萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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遅くなりましたぁっ!

VSヤバブキジム、後編です。何よりもこのフーディンに一番手こずりました。


【第二十六話】ヤマブキ――勝利の未来を掴むモノ 後編

「来い、ナッシー!」

 

 再び登場したナッシー。

 棗が残すのは、ヤドラン。そしておそらく――フーディン。

 

 これまで徹底して出していないフーディンこそが、棗にとっての最後の砦に違いない。

 

 ナッシーの技は既に明らかになっている。

 日本晴れの効果もなくなっている今、ナッシーはリゥに対して常に後手に回らねばならない。

 つまり、

 

「リゥ、火炎放射!」

 

 セオリー道理、弱点で攻める。

 

「ふむ……手助けしてやろう。ナッシー、日本晴れだ」

 

「……何?」

 

 棗の指示に違和感を覚える。

 ナッシーにとって使用目的はソーラービームの補助であろうが、だとしても炎タイプの技が強化される技を出す意味がどこにある?

 何か奥にある。

 が、それが掴めないまま、リゥの強化された火炎放射はナッシーを包み、

 

「どうした? 撃破だろう?」

 

「……」

 

 その自信満々な様子に、宣言もせずにリゥを下がらせる。

 二度目の日差しは再び戦場を照らし、ヤドランが放った波乗りによって陽炎が生まれている。

 

 蒸し暑い。

 額に汗がにじむのを手の甲ではじき飛ばす。

 

「ラスト二体――来い、ヤドラン」

 

 弱点であるサンダースをあっさりと倒してくれたヤドラン。

 サイコキネシスもそうだが、火炎放射や地震などタイプに縛られない技に加え、防御面が恐ろしい。

 

 10万ボルトを食らっても耐えていることから、リゥなら後2撃は必要になるのではなかろうか。

 リゥが攻められるとすれば、火炎放射以外になる。日本晴れで強化されているとはいえ、水タイプのヤドランに効果は薄い。

 

「ヤドラン」

 

 そんな中、棗は勝利を確信した様子で、動く。

 

「火炎放射!」

 

 宣言し、放つ。

 

「リゥ、近付けるか!?」

 

「やってみる!」 

 

 火炎放射を左に跳んで回避し、地を蹴ってリゥがヤドランへと向かう。

 

「もう一発だ」

 

 ヤドランは再びリゥに向かって火炎放射を放つ。

 

「回避、次いで電磁波!」

 

「はぁっ……、諒解!」

 

 一瞬、リゥのレスポンスが遅れたものの、電磁波はヤドランへと炸裂し、一瞬その動きを止めた。

 今の内に近付けば――。

 

 だが、

 

「あ、あれ……?」

 

 リゥはふらりと足を止め、地に膝をついた。

 

「た、立てない……」

 

 がくがくと膝が笑っているようだった。

 火炎放射によって熱せられた空気がこちらまで漂ってくる。

 肌が高温の空気で焼かれる感触を経て、思い至る。

 

「……強い日差し、高温――まさか熱中症、か?」

 

 俺の言葉に、棗は応えた。

 

「本職の炎タイプには使えないがな。いくら炎に耐性があるとはいえ、身体機能を衰えさせる方法くらいならばいくらでもある」

 

「ぐっ……」

 

 呻いたのは俺とリゥ、どちらもだった。

 棗とヤドラン――双方の敵を見据え、

 

「それでは躱せまい。地震だ」

 

 ヤドランが一歩を踏み出した。

 あの足が地に着けばリゥは倒れる。よしんば倒れなかったとしても、ヤドランの次の一撃が待っている。詰みだ。

 

 思考を巡らせる。

 僅か一瞬の間にいくつもの選択肢が出ては、全てがノーだと結論づけられる。

 その悉くを、棗が打ち砕いていく様しか思い浮かばなかった。

 

 真っ暗だ。

 棗の視ている未来を覆せない。

 俺はこのまま負けるのか……?

 仲間を散らし、奮闘しながらもここで負ける……?

