萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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お久しぶりです&お待たせしました。
セキチクシティ回もまだまだ続きます。でもでものんびりタイム。




【第二十三話】セキチク――納得出来ないのんびり時間

 サファリゾーンは野生の萌えもんを集めた飼育施設だ。中には珍しい萌えもんもいて、人が通るためのゲート以外は柵も高くはないため、身体能力の高い野生の萌えもんが出入りしやすい造りになっている。そのため、居心地が良くて住み着く萌えもんも多いらしい。

 

 休日ともなれば、子供連れで賑わう施設だが、今は平日のためか人の姿がまったく見られなかった。

 いや、

 

「閉鎖しているのか……?」

 

 あのおっさんならやりかねない。入れ歯を落としたのに気が付いて、急遽閉園したってことろか。入り口近くの案内板に貼り付けてある貼り紙には、休業のお知らせが書いてあった。

 

「ふむ……」

 

 ゲートは閉じているが、その近くにある事務室には人がいるようだ。事務仕事などは通常営業らしい。

 来客用に通用口の近くにインターホンもある。事情を説明して通してもらうしかないか。

 

「……で、だ」

 

 状況観察終了。俺は後ろを振り返り、

 

「どうするんだ?」

 

 明らかに困ったを通り越して面倒臭そうな顔をしていたリゥに声をかけた。

 対するストライクは、見事な土下座を構えている。「何卒ぉ……」と懇願している姿を見ていると、断る方が悪人のように思えてくるから不思議だ。

 

「あのさ、私達、急いでるんだけど……」

 

 リゥの言葉にストライクはキッと顔を上げ、俺を視界に収める。

 その視線に射すくめられそうになる。

 

 ――敵意、か?

 

 妙な違和感を覚えるが、別に危害を加えようとしている風でもないので、今は気にしない事にする。ストライクにはストライクの事情があるだろうし。

 

「弟子入りを認めて下さるまで動きませぬ!」

 

 まさに頑固。

 だが、

 

「あ、そ。じゃ」

 

「はえ……?」

 

 リゥはあっさりとストライクに背を向け、すたすたと通用口に歩いて行ってしまう。

 呆然としているストライク。うちの相棒は容赦ねぇな。

 

「――まぁ、お前も嫌がってる相手に無理強いするもんじゃねーぞ?」

 

 聞いているのかいないのか、ストライクはじっとリゥの後ろ姿を眺めていた。

 俺は、通用口付近で立ち止まってどうしていいかわからずに悩んでいるリゥに苦笑を浮かべ、

 

「誰かいると思うぜ?」

 

 インターホンを押すと、さほど時間が経たない内に若い男の職員が現れた。

 

「はいはい、今日はお休みですが」

 

 休業しているためか、良くインターホンを押されるのだろう。僅かながらに疲れた声音だった。

 

「ああ、そうじゃないんだ。そっちの園長に頼まれて、落とし物を捜しに来たんだけども」

 

「園長に、ですか……? 少々お待ち下さい」

 

 彼は驚いた後、中に引っ込んでいった。

 

「入れてくれないのかな?」

 

「んー、確認してるんだと思うぞ。自称だしな。そうやって勝手に入られたら責任問題だろうし」

 

「ふうん。手間がかかるのね」

 

「そういうもんさ」

 

 しばらく待っていると、通用口が再び開く。先ほどの職員が顔を出し、

 

「お待たせしました。園長――の奥さんに確認が取れましたので、どうぞ」

 

 ああ、今話せないもんなあのおっさん。

 そう言って、通用口の中へと案内された。

 あのおっさん、結婚してたのかよ。そのくせに水着の姉ちゃんを見てたのか。チクろう。

 

「わかりました」

 

 職員の兄ちゃんの後に付いていき、事務所を通って施設内へと案内される。

 

「営業はしておりませんので、ボールの支給はありません。また、園長からは捜し物が見つかるまでは閉園状態にする、と通達されています」

 

 だけど、と職員は続け、

 

「それだと仕事がずっと無いままになります。なので……申し訳ないのですが、早めに見つけていただけると……」

 

 申し訳なさそうな顔をしている若い職員に、苦笑を浮かべながら、

 

「了解。出来るだけ早く見つけるよ」

 

 閉園していれば、その分、やるべき仕事も減っていく。稼ぎのその間は無くなるし、サファリゾーンで働いている職員としては、一刻も早く通常営業に戻りたいというのが本音なのだろう。

 

 俺は頷いてから、リゥを伴ってサファリゾーンの中へと足を踏み入れた。

 すぐ後ろでゲートが閉まっていく。

 さて、

 

「何でお前、ここにいんの?」

 

 目の前にはさっきまでゲート前で土下座していたストライクがいた。

 

「また来た……」

 

 げんなりとした表情のリゥ。弟子入りがよっぽど嫌なようである。

 

「私、絶対に嫌だからね」

 

 ストライクを真っ直ぐに見据えて告げるリゥだが、ストライクもわかったのか、即座に頷いた。

 

「わかっております。なのでここで一緒に探して恩を――いえ、あちしも手伝いたいなと」

 

 明らかに、恩を売ってって言おうとしたよな、こいつ。

 どうするよ、と視線をリゥに向ける。

 すると、リゥも俺に視線を向けていた。

 

 曰く、

 ――助ケテ。

 

 駄目だこりゃ。

 

「……ったく、いいんじゃねぇの? 人数が大いに超したことはないしな」

 

 何しろ、この広大なサファリゾーンの中から入れ歯ひとつを集めるわけだから、俺とリゥ――それにシェル達を総動員しても少ないと言える。今はひとりでも数が欲しかった。

 

「――ファアルがそう言うなら」

 

 不承不承と言った様子で頷くリゥ。

 ストライクもそれを見て、顔を輝かせた。

 

「では!」

 

「ああ、一緒に探そうぜ」

 

 しかしストライクは俺の言葉に応えることはなく、

 

「よろしくお願い致しまする!」

 

 リゥへと頭を下げていた。

 

 

    ◆◆

 

 

