのアジトだ。迎撃態勢はすぐに取れる。

 質問した幹部の男は指示さえあれば殲滅の指示を即座に出す構えだった。

 が、

 

「構わんさ、放っておけ」

 

 面白そうに口の端を歪め、『彼』は答えた。

 その言葉が何を意味しているのかは、言葉を口にした『彼』以外わからないだろう。

 しかし『彼』の視線が向けられているのはひとりの青年と、引っ張るようにして先を歩いているミニリュウだった。

 

 さて、と。

 

 再度口にして、思考を巡らせていく。

 どうすればミニリュウを引き込めるだろうか、と。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 施設内で何人か倒しながら進んでいると、その音は聞こえてきた。

 

「あん?」

 

 俺達がいる階段からかなり離れた位置かららしく、機械の駆動音にかき消されてここまでほとんど届いていなかったようだ。 

 片手で数える程度のロケット団と戦ったが、リゥはさして疲れた様子でもなさそうだ。

 シェルやコンにも頑張ってもらっているが、突出して迎え撃っているのはリゥだ。疲れてないような様子に見えるが、その実疲労は溜まっているはず。テンションが上がって疲労を感じなくなっている状態なのだろう。

 

「あそこみたいだけど」

 

 リゥが指を刺したのはちょうど死角になっている場所だった。今俺達がいる通路から奥に入り込んだ場所のようで、普通の施設ならトイレにでも使われていそうな場所である。

 ロケット団がいつ襲いかかってくるかもわからない。

 慎重に物音の現況を探ってみると、

 

「この……っ! くそっ……!」

 

 悔しさをにじませながら、どこかで見た茶色い毛並みがシャッターへと体当たりをし続けていた。

 良く見てみれば、体当たりしている箇所の一部が赤くなっている。

 

「あいつ――!」

 

 俺は慌てて駆け寄ると、今まさにもう一度体当たりしようとしていたイーブイの体を無理矢理引っ掴んで持ち上げた。

 その拍子に、額から流れでた血がぽたりぽたりと床に落ちていく。

 

「……やめとけよ」

 

「うるさい! はーなーせー!」

 

 忠告も無視。

 元から猪突猛進な萌えもんだったが、一度走りだしたら止まらないのが性格らしい。

 身を捩り手足を振り回して何とか逃れようとしていたようだったが、やがて

 

「お、おおお!?」

 

 素っ頓狂な声と共に頭を回し始めた。

 

 ――言わんこっちゃない。

 

「頭怪我してる状態で暴れたらどうなるかなんてわかるだろうが」

 

「……下ろせ」

 

「はいよ」

 

 こうなると体当たりなんて真似は出来ないだろう。

 イーブイを一度地面に降ろしてやる。

 俺にも体当たりを食らわせてくるかと思ったが、意外とそうでもなく大人しくなってくれた。

 もっとも、敵意自体は隠していないようだったが。

 

「ほら、使え」

 

 傷薬を取り出す。何かあった時のために買っておいたものだが、結局使わずにここまで

来てしまった。このまま肥やしになるくらいなら怪我してる萌えもんに使ってもらった方が有意義だ。

 が、

 

「お前らからの施しなんて受けるか!」

 

 ふっー! と耳を逆立てて拒否された。

 俺はその様子に、所在なく持っていた傷薬を床に置き、一歩離れた。

 あのまま血管がぶち切れて倒れられたりされたくはないし、後味も悪い。

 

「ま、そこに置いておくから。使うと楽だぞ。ばい菌入らないようにな」

 

「どっか行け!」

 

 ひらひらと手を振って背を向ける。

 俺達は俺達でやる事がある。

 イーブイを放って置くのも気がかりだったが、アジトだしきっと何か仕掛けがあるに違いない。むしろあって欲しいと思うのは悲しいかな男の浪漫なわけだが、今は気取られる前にボスを叩き潰さないといけないのだ。

 

「……何か楽しそうに見えるんだけど」

 