 

「ファアル!」

 

「――!」

 

 その中、リゥが叫んだ。

 ありったけの声で。

 俺に背を預け、真っ直ぐに前だけを見て。

 

「私を見ていて!」

 

 棗の予見する未来でもなく。

 掴むための勝利でもなく。

 共に戦っている自分を見てくれと。

 リゥは、叫んだ。

 

「あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁ――ー!」

 

 地に四肢をつき、ヤドランの足が踏み下ろされる寸前、持てる力を使って、跳んだ。

 会場を遅う地震。

 二度目の強大な一撃によって、戦場の床に亀裂が走り、いくつかが力の行く先を求めてせり上がった。

 

「リゥ――」

 

 まだ、諦めていない。

 頼もしい相棒は、微塵も勝利を諦めてはいない。

 俺は。

 俺は――!

 

「ヤドラン……」

 

 波乗りは使用しない。使えばリゥにとってプラスに働く危険性がある。死に体とはいえ、棗は最後まで油断しない。何より、波乗りと使われた場合の戦術はいくつもある。

 

 地震はほぼないと断定。これ以上戦場を破壊はできない。最強クラスの技が相手だと、ジムとて強度にも限界がある。

 

 火炎放射、候補にあり。追撃としては可能性中。

 サイコキネシス。候補にあり。追撃としては――可能性大。

 

「リゥ!」

 

「させん!」

 

 リゥが動いた。

 何もせずとも、瓦礫へと身を隠そうと体を翻る。

 火炎放射を防ぐために瓦礫を利用する。

 至った結論は同じ。

 

 だが、俺の心を読んだ棗はヤドランへと指示を飛ばす。

 サイコキネシス。

 リゥとヤドランの視線が交差する。

 それを阻めるのはただひとつ。

 

「なっ……!」

 

 突如として、リゥとヤドランの間に瓦礫がふさがる。

 リゥの体よりも少し小さな程度の瓦礫。

 ヤドランのサイコキネシスの一瞬前にリゥが蹴り上げていたものだった。

 サイコキネシスの弱点。

 対象を捉えていなければ効果は現れない。

 つまり、

 

「跳べ、リゥ!」

 

 瓦礫の後ろに隠れ、リゥは距離を詰める。

 この瞬間、棗の選択肢は狭まる。

 サイコキネシスで瓦礫をどかす。リゥをそのまま押し戻す。

 

 火炎放射は不可能。瓦礫に遮られて効果は無し。

 波乗りで耐性を立て直すのはありだが、リゥに回復をさせるようなもの。

 地震は不可。そもそも今のリゥに対して何のカウンターにもならない。

 

 まだ選べる選択肢は多い。

 だから、告げる。

 

「リゥ、叩きつけろ!」

 

「諒、解」

 

 答える。

 これならば、瓦礫で押し戻されようと、破壊して強行できる。僅かなタイムラグを利用し、ヤドランに肉薄すれば、こちらの勝ち。

 つまり、ひとつしかなかった。

 

「ヤドラン、波乗りだ……!」

 

 水を放出し、ヤドランが波乗りの準備に入る。

 だが、

 

「リゥ、瓦礫をヤドランに蹴り飛ばせ!」

 

「はあっ!」

 

 空中で体勢を変えたリゥが飛ばした瓦礫は、ヤドランへと直撃。蹌踉き、技の発動が一瞬遅れる。

 その中、既に準備していた技と共にリゥが己の距離へと入り、

 

 

「五体目――!」

 

 ヤドランを、

 

「撃破だあああぁぁぁぁ――――――!」

 

 沈めた。

 ぐらりと傾き、ヤドランが倒れると同時、放出された水が戦場を冷やしていく。

 

「ふぅ……」

 

 リゥは一息ついて水をすくい、体に浴びていた。

 

 ――救われた。リゥの真っ直ぐな言葉と姿勢に、また助けられた。

 

 僅かではありながらも体力を取り戻そうとするリゥは、顔を振って水滴を振り払い、

 

