萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~ 作:阿佐木 れい
グレンジムで桂と激戦を繰り広げた後、俺たちは一度萌えもんセンターで休息を取った。
「何ですぐ出発しないの?」
「あんまり便が無いんだよ」
リゥの言葉に肩を竦める。
グレンタウンからは、俺の故郷であるマサラタウンまで定期便が出ている。
しかしそれも一日に数本。
それを逃せば、萌えもんたちと一緒に泳いで行くしかなくなる。
マサラタウンとグレンタウンの間は波も比較的穏やかで泳いでいる人も多いが、できればゆっくり帰りたかった。もう体力が有り余っていた子供じゃないのだ。
「次の便は……って明日じゃない!」
萌えもんセンターに掲示されている定期便の時刻表を見て、リゥが嘆く。
「そうだぞー」
そして残念ながら、今日はグレンタウンで一泊することが決まっている。
今は夕刻を少し過ぎた頃。
のんびりと過ごすにはちょうど良い時間帯だった。
「つっても、行くところなんてほとんど無いんだよなぁ」
グレンタウンには萌えもん研究所があり、そこでは萌えもんの化石を研究しているらしい。
何でも化石から萌えもんを復元するんだとか。
ニビジムの剛司が使っていたカブトも、復元された萌えもんのようだったし、少しずつ技術が浸透してきているんだろう。
「ねぇ、あのさ」
行くところもなく、リゥと何となく歩いて辿り着いた場所は、海岸だった。
見渡す限りの水平線に、双子島が小さく顔を出している。
そんな海を、沈みゆく太陽が真っ赤に染め上げていた。
リゥは、砂浜を歩いていたかと思えば、急に立ち止まり、
「……私、強くなったのかな?」
と、海を眺めながら言った。
少し離れて歩いていた俺がリゥに合わせて立ち止まり、「わからん」と答えると、
「ちょっと、そこは強くなってるくらい言うところじゃないの?」
怒った様子でリゥが振り向いた。
腰に手を当ててこちらに抗議してきている。
が、
「わからねぇよ。俺も自分が強くなってるのかなんてわかんねぇ。ただ……」
「ただ……?」
「ずっとお前が頼りになる相棒なのには変わらない。アテにしてるんだぜ?」
「なっ……」
「だからま、何とかなるんじゃねぇかな」
リゥはしばらくパクパクと口を開けていたが、
「……はぁ、そうね。そうかも」
そう言って、どこか恥ずかしそうに小さく笑った。
「それにほら、ハヤテの師匠だろ?」
リゥは露骨に顔をしかめると、
「ほんとそれ嫌。だってあいつ、私より強いのよ? 何を教えろって言うんだか」
ぶつくさ文句を言い始めた。
どうもハヤテが強いことをお気に召さないらしい。
……というより、自分より強いハヤテが、自分の弟子になりたいと言ったことが気にくわないのか。
何にせよ、リゥの納得がいっていないのは確実だった。
「たぶんなんだけどな」
シェル、コン、カラ、サンダース、ハヤテ――リゥ以外の仲間たちの姿を思い浮かべる。
彼女たちも旅を通じて強くなっている。
それは進化のように目に見えるものだけじゃなくて――。
「リゥは、ハヤテに無いものを持っているからじゃないか?」
「私が、ハヤテの……?」
「ああ。んで、それはリゥだけじゃなくて、シェルやコンにだってある。みんな同じなんじゃねぇかな」
誰もが完璧じゃない。
誰だって、何かが欠けている。
だからこそ、誰かと共に生きて、誰かを尊敬して、誰かを好きになって、誰かと友達になるんだろう。
「――ま、それはあるかもね」
リゥは何か得心がいったように、ひとり頷いている。
俺はそんなリゥから視線を外し、水平線へと視線を向ける。
双子島で親父に会った。
待っているぞ、と。
その言葉の重みを感じながら、ふと思う。
俺は、親父に勝てるのだろうか……と。
■■■■
「海ですわぁぁぁぁああああ!」
翌日。
朝イチでグレンタウンから出発する便に乗った俺たちは、マサラタウンへ向かっていた。
空は快晴。波は穏やか。絶好の船旅日和だ。
おおよそ2時間程度の船旅になる。
ちょうどいい機会だと思ってボールから全員を出したのだが、シェルのテンションの上がりようったらない。