 サファリゾーンは自然公園のようで、視線を巡らせればあちこちに萌えもん達が見て取れる。

 

 自然の姿をそのまま再現しているが、しかしその中でも人が通れるような道などはきっちり整備されているため、歴史的な建造物を見ているかのような印象すらも受ける。

 

「で、ここのどこにあると思う?」

 

 そうだな……。

 

「わかんね」

 

 あのおっさん、自分で落とした場所を知らないらしい。何考えて歩いてんだ。

 

「とりあえず、どう手分けするかだが……」

 

 今は俺達以外の客が誰も入っていない。

 つまり、手持ちの萌えもんを出していても間違われる必要はないはず。

 

「じゃあ、私とファア――」

 

「あちしとリゥ殿ですな!」

 

「……」

 

 リゥが言葉を途中で切られて、鬱陶しいと言わんばかりの視線をストライクに向けているが、ストライク自身は全く気が付いていない。

 いいなー、こういう性格。

 しかし、リゥ以外のメンバーを考えてみる。

 

 

 シェル→不安。すぐに目移りしそう。

 コン→真面目すぎて効率が……。

 カラ→一番アテに出来る。

 サンダース→野生に戻りそうだ。

 

 

 ああ、

 

「リゥ、すまんけどそいつ頼むわ」

 

「(゜゜;)!?」

 

 珍しいものを見られた。

 

「うちのメンバーを考えると、リゥに頼るしかないんだよ……頼む」

 

 パン、と両手を合わせて、頭を下げる。

 

「う、う~ん……」

 

 リゥはしばらく唸った後、

 

「早めに集合でいい?」

 

 と言った。

 

「もちろんだ。そうだな……」

 

 サファリゾーンは、入場時間が決められている。その間、自由に動けるようになってはいるが、要所要所にガイドがいて、確認を取らなければならないシステムとなっている。当然、中に入って迷う者、またガイドを避けて行動する者も出てくるわけで、そうした人々が利用もしくはおびき出すために小屋が設置されているらしい。

 

「あの時計で、二時になったら一度集合しよう。場所はそうだな……」

 

 ぐるりと視線を回す。

 

「ああ、あそこの高台にしよう」

 

 階段も設置されており、上れるようになっている。おそらく、そこから野生の萌えもんを見るようになっているんだろう。

 集合場所としてはちょうど良かった。

 

「うん、諒解」

 

「時計の見方はわかるか?」

 

「……大丈夫」

 

 何でしょうね、今の間は。

 

「じゃ、行くわよ」

 

「承知!」

 

 さっさと背を向けて歩いて行くリゥに付き従うようにして、ストライクも飛んで行く。

 それをしばらく見送った後、

 

「さて、と」

 

 ボールからシェル達を展開し、

 

「どうしましたの、ますたー?」

 

「わぁ、広い場所です!」

 

「ふむ……」

 

「走りたいぞ!」

 

 統率とかあったもんじゃない。

 ま、いいんだけども。

 

「ちょっとしたお仕事だ。厄介なおっさんに捕まっちまってな。協力してくれ」

 四者四様とでも言おうか。

 

 それぞれが頷くのを見てから、俺は事情を説明したのだった。

 

 

    ◆◆

 

 

 ファアルと別れ、私は気に入らない萌えもん――ストライクと一緒にサファリゾーンを歩いていた。

 金色の入れ歯らしいけど、どこを見渡してもそれらしき物は見かけられない。

 

 というか、ファアルも内心悩んでたみたいだけど、どう考えても探すのって難しい気がする。

 

「さて、と。どこに行こうかな……」

 

 入り口からさほど遠い場所で別行動になったわけじゃない。

 ファアルは東側を担当。私達は西側を担当だ。

 

 どうも気にくわない町だけど、サファリゾーンも気にくわない。

 といっても、住んでいる萌えもん達にとっては住めば都なのかもしれないけれど。

 

「リゥ殿」

 

 後ろを飛んでいたストライクが真剣な声音で呼んでくる。

 いきなり勝負を挑んできたかと思えば、弟子入りとか、もうちょっと私の事も考えて欲しい。今は弟子なんて取っている余裕なんてないし、私自身、まだ弟子を取るまで自立しているわけでもない。目指すべき目標がある以上、私にその資格はないからだ。

 

 それに――もっと旅をしていたいし。

 

「弟子入りの件は置いといて」

 

 置かなくていいから。置くような場所もないから。

 

「貴方はあの人間を――信頼しているのですか?」

 

 一方的に投げかけられた問いは、私の足を止めるには充分だった。

 

「そんなくだらない事を訊くために、わざわざ分断したの?」

 

 不機嫌さを隠す必要もない。

 この身勝手なストライクは、自分の価値観を揺るぎない物として見ているような印象を受ける。

 

「人間を信頼する意味がわかりませぬ。貴方は強い。その強さはもっと別の――」

 

「ストライク」

 

「あ、はい……?」

 

 だから、こいつは何も理解していない。

 理解しようともしていない。

 何があったのかは知らないし、欠片ほども興味はないけど、自分が見て決めた絶対的な〝正義〟とやらを信じている。

 私にはそう思えた。

 

「あんまり巫山戯るんじゃないわよ。あんたの価値観で決めないで」

 

「――ですが」

 

 と、ストライクは私の前に降り立ち、周囲を見渡せと言わんばかりに手を広げ、

 

「人間はこんな事までしているのですよ!」

 

 何となくだけれど。

 今のストライクを見ていると、どうも――

 

「怒り、なの?」

 

 私の言葉は的を射ていたようだ。

 沈黙しているが、私を真っ直ぐに見つめる視線が肯定を語っていた。

 

「あ、そ」

 

 はっきり言ってしまえば、その気持ち――怒りはわからなくもない。

 

 ロケット団。彼らがそうだったから。

 あの組織は人にとっても、そして私達にとっても害悪だった。まさしく、悪だった。

 望んでロケット団に入った萌えもんがいたとしても、認められる組織ではなかった。

 そして、ファアルとのすれ違いがあったとはいえ、私もロケット団に身を置いた。

 