「さ、次でラストでしょ?」

 

 勝ち気ないつもの様子で、棗に言った。

 会場に設置されたモニターを見ると、リゥの体力はもうあまり残っていない。

 もって後一撃か二撃……対する棗は、

 

「お前の予想通りだよ、ファアル」

 

 戦闘が始まってから一度も展開させなかったボールを手に取り、

 

「最後の一体こそが私の切り札――フーディンだ!」

 

 断言し、展開させた。

 

 ――やっぱりフーディンだったか。

 

 エスパータイプを扱うなら、まず念頭に入れるべき萌えもん。力業を好まず、超能力を自在に操って相手を倒すのを主な戦法としている。加え、知能指数も高く一説には5000とも言われている。

 反面、非常に撃たれ弱く、如何に相手を近付けさせずに斃すかに専念しなければいけなくなる。

 が、

 

「それがどういうことを意味するのか、わかっているんだろう?」

 

「……ちっ」

 

 あらゆる超能力を使いこなすフーディン。そして、同じく超能力少女である棗。

 このふたりが能力を発揮出来る状況でコンビを組めば――事実上、最強にも等しい。

 

 守れば間違いなく負ける。

 かといって、近付けるだけの算段はあるのかといえば、

 

「何とかするしかねぇか」

 

 リゥの気力は衰えていない。

 なら、勝てる。

 警戒するべき技もこれまと変わらない。

 サイコキネシスは特に必須。

 だがそれよりも厄介なのは……、

 

「火炎放射!」

 

「諒解!」

 

 まずは小手調べ。

 フーディンが何を登録しているのか、現段階ではわからない。

 ここでフーディンが取れる行動は四つ。

 

 迎撃。

 防御。

 回避。

 そして、

 

「リゥ、前に飛び込め。後ろに火炎放射!」

 

「くっ……!」

 

 攻撃。

 恐れていた技はひとつ。

 急に背後に現れたフーディンが技を使う前に、リゥの火炎放射が発動する。コンマ数秒の差でフーディンは諦め、その姿を会場から消す。

 

「がっ……!?」

 

 リゥの側面から強烈な一撃が叩き込まれた。

 訳もわからず吹っ飛んだリゥだったが、辛うじて受け身を取った。

 フーディンは余裕を持って着地し、再びリゥと対峙する。

 

「っつぅ……さっきのは何?」

 

 リゥの問いに答える。

 

「テレポートだ」

 

「てれ、ぽーと?」

 

「ああ。瞬間的に転移する技だ。力の弱いエスパータイプの萌えもんが逃げたりする場合に良く使うんだが……」

 

 そして、先ほどリゥに一撃をもたらしたのはサイコキネシスだった。地震で砕けた床の破片をぶつけたわけだ。

 

「ふっ、まだまだ行くぞ」

 

 フーディンのサイコキネシスによって周囲の瓦礫が一斉に浮遊を始める。

 

「嘘、でしょ……」

 

「冗談きついぜ、くそっ!」

 

 瓦礫の数は十を超えた辺りで数えるのを止めた。

 不安定な足場の中で、フーディンは器用に瓦礫を操っている。

 

 ――いや、そうじゃない。

 

 器用にではなく、あれがフーディンにとっての当たり前なのだ。

 

『――然り』

 

 脳内に声が響く。

 同時、

 

「発射」

 

 棗の指示と同時にサイコキネシスが発動した。

 散弾の如く飛来する瓦礫。

 

「くっ……!」

 

 それを回避し、迎撃しながらリゥは何とか裁いていく。

 幸いにして瓦礫の面制圧は弱い。あくまでも前面にしか放てないようだ。

 となると、右か左かどちらかに逃げられれば……。

 

「リゥ、脱出頼む」

 

「わかってる!」

 

 リゥは右足を踏み込み、体を沈めた。

 そして仰け反るようにして飛来した瓦礫を交わし、刹那の接触を利用して反動をつけ、左側へと跳んだ。

 