「いつにもなくハイテンションね……」
呆れた目でその姿を見るリゥに、
「シェルにとってみればここら一体は故郷みたいなもんだろうしな」
初めて出会った頃が、もうだいぶ前のように感じる。
それくらい、濃い旅をしてきたということだが。
「マスターもこっちに来るですのおおお!」
ハイテンションのシェルは、周囲の目なんかおかまいなしだ。
「……行ってあげなさいよ。他人の振りしておくから」
「もう無理だからな?」
俺はそう言って、シェルの元へと向かった。
終わりに近付く旅に、少しの寂しさを感じながら。
■■■■
船に揺られること2時間近く。
荷物を纏めて降り立った俺を出迎えてくれたのは、懐かしい光景だった。
「……なんか、変な感じだ」
懐かしいような、そうでもないような。
旅の途中に立ち寄っただけなのに、胸の内には郷愁のような暖かさがある。
「家に寄るんでしょ?」
そんな俺の胸中を見透かしてか、リゥは薄く微笑んでいる。
「まぁな」
どうにも気恥ずかしくて、顔を背けて足を踏み出す。
博士には何度か会っていたけど、母さんとは旅に出てから一度も会っていない。
親父も帰っていないだろうし、今は家に母さんがひとりで住んでいる。
元気にしてるといいんだが……。
「博士のところにも後で寄るか?」
「話すことなんて何も無いわ」
人気ねぇな、ジイさん。
港から少し歩けば、のどかな田舎の風景が広がっている。
懐かしさを胸に歩いていると、
「お、ファアル。帰ってきたのか」
「試合見たぜ。さっすが、サイガの息子だなぁ!」
「連れてる娘、可愛いじゃねぇか!」
見知った連中がそこかしこから声をかけてくる。
適当にいなしながら実家へと向かう。
「……なんか落ち着かない」
リゥと言えば、居辛そうな様子で、俺の隣を歩いている。
「有名税みたいなもんだ、諦めてくれ」
「静かに暮らしたい……」
しかし頑なにボールに入ろうとはしないのだから、もう自業自得と諦めてもらうしかない。
そうして針のむしろ状態をしばらく続けた後、
「着いたぞ。ただいまー」
玄関のドアを開けると、そこには2人分のスリッパが並べられていた。
奥からは美味しそうな匂いが漂ってきていて、「おかえりー。リゥちゃんと一緒に入ってきてー」と母さんが声だけで答えてくれていた。
「あんたのお母さんって、エスパーなの?」
そんなわけ無い。
「ただの田舎ネットワークだ」
田舎のネットワークが、光より速いだけだ。
リゥとふたりしてスリッパを突っかけて我が家のリビングへ行くと、
「……いや、これ作りすぎだろ」
大量の料理が並べてあった。
和食に洋食に中華にイタリアン――いったいどれだけ作ったんだと。
母さんに視線を向けると、
「昨日、レッドくんたちに今日あんたが帰ってくるって聞いたのよ」
「ああ……あいつら昨日の便で帰ってたのか」
「ええ。今は家でゆっくりしてるみたいよ。後で会いに行ったら?」
レッドたちも順調に勝ち進んでいる。
このまま行けば、おそらく萌えもんリーグで戦うのは間違いない。
……負けていられないな。
幼馴染みたちの成長の早さが、少し怖くなる。
「つーか、こんなに食べられないんだけど」
「なら、その腰に下げてるボールの娘たちにも食べさせてあげなさいよ。全員分、あるんだから」
……敵わないな、まったく。
「あんたのお母さんらしいわね」
そんな俺を見て、リゥは失笑していた。
「あらー、リゥちゃん。綺麗になったわね。どう、うちの息子、迷惑かけてない?」
お玉を持ったまま振り返る母さん。
いや、鍋見てろ鍋。
「は、はい。むしろお世話になっているっていうか」
「へー、そうなの? 気にくわないところがあったらいつでもぶっ飛ばしてやってね」
「はい、それはもちろん!」
「おい」
最近ぶっ飛ばされることが減って嬉しかったのに、止めろよそうやってまた絶望させるのを。俺はもう無機質とキスしたくないんだ。
■■■■
そうしてみんなで賑やかに食卓を囲った後、
「じゃ、博士んとこ行ってくるわ」
「あら、ゆっくりすればいいのに」
洗い物をしながら、母さんが言う。
