萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~ 作:阿佐木 れい
今回からグレン島。金銀で跡形も無く消えてたのを見て、当時驚いた記憶があります。
どこにあろうとも、病院というのはさほど変わらないな、というのがここ最近、実感し続けていることだ。
ただ、窓から見える風景だけは違う。タマムシシティのようにコンクリートジャングルではなく、窓から外に青空と海が広がっているのは見ているだけで気持ちがいい。精神的に癒やされる。
が、それも数日間も見続けていれば、飽きる。
今じゃテレビを見ている方が長いくらいだ。病院は病院という事実を思い知った。
「ひまー」
うなだれて言ったのはシェルだ。豪華な衣装に身を包んでいるものの、中身はあんまり変わっていない。ぐでー、と体をベッドに預けて〝暇〟を連呼している。
「もうちょっと落ち着きなさいよ」
呆れた顔でたしなめているのは、リゥだ。同室のばあちゃんに教えてもらった編み物に最近ハマっているようで、棒針でちくちくと何かを縫っている。始めたのは最近のようだが、こういう作業が好きなようで熱中していた。
耳を傾ければ潮騒の音が聞こえてくる、ゆっくりとした時間は貴重でもある。身を委ねているとそのまま眠ってしまいそうだ。
病院といっても小さなもので、収容できる人数もさほど多くはない。その中で滑り込めたのは行幸だったが、若者の数は少ないらしく年配の人も多い。あまり長居すると申し訳なく思えてくる。
結果、出来ることと言えばテレビでジム戦を見るか対策を練るか、リゥたちの相手をするかだけだった。
とはいえ、ジム戦は見ていて面白く、特に戦う予定である桂は目に焼き付けるように見られたのは大きい。ノートを広げてあーだこーだ考えていると、呆れられたりする場合も多く最後には苦笑されて「応援するからね」と言われるのは何だか恥ずかしかった。
ともあれ、入院生活もそれほど長くは続かない。過ぎていく日々に少しの焦燥を感じながらもおそらく最後であろうゆっくりとした時間を過ごした。
そして、無事に退院許可が下りたのは、それから一週間後だった。
ゆっくりと旅をしているのもあるが、行く先々で事件に首を突っ込んだり巻き込まれたりしていたものだから、リーグ開催まであまり時間が残っていない。
が、ジムに挑むには登録して次の日まで待たなければならない。
駆け込み需要が多いのはどこも同じらしく、今日はもう満員だそうで次の日になってしまったのだ。
つまり、すっぱりと一日空いたわけだ。
さてどうしようか。考え始めた矢先にコンの言った一言が見事に決めてくれた。曰く、
「探検しましょう♪」
今まで閉じこもっていたのもあって、コンは体を動かしたいようだった。確かにずっと病院にいたから息もつまっていたし、久しぶりの外で体が若干驚いてもいた。つまるところ、俺自身も思考を偏(かたよ)らせたくないので、気分転換に付き合うことにしたわけだ。
桂が炎タイプを使うというのは周知の事実だ。戦略も入院している間に練ってはいる。テレビで放送していたジム戦は参考になった。ビバ、文明の利器。
「探検つっても、どこを?」
周囲を見渡しても、小さな島だけあって探検できる場所などほとんどない。火山島という部分を除けば、研究所かジムくらいしか目立った施設もないはず。
そんな俺の言葉を受けて、コンは自信満々に先導をきって歩いていく。
「この間、偶然見つけたんです」
時々いなくなることがあったけど、どうやら島を歩いていたらしい。初めて会った頃と比べて随分とアクティブになったもんだ。
「……なによ」
リゥといえば、入院している間、俺の側でずっと編み物をしていたのだから、変な気分だ。黙って黙々と熱中していたが、知り合いがずっとついていてくれるという有り難みは実感できた。病気もそうだが、動けない時に傍にいてもらえるってのはありがたいもんだ。
「編み物、できそうか?」
「ちまちましてて難しいけど、絶対完成させるわ」
珍しく、ふんすと鼻息荒く宣言した。やる気に満ちているあたり、まだブームの真っ最中のようだ。
俺とリゥがそんな調子で話していると、やがてコンは島の外れ近くにある古ぼけた屋敷の前で立ち止まった。
「ここです!」
手入れが全くされていない屋敷は、かつてはお金持ちが住んでいたのだろうと思えるくらいの大きさだった。が、それも時間には勝てないようで、今では草が伸び放題。門扉は錆びているし、窓ガラスも割れている。風雨によって浸食された木製のバルコニーが、今にも崩れそうなほど腐っている。
「幽霊屋敷みたいだな」
ぽつりと呟いた言葉で隣にいたリゥがぴくりと体を震わせた。そういえば、苦手なん
だっけ。
「コン。念のために訊くけど、ここ探検するの?」
「はいっ」
強ばった様子のリゥと、ノリノリのコンが対照的だった。
「だめよ、絶対にだめ。だって危険そうだもの。いえ、そうに違いないわ。怪我したら大変だし、やめましょう、それがいいわ」
ね? と視線で訴えてくる。そんなに嫌なのか。
「えー、大丈夫ですよ? 入っていく人、時々いますし」
「そうなのか?」
「はい。大きい荷物を抱えて、こそこそしながら」
それ、火事場泥棒とかそういう類の方々じゃないか?