 リゥが訝しげな視線を向けてくるが、総じてそんな事はない。

 男子たるもの隠れアジトが好きなものだしワクワクするものだが、断じて違うのだ。

 

「そんな事ねぇって。他もまだ行けそうだ。慎重に進もうぜ」

 

 まだ探索していない場所がある。

 アジトのはずなのだがまだ何の手がかりすら得られていない。

 少しの焦りを感じながら、俺は意識を切り替えたのだった。

 

 で、だ。

 しばらく探索してから振り返ると、そいつはいた。

 

「な、なんだよ……」

 

 それはこっちの台詞だ。

 隠れようとしたのか、変な体勢で固まっているイーブイの姿は何というか――滑稽だった。

 

「どうするの?」

 

 リゥの問いに少し考え、

 

「連れてくのが無難だと思うぜ、こういう場合」

 

 下手に暴れられた方がよっぽど困る。まだ近くにいてくれる方が俺達も行動しやすいだろう。

 と思ったのだが、

 

「――別にそれでもいいけど」

 

 リゥにとっては不満だったらしい。

 納得はしてくれたものの、不承不承といった様子だった。

 現状を考えればベストな選択だとは思うのだけども……。

 

「おい、イーブイ。こっち来いよ」

 

「ぶっ、ぶっ飛ばすぞ!」

 

「だそうだ」

 

 イーブイから視線を外し、物陰から顔を出すとエレベーターらしき扉とその脇には階段

が設置されていた。

 エレベーターがあるという事は、少なくとも2階以上はあるだろう。

 

「その扉に何かあるの?」

 

「いや……」

 

 今いるフロアも結構な広さだった。

 何階まであるのかわからないが、危機感だけは警告を発してきている。

 

「押してみるしかないか」

 

 ここも周囲に誰もいない。

 ほとんどロケット団員と出会っていないのが気がかりだった。

 巨大なのにほとんど空っぽの地下施設。

 

 ――まるで誘われているみたいだ。

 

「これを押せばいいんでしょ?

 ……あれっ? ねぇ、何も起こらないんだけど」

 

「ん? 押したら動くはずだぞ」

 

 動かないんだけど、という声に従い俺もエレベーター脇のボタンを押してみるが、うんともすんとも言わない。

 

「電源が止まってる……?」

 

 いや、と一歩離れて周囲を見渡す。

 すると右脇に小さな金属のパネルが取り付けられてあったのがわかる。

 

 近付いて良く見ると、なるほどエレベーター関連のパネルだった。

 そのパネルの中央下辺りに鍵を差し込む場所があり、おそらくそこを開場しないと使えないのだろう。

 

 以前、マサラタウンで暇を潰していた時にテレビか何かだ見たような記憶がある。

 

「リゥ。ここに来るまでに鍵とか見かけなかったよな?」

 

「うん」

 

「んー、って事は他の階か?」

 

 エレベーターが使えないとなると階段に頼るしかない。

 地下へと伸びている階段は果たして何階まであるのだろうか。

 

「誘われているみたいだ、か」

 

 だとしても進むしか無い。

 焦燥感に背中を押されて階段へと歩いて行く。

 引き返すタイミングを失ってしまった事をどこかで感じながら。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 階段はすぐに終わった。というよりも一階分しか無かったのだ。

 何だか拍子抜けしてしまったが、人がいないわけでもないらしい。物陰から様子を疑うとひとり、ロケット団員の姿が見えた。

 どうやら雑用を任せられているようで、荷物を運び出すのか台車へと積み上げられているのが見て取れる。

 

「――台車で階段は無理だよな」

 

「って事は……」

 

 リゥとふたり、視線が自然とエレベーターへと吸い寄せられる。

 選択肢はひとつしかない。

 耳を欹ててみると、

 

「ったく、何で俺が荷物運びなんだよ……。もっと別のやつにやらせろっつーの」

 

 若干の舌足らずを感じさせる声音だった。

 愚痴っていながらもやってるという事は、おそらく下っ端なのだろう。

 

「なぁ、あいつぶっ倒していいのか?」

 

