萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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ラストののんびり編。次はジムになります。


【第二十三話】セキチク――入れ歯の後ろにあった影

 職員さんに連れられて事務室まで戻ると、温かいココアを出して貰えた。凄くありがたい。しかし肝心の園長はおらず、どうやら急に予定が入ったと連絡があったそうで、事務室まで来られなくなったらしい。

 

 園長の事は気にせず家まで来て下さい、と園長の奥さんからの言葉を伝えてくれた職員さんに礼を言ってから、事務室を後にする。

 

 しかし客――になるのだろうか――がこんな朝早くになぁ。

 

 事務室で見た時計の針は、まだ午前九時前を指していた。朝会うにしては少々早いと思うんだが……、

 

「それも園長の仕事なのかね」

 

 だとしたら意外と忙しいのかもな、と。

 朝早くから会う予定のあった俺が言えた事ではないだろうけども。

 

「で、その金の入れ歯、結局洗ってないのね」

 

 その矢先に入れ歯を思い出して、評価は元に戻った。やっぱ人間、装飾品に気をつけた方がいいと思うわ。

 

「まーな。でも砂は落としたんだよ」

 

 ほら、とビニール袋を掲げてみる。

 昨日、コテージで休憩中に台所で洗っておいたのだ。ビニール袋の中に水を入れてシェイク。そして窓から水だけを捨てる。お手軽だった。

 

 仕事や学校が始まる時間帯とあってか、セキチクシティは賑やかだった。といっても、タマムシシティのような煩いと感じるほどの賑やかさではなく、人と人が過ごして、友達や知り合いと話して笑い合っているような、そんな小さな賑やかさだ。

 

「……どうしたの?」

 

 その光景に見取れていたのがバレていたようだ。

 振り向いて訊ねてくるリゥに、

 

「少し懐かしいなって思ったんだよ。マサラタウンじゃ、こんな感じだったしな」

 

 ただ、人が少ない分、もっと靜かではあったけども。

 

「そっか。帰りたい?」

 

 そうだな……。

 

「少しは、な。離れてた時期と過ごした時間は同じくらいだし、良くわからねぇな」

 

 ただ、

 

「お袋に顔を見せたい。どうせ、親父は帰ってないだろうし」

 

 家を出る時に、大丈夫だなんて言っていたけど、本当は寂しがり屋なのは知っている。そのくせに強がって周囲には見せようとしないから、鈍感な親父はお袋の言葉をいつも額面通りに受け取って喧嘩になっていた。

 

 ロケット団の事件が終わってから一度だけ連絡したが、博士から俺の様子を聞いていたようで、あまり心配はしていないような口ぶりだったのは覚えている。それも多少の強がりがあってだろう。

 

 昔は特に構いもしなかったけど、さすがにこの歳にもなると両親を無視する事も出来ない。

 

「ま、親だしな。心配もたぶんしてるだろ。あの人はそういう人だ」

 

「……ファアルがそう言うなら、そうなんだろうね」

 

 リゥも初めて会った時はやたら可愛がられてたな……。俺、通報されそうになったし。

 

「家はまたでいいさ。どうせグレン島に行くには、セキチクシティかマサラタウンからじゃないと行けないしな」

 

「そうなの?」

 

「ああ」

 

 頷いて、見えていた水平線を指さした。

 

「あそこに小さく島が見えるだろ?」

 

「うん」

 

 今いる場所からは南西方向あたりに小さく、ふたつ島が見えた。

 

「あれがふたご島。氷の島で有名なんだよ。何でも、伝説の萌えもんがいて、氷を絶えず生み出してるとか冷やしてるとか」

 

 誰も見た事がないらしいし、噂の域は出ていないけども。

 

「ふうん」

 

「んで、そこから更に西に向かって進んだところにあるのがグレン島。火山島なん

だ」

 

 マサラタウンからグレン島まで行くとちょうどカントー地方を一周した事になる。

 思えば遠くへ来たもんだ。

 