「と、とにかくだめ。これ以上ファアルに怪我をさせたくないでしょ?」
「――それは、そうですけど」
「でしょ? じゃあまわれ右して今すぐ戻るべきよ」
必死だった。
たぶん、今までここまで必死なリゥは見てないんじゃないかと思うくらい、必死だった。
「でも、これから先、ゴーストタイプとかと戦う場合を考えると慣れも必要だと思うんですよ」
「……む」
「ちょっと何考えようとしてるのよ」
万力のような力で腕が捕まれる。言葉よりも雄弁に語ってるな、めちゃくちゃ痛い。
「つ、つっても、危険だろ流石に。ぼろぼろだぞ」
廃墟ってのには確かに浪漫がある。崩れていく姿もそうだが、かつて人の営みがあった空間が自然に飲み込まれ、やがて一体化していく中で生じる空虚さとか魅力に満ちあふれているのは間違いない。
が、それも危険という部分があってこそだ。かつて人が住んでいたからといって今も大丈夫だという保証はない。崩れる危険性もさることながら、浮浪者や犯罪者が不法滞在していることだってもちろんある。かくいう俺も、昔仲間たちと一緒に廃墟にたむろしていたわけだし。
「むー」
しかし、コンは納得がいかないようだった。
まぁ、確かにここのところずっと引きこもっていたのは事実。こうして我が儘を言ってくれ留のは反面、信頼してくれているわけでもある。できれば叶えてやりたいが……。
「……じーっ」
若干ひとり、それだけで人が殺せるんじゃないだろうかというほどの眼光を向けてくるのがいるわけで……。
どうしたものか、と悩んでいると屋敷のさび付いた門扉近くにひとりの少年が自転車を止めて、さも当たり前であるかのように中へと入っていった。
「あれ、グリーン……だよな?」
ツンツンヘアーと小生意気な面構え、間違えるはずもない。
ジム巡りは俺がダントツで遅いため、もうそれぞれの街で出会う場面もほとんどないし、実際に顔を見たのはヤマブキシティ以来か。
それにしても、何であんな廃墟に……?
「うーん」
妙なもので、他人がいくら危険に飛び込もうがどうでもいいが、知り合いだと妙に気になってくる。さっきも危険だって話をしていたところだ。
「よし、入るか」
「やった!」
「ちょっと」
コンは喜び、リゥは非難の視線。対極だった。
「グリーンってあの緑の子でしょ? ほっとけばいいじゃない」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
何言ってるんだ、と反論する。
するとリゥは、「あー」だの「うー」だの散々呻いた後、
「……じゃあ、拾ったらさっさと出るから」
渋々といった様子で言った。
「ありがとな」
「別に」
ぷい、と顔をそらしたリゥだったが、しっかりと指は俺の袖口を掴んでいた。
まぁ、早めに出てやるとするか。
危険なのには違いないし。
誰も見ていないか、改めて周囲を確認してから、俺たちはこっそりと崩れかけている屋敷に脚を踏み入れた。
よくよく考えてみれば――不審者丸出しだった。
*****
屋敷の中は、昼だというのに薄暗かった。
放置されて久しいのだろう。ボロボロのカーテンや窓、破損した天井の一部から差し込む陽光が、舞い上がる埃を照らし出していた。昼だからまだいいものの、夜になると本当に何か出てきそうな雰囲気だ。
玄関から真正面には大きな階段があり、二階へと続いているようだ。階段の右手にも同じく通路があり、おそらくリビングや来客用の部屋があると思われた。
「わぁ、良い雰囲気です♪」
コンはひとりはしゃいでいる。
「……」
リゥは無言。おそるおそるといった様子で屋敷の中を見回している。
「グリーンは……」
目当ての人物を捜すべく視線を巡らせるも、見つからない。二階に上がったのか、それとも奥に進んだのか。
床に目を凝らすと、うっすらとだが積もった埃の上に足跡が刻まれている。
が、それも複数。どう見てもレッドのものとは思えない大人のサイズがほとんどだ。
「――泥棒か浮浪者か」
泥棒だとすれば、こんな空き屋敷に用事なんて無いと思うが……。どちらかと言えば浮浪者の方が可能性は高そうだ。それに、ポアロが所属していると言っていたのもグレン島の研究所だった。何がいるのかわらかないし、警戒はするべきだろう。
「うそ、うそよ……こんな場所に人なんているはずない……絶対おばけよおばけ。
――おばけ、やだ」
何か可愛そうなくらい袋小路に入ってるな。
「リゥ。ボールに入っておくか? そうすりゃ怖くないだろ」
我ながら良いアイデアだと思う。
が、恐怖というのはそんな理屈で片づく代物ではないのだ。
間髪入れずにリゥは、
「嫌よ! ボールの中に入ってこられたら何もできないじゃない!」
想像力逞しいな……。
「いやま、確かにそうかもしれんけど」
「あいつら、絶対殴っても意味ないのよそうに違いないわ。追い払えないなら逃げるしかないのに逃げ場のない場所に入ってろって言うの?」
「わかった。わかったから……俺が悪かった」
「ほんとに納得してるわけ?」
「お、おう」
リゥにその話題を振るのを今後一切やめようと思うほどには。
「ふと思ったんですけど」
と、そこでそれまで目を輝かせていたコンが、ニヤァと底意地の悪い笑みを浮かべ、
「リゥさんって……脳筋ですよね」
と言った。
「――何ですって?」
んん?
