萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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今回から新章ってことで。


【第二十七話】セキチク――目指す場所、行き先の不安

 あなたを許せない――と。

 ストライクは確かにそう言った。

 

 棗との戦いは熾烈で、それ故に仲間たちに無茶をさせ、結果、軽いではすまない怪我をさせてしまった。隣にいる険しい表情をしているリゥもまた、同じだ。そうでなければ、骨折なんてしたりしない。

 

「あなたが見せてくれると言った現実が、今の状況なら、わちしは……」

 

 同時にストライクの失望はもっともだし、俺に反論するだけの弁解はなかった。

 何しろ、誰よりも後悔していたのは俺だったし、自らの不甲斐なさに失望していたのも事実だったからだ。

 自分に対する失望と後悔を真っ正面から叩きつけられ、僅かの逡巡があった。

 

 だから、だろうか。

 ストライクが足を滑らせるように移動したのに咄嗟に反応できなかったのは。

 

 殺す気だ、と。

 直感で確信する。

 

 が、間に合わない。

 反応が遅れた体と、思っていたよりも素早いストライクの速さに思考がついていかなかった。

 

「ファアル――!」

 

 どこか遠くでリゥの声が聞こえる。

 しかしそれで眼前の鎌が止まるわけもなく、リゥが体を滑り込ませるより速く俺へと迫り、

 

「――、くっ!」

 

 突如として現れたナニかにはね飛ばされ、ストライクは吹っ飛んだ。

 

「あ……」

 

 時間にして数秒。その間にどこからか現れストライクをはね飛ばした奴は、紫電を放ちながらこう言った。

 

「何ぼーっとしてるんだ、ファアル」

 

 サンダースだった。

 呆れるようなからかっているような軽い口調ながらも、その視線はストライクに向けられていた。

 サンダースの体には包帯が巻いてあったはずだが、自然放電の影響か既に炭になって切れ端だけがついていた。

 

「悪い、助かった。お前……怪我は大丈夫なのか?」

 

「ん。走ったら治った」

 

「嘘つけ治るかよ」

 

「なぜ……」

 

 むくり、とストライクが立ち上がった。

 

「なぜ、あなたが彼に味方をするのです? あんな酷い扱いを受けていて……!」

 

「……酷い?」

 

 何が?

 と純粋にサンダースは疑問に感じたようだった。

 

 その様子に、ストライクはしばし言葉を失ってしまう。当たり前だ、俺だって詰め寄った相手がそんな反応をしたら言葉を失う自信がある。

 サンダースに理解させるにはしっかりと伝えなければならない――ストライクはそう判断したらしく、

 

「だってあなたは、ジムリーダー相手に」

 

「負けた。ぼこぼこにされた。悔しいけど、仕方ない」

 

「――は?」

 

「うん、わっちは負けた。悔しい。悔しくなってきた。なぁ、ファアル。もう一回

走ってくるぞ、いいよな?」

 

 ばち、と放電した。その状態で街中を走り回るのは危険すぎる。

 

「お前、ちょっと落ち着こうな?」

 

 ストライクは絶句していた。

 

「つかサンダース、お前、どうして悔しいだけなんだ? あの場面じゃ、どう考え

ても俺が悪いだろ?」

 

 ストライクの言葉を代弁するかのように問いかける。

 

 事実、不安だった。

 なす術もなく敗れ去ったサンダース。捨て石であるかのように見えたのは当然だし、そんなのは実際に戦っている萌えもんたちに対する冒涜だ。彼女たちは道具じゃない。

 

 だからこそ、俺は自分自身が許せなかったし、あの一手だけは必要不必要に関わらず、今後は使用するべきじゃないのも理解していた。

 

 そしてそれ故に、サンダースに対する負い目があった。

 かつてはなくて、今ではあるもの。サンダースを道具として使ってしまった自分自身への後悔が確かにある。

 

「あ、確かにあれはお前が悪いな、ファアル」

 

「ん、だな……あの時は、」

 

「でも、わっちも悪くないわけじゃない。うん、悪いな、きっと」

 