『貴公の心、読んでいるのである』

 

 が、フーディンは告げ、瓦礫の向きを空中で変更させた。

 慣性を持った飛来物を急停止させ、再び射出させるとは――恐ろしいまでの能力だった。

 

「ん、のぉ!」

 

 身をよじり、リゥが飛来する瓦礫を砕く。

 叩きつける――更に砕き、フーディンへと肉薄するべく瓦礫を伝って跳躍する。

 俺の言葉を信じ、リゥは自分の判断で切り開こうとしている。

 

「無駄だ。無駄だよファアル。次にお前がする行動も、リゥと同じ結論に至っている未来も――全て、私たちには視えているのだからな」

 

 棗が告げ、

 

「テレポート」

 

「あ、」

 

 力を失った瓦礫が空中で停止する。

 前方、後方、上方、下方――周囲を瓦礫に包まれた状態でリゥはフーディンの消えた先を見て、悟る。

 

 罠。

 

 そう、俺が指示し、リゥが理解し実行した行動を、始めら棗とフーディンは知っていた。

 

 ただ、それだけだった。

 テレポートによってフーディンが現れたのはリゥより遙かに高い頭上。

 全てを捉えられる場所において、告げる。

 

「サイコキネシス」

 

 瓦礫が一斉に動き、リゥへと殺到する。

 全方位から迫る瓦礫で回避する術はない。

 

「リゥ、フーディンにはね飛ばせ!」

 

 回避する方法はひとつ。

 少しでも回避するべき場所を作る他なかった。

 

 フーディンの超能力は強力すぎる。視線が及ばない場所にさえ、ある程度の効力

を発揮する。

 おそらく、萌えもんを対象とした生物のような動的な存在よりも物体を対象とする静的な部分には影響力を及ぼしやすいのだろう。

 

 となれば、地震そのものも布石だっただと思い知る。

 辛くも掴んだ勝利は、棗にとってみれば自分にとって盤石の場所を作り出すための布石にしか過ぎなかったわけだ。

 

「ちっ、面倒なことをする」

 

 飛来した瓦礫を身をよじってかわすフーディンだったが、かすかに食らったようだった。

 一度にあれだけの物体を動かしているため、自分に向かってくる対象に関しては無力なようだ。つけいる隙があるとすればそこだが……。

 

「押し潰せ、フーディン!」

 

 瓦礫がリゥへと殺到する。

 が、リゥの先ほど生じた一瞬の隙を利用して何とか逃げ出し地面へと着地した。

 

「……はぁ」

 

 その体は全身傷だらけだ。

 逃げ出した、とはまさに表現そのままで、リゥの体は満身創痍の状態だった。

 飛来した瓦礫が空中で粉々に砕け散る中、フーディンはテレポートで戦場に舞い戻る。

 リゥによってつけられた傷は確かにある。

 僅かではあるが、勝てる見込みが増えた。

 

「フーディン、自己再生」

 

『うむ』

 

 その言葉と共に、フーディンは負った怪我を目の前で回復してみせた。

 光の粒子が現れて包まれたフーディンは、すぐに万全の状態で立っていたのだ。

 

 ――自己再生。

 

 己の傷を技で、瀕死レベルの状態は治せないものの、ある程度ならばほぼ完治に近い状態まで回復ができる。

 結局、先ほどの攻防を経た結果は、リゥを更に追い込むだけだった。

 

「さあ、第二ラウンドだ」

 

 フーディンの眼前に、黒い球体が形成されていく。

 シャドーボール。

 亨との戦闘で苦しめられた技だ。

 

「射出」

 

 シャドーボールがリゥへと放たれる。

 その数――ひとつ。

 ゴーストタイプの技であるため、サイコキネシスのような大技にはならない、か……?

 

 サイコキネシス、テレポート、自己再生、シャドーボール。

 棗の登録した技を知ることができたのはいいものの、出し抜ける隙が見出せなかった

 

 特に曲者はテレポートだ。

 あの技がある以上、常に周囲を警戒し続けなければいけない。技を出している最中以外を動き回られればこちらに打つ手は無いに等しい。

 

「くっ……」

 

 リゥは辛うじて回避するも、先ほどのダメージは抜けていない。当たり前だ、瀕死寸前なのだから。

 棄権しても誰も文句を言わないような状態で――リゥは立っている。

 

「棄権しても構わんぞ?」

 

 と棗。

 確かにそうだ。

 今のリゥの姿を見て、万全の状態であるフーディンに勝てるなんて誰も思わない。

 

 ――だけど、

 

「断る」

 

 俺と――そして立っているリゥだけは、思っていない。

 誰ひとりとして思っていなくても、戦っている俺たちだけは勝つと信じているのだから。

 故に、告げる。

 

「勝のは俺たちだ」

 

 勝てる見込みの無い戦いを勝たせずして何がトレーナーか。

 相棒の意志を支えてやらずに何がトレーナーか。

 最後まで勝機を諦めない姿こそがトレーナーであり、リゥが望む俺の姿だろうから。

 

『――然り。が、未来を変えるだけの力、』

 

 フーディンの姿が消える。

 

『あらず』

 

 リゥの背後に突如として現れたフーディンは、手に持ったスプーンの切っ先をリゥの背中へと押し当てる。

 

「倒れ込め!」

 

『読み通りである』

 

 リゥの体が見えない力で叩き伏せられる。

 

「こ、の……!」

 

 力をこめるも、その戒めからは逃げ出せない。

 フーディンはリゥをサイコキネシスで持ち上げ、

 

『力無きものに未来は変えられぬ。変えるとは笑止』

 

 そして、瓦礫に向かってリゥを〝射出〟した。

 

「リゥ!」

 

 敗北がすぐ側に迫る中、

 

『必要なのは未来をねじ伏せるだけの力。それを持たぬものに――不可である』

 

 知ったこっちゃねぇ!

 

「火炎放射!」

 

「くっ!」

 

 リゥが火炎放射を放つ。熱波に襲われ、フーディンの拘束力が解けたのを逃さずリゥは着地し、息を整え始める

 

『むっ』

 

 やはり、か。

 サイコキネシスにやられた際、気になっていた点だった。

 遠くに行けばいくほど、そして動体であればあるほどこちらが少しは動けるような気がしたのだ。壁に打ち付けられる際、僅かだが動いているのが見て取れた。

 

 サイコキネシスには効果範囲がある。おそらくこの戦場もフーディンの効果が及ぶ範囲で作られているのだろうが、端から端まで最大の力が及ぶわけではないようだ。

 最大の力が及ぶのは、おそらく数メートル以内。その効果を補うための手法がおそらく――テレポート。

 

 あれを防ぐ手段はほとんどない。テレポートの弱点は距離だが、戦場程度の広さなら問題なく発動できる。

 何かを盾にすればテレポートは防げる。背中に壁があれば、少なくとも背後にテレポートはできない。が、そうすれば物体を通り抜けられるシャドーボールやサイコキネシスの餌食になるだけだ。

 

 だが、自由にテレポートができる場所に出れば――。

 

「はぁっ……ん、く」

 

 瓦礫の中心地に放り出されたリゥは、やはり限界が近いのかその場で倒れかけたのを何とか耐えた。

 だが、

 

「限界だ……」

 

 その状態はほとんど倒れているのも同じ。

 両膝と両手を地面へとつけ、再起不能にも思えた。

 たけど、モニターの判定にはまだ続投可能となっている。まだ、戦える。

 静まりかえる会場の中、棗が言う。

 

「棄権という選択肢もある。考えろ」

 

「断る」

 

「このままでは……死ぬぞ?」

 

 棗の言葉にリゥをもう一度見る。

 荒い息をつきながら、それでも立とうとしているその姿を。

 

 愚かだと思う人がいるだろう。

 情けないと感じる人だっているだろう。

 それでも、まだ諦めてはいない。

 傷ついても、倒れそうになっても――まだ、必死に突っ張って戦っている。

 愚直な選択であろうとも、誰かから恨まれることになろうとも。

 

 なら、俺が選ぶ選択肢なんて決まっていた。

 

「リゥ――高速移動!」

 

「愚かな」

 

 目の前にいるフーディンが消える。

 リゥが答えるようにして瓦礫に着いた四肢に力をこめるのが見て取れた。

 フーディンが放つのは、おそらくサイコキネシス。

 遠距離からシャドーボールを放つよりも確実に倒せるし、何より手加減ができる。

 この状態でフーディンがテレポートの先に選ぶ場所といえば――、

 

「真上に跳べぇ!」

 

「諒……解ッ!!」

 

 覇気と共にリゥの姿が消える。

 バキ、と。

 何かが折れる音と共に四肢にこめた力を使って、上空へと高速で昇っていく。

 

「馬鹿な――お前はそれを選ばないはずだ!」

 

 何より、

 

「高速移動で跳躍だと――馬鹿げている! 一体どれだけの負担を体に強いると思

っているんだ!」

 

 リゥの体のどこかは、さっきの跳躍で骨が折れている。

 無茶苦茶な戦法。

 無理な動き。

 だが、そうしなければ勝てない。

 

 実力も経験も――何もかもが下である俺たちが棗とフーディンに勝つには、これしか方法がない。

 俺の無茶に答えてくれるからこそ。

 無茶を信頼を持って言えるからこそ。

 自分が弱いということを知っているからこそ。

 自分が強いわけがないと理解しているからこそ。

 

「――教えてやるよ、エスパー使い(ジムリーダー)

 

 テレポートで現れたフーディンはすぐ近くだった。

 フーディンの顔が驚愕に歪む。

 

 真上――リゥを如何様にも倒せる格好の場所。そしてこの場所以外で、リゥを無事に倒せる場所は存在しない。

 

『だが』

 

「な、めんなあ!」

 

 リゥが電磁波を放つ。

 電流によって、びくん、とフーディンの体が硬直する。

 

 テレポートもできない至近距離。

 リゥは目標めがけて体を回転させ、自由に動く右手を振りかぶり、

 

「無茶だろうが何だろうがなあ――負けたくねぇんだよ、俺たちは!」

 

 ――叩きつける。

 

 回避不能の一撃がフーディンへと叩き込まれる。

 なす術なく落下するフーディンは轟音と共に瓦礫へと激突した。

 

「――フーディン!」

 

「リゥ――」

 

 それを追って自身もまた落下していたリゥが、落下地点へと向かって落ちていく。

 身構えるリゥ、モニターはまだフーディンの戦闘不能を示していない。

 トドメの一撃を繰り出そうとしたリゥに、

 

「リゥ!

 ……そこまでだ」

 

 そう言って、やめさせる。

 フーディンは立っていた。

 だが、

 

『感謝。これ以上は致命傷故、我が負けである』

 

 そう、言った。

 

『その強さ、見事。負けを認める他ないのである』

 

 念を通じて告げられた言葉に、リゥは目をぱちくりとさせていた。

 この瞬間、勝負は決まった。

 

「――六体目、撃破、だな」

 

 苦笑を共に放った言葉と共に、ヤマブキジムでの戦いは終わりを向かえた。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 

 ジムリーダー戦を終え、表彰を後にして治療に向かったリゥ達だったが、幸い無事だったようだ。

 ただひとつ気になることといえば、

 

「……大丈夫なのか?」

 

「ん。さすがに折れた骨まですぐくっつかないしね」

 

 苦笑と共に、リゥは左腕をハンギングキャスト法で固定していた。

 

「全治1週間だろ? 別にしばらく入院でもいいんだぜ?」

 

「駄目」

 

 俺の時はそうでもなかったくせに、自分の時は意固地になって否定していた。

 何でも、

 

「バッジはちゃんと受け取らなきゃ。あれを受け取ってからなら別にもう一回入院でもいいし」

 

「さよで」

 

 棗からバッジはまだ貰っていなかった。

 治療を優先し、棗の好意もあって俺も一緒に萌えもんセンターへと向かったからなのだが。

 

「それに、人よりも治りは早いからね」

 

 だいじょーぶよ、とリゥは言った。

 まぁ、本人が言うのなら少しくらいは大丈夫なのだろう。

 転んだりしないよう、歩く速度を落としながらジムへと向かうと、入り口で、

 

「時間ぴったりだな」

 

 と、棗が立っていた。

 どうやらまた未来とやらを視たようだ。

 

「便利なもんだなぁ」

 

「――そうでもないさ」

 

 棗は少し表情を暗くしたが、すぐに元に戻すと、

 

「さ、お待ちかねのバッジだ。私に勝利した証――受け取るといい」

 

 金に輝くバッジを差し出してくれた。

 

 ――ゴールドバッジ。

 

 通算6個目のバッジだ。

 

「ああ。確かに受け取った」

 

 それを握りしめ、

 

「んじゃ、これをつけるのはリゥだな」

 

「うん。

 ――ってどこ触ろうとしてんのよ!」

 

「あぶるぁち!?」

 

 片腕じゃつけられないだろうから服につけてやろうとしたら問答無用で殴られた。理不尽を感じずにはいられない。

 

「まったく……自分でつけるから貸して」

 

「へいへい」

 

 素直に差し出すと、リゥは自分でつけようとするもすぐに固まった。

 

 やっぱり無理なんじゃねーか。

 

「う、うるさいわね!」

 

「まだ何も言ってねーよ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた俺たちだったが、

 

「く、くく……」

 

 棗の笑い声を耳にしてお互い、一端距離を置いた。

 

「いや、すまない。面白いものを見せて貰った。ファアル」

 

「ああ」

 

「お前の父――サイガは強い。今回の戦いで少しでも学んでくれたのなら、次に生かすといい。彼はどんな相手でも――ねじ伏せてくるぞ」

 

 それが親父の戦い方。

 強力な力で相手をねじ伏せ斃す。あまりにも原始的で、それ故の突き抜けた強さ。

 

「――わかってる。今回は勉強になったよ」

 

「私もだ。機会があればまた」

 

 戦おう、という言葉はなかった。

 差し出された手を握り替えし、頷き合ってから俺たちは別れた。

 もう俺には、次の目的地があるのだから。

 棗と再び向かい合う時はきっと――また戦う時だろうから。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 

 

 その帰り道、俺たちの前に降り立った萌えもんがいた。

 

「ストライク」

 

 彼女の名を呼んで立ち止まる。

 相対する中、ストライクはリゥの姿を一瞥し、俺を正面に捉えた。

 

「――確信しました」

 

 暗い声だった。

 だが、それ以上にこちらの耳に届いた。

 明確な意志を持ったその声にはきっと、ストライクの想いがこめられていただろうから。

 

 すっ、と。

 ストライクは自身の腕――鋭い鎌を後ろに引いて、言った。

 

「今までの戦い、そして今回の戦いを経て――決心しました。

 あちしは貴方を――認められません」

 

 仮面のような表情と共に、ストライクは俺に向かって地を蹴った。

 隠しきれない殺意と共に――。

 

 

 

                               <続く>




ということで、ヤマブキジム――ナツメ戦です。

前回の投稿から半年も空いてしまいました。活動報告にちょろちょろといろんなことを書いていましたが、こんなに遅れてしまう形になってしまって申し訳ありませんでした。


次回からはもう少し投稿ペースを上げられたらな、と思いますので2ヶ月に1話くらいで投稿していく予定です。念に6話ですね。たぶん、そのペースだと来年では完結しなさそうです。

あまり長々と書いても仕方ないので、この辺で。次は2月を目標に頑張りたいと思いますので、引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。
ではでは、年末でもありますので、良いお年を。

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