「だって、物理的に追い払おうとしてる考えがもう」
「嫌なものとかあったっらまず手で払ったりするでしょ? 普通よ普通」
まぁ、確かに虫が嫌いな女子とかまず逃げるもんな。潰したりするのは主婦みたいな心の強い女性の方々に多い印象はある。
「え、でもまず最初は逃げません? そっちの方が女子力高いみたいな」
――さて。
改めて屋敷を観察しておこう。ボロボロなんだ。耳を澄ませば誰かが歩く音だって聞こえるに違いない。
「ねぇ、ご主人様もそう思いませんか?」
「俺に振るなっての」
「……どうなの?」
そんな射殺すような目で見ないで。
「――ったく。まぁ、人によるんじゃねぇの? 苦手なもんなんて誰にでもあるんだし、遠慮なく頼ってくれりゃいいって。俺はトレーナーだぜ? 何かあっても守るさ」
「う、うん。ありがと」
「……迂闊、これが女子力!」
と、騒いでいると、聞こえていたのだろう。奥の部屋から知った顔が現れ、お互い気がつくのより僅かに早く、リゥの肩に下からにゅっと伸びてきた手が置かれ、
「何よ、コン」
振り向いたリゥの真正面で、
「ばぁ」
「――、ほわぁ」
怖い顔を晒したアーボックが飛び出してきて、リゥは無言のまま、卒倒した。
「わーい、成功成功」
「なんだ、あんたかよ。って何やってんだ?」
受け止めたリゥに視線を向け、次いで苦笑するコンがリゥの手を握ったあたりまで見た後、俺は嘆息してから答えた。
「ここで出会えて良かったよ」
本当に、そう思った。
****
「ほんと何なのあんた何なのあんたぶっ殺すわよ本気でねぇちょっと聞いてるの? その耳もっと広げなさいよいいえ今から私が直接かっぽじってあげるからじっとしてなさい」
「ひ、ひえぇぇ~~」
卒倒し、しばらくして目が覚めたリゥは、自分を驚かせた張本人であるアーボックにつかみかかったかと思うとスプラッタ間際の責め立てを繰り返しており、流石に見て見ぬ振りができない状況になり果てていた。かなりのご立腹らしい。
「ご主人様、私、今度からリゥさんにホラーを見せるのやめておきます」
「ああ。もし見せるなら是非俺のいない場所で頼む」
頷き、のっぴきならない状況にならない内にリゥをひっぺがす。
「待って今いいところなのに」
「そこまでにいしとけって。相手びびってんじゃねーか」
「あうぅ……ごめんなさいごめんなさいほんのちょっと出来心でざまぁみろって思った
だけなんですぅ」
「ぶち殺すわ」
「こらこらこらこら」
肩の下から腕を回してホールド。
「ちょ、どこ触ってるのよこのバカ!」
「まそっぷ!」
するりと抜け出したリゥによって空中に放り出され俺は、久しぶりに無機物をキスをした。埃みたいな味がした。
「相変わらずだな、バカファアル」
「ああ。お前はちょっと逞しくなったな」
「えっ、そうか? へへへ」
「今の一瞬で復帰してます!」
「タフになってきたみたいね」
胸元を両手で覆っているリゥは、そう言ってそっぽを向いた。別に胸は触ってねーんだけど。
「で、何しにこんなボロ屋敷に? はっきり言うけど、危ないぞここ」
「うん……ってオレより、あんたはどうして?」
「あん? んなの、お前が入っていったからに決まってんじゃねーか。危ない場所にい
る幼なじみを放っておけるかよ」
「……けっ、そうかよ」
グリーンは少しの安堵と、視線をさまよわせるかのように顔を小さく横に振った。
「萌えもん研究所って知ってるか?」
「ああ。確かお前のじいさんも協力してる研究所だろ? 化石とかも調べてるそうじゃないか。この島にもあるよな」
「知ってたか。じいさんから連絡があって、手を貸してやって欲しいって言われて手伝
ってるんだよ」
確かにあの博士なら、研究所とパイプがあってもおかしくない。忙しい人でもあるし、お使い程度を孫に任せるのもたまにあるのだろう。隣町のトキワシティまでグリーンがお使いに出かける姿を時々見かけていたし。
「で、その手伝いってのがこのボロ屋敷と関係あんのか?」
グリーンは頷いて、
「地下室に研究所の資料置き場があるらしい。と言ってももうかなり古いものらしくて、破棄前提でこの地下に眠らせてるらしいんだけど、必要になったらしくて、頼まれた」
「ふむ。過去の不要な資料素材をまとめて地下室に永眠させていたら、偶然それが必要になったもんだから回収するハメになったわけか。でも何でこの屋敷にそんなのあるんだ?」
俺の問いに、グリーンは天井を見上げ、答えた。
「研究所に在籍した職員の元屋敷なんだと。その研究員は謎の事件で死んだらしいんだけど、昔はその人が広い屋敷だからってんで不要な資料を引き受けて独自に何かの研究もしていたらしい。ただ、必要な時はいつでも言ってくれってことで鍵も……ほら」
ちゃりん、とグリーンがポケットから出したのは装飾もないもない鍵だった。
「経緯はわかった。で、何でお前は上から降りてきたんだよ。地下だろ?」
「うっ」
俺の指摘にグリーンは固まると、
「ははーん。さては探検したくなったんだな? わかる、わかるぞ。男の浪漫だもんな。隠すことないぞ、俺にはわかる」
「ち、違げーよ!」
バンバンと肩を叩く。
ムキになって反論しているが、顔は真っ赤だ。大人ぶろうとしているが、まだまだ子ども。こういう部分は恥ずかしいのだろう。
気にするな、グリーン。大人になれば誰にはばかることなく言うようになる。男ってのはみんな、そうやって大人になるもんだからな。みんなわかってるのさ……。
「じゃ、てっとり早く行こうぜ」
「は?」
「は?」
と言ったのはグリーンとリゥ。
「いや、だから手伝うって。危険な場所だし、ふたりいた方がいいだろ?」
「……まぁ、そうだけど。いいのか? あんたのハクリュウ、顔真っ青だぞ?」
「リゥ、何事も試練だ」