「――もしかして、噴火とかするんじゃないの?」

 

 リゥは身を引いている。

 まぁ、休火山だとは聞いているけども……。

 

「噴火の兆候は無いって話らしいし、大丈夫じゃないか?」

 

「ほんとに? 噴火してからじゃ遅いのよ?」

 

「ごもっとも」

 

 で、と。

 リゥは急に小声になると、俺の脇を小突いてくる。

 顔を寄せて、

 

「アテはあるの? 見せてくれって言ってたけど、見せられるものあるの?」

 

 後ろを飛んでいるストライクにちらちらと視線を投げかけながら言った。

 駄目だぞー。そういうの、やられてる方からすると気分が悪いぞー。

 

「無いな。ただ、」

 

 一度言葉を切って、振り返る。

 

「ストライク。見せてくれ、と言ったな? 俺はお前が何を望んでいるのかはわか

らなし、無理に聞き出すつもりもない」

 

 だから、

 

「何を見て判断するかは、お前が決めてくれ」

 

 真っ直ぐにストライクの目を見て、言った。

 そしてストライクもまた、同じ考えだったのだろう。

 

「――承知」

 

 とだけ言い、一歩分、後ろに下がった。

 それがストライクの距離なのだろう。

 俺とリゥが隣り合って歩いているように。

 ストライクにとって、それだけの距離があるのだ。

 

「行こう、もう少しだ」

 

 だから、待つつもりはなかった。

 その距離は、ストライクにとって必要なものだろうから。

 

 

 

     ◆◆

 

 

 前に来た時も同じだったが、無駄な豪邸に圧倒されつつ、インターホンを押した。

 程なくして奥さんが応対してくれ、すぐに中へと通してくれる。

 

「重ね重ね、ありがとうございます」

 

「いえ。何かの縁でしょうし、気にしないでください」

 

 ぺこぺこと頭を下げられると、こっちが申し訳なく思ってしまう。

 確かに面倒だったが、何かの縁なのも確かだ。サファリゾーンも無料で一日滞在できたと考えれば、報酬は既に貰っているようなもんだし。何も捕まえてはいないけども!

 

 ただ、疑問があるとするならば、どうして入れ歯を俺に頼んだのかって事だった。

 

「そういえば、誰かと会う用事があるって聞いたんですけど」

 

「ええ。朝早くから――」

 

 そうして奥さんから名前を聞いた時、昨日からずっと感じていた疑問がようやく晴れたような気がした。可能性としては……ありえるかもしれないなと考えてたレベルではあったけども。。

 

 果たして。

 案内された場所は、家の裏手に広がっている大きな庭だった。泳げるんじゃないかと思えるほど広い池と庭がある。羨ましい。豪邸の定義から全く外れていない、お手本のような家である。

 

 その庭の中、目的の頭が禿げたおっさんはいた。

 しかし、誰かと会っていると聞いていたが――ひとりだった。

 

「後で飲み物を持ってきますね」

 

「あ、お構いなく」

 

 微笑を称えて家の中へと戻っていった奥さんを見送って、おっさんと改めて向き合う。

 

「ほいよ」

 

 俺達にはもう気が付いていたに違いない。

 おっさんは俺から入れ歯を受け取ると、

 

「おお! これやこれ! ありがとうな、青年!」

 

 金の入れ歯を無邪気に受け取っている。

 ちなみに、スペアの歯は全部銀色だった。アルミホイルみたいで、見てるだけで歯が痛くなりそうだ。

 

「地面に落ちてたからな。水でゆすいだだけだし、ちゃんと洗っておいた方がいいぞ。言うまでもないとは思うけど」

 

「おう」

 

 と言って園長は近くにあったガーデンテーブルに入れ歯の入ったビニール服を置

いた。

 視線を向けると、カップがふたつ。

 さっきまで人がいたように、湯気が立っている。

 

「……で」

 

「うん?」

 