 悪かった、と。

 言おうとした俺に先んじて、サンダースは言った。

 

「わっちが弱かったから負けたんだ。あいつより強かったら勝てた、うん。だから悔しいんだ、納得した。わっち、賢いかもしれない」

 

「……」

 

 その飛躍しすぎてズレた理論に絶句する。

 そして、自身満々な顔を見て確信する。サンダースにとって、それが真実であるのだと。

 

「意味が、わかりません……」

 

 その言葉に衝撃を受けたのはストライクも同じようだった。

 

「……そうか? わっちには完璧理論なんだが?」

 

「当たり前です! 傷ついて負けて……それが自分とトレーナーの責任だなんて。それなら、それなら……」

 

 その先の言葉は、ストライク自身にも止められなかったに違いない。

 

「どうしてあちしは捨てられたんですか!」

 

 叫び、ストライクは踵を返し、飛んだ。

 俺を殺すことよりも、サンダースから逃げるように。

 ストライクの背に向かって、サンダースはぽつりと言った。

 

「お前が弱いからだろ?」

 

「……サンダース」

 

「な、何だよ?」

 

 サンダースを慌てて押さえるも、遅かった。

 ストライクはこちらを一度も見ずに飛び立っていく。

 

「許さない、か」

 

 飛び去る前にストライクが言った言葉。

 

 ――あなたたちを許さない。

 

 果たして。

 ストライクが飛んで行った方向はセキチクシティであり、俺たちがこれから向かう場所でもあった。

 

 

  □□□□

 

 

 サンダースと町中で合流した俺たちは、その足で萌えもんセンターでシェルたちと合流してからセキチクシティへと再び向かうことにした。

 

「この間から行ったり来たりな気がする」

 

「だな」

 

 ジム戦で移動を重ね、何度も通った見知った道になってしまった。

 とはいっても、そうやって行ったり来たりするのもまた旅の醍醐味だろう。

 戦いを挑んでくるトレーナーも、そういった日常のひとつ。

 彼らと戦った後、ストライクのことを訊ねながらセキチクシティへと南下していく。

 

 ……まぁ、ストライクに関する情報は得られなかったわけだけども。

 

「で、私たちの次の目的地はどこなの?」

 

 そんな中、リゥが訊ねてきた。

 そう、寄り道をしてリーグに間に合わないとなっては意味がない。気にかけつつも俺たちは本来の目的地である萌えもんリーグ会場を目指さなければならない。

 リゥが懸念しているのもそこだろう。

 俺は眼前に広がる大海原を指さし、

 

「あそこに、小さく島が見えるだろ?」

 

「……んんー」

 

 水平線の彼方に、本当に小さいサイズで島影が見える。

 今いる場所が高いからいいものの、もう少し下ればもう見えなくなるであろう小ささだった。それは即ち、遠さをも意味するわけだが……。

 

「あのふたつ並んでる?」

 

「ああ。双子島って言うんだ」

 

「ふうん。あれが目的地?」

 

「いや、中継地点だな」

 

 言って、俺は地図を広げた。

 地図の南の方にはセキチクシティ。そして大きく離れてふたご島とグレン島が描かれている。

 俺はその中でグレン島を指し、

 

「このグレン島が次の目的地だ。ただ、一番近い場所がマサラタウン――まぁ、俺たちが出会った町だから、今から引き返すのは流石に遠いだろ?」

 

「……そうね」

 

 それで、とルートを指でなぞる。

 

「セキチクシティから双子島を通って、グレン島に向かう。ちょうどカントー地方を一周するルートだな」

 

「確かに。でも、この海って大丈夫なの? 荒れてたりとか危険なのがいたりとか」

 

「まぁ、万事ってわけじゃないが、大丈夫だと思うぞ。この近辺の海は海水浴客も多いし、沖に出ても泳いでる姿を良く見かける」

 

「なら、いいけど」

 