「まじめなこと言ってるつもりなんだろうけど、目が輝き始めてるのくらいわかるのよ!」
「そんな!?」
涙目になって抗議してくるリゥ。
そのリゥにコンが何やら耳打ち。
「……」
何を吹き込まれたのか、こっちをチラっと見たリゥは頷いた。
「い、いいわ。行きましょう。さっさと終わって外に出るのよ、いい?」
「はーい」
「楽しそうに返事しないで!」
「グリーン。間取りとかあるのか?」
「ない。でも場所は聞いた。後は……こいつに手伝ってもらう」
言って、グリーンはボールを展開した。
出てきたのは、ブラウンと白の毛並みを持つ、どこか犬を連想させる萌えもん。
「え……」
その姿を見て絶句したのは、俺と――そしておそらく、リゥとコン。
「な、何です……か?」
道ばたで急に不審者に出会ったかのような目を向けられる。非常に遺憾である。
「ぐ、グリーン。その娘とはどこで出会ったんだ?」
「んだよ? 別にどこだっていいじゃねーか」
「もしかして、タマムシシティの近くだったりしねぇか?」
「ん? ん、まぁサイクリングロードだったし、そうだな」
サイクリングロード……つまり、タマムシシティの近く。
「ちょっと待ってろ」
腰のホルスターから慌ててボールを取り出し、展開する。
「む、むむ。わちし解放されたのか!」
「俺が無理矢理拘束しているような言い方やめろ」
「おお、ここはどこだ。わくわくするな!」
サンダースは浪漫がわかる良い娘だ。
「じゃなくてだ。サンダース、あいつ見覚えあるか?」
「んん?」
鼻をひくひくさせつつグリーンのイーブイへと近づいていくサンダース。
やがて至近距離になると、お互いの手のひらを会わせ指を絡ませて握り合うと、額をくっつけた。
「この感じ――知ってるぞ!」
そして、叫ぶと同時に手を離し、そのままガバっと抱きついた。
「久しぶりだー! 元気だったみたいでわちし嬉しいぞ!」
「アババババババババババ」
「サンダースちょっと待てぇぇ!」
放電で痺れているイーブイから引き離す。俺も痺れた。
「すまん。感動のあまり抱きついた!」
「うぅ……」
ここまで謝る気のない謝り方って聞いたことがない。
「……酷い目にあった。でも、」
イーブイは俺にちらりと目を向け、
「良いマスターに出会えたみたいだね」
「そうでもない!」
「地味にショックなんだが」
まぁでも、良かった。
もっと時間がかかるか、もしかしたら――とも思っていたから、見つかって本当に安堵した。
「なぁ、あいつらって知り合いなのか?」
「ああ。うちのサンダースがずっと探してたんだよ。タマムシシティの地下施設で一緒
に育ったらしい」
「……あそこか」
ロケット団のアジトで研究されていた萌えもん、イーブイ。進化の可能性を探るために研究され、死んでいたかもしれない兄弟姉妹たちが出会えたのだ。祝福されて然るべきである。
「しばらくは一緒にさせておいてやろうぜ」
「だな。協力して探してもらうとするか」
グリーン曰く、地下に降りる階段があるそうなのだが、住民だった研究者によって隠されていてどこにあるのかわからないらしい。かつて在籍していた職員たちに大まかな場所を訊きはしたものの、後は実際に調べるしかないだろうとのこと。
そこでイーブイに協力してもらうことで、地下室の微かな臭いを辿ろうと考えたそうだ。
「了解。じゃあ、何かあったら連絡な」
そうして、俺とグリーンは二手に分かれて屋敷の一階を捜索し始めた。
****
二手に分かれて、屋敷の中の捜索を始めた。萌えもんたちを合わせるとかなりの人数で、ひとりでやるより効率は段違いだった。
「なぁ、サンダース」
「ん、なんだ?」
振り返ってくる。
探検したい衝動が全身から漂っているが、走り回って最後には生き埋めとか洒落にならないから絶対に止めないといけない。
「良かったな」
「おう!」
心底嬉しそうに、サンダースは笑った。
仲間を捜し出す。
期せずしてサンダースの目的は達成させられたわけだが、これからどうするのだろうか。
施設で苦しい生活を送っていたのだ。このまま家族と一緒に暮らしたいといっても――俺は止めるべきなのだろうか。旅をしたいのは俺の理屈であり、希望だ。だけど、心の底から求めている願いを前に、俺の求めは……。
「――アル。おい、ファアル!」
「あ、ああ。悪い。考え事してた」
「むぅ、すぐに気を逸らす奴だ」
「悪かったって」
お前に言われたくねーよ、と思ったが、素直に謝っておく。
「ここ。ここが怪しいぞ」
「お、そうか?」
前足でテシテシと床を叩いてアピール。
「風が下から来るんだ。それと、雑巾みたいな臭いがする」
顔をしかめたサンダース。
「なるほど。となると、階段……ではなさそうだな」
周囲を見渡すと、階段を設置するようなスペースではないように思えた。部屋の端、それも窓際だ。こんな場所に階段は何というか――センスが悪い。大体は机などで隠してもわからないような部屋の中央や、本棚などを置ける壁際に設計する。窓際という話は、聞いたこともなかった。
「一番怪しいのはどの辺りだ?」
「ここ」
気を回しすぎていたのかもしれない。結果、不注意になっていたようだ。
窓際で風雨にさらされて腐食しているという点。日光によって乾燥していたかもしれないという点。おまけに風が吹き上げてくるというおかしい点。
それら全てを思考の彼方に吹っ飛ばした結果、
――ミシ。
という音と共に。
「あれぇ?」
腐った床がずぼっと抜けた。
「ファアル!」
血相を変えてリゥが飛び出し、間一髪俺の手を掴んでくれたが、
「……ですよねー」
周囲の床板も巻き込んで盛大に崩れ落ちた。
少し前にも似たような経験をしたな、と朧気に思ったりもしたが、高さはほとんどなく、運良く何かのマットの上に落ちたというのもあって怪我は全くなかった。
「ご主人様ー!」