 だからこそ――ストライクの怒りはわからないわけではなかった。

 許せないという怒りも。

 

「ストライク。あんたの目指す強さって何?」

 

 私の問いに、ストライクは、もちろん、と自信を漲らせて告げる。

 

「人をはねのけられる強さです! つまりは無敵、最強――その果てこそが、」

 

 つまり、

 

「我々は道具ではありません! 必要だから手に入れ、不要ならば捨てる――そんな蛮行は許せませぬ! この施設とてそうでしょう!?」

 

 このストライクは――

 

「あちしは強くならねばならぬのです。そのために、あちしより強い貴方に弟子入りするのは当然の事。そして、貴方を解放するのも強くなったあちしの勤めです」

 

 どこまでも、愚直なのだった。

 目をそらしたくなるほどに、真っ直ぐで。

 自分の定めた道を進んでいた。

 

「そ、じゃあ頑張って」

 

 でも、私には関係がない。

 大切な相棒のいる私には――ストライクの言葉を理解出来るものの、賛同は出来なかった。

 

 少し、怖くないわけではないけれど。

 夢の先――私達が夢を叶えた先はどうなるのだろう、と。

 私は、それだけを――。

 

「リゥ殿!」

 

 悲痛な声で呼び止めてくるストライク。

 その痛みは、わからなくもない。

 でも、ごめん――胸中で謝罪する。

 

「さっさと金の入れ歯を見つけましょ」

 

 私はもう二度と、大切な人を裏切らないって決めたんだ。

 

 

    ◆◆

 

 

「無理じゃね?」

 

 別行動をしてすぐに根を上げるなんて情けないことこの上ないが、とにかく聞いてくれ。

 

 サファリゾーンは人が歩ける部分がちゃんと設置されている反面、逆に言えばそうじゃない部分が多いということでもある。

 足首あたりまでしかない草原があったと思えば、木々が鬱蒼と茂る森があり、沼があり、岩場がある。

 平坦な地面は基本的に人が歩く場所以外はほとんど無い状態だ。

 

 俺、シェル、コン、カラ、サンダース。

 この人数ではぶっちゃけ、何もかもが足りない。

 

「おーい、あったか-?」

 

 可能性としては、もっと奥で落としたのかもしれない。

 しかしあのおっさん、自分の入れ歯を落とした事にも気が付かないとか何考えてるんだ。普通は違和感がありそうなもんだけど……。

 

「――あ、そうか」

 

 手が足りないなら、もっと増やせばいい話じゃないか。

 何でこんな簡単な事を一度も考えつかなかったのか。

 思いついたと同時、周囲を見渡してみる。

 すると、近くでもちらほらと草の影からこちらを伺っている奴らが見えた。

 

「おーい、そこらで見てる奴らやーい」

 

 ぎょっとしたような動きがそこかしこから。

 ここに住んでいる萌えもん達はほとんどが野生だ。表のように見世物になっているわけじゃない。

 つまり、俺達に対して警戒心を抱いているはず。

 

 もっとも、通常はある程度人が入っている施設なのだから、完全な野生よりかは人に対して免疫があるだろう。

 

 ――出て来てくれそうなのは二割くらいか?

 

 岩や草むらから顔を出してくれたのは、三体ほど。ニドリーナ、タマタマ、サイホーンか。

 

「ちょっと助けてくれー」

 

 そう言うと、三体はお互いの顔を見てから頷き、とことこと俺へと向かってきてくれた。

 へっへっへつ、優しい娘さん達だ。

 

「……何かあったの?」

 

 その中の一体――ニドリーナが問いかけてくる。

 まだ警戒しているのか、大人の男が大の字に寝転んだくらいの距離は空いている。

 俺は、「ああ」と頷いてから、

 

「ちょっと捜し物をしてるんだ。こう、光ってる歯なんだけども」

 

「?」

 

 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 

「んー、入れ歯って言って、歯の抜けた人がつけるものなんだ。ご飯とか食べやすいように」

 

 かち、と歯をかみ合わせて見せる。

 それを見て、なるほどと得心がいったようだ。

 

「人数が足りてなくてな。ちょっと手伝ってくれねぇか?」

 

 ニドリーナ達は、同じような仕草で首を傾げ、そして俺を見上げた。

 

「困る?」

 

 と、タマタマが言った。

 

「まぁ、広いからな、ここ」

 

 リゥ達と離れてから、あまり進んでいない。

 太陽が出ているため、入れ歯があればまず間違いなく光っているとは思うのだが、例えばな話、それを見つけた萌えもんが地面に埋めてしまっていたり、岩の間に入り込んでいたり、水に沈んでいたりしたら、見つける事すら難しいだろう。

 

 そうなったら諦めるだけなんだけども。

 

「――わかった。暇だし、手伝う」

 

 ニドリーナとタマタマは参加してくれるようだ。

 サイホーンは、

 

「じゃあ、声をかけてくる。みんなで探すと、楽」

 

 言って、土煙を上げてサファリゾーンの奥へと走っていった。

 ありがてぇ。

 

「何を目印にすればいい?」

 

「光ってたら、とりあえず拾ってくれ。それと、今日だけでいいからな? 日が落

ちたらそれで解散。もしギリギリで見つけたりしたら、あそこの岩場に置いといてくれ」

 

 頭数が増えると、把握しきれない。

 時間を区切って今日だけにし、もし何か見つけたとしても一箇所に集めれば、こちらとしても把握がしやすい。

 

 問題は俺達が見つけてしまった場合だが、その時はこの場所まで戻ってくるか、タイムリミットに期待するしかないだろう。

 こればかりは仕方が無い。

 

「うん、探してくる」

 

 そして、ニドリーナとタマタマも去って行った。

 

「よし」

 

 これで一気に人手が増えた。

 後は――

 

「探すだけだな……」

 

 テンションを上げる方法を知りたい。

 

 

    ◆◆

 

 

 無い。

 どこにも無い。

 しばらく探してみたけど、光る物は見つからない。

 

 正確には、「あれかな?」と思うものはある。でも、大体が石ころだったり、何かに使う小さな機械だった。

 

「金の入れ歯ってどれよ……」

 

 私の感性だけど、正直、趣味が悪いと思う。

 歳を盗れば歯が抜けていくものらしい。そうなると食べられなくなるし、入れ歯をつけるのは仕方が無いと思う。

 

 だけど――さすがに金色は無い。

 何なのだろうか。アクセサリ? 食べるのにアクセサリ?