「血気盛んですね!?」

 

 問いというよりもただ言葉にしたかっただけなのだろう。

 イーブイは即座に飛び出すと、

 

「死ねぇぇ――っ!」

 

 何やら物騒な叫びを上げて突進。

 

「あん?」

 

 気がついた時にはその言葉だけを残して下っ端団員は机やら何やら巻き込みド派手な音を立てて気を失ってしまっていた。

 

「どうだ!」

 

 誇らしげなイーブイの後ろから覗きみると、会議室であろう小さな部屋が嵐にでも遭ったかのように滅茶苦茶になっていた。

 吹っ飛んだ下っ端団員がいろいろと機材を巻き込んだのだろう。パソコンやらが机から落ち、配線もすっぽ抜けている。ホワイトボードもほぼ全壊状態だ。

 

 破壊力だけならリゥ以上かもしれない。

 しかし自分にもダメージが返ってくるらしい。

 

「ったく、ほらこっち向け」

 

「わわっ、何だ離せ!」

 

 また開いた傷口から血が流れている。ハンカチで拭き取り、傷薬を塗りたくってやる。

 その間にも視線を巡らせるが、散らかりすぎていてどこに何があるのかわからない状態となってしまっていた。

 

「……まいったな」

 

 これでは目的の鍵が見つからない。

 

「手分けして探しましょ。コンやシェルも手伝って」

 

 言うや否や、リゥは散らばった部屋をあさり始める。

 確かにそうか。

 コンとシェルをボールから出して頼み、イーブイの処置を終える。

 

「れ、礼なんて言わないからな!」

 

「あいよ」

 

 そっぽを向くイーブイを横目に部屋を見渡す。

 リゥ、コン、シェル。それぞれが探してくれている。

 ぽっかりと空いた空間。

 

 ――当然だよな。

 

「そんな趣味は無いんだけどなぁ」

 

 そうして。

 俺は倒れている下っ端団員をあさり始めた。

 

 

    ◆◆

 

 

 エレベーターの鍵はすぐに見つかった。

 最悪、服を引っぺがして変な場所までまさぐるようなハメになるんじゃないかと戦々恐々だったが、そうならなくて本当に良かった。

 

「ん? これは――」

 

 エレベーター以外の鍵も一緒についてあった。

 ふむ、とそれを見て思考する。

 

「どうしたんだ?」

 

 イーブイの声に鍵を見せる。

 が、

 

「何だそれ」

 

 わからなかったようだった。

 

「どこかの鍵だよ」

 

 言って仕舞う。今必要なのはエレベーターの鍵だ。

 台車に積んである荷物も気になるが、俺は警察じゃない。いちいち調べてもいられないので放っておこう。

 

「……それってさ、あのシャッターなんじゃないの?」

 

 リゥの言葉にはっと気付く。

 なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない。

 何か大事ば場所だとは考えられるが……。

 

「おい、イーブイ。お前、あのシャッターの先に何があるのか知ってるのか?」

 

 地下一階で額を割りながらもぶつかり続けていたシャッター。

 イーブイにとってあのシャッターの向こう側にこそ何か目的の物があるのではないだろうか。

 

「だったらどうするんだ?」

 

 挑むような視線を向けてくる。

 鍵を取り外せれば渡すのだが、どうやらさっきのイーブイによって衝撃が加えられ、曲がって変型してしまっていた。これではペンチでも持ってきて切らない限り分離させられないだろう。

 

「お前にとって大切な事なら行くさ。俺達も手がかりが手に入るかもしれないしな」

 

「……」

 

「――ちょっと待ってよ」

 

 もちろん反論はあると思っていた。

 迷っている素振りを見せるイーブイから距離をとり、リゥに耳打ちする。

 

「良く考えてみろ。俺たちはアジトを潰しに来たんだろ? だけど、ここを潰しても警戒

は緩まない。有益な情報を手に入れた方がロケット団を追い詰められるとは思わない

か?」

 

「まぁ、それは確かに」

 