「何で俺を試したんだ?」

 

 まどろっこしい真似をしたくはない。

 単刀直入に訊くと、園長はしばらく押し黙り、

 

「……いつからわかっとった?」

 

「確証を得たのはついさっきだな。疑問は昨日からあった。大体」

 

 俺はそこでおっさんを指さし、

 

「あんな場所に入れ歯を落として気が付かずに外にいるってのがおかしいんだよ」

 

 そう、例えばそれが、

 

「自分でわざと置いたか、誰かに頼みでもしない限り、な。本格的にボケてるのかとも思ったけど、そんな風でも無かったしな」

 

 意図的でないと不自然すぎるのだ。

 加えて今朝早くから人と急に会うことになったという事。

 まるで俺が来る前に用事を済ませておきたかったかのように感じられた。

 

「俺の考えすぎかもしれないけどな。ただ、あんたの奥さんから聞いてピンと来た」

 

 つまり、

 

「お待たせしました」

 

 良いタイミングで奥さん来た!

 

「ありがとうございます」

 

 出されたお茶はふたつ。俺とリゥの分のようだ。

 

「……ごほん」

 

 咳払いして気分を変える。

 

「で、どこに隠れてるんだ?」

 

 一度だけ風が吹いた。

 その風に乗って現れたかのように、

 

「ファファファファ」

 

 と笑い声と共に、黒ずくめの男が現れた。

 一瞬の竜巻の後、音を立てずに地面へと降り立った男は、まくれた赤いスカーフを後ろへと流し、

 

「拙者が――」

 

「誰このコスプレした奴」

 

 リゥの一言で、時間が止まった。

 

 

    ◆◆

 

 

 セキチクシティジムリーダー、(きょう)。忍者の末裔と言われており、自称

「現代に生きる忍者」と名乗っている、かなりの変わり者だ。何しろ自称で忍者とかまともな神経で言えるとは思えない。

 

 リゥがコスプレと思わず口にしてしまう気持ちもわからないではないが、それは口にしてはいけない言葉であるのは間違いがなく、セキチクシティジムではタブーとされているらしい。

 

 また、そんな格好をしながらも「強さだけではない萌えもんの奥深さ」を求めているトレーナーでもあり、変幻自在な戦い方をするのでも有名だ。愛梨花のような状態異常を扱いながら、更に搦め手をも使ってくる強敵である。

 

 そんな男が、今目の前で最大のタブーに触れられて動きを止めていた。純粋な質問って怖い。

 

「……あー、で、何であんたが?」

 

 ただ、このままでは進まないため無かった事にして先を促した。

 すると享は待っていたとばかりに、大きく咳払いをし、

 

「フッ。ロケット団壊滅の立役者――それを見たくてな」

 

 シニカルな笑みを浮かべた享は、どこか満足気な様子で言った。

 風が吹いて赤いスカーフが舞った。

 おお、ちょっと格好いい。

 

「で、ご期待には添えられたってことか?」

 

 俺の問いに、まさしく煙に巻くようにして享は答えず、

 

「明日の戦いが楽しみになった」

 

 と言って園長に向き直り、

 

「馳走になった。奥さんによろしく伝えておいてくれ。サラバ!」

 

「うわっ!」

 

 突風と共に大量の煙が発生し、視界が晴れた頃にはその姿は消え去っていた。

 自称忍者――しかし、格好いい!

 くっ、あの技を習いたい……!