 意味わかんない。

 

「ふぅ、そっちはあった?」

 

 ストライクの方に向けて声をかける。

 草むらの中に――とも考えて眼をこらしながら歩いてみたけど、疲れただけだった。適当に蹴りながら歩いたら、その内蹴飛ばすかもしれないし、そっちの方が良いんじゃないかなって思う。

 

「いえ、それらしいものは……」

 

「ふうん」

 

 あんまり真剣に探している風には見えないけどね。

 ただ、空から探してくれているのはありがたかった。

 

 はっきり言って、私には興味もないし気にくわないけど、あのストライク、嘘はつかないと思う。

 

 しばらく歩いていると、やがて大きな川が目の前に現れた。

 ジャンプで跳び超えられないくらい広い。向こう岸まで渡るには泳いでいくか、回り道が必要になるんじゃなかろうか。

 泳いでいってもいいんだけど、それだと集合時間に間に合わないだろうし……。

 というか――、

 

「水の中に落ちてたらどうするんだろ?」

 

 流されたりしたらどうするのかな?

 そもそも水の中に入ったらもう無理か。

 何て考えていたら、

 

「おーい、そこの」

 

「私?」

 

 唐突に声をかけられた。

 サファリゾーンの萌えもんだろうか。短い角を持っているそいつは、手を振りながら近付いてくると、

 

「あんたは見なかったのだ? えーと、入れ歯とかいうやつ」

 

 実に自信が無さそうな声だった。

 聞いているこっちが不安になりそう。

 ストライクが気になったのか、上空から降りてくる。

 

「それ、私も探してるのよ。まだ見つかってないけどね」

 

「なんだ、そうか……!」

 

 心なしかニドリーナは楽しそうだった。

 

「貴殿はどこから入れ歯と聞いたのだ?」

 

 降り立ったストライクが訊ねると、

 

「ん? 向こうの方で人間の男に聞いたのだ。手伝ってくれ、と言われたから、暇潰すために手伝ってるのだ」

 

 ああ、だから見つかってなくて嬉しかったと。暇つぶしが終わるからなのね……。

 

「あの男か……」

 

 ストライクは、思うことがあるのかファアルのいる方角に向かって鋭い視線を向けている。

 

 ――襲ったりしないように注意しなくちゃ。

 

 私のたい、たい、た――ってそれはいいから!

 

「リゥ殿、どうされました?」

 

「何でも無いっ」

 

 私は一度大きく息を吐いて、

 

「時間もそろそろだし、一回戻りましょ。来た道を戻ってる内に見つけるかもしれないし」

 

 見落とし、という可能性もある。

 もちろん、付近の萌えもん達が探していればその可能性も減るだろうけど。

 

「ってちょっと待って」

 

 ふと、視界の端にちらつくものが入ってきた。

 

「ん~」

 

 目をこらしてみる。

 地面辺りから、ちらちらと何かが光っているようにも見える。

 まさか――

 

「ねぇ、ストライク。あれって見える?」

 

「……何か光っているようですな」

 

 金の入れ歯かな?

 

「私、空を飛べるって便利だと思うんだけど」

 

「そうですな、便利です」

 

「うん、そうよね」

 

 私とストライクはしばらく見つめ合い、

 

「あはははは、――行ってくれるわよね?」

「ははははは、――ごめん被ります」

 

 やっぱり駄目か。

 何となくそういう気はしてた。

 

「はいはい、わかってた。じゃあ、戻りましょ」

 

 このストライクが直接的に手伝うわけはないのだ。

 彼女は人間を嫌っているし、その人間であるファアルの手助けになるような事には極力手を貸したくないのは、何となくわかっていた。

 そしてもうひとつ、

 

「部外者であるあちしが、邪魔をするわけにはいきませぬ」

 

 どうしようもなく、頭が固いのだ。

 私はため息をつきつつ、心なしか足早に合流地点へと向かったのだった。

 

 

     ◆◆

 

 

 そろそろか。

 時計を見てみると集合時間が近かった。

 萌えもん達に協力してもらって探していたが、未だに入れ歯は発見できず。

 

「……ほんと、どこにあるんだよ」

 

 サファリゾーンとだけあって、無駄に広いのも原因だった。

 とにかくどこを探しても見つからないのだ。

 あのおっさん、もう放っておいてもいいんじゃないかな……。

 

「さて……」

 

 リゥはまだ来ていないようだ。

 萌えもん達に頼んだのが吉と出てくれればいいのだが。

 集合場所にした高台はサファリゾーンを見渡せるようになっていた。こうして高い場所から見ていると、萌えもん達の姿がちらほらと見かけられる。

 

「あ、ご主人様。リゥさんです」

 

 言ってコンが指さした方に目を向けると、確かにリゥがいた。隣で飛んでいるのはストライクだ。

 

「見つけられたんでしょうか?」

 

「どうだろう。見つかってるのを祈るしかないさ」

 

 果たして。

 合流したリゥの表情を見た瞬間にわかった。

 

「そっちも駄目だったみたいだな……」

 

「うん。という事はそっちも?」

 

 ふたり同時にため息をついた。

 そんな俺達を見て、コンは笑っていた。

 

「ふふ、でもゆっくり出来るのも久しぶりじゃないですか」

 

 確かに。

 ただ、

 

「そのゆっくり出来る理由が他人の入れ歯ってのがな……」

 

「あ、あはは……」

 

 コンもそれについては同意見なのか、笑いが引きつっていた。

 しかし、人員を導入しても見つからないとなると、もっと奥ということなのだろう。

 とすれば、今日中に終わらない可能性も高い。

 そもそも、

 