 アジトはここだけではないはず。

 出来るだけ手つかずな状態でとも思うのだが、イーブイの様子を見るとそうもいかないようだ。

 

「お前の持ってるのがあれば、あの壁は無くなるのか?」

 

 シャッターの事だろう。

 イーブイの問いに俺は頷いた。

 

「――頼む。連れて行ってくれ」

 

 ポケットの中で鍵がこすれて音を立てた。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 シャッターまで急いで戻る。

 血痕もそのまま、まるで放置されたかのようにただ機械の音だけが呻りを上げている。

 

 言い様のない違和感を覚えながら、シャッター脇の機械に鍵を通すと、あっさりと認証され開いた。

 静かにゆっくりと開いていくシャッター。念のため離れて様子を伺ってみたが、誰かが来る事も、中で待ち伏せされているような事もなかった。

 

「――やっぱりおかしい」

 

「何が?」

 

 スムーズに進みすぎている。

 誰も発見出来ていないアジトにあっさりと潜入でき、あまつさえロケット団員がほとんどいない。

 そんな事、いったいどれ程の確率ならば引き当てられるのだろうか。

 

 考えれば考える程、違和感は強くなっていく。

 だが、現実はそんな俺に構うわけもない。

 

「……っ!」

 

 イーブイはシャッターが全て開くのすらもどかしいのか、僅かな隙間から中へと入って

いく。

 

「あの馬鹿……」

 

 放っておくわけにもいかない。

 自動で開いていくシャッターがようやくかがんで通れるようになったくらいに身を滑り込ませる。

 

「これは――研究室、か?」

 

 今まで見てきたどの部屋とも違う。

 何台ものパソコンが並び、資料がまるでさっきまでここにいたかのような乱雑さで散らばっている。

 いち早く入っていったイーブイは部屋中を見渡している。

 

「気をつけろよー」

 

 聞こえているかどうかわからないが、それだけ声をかけて手近にあった資料を手に取る。

 

「――萌えもんの進化の可能性?」

 

 大きく書かれた資料目次を捲る。

 びっしりと書かれた文字から察するに、論文だろうか。

 後ろの署名を見るとオオキドとなっている。

 

「ジジイの論文か」

 

 そういえば博士だったな、とどうでもいい事を思い出す。

 手に取ってみると分厚く重たい。これ全部が同じ論文なのだとすれば、少しは博士を見直してもいいかもしれない。

 さすが権威。

 

「ふむ」

 

 ページを捲る。

 なにやら冒頭から難しい文章が踊っている。

 

「進化か……」

 

 今まで戦ってきたジムリーダーやトレーナー達もそれぞれ進化した萌えもんと共にあった。

 

 振り返ってみれば。

 

 リゥやシェル、コンは全く進化していない。

 

「……」

 

 ふと何かが胸中を横切った。

 しかし形としてとらえる前に霧散してしまい、自分でも何なのかわからないまま、更にページを捲っていく。

 すると、

 

「イーブイの進化について?」

 

 4種類以上の萌えもんに進化するイーブイ。特殊な石を使って進化する、日中や深夜に進化する――等、例はいくつもあるようだ。

 炎・雷・水とまだまだ可能性は秘めているらしい。一体の萌えもんでこんなに進化の多様性が見られるのは他に例を見ない。

 

「……まさか」

 

 論文から顔を上げ、視線を巡らせる。

 研究室のような部屋。散らばった資料に電源のついている機材。

 そして、奥へと続く扉の向こうにはガラス張りの小さな部屋。

 目的は違えど、同じような部屋を見た事がある。

 

「実験室って事かよ」

 

 辿り着いた答えを吐き捨てる。

 もし正解なのだとしたら――虫酸の走る実験だ。

 

「ねぇ、あいつ放っておいていいの?」

 

 リゥが指さした先には部屋を駆け回っているイーブイがいた。

 必死に何かを探しているようだ。

 

「……そうだな」

 

 持っていた資料を散らばっていた資料の上に置く。

 

「気の済むようにさせよう」

 