 

「何悔しがってるのよ」

 

「いやぁ、つい」

 

 忍者は浪漫だからなぁ。

 冷静なリゥの突っ込みに頭をかいていると、

 

「あいつも変わらんなぁ」

 

 園長の声は、見ず知らずの他人に向けるものではなく、十年以上付き合いのある友人に向けるそれだったように感じられた。

 やがて気を取り直すようにカップに一口つけると、

 

「試すみたいなな真似をして、すまんかった」

 

 いいさ、と肩を竦めて答える。

 良い息抜きになったのには違いないのだ。

 

「ああ、ひとつ気になってた事があるんだ」

 

 セキチクシティに入ってすぐ――嫌でも目に入った光景があった。

 萌えもん達を見世物のように扱っていたのは、やっぱり一言くらいは言っておきたかった。

 

「何で見世物みたいに檻に入れてるんだ? あれじゃ、子供の教育にだって悪いぞ」

 

 俺の言葉に園長はしばらく黙ると、

 

「……参考にさせてもらいます。実は、抗議がないってわけやないんやわ」

 

 経営者らしい答えだな、とは思ったが、しかめられた顔はどうやら本心から苦心しているようだった。

 

「恥ずかしい話やけど、子供達のタメになると思ったもんが、今じゃ子供達には見せられへんようになってますし。萌えもんを見世物って――冷静になってみると何を考えてたんかって。商売ばっかりに目が行ってしもてたんかなぁ」

 

 子供達にパートナーとして萌えもんを。

 もしくは、成長した子供達がパート―ナーとして萌えもんを捕まえたり。

 俺が子供の頃では考えられなかった事が、今では当たり前になろうとしている。

 人としての絆や強さ、優しさを学べ、成長出来るからだ。

 その中でトレーナーとして成長出来る子供は、やがて萌えもんリーグを目指すようになっていく。育んだ絆と一緒に。

 

「ま、園長さんがわかってるなら、俺達が首を突っ込むような問題じゃないし、な」

 

 見世物にするってのは、道具として扱うってのと同じだ。

 それを子供に悪影響が出る、と考えるのは当然の流れだろうし、そうしてはいけないと思う。

 いらないと言って捨てたり、道具のように扱ったりするのは、間違っている。そう考える人が多くいるのは、人と萌えもん、双方にとって良い事なんだろうと思う。

 ロケット団のような組織はまだあるだろうし、そうなると彼らを抑えるような役割が自然と出来上がるような気がしていた。

 

「……やりきれないな」

 

 小さく呟いた俺の言葉を聞いていたのはリゥだけだった。

 袖を小さく引っ張ってくれたのは、励ましてくれているのだろうか。

 

「じゃ、俺達は行くよ。明日に備えないといけないしな」

 

 カップの中身を飲み干して背を向ける。

 朝早くからお邪魔し続けるわけにもいかないし、何より用事はもう済んでいる。

 それに、明日に向けての準備を念入りにしておきたい。

 

「明日、応援しに行かせてもらうわ」

 

 背中にかかった声がお世辞かどうかはわからないけど、俺は手を挙げ、

 

「声援、期待してるよ」

 

 そう言って、リゥと共に豪邸を後にしたのだった。

 

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

 明日に備えて萌えもんセンターに戻ってきたのはいいものの――

 

「眠い」

 

 入れ歯を届けて気が抜けたのもあって、急激な眠気に襲われていた。

 肝心な時に眠くなっては意味がない。

 

 これまでのジムリーダーと同じように、享も一筋縄ではいかないだろう。

 更に草タイプの愛梨花とはまた違う――もっと変幻自在な戦いをしてくるはずだ。状況を打破できるだけの活路を見出せるかどうかが最大の敵となるだろう。

 つまり、

 

「おやすみなさい」

 

 寝るに限るのだ。意識を万全に整えたいからであって、決して昼寝したいからとかそういう理由ではないのだ。

 リゥ達はいつも通り萌えもんセンターの姉ちゃん達に任せてるし、俺は俺で戦いに備えるだけだ。

 というわけで、昨日よりもまともな寝床で俺は就寝についたのだった。

 

 ベッドっていいなぁ……。

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

 時間はまだ昼を少し過ぎた頃だけど、ファアルはもう寝てしまったようだった。

 明日がジムリーダー戦だし、朝も眠いって言ってたし、仕方ない。

 私達もボールに入ったり雑談したりと時間を潰しているのは様々だった。

 