「レッドたちにも顔を出したいしな。早めに行こうと思って」
「ふぅん。リゥちゃんたちはどうするの?」
言われてリビングに視線を向ければ、みんな思い思いにくつろいでいる。遠慮らしい遠慮をしているのはハヤテだけだった。
ふむ……。
俺はしばし考えた後、
「リゥ、頼む」
信頼できる相棒に後を託した。
「そうなると思ったわよ。任されましたー」
ふてくされるリゥに後を任せ、「じゃ、行ってくる」と家を出る。
数分も歩けばすぐ、大木戸研究所が見えてきた。
「……懐かしいな」
ここにリゥを運び込んだんだっけか。
あの頃を思い出しながら、研究所のドアを開ける。
「邪魔するぞー」
研究所の中は、誰もいなかった。
珍しいな……いつもは誰かいるのに。
勝手知ったるもので、研究員たちが休憩を取るカフェスペースへと足を踏み入れてみれば――
「お」
「「「あ」」」
そこにいたのは、丸テーブルに思い思いの飲み物を持って集まっている幼馴染み3人の姿だった。
レッド、グリーン、ブルー。
それぞれ、旅の途中で何度か会ってはいたけど、こうして見ると旅に出る前より遙かに成長しているように見えた。
「久しぶりだな。昨日帰ってきたそうじゃないか」
そう言いながら、フロア内の自販機でブラックコーヒーを買って近くの椅子に腰を下ろす。
「兄貴こそ、昨日帰ってなかったの?」
「疲れて船に乗り損ねたんだよ」
コーヒーを一口。うん、美味い。
「確かに、接戦だったもんねー。わたし、負けると思ってたよー」
と、ブルー。けらけらと笑っている彼女は、少し大人の女性に近付いた印象を受ける。小麦色に焼けた肌は、まだまだ子供っぽさもあるけども。
「見てたのか」
「もっち。萌えもんリーグで戦うわけだし?」
「勝つのは俺だけどな」
「いいや、俺だね!」
大声で宣言したのはグリーンだ。一昨日会ったばっかりだから全く久しぶりな感じがしない。
「い、いや、僕が勝つ!」
「お前には無理だってのレッド」
「ぶぶー、わたしに蹂躙されるから無理なのでしたー」
三者三様に言い合っているが、どことなく楽しそうな様子でもある。
――そりゃそうか。まだ年端もいかないのにカントー地方を旅したんだ。孤独だって感じただろう。そんな旅が続いたからこそ、この時間が楽しくて仕方がないんだ。
「お前ら、明日トキワジムに行くのか?」
3人は顔を見合わせた後、
「「「もちろん!」」」
声を揃えて宣言する。
となると、明日のトキワジムはマサラタウンのトレーナーが4人挑戦するわけか。
随分と賑やかになりそうだ。
「兄貴はまた最後の方のつもりなの?」
「……どうかな」
言葉を濁したが、一番最後の挑戦にしようと決めてもいた。
――榊さん。
あの人と決着を着けるなら、最後の方がお互い全力を出せそうな気がするのだ。
「あんたまた難しいこと考えてんのかよ」
黙りこくった俺に、グリーンが悪態をつく。
「別に難しいことじゃねぇけどな」
「どうだか。あ、そうそう。俺ら、あんたの戦い見るからな」
「あん?」
それが今更どういうことだ? 今までずっと見ていただろうに。
俺が疑問の声を上げると、グリーンを始め、レッドとブルーは真剣な眼差しで言った。
「ライバルだから」
その答えに、俺は思わず目を瞬く。
――ああ、そうか。
こいつらも、俺のことをライバルだと思ってくれていたのだ。
俺がこいつらをライバルだと思っているように。
お互いが、認め合っていたのだ。
なら……
「思う存分見とけ。お前らに俺の戦いを見せてやる」
負けられない。
榊さんに勝つ。
勝たなければ、親父のいる頂にはたどり着けない。
榊さんがその壁なら――ヤマブキシティのことも何もかも忘れて、戦って勝つだけだ。
そうだ。
それで良いんだ。
だって俺たちは――萌えもんトレーナーなのだから。
そうすることでしか自分の道を歩めない人間なのだから。
「次に会うときは萌えもんリーグだね、兄貴!」
「そうそう、4人のマサラタウントレーナーで戦うってめっちゃ良いよね!」
「俺たちが時代を作るんだな!」
3人は喜んでいるが、後もう1人忘れちゃいないか……?