 そして、奥の部屋へと続く扉を開ける。こちらは鍵がかかっていなかったようで、ノブを回すとすんなり開いてくれた。

 

「誰もいない、か」

 

 確認してみたが、誰もいなかった。

 もぬけの空。

 研究室と違うのは、きちんと整理されていたという事だけ。まるで最初から使われていなかったような清潔さと、掃除した後の小綺麗さが合わさっている何とも気持ちの悪い光景だ。

 

「どけっ!」

 

 扉に体当たりし、実験室へと飛び込んだイーブイはしきりに駆け回る。

 必死に――奇跡を願うように手当たり次第に探っていく。

 その姿に拳を堅く握りしめる。

 博士の論文を上に置いて隠した資料には、

 

 

 ――実験の結果、3体いたイーブイは死亡。残り1体は逃亡したが追跡中。

 

 

 と書かれていた報告書があった。

 イーブイが何を探しているかなんて馬鹿でもわかる。

 こいつは……こいつはずっと……

 

「行こう、イーブイ」

 

 俺の声が聞こえていないのか、イーブイは止まらない。

 でも、続ける。

 

「ここにはもうお前の探してるもんは無いさ」

 

 探す。

 狭い部屋をただひたすらに駆けて。

 

「誰もいないんだ」

 

「うるさい!」

 

 すがる何かを探して、イーブイは部屋中を駆け回り続けた。

 何度も、何度も。

 

「……ねぇ、あいつ何してるの?」

 

 異常な空気はリゥにもわかったのだろう。

 静かな声の問いかけに、

 

「戦ってるんだよ、たぶん」

 

「戦う?」

 

 リゥの視線がイーブイへと向けられる。

 

 がむしゃらに走り続けている。

 

 机にぶち当たり、跳ね返りながら。

 

 椅子を巻き込み、怪我を負いながら。

 

 まるで何かから逃げるように。

 

「――ただ暴れてるようにしか見えないけど」

 

 俺にもわからない。

 言葉に出来ず、ただイーブイが立ち止まるのを待った。

 時間が無いのはわかっていたけれど。

 今の姿を見て置いていけはしなかった。

 

「……くそっ、くそっ!」

 

 やがてあまり経たない内に体力も底をついたのか、イーブイはその場で倒れた。

 吐き捨てる言葉は自分への責め苦なのだろう。

 

 ただ。

 名前も呼ばず、がむしゃらに走り回ったイーブイは絞り出すように後悔を吐露した。

 

「まだ……まだ名前だって呼んでないのにっ! 何て……何て呼んで探せばいいんだよっ! また遊ぼうって言ったじゃないかぁっ!」

 

 悔しさに泣いていた。

 

 ――ロケット団。

 カントー地方の巨大マフィア。萌えもんを悪事につかう一大組織。

 

「ちょっと、どうしたの? 怖い顔して」

 

「……イーブイ」

 

 リゥのために。進みたい道のためにアジトを潰すと言った。

 だけど。

 もうひとつ、理由が出来てしまった。

 

「潰すぞ、ロケット団」

 

「……」

 

 例え自分にとって間違った道だったとしても。

 

「お前には関係ないだろ……」

 

 後悔するくらいなら間違った方がマシだ。

 

「そうよ。私達には関係ないでしょ?」

 

「――悪い。でも俺は見捨てられない」

 

「……」

 

 リゥはそっぽを向く。

 当然だ。俺はリゥの夢へと真逆の道を行こうとしているのだから。

 だが――

 

「別に関係あるとか無いとかじゃないだろ? 気に入らない奴をぶっ飛ばす。それでいいじゃねぇか」

 

 イーブイは俺をしばらく見つめる。

 そして、

 

「馬鹿だろ、お前」

 

 小さく笑みをこぼす。

 全力で走り回ったばかりだというのに、その足取りは意外としっかりしていた。

 

「手を貸してやる。えーっと」

 

 苦笑をこぼし、答える。

 

「ファアルだ」

 

 そうか、と。

 イーブイは小さく口の中で俺の名前を転がした。

 そして、

 