「……よし」

 

 体を心地よい緊張感が支配している。高揚しすぎるわけでもなく、さりとて何も感じていないわけでもなく。適度な緊張感は絶対に必要だ。

 あくまでも自分でコントロールを。

 そうすれば、戦いにおいて己に負ける事は無い。

 

 後は――自分のパートナーと積み上げてきた経験を信じれば、勝てる。

 小さな気合いと一緒に拳を握った。

 

「リゥ殿、一つお訊きしたく……」

 

 そう言って近付いてきたのはストライクだった。

 

 萌えもんセンターは基本的に野生の萌えもんも受け入れてはいるが、飼い慣らすと言えば聞こえは悪いけど、野生として生きられないようにしないよう注意を払ってはいるらしく、私達のような人と一緒に生きている萌えもんとは原則的に会わないように、隔離された場所でしか受け入れてはいない。

 

 まぁ、私が萌えもんセンターのベランダにいたのが原因なんだろうけれど。飛べる萌えもんからすれば、あまり関係の無い話ではあるしね。

 

 ストライクの表情は硬い。

 朝のファアルの言葉は聞いていたし、考えている事も何となくはわかる。そして、お人好しが故に突っぱねられなかった事も。

 

「明日は戦われるのですか?」

 

 ジムリーダー戦の事だろう。

 

「うん、そう」

 

 私は頷いた。

 それこそが私自身の叶えたい願いへと届く道だったから。

 しかし、ストライクにしてみればそうではない。

 

「見世物なのでしょう? 外からですが、あちしも何度も見た事があります。戦った事も……しかし、あんなものは――」

 

「程度が悪いわよね。私だってそれは同感」

 

 どんなにルールや形を設けた所で、人間達のやっている事は見世物だ。

 萌えもんを戦わせて、優劣を競い合い、それを娯楽とする。

 私達からすればたまったものじゃないし、実際そう思っている萌えもんだって多いだろう。

 人と一緒に生きたいと思って寄り添っている萌えもん達だって、心ないトレーナーだったりすれば不可避だ。否応為しに巻き込まれていく。

 

「でも、目的があるから。目指さなくちゃいけない場所があるから」

 

 しかし、私はその道を選んだのだ。

 目的があって、飛び込んだのだ。

 そのためには覚悟の無い仲間なんて必要ないと思っていたし、実際、誰もいらないとも考えていた。

 シェルやコンという仲間が増える度に、邪魔をされたような感覚さえ抱いた。

 

 だけど、と。

 今になって思う。

 

 彼女達はきっと、私に必要だったんだと。ファアルにとってもそうだろうけど、私にとっても。

 少しずつ見えてきたモノ――もし、私が確かに形として信じられたのだとすれば、初めてお姉ちゃんと並び立つ資格を得られるように思うのだ。

 

「だから、私は戦う。見世物になっていても、別に構わない」

 

 それに、

 

「私達を利用している、と。そう言い切ってくれる主人がいる限り、私――ううん、私だけじゃない。シェルやコン、カラとたぶんサンダースも構わずに戦う」

 

 何故、と。

 ストライクは狼狽した様子で訊ねてきた。

 

「私達もファアルを利用しているから。みんな目的があって、それぞれに想いや考えがあって一緒にいるから。そういうのを全部飲み込んだ上で、仲間として信頼してくれているのなら、私達が信じないわけがない」

 

 自信を持って言い切れる。

 

 ファアルの力になりたいと頑張ったシェルも。

 自分自身の弱さと向き合う力を得たコンも。

 激情を受け入れて貰えたカラも。

 手を差し伸べてくれた恩のあるサンダースも。

 そして、一緒に強くなろうと言ってくれた、リゥ()も。

 

 信には信を持って答えたいから。

 相手によって萌えもんを変えるのではなく、私達を信じて戦ってくれているから。

 

「――ファアルは絶対に私達を捨てたりしない。それが、私の答え」

 