「何で入れ歯を落とした場所がわからないんだ……?」

 

 気が付いていたけど置いてきた。

 そう考えた方が理解はしやすいが、だとすれば何故置いておく必要があったのか……。

 

 ――まぁ、引き受けたからにはもうちょっと探さないとな。

 

 疑問はあるが、途中放棄は後味が悪い。

 丸一日時間を潰せるようにはしておいたのだし、後で問い詰めるとしよう。

 

「悪かったな、ふたりだけで行かせて」

 

 俺の言葉にリゥは首を横に振った。

 

「大丈夫。それに、たぶんだけど手がかりもあったしね」

 

 どうだ、と少し嬉しそうだった。

 そしてこちらから少し離れた場所に着地したストライクは高台から周囲を見渡している。

 

「……何かあったか?」

 

 俺の視線がストライクを見ていたのに気が付いたのか、

 

「ちょっとね。戦ったりしたわけじゃないから安心して」

 

「リゥがそう言うならいいけど……何かあったら言ってくれよ?」

 

「わかってるって。

 あ、それよりも――」

 

 そうしてリゥが言ってくれた場所は、まだ探してない場所であり、俺があるかもしれないと予想を立てた、サファリゾーンの奥地だった。

 

 

    ◆◆

 

 

 向かう目的地は決まった。

 集まってくれていた萌えもん達に礼を言って解散し、サファリゾーンの奥へと歩いて行く。

 

 途中、大きな川があり、水タイプの萌えもんが暮らせるようにかかなり深くなっているようだった。迂回するような形で東の方に橋が設置されており、徒歩だと橋まで歩いていかなければならない。

 

 制限時間をいっぱい使えるのなら、何度も訪れてサファリゾーンを全て見て回る、という観点から言えば橋の位置は良いと思うのだが、捜し物をしている今となっては非常にもどかしい。

 

 道中、出会う萌えもん達に探索の打ち切りを伝えながら橋まで来ると、遠目で見たよりも対岸までの距離があった。川というより〝河〟である。

 水中にも萌えもん達の姿が見え、アズマオウやらコイキングやらが見える。

 

「お、ミニリュウもいるな」

 

 珍しい萌えもんを集めた、とは本当の事らしい。カントー地方の珍しい萌えもんを集めたというのは嘘ではないらしい。

 ほとんど見られない萌えもんも多く住んでいるのだろう。

 

 が、俺の隣にいる相棒はそうは思わなかったようだ。

 

「……ふうん」

 

「えーと、リゥさん?」

 

 声が氷点下ですよ?

 と思ったけど、口に出したら俺たぶん向こう岸に飛んでる気がする。

 

「別に……さっさと行くわよ」

 

 すたこらと歩いて行くリゥ。

 長い髪が不機嫌に揺れている。

 ありゃ、怒ってるな……。

 

「おーい、リゥってば」

 

「ふんっ」

 

 反応してくれてる分、まだマシかもなぁなんて思ってるあたり、慣れてきたかもしれない。

 助けを求めるようにして他の面子に視線を向けてみれば、全員にそっぽを向かれた。

 自分でどうにかしろって事らしい。

 

「リゥの知り合いかなーとか思っただけだって」

 

「……(ぷいっ)」

 

 顔をそむけられる。

 でも耳がぴくぴくと動いている。

 

「いやほんと。大体、俺にはリゥがいるんだから、別にこれ以上ミニリュウを捕まえようとか思ってないっての」

 

「……私が?」

 

 どこか期待するかのような声音でリゥが言った。

 

「? 当たり前じゃないか。相棒でパートナーなんだから」

 

 それを実感したのはタマムシシティでの一件だったけども。

 シェル達もそうだけど、誰一人として欠けて欲しくない。

 もちろんリゥにも。隣を歩いてくれる、大切な存在としてもだ。

 

「――うん、そっかそっか」

 

 俯いていたが、リゥは小さく頷いてくれた。

 

「ストライク、目的地ってもっとあっちよね?」

 

 そして、俺達より上空を飛んでいたストライクに訊ねると、返ってきたのは神妙

な沈黙だった。

 顔に気むずかしい表情が刻まれている。

 

 最初に会った頃の覇気が全く見られない。

 何と言うか、抜き身の刃のようですらある。その表情は真っ直ぐに俺へと向けられていて。

 

「ますたー、気持ち良い!」

 

「まべらっ!」

 

 橋の下から浴びせかけられた水によって思考は中断された。

 見ると、外に出していたシェルが河の中に飛び込んでいた。流石は水タイプ。我慢できなかったか。

 楽しそうに笑っているその姿を見ていると、怒る気にもなれない。

 

 俺は仕方ないと嘆息し、

 

「濡れちまったし、リゥ、ちょっと休憩しようぜ」

 

「ん、諒解」

 

 橋を渡り終わった場所で休憩を始めた。

 

 河ではシェルがはしゃぎまくり、それを見てコンが河から距離を取っている。水が苦手なのは相変わらずだ。

 

 カラは愛用の仮面を脱いで骨と一緒に洗っている。汚れたままが嫌というよりも、綺麗好きのようだ。

 

 そしてサンダースは水を飲んでいる。一心不乱に水を飲んでいるが、嬉しさのあまり帯電している。感電するぞ、おい。

 

「なーんか、久しぶりかもね。こういうの」

 

「だな」

 

 隣に座ったリゥの声からは、穏やかさが感じられた。どうやら機嫌は直ってくれたらしい。

 

 近すぎず遠すぎず。

 俺とリゥの距離は、人ひとり分空いてはいないが、ぴったりとくっついてもいない。そんな距離だった。

 

「何してるの?」

 

「ん?」

 

 その距離がゼロになる。

 俺が視線を落としていた地図にリゥが横から覗き込んできたからだ。

 

 ――近いって。

 

 ハクリュウとはまさに名前の通りで、白磁を思わせる白さに冗談どころじゃない美少女なもんだから、ぶっちゃけ困る。

 そんな俺の視線に気付いたのか、

 

「――っ、ご、ごめん!」

 

 リゥは慌てて距離を取った。

 