「……行くぞ、ファアル」

 

 全身が傷だらけだった。

 だが、イーブイの足取りに迷いは無い。

 

「お人好し」

 

「耳が痛い」

 

「チンピラのくせに」

 

「ははは、泣いちゃうぞ」

 

「……そんなのだから私は」

 

 そしてリゥは俺に背を向け、イーブイを追っていく。

 俺には――その背中がとても遠くに見えた。

 

 

    ◆◆

 

 

 エレベーターの前で立ち止まる。

 確認のために一度、リゥとイーブイを交互に見る。

 ふたりの視線が俺へと向けられ、頷きを返した。

 

「――行くぞ」

 

 エレベーター横の端末に鍵を指し、解除する。

 表示されている数字から見るに地下3階まであるようだ。地下2階はさっき行った。ならば残す選択肢は地下3階のみとなる。

 中に入り、B3のボタンを押す。数秒で着くだろう。

 

 異様なまでに人が少ないアジト。地下に降りた所でもぬけの空に近い状態の可能性だってある。

 

「……ま、行けばわかるさ」

 

 所詮は推測だ。

 結論が出た瞬間、チンと音を立ててエレベーターが止まった。階の数字はB3を指している。

 

 いよいよか。

 

 扉が開く前に隅へと身を寄せる。こうすれば扉が開いた瞬間に何か攻撃されても致命傷を負わずにすむだろう。

 杞憂であればそれでいいが……。

 

 扉が開く。

 

「うん」

 

 地下三階に入るには、俺の知る限りではエレベーターしかない。もしロケット団が俺達の行動を把握しているとすれば、事この機会を置いて他にないはずだ。

 

 だが、何の動きもない。

 しばらく経ってから顔を出す。

 

 ――誰もいない。

 

 首を傾げながらエレベーターから外に出る。

 後ろで扉が閉まる。これですぐに逃げられはしなくなった。

 

「誰もいない……?」

 

 呟いた俺の声に、

 

「そうでもないよ」

 

 ハスキーボイスが答えた。

 目の前にある重厚な扉――その左右から人影は現れた。

 

「良くここまで来たもんだよ。ま、ほとんど人はいなかっただろうけどね」

 

 ひとりは女。俺よりも年上だろう。目深に被った帽子から垣間見える目はこちらを射貫くような程に鋭い。

 

「おびき寄せたんだから馬鹿野郎だけどな」

 

 もうひとりは男。こちらも俺よりは年上に見える。凶暴な笑みを浮かべた顔は人を心底馬鹿にしている印象を受ける。

 

 そうして、

 

「――アーボックにペルシアンか」

 

 俺たちを挟み込むように――エレベーターから見て死角の位置に配置されていたのだ。

 左よりアーボック。右よりペルシアン。それぞれが既に臨戦態勢となっている。

 

 リゥとイーブイが対峙する。

 出来るなら意識を向けたかったが、目の前のロケット団から視線を外すわけもいかなかった。

 

「ここにいるのはあんた達だけか?」

 

 俺の問いに女幹部は「はっ」と笑い、

 

「うちのボスがあんたに会いたいってんでね。残ってたのさ。どうせここはもう使えない事だしね」

 

「ボスがだと……?」

 

 言葉と共に扉が開く

 

 ――パチ、パチ、パチ。

 

 乾いた拍手が届く。

 同時、見えた姿に思考が硬直する。

 

「なっ――!?