 リゥは片腕を骨折している。今の状態では泳ぐのは難しいだろう。いざとなればリゥを担いで俺が泳ぐくらいは覚悟しているが、それは最悪の場合。何より、ふたご島までは遠い。泳げば半日以上はかかるだろう。

 

「ちゃんと骨折のことは考えてるから安心しろって」

 

「……別に、そうじゃないけど」

 

 小さく言った言葉を俺が深く考えるより先に、

 

「手があるなら任せるわ。もうちょっとで着くわけだし」

 

「おう、その辺りは任せておいてくれ」

 

 どん、と胸を叩く。

 こんなこともあろうかと、ジムリーダー戦の後に密かに手を打っていたのだ。

 俺はどうか来てくれてますように、と心の中で願いながら、一路セキチクシティの萌えもんセンターへと向かった。

 

 

     □□□□

 

 

 数日ぶりに訪れた萌えもんセンターには、なぜか人が多かった。

 それも賑わっているというより、混雑していると言った方がいいような状態だったのだ。

 

「……何だ?」

 

 慌てた様子で受付に駆け込んでいる女性もいれば、心配そうに萌えもんの名前を呼んでいる男の子まで様々だ。

 

「ファアル」

 

「ああ、わかってる」

 

 何かあった、か。

 表情を険しくしているリゥを伴って萌えもんセンターの中を歩く。

 

 待合室にいる人たちの話が耳に入ってくる。どうやら、海で海水浴客の萌えもんが襲われたようだった。

 一瞬、ストライクかとも思うが、いくらなんでも無差別にやるとは……思いたくなかった。

 

「あなたも気をつけた方がいいわよ? その萌えもんちゃん、怪我してるんだし」

 

 と、待合室にいたおばちゃんに言われた。頭を下げ、待合室から一歩遠ざかる。

 

「酷いね」

 

「……そうだな。何がなんだか」

 

 そう言いながら、脳裏をよぎったのは、ついこの間起こった事件だった。

 

 ――ロケット団。

 

 だが、あの組織は壊滅したと発表されている。首領である榊さんは捕まっていないものの、あれだけ大規模な事件を起こしておいて、こんなすぐに次の事件を起こすとは考えにくい。

 

 しかし、これだけの騒ぎだ。よっぽどの実力がない限り、たったひとりでこの騒ぎを引き起こすのは不可能に近いはず。

 

「うーん」

 

 なんて頭を悩ませていると、リゥが嘆息し、

 

「ストライクのことはいいの?」

 

「いや、もちろん大事なんだけど、こっちも気になるじゃないか」

 

「……まったく」

 

 それは呆れているようでもあり、どこか安心しているかのようでもあった。

 

「――ま、だから選んだんだしね」

 

「ん?」

 

「別に。もう少しここにいるの?」

 

「待ち合わせもしてるから、そいつ次第だな」

 

 言って、萌えもんセンター内に視線を巡らせる。少し時間は潰れたものの、目的の相手は見当たらない。

 

 遅刻か?

 時計を見ても約束の時間を過ぎている。

 外で待つか、と一度萌えもんセンターの外に出る。

 その時にもまたひとり、萌えもんを抱えて子供が飛び込んできた。その顔はくしゃくしゃに歪んで――泣いていた。

 

「……」

 

 何とも言えない憤りを感じてしまう。

 しかし、萌えもんセンターにしても素人の俺ができることなんて何もない。

 行く先のない怒りをただただ持て余すしかなく――ままならないものだ。

 

「ふむ。やはり貴殿も知らないか」

 

「わいも聞かされてはいたんですけど……実際見てみてこりゃえらいこっちゃな、と。ただ、断定するのは難しいですわ。こんな真似、できる奴なんてそうおらんの

ですけど」

 

「サファリゾーンから逃げ出した可能性は低いようだ。園長にも調べさせたが、現在逃げた萌えもんの中にあの傷を広範囲かつ複数の対象に負わせることができるのはいないと」

 

「嘘の可能性もありません?」

 

「それについては、信用できる。変態だが、経営に関しては真摯だ」

 

「紳士なだけに、ですね。ぶぁはっはっ!」

 