「いや……」

 

 真っ赤になって縮こまっているリゥに何かフォローでもしようと思ったが、良い言葉が思いつかず、

 

「ごほん。サファリゾーンのな、マッピングをしてたんだよ」

 

 右手で持っていたペンを指で弾いて一回転させる。

 

「マッピング?」

 

 ああ、と頷く。

 

「サファリゾーンの南部分はほとんど捜索し尽くした。だけど、入れ歯らしき物体は無かった」

 

 大ざっぱでは、あるが地図に印をつけている。無かった場所、未開拓な場所を別けるためだ。

 

「で、西と東はリゥとここの萌えもん達に協力してもらったわけが、無かった」

 

 そう仮定する。

 

「見落としがあるかもしれないわよ?」

 

 ごもっともだ。

 だが、

 

「それも覚悟の上だ。これだけ広いんだ。見落としてる可能性の方が遙かに高い。だけどな、はっきり言って、可能性の高い選択肢を選んでいても見つからないだろうさ」

 

 何しろ、俺達には制限時間がある。

 職員でもない以上、長時間居座るわけにもいかないためだ。

 

「だから、リゥや萌えもん達を信じた。信じた奴らが見つからないって言ったんなら、信じるだけだ」

 

「ファアル……」

 

 それにな、と付け加え、

 

「その信じてる奴が、見つけたかもしれないなんて言うなら、確認しに行くのが当たり前だろ?」

 

 少なくとも、俺はそう考えている。

 

「……うん」

 

 リゥは微笑んでいた。

 何でだろうか?

 ま、納得してくれているのならそれでいいわけだけども。

 

「さて……」

 

 マッピングも終わる。しかし服は乾いていない。コンに頼めば良かったか。

 奥にはひとつ、山小屋があるらしい。職員が寝泊まりする場所で、最悪、今日は連絡を入れて休ませてもらおう。

 

「よーい、みんな行くぞー」

 

 俺の声に合わせて返答と空に向かって水が打ち上げられた。

 祝砲かよ。

 

 

     ◆◆

 

 

 橋から二時間ほど歩くと、目的の場所に着いた。

 森林やら岩場やらが広がっていて、足場が悪く、迂回したりしていたら時間がかかってしまった。

 

 ようやくの思いで森林を抜けると、大きな河が視界に入り、抜け出たんだと実感する。河の向こう岸にはサファリゾーンの入り口が見え、少し安心する事が出来た。

 

「お、あれが山小屋だな」

 

 広がっていたのは草原だった。人が歩けるスペースも整えられており、人工芝のような短い草が茂っていた。

 

「どの辺りだった?」

 

 リゥはちょっと待って、と河まで走っていき、回れ右をして河を背中に背負う形で周囲を見渡し始めた。

 やがて、

 

「あ、あそこ!」

 

 一方向を指さした。

 そちらに視線を向けると、

 

「……何か光ってるな」

 

 ピカピカと何かが陽光を反射していた。

 めちゃくちゃ怪しい。

 自然界であんなに光るものなんて無いだろうし、もしゴミだったりしても危ない。

 

 出来れば入れ歯であってくれと願いつつ、何で入れ歯であることをこんなに願っているんだろうと途中で気が付いて気を落としながらも近付いてみると、

 

「……ああ、見つけた」

 

 あっさりと目的の入れ歯は見つかった。

 しかし発見した喜びなんてあるわけもなく、ただただ虚しいだけの――そう、例えるなら、

 

「福引きで3等を当てた瞬間みたいだ」

 

 

 一等:旅行

 二等:テレビ

 三等:トイレットペーパーのセットが2個

 

 

 みたいな感じ。

 

 俺はバックパックからビニール福を取り出し、大きく口を開けて入れ歯の向こう側に設置する。

 足で蹴ってビニールの中に砂子と入れると、袋の入り口を厳重に縛って封印。ミッションコンプリート。

 

 どうしよう、これ。スイカみたいに水の中に入れて冷やしてみようかな。

 

「ファアル。これからどうする?」

 

 少し離れた場所からリゥが訊ねてきた。その視線は、俺が持ってるビニール袋IN金の入れ歯に注がれている。

 

「うわ……悪趣味」

 

 苦虫を十匹くらい一気に噛み潰したような顔でいらっしゃる。

 気持ちはわかるけど、その顔はいくらなんでも女の子として酷い。

 

「今日は山小屋で休もう。無駄に疲れた」

 

 休憩所を利用する場合、備蓄されているものは好きに使ってくれて構わないと許可は貰っている。

 それくらいは……との好意からだったのだが、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。

 

「へぇ、結構綺麗なんだな」

 

 山小屋、というよりもログハウスのようだった。

 これなら一泊しても快適に過ごせそうだ。

 

「案外、萌えもんセンターで寝泊まりするより旅行気分が味わえるかもな」

 

「――かもね」

 

 苦笑をかわし、俺とリゥは山小屋改めログハウスへと足を踏み入れたのだった。

 

 

     ◆◆

 

 

 ログハウスは一階建てで、調理場と食事スペースが玄関から入ってすぐの場所にあり、扉を挟んで二段ベッドが壁際に3つ設置されていた。

 玄関に入ってすぐの靴箱の上には利用者記録が置いてあったので、名前を書いておく。

 そしてそのすぐ上に事務室へと直通の内線があり、電話で詳細を伝えた。

 

「――って事なんですが」

 

 受話器の向こう側の若い男の職員さんは、

 

「わかりました。入れ歯の方は、園長に伝えておきますのでご安心を。お疲れでしょうし、今日はゆっくり休んでください」

 

「ありがとうございます」

 

 あっさりと了承してくれた。

 休園しているため、誰も利用者がいないからだろう。おそらく、園長側からも働きかけがあったんじゃないかと思う。

 

「おーい、リゥ。大丈夫みたいだぞ」

 

 俺が電話をしている間に、調理場で食べ物を調べてくれていたリゥに声をかける。

 

 わかったー、とくぐもった声が聞こえてくる。

 受話器を置いて調理場に行くと、リゥは流し場の下にある棚を覗き込んでいた。調理器具を調べているようだ。

 