「おーい、大丈夫か?」
上から聞こえてくる声に、
「大丈夫だー」
と答え、周囲を見渡した。
暗闇でほとんど見えないが、目的の場所であるのは間違いなさそうだった。
「……臭い」
俺たちを助けてくれたのは、不要になった布団たちのようだ。幾重にも積み重ねられた布団は、何かに使用していたものか、はたまた単に片づけるのが面倒だったのか。今でとなっては定かではないが、助かったのは事実だ。布団からどいて、服を叩くと埃が舞った。
「げほっ、ごほっ」
「ダンジョンだな!」
今にも駆け出しそうなサンダース。
「ぶつかるからじっとしてろよ?」
「えー」
不満そうに見上げてくるサンダースを余所に、コンを一度ボールに戻して再び展開する。
「グリーン。そっちは階段見つかったか?」
「今のところは……」
「そうか」
ポケットからZIPPOを取り出し、火を付ける。
ぼうっと、暗闇が火によって照らし出される。
「火なら私がつけますのに」
口を尖らせるコンに苦笑を返す。
「コンの火は威力が高いからな。火事になったりしたら厄介だし、今回は勘弁してくれ」
「はぁーい」
見ると、すぐ近くに階段があった。
それと同時にさっきまでいた部屋の間取りを思い浮かべる。
「グリーン。階段を見つけた。部屋の本棚――そうだな、入り口の方から数えて二つ目か三つ目あたりの下が怪しそうだ。探れるか?」
「わ、わかった」
ばたばたと階上で音が聞こえ始める。
「さて、灯り灯り、と」
研究所の資料があるのなら、ここの電源はまだ生きている可能性が高い。破棄場所として選ぶなら、即ち人の手が届く場所なければいけないからだ。
「そう簡単に辿ってきたものを捨てられるほど人間厳しくねぇからな」
独りごち、壁にそうように移動していくと階段から少し離れた場所に証明のスイッチがあった。電源を入れると、ブゥンという音と共に蛍光灯が地下室を照らし始める。
「さて」
ポケットにしまいつつ、地下室を見渡す。
木製の壁に囲まれた地下室は、無機質な印象は受けない。が、屋敷同様に広く設計されており、全体に視線が届かないほどだ。
不自然な位置にあったスイッチだったが、こうして明るくなると理由がわかる。階段部分の天井には単独で証明が設置されていて、正しく機能していれば明かりの届く範囲だったのだろう。
と、どうやら上でも見つけたようで、グリーンが降りてくる。
「よう、お疲れ」
「苦労したぜ……って、臭! 近寄んじゃねーよ!」
「そんな水くさいこと言うなよ、兄弟」
「ぎゃあやめろ臭くなる!」
「へっへっへ」
肩を組むとグリーンは意地でも離れようともがくが、所詮は子どもの力。ムキになった大人に力で勝てるわけがないのだ。
「大人げないんだから」
蛍光灯がついたのもあって、リゥは少し気を取り戻していた。現金である。
「目的地はどこだ?」
「……この奥だな」
「ふぅん」
グリーンが死んだような目で指し示してくれる。
地下室は見たところ、研究施設であり同時に娯楽施設でもあった。
広い場所にはビリヤード台が置かれ、道具そのものも当時のままで放置されているようだった。
地下室のあちこちに萌えもんの像が設置されていて、正直暗がりで見たくないが、こうして明るい場所で見ると研究者らしい変わったセンスをしていた。
「これ、どうやって遊ぶの?」
「ああ、九個のボールを棒でついて、順番に穴に入れていくんだ」
「何それ。そんなのが面白いの?」
「紳士の嗜みみたいなもんだ。かっこいいじゃないか」
「訳わかんない」
などとやり取り。
すると、
「……何か今、像の目が光ったような」
「そんな訳ないじゃない!」
「否定してる割に俺の後ろに隠れてるじゃねーか」
動きが見えなかったぞ。
「え、だってほら」
「ひぃぃっ!」
ぴか、と一瞬だけ目が光る。
何だこの学校の七不思議みたいな陳腐なの。
「い、いいわ……そっちがその気ならぶっ壊して中身を引きずり出してやる……」
「ひぃっ」
うちの相棒の方が怖い。どんどん瞳の輝きが消えてやがるじゃねぇか。
「ってコン。それスイッチ……」
「はい♪」
銅像の台座部分にあるスイッチをコンが押すと、目が光った。それだけだった。
「……
今何かがおかしかった気がする。
「ファアル。わっち、ちょっと探検してくる」
「お、おお。変なもの触るなよ」
「任せろ!」
サンダースは駆け出し、イーブイと一言二言話してから、ふたりで地下室の探検にあちこちを回り始めた。
その姿は、とても嬉しそうで……。
「こっちに資料室あったから探してくるわ」
「あいよ。人手はいるか?」
「狭いしいらねー」
ばさばさという音が聞こえ始める。たぶん、散らかりすぎているんだろう。
手持ちぶさたになった俺は、リゥとコンと共に地下室を一回りしてみる。カラもボールから出すと、どうやらさっきの銅像が琴線に触れたようで、目を光らせたりして遊んでいる。どうもああいうギミックが好きみたいだ。
それにしても、探索してみるとここの持ち主は変な趣味というか銅像に何か仕込むのが好きだったようで、目が光ったりどこかが動いたりと変な仕掛けばかりだった。
しかしそれ以外は至って普通。地下室も自身の研究に没頭するために作り上げた空間なのだろうというのは、地下室の構造を見ていると察せられた。
「――ん?」
ふと。
何となく触っていた銅像についているギミックに違和感を覚えた。
今までと挙動のおかしいその銅像を暇つぶしがてらいじっていると、体の一部がパージし、空洞となった中から一冊の紙切れが出てきた。
書き殴られた文字は、よっぽど急いでいたのか読めない部分も多い。その中ではっきりと読めた文字はほとんど残っていなかった。
「――遺伝子操作。ミュウ……ツー?」
萌えもんの研究。
遺伝子もそのひとつなのだとすれば――人工的に萌えもんを生み出すことも可能? 流石に飛躍しすぎか。