「俺の親父がいるから、5人だな」
――ピシッと。
空気が固まった。
「20年以上無敗の男だぞ。勝つつもりか?」
ニヤリ、と笑う。
まさか逃げるつもりじゃないだろうな、と。
レッドたちにもその意志は伝わったらしい。
3人は声を揃えて言った。
「当たり前だろ!」
こうして俺たちは――萌えもんリーグでの再会を約束したのだった。
■■■■
博士は結局研究所に帰ってこなかった。
カフェに休憩に来た研究員の人に聞くと、どうやら萌えもんリーグにいるようで、おそらくこれから行われる年に一度のイベントの打ち合わせをしているのだろう。忙しいもんだ。
外が苦楽なり始めた頃にレッドたちと別れて家に帰ってみれば、外まで漏れそうな程大きな声で盛り上がっていた。
「あら、ファアル。おかえりなさーい」
「ただいま」
楽しそうな母さんの顔を見たのは久しぶりだ。
それだけでも、帰ってきた甲斐があるってもんだ。
宴もたけなわ。
俺が食べるものは全く残っていなかったから、仕方なく荷物に入っていたレトルトを食べ終わると、もう外は完全に日が落ちていた。
「ねぇ、ファアル。リゥちゃんはボールに戻さないの?」
シェルたちにはもうボールの中に戻ってもらっている。
が、リゥだけはいつもの通りに外に出していた。
「え? まぁ」
「うん、そうね?」
お互いそれが普通だったから、リゥとふたりで顔を見合わせる。
そういえば最後にリゥがボールに入ったのっていつだったっけ……?
それくらい記憶が無い。
「あらあらまぁまぁ。ふたりはいつも一緒なのね」
「なっ……」
母さんが口元を押さえて笑みを浮かべると、とリゥが慌てた様子で椅子から立ち上がる。
「ち、違います。違いますからね!」
何やらわたわたと両手を広げている。
隣に座っている俺のことも考えてくんねぇかな。手が当たって痛いんだが。
俺が嫌そうな顔をしているのがわかったのか、母さんは、
「ファアル、何だか嫌そうな顔ね」
「えっ?」
リゥがこっちを見る。遅れて、力なく振り下ろされた手が俺の頭にクリーンヒットした。
「……そりゃ、絶賛はたかれまくってるからな」
ただまぁそれも、
「いつものことだし、別に気にしてねぇよ。どれだけぶっ飛ばされたと思ってんだ」
そう、数え切れないほどリゥにはぶっ飛ばされた。
海、地面、木、草、岩――ほとんどの無機物とキスをしまくったおかげで、もう何も感じなくなっている。
「つーか、母さんこそ……」
「うん?」
小首を傾げる母さん。
――いや。
俺は首を横に振る。
「親父、帰ってきてないのかよ」
沈黙は少しだけ長かった。
「ええ、帰ってきてないわ。あの人らしいけど」
そうして母さんが浮かべた笑みは、どう見ても強がりだった。
「でも――」
母さんはそこで俺をじっと見つめ、
「ファアルが勝ったら帰ってくると思うわよ」
「俺が?」
「そう。だから期待してるのよ。早くあの人とイチャイチャさせてね。お邪魔虫は帰ってこなくていいから」
「おい」
「じょーだんよ、じょーだん」
母さんはケラケラと笑った。
……まったく。
俺は嘆息し、胸中で反芻する。
俺が勝ったら、か。
「……そうだな、勝たないとな」
迷惑ばかりかけたろくでもない息子かもしれないけど。
こんな形で親孝行できるなら、それも悪くない。
■■■■
夜。
久しぶりに寝転んだ自分のベッドは、お日様の香りがした。
母さんが定期的に掃除してくれているのかもしれない。
部屋には埃ひとつなく、なんだかむず痒かった。
窓から見える月をぼーっと見ていると、コンコンとノックの音。
「起きてるぞ」
「う、うん」
ドアを開けて入ってきたのは、リゥだった。
母さんに散々からかわれた挙げ句、客間で寝ることになったはずだったんだが、どうしたんだろうか。
リゥはどうも居心地わるそうな様子だった。
「あの――ありがと」
「うん?」
身を起こし、座れよ? と何年も使っていない勉強机の椅子を指し示す。
リゥがその椅子に座ったのを見計らって、
「んで、何で今更礼なんか」
「何となく。旅に出る前のこと、思い出しちゃって」
「ああ……」
傷だらけで倒れていたリゥを研究所に運び込んで、その後一緒に旅に出ようと言って――この家に連れてきたんだった。
「懐かしいな」
「でしょ? ここまで来たんだなぁって思って」
いろんな壁にぶつかって、ここまで来られた。