 ……嘘、だろ」

 

 見間違えるはずもない。

 黒いスーツにシルクハット。小綺麗に着こなした姿に、浮かべられた温和な笑み。

 

 間違いない。

 間違えるはずもない。

 

「榊さん、なのか?」

 

 思わず漏れた言葉に彼は頷き、

 

「久しぶり、という程ではないね。君が来るとは驚いたよ」

 

 別段驚いた風でもなく。

 榊さんはいつものように言葉を紡いだ。

 

「さて、ファアル君。君とは知古であり、年の離れた友人とも思っている。偶然とはいえ、君とタマムシで再会出来た事は本当に嬉しかった。出来るならば昔のようにもっと語り合いたかったと心から思う」

 

 だが、

 

「アジトを廃棄する直前に発見されるとは思わなかった。君にとっては運が良いとしか言いようがないが」

 

 そうして、榊さんはボールを取り出す。

 

「同時に運が悪かったね」

 

 それが合図だった。

 投げられたボールから現れたのはサイドンとイワーク。どれも地面・岩タイプを持つ萌えもんだ。

 

 ならばこちらもとボールを投げる。コンでは相性が悪いし、選択肢はひとつしかなかった。

 

「シェル、頼む!」

 

「らじゃー!」

 

 そして、ロケット団員は笑みを深くする。

 

「はは、進化もしてねぇ萌えもんかよ!」

 

 ペルシアン、アーボック、サイドン――そのどれもが進化した萌えもんだった。イワークは単体で進化した萌えもんと同じ強さを発揮出来る。

 

 シェルもコンもリゥも――そしてイーブイもまた進化していない。相手の手がわからない以上、被弾はしたくないが……。

 

「やっちまえ、アーボック!」

 

 指示を受け、飛びかかってくる。トレーナーである男団員と同じように凶暴な笑みを貼り付けて、身を翻す。

 リゥに向かったアーボックだったが、リゥが身構えた瞬間、体の向きを切り替えて軸を

ずらす。

 

「サイドン、メガトンパンチ」

 

 榊さんが指示を飛ばす。

 

「むっ」

 

「シェル、殻にこもれ!」

 

 だが遅すぎた。

 シェルが行動を起こすより先に、アーボックが動いていたのだ。

 

「はっはぁ! 叩きつけろォ!」

 

 空中に回転。アーボックの長い尾が迫り、シェルの背で爆ぜた。

 

「ぴゃう!?」

 

 衝撃に悲鳴を上げるシェルの眼前には、さながら地震でも引き起こすかのような勢いで踏み込んだサイドンから撃ち出された拳が迫っていた。

 そして、

 

「君の噂を聞いたよ、ファアル君。さすがというべきか、サイガの息子だね。良い戦いをしている。

 ――しかし、第三者として私が持った感想はひとつだ」

 

「むぎゃ――!!」

 

 シェルはその一撃をもろに喰らい、エレベーターへと突き刺さる。衝撃でひしゃげた扉に貼り付けられたシェルは、やがてずるりと落下し意識を失った。

 

 一撃。

 

 これまで何度も救ってくれていた仲間があっさりと倒されてしまう。

 

「君は彼の血を受け継ぎすぎている。だが――」

 

 すっと指を持ち上げ、

 

「君には彼のような――サイガに勝る強さを手に入れる事は出来ない」

 

「俺が……親父に勝てないっていうのか」

 

「そうだとも」

 

 何故なら、と。

 榊さんは笑みを深くし、指を鳴らした。

 

「君は"信じすぎている"。だから、君は我々はおろか君自身にすら勝てない」

 

 どういう事だ?

 

 一瞬、思考が停止する。

 僅かな事にでも気を取られるべきでは無かった。榊さんの知り合いだという油断。親父に勝てないと告げられた衝撃。そして――

 

「がっ……!」

 

 眼前にまで迫っていたイワークの長い尾が鳩尾に入る。

 衝撃で自分の体が浮いているのがわかる。とんでもない威力だ。

 

 だが、それだけじゃなかった。

 イワークは更に俺を空中から叩き付けた。

 

「――ッ!」

 

 悲鳴すら出ないとはこの事か。

 肺から空気を絞り出され、身動きが取れなくなる。

 霞んでいく視界の中、顔を何とか上げる。

 

「さて、ミニリュウ。君は強くなりたいのだったね」

 

「……っ」

 

 突然の榊さんの声に、リゥは身を竦ませる。

 

「リゥ……ぐっ!」

 

 体に何かがのし掛かる。影が見える――おそらくあの長い尾からしてイワークだろう。

 言葉が発せられない。

 その間にも榊さんは続ける。

 