しかも論理的にはそうかもしれないが、それは倫理にもとる。絶対にやってはいけない行為だ。科学者とて守らねばならぬ倫理はある、とオオキドのじいさんも言っていたのを良く覚えている。
だが、手にしたノートの切れ端からは嫌な予感が伝わってくる。
――私はミュウツーに殺される。
そう締めくくられたノートの切れ端。
元に戻そうかどうか迷い、ギミックを元通りに直して切れ端だけは持って行くことにする。こういうのは博士に渡すのが一番だろう。
「よっし、見つけた。ファアル、帰ろうぜ」
「お、おお。了解。みんな行くぞー」
仲間たちを呼び集め、ついでに重そうなグリーンの荷物を少しだけ持ち、屋敷の外に出る。
何かに閉め出されるかのようにして、屋敷の門を閉めると、ほっと吐息が出た。どうやら緊張していたらしい。
「もう夕方だな……」
「後はオレが持って行く。その……ありがとう、助かった」
照れくさいのか、グリーンは俺の手から荷物をひったくるようにして回収し、研究所へと駆けていく。
そしてその背を追ってイーブイも去っていく。
「サンダース」
「まーたーなー!」
ぶんぶんと手を振るサンダースに、イーブイは振り返って小さく手を振り返した。
「いいのか? イーブイは――」
「わっちはお前と一緒に行くぞ」
俺の言葉を断ち切って、サンダースは言った。
「ファアルと旅をする。わっちもお前が好きだからな!」
「……サンダース」
むん、と胸を張ったサンダースに、鼻の奥がつん、となる。
出会った当時はあんなにつっけんどんだったのに、こんな嬉しいことを言ってくれるなんて……。
「――ありがとな」
「むひひ。それに、家族はまだまだいるからな!」
「……は?」
「いや、だからまだまだいっぱいいるんだ。だからわっちの旅は続くんだ」
一体だけじゃなかったのか。
それは――、
「まだまだ一緒に旅ができるんだな」
「うむ!」
言って、サンダースは笑った。
「さ、じゃあそろそろ戻るか」
明日はジム戦。久しぶりの強敵との戦いに胸が踊っている。
夕焼け空はどこまでも赤く、海も橙に染まっていて心奪われるようだった。
俺たちは屋敷から海岸へと出て、夕焼けを眺めながら少しだけ遠回りとして萌えもんセンターへとたどり着く。
「よう、遅かったやないか」
「……マサキ?」
そこにいたのは、双子島で分かれたはずのマサキと、
「お、おい!」
顔を埋めるようにして、俺の胸に飛び込んできたストライクだった。
*****
唐突な再会に目を白黒させていたが、とりあえず日も暮れてきたということでみんなで萌えもんセンターの中で話をすることになった。
マサキも宿を考えていなかったらしく、便乗する形で萌えもんセンターに。
「誰か知り合い作らんとあかんなぁ。そうすりゃ宿なんて簡単に取れるっちゅーのに」
「お前いつか刺されるぞ」
「マサラタウンの宿は確保しとるさかい、全国行脚も可能になりつつあるで」
「……ちなみにそのマサラタウンの宿ってのは?」
「お前ん家に決まっとるやん」
「オラァ」
「やめて海に蹴り落とそうとせんといて!」
こうしている間にもストライクは離れようとしなかった。
こちらが何か言っても反応はほとんど無し。
その様子から何か大きなことがあったくらいはわかる。迂闊にどう言葉をかけていいものか迷い、結局無言の時間が続いている状態だ。
こういう場合に限って嫌な予感と予想は当たる。
果たして。
萌えもんセンターに到着した俺が、マサキから聞いたのは予想よりも少し酷い状況だった。
「セキチクシティにな、水死体が流れついててん。わいらが帰った頃合いにちょうど浜辺にな」
「そりゃまた……タイミングが悪かったな」
「ストライクにとっては最悪やろうな。わいも詳しいところまでは聞いてへんのやけ
ど、見た感じ、腐食しててここ数日で死んだもんやあらへんって話やった。あちこちつつかれてボロボロでな。せやけど、妙なもんで自分の主かどうかは一片でわかったんやろなぁ」
それが、
「ストライクの主、か」
「せや。自分を見つめ直したいって言った矢先にこれやで。そりゃ……きついわ。大人でも堪える」
「……そうだな」
信頼している人の死というのは、想像以上にダメージが大きい。特に萌えもんにとってみれば、トレーナーというのは家族にも等しい相手だ。大切に想えば想うほど、別離というのは双方に癒せぬ傷を負わせる。
特にストライクの場合は、傷を癒そうと前を向いた瞬間に傷口に塩を塗りたくられたような状態だ。心が死ぬことだって充分にあり得る。
「――正直な、わいには手が負えんと思た。せやから、お前を頼ることにした。ストラ
イクを正面から受け止めたのは、ファアル。お前だけや。ストライクは何も言わんかった……。ここに来たのはわいの判断や」
そうして、マサキは悔しそうに顔を歪め、
「研究者いうても肝心な時には何もできん。こうして、誰かに頼むことしかできんのや」
腰のホルスターからボールをひとつ取り出した。そのボールは傷だらけで、何年も何年も使い込まれた跡が刻まれていた。
「やっこさんが大切に護り通したボールや。これをお前に託す」
そして俺の手を握り、手のひらの上にボールを置いた。
本来なら軽いはずのボールは――故人の想いが乗っているかのように、重たく感じられた。
「会うことはできるのか?」
「いや……無理やろな。何の繋がりもない一般人では無理や。同じく、萌えもんであろうともな。死んだら、それで繋がりは終いや。そういうことになっとる」
「……ままならねぇな」
マサキは、苦笑した。
そうするしか選択がなかったのだろう。俺だって同じ気持ちだった。
「任せてもえぇか?」
しばらくボールを眺める。
やがて、ぽつりと、
「何で、俺なんだ?」
その問いに、マサキは驚いたと思えばすぐに笑い出した。