「食べ物はありそうか?」

 

「んー、見てみて」

 

 冷蔵庫を開けてみると、水以外は何も入っていなかった。

 食器棚に目を移してみれば、少しだけの保存食があるにはあったが、

 

「いつも食べてるもんと代わり映えはしなさそうだな」

 

 旅の途中、野宿する時とあまり変わらないものが出来そうだ。

 

「期待するだけ無駄かな?」

 

 バタン、と流し台下の扉を閉めたリゥは、手に片手鍋を持っていた。

 

「……ま、多少は良いものが作れそうだけどな。これだけ設備があれば」

 

 たき火で温めるだけ、と比べたら雲泥の差だ。

 ただ、問題は食料だ。あまり買い足していないため、持っている量は少ない。

 

「7人分か」

 

 俺、リゥ、シェル、コン、カラ、サンダース、そしてストライク。ぎりぎりの範囲、というレベルか。

 ザックから保存食を取り出していく。

 と、

 

「ますたー、ベッドがふたつ並んでますわ!」

 

 真っ先に寝室へと突入していたシェルが、表情を輝かせながら飛び出してきた。

 そういえば、萌えもんセンターにいる間は基本的に別々に寝ているし、旅に出たら出たで野宿なもんだからシェルにとっては初めて見る光景のはずだ。

 

 なるほど、嬉しくなるのもわかる。

 

「……もう、そんなにはしゃがないでくださいよ」

 

 次いで出てきたのはコンだ。嘆息していかにも疲れていますな空気を出しているが、服と尻尾の毛並みが若干乱れている。遊んでいたの、バレてるからな?

 

 サンダースは外を駆け回っているからしばらく放置でいいだろうが、カラは逆に寝室から出てこない。

 

 壊したりしてないだろうな、と寝室を覗いてみると、二段ベッドの下で丸まっていた。

 

「いやぁ、ここは落ち着くね。狭い場所がボクには合ってるみたいだ」

 

 さいですか。

 

 俺の視線に気が付いたカラは恥ずかしそうに俯いていた。食事になったら呼ぶからと伝えて顔を引っ込める。

 それぞれが楽しんでいるようで何よりだ。骨休めの意味でも、良かったのかもしれない。入れ歯を除けば。

 

 残るは――

 

「ストライク、お前も混ざるか?」

 

 俺の言葉にストライクは無言で見返して来たかと思うと、

 

「……お言葉に甘えさせていただく」

 

 小さくそれだけを言って、部屋の隅に陣取った。

 あそこだけ空気が違う。

 シェルとコンも敏感に感じ取ったようだったが、顔を見合わせた後、ログハウスを出て行った。

 

 逃げたな、おい。

 

「ま、いいじゃない。晩ご飯、作りましょ」

 

 いつの間にか片手に一本ずつ包丁を持ってリゥが言う。

 怖いから。

 

「――はぁ」

 

 きょとんとなっているリゥの手から包丁を取り上げる。

 

「あ、」

 

 と寂しそうな声を上げたリゥに、

 

「――まずは持ち方からだな」

 

 たまには手伝ってもらうのも悪くない。

 明るくなったリゥの顔を見ながら、そんな事を思った。

 

 

     ◆◆

 

 

 夜。リゥ達にベッドを譲ってリビングでひとり寝ていると、ふと目が覚めた。

 喉が渇いたわけでもトイレに行きたくなったわけでもない。

 ただ、ふと目が覚めたのだ。

 

 晩ご飯を食べてから騒いで、すぐに寝てから数時間しか経過していない。体は疲れているはずなのに、妙に意識がはっきりしてしまってもう一度眠れそうには無かった。

 

「……ちょっと風に当たってくるか」

 

 雨は降っていないようだ。窓から見える外の風景は、月明かりだけで結構な距離まで見えた。

 リゥ達を起こさないように静かに外に出る。

 

 サファリゾーン、そしてセキチクシティの周囲が自然で溢れているのもあるため、静かだった。

 じっとしていると、河の流れる音と虫の鳴く声が聞こえてくる。

 誘われるように河のすぐ近くで腰を下ろす。

 

 悪くない、と。

 素直に思った。

 

 ここ最近はずっとタマムシやヤマブキにいたせいか、都会の雑踏ばかり耳にしていた気がする。マサラタウンにいた頃はこんな風景が当たり前だったというのに、あの頃はそんな事、感じもしなかった。

 

 夜空を見上げると、まさしく満天の星空が広がっていた。

 このまま寝転がって眺めていたいな――いつの間にか眠りこけていそうだが。

 そんな事を思いながら寝転がり、

 

「お前も眠れないのか?」

 

 傍らに降り立ったストライクに問いかけた。

 返答は無い。

 ただ、ストライクはじっと俺を見下ろしている。

 見つめ合うことしばし、

 

「――貴殿は何も恐れていないのか?」

 

 その瞳が、訝しげに潜められた。

 

 失望を抱いたかのように。

 望まぬ答えを突きつけられたかのように。

 親がどこかに行って迷子になってしまった子供のように。

 

 ストライクは、

 

「だとすれば、やはり――」

 

 言葉にならぬ言葉を口にした。

 

「別にそうでもないさ」

 

 あっけらかんと俺は否定する。

 振り下ろされれば致命傷を負うであろう、鎌を持った相手を隣に寝転がりながら。

 

「思い至らなかったわけじゃない。まさか、とは思ったけどな」

 

 確信があったわけじゃない。

 調理をしている間にリゥから少しだけ聞いただけだ。

 その途中、「お人好しが移ったかも」と嘆いたようだったけど、確かにリゥは俺に伝えてくれた。

 

 だから、至れた。

 だから、否定した。

 

「別にうぬぼれてるわけじゃないけどな――今、お前が何もしない事くらいならわかる」

 

 何故、と。

 ストライクは沈黙を持って問いかけてきた。

 

「お前、人間が嫌いだろ?」

 

 無言で頷いたストライク。

 肯定を見て、俺は先を続ける。

 