「彼は強くなれない。それは君自身がわかっているんじゃないのかね?」

 

「……それは」

 

「ひとつ、私から君に質問しよう」

 

 手を伸ばす。

 腰のホルスターにはまだコンが残っている。

 

「君はどうして進化していないのかね?」

 

「それ、は――」

 

 萌えもんの進化。

 強くなる。リゥの願いを叶えるためには必須であり、いずれ踏み込まなくてはならなかった領域。

 

 剛司、香澄、マチス――おそらくこの先に続くトレーナー達のほとんどが萌えもんを進化させている事だろう。

 

「私はね、ファアル君以外にも会ったよ。レッド、グリーン、ブルー。彼らも旅をしているようだ」

 

 その先は駄目だ。

 何かが警鐘を鳴らす。

 だが、

 

「はいはーい。悪あがきは駄目よ、坊や」

 

「……くそっ」

 

 間近に迫ったアーボックの毒牙と、目敏い女幹部によって封じられてしまう。

 イーブイもやられてしまったようだ。ペルシアンがイーブイを掴み、主の元へと悠然と歩いていた。

 

「彼らは皆、萌えもんを進化させていたよ。わかるかい? 彼らの萌えもんは皆、進化していたんだ」

 

「しん、か」

 

 そうだ、と榊さんは頷いた。

 

「進化とは強さだ。強い者こそ進化する。人であろうと萌えもんであろうと変わらない。だが、人はそう簡単に進化出来ない。故に思考する。君達のように強くなるために!」

 

 両腕を広げ、榊さんは宣言する。

 

「それこそが萌えもんの矜持! 強くなり、頂点を目指す生き方こそが萌えもん本来のあり方だ! そうだろう? でなければ萌えもんリーグなど出来るはずがない!」

 

 榊さんはリゥに向かって手を出す。

 

「君も! 強くなりたければ我々と来るのだ。我がロケット団こそが強さを求める萌えもんに相応しい場所であると――彼らを見て思わないかね?」

 

 ペルシアン、アーボック、サイドン。どれもが進化した萌えもんだ。

 ここに、進化していない萌えもんを持っているのは――俺だけだった。

 

「……強く」

 

 リゥ。

 絞り出そうとした声はしかし届かない。

 リゥがゆっくりと俺に向かって歩いてくる。

 

 強さへの渇望。

 目指す人に追いつけない焦燥。

 まるで実感出来ない自分心の強さ。

 

 手を伸ばす。

 リゥの手はやがて、今まで一度も触れていなかったボールへと触れる。

 

「……」

 

 何か小さく呟いたように見えたが、俺には何一つとして聞こえなかった。

 ただ、リゥはボールを榊さんに差し出した。

 

「私のボール。強くさせてくれるなら、ついていくわ」

 

 榊さんは愉快そうに笑う。

 

「そうか、ならば君は今日から同志だ」

 

 そして、榊さんが持つボールへとリゥは吸い込まれていく。

 光となって消える寸前、リゥは振り返り俺へと視線を向けた。

 

 その視線が何を物語っているのか。

 今の俺には――わからなかった。

 

「では、最後の仕事だ」

 

 榊さんはいつもと変わらない調子で少しずれた帽子を直し、

 

「イーブイを連れて行け」

 

 それと、

 

「彼を殺せ。生かすには多少知りすぎた」

 

 背を向け、榊さんは再び扉を開ける。おそらくあの奥にどこかに繋がる通路か何かがあるのだろう。

 榊さんの指示を受け、ふたりのロケット団が愉しそうに笑い声を上げる。

 

「はっは! 無様だなてめぇ!」

 

 そうして、命令を下す。

 消えていく意識。

 最後に思い浮かんだのは、

 

「――リゥ」

 

 はっきりと見えなかったはずの振り返ったリゥの顔だった。

 その顔はいつかどこかで見たような気がして。

 離してたまるものかと、アーボックから撃ち下ろされる尾を追いながら俺の意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

                             <続く>


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