「おい」
「いや、すまんすまん。んなの決まっとるやんけ。ファアル、お前がわいの友達の中で一番のトレーナーやと思ってるからやわ」
好意を不意打ちで真っ正面から受け止めざるを得なくなり、咄嗟に顔を逸らしてしまう。
「……約束はしねぇぞ」
「それでえぇ。誰も救いなんか求めてへん。ただ、切っ掛けなら与えてやれる。頼むで」
言って、マサキは離れていった。何か用事があるのか、受付で何か訊いているようだった。
「救い、か」
呟く。
求めていない、とマサキは言った。
渡されたボールが、重たい。持ち主だった人間の想いも籠もっているようで。
捨てられたと言っていたストライクが知った真実は、どれほどの衝撃だったのだろうか。主を信じていたいと願ったストライクが、最後に理解した主の想いは真実で、だからこそ残酷だったに違いない。
「……やれやれ」
これじゃ明日のジム戦に集中なんて出来やしない。
どうやって炎タイプの牙城を突き崩すか。思考しようとしても纏まっていかない。
意識して切り替えられればいいのだが、そうもいかない。我ながら、難儀な性格だと思う。
そんな俺を見越していたのだろうか。
「ファアル、いい?」
そう言って、リゥが隣に並んだ。
二階は海風が強く、少し肌寒い。上着を脱いでリゥにかけると、
「ありがと」
と言って受け取った。
「ストライクのこと、聞いたの?」
「ああ」
「そ」
簡潔に。
リゥは頷いた。
「仲間にするの?」
「……」
答えられなかった。
旅に出た当初は、ジムごとに対策を整え、有効なタイプの萌えもんを捕まえて戦闘を有利に――と考えていたが、すぐに止めた。旅をしている間に、どうしても共に夢を叶えたい仲間たちと出会ってしまったから。
今は――五体。バトルに出せる手持ちは六体。残るバッジは二枚だけ。リーグも近い以上、どうしても考えなければならない。
その意味では、ストライクは戦力としてもってこいだった。ただ、そうすれば――
「あいつを巻き込むことはできる。だけど、それはストライク自身を傷つけることになる。それじゃあ、ダメだ。きっと――」
救えない、とマサキは言った。
俺にできることはせいぜいが手を差し伸べる程度だ。例えストライクに握る手が無かったとしても、振り払われたとしても、傷つけられたとしても、差し伸べ続けなければいけない。
それが、故人の遺したボールを受け取った俺に責任なのではないかと思うのだ。
「……はぁ、まーた考えこんじゃって」
呆れた様子で、リゥはため息をついた。
「性分なんだよ」
でしょうね、と言って苦笑するリゥ。
そして俺と真正面から向き合うと、
「ファアル」
と呼んだ。
「あん?」
その雰囲気に、眉をひそめていると、おもむろにリゥの右手が挙がり、俺の頬に向かってピシャリと振り抜かれた。
ぶたれた、と思った時には両頬から――リゥの両手に顔を挟まれたのだと理解するのに少しかかった。
「自惚れないで」
決して自分から目を逸らさせないように、リゥは俺をまっすぐに見据えている。
「いつか言ったと思うけど……」
そう前置きし、
「今は自分のことだけを考えて。明日の戦いを――貴方の仲間のことを考えて。どうやって勝てるのかを考えて。進み続けることだけを考えて」
沢山の言葉。だけど、それが意味するのはたったひとつ。
己の夢を第一に考えろ。
リゥは、そう言っていた。
「ストライクのことを気にかけるのは、仕方ないと思う。ファアルはそういう人だから。私たちはみんな知ってる。だけど、だけど――」
息を吸い込んだ。
「自分を貫けない人は、誰かを救えたりしない」
リゥは自嘲気味に、
「私がそうだったように、ね。来てくれて、嬉しかったから――この人なら信じられるって心から思えたから。だから、私はひとりじゃもう進まないって思えた。代わりに進めなくなっちゃったけどね」
だから、と。
「ファアルが重たいって思うのなら、私が――ううん、私たちが支えるから。だから今は、ちゃんと持てる自分になって。みんなで考えればきっと大丈夫。だって」
そうして。
リゥは一度言葉を聞って、何度か口を開けたり閉じたりしてから、
「仲間、なんだから」
真っ赤になりながら、言った。
「――そうだな」
頬に当てられたままの手に自分の手を重ねた。
「なっ、ちょ」
「ありがとう、リゥ」
「……べ、別に」
ぷい、とリゥは顔を背け、俺の手を振り払った。
まだ暖かさの残る手が少し名残惜しかったが、その手に上着を押しつけられる。
「寒いから入る」
「ああ」
こちらに顔を向けず、リゥは仲間たちのいる場所に戻っていく。
その背に向かって、
「リゥ。明日、勝つぞ」
「とーぜん」
手を挙げてそう言ったリゥは、やっぱり頼もしい相棒だった。
****
久しぶりに一服したような気がする。
紫煙を吐きながら、リゥの言葉を反芻しながら託されたボールを見る。
「――預かったよ、お前のボール」
「はい」
羽音と共にストライクが舞い降りてくる。
「事情はマサキから聞いた。何つーか、……災難だったな」
「いえ。あちしも――迷惑をかけっ放しで」
そう言って、俺の隣にストライクは並んだ。
「変わり果てた主を見て、頭がぐちゃぐちゃになってしまい――咄嗟に浮かんだのがファアル殿でした。それで、気が付けばその」
「そっか」
萌えもんは主を選べない。
それ故に、親しくなればなるほどトレーナーは家族と同じような存在になる。俺にとってリゥたちがそうであるように。ストライクにとって、主こそが家族だったのだ。
だからこそ、捨てられた事実を否定したくて主を求め、主の死と出会ってしまった。
孤独に迫られ否定しようと足掻こうとした少女は、最後に孤独に飲み込まれかけたのだ。
俺やリゥとの出会いは、少しでもストライクの助けになったのだろうか?
「……まぁ、一緒に旅したもんな」
ストライクはただ押し黙っていた。
「あちしはどうすれば……」
その声音に、縋るような響きがあった。
――なぁ、一緒に来るか?
その言葉を呑み込む。
リゥの言葉が、俺を踏みとどまらせた。
「ゆっくり考えればいいさ」
代わりに軽い調子でそう言った。
「……はい。そう、ですね」
俺に向けられたストライクの目は、突き放され揺れていた。
一度振り払わなければならない罪悪感が胸を突き刺してくる。
目を逸らしかけ、しかしそれじゃダメだとストライクの揺れる瞳と相対する。
「明日はジム戦がある」
ストライクに理解の色が広がりかける。同時に悔しさも。
それらが同居する前に、言う。
「リゥに叱られたよ」
苦笑しながら、
「自分のことをちゃんとできない奴に、誰かが救えるかってさ。ほんと、何度あいつに叱られりゃ気が済むんだって話だが……確かにそうだって思った。俺は凡人だから、両方一辺になんて無理だ。どちらかにしか全力を傾けられない」
ストライクは黙って聞いていた。
近しい人間の死を受け入れるために何よりも必要なのは時間だ。
そしてストライクに対して最も必要なのもまた、時間だ。
だから、例え卑怯だとヘタレだと言われようとも先送りにする。
誰に謗られようと、俺が一度負うと決めた責任なのだから。
「……悪い。だから、今はこうして傍にいて、聞いてやることしかできない」
ストライクは俯いていた。
愛想をつかされたかな?
そう思った矢先、肩がふるえているのに気が付いた。
今日二度目だな、と再び上着を脱いで、ストライクにかける。羽が折り畳まれていて良かった。
「……すみ、ません……っ、あち、しは……」
「いいさ」
誰かが言っていた。
涙は悲しみを洗い流す、と。
泣けないより余程いい。今なら、それを知っているのは俺と星空だけだ。
「今更言うまでもないだろうけどな」
ぽん、とストライクの頭に手を乗せ、
「俺は――お前の味方だから」
こくり、と頷くとやがてストライクの嗚咽が聞こえてきた。
短くなってきた煙草。
全て吸いきるまでにはまだまだ備蓄が山ほどある。
――風邪を引かないようにしないとな。
短くなった煙草をもみ消し、新しい煙草に火をつけながら、そう思った。
****
夜が明け、朝になってみればこれまた快晴。基本的にジム戦は室内で行われるので天気は関係ないというものの、やはり気分は高揚する。
仲間たちもやる気充分。良い戦いができそうだ。
「わいも応援に行くわ」
「おう」
マサキと別れ、リゥを伴ってジムへと向かう。
「ねぇ、今回のジムってどんなのが相手なの?」
「ん? 炎タイプが相手だ。ジムリーダーも無茶苦茶熱いジイさんらしい」
「……へぇ、面白そうじゃない」
早くも好戦的な笑みを浮かべるリゥ。うちの相棒はアマゾネス。
コンの言っていた脳筋っての、あながち間違ってないんじゃなかろうか。
「で、あんは本当についてくる気なの?」
振り返ったリゥは、ストライクにそう言った。
「はい。これまでもそうでしたし」
「……ま、そうだけど」
ちらり、と俺に視線を投げてくる。
「許可されたらだけどな。ジムリーダーの裁量次第だから、わからん。ひょっとしたら客席になるかもしれないからな?」
「はい」
少し吹っ切れたかのように、ストライクはやんわりと笑った。
それでいい。
今の俺が向けるべき意識は、たったひとつ。
グレン島ジムのジムリーダー、燃える男、桂。
炎タイプを扱う、炎よりも熱い男。
――楽しみだ。
これからどんな勝負が待っているのか。
心を躍らせながら、俺はジムの受付へと向かった。
<了>
ちゅーこって、グレン島の前半終了です。何だかんだでまた長くなっちゃいました。
次回はジム戦。時間取れそうなで、6月末までには何とかうpしたいところ。まぁ、予定なんですが。
個人的に、ジムに挑む前にまず街中を探索するプレイスタイル。