それもこれも、リゥを初めとした仲間たちがいてくれたからだ。
俺のわがままに付き合ってくれたからだ。
感謝なんて、むしろ俺の方が言いたいくらいだった。
「いい気分転換になったわ。明日からまた戦える。シェルたちも同じだと思うけどね」
旅をしていると戦いばかりの日々になる。
やれ目が合ったら戦うだの、やれ小銭出せだの、理由もなくバトルを申し込まれるのだから困ったものだ。
「ねぇ、ファアル」
リゥが俺へ視線を向ける。
「……その」
そして何度かまごついた後、
「この旅が終わったら、どうするの?」
不安な声音で訊いてきた。
「そうだな……」
いつか旅は終わる。
俺の目的は親父を倒すことで、リゥの目的は親父のカイリュウである姉を倒すこと。
つまり、お互い目標を達成すれば旅は終わる。
目指す目標が無くなってしまう。
とはいえ、元の生活に戻るのか? と問われたら、まず無理だと確信を持って言える。
俺はもう、旅をする楽しさを知ってしまった。
あちこちを旅していろんな人と会って、いろんな刺激を受けたい。
それは――家にいるだけじゃ絶対にわからなかった、魅力的な刺激だ。
「正直、わからん」
でも、と続ける。
「この家には帰れないだろうな。帰ってくんなって言われたし」
「それ、本心だと思ってる?」
「半分くらいは本心だと思うぜ。俺も良い大人だし、それくらいわかる」
俺は、父さんと母さんが本来過ごす時間を奪ってしまったのかもしれない。
そんな想いは、ずっとあった。
今日母さんの話を聞いて、それが確信に変わった。
最初は親父に勝つことだけが目標だったけど。
今は、リゥのために――そして母さんのためにも勝ちたいと思っている。
勝ちたい理由が増えた。
負けたくない意地が増えた。
それはきっと――俺自身の成長なのだろう。
だから、
「少しだけ時間もらっていいか? ちゃんと決めたいんだ」
俺の中の気持ちを俺自身が飲み込むまで。
それはまではせめて――
「夢に向かって歩ませて欲しい。一度にふたつもみっつも考えられるほど器用な人間じゃないからな」
「どの口が言ってんだか」
リゥは肩をすくめた。
「……ごめん、変なこと聞いたわ」
「いいって。不安なのは俺も一緒だ」
「ファアルも?」
「ああ。明日だって不安しかないんだぜ?」
リゥは目をぱちくりさせた後、
「見えない」
「マジだよ。それにお前こそ覚悟決めろよ」
「覚悟?」
ああ、と頷く。
「次のジム――トキワジムのジムリーダーは、榊さんだ」
「――っ!?」
リゥの顔が驚愕に見開かれる。
「だから」
「ふ、ふふふ……」
ん、んん?
リゥが何やら急に笑い始めた。
「そう、次があいつ……あいつなのね……そう」
くくく、と悪の幹部が浮かべそうな笑いが実に怖い。
「覚悟決まったわ。あいつをぶん殴るためのね。ボコボコにしてやる!」
覚悟どころか、逆に燃えていた。
――忘れてた。リゥはこういうタイプだった。やられたら倍返しが基本スタイルだった。
リゥは急に立ち上がると、
「じゃ、寝るわ。あいつをボコボコにするために寝る」
理由は不純極まりないが、反対する理由が全く見つからない。困った。
「おやすみ。ありがと」
「おう」
リゥが退室する。
少し寂しくなった部屋の中、俺はもう一度窓の外の月を見上げた。
「俺も、負けてらんねぇな」
負けられない理由ばかりが増えた。
だけどそれは決して重たいものではなくて――。
俺は眠りに落ちるまで、明日のジム戦のことを考え続けるのだった。
■■■■
翌日。
朝早くに出発した俺とリゥは、「見に行くからねー」と言う母さんを置いて、トキワジムで受付を済ませた。
予定通り、俺の戦いは本日最後の枠に。
これで準備は整った。
後は戦うだけだ。
ジムの外に出た俺とリゥが、何して時間を潰そうか相談しようと思ったところに、彼は現れた。
「久しぶりだ、ファアル君。元気にしていたかね?」
ロケット団団長。
トキワジムリーダー。
そして、親父の親友である――榊さんが。
参考にしていた萌えもんのゲームデータが吹っ飛んでリカバリ不可能な状態になったんで、榊の構成をしっかり考えたいので次回更新は少し時間がかかるかと思います。
さすがに6年はかからないのでご安心を。
おそらく10月末~11月初旬の投稿になると思うので、また気軽にお付き合いいただけたら幸い。
2022年4月追記。
すまない、もっとかかる。榊への勝ち筋が全く見えない。