「ですが……」

 

 ストライクは俯くと、

 

「彼は強くなろうと――そうしているのはあちしにもわかります。あちしを捨てたマスターがそうでした。だから、強さを求めている彼も同じように――」

 

「違う」

 

 その言葉を私は真っ向から否定した。

 

「貴方の言っているマスターはただ、自分が弱いと思いたいだけに聞こえる……言い訳が欲しいだけ。勝てないのは自分が弱いからだって。言い訳ばかり探して、本当の自分はこんなんじゃないって、もっと強いはずなんだって思いたがってる。でもね――」

 

 私は自分の胸に一度手を添える。

 とくん、と心臓が鳴っている。

 

「自分の弱さを知っている人は違う。そういう人は、自分と向き合って強くなろうとする。自分にある知識や力を使ってただひたすらに。だから、言い訳なんてしないし、例え後悔したとしても前に進めるんじゃないかなって私は思う」

 

 私は、私達のためにずっと悩んでくれていたファアルを知っている。

 何とかして勝とうとしている姿をずっと見てきている。

 それはきっと幸せな事で。

 

 心から。

 自分の願いと同じように、彼の夢を叶えたいと思う。

 

「…………しかし、それでも、あの方はっ」

 

 ストライクは吐き出すように言葉を発し、飛び去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、

 

「正解かなんてわからないけど――ひとつの答えになるといいんだけどね」

 

 私は呟いたのだった。

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

 翌日。

 意識もばっちり。今日は良い戦いが出来そうだ。

 指定された時間にセキチクシティジムに行き、手続きと確認をすませて待合室へと通される。

 

 ただ一点。ストライクの同伴を願ったのだが、それに関しては享に伝えてから一度――という事だった。

 なので、何かあればそのまま観客席へ、という形でストライクも待合室に一緒にいた。

 

「で、享ってどんな相手なの?」

 

 待合室にいるのはいつものメンバーだ。

 リゥ、シェル、コン、カラ、サンダース。

 頼れる仲間達のためにも享の戦闘方法を伝える。

 

「享は毒攻撃を主にした状態異常と、擬態や影分身の搦め手を使ってくるジムリーダーだ。愛梨花の時とはまた違う戦いになるだろうとは思う」

 

 ただ、

 

「相手は愛梨花より専門家だ。忍者ってのは伊達じゃないらしい。注意していかないとな」

 

 ジムリーダー戦で道具は使えない。

 一度毒などの状態異常になってしまえば、回復する手段は無いものと考えた方が良いだろう。

 スペシャリスト相手にどう戦っていくか――課題はその一点だった、

 そんな俺達を一歩離れた場所からストライクは見ている。

 

「許可さえ下りれば、ストライクもアドバイザーって形でいてもらおうとは思う。ただ見てるだけだし、形式みたいなもんだけどな」

 

 見極めると言ったストライクに見せるには、充分な場所だと思う。

 

「……許可さえ下りれば、ですが」

 

 それについては享の判断に任せるしかないが。

 おそらく――

 

「失礼します」

 

 その時、ノックと共に受付の人が現れた。

 彼は俺達を見回すと、

 

「享の方から許可が下りました。同伴を許す、との事です」

 

 だとは思った。

 そして、

 

「また、そろそろお時間です。準備も整いましたので、どうぞバトルフィールドまで」

 

 言って、退室していった。

 

 ――さて。

 

 俺は全員の顔を見渡し、一度大きく頷いてから、言った。

 

「勝つぞ!」

 

 たった一言。

 その言葉に全員が頷くのを確認して、控え室の扉を開けた。

 変幻自在のジムリーダー、享に勝ち、6つ目のバッジを手に入れるために。

 俺は、戦場へと向かって一歩を踏み出した。

 

 

                             

                         《続く》




私生活でバタバタし始めちゃいまして、次回は少しだけ遅れるかもしれません。
申し訳ないですが、ご了承いただけるとありがたいです。

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