「だけど、萌えもんは仲間だと思ってる。だからだ」

 

 そう、だから。

 

「あいつらが悲しむような事をするはずがない、って思っただけだ」

 

 皮肉な笑みを浮かべて見せると、ストライクは鼻で笑い、

 

「はっ、それこそ自惚れでありましょう」

 

 だろうな、とは思う。

 

「だけど、たぶんそうなる。長い間一緒にいたわけじゃない。だけど、一緒に旅をして、一緒に戦って――過ごした時間は裏切らない。俺は、リゥ達を信じてるからな」

 

 ストライクは答えず、ただ無言で鎌を俺に向かって突きつけた。

 

「――戦いや時間など、何の意味も……っ」

 

 それだけだった。

 暗い炎が宿っている瞳は真っ直ぐに俺を捉え、しかし鎌は震えていた。

 

 ストライクの中で何の葛藤があるのか。

 ほとんど話してもいない俺にはわかる由も無い。

 しかし、ストライクは哭いていた。

 必至に何かに向かい合おうとして、背を向けようとしているように見えた。

 だから、

 

「ストライク。これはな、二十年ほど生きた人間の戯れ言だと思ってくれて構わな

い」

 

 そう前置きし、

 

「迷うくらいならやるな。それでもやり遂げようと思ったのなら、後悔してもいいからやり遂げるだけの覚悟を決めろ。

 一歩すら踏み出せない中途半端な覚悟なら、口に出すんじゃねぇ」

 

 ただ、無言だった。

 静かな風が吹いた。

 いつの間にか止まっていた鎌の震え。

 一度目を瞑ったストライクは、鎌を引き、

 

 

 ――そのまま踵を返して小屋へと戻って行った。

 

 

 俺以外、誰もいなくなった河辺で呟く。

 

「人間を信用できない萌えもんか」

 

 点と点を結んでいく。

 そうして出た答えは、ひとつだけ。

 つまり、

 

「人に捨てられたって事かよ……」

 

 だとすれば、ストライクの強くなるとリゥに告げた想いの果てには――。

 

「ったく、面倒な事になりそうだ」

 

 だというのに。

 それが面倒所じゃなくなってきているのが、一番の問題か。

 うん、金の入れ歯とかどうでもいいレベルだわな。

 

 

    ◆◆

 

 

 眠い。

 ため息と一緒に吐き出したその呟きを聞いたリゥは、

 

「ばっかじゃない?」

 

 と罵倒してくれた。

 洗面台の鏡を見てみると、クマが出来ている。

 おかしいな、夜は確かに目が覚めていたのに……。

 

「萌えもんセンターでゆっくりするか」

 

 昼寝でもすれば多少はマシになってくれるんじゃないかと期待しつつ、ログハウスを後にする。

 事前に連絡を入れていたのだが、どうやら迎えに来てくれたようで河辺にボートが止まっていた。職員さんもこっちに向かって手を振ってくれている。

 

「ボート、使いたかったなぁ」

 

 ゆっくりと川下りとか一度やってみたい。

 が、立ち止まっているとリゥに脇腹を小突かれた。

 

「目が半分寝てる」

 

「……マジで?」

 

 いかんな。

 手荷物を確認。

 忘れ物は無し。バッグに入れたくなかった金の入れ歯はビニール袋で手に持っている。

 

「で、お前はどうするんだ、ストライク」

 

 振り返ると、ルグハウスの屋根の上にストライクが立っていた。

 彼女は無言で飛び立つと、俺の前に降り立った。

 

 身構えるリゥ。

 力無く下げた両腕は敵意を持っていない事の現れだろうか。

 俯き気味な顔は、苦悶に満ちている。

 

「――頼みがある」

 

 吐き出された声は震えていた。

 途中途中で詰まりながら、それでもストライクは言った。

 

「あちしに、――見せてくれ」

 

 何を、は無かった。

 

 ただ。

 ただもし、俺の予想が正しいのだとしたら――ストライクが望んでいるものは、彼女の心を深く抉るのではないか。

 

 逡巡する俺に、リゥの視線が向けられる。

 言葉も無く、リゥは頷いた。

 それで、充分だった。

 

「……期待に応えられるかわらかねぇけど、それでもいいならついてこい。覚悟が出来たんなら、な」

 

 ストライク自身が、自分の中と決着をつけて覚悟を決めたのだとしたら、俺に出来るのは背中を押してやる事くらいだ。

 俺の言葉を聞いて、ストライクは、

 

「かたじけない」

 

 そう言って、飛び立っていった。

 方角からするにサファリゾーンを空から抜け出ようというのだろう。

 見送る俺にリゥが問いかける。

 

「理由はわかってるの?」

 

 しばし悩み、俺は首を横に振った。

 

「いんや」

 

「そ」

 

 とだけ簡潔に言って、リゥはボートへと歩き出した。

 ありゃバレてるな。

 

「別にいいわよ。何かあったらちゃんと相談してくれるでしょ?」

 

 振り返ったリゥに陰りは無かった。

 信頼していると。

 言外に言っていた。

 

「ああ、いつもアテにしてるさ」

 

「うん」

 

 そうして、俺達はボートへと向かって歩き出した。

 ストライクの抱える問題を背負う事になってしまったわけだけど。

 

 セキチクシティジムの戦いもあるわけで。

 次から次へと出てくる問題に頭を抱えそうになりながらも。

 まずは金の入れ歯を返すために、サファリゾーンの事務室へと向かったのだった。

 

 

 

 

                           <入れ歯END 続く>

 




前書きに書くのも何なので、こちらで少しだけスペースをお借りして宣伝させていただきます。

4/14に堺市産業振興センター イベントホールで開催されます、第十六回文学フリマin大阪に参加する予定です。サークルスペースは「C-46 お座敷空間」です。
学園モノを頒布予定ですが、一次創作作品なので、もし気が向いたり当日行かれるつもりな方がいらっしゃいましたら、どうぞよろしくお願い致します。
ではでは。

次回更新は4月中を目指してます。いやほんとに。
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