「寒いわバカたれ」

 

「あいたぁ!」

 

 萌えもんセンター近くで話していたふたりに近づき、ひとりの頭をはたいた。

 もうひとり――亨は俺に気がついていたらしく、視線で挨拶を交わす。

 

「で、だ。マサキ。お前中に入ってこいよ。ずっと探してたんだぞ?」

 

「実は中に入っていくの見ててん。でも楽しそうやったから放置してた。しばらく待たせといてもいいやろ思て」

 

 うぜぇ。

 

「……さっきの話、萌えもん関係か? 何かあったみたいだが」

 

「うむ。辻斬り事件が今朝から急にな。我々も調査を始めたのだが」

 

「ふうん……」

 

「気になるんやろ?」

 

「まあな」

 

 萌えもんセンターでの光景を見れば、誰だって気になるし、理不尽な行為に怒りを覚えるだろう。

 

「よう、リゥちゃん久しぶりやな! 相変わらずファアルに振り回されてるみたいやなぁ」

 

「別に。もう慣れたわ」

 

「へぇ……何や嬉しそうやん。嫌よ嫌よも好きの内ってか? きゃは♪ みたい

な」

 

「……殺す」

 

 俺は亨へと視線を向け、

 

「どこで起こったんだ?」

 

「朝はそこの海岸近くから――その後は海へと向かっている」

 

 すっと目を海へと向ける。

 となれば、

 

「双子島か?」

 

「わからぬ。が、被害者は確実に沖へ沖へと移動しているのは事実だ」

 

 となると、双子島に向かいながら邪魔な萌えもんを襲っているということか? そんな手間をかけてまで襲う理由はなんだ? それとも双子島に向かっているのは結果で、目的は萌えもんを襲うことなのか? 

 可能性はいくつもあるが、そのどれもがしっくりこなかった。

 

 何故? と。

 当たり前だが、犯行の理由が全く浮かばないのだ。それこそ、快楽的な犯行以外では。

 

「犯人を見た奴はいないのか?」

 

「――いる。ストライクだそうだ」

 

「……そうか」

 

 思いたくはなかったが。

 あのストライクなのだろうか?

 元々珍しい萌えもんでもあるし、そう何体も生息してはいまい。

 それに一瞬とはいえ俺に向けられた殺気は――彼女であると確証たらせるには充分すぎた。

 

「何か心当たりがあるのか? 以前ストライクをつれていたようだが」

 

「心当たりが外れるのを祈ってるだけだよ」

 

 言って、肩を竦める。

 

「あんたは、これから原因を究明するのか?」

 

「それも仕事であるからな」

 

 亨は頷き、言外に双子島へと向かう意志を示した。

 

「マサキ! 準備って大丈夫なのか……って、何だよその顔」

 

「……やめて、これ以上わいを傷物にせんといて……」

 

 ボコボコにされていた。

 まぁ、マサキだしいいか。

 

「船、出してれるんだよな?」

 

「ねぇ、心配してくれへんの?」 

 

「お前なら大丈夫だよ。何しろ天才だからな」

 

「せやな、わい、天才やもんな!」

 

 ちょろいぞこいつ。

 

「船は停泊所に停めといた。行くんやろ?」

 

 何が、とは行ってこなかった。

 

「もちろん、頼むぜ。

 ……ぷっ、いやそれより先に、こっち見ないでくれ。頼む」

 

 ボコボコにされた顔で決めポーズされてもギャグにしかなりえない。

 吹き出した俺にマサキは、

 

「いろいろ台無しやんけ!」

 

 大声で喚いた。

 

 

 ――こうして。

 萌えもん襲撃事件とストライクを追って、俺たちは双子島へと向かうのだった。

 無事にグレン島に着ければいいのだが……そうもいかないようだ。

 

 

                               <続く>




何とか間に合いました。
前書きにも書きましたが、今回から双子島をメインに進めて行きます。今のところ3話か4話構成を予定していますが、どうなることやら。




ではでは、また次